Coolier - 新生・東方創想話

お団子の花

2013/09/14 19:37:39
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「ねえ、お団子を買ってきて頂戴」
 お勝手を覗きにきたのかと思えば、剽軽な声を出して笑い、幽々子様は淡い桃色の髪をくるくると遊んだ。顔を振りむけたまま、包丁を持つ右手を動かす。「お団子なら、あとで作りますよ」と言って、切り終わった大根を鍋に入れた。
「違うわ妖夢。里に売ってあるお団子が食べたいの」
 三色のお団子よと続けた幽々子様は、お金の入った巾着袋を差し出してくる。「色つきのお団子がいいのでしたら、あとで作りますよ」
 葱をまな板に置き、刻もうとした手を掴まれて、ぽんと手のひらに巾着袋を乗せられてしまった。
「お店で売ってるのが食べたいの」
「私の作った物では、お気に召しませんか?」
「違うわ」
 困ったように眉根を寄せる幽々子様は、「気分を変えたい時だって、あるでしょう?」と息を漏らした。私は、はあ、と気の抜けた声しか出せなかった。ねえ妖夢と呼ばれて、「買ってきて」と頭を傾けながら、幽々子様は調子を上げてまた笑った。
「わかりました。これを作ったらすぐにでも」
「だめよ、今すぐ買いに行ってくれなくちゃ」
 腰に手を当てて、幽々子様は頬を膨らませた。竈を横目で見ると、「お昼はいいから、お団子よ、妖夢」と手を引かれ、お勝手から連れ出される。気紛れや我儘は、今にはじまったことではないから慣れている。それでも今日の幽々子様は、年に一度あるかないかの強引さだと感じた。
 玄関まできてから、外した前かけを折り畳んで、花瓶の飾ってある棚に置いた。
「あとは幽霊達にまかせるから、ほら早く、沢山買ってきて」
「この間みたいに、摘み食いはしないでくださいね」
 少々呆れてしまって、つい息を漏らしてしまう。戸を開けて飛び立とうとした時に、「妖夢」と声をかけられた。
「お金やお団子を、落としたらだめよ?」
 間抜けだという自覚はないけれど、念を押さなくてはいけないほど頼りないのだろうか。わかりましたと返して、私は白玉楼をあとにした。
 春も訪れているというのに、冥界の空は相変わらず冷たくて、ほんの少しだけど肌に沁みる。体の半分が人だから仕方ない。そう思うようにしていても、凍てつくような冬の寒さは苦手で、なんだか不便だと感じてしまう。
 体の作りが中途半端だから、私は未熟者で、幽々子様からも認められないのだろうか。長い長い空を抜けて、地上の春が、肌を撫でてくる。澄んだ空気は、冥界よりも暖かかった。

      *

 久々に出向いた里はお昼時ということもあってか、道が伸びる軒並みや飯屋から、いいにおいが香ってきていた。昼食を済ませていないお腹の虫が、喧騒に紛れて鳴った。聞かれていたわけでもないのに、なんだか羞恥を感じてしまう。
 団子屋に向かいながら、幽々子様のことを考えた。作りかけだった昼食は、きっと幽霊達が引き継いでいるだろう。いつも食べている品の数々が頭に浮かんで、私の腹はまた、盛大に鳴ってしまった。
 食べることも好きだけど、私は作るのも好きだ。剣術指南役なんて肩書きはあっても、やっていることのほとんどは庭の手入ればかり。別に、それを不満に思ったことはない。ただ、私が作った品を食べて、綻ぶ幽々子様の顔を見るのはとても好きだった。
 ああでも、と思わずごちて、顎に手を当てる。私にとっては楽しみでも、幽々子様にしてみれば普段と変わらない食事で、特別おいしいとも思われていないかもしれない。そうだとしたら、ちょっとだけ、気持ちが沈んでしまいそうだった。
 いい香りと一緒に澄んだ空気を吸い込んで、つまらない思考だなと息を吐いた。私なんかが幽々子様のお心を想像するなんて、無礼にも当たる。
 団子屋が見えてきて、早くお使いを済ませてしまおうとまたごちた。空腹の身に、この里の時間帯は少々きつい。
 のれんをくぐり、団子屋に入った。
「あらお客さん? ごめんなさいねぇ、今日はもう店仕舞いなのよ」
 えっ、と間抜けな声が出てしまう。幾らなんでも早すぎる。取り出した巾着を品も買わずにしまうなんて、本当に間抜けだと感じた。
「ごめんなさいねぇ」と繰り返すおかみに、お気遣いなくと挨拶を返した。
 息をついて、どうしようと呟いた。団子屋ならほかにもあるはずだけど、昼が終わる前に店仕舞いだなんて、思ってもみなかった。旦那でも倒れたのだろうか。少し先にある茶屋へ目を向けてみると、串に刺さる団子を食んでいる子が映った。
 茶屋で包んでもらおうかとも考えたが、子供が食べている串はみたらしのようで、三色の団子ではなかった。あの茶屋ではみたらししか出していないのだろう。ちょっぴり期待していた肩が落ちる気がした。
 気を取り直してまた歩いていると、饅頭を食べ歩いている人が目について、お腹に悪いと感じた。ふわりとした表面のなかに、しっとりと甘そうな餡子が詰まっている。すれ違い様に食べかけの断面を見つめて、思わず唾を飲んでしまった。
 ああ、お腹が空いたなぁ。幽々子様はもうとっくにお昼を済ませていて、お団子の帰りを待ち侘びているだろうなと考えた。「急がなきゃ」と呟いて、歩調を速めて団子屋に向かった。
 角を曲がった先に映った団子屋から、一人二人と出ていった。どうやら繁盛しているようで、また一人と、吸い込まれるように客が入った。
 すると今入ったばかりの客はすぐに出てきて、入れ違いになりかけた客と、身振りしながら言葉を交えたあとに、二人して団子屋から離れていったのだ。
 そういえば、吐き出されるように店から出てきた客達は皆、包みどころか串の一つすらも持っていなかった。どういうことだろう。
 違和感を覚えた私は、駆け足で団子屋に入った。目が合うと同時に店の主人は、「悪いねぇ、今日はもう店仕舞いなんだ」と、調子を落として話した。
 そんな、と私も声を落としてしまう。「きてくれたのに悪いねぇ」と話す主人だが、でも、その表情はどこか嬉しそうに見えて、気になった私は訊ねてみた。
「ああ、豪気な客がいてね。今朝作っちまった団子を全部買い占めてくれたんだよ」
 宴会でもするのかねぇ、と笑っていた主人に、ふと、買い占めた人物が気になったので、続けて訊ねた。「黒い服を着たお嬢ちゃんだったよ」たまに看板持ち歩いたまま、道に突っ立ってるお嬢ちゃんなんだけど、知らないかい? と話されて、「三角帽子を被った人ですか?」と確かめるように聞く。
 そうそうと返された言葉から、私の知るところではそんな少女、一人しか思い当たらない。
「魔理沙さんが?」
 店を出てから、ついごちる。団子を買い占めたと聞かされたが、あの人――魔理沙さん――は、一人暮らしのはずだ。そんなにも買い込むなんて、あまり想像できない。
 だとしたら、本当に宴会でもするためだろうか。そろそろと桜の花びらは咲きだしているけれど、花見をするには少々早い気がする。顎に手を当てながら歩いていると、もう一軒の団子屋が見えてきた。
 店から若い主人が出てきたかと思えば、垂らしているのれんを外しはじめていた。まさかと思い、私は団子屋のもとへと駆け寄った。
「ん? お客さんかい? 悪いね、もう店仕舞いなんだ」
 またか。一体どうなっているのだろう。「もしかして、黒い服を着た、三角帽子の子が買い占めたのですか?」
「いいや、巫女さんだよ。ほら、博麗の」
「霊夢さんが?」
 思わず口にして、若い主人の言葉を疑ってしまう。「買い占めたのですよね?」と確かめて「ああ、やたら豪気だったよ」と笑みをみせた主人は、鼻歌を歌いながら店内に戻っていった。
 一体どうなっているのだろうか。回った二軒のお団子を買い占めてしまうほど、あの二人に余裕があるとは思えない。宴会をやるにしても、どうせ博麗神社でやるはずだ。大抵は霊夢さんが用意するのだから、魔理沙さんがお団子を持参するとは考えにくい。
 仮に二人して用意するとしても、それほど大量のお団子、宴会で出すだろうか?
 幾ら考えても、二人がお団子を買い占める理由はわからない。それも、こちらが欲しがっている三色のお団子をだ。急がなくてはいけないのに、なんとも間が悪い。
 漂ってくる芳ばしい香りに、またお腹が鳴ってしまう。焼きおにぎりのにおいだ。こんがりと焼き色のついた表面を想像して、堪らずかぶりを振った。
「次の店がなかったら、どうしよう」
 角を曲がった先に見えた団子屋は、すでに閉まっていた。また、買い占められたのだろうか。深い溜め息と共に、肩が落ちた。
 お団子が買えませんでしたと帰れば、幽々子様は気を落とされるかもしれない。私は取り出した巾着袋を見つめる。「ここから近いのは」魔法の森だ。買い占める理由はわからないけど、少しくらいならば譲って貰えるだろう。
 スカートの衣嚢に巾着を戻し、体を宙に浮かばせて、魔理沙さんの住まいがある森へと向かうことにした。

       *

 魔力を含んだ瘴気があるからか、魔法の森はいつ訪れても深い緑に包まれている。季節もなく湿っぽさだけが目立つところに住んでいて、嫌にならないのかなと思考した。本人は、仄暗いところの方が落ち着くぜ、なんてことを、以前会った時に話していたと思い返す。
 森の入り口付近に店を構える店主も変わり者で、同じようなことを言っていた気がする。この森は、変わり者を集める不思議な能力があるようだ。
 見えてきた二階建ての家は、煙突から煙を出していて、家主の存在を教えてくれていた。家の前に降り立って、古ぼけた洋式の戸を軽く叩いた。
 繰り返し叩いても返事がないので、勝手ながら把手を回し、戸を開けさせてもらう。薄暗い部屋のなかには、得体のしれない本や物であふれ返っていて、足の踏み場がなさそうなほどに散らかっていた。
 踏み出した足に固い物が当たり、茸の生えた木箱だと遅れて気付く。お団子を譲って貰おうときたのに、家の衛生状態を見て不安になってしまう。
「そんなにしかめることないだろ」
 失礼だなと続けてきた魔理沙さんが、物陰の奥からひょいと姿をみせた。その通りかもしれなかったけど、この汚さは本人を前にしても、きっと顔に出てしまう。頭の後ろで腕を組む魔理沙さんは、なんの用だよと言いたげに私を見ていた。
「あの、お団子を買い占めたと聞いたのですが」
 ああ、買ったぜ。魔理沙さんは、にっと笑みを浮かべ、くるりと返した手を後ろに向けた。テーブルの上には大きな包みが、二つ三つと乗せられていた。どうやら本当に買い占めたらしい。私は、「譲ってもらえませんか?」買いますのでと、付け足して言った。
「嫌だぜ」へへっ、と笑う魔理沙さんに、「そこをなんとか」と食い下がった。「多めに払いますから」と話して巾着を取り出してみせる。「意味ないぜ」
「買い占めるだけの金があるのに、今さらちょっと多めに出しても効果ないって」
 それもそうかと納得させられてから、一体どこからお金を得たのかが気になってしまう。表現はよろしくないが、人の家へたかりにくるような人なのだ。こんなにも急に、余裕ができるはずがない。
「贅沢ができるほど繁盛してなさそうでしたが」
 なんかやりますだなんて書いている看板が、家の前に刺さっていても、こんなところに訪れる客なんて多分いないだろう。店だって相変わらず――これは性格からきてるのかもしれないが――汚いし、贅沢をするにしても、なぜお団子なのだろうか。私の疑問は尽きない。
「ちょっと前に大きな仕事が入ってね。だから、もうお金は当分いらないんだぜ」
 左側の結った金髪をいじりながら、魔理沙さんは「諦めて帰りな」と笑ってくる。ここまできたのだ、そう簡単には引き下がりたくない。
「お願いしますよ」
「しつこいなぁ、買ったんだからこれはもう私の物だ。それに、もし売るとしたらとんでもない値段を吹っかけるけど、構わないか?」
「そんな」
 親しい間柄ではないにしても、これではあんまりだ。魔理沙さんはそっぽを向いて、譲ってくれる様子はない。いっそ、霊夢さんにでも頼もうか。
 考えてみたけど、霊夢さんに頼んでみても同じかもしれないと思った。むしろ、魔理沙さん以上にきっぱりと断られそうだ。「団子が食いたいなら、みたらしでいいじゃないか」
 これができるならそうしていますよと、溜め息混じりに返した。幽々子様は言い出したら聞かない性格だ。きっと納得してはくれないだろう。交渉の糸口が見つからなくて、弾幕ごっこでも挑もうかと考え時に、なぁ、と魔理沙さんが声をかけてくる。伏せていた目を上げて、魔理沙さんに向けた。
「そんなに欲しいなら、ちょっと勝負でもしてみるか?」
 願ってもない言葉が出てきて、「弾幕ごっこですか?」と訊ねた声が弾んでしまった。「ああ、違う違う」
「じゃんけんだよ」
「じゃんけん、ですか?」
 お得意の弾幕勝負を持ち出してこないところ、気紛れかなにかだろうか。どちらにしても、私にはありがたい申し出だったので、じゃんけん勝負を受けさせてもらう。
 腕を捲った魔理沙さんは「ハンデやるよ」と、白い歯をみせた。「いいのですか?」と聞いて、「妖夢だからなぁ」と、間延びした声で言われる。つい、むっとなりそうになる。もしかしたら私は、馬鹿にされているのだろうか。
「あいこが出た手は、次の時に出さないでやるよ」
 三回までなと続けられて、十回勝負だぜと、魔理沙さんは鼻を指で擦った。
「五回勝ったら半分。全部勝てたら好きなだけやるよ」
「本当ですね? 約束ですよ?」
「ああ、いいぜ」
 ふふっ、と声が漏れてしまう。これは願ってもない好機だ。全部は無理だとしても、五回ならなんとかなるだろう。しかもハンデまでつけてくれるというのだから、なんとしても勝ちたい。
 半分も頂けるのなら、むしろお釣りがくるくらいだ。「いくぜぇ」と言った魔理沙さんは、じゃんけん、とかけ声を出す。お互いが腕を振ると同時に、ポン、と続いた。
 チョキのあいこだった。魔理沙さんは次に、グーかパーしか出せない。私はチョキを出せるけど、魔理沙さんはどちらを選ぶだろう。思考している間に、次のかけ声がはじまる。
「あいこで」しょ。
「おっ」
「あっ」
 魔理沙さんはグーを出して、私はチョキで負けた。「へへ、妖夢にはちょっと難しすぎたかな?」
「負けませんから」
 一回くらい、大丈夫だ。残りの九回で五勝すれば、私の勝ちなんだ。かけ声がはじまって、私はまたチョキを出した。「またあいこ」
 あいこでぇ、と言葉尻を伸ばす魔理沙さんに、今度はパーを出そうと決めた。これなら、絶対に負けることはない。ハンデは有効的に使わせてもらい、確実に一勝でもしなければいけない。
 声と同時に、腕を振った。
「えっ」
 魔理沙さんはチョキを出してきた。「ちょっと魔理沙さん、今のは反則ですよ?」
「すまんすまん、気が変わった。ハンデはなしだ」
「ずるいです!」
「怒るのはいいが、私は頼まれたから勝負を出してやったんだぜ? ルールを変えられるのが嫌なら、帰ってくれ」
 噛み締めた口元が歪んでしまう。反射で、背負っている刀に手を伸ばしそうだった。息を吐いて、気持ちを鎮める。「わかりました、もう一度です」
「そうこなくちゃな。じゃんけん」
 こうなったら、絶対に勝ってやると強く思う。魔理沙さんは手元が見えないように体を捻り、手でこぶしを覆っている。もしパーかチョキを出すのなら、直前で手が開くはずだ。
 自慢じゃないけど私は目がいい。こうなったら見切ってやる。溜めていた腕を振りだそうとした時に、魔理沙さんの口から「グー!」と出て、私は咄嗟にパーを出してしまった。
「なんつって、チョキでしたー」
 妖夢は扱いやすいなぁ、と笑われて、いよいよ腹が立ってきた。胸に手を当てて、落ち着け、落ち着け、と心のなかで唱える。まだ八回もあるじゃないか。
 次行くぞーとかけられて、じゃんけん、と声がかかる。「チョキ!」と腕を振り出す前に、魔理沙さんが声を発する。けれど、振り切る前の手が開く様子はない。グーだ。
 私は勝ったと思い、パーを出した。「残念、左手でした」と、宣言通りにチョキを出されてしまい、私はまた負けた。
 ずるいと詰め寄りたかったが、誰も右手を出すだなんて言ってないぜ、と言い返されそうだと思ったので口にするのはやめる。
「ほらほら、次だ。じゃんけん」
 かけ声を言い切る前に、魔理沙さんは腕を振り抜いてくる。私は釣られて、慌てて腕を振り抜いた。その手は中途半端に開いていて、魔理沙さんはチョキを出していた。ああもう、さっきから振り回されてばかりだ。
「これで四勝だぜ」
 あと二回負けたら、私はお団子を諦めなくてはいけなくなる。「六敗したあとは、一勝する度に一串やるよ」お情けでなと続けられて、私は負ける物かと意気込んだ。
「じゃんけん!」
 今度は私が声を張る。魔理沙さんは両手を後ろに隠し、同時に出そうとしていた。一瞬早く出てきた右手は、チョキの形をしていた。けれど、出してきたのは左手の方で、パーだった。私はグーで負けてしまう。「最後の勝負だ。じゃんけん」
 もうあとがない。絶対にお団子を勝ち取るんだと思って、かけ声に続いて腕を振る。「無敵うんこ!」とわけのわからない恥ずかしい台詞に惑わされて、また中途半端に開いた手を出してしまう。
 六敗してしまった私は、次のじゃんけんに取り組む気持ちがなくなってしまった。
 じゃんけん勝負が終わって、結局、私は一勝しかできなかった。魔理沙さんはお情けで「もう二串追加してやるよ」と肩を叩いてきたが、三串だけで足りるわけがない。
 小さな風呂敷にお団子を包まれて、家からおいとました私は振り向く。霧雨魔法店と書かれた看板はやはりぼろいのに、窓から覗き見えた魔理沙さんは、豪富のように椅子へ腰かけていた。
 あれほどのお団子を、魔理沙さんはどうするつもりだろう。結局、聞けず仕舞いだった。瘴気混じりの濃い風が吹いてきて、揺らされるように私は飛んだ。
 遠くの景色を眺めて、その先にあるであろう博麗神社を思う。このままじゃ帰れない。
 お団子を買い占めた人はもう一人いる。霊夢さんはきっと、譲ってはくれないと思う。けれど、可能性があるのなら私はそれに賭けてみたい。
 言いつけられたからじゃなく、私が、幽々子様の喜ぶ顔が見たいからだ。春の鮮やかさを飾りはじめた山並みに向かって、私は、空を進む体を急がせた。

      *

 眼下に流れる景色は、明るい緑と枝葉に蕾む花芽であふれていた。もう少し経てば、綺麗な花々は春を告げるように咲き誇るはずだ。視界の先に、神社の瓦葺が見えてくる。空から庭先を見下ろしてみたが、霊夢さんの姿は見当たらなかった。
 境内の石畳に足をつけ、首を振り動かした。出かけているのだろうか。宴会をするのであれば、なにかしらの用意をしているはずだけど、人気は感じられなかった。
 納屋の整理でもしているかもしれない。そう考えて足を動かした時に、神社の角から現れた霊夢さんと目が合った。私は、小走りで近付いた。
「珍しいわね。なんの用?」
 竹箒を持っているところ、掃除をしていたのだとわかる。普段と変わらない勤め姿だったが、私は違和を感じた。昼もすぎて、もうそろそろと宴会の準備をはじめなければ、霊夢さん一人では手が足りないはずだ。
 それに、買い占めたというお団子のこともある。買い込んだ量に見合うだけの人数が、多分集まるのだろう。ならこんな時間に、境内の掃除なんてするだろうか? 私は霊夢さんに、「お団子を買い占めたと聞いたのですが」と訊ねた。
「ええ、そうよ。宴会をするからね」
 やっぱり。魔理沙さんがお団子を買い占める理由はわからなかったが、霊夢さんの理由は予想が当たっていた。それなら、「掃除をしている暇なんてないのでは?」と聞いた。
「準備のことを聞いてるの? それならもう済ませてあるから、心配には及ばないわ」
 驚いた私に、「それが用件なの?」と霊夢さんが継いで、本題を忘れていたことに気付く。私は買い占めた三色のお団子を、少し分けて貰えないかと頼んだ。
「だめよ。お団子が食べたいのなら、あなたも参加すればいいじゃない」
 それができるのであれば、そうしたい。でも幽々子様は、きっと宴会には交じりたがらないだろう。「そこをなんとか」
 食い下がってみるも、霊夢さんの首が縦に動くことはなかった。「諦めて帰りなさい」と言われて、霊夢さんは庭先の方へと消えていった。予想通りの結果に、息が漏れてしまう。
 一体どうしたらいいのだろう。手にぶら下げている包みは相変わらず軽くて、私は情けないとまた息を吐いた。
「帰ろう……」
 呟いて、浮かせた体が重たく感じてしまう。なんと言って頭を下げればいいのだろうか、わからない。
 幽々子様は私よりも酷く落胆されてしまうはずだ。気落ちされる面持ちが、瞼の裏に浮かんでしまう。無理を言って、お団子屋に作って貰おうか。
 昇っていた日は徐々に下りはじめ、黄色い日差しが目を差してくる。「買い占めた人のこと、聞いておけばよかったなぁ」そうしたら、まだ行くあてができるというのに。
 真下に広がる湖から、小さな影が近付いてくる。目の前に現れた冷気に、飛び進んでいた私の体は止まった。水色の髪と青いリボンを揺らしている氷精が、両手を腰に当てて、私のことを睨んでいた。この子は確か、チルノという名前のはずだ。
「弾幕ごっこしよう!」
 勝負勝負と指を指してくるチルノに、そんな暇はないと溜め息混じりに返した。相手にするのも億劫だった私は、止めていた体を動かそうとした。
 弾幕が鼻先を掠めるように飛んできて、私はチルノを睨んだ。「いきなりなにするの!」咄嗟に刀を抜いてしまう。「知らないの? 通せんぼごっこだよ。有り金置いてけー」
 チルノは手のひらで作った氷塊を弾けさせてくる。私は身を捻って躱した。変な本でも読んだのだろう。賊がするようなことを、まるで遊び感覚だ。弾幕を避けながら刀を振り下ろして、私も弾幕を放った。
 冬が明けたというのに元気なことだ。チルノはでたらめに弾幕を広げ、なんども氷塊を弾けさせてくる。さっさと済ませてしまおう。そう思い私は刀を振り上げた。左手に持つ風呂敷を、チルノの弾幕が掠めてしまい、破けた穴からお団子がこぼれ落ちる。
 慌てて、落ちていくお団子を追いかけた。手を伸ばすも間に合わず、小さな水しぶきを上げて、お団子は湖のなかに沈んでしまった。声を失い、水面の波紋が落ち着いていくことを、眺めるだけしかできなかった。
 段々と怒りが込み上げてきて、なんてことをしてくれたんだと仰いだ先には、もうチルノの姿は見えなかった。
 申しわけなく感じて逃げ出したのだろうか。私にはもう、どうでもいいことだった。
 湧き上がった怒りが、萎んでいくのがわかる。黄金色の空を反射する水面には、うなだれる私の顔が映り込んでいた。
 沈んでいったお団子はふやけて、群がってきた魚達の餌になるだろう。自分がしてしまった結末に、溜め息すら、出なかった。

      *

 冥界の空を昇っていく体が重たかった。白玉楼に続く石怪談が見えてきて、さらに気分が落ちた。
 こんなことになるのなら、素直に買えませんでしたと帰ればよかった。中途半端に欲をかいた私は、お団子だけでなく、お金の入った巾着袋までなくしていた。多分、弾幕ごっこを仕かけられた時に落としたのだろう。
 幽々子様はきっと待ちあぐんでいらっしゃる。それなのに、肝心のお団子はないのだ。失態をお怒りになられる人であれば、いっそ楽なのに、幽々子様は「そう、残念ね」くらいで済ませてしまう気がする。
 怒声を浴びせられるよりも、幽々子様の口から漏れる溜め息の方が、私にはつらい。
 七分咲きの桜が、塀瓦から頭を出しているさまが見えてきて、息が詰まりそうになる。帰りたくなかった。相変わらず暗い冥界の空に、溶けてしまえたらいいのに。
 開いている門の向こう側から、賑やかな声が届いてきた。不思議に思い、昇っていく速度を上げて庭先に入った。広げられた茣蓙に座り、宴会を楽しむ顔見知り達が、酒を楽しんでいた。
 宴会の席に霊夢さんと魔理沙さんを見つけて、私は駆け寄った。
「あの、これはどういうことでしょうか?」
 魔理沙さんは歯牙にもかけないで、「遅かったな」と笑いながらお団子を食べていた。ほかの席にも目を向けてみれば、皿に盛られた三色のお団子が、幾つもあった。
 どういうことなのだろう。霊夢さんだって、神社で宴会をすると話していたはずなのに。状況が、まったく飲み込めなかった。
「霊夢さん、宴会をするんじゃなかったのですか?」
「ええそうよ」と言った霊夢さんは、ここでね、とお団子を食んだ。整理が追いつかないでいる私に、「お呼ばれしたのよ、ここにいる皆」と霊夢さんが話す。
「だからお団子を買い占めたの」
 あいつに頼まれてねと継いだ霊夢さんは、食べ終えた串を縁側に向けた。広げた扇子で口元を隠し、微笑みを向けている幽々子様が、そこにいた。
 扇子を閉じた幽々子様は、隣りに敷いてある座布団をぽんと叩く。いらっしゃいと仕草で促がされ、私は駆け寄った。
「幽々子様、あの、これは一体?」
 くすりと息を漏らした幽々子様は、まあ座りなさい、と扇子で座布団を差した。返事をして、幽々子様の隣りに私は腰かけた。私と幽々子様を隔てるように、皿に盛られたお団子がある。幽々子様の手が、お団子に伸びた。
「説明、して頂けませんか?」
 おいしそうにお団子を食む幽々子様は、騙してごめんなさいね、と目を細めながら謝ってくる。食べかけの串を置いた幽々子様は、「おめでとう」と言った。私は、わからずに首を傾げてしまう。
「あら忘れたの? 今日は、妖夢の誕生日じゃない」
 告げられた言葉に、反応できなかった。誕生日? 私の?
「今日で六十年目よ」
 ふふっ、と息をこぼして、幽々子様はお団子を食んだ。年のことなんて、もう随分と数えていない。今まで一度たりとも祝われたことがないのに、なぜ今回は祝うのだろうか。
 思っていたことは、いつの間にか口に出ていた。幽々子様は、「半分が幽霊なのに、六十という数字の重みがわからないのね」と、いつもと変わらぬ調子で笑っていた。
 あなたも食べなさいと言われて、私は串を取った。三色のお団子は、もちもちの肌をしていておいしそうだと思った。ふいにお腹が鳴って、そういえばお昼からなにも食べいなかったと思い出した。
 隣りからこぼれる息が聞こえ、私は恥ずかしくて顔が火照った。溜まる唾を飲んでから、食べる前に、幽々子様に訊ねた。なぜ、霊夢さん達に頼んでから、お使いに行かせたのかと。幽々子様は、そんなこともわからないのね、と呆れた様子で眉根を寄せていた。
「驚かせたかったに決まってるじゃない」
 私は、ああ、と納得して、自分の鈍さに少し呆れてしまった。「食べないの?」と声をかけられて、頂きますとお団子を食んだ。半日振りの食事に、思わず綻んでしまう。
「妖夢、このお団子が好きだったでしょう?」
 微笑む幽々子様に、私は「そうなんですか?」と返した。「覚えてないの?」
「小さくてまだ泣き虫だったあなたは、このお団子をあげたらすぐ泣きやんだのよ」
 話を聞かされた私は、覚えていないのに恥ずかしくて、つい、うつむいてしまう。
 妖夢と呼ばれて、私は顔を振り向けた。袖から小さな箱を取り出してみせた幽々子様は、「はい」と言って差し出してくる。
 受け取った私に、幽々子様は開けてみてと目を細めるので、私はお団子を置き、箱を開けた。
 お団子と同じ色をした、三色の玉簪が包まれていた。そっと摘み取り、鮮やかな色合いに「綺麗」と感想が漏れる。
「私からの贈り物よ。髪が伸びたら、使って頂戴ね」
 嬉しくて、言葉にできなくて、温かくなる胸に手を置いて、私は「はい」と返した。
 相変わらずと鳴ったお腹に、また幽々子様に笑われてしまう。私は食べかけだったお団子を食べて、次の串に手を伸ばした。
 西行妖にお団子を重ねて、三色の花びらを咲かせてみる。
「綺麗ですね」呟き、「あなたにも、花見の楽しみ方がわかってきたようね」と、幽々子様はまた、ふふっ、と口元に弧を描いた。
 釣られて綻び、私はお団子を食べる。
 いつか見た花びらよりも、今宵に映るお団子の花が、西行妖を満開にしてるようで綺麗だと思った。
まずは、ここまでお読み頂きありがとうございました。
こちらでは初投稿となります。思いついたままに書きましたが、楽しんで頂ければ幸いです。
それではまたどこかで。
多分毛玉
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コメント



0.290簡易評価
3.無評価非現実世界に棲む者削除
ゆゆみょんの作品は大好物です!ありがとうございました!
しかし魔理沙がひねくれすぎているような...。
誤字報告
怪談→階段
ゆゆさま可愛い。
妖夢おめでとう。
4.90非現実世界に棲む者削除
失礼、点数を入れ忘れてました。
5.100慢性寝不足症患者削除
かわいらしいお話でした。文章がとても読みやすかったです。やっぱりゆゆみょんはいいですね。
7.90奇声を発する程度の能力削除
良いゆゆみょんでした
11.703削除
面白くないわけではないですが、もう一歩かな? という印象です。
たぶん、未熟な妖夢かわいい系統のSSだと思うのですが、
それを表現している箇所からあまり魅力を感じないように思います。
じゃんけんの件や、チルノの件を、もう少し上手く書けると、
より魅力的なSSになるのではないでしょうか。