Coolier - 新生・東方創想話

「二十三夜」

2013/09/11 05:50:28
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秋、真夜中に下弦の月が昇る夜。
その日には、決まって短い間、雨が降る。

ただ、その雨は局地的で、とある場所にしか降らない。範囲はとある二本の松の木から半径一キロメートルのみ。
それは昔の出来事にちなんで「二十三夜の涙雨」と言われる。
その理由を知るものは少ない。
雨の中をひとり、傘をさして歩く影ひとつ。
青を基調としたノースリーブのワンピース、その下に纏う白いブラウス。
上白沢慧音その人だ。

雨がしとしとと濡らす道を歩き続け、慧音は目的地に着いた。
その両脇には廃屋と、その門のそばから伸びた松の木が、抱き合うように天でがっちりと枝を絡ませている。
「今年も達者なようだな。安心した」
慧音は静かに、労わる様に言う。
しかし、その顔は悔悟と、罪の許しを請うものとなっている。
「あれから何百年経ってもわたしは覚えている。あの時、私が過ちを犯さなければこうなる事にならなかった。」
もう原型は柱の跡と思われる朽ち果てた木の残骸と、腐り潰れた屋根の跡と思しきものが草に埋もれて覗いているのが
夜闇に朧に浮かんで見えるのみだ。

慧音は思い出す。
道を挟んで向かい同士の家は、元々戦国の前の時代から続く名家だった。
何につけても争い、相手の足を引っ張り合い、慧音もその仲裁に行っては何度刃傷沙汰に巻き込まれそうになったか覚えては居ない。
今ではもうその叫びさえ懐かしい。が、まだいがみ合いで済めばよかったのだ。
両家の争いは時代を超え、もう何が元で争いが始まったのかさえ判らない時代を経るが、その時に、両家に生まれた息子と娘が恋に落ちた。
里長と慧音は両家の争いをここで終わらせようと、影に日向に奔走したが、それが双方の家の致命的な決裂を招く結果になってしまう。
慧音が里長に託した手紙…それがすべての過ちだった。
「二人の間にはすでに子が宿っている。今はまだ言っては良い時期ではない」
それを偶然、里長の家で、娘の兄は見てしまった。
そんな事も知らずに、新郎となる男が婚姻の準備を共に進めていたとき、抜き身の血刀を下げた娘の兄が2人の元へ押しかけた。
「我が妹を辱めた鬼畜が、貴様などに妹を幸せに出来るなど不可能。穢れた血はここで絶つ」
そう言って、ずかずかと二人の居る間に上がると、問答無用で義弟となるはずの男に刃を突き出す。
何の抵抗も無く、刃は男の胸を貫いた。
「兄上!何と言うことを!」
覆いかぶさるように恋人を護ろうとした娘に、しかし兄は
「一度汚された血は元に戻らぬ、家名に傷をつけた事を悔いながら逝くがいい。しかし、とことわに共になれるとは思うな…!」

娘の兄の手によって二人は引き裂かれ、それに飽き足らず彼は二人の亡骸を近くの木に吊るし、膾斬りにしたと言う。
それでも飽き足らず、彼は相手の男の家を襲い、一族郎党を全てその刃で斬りすてた。
娘の家はその出来事に
「穢れた血も争いも、もう起こる事はない。娘には再三注意したが、聞く耳を持たぬ娘なぞ、この家にふさわしくは無い」と斬って捨てた

人の命より家名を、和合よりも相手の家をいかに貶めるかしか考えられないその態度に、慧音は戦慄し、悲しんだ。
問いただせば、出てきたのは自分が里長に託した書簡。
「守護者がまさかこんな事を我らに隠していたとは、お主は所詮化け物が人の皮を被っただけの存在なのだな。」
嘲笑と共に放り出されたそれを見て、慧音は静かに訊いた。
「この書簡を託した日、里長が左腕を失ったと訊いたが…それはお前の仕業か」
彼女の言葉に兄は言う。
「ふん、それがどうした。大体日取りや大事な集まりにあんたとあの二人と里長しか呼ばない、しかも他言無用ときたもんだ
 怪しまぬものがどこに居ると言うのか」
その言葉に、慧音はやり切れなさと、そして人の善意を悪意としか捉えられない、娘の兄の心狭さに初めて手を上げた。
「段階をふまねば余計な混乱が出ると判断したのに、何故それに気付かない!」
顔面に拳を受けて吹き飛んだ男と、その家族を尻目に、彼女は言った。
「何の打算も無く睦み合い、二つの家の意味の無い争いに心痛めていた者たち、その巻き添えになった者たちの無念と悲しみからお前たちは永遠に
 逃げることは出来ん。全ての恩を仇で返した罪、いつまでも背負い続けるがいい。私もこの罪を負い続けることになるだろう。お前達が生きるよりも
 遥かに長い年月をな」

その後の娘の家がたどった末路は悲惨だった。
式の日取りを楽しみにしていた者たち、それを華々しくめでたい号外として出す筈だった者たち、そして里長の頼みで東奔西走して
もう、人里に争いはなくなるだろう、と信じていた者たちを裏切った罪はすぐに跳ね返ってきた。
大店だった店は誰も訪れることなく、身代は急激に傾き、里に出れば門前払い、冠婚葬祭の全てに仲間はずれと
徹底して「居ないもの」とされてしまったのだ。

それに不満と怒りを抱いた男は、刀を手に里へ行き、死体となって帰ってきた。
一思いに止めを刺さず、じりじりと焼かれるが如く、顔以外が炭になって家の前に放り出されていたそれは、その家が里のみならず
それに繋がる者・・・妖怪や神をも敵に回したことを物語っていた。
真っ青になった家の者が、当時の博麗の巫女に事の次第を告げて許しを乞うたが、その答えは冷たく
「あなた達が私利私欲と見栄だけで全てをぶち壊しにしたのよ。私一人の力でどうにかなる物ではないわ、私にも止められない。
 自分達の行動を振り返って、本当に悪くないと言うのならまたここにいらっしゃい。ただ、他の者たちが赦すとは到底思えないし、
 私もあなた達に手を貸すつもりは無い」
博麗の巫女は最後に言った。
「毎日、もう二つの家が争うことなく安泰である様にと、あの二人はずっとここに祈願に来ていたの。その思いを壊した者を私は赦さない」

それきり、その家の者は誰も来なくなったという。
博麗の巫女を怒らせるという事は、郷全てを敵に回した事に他ならない。
程なくして、その家の者は突然、誰にも知られること無く、消えるが如く居なくなってしまった。
縁を括る神の逆鱗に触れた為とも言われるが、真相は誰も知らない。

その後、誰も居なくなった両家の庭に植えられていた松が、何故か急激に伸びはじめ、まるで夫婦が抱き合うようにその枝を絡ませて、成長を止めた。
誰も住まわなくなった家は荒れ、半ば朽ち落ちる位の年月が経っても、二本の松は変化も無く、いつしか一生を共にしたい恋人達や
切ない片思いに胸も痛める者たちが、男女問わず、ここに訪れるようになった。
ただ、この不思議な雨が降る夜だけは誰も立ち入ろうとしない。
この雨は、幸せを得られた二人があの惨劇を思うて流す悲し涙だからだと、里人は言う。
ゆえに、二人の悲しみに立ち入ればその業を負うと言われ、誰も近づかないのだ。

しかし、慧音だけはこの雨の日、ここに来る。
自分に何も出来るわけではないが、せめてあの日の出来事を二度と繰り返さぬように、自分だけでも覚えていようと。
松の根元に目をやると、誰が作ったのか、祠が立ててあり、さまざまな供え物が置かれている。
慧音は傘をたたむと、夫婦の杯に神酒を注ぎ、手を合わせる。
「一夜、二夜、夢も思いも清か…お前達の心はまだ生きているのだな」
その言葉に答えるように、枝から落ちた雫が慧音の肩を濡らす。
そして、別の誰かの言葉がそれに続いた。
「お互いがお互いを想うている限り、その思いが化石となることはありえないだろう?」

声のほうを向くと、そこには慧音が良く知る竹林の案内人が居た。
「妹紅か…ここで出会うのは偶然ではあるまい」
妹紅はそれに答えて
「私もあの娘の兄を殺したものとして咎を背負う者だ。この雨はこの二人だけが降らす雨ではない…」
祠のそばにある小さな石仏に線香と花を手向け、妹紅も手を合わせる。そして言った。
「最後は歪んでしまって居たが、昔は妹思いの立派な小童だった…歳を経る事が残酷なものだと思い知らされたのはあの時が初めてだった。
 昔は良く、外界の事や昔話をお前と共にしたというのにな。寺子屋でも利発で正義感の強い童だった」
慧音はその言葉にぽつりと言う。
「何故、あのような童がああなってしまったのか…良き事が全て悪しき方向へ向かってしまったのだろうな」
妹紅は答えず、静かに立ち上がった。
「それを知る事が出来る者はこの郷にはひとりしか居らん。私たちに出来るのは、将来に同じ事が起きない様に子供達を教える事と、里のものと共に
 悩んで、喜んで、泣いて、人の心を忘れないようにすることだけだろう。この二人が何を望むかは判らんが、あの惨劇の殆どにかかわったお前が
 それを忘れてしまった時、お前は守護者では無くなる事は心得ておけ」
そう言うと妹紅は傘を開いて歩き出す。
「出ない答え、知らない答えである方が幸せな時もある。お前は子供達に教鞭をとる立場、気取られぬようにしておけ。大人が思うほど子供は
 人の心の機微に疎くは無いぞ」
いつの間にか人影は消え、声だけが残った。

雫に打たれながら、慧音は立ち尽くす。
「しかし妹紅、知りたくなくても知ってしまったものはどうしようも無いんだ…」
歴史を喰い、また、歴史を創るものはやりきれないように呟いた。

雨は止む事を知らず、守護者もまた答えを知りつつも言う事は出来ず、立ち尽くす。
「お前たちの望む幸せを、こんな形でしか叶えてやれなかったが、もしもそれが幸せで無いとするなら、いつでも私に祟るが良い。
 私は望んでその咎を背負ってお前達に討たれよう」
やがて、雨が止み、中天に下弦の月が冷たく光る。

『慧音先生。私たちは大丈夫だよ』

響いた声に慧音は我に返る。が、そこには誰も居なかった。
『慧音先生ならきっと出来るよ。だから、子供達をしっかり見てくださいね』
罪しか芽生えなかったこころに差す一筋の光、だが、それは太陽の光に等しいまぶしい笑顔をたくさん映し出す。
今まで寺子屋で教えた子供達の顔がそこにあった。
「あ、慧音せんせいだ。やっと見つけた!」
「ほんとだ、こんなところでどうしたの?」
寺子屋で教えている子供達が夜中なのに慧音を取り囲んで騒いでいる。
一部の子供は眠たげに目をこすっている。
「お前達こそこんな夜中に何をしている、明日遅刻したらどうするのだ」
驚きつつも心配する慧音の声に子供たちは無邪気に、
「今日は二十三夜待ちの日だからって、慧音せんせいん家に呼びに言ったのにいなかったからみんなで探してたんだ」
子供達の楽しそうな声に、それでも慧音は
「馬鹿者、だからと言ってこんな所まで子供だけで来るやつがいるか!」
その声に
「いや、私が居るぞ」 と答える聞き慣れた声があった。
「妹紅…」
「村人も子供たちもお前を待っていてな、私が呼んで来ると言って居るのに『妹紅さんだけずるい』と押し切られてしまった」
妹紅の顔は苦笑いだが、その顔は気を悪くしているわけではない。
「そう言う事だ。子供たちもお前を待っていた。今からでも輪の中に入れるだろう」
妹紅の言葉を皮切りに、慧音の周りの子供たちが彼女の手を小さな手でつかんで、引っ張っていく。
「早くしないと終わっちゃう、せんせいもいそいで行こう!」
「みんな待ってるよ」
その声に紛れ、誰かが
「せんせい、明日の寺子屋はお昼過ぎからでも良いよね?」と調子のいい事を聞いてくる。
妹紅がその代わりに返す
「こら、どさくさに紛れて調子のいい事を言うな。そんな怠けた事を言っているとそのうち頭突きを食らうぞ」
突然の出来事に戸惑いながらも、慧音は子供たちに囲まれて松の木から離れていく。
その顔には本人も気付かない笑みがこぼれている。

その喧騒を夫婦の松は見守る如く、静かに見送った。
『あなたなら、絶対に繰り返さないし、もしそうなりそうになったら、私たちも力を貸しますよ』
声無き声がやさしく後を追うように消え、二本の松の木は寄り添いながら下弦の月を愛でていた。
あとがき
旧家のしきたりとかを見てると、昭和の後半生まれの自分は「バカなことを」とバカ正直に思います。
こんなんでも神主の孫にして、本家の次男なのですが。
しかし祝詞のひとつも唱えられない、祭神も知らない、分家の顔も知らない罰当たりヤローからすれば異世界です。
親父にしてみれば私か兄貴が神主になってほしいと今でも目論んでいるようですが、自分は「総領に丸投げでござる。ケツをこっちに向けるなでござる」
と断固拒否してます。そして兄貴も逃げ回ってる状態なので私の家系が絶えた時にどうなるのか泉下で神酒をあおりつつ見てみたいモンです。
みかがみ
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コメント



0.150簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
妹紅が良い味出してます。後悔先に立たず。

異次元異世界の物語ですね。わからないしわかりたくもない。
といいますか、この個人の意思や望みよりもイエ(≒家長)の存続と名誉を重んじる旧い価値観は、非相続子の口減らしと労働市場の歪みという形で、人口の大きな割合を兵士として死に追いやる体制として、十五年戦争に前提条件の一つですらありました。
ならば、穢れているのはイエ制度そのものである、と言えなくもないし、「この国の暴走を防ぐために家族法を改める」というGHQの論理は正しかった、とも言えるでしょう。
2.100非現実世界に棲む者削除
色々と思うところがある良い作品でした。
両家のいざこざって悲惨な結果しか生み出さないんですよね。
家名、危うしからず。
一つの事柄に固執してはいけませんね。
3.100奇声を発する程度の能力削除
中々面白く良い味のあるお話でした
8.100名前が無い程度の能力削除
非常に興味深いお話でした
9.903削除
伝承とかにありそうな話ですが、本当は全くの創作というのだからすごい。
それにしてもみかがみさんは毎回味のある話を書きなさる。
中々万人受けするテーマではないので点数は伸び悩むのかもしれませんが、
一読者としては変わらない作風を貫いて欲しいです。