Coolier - 新生・東方創想話

騒動

2013/09/01 12:16:27
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 寅丸星は、それはもう死ぬほど焦っていた。

 星は、自分の腕に抱かれているものを見て戦慄を覚えている。力無く四肢を投げ出し、首がまるで座っていないかのようにしっかりとしていないし、さらには白目を向いてしまっている。グラデーションになっている金髪も、無造作だ。決して精巧に作られた人形ではない、聖白蓮その人である。
(ど、どどどどどどどどどどうしましょう)
 心の内でもどもるほど冷静さを欠いている星は、聖の表情をあわあわと見つめ、聖を離そうとしない。
(殺しちゃいました……殺しちゃいました!)
 星はとりあえず聖の身体をそっと置くことを思い出し、しかしこれほども落ち着くことができずにいる。
(と、とりあえず、昨日の夜何があったか思い出しましょう)
 浮かび上がるのは昨晩、急に星の寝室に入ってきた聖が、星の布団に入り込んできたところから始まる。
 動揺する星に、図々しいほど堂々としている聖は、一緒に寝ましょう、と提案した。聖の要望なら、と星は承諾した。が、もう一組布団を用意する星に、聖は添い寝を要求したのだ。
 これにはさすがに星も遠慮せずにはいられなかった。しかし聖は持ち前の強引さをフル活用し、なんと星に抱き枕にされることまでを取り付けてしまった。驚くべきネゴシエーションである。星も何が起こっているかわからなかった。
 しかし人肌の温もりというのは気持ちいいもの。星もだんだんと遠慮を解いていき、聖への抱擁もだいぶ自然な感じになっていった。終いには星の方がノリノリになるくらいには。
 そして目覚めたら、聖が……大変なことになっていた。
(どう見たって私が絞殺しちゃってますよこれ!)
 振り返ったところで、今度は別の意味で取り乱してしまうはめに。
(わ、わた、わたわわわたし、どうしましょう)
 思考がループし始める。このままでは回想が二度までも挟まれてしまう、そんなとき、星は部屋の前の襖に気配を感じた。
(ヤ、ヤバイ!)
 咄嗟の判断だったのだろう。星は素早く聖の体勢をなるべく小さいものに変え、布団をかけて隠蔽しようとした。
「ご主人、起きてる?」
 ナズーリンが入ってきたときには、布団に覆い被さるような姿勢になってしまっているのだが、聖の姿はナズーリンからは見えなくはなっていた。
「……なにをしてるんだい」
「ハ、ハ、ハハハハハ、何もないですよー」
「春告精か君は」
 しかし、ナズーリンも賢将という異名の持ち主。違和感には敏感だった。星の不審な行動に目を光らせる。
「ご主人、一体何を隠しているのかな?」
「か、隠してなんかないですよ」
「怪しいぞ、どう見ても」
「で、ですよねー……」
 普段あまり隠し事をしない星だからこそ、ナズーリンは余計に気になっている。その布団の中に隠されているものが何なのか、トレジャーハンターの血が滾った。
(もしかして毘沙門天様に報告すべきことなのか? ……待てよ)
 毘沙門に密告をすべき行動とも思われたが、その他にもナズーリンにはひらめくものがあった。
 布団がある。朝である。見られたら恥ずかしいものである。布団で隠せるものである。つまりは、

(おねしょか!)

 とわかった途端、謎が氷解しスカッとしたものの、急にナズーリンはいたたまれなくなってきた。星の方も、あまり長い間疑われるような視線を受け続けて、だんだんと心拍数を上げ始めている。そして、
(もしかして、バレた?!)
 星は、ナズーリンのパッとした表情を見てそう確信した。と同時に、終わった、とも思った。
「もしかしてご主人……」
 死刑宣告でも待っているような惨めな気持ちに星はなっている。そしてナズーリンの口が開かれた。
「やっちゃった?」
「……ええ、殺っちゃいました」
 星はとうとう観念した。
(……もうおしまいです。この寺にはいられなくなりますね……寂しいですが、自業自得です)
 ナズーリンは、怒るというよりも、むしろ嗜虐心が自分の中で芽生えてきていることを自覚した。
(そうか、やっちゃったのか……ププ)
(ああ、ナズーリンが笑ってます……。きっと嘲笑っているのでしょう)

 どうやら、決定的な齟齬が生じているようだ。

「まあ気にしなくてもいいよ」
「気にしますよ!」
 ナズーリンは本気で慰めるつもりで言ったのだが、星は嫌みを言われているようで仕方がなかった。
「そ、そこまでいうか……しっかし、いつかはやると思ってたんだ」
「エェッ!」
 星は思わずのけ反って奇声を上げてしまうほどの衝撃を受けた。
(わ、私ってそんな風に思われてたの?)
「ナ、ナズ、そんな風に私を思ってたなんて……」
「だってそうだろう。普段の君を見てるとそう驚くことでもないさ」
「普段から駄々漏れだった!?」
(嘘!? 気づかない間に殺気出してたってこと?)
「そうさ、寺の皆も思ってるよ、たぶん」
「皆まで!」
(そんな……分かりやすすぎじゃない……私ったら)
 今告白される衝撃の事実に、思わず手をついてしまう星。そんな彼女に、ナズーリンは追い討ちをかけるように言った。
「聖もそうだったんじゃないかな」
「ひ、聖……が……」
 自然と布団に視線がいった星は、そんなはずは無いと頭を振る。
(だったら、聖は私と一緒に寝ようなんて言ってこないはず……まさか、それを知っていてなんてことは)
 あるかもしれない、星は聖の人柄を思い出した。
(聖、私があなたに殺意を抱いていることを知って、でも私を信じてくれてたんだ……だから一緒に寝ましょう、って言ってきてたんだ……なのに、私は!)
 星の更正を信じていたかもしれない聖を想って、星の目尻には涙が溜まる。そんな星を見て、ナズーリンは少しエキサイトし始めていた。
(ああ、私に被害が被らない状況でのご主人の困り顔は見ごたえがあるなぁ……ゾクゾクくる)
 なんて従者にあるまじき心内だが、なんとかそれを表に出さないように必死に努力している。
(それにしてもご主人が粗相するなんて……そういえば話を聞いたことがあるな。あの店主から。こう、布団に地図みたいなのが書かれてるの。あれって本当なのかな)
 ナズーリンはふと思った。そして、すぐ行動した。
「それ、書いてあったりする?」
 布団を指差す。
「掻いてなんかないですよ!」
(首をですか?! そんなことしません!)
 星は猛抗議する。
「そうか、……書いてないのか」
(なーんだ、残念だな)
 ナズが肩を竦める。
「何でそんな残念そうにするのですか!」
(首を掻いてたのを期待してたんですか、ナズは! そんなグロい現場を!)
 さすがの星も、憤りを感じずにはいられない。確かに罪を犯したとはいえ、不当に貶められることなど許してはおけなかったからだ。
「いやーすまないすまない。香霖堂の店主から聞いてた話と違ってね」
「どんな話ですか!」
「あの白黒、魔理沙の小さかったときはそうだったらしいんだが」
「どんな幼少期を過ごしてるんですかあの子は!」
「彼女プライドが高いだろう? だから見つかったときなんて顔を真っ赤にしてさ、忘れろ忘れろってうるさかったそうだよ」
「そりゃ誰だってそうしますよ、見つかったら!」
「ま、結局後片付けは店主にやらせてたみたいだけどね」
「汚れ役押し付けられてますよ、店主! 可哀想に!」
 これから魔理沙と店主に対する接し方を考えないといけない、そう星は思った。

(そういえば)
 ナズーリンの脳裏に、またあることが思い浮かぶ。
(見た夢の内容でやっちゃうってのも聞いたことあるな。夢でリラックスした状態になるととかかんとか。聞いてみるか)
「ねえご主人、今日はどんな夢見たんだい」
「ゆ、夢ですか? ……そんなもの吹っ飛んじゃいましたよ」
「いやいや、案外その夢のせいかもしれないよ。それで占いとかもできるみたいだし」
「そんな被害が重い占いなんてあるんですか!? そ、そう言われても……あ、竜と対決する夢見ました……けど」
「何でその状況でリラックスする余裕があるんだ! ビビって漏らしたみたいになってるじゃないか!」
「!? ああ、そうか、そうだったのか……戦ってたからか……」
「自分でも気がついてなかったのか!」
 自分が夢の中で戦っていたせいだとわかり、落ち込む星だが、しかし、彼女も馬鹿ではなかった。ここで、自分とナズーリンとの間の会話が微妙に噛み合っていないことに薄々と気が付き始めていた。
(ちょっと待て……ナズは一体何について話している? 私が聖を殺してしまったことについてじゃないのか? それにしてはすごくずれてるような……もし違うのだとしたら……)
 星は、ナズが起こしに来たときのことを思い返す。
(朝、私が慌てて布団で隠してて、思わずナズがにやけてしまいそうなこと……まさか、こう、お、おもら……をしちゃったってことになってるのかな。そうだよね、きっとそうだよね)
 そう自分に言い聞かせた星は、なんとかこの場を誤魔化そうとナズーリンに合わせようとする。
 一方のナズーリンもあるものを発見し、それに目を奪われてしまい、言い知れぬ不安にかられていた。布団から少しばかりはみ出ている、束になった金髪である。
(あんなにいっぺんに脱毛するとは思えないが……というかご主人のにしては長すぎる。ご主人もなんだか上の空だし、正体を確かめてみよう)
 と、神経を尖らせ、ぶつぶつと呟きながら遠い目をしている星にそろりと忍び寄るナズーリン。
 ペラリ、と布団をめくったその中に見たものは、白目を向いている聖の顔であった。
(嘘ぉっ!? やっちゃったってそう意味での殺っちゃったなの? ガチな方じゃないか! だからあんなに焦ってたのか!)
 ナズーリンは開いた口を塞ぐことすらままならない。
「……んなわけないよね、そうだよね、うん」
 固まるナズーリンをよそに、星が自分に言い聞かせをしながら顔を上げた。
(いけない、ご主人にバレるっ!)
 あまりの驚愕にしばし硬直したナズーリンだが、星がわずかながら動いたことを尻目に見て、反射的に布団を元に戻し、何事もなかったように振る舞ってしまう。
 あまりに不自然な態度だったが、お互い動揺しているのか、普段なら見落とさないことまで簡単にエラーしてしまっている。
「いやー、うっかりさんだなー、私も」
 星が、まるでいたずらっ子のように舌を出しながらおどけてみせる。
「故意にではないというのか!」
 その軽薄な振る舞いに、ナズーリンは戦慄を覚えた。
「これ、水に流してくれませんかね、ナズ」
「私に何をやらせようというのか君は!」
「あ、どうしましょう、跡が残らないといいんですが」
「跡とか以前に私に見つかっているんだが!」
「それもそうですね、失念してました」
「何でそんなにのんきなんだ!」
「だって、そんなに騒ぐことでもないでしょう」
「むしろ騒がなきゃいけないことだ、これはっ!」
 不思議そうに返す星に対し、我を失いかけているナズ。形勢は完全に逆転した。
「いいか、ご主人。とにかく、これはゆゆしき事態だ」
「そうですね、威厳とかに関わってきますもんね」
「威厳どころか寺の根幹を揺るがす大事件だよ!」
「そんな大袈裟な。せいぜい村紗とかぬえにからかわれるだけでしょうに」
「あいつらそんなに薄情だっけ?!」
「でもこの事が烏天狗辺りに知られたら厄介ですね」
「知られたくない面子ナンバーワンだよそいつ! ああもう、君はとんでもないことをしでかしたという自覚はないのか!」
「だって、人間の子供はみんな経験することなのに」
「なんだその物騒な世の中は! いいか、ご主人!」
 たまらずナズーリンが声を上げた。
「聖が死んだんだぞ!」
「っ! 気づいていたんですか……」
「当たり前だ!」
「……そうです。私がやりました」
 星はナズーリンに詰め寄られ、しかしたじろぐことはなかった。最初からこうなるようなことを予測していたような、そんな潔さだ。
「どうしてだ、どうしてなんだ……」
「殺したくて殺したんじゃありません。でも、結果的には殺しちゃいましたけど……そこはわかってください」
 星は詳しく弁明をしようとはしなかった。罪を認め、裁かれる覚悟がある、そうナズーリンには感じられた。
「ご主人、とりあえず落ち着いて、これからのことを話し合おう」
「ええ……」
 ナズーリンは腐っても従者であった。主人の非を認め、これからのことを見据える。どんなことがあっても立ち止まらない、星にとって最も信頼するに値する存在だ。だからこそ星もナズーリンの話に耳を傾けた。
 二人は密やかに、今回の事件について話し続けるのであった。

















 むくりと、聖が起き上がった。
「ふわぁ、おはようございます、二人とも」
『!?』
「なんだか三途の川が見えましたけど、戻ってきちゃいました」
『……ひ……』
「ひ?」
『聖ぃぃぃぃいぃぃぃぃいい!!』
「ど、どうしたんですか二人とも! よ、よしてください、ちょっと離れて……」
アンジャッシュ的なネタをしたかっただけです

ハメにも
八衣風巻
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コメント



0.530簡易評価
2.90非現実世界に棲む者削除
よくある爆笑ネタですね。
楽しませていただきました。
3.90名前が無い程度の能力削除
ひどい話だけど笑っちゃったwww
4.90奇声を発する程度の能力削除
とても笑わせてもらいました
7.80奇声を発する程度の能力削除
入れ替わり上手いww
8.100絶望を司る程度の能力削除
漢字の読み方の勘違いって怖いわ~。てか、自力で三途の川から戻ってきた聖さんもスゲェ・・・
14.90名前が無い程度の能力削除
「えっ?」「えっ?」
の流れが見えるようだ。しかし強引な添い寝を迫った聖の真意は……考えても仕方なさそうだなぁ。
昼間膝に乗せた猫が可愛かったとかそんな理由に違い無い。
16.100名前が無い程度の能力削除
終始ニヤニヤさせていただきました
こういう勘違いは良いですねぇ
17.90とーなす削除
これはいいアンジャッシュw
途中二人の考えが入れ替わるのが「そう来るか!」という感じでした。
20.80名前が無い程度の能力削除
まさかの二段構えとは恐れ入りました。
それと誤字報告を。
「と当時に、終わった、とも思った」→「と同時に、」
23.703削除
アンジャッシュかと思ったら、やっぱりか!
完成度は別に低いわけではないと思いますが、あまり笑えませんでした、申し訳ない。
おそらく漫才のネタというものは実際に舞台で見て面白いのであって
SSにするだけだと面白さが半減するのが原因なのかなーと思ったり。