Coolier - 新生・東方創想話

星蛍

2013/08/31 12:30:10
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 やんややんや。
 呑めや歌えやなんやかんやな喧騒が、静かに一人酒を煽る私の耳へと飛び込む。
 ああ妬ましい。これだから宴会などというものは嫌いだ。誰も彼もが花より団子、風情が無いったらありゃしない。
 ましてや今日は、年に一度の夏祭り。地殻を穿ち、地底と地上を繋いだあの忌々しい間欠泉のせいで、私は今年も、ここにいることを余儀なくされている。
 本来なら、今頃私は橋の傍にある我が家で、薄緑色に仄かに輝くたくさんの蛍の光を肴に、積もり積もった嫉妬心を空気相手に吐いていただろうに。
 私は一人が好きだから、別に、寂しいなんて思ってない。第一、私は喧しいのが嫌いだ。酒臭いのも嫌いだし、他人の平穏を邪魔してくる奴も嫌いだ。


「あ、おーぅい! パールスィー!」


 ……つまり私は、半ば強制的に私を拉致してここまで連れ出した挙句、その辺にぽいと放っておいて勝手に呑みにいった、喧しくて酒臭い、この一本角の鬼が大嫌いだ。

「……なによ、あなた一人で楽しそうでいいわね。妬ましい」
「ああ楽しいとも。折角の祭りなんだぞ? これを楽しまずしてなんとする」
「なら勝手にしたら良かったじゃない。どうして私を連れてきたりなんかしたの?」
「一人より二人の方が祭りは楽しいに決まってる。パルスィは楽しくないのか?」
「これで楽しく見えるのなら、あなたの目は間違いなく節穴ね」
「そうか? あっはっはっはっは!!」

 勇儀は真っ赤な顔をして豪快に笑うと、いつも持っている盃になみなみと透明な液体を注ぎ、勢い良くそれを口に向けて傾けた。ごっ、ごっ、と、すごい音を鳴らし、それは瞬く間に空っぽになる。
飲み干された後の盃には、もはやほんの一滴さえも残っていない。見ているこっちが酔ってきそうなまでの、見事な飲みっぷりだった。

「っぷぁ! ほら、パルスィもどうだい?」
「酒は飲めども呑まれるな。そんな乱暴に飲んだら泥酔通り越して死んじゃうわ」
「そうかい? これくらい普通なんだがな」
「あんたの、ていうか幻想郷の普通はどうかしている」

 本当に、この幻想郷に住む者は酒に強い奴が多い。いや、強すぎると言った方が正しいか。
 見た目的に幼い妖精やその辺の弱小妖怪はともかく、吸血鬼や亡霊といった幻想郷のパワーバランスを担う大妖怪から、巫女や魔法使いといった人間の少女まで、どうにも酒に強すぎる気がしてならない。
 言うならばそう、ザルを通り越して、タルだ。底なしにも程がある。寺の僧侶もうふふと笑いながら般若湯を喇叭飲みしていたし、神様も小さな見た目をしながら酒樽をいくつか空けていた。
 酒というものは一人を楽しむ為の、些細な潤滑油……そう思ってる私からしたら、とてもじゃないが真似出来ない。ていうか、したくない。


「ほら、あっちで二本角の奴が呼んでるわよ」
「呑み比べか? ならば負けはしない!」
「はいはい。早く行ってらっしゃいな」
「負ける、ものかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 うおおと声を荒げ、鬱陶しい酔っ払いは去っていった。まるで嵐か台風か、本当に忙しない。
 
「ふぅ」

 束の間の平穏。一番うるさい奴がひとしきり暴れた後だと、さっきまで耳障りだった小さな喧騒も、心地よい楽奏に聞こえる。そう聞こえる時点で、私も十分、勇儀に毒されてるのだろう。それがなんだか嫌で、私はさっきから風か何かで独りでに揺れていた波紋を、一息に飲み干した。
 きんと冷えた液体は飲み下した瞬間に、かぁっ、と喉を灼いた。酒があまり得意ではない私は思わずむせ返りそうになるが、それはなんだか奴に負けた気がして悔しい。負けてなるものかと、必死に胃へと押し込む。
 冷たい熱が、体の隅々まで透き通る。ぽかぽかと心地よい暖かさの中、私はもう一つ溜め息を吐いた。

「…………ふぅ」
「……」
「あー……」
「…………色っぽいわねぇ。妬けちゃうわ」
「きゃ!」

 耳元で囁かれたのは、少しの酒気を孕んだ湿った言葉。蝉の声がけたたましく鳴り響く夏にも関わらず、私の体はまるで背骨を掴まれたかのように、ひゅう、と冷えた。
 妖怪妖精魑魅魍魎が我が物顔で跋扈する幻想郷とはいえ、不意にこのようなことをされては流石に肝が冷える。
 ばくばくと鼓動を速める心臓を必死に押さえつけると、私は恐る恐る後ろを向いた。

「ひ、雛?」
「はぁい。こんばんは」
「もう少しマシな声のかけ方は無かったの? 寿命が少し縮んだわよ」
「涼しくなったでしょ? それと、今更ちょっとくらい寿命が縮んでも大丈夫でしょ」
「あなたのその自由奔放さが妬ましいわ……」

 そこにいたのは、地上における私の数少ない友人の一人である、鍵山 雛だった。それなりに飲んでいるのか、その頬は僅かに上気しており、ほんのりと朱がさしていて色っぽい。
 雛は微笑みながら私の隣に立つと、ちょこん、と、そのまま座った。

「なによ、厄神様が私に何の用?」
「神様もね、肌寂しいのよ。たまには他人のぬくもりが欲しいじゃない?」
「同意を求められても困……ちょっとあんた酒臭い! そんなすり寄るな!」
「えへへ~。ぱ~るすぃ~♪」

 雛はにへらと表情を崩し、酒臭い体を猫の様にこすり付けてくる。甘えられること自体に悪い気はしないのだが、酒が苦手な私からすると、この酒臭さはどうしようもなく苛立たしい。
 かといって無理に引き剥がすと恐らくこの酔っ払いは泣き喚き、今より数段面倒なことになるだろうから、我慢して為されるがままにされておく。
 そうして暫く経った後、雛の抱きつき攻撃は不意に終わりを告げた。濁った酒気を吸いたくなくて呼吸を控えめにしていた私は、これぞ好機と言わんばかりに夏の湿った空気を目一杯肺へと取り込む。

「ぷは……あーもー、飲み過ぎは体に毒だって」
「パルスィ」

 文句の一つでも垂れようとした私を、雛は私の名を呼んで止めた。その頬はなおも朱色に染まっていたが、瞳には理性の光が湛えられている。
 酒乱の戯言が始まるのかと思っていた私は、そんな雛の瞳を見て、思わず息を飲んだ。

「ひ……」
「ちょっと暑くなってきちゃったなぁ。あっち行って涼まない?」

 ぐいと手を引っ張られ、雛の思うが侭に連れ去られる。腕力的には私の方が上なのだが、どうしてかこの時は、思うように体が動かなかった。
 まるで蛇に睨まれた蛙の如く、私の体は硬直していた。

「ちょ、雛……!」
「ほら、早く」

 ええいこの酒乱は何を考えているのかと声を荒げたくなったが、私にも酒が回っているのか舌が思うように回らない。吐き出しかけた声は無意識に反芻され、外界の空気に触れることなく、体の内側へと溶けていく。 
 慣れ親しんだ友の声も、今は得体の知れないなにかの声にしか聞こえなかった。


「あ……っ!」


 鬼に連れ去られる子供ってきっとこんな気持ちなんだろうなぁ、と他人事の様な感想を抱きながら、私は情けない声を一つ漏らして、夏の夜の中に呑まれていった。


◇◇◇


「はぁ、はぁ……あー、疲れた。あれ、どうしたのパルスィ?」
「あ、あんたね……突然こんなことしないでよ! びっくりするっていうか、その」
「怖かった?」
「うっさい!」

 息を切らしながら、全力で雛を責める。一日に二度も友人に拉致されるとは、今日はきっと厄日かなにかだろう。目の前に厄神もいることだし、きっとそうだ。そうに違いない。
 ある程度息が整うと、雛の顔が目に入る。人形のように精巧に作られた顔にほんの少し赤をさして、可愛くも憎たらしい顔で笑っていた。

「ふふっ、パルスィは可愛いわね。そんなに顔を真っ赤にして怒っちゃっていたいっ!?」
「殴るわよ? それ以上余計なこと言うと」
「そ、それって思いっきり脛蹴りしてから言う言葉じゃ無いと思うの……」

 足を押さえうずくまる厄神を鼻で笑う。それで少し落ち着きを取り戻した私は、改めて回りを見渡した。
 あまり祭りの中心と離れてはいないのか、かすかに喧騒が聞こえる。しかし明かりは十分に届いておらず、辺りはとてもじゃないが暗い。せいぜい隣りの奴の輪郭が辛うじて分かるくらいだ。
 そうして回りを見ている内に、暗闇に目が慣れ始める。そこで初めて、ここが川のほとりだということが分かった。

「川……?」

 川は見慣れていた。それこそ、私は橋姫だ。十分、川に縁が深い妖怪の一人だといえよう。

「雛、どうしてここに連れてき」
「しっ。静かに」

 私が問いかけようとすると、回復が早い私の友人は静かにしろと唇に指を当てていた。何を考えているのか分からなかったが、とりあえずは言うことを聞いておく。
 そうしている内に、何も無かった川辺に変化が訪れた。

「これは……」
「どう、綺麗でしょ?」

 ぽつり、ぽつりと、まるで波紋が広がるように、小さな光が生まれていく。白から緑へ、黄色へ赤へ。乱雑だが不思議と整頓された色彩は、瞬く間に視界いっぱいに、川の上いっぱいに広がっていった。
 この光の原因はなんなのだろうか。あの明滅する光には、何故だか見覚えがある。きっと地底では見えないそれを、私は必死に記憶の海から引きずり出す。


「……もしかして、蛍?」


 ご名答。
 そう言わんばかりに、雛は自信ありげにウインクをしていた。得意げな友人に微かな苛立ちを覚えながらも、すぐにその感情は違う感情に流されていく。

 ……綺麗。そう、綺麗なのだ。地底の旧都のようなただただ乱暴な色の暴力とは違う。祭りのそれとも違う。言うならばそれは、夜空に浮かぶ星々に似ていた。
 無数の星は互いに引き合い、離れ合い、歪な星座を形作る。獅子が出来たと思ったら魚になる。望遠鏡はすぐに熊になり、さそりは崩れ落ち天の川を流れる水になる。
 その色彩は、美しさならば、きっとこの幻想郷でも一、二を争うだろう。妖怪の賢者の弾幕でも、もしかしたら博麗の巫女の弾幕でさえも、これの目の前ではかすんでしまうかもしれない。それ程までに、それは綺麗だった。

「ここ、私のお気に入りの場所なの。夏は特にね。昼は涼しいし、夜はほら、こんなにも美しいものが見れる」

 ひっそりと。目の前の蛍が気づかないほどに、小さな声で。雛は私に話しかけた。

「いいの? 私なんかに教えちゃって」

 素直に疑問を言い放つ。私は地底の嫌われ者。地上であるならば尚更だ。正直いって、私はここに相応しくない気がする。

「む。パルスィ今、私がこんなこと聞いていいのかなーって顔してる」
「う、鋭いわね。そんなに分かりやすかった?」
「パルスィのことなら何でも分かるわ。だってパルスィは、私の大事な大事なお友達だもの」

 嬉しそうに、本当に嬉しそうに、雛はそう答えた。体重をすっかり私に預けて、さながらそれは仔猫のよう。喉を撫でたらなぁごと鳴くんじゃないかとさえ思う。


「それに、関係ないでしょう」


 一段と強く私によりかかりながら、雛は言った。それが本当に突然で、思わず私は雛の肩を抱いてしまう。
 とても神様とは思えない、小さな体。小柄な私の体でもすっぽりと覆える、頼りない体。この小さな小さな体に幻想郷の全ての厄が集まるというのが、ひどく悲しく思えた。
 
 ――雛。

そう呼ぼうとして、肩に回した腕に力を込める。けれど雛が先に言い放った言葉が、それを遮った。



「何かを綺麗に思うことに、嫌われ者がどうとか関係ないでしょう?」



「え……」
「大体パルスィは暗すぎるのよぉ。いっつも可愛い眉毛を八の字に曲げてさぁ、妬ましい妬ましいって目付き悪くしてさぁ。なんなのよほんと」

 恐らくこの時の私は、鳩が豆鉄砲を食らった様に酷い顔をしていたんだと思う。いやでも流石にこれは不意打ちが過ぎるだろう。
 今のべろべろの泥酔状態の雛を見る限り、今のは酔っ払いのたわ言に過ぎないのかもしれない。心にも無い嘘八百なのかもしれない。けれど私にはどうしても、その言葉が嘘だとは思えなかった。

「……そうよね。私だってこうやって友人とお酒を飲んだりして、いいのよね」
「むむむ。そうよパルスィ。ほぉら、笑顔笑顔ー」
「ひょ、ひょっとひっふぁらにゃひ!……ぷぁ! あんた飲みす……もう一本空けたの!? ていうか持ってきてたの!?」
「おらおらー! ふふ、パルスィも飲めー」

 ……やはり気のせいかもしれない。なによりこの酔いどれ厄神が、まともなことを話すとは思えない。

「はぁ……それじゃ、いただくわ」
「うー、らじゃ! そーらそらそらそらー♪」
「あ、ちょ、注ぎすぎよ!」

 再びなみなみと注がれた私の盃に、今度は二人分の顔が映る。理由は違えど同じように顔を真っ赤にした、二人の顔が。
 ゆらゆら揺れる波紋のせいで、映った二人の顔もゆらゆらと歪む。恐らくそれがおかしく思えて、私は笑っていたのだろう。
 けして、この酔いどれに言われたことのせいではない。

「あ、パルスィ笑った。やっぱりあなたには笑顔の方が似合うわ」
「うっさい。ほら、今度は私が注いであげるわ。盃を貸しなさい」
「ありがと。しっかし残念ねぇ。もし蛍がいなければ、私の新しい特技を見せてあげられたのに」
「特技?」
「そうよ? もう、すごいのよ。石がびゅびゅーってなって、ぱちゃちゃーってなって」
「ぷ、あっはっはっはっは! な、なによそれ、全然分かんないわよ……っ!」
「あー、また笑ったー!」

 誰かに飲まされる酒でもなく、一人で啜る酒でもない。その、友人と一緒に語り合い飲む酒が、私にはひどく久しぶりに思えた。
 無数の蛍が形作る、色とりどりの星空。遠くから聞こえてくる、終わりかけの祭りの喧騒。じっとりとした夏の空気を洗うように、さらさらと鳴る川のせせらぎ。内側からほんのりと体を灼く、透明な液体。そして真っ赤な顔をして無邪気に、とても楽しそうに笑う、私の友達。
 心地よい熱に浮かされながら、私は小さな声で呟いた。
 


「ほんと、妬ましいわ」
八月中にあげようと思ったら、もうすぐ夏が終わりそうになってました
雛と一緒に夏祭り行きたい
イトマキ
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コメント



0.320簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
パルスィと一緒に夏祭り行きたい。
4.100絶望を司る程度の能力削除
俺も行きたい・・・
5.90名前が無い程度の能力削除
演出・特殊効果 リグル・ナイトバグ
6.100奇声を発する程度の能力削除
行きたいな
7.100名前が無い程度の能力削除
蛍最後に見たのいつだったかなー
また見に行きたい……………
14.803削除
いい感じの二人の会話です。
口授に従うなら雛ってこんな感じで人懐っこいんですよね……実に良い。
普段ボススレを眺めている自分にとっては大変美味しいSSでございました。