Coolier - 新生・東方創想話

スーさんアンソロジー

2013/08/29 03:01:10
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♯わらべのゆめ

 目が覚めると、ぼくは花になっていた。
 夢かな、と、思った。お母さんがぼくのことをだっこして、花がいっぱい咲いている丘に行って、「ここで待っていてね、すぐ戻るから」ってお母さんが言うから、言うとおりに待っている内に何だか眠くなって……そこから後はどうしたか思い出せない。頬をつねろう、と考えたけれども、出来なかった。花だから。手は無いし、そもそもどこをつねったらいいのか分からなかったのだ。
 風が吹いて、花のぼくはゆらゆら揺れる。右に、左に、こらえることも出来ないで、風の吹くままにぼくは揺らめく。お母さんに抱えられて、ゆっくり、その中で揺すられているみたいに、心地よい気持ちだった。周りの花にぶつかって、さわわ、と音がでる。ぼくは次第に眠くなってきた。さっきまで寝ていたっていうのに。
 目をつむって、もう一度目を覚ましたそのときには、ぼくは元に戻れるのだろうか。けれども少し、もったいないように思えた。花になれるなんてそうないことだし、何より風に揺られて体が傾いても、いつもみたいに苦しくなかったから。
 さわ、さわ、ざわわ。ぼくの目に映る風景。地べた一杯に咲いた花たちが一斉に、風と一緒にお辞儀をしている。空には紫色がかかっていて、本当に不思議で、それこそ夢みたいだった。花に混じって、女の子が踊っているのをぼくは見る。里では見かけない、金色の髪をした女の子だった。あれは誰なんだろう――何だか気になって仕方なくて、しばらくその女の子のことをじっと見続けていると、どこからともなく声が聞こえてきた。
「かわいそうに――」
 おじいちゃんみたいな声だった。誰だろうと周りを見るけれど、花の他には誰もいない。女の子はまだ踊っている。
「悲しいなあ、かわいそうになあ」もう一度、さっきと同じ声が聞こえてくる。いよいよぼくは怖くなってきて、思わず返事をした。「だれ?」と。どこにいるかもわからない声の主をさがして、キョロキョロと周りを見ながら。「どうしてかなしいの?」
「君が捨てられたことがかなしいんだ」声からすぐ返事が来て、そこでぼくはその声の主が、ぼくに向けて話しかけていることに気づいた。「何の抵抗も出来ず、上っ面の優しさに騙されて殺されてしまった君をかわいそうだと思っていたんだ」
 おじさんは泣きじゃくっているようだった。ぼくのために、泣いてくれているようだった。けれども、おじさんがどうして泣いているのかぼくには分からなかった。ぼくが捨てられたとか、殺されたとか、わけがわからなくて、それで逆に怖い、と思った。
 前にもだれかに、かわいそうだ、って言われたことはある。ぼくは身体がよわくて、ともだちのように追いかけっこをすることはできない。出かけるときはお母さんやお父さんにおんぶされて、家の中ではずうっと布団の中にくるまっている。「かわいそうにねえ」と、誰かが言った。そっとぼくの頭に手を乗せてなでてくれた。それは心地が良くて、布団は暖かくて、だんだんと眠くなっていきながら、そうかな、とぼくは思っていた。
「そんなに、ぼくは、かわいそうなのかな」
 おじさんはぼくに、かわいそうだと言うけれど、ぼくは自分のことを、かわいそうだとは思ってはいなかった。みんなと遊べないのはかなしいけれど、でも、お母さんとお父さんは優しくて、自由じゃないぼくのことをいつも見守ってくれているから、だから、ぼくはかわいそうじゃなくて、しあわせなんだと、思っている。しあわせだから、また明日も頑張ろうって、こんな身体だけど頑張ろうって、思えるんだ。
「かわいそうに、かわいそうに……」
 おじさんは、念仏を唱えているみたいに、ぼくに向かって、その言葉を投げかけていた。ただただつぶやくばかりのその声は、やっぱり何だか怖く思える。さわわ、と揺れて、ぼくはもういちど、眠くなった。そう言えば、これは夢なんだった。キレイで、不思議で、それとちょっぴり怖い夢。目をとじて、その次には、ぼくはふとんの中にうずくまっていて、それからいつものように、お母さんとお父さんにおはようのあいさつをする。
 ゆっくりと、ぼくは傾いた。
 目を閉じる。体が空に浮かんでいくような心地がする。
 結局、あの女の子は誰なのか分からなかったなあ――
 ちょっと心残りがあったけれど、まあ、いいかなと思い、ぼくは静かに、息をした。


♯骨の髄まで貴方を殺して

 私は人間だった。
 きくならく、私は人間だった、らしい。
 飢餓貧乏の只中に生まれ、満足に飯も食えぬまま、名前すら与えられず、無名の丘にて毒殺された赤ん坊。それが、私の、私達の先祖であるとか言う話が、昨今、とある鈴蘭によって吹聴されている。
今日も今日とて、「久方ぶりに赤子が捨てられていた」と嘆いては、「おのれ人間共め、同属の、それも無知な赤子の命を屠るとは、許すまじ!」と息を荒くしていた。
否、あなたも、その愚劣な人間だったのでしょうに、と水を差したくなるところなのだが、彼曰く、その感情の赴くところは、かように赤子を捨て行く者のみであるのだとか。人間はその理性で以って本能を抑え付ける、極めて良心的な種であるのだ、というのは彼の論である。人が皆純然で善人であるなど、理想郷的な考えで、現実から逃避しているようで私は嫌いだ。
従って、老人の言うその説も、私は新手のカルトか何かだと思って聞き流している。

「あの子は、まだ自分が夢の中にいると思い込んでいるようだ」「きっと、両親が迎えに来てくれるのを待っているのでしょうね」「両親はあの子に何て言葉をかけたのかしら」「常套よ。優しい言葉を投げて、そっと抱き締めてあげるの。私のときはそうされた、そうされて、私は待ち続けたけれど、両親は戻ってこなかった!」
 老人の信者達が、近頃新たに捨てられたらしい赤子の話をしている。暫くすると話題は身の上話と変わって、それぞれが思い思いに毒を吐いていた。彼らの怨念を具現化したような、塗りたくったような濃い紫苑色の毒気が辺りに広がっていく。私は少しだけ、眩暈と吐き気を覚えた。
「あの言葉に込められているのは慈愛ではない。怖れだ。あいつら、俺達に祟られるのが怖くて、わざと大事にしているような態度を見せるんだ」「まあ、祟られても餓鬼なんだから怖くない、って思っているやつもいるね。うちがそうだった。何にも言わないで、ここにポイと、置き去りさ」「それはそれは、何と血も涙もないことか! 奴の体内に入り込んで、私の毒で以って溶かしてやりたい気分だ!」「けれどもそれは叶わぬことよ。土中に眠る骸が、私達をここに押し留めるのだから。ただ私達はここで毒を吐くことしか出来ない。悔しいことだ……」
 風のように、怒涛と静寂を次々と切り換えて行く彼等の議論を、私は素知らぬ振りをしながらも能動的に吸収していた。
カルトだ、と最前排斥したばかりではあるが、聞くだけならばタダである。信仰など何百万遍輪廻が巡ってもする気は毛頭ないが、彼等の口から飛び出るそれは、非常に興味深くて、退屈しない。
 私は私が嘗て人間だった、ということを詭弁であると断言する事は出来ない。鈴蘭として生まれたばかりの記憶を、私は忘れてしまっているからだ。
 彼等の、人間であったらしい頃の話を聞いても殊更に懐かしさであるとか、そう言った特別な感情の何物も湧き上がらないが、けれども私の遠い昔の、古びた記憶は、かように悲愴な結末を語るだけの要素を含んでいる可能性がある。
 初めてこの説を耳に入れたときは、必死になって擦り切れた記憶を思い起こそうとしたものだった。今となっては、思い出さない方が良かったな、と思っている。何が嫌で、自らを棄てた両親のことを、それも、数十年も経ってしまった記憶をぶり返しては腸を煮えくり返しているのか。
 それならば、ただ風が吹き靡く方向にされるがまま、揺れている方がよっぽど楽しい。日の光を一杯に浴びて、うつらうつらとした心地で時を無為に過ごしてゆくのが良い。毒さえ吐けば事足りる。怨恨など吐いたところで空虚な満足感を得るばかり。それを、彼女も、分かってくれると嬉しいのだけれど。
「奴は今、どうしているのだろうか」「のうのうと暮らしているに違いないさ。私腹を肥やして、私達を棄てたことなどすっかり忘れているに決まっている」「ああ、恨めしい、恨めしい。ぶくぶく太ったアイツの顔を思い描いていたら、毒殺したくなってきたぞ」「それならば、毒を吐こうではないか! 人里へ行き届かんばかりの毒を吐き散らし、愚劣な人間共に死の息吹を届けてやるのさ! 我等妖怪鈴蘭の手によって、誰の支配も受けない理想郷を作るのだ!」
 ――畢竟、何を言いたいのかというと、被害者、純粋な存在と謳う割に、その情念は彼らが悪として掲げる、所謂『愚劣な人間共』の愚劣さと同等、もしくはそれ以上の物であり、更に悪い事に自分たちがそうであることに気付きもしないで、正義を振り回しているのが、余りにも、余りにも惨めに、私の目には映るのである。私は、隣で奇妙な団結力を示すそんな信者達に憐憫の眼差しを向け、小さく、ふん、と、笑ったのであった。


♯聞いてメランコリーナ

「ねえ、スーさん」
 メディスンの呼ぶ声が聞こえて、私はそれまで茫洋としていた意識を自分の元へ引き戻していく。灰色に淀んだ雲を背景に、小難しそうな表情をした彼女がわたしのことを見下ろしていた。
わたしは何とも言わず――そもそも、喋ることが出来ないので――興味をメディスンへと向ける。呼びかけてから、彼女は暫く俯いたままで、次の言葉を出すのを躊躇っているようだった。
続きを催促することなく、催促するという気もなく、わたしは彼女の言葉をじっと待つ。時折穏やかに吹く春風は、どこからか持ってきた若葉の青々しい匂いがした。
「あのね、私、考えていたの」
 そっと腰を下ろしてから、メディスンが二の句を紡ぐ。普段彼女が見せる無邪気さはなりを潜め、表情には複雑な感情が交錯しあっているように見えた。
それは躊躇であり、その躊躇を飲み込む勇気でもあって、そんな表情がどこか大人びた雰囲気を纏っているように感じる。両の指を絡めては、んっと、ええと、とか呟くが、最前と同じく本題になかなか移ろうとはしない。他人には言い辛いような悩みなのだろうか、例えば、恋の悩みであるとか。
「人形解放の為には、何が必要なのかな、って」
 わたしが邪推したのを諌めたかのようなタイミングで、メディスンが漸く話題を続けた。
ああ、別に好きな男の子が出来たわけではないのだなと、無意識の内にわたしは安堵する。同時に、一体急にどうしたのだろう、とも思った。
幼いなりにも信念を彼女は持っているということを、わたしは知っている。人形解放という途方にも無いような夢を、いつかは叶えることが出来ると露とも疑わないだけの純真さがある。メディスンはそこに疑問を呈していた。
「『視野が狭すぎる』って映姫に言われてから、色々なことをやったわ。永琳の手伝いをしたり、ここから外に出てあちこちを見て回ったりして、沢山の妖怪たちと会って……そうそう、人間の里に行った、っていうのも大きな進歩だよね。遠くから覗いただけだけど」
 やはりどこか、今日のメディスンは普段より稚さを欠いているような気がした。
それは外見という点においてではなく、思考、という面においてであった。ただ猪突猛進になって物事を進めるのではなく、ある程度の考慮を踏まえた上で、最良の手段を選択していこうとする、そんな思慮深さが、今の彼女からは垣間見えている。
「それで、映姫の言う通りだなって、思った。今まで知らなかったことで、私の体が満たされていくのが分かったから。スーさんの毒みたいにね」
「でもね」
「このままで本当に、人形解放出来るのかなあ、ってふと考えたの」
「永遠亭で手伝いをするのは楽しいよ。永琳と一緒に薬を混ぜたり、てゐと協力して鈴仙にイタズラしたり、輝夜から月の都の話をしたり。本当は人形解放の為の足がかりなはずなのに、いつの間にかそんなこと忘れて、それ自体を楽しんでいる私がいるっていうことに気づいたんだ」
「でも、そのことに気づいて、改めて人形解放をしなくちゃって思ったら、急に苦しくなったの。人形解放なんて、出来ない、なんて言葉が頭の中に浮かび上がって」
「これじゃあ、ダメだよね、スーさん」
「今も誰かに捨てられてる人形がいるかもしれないのに。自分だけ楽しんでいるだけなら、これじゃあ、私を捨てた人間たちと変わりが無いじゃない」
「どうしよう。やらなくちゃいけないって分かってるのに」
「胸が、痛いの。スーさん」
 底無しの闇に投げ入れられたかのように、ぽつりぽつりと浮かんでは音もなく、メディスンの言の葉は溶けていった。そして、決して返ってくることのないそれらの言葉は、雨粒のようにわたしの躯体を伝ってはこぼれ落ちていく。
わたしはそれを見ている。見ていることしか出来なかった。メディスンもそれは承知のことらしく、言葉を言い尽くしては自嘲気味に、力なく笑うのであった。
「ごめんね、スーさん。弱音なんか吐いちゃって」わたしが何も出来ないでいるのを、メディスンに承知されているのが悲しかった。わたしを濡らしている水玉が、風に吹かれ徒に乾いてしまう様は、余りにも無力だった。気丈にもメディスンは、ぐっと掌に力を込めて、それから自分に言い聞かせるようにして二、三首肯する。「うん。もちろん、人形解放は諦めない。みんなの分まで、私が頑張らなくちゃいけないのよね。辛い気持ちになったって、立ち止まってるわけにはいかないんだから」
 わたしにとっては、メディスンのそんな態度が不思議に思えてならなかった。どうしてそんなにも人形解放に拘泥しなくてはならないのか。誰かがそう定めたわけではないのに、何故そうして苦心の道を歩んでいるのか――
「辛いのであれば、人形解放など、止めてしまえばいいのに」
 わたしは呟いた。
「わたしはそんな大仰なことの為に君を目覚めさせたわけじゃない。誰かは願ったかもしれない、人間に対して怨みを持っている奴らが、自分たちの情念を代わりに晴らしてもらうべく、君を妖怪化させたかもしれない。わたしは君に幸せになってもらいたかった。与えられた肉体は人形のままであるけれども、メディスン・メランコリーといういち妖怪として、新たな人生を歩んで欲しいと思っている。友人と過ごす日々が楽しいって、それならそれでいいじゃないか。君が人形解放を諦めたところで、誰かが咎めるわけでも、恨むわけでもないのに。それならば、わざわざ誰かを傷付けて苦しむよりも、何にも束縛されないで楽しそうに生きている方がずっといいに決まっている。そうすれば、今みたいに落ち込むこともなくなる。苦しむこともないんだ。だから――」
 そこまで言って、わたしは自らの内にある気概が、唐突に冷めていくのを感じた。
冷涼な眼で夢を俯瞰するように、誰にも開かれることがない、ただ自分の中で完結するばかりの言葉を並べ立てる自分の姿を、あまりにも滑稽だと、わたしはわたしのことを笑う。せめて聞いてあげることぐらいしか出来ない。メディスンが抱える懊悩の類を、わたしは、静観する以外に出来ない。
 ずっと一緒になって生きてきた。信頼を誰よりも築き上げてきた筈なのに、単に種の差異が生んだ隔たりが、わたしと彼女を引き離しているように思えた。
誰よりも近くにいて、それなのに、どこか遠い――胸につかえ、それでいて繕い直すことの出来ないそんな矛盾を抱えながら、わたしはメディスンのことを仰視する。
 風が凪いで、その軌道に流されそうになる金髪をそっと彼女は押さえながら、まるで何事もなかったかのように、いつもの、あの爛漫とした笑みを浮かべるのであった。
「聞いてくれてありがと、スーさん」
 メディスンの言葉に、わたしは頭を縦に振った。風は依然としてたおやかに、わたしたちを撫で続けている。

 
 #花占い

 花占いは、想いの数だけ花びらを摘んでいく人の姿が、どこかしとやかでいい。
意中の人が自分のことを好きだとか、嫌いだとか、そんなの直接聞いてみないことには分からないって言うのに、その是非を花に委ねてははらり、はらりと花弁が散る度に一喜一憂する人の様は、恋煩いの真髄であるように思える。
 けれども、当の花に関してはたまったものではないのだろうなあ、と、当人たる私は考えている。
見ず知らずの他人から感情を押し付けられては、折角綺麗に開いた花弁を千切られるのである。ただ恋の路頭で錯綜している想いを一時的に満たすためだけに自らの個性たるものを奪われるのだから、迷惑もいいところである。
ただ、それにも関わらず私はそんな人の行動をいいものだ、と思っている。いつ恋に囚われた乙女の、あるいは若人の歯牙にかけられるかなどと日々怯えながら生きたくはないし、そもそも、私には誰かの切ない想いを紡ぎきるだけの花弁など、持ち合わせていないし。
こういうわけで、花ならば恐らく大部分が危惧するだろう花占いの存在を、私は対岸の火事のように賞美しているのであった。

「ただいま、スーさん」
 今日もメディスンは日暮れ頃に無名の丘へと帰ってきた。おかえりなさい、と私は言う。私の声は彼女には届かない。それは寂しいことだけど、それ以上にそんなやり取りは、私の心を充足させていった。声じゃなくて、心で繋がってる、と言うのか。照れくさいような言い回しだけど。
 五月も中旬に差し掛かっていた頃であった。私たち妖怪鈴蘭は隆盛の時を越え、ただ収束し枯れるだけだった。それはメディスンとの別れの時がすぐそこまで迫ってきている、ということで、私としては悲しいばかりなのだけれど、その思いとは裏腹に、私は日毎に毒を生成する力を失いつつある。
もう何度も経験している筈なのに、どうしてもこの胸を締め上げるような感覚には慣れないものだ。私の知らないところで、けれども確実に消えていく自分の時間。それならば、残された時間の中でできる限り、メディスンと一緒にいたいとは思うのだけど――変に別れを惜しまれるよりかは、いつものように接してくれて、そのまま流れるように枯れていく方が良いのかもしれなかった。

「スーさん、今日はツツジを見に行ったのよ……ツツジにも一杯種類があるんだって、幽香から教えてもらったの。レンゲツツジでしょ、オオムラサキツツジに、クルメツツジ。それとね、ドウダンツツジっていって、花がスーさんみたいなのがあったの!」
 近頃のメディスンの日課と言えば、風見幽香の下へ出掛けることだった。
花の妖怪であり、幻想郷中を歩き回っては、花が咲いている場所を巡るという彼女に、メディスンも付いていっているのだ。花の妖怪であり、花をこよなく愛する幽香と、その範囲はぐっと狭まるが鈴蘭を好むメディスンとは、どこか気の合うところがあるらしかった。
幽香への動向を、彼女は社会見学も兼ねる、と言っている。『人形解放』の為に、無名の丘の外の様子を知るいい機会だ、って、そう最初は言っていたけれど、今となってはそれよりも、ただ純粋に幽香と会うことを楽しんでいるように思える。幽香の下から帰ってきたメディスンの表情には、喜色があらわになっているから分かりやすい。
 けれども、今日のメディスンは、いつもと様子が違っていた。「でも」と話を続けるその声色は、普段より弱弱しく、悲しそうだった。
「幽香、最近何だか冷たいんだ。そりゃあ、制御しきれなくてあふれた毒で花を枯らしちゃって、怒られたことは何回かあったけれど……けれど次の日には『気にしてないわ』って言って許してくれてたよ? でも、近頃は頑張って毒があふれ出ないようにして、花を枯らすなんてこともあまりなくなったのに、幽香、私のこと厄介者扱いするの……」
「嫌いに、なっちゃったのかな」と、蛇足みたいに最後にぽそりと出た言葉が、彼女の不安の出るところだったのかもしれない。
そんなことはないだろう、と私は思った。メディスンの話を聞くに、幽香が彼女を嫌いになるにはあまりにも脈絡が無さ過ぎる。案外、幽香は幽香で、何か悩み事がごとがあるのかもしれない。私も悩みごととかあるときは、しばらく一人になって考える時間が欲しいし、それでちょっと神経質になって他人を邪険にしてしまうなんてことも良くあることだ。
だから、そんなに心配する必要も無いんじゃないかと、そう私は思ったのだけれど、どうやらメディスンの方は、そう前向きには捉えられないようだった。
「私、幽香の気に障るようなことでもしたのかな? 私の身に覚えは無いんだけど……どうなんだろう、スーさん」
 いや。どうなんだろう、と私に訊かれても。
そんな回りくどい風にしては不安を募らせるよりか、寧ろ直接幽香に訊いてみたほうが確実ではないだろうか。私は、メディスンの態度に些かのじれったさを覚えた。しおらしそうにして、鈴蘭を指先でつついてみたりして、ゆくりとため息をつく仕草は、まさに恋する少女のそれである。またため息をついた。いじらしい、けれどそれがいい。抱きしめてあげたい。
「帰る途中もずっと考えていたんだけど、やっぱり何も思い浮かばなかった。だったら大丈夫なんじゃないかなとも思ったけど、でもやっぱり駄目だった。不安がどっと、私の中を駆け巡ってくるの。そこで、私、思いついたのよ」
 そう言うとメディスンは、自分の衣服の中に手を突っ込んで、一輪の花を取り出した。
私よりも随分とひょろ長い体をしている。白くて細やかな花弁と、それに取り囲まれた大きな円形の黄色が印象的だ。これで一体メディスンは、何を思いついたのだろうか――そう自問して咄嗟に、ある一つの答えが私の脳裏をよぎった。恋煩い――に、良く似た――に悩むメディスン。手元には一輪の花。
「この花……ええと、幽香は何て言ってたっけ。……そう、ハルジオン! 幽香は花の妖怪だから、それにちなんで、これを使って――」
 ――花占いを、しようと思うの。とか。
 私の呟きは、綺麗にメディスンの声と重なり合った。なるほどメディスンにしては上手い発想をしたなあと思うが、花をむしるのはどうなんだろう。逆に幽香から怒られはしないだろうか。
私の抱いた疑念とはよそに、メディスンは真剣な面持ちを浮かべて眼前の花、ハルジオンをにらんだ。
「それじゃあ、いくよ」
 彼女はそっと、ハルジオンの花弁の一つに手を伸ばす。少し震えていた。一枚一枚取ろうとしているようだが、そうやって細々しくやっていてはいつしか日が暮れてしまいそうな気がする。けれども、それだけメディスンは幽香のことが好きなのだろう、とも解釈出来た。ただほんの数回で紡ぎきってしまうような、そんな想いではいないのだろうなと。
「……すき」
 はらりと、一枚目の花びらが私の下に落ちた。それから遅れてメディスンの声が小さく聞こえる。何とか絞り出したような声だった。
ちょっぴり恥かしいらしい。別に本人がいるわけでもないし、そんな躊躇う必要は無いと思うのだけど。寧ろ声高らかに宣言してしまえばいいのだ。
「きらい……」
 二枚目が散る。二の句はさっきより早く出た。花びらはくるくると回転して、地べたへとそっと落ちる。
「すき……」
「きらい……」
「すき」
「きらい」
 ぷちり、ぷちりと、花びらの摘む音が聞こえてくる。メディスンは同じ言葉を何度も繰り返している。その度に、はらはらと落ちるハルジオンの花。積み重なってゆく、メディスンの想い。好きだとか、嫌いだとか、そんな言葉で彩られる以前に、そこには彼女の純粋な想いが込められていた。
一枚ずつ、丁寧に摘み取っていく彼女の様子は、非常に愛らしく映えている。ただそれを傍目で見ているだけなのに、私の胸は満たされていった。まるで、彼女の想いに巻き込まれてしまったかのように。
「あ」
 数えるのも煩わしいくらいに、ハルジオンの花びらは降り積もっていった。残った花びらも残り僅かというところでメディスンは声を上げる。それから少し悲しそうな顔をした。
小さく何かを呟きながら、何度も花びらを指で数えて、それで最後にはやはり、がっくりと肩を落としてうな垂れる。
「すき」
 その仕草の示すところを、私は理解しているつもりだった。それを確かめたくて、残りの花びらの枚数を調べる。残りは八枚、先程の『すき』で残り七枚だから――そうして最後の方で花びらを摘みきるよりも先に結果が分かってしまうのは、何と花占いの突きつける現実の無情なことか。
「きらい」
 開き直ったのか、半ば投げやりになったみたいに、メディスンは残りの花びらを摘んでいった。それにしても、結果が分かったのなら、わざわざ最後までやり通す必要もないんじゃないだろうか。
それに、ちょっと花びらを紡ぐ枚数を変えてやれば、結果なんていつでも変えられるし……メディスンがそうしないのは、そこまで頭が回らなかったからなのか、几帳面であったからなのか、はたまた私が邪悪で陰険だったのかは、良く分からない。とにかく彼女は、最後まで丁寧に一枚ずつ花びらを摘んでいった。
「……きらいっ」
 最後の花びらを手放した、直後のことだった。メディスンの言葉に、私は何か嬉しさが入り混じっているのを感じた。どうしたのか、私がその考えを理解できずにいるのをよそに、彼女は花の中心、あの、黄色の部分を摘んでは、その全てを思い切り、空へとばら撒いたのだ。
「……すき!」
 瞬間、ふわっと、風が吹いた。体ごと吹き飛ばされそうな強い風で、地べたに散らばったハルジオンの花びらは、瞬く間に舞い上がり、どこかへと飛んでいってしまった。あの、黄色い花弁も同じように、風の吹くままに従って、くるくると踊りながら、やがては見えなくなった。
「少しズルしちゃったかしら?」とメディスンは空の彼方に消えていった花びらを見届けてから、私に向かってそう言った。大好きな人と繋がることが出来た彼女の表情は、本当に、幸せそうだった。それは不確かなものによってもたらされた、信憑性のないものだって言うのが躊躇われるくらいに。
「あの風が、花びらを、メディスンの紡いだ想いを、幽香に届けてくれたらいいね」私は紺色に沈む夕空を見つめるメディスンの横顔を、子を見る親のような心持ちで半分、嫉妬半分で見続けていた。
彼女をあんな表情にさせてくれる、あの恋愛にも良く似た感情は、この無名の丘で留まりつづけるしか他ない私には決して経験の出来ないものなんだろうなあと、ちょっとメディスンが羨ましくなったのである。 
メディちゃんと時間は共有できても思いは共有できないこんな世の中だけど、
スーさんの数だけドラマがあってもいいと思った。

ご読了、ありがとうございました。
碑洟
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コメント



0.340簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
これは良いスーさん達。
メランコリーも可愛らしかったです。
5.80名前が無い程度の能力削除
いい
6.80奇声を発する程度の能力削除
可愛らしくて良かったです
10.100名前が無い程度の能力削除
良かった。
メディ好きなので嬉しいです
12.1003削除
創想話に作品は数あれど、鈴蘭に焦点をあてた作品はこれが初めてではないでしょうか?
(単に私が知らないだけかもしれませんが)
一つ一つにストーリーがあり、読みながら、なるほど、と思いました。
比較対象が無いので点数は迷いましたが、この点数を入れさせて頂きます。