Coolier - 新生・東方創想話

彼方より

2013/08/27 18:42:56
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 私がこうして今回のことを記録しているのは、単に日記や備忘録としてではなく、私自身への強い戒めと、後悔によるものである。あの気違いじみた出来事なぞ忘れられるはずもなく、さらには身に迫っていた危機から脱出できた喜びと、多量の恐怖が、私を支配している。今この時でなければ、正確にあの災いを記すことなど不可能に違いない。
 事の発端は、私がよく通っている博麗神社という神社の昼間にて、巫女である博麗霊夢と幻想郷の管理人である八雲紫とくつろいでいたときのことだ。
 霊夢がいつものように茶を淹れている間に紫と二人きりとなり、双方黙っているのもなにか寂しく、どうでもいいことを喋り時間を潰していた。
 その中で私は少し失言をしてしまい、もちろんあの時点ではそうは思わず、無意識の内に口からこぼれた言葉だったのだが、それが紫の琴線に触れてしまい、少し雰囲気が険悪になってしまった。
 紫は私に覚えておけ、などと言いへそを曲げてしまったが、もちろん私は気になどしていなかった。これしきのことで神経を使っていては、妖怪社会に混ざっていくことなど到底不可能であると私は知っている。私がこうして妖怪の賢者と話していることも、多数の大妖怪と面識があるのもこのお陰だろうと自負していた。
 しかし、今は、紫の言葉を真に受けていた方がよかったのでは、と思っている。

 多少紫の機嫌を損ねたものの、その後の安らぎには対して影響もなく、自由な時間を過ごすことが出来、日々の幸せを実感することが出来た。つんけんした態度を紫はとっているものの、霊夢はそれが何故か、何を意味しているかも問わず、ただボンヤリとしていたからである。
 しばらくして、私は神社をいとますることにした。紅魔館に内包されている図書館にて、魔導書を少しばかり拝借しようと考えていた。私にとっての用事とは暇なときに作るものであり、あらかじめ決めておいたものでもなく、これについても苦い茶を啜っているときに思い付いた行動だ。
 手短に二人に別れを告げ、箒にまたがり、いつものように快速で館へと向かう。私自身空を飛ぶ速さというものに多少自信があり、烏天狗最速である射命丸文とも競い合う仲であったが、私の場合、速度の調整が苦であり、高速か鈍足か、その二極化した速力でしか航行が不可能である。別に不満はないのだが、これから改善したい私の難点のひとつだ。
 図書館に着くと、私は直ぐ様本棚を物色し始めた。目当ての物がないにしろ、こうして背表紙だけを眺めていても直感に働きかけるような、もしくは恐ろしく惹かれる書物があれば、それは立派な収穫だ。
 目ぼしい本を発見し、図書館の主であるパチュリーに見つからずに外に出られればよかったのだが、そうはいかなかった。途中パチュリーに止められ、一言二言ほど小言を聞かされたが、私の持っていた本の題名を見るなりあからさまに態度を変えてきた。
 曰く、それは自分の守備範囲外の分野で、一応目を通してはみたが全く興味も感じられなかった。だから少し条件はあるが貸し出しを許可するとのことだった。
 それは私の研究が意味の無いものという意味にも捉えることはできたが、ここで反論し合法的な貸し出しがたち消えになってしまうことが怖く、私は胸に込み上げてくるものがありながらも動かない大図書館に頭を下げることにした。
 条件とはいえ、それはあまりにも簡単、単調、単純な作業だった。つまり、実験に付き合え、とのことだった。彼女の使い魔に頼めばすぐに解決できるほどの容易いことだったが、生憎席を外しているらしく、仕方なく私に頼んだらしい。正直面倒くさかったが、私の大事な研究、所謂心当てのために、眠くなるようなことがあれども私は堪え忍んだ。
 無事にすべての行程が終了し、私は無事に書物を入手することが出来た。最中、纏わりつくような不快感、這いよる悪しき気配、ねばついた視線による不安は、決して無視してはならないものであったのに、当時の私は疲れによるものとして処理してしまい、私には健全な判断を下すことが出来ず、今、非常に悔しく思っているのだが。
 私は脇目も振らず家へ飛び立ち、胸に高鳴りと膨らみを覚えさせる。これこそが私の原動力であり、私が私である所以であると、そう思っている。

 私は脇目も振らずに、と上記したが、実のところ、森に入るか入らないかのところで、ほんの少しの違和感を覚えていた。なぜ私は逃げるように図書館を後にしたのか、私にそうさせるものとはなんだったのか、あの生々しい生き物の香りはなんだったのか。そう振り返らずにはいられなかった。
 忘れた方がいいだろう、とすぐさま不安を頭から取り去り、気分転換に珍しいキノコでも探そうか、と奇怪な植物の生い茂る地表を眺めていると、魔法の触媒には使えないが、それ以外の用途に役立つものを見つけ、それを採取しようとゆっくりと降下した。
 採取したものを帽子の中にしまい、また飛び立とうとすると、幹の後ろの影が見えた。人と同等ぐらいの大きさのそれはだんだんと近づいてくる。私は知っていた。それがなんであるか。
 アリスであった。私と同じく魔法の森に住む種族魔法使いで、しかしながら私と仲がいいというわけでもない。せいぜい近所だからと挨拶や贈り物、お茶のお誘いはあるが、それ以上の踏み込んだ関係になることはお互いつもりがなかった。
 彼女と挨拶を交わし、私はその場を去ろうとした。普段ならば彼女は私を引き留めようとしないものだが、今回は違ったようだ。マジックアイテムにあまりがあり、どうにもこうにも処理ができずに困っているのだが、引き取ってくれという。
 それがどんなものであるかを彼女に訪ね、現物を見せてもらうと、それは図書館で借りてきた魔導書に書いてある術式に必要なもので、少しばかり発色反応をみたりと研究や実験が必要だが、まさしく、私がこれから私が欲していたであろう代物だった。
 私はアリスに礼を言い、アリスはお返しに茶会への出席を提案してきた。私は快諾すると、先程以上のスピードで、帰路についた。私の心は、相当舞い上がっていた。

 その夜、徹夜をするつもりで研究室に籠っていた。
ちょうど題材も集まり、それが私の実力をさらに引き上げ、魔法使いとしての格を上げることとなるならば気合いが入るのも当然のことだろう。
 妖怪の山という中途半端に文明化している場所なら電気があるものだが、いかんせんここは魔法の森。奇特なものでなければ立ち寄らず住むこともないこの森には電気なぞ通ってはいない。この前友人である早苗が話を持ってきて初めて森にも明かりが点ることに期待が持てたのだ。ましてや私は裕福な財政状況でもなく、家の明かりは蝋燭だけとなっていた。八卦炉ではなにかと研究には不便が多く、使用していない。
 つまり私は夜も更けている最中、一本の蝋燭を頼りに実験を繰り返していた。音が鳴り響くうるさい実験ではなく発色反応を観察する実験ということで、特に不快感もなく集中した時間を過ごすことができていた。
 普段なら気にならないところだが、闇夜の静寂の中、集中しているということもあり、些細な異変に気をとられるということもないはずであった。しかし、私はある音に敏感に反応してしまったのだ。何故か、それはたまたまなのか、それとも本能の警告によるものなのか。
 砂のようなものが静かに流れる音が、背後の空間から聞こえてきた。農耕用の湿ったものでもなく、踏み固められた固い土でもなく、どちらかと言えば先日早苗に見せてもらった「海の」浜辺にあるという、乾燥した状態のものであった。
 保管してあった何かが崩れたのか、と思い振り返ってみるが、見慣れた光景があるだけで、これといった変化もなかった。幻聴だったのか、とすぐにでも研究に戻りたかった私はそれ以上気にすること無く机に戻る。しばらく怪音もなく、やっぱり気のせいだったかと私は思わず笑いが込み上げてくるのを感じた。
 ところが、ただただ薬品を調合し続ける私だったが、また耳に雑音が入り、私の集中をかき乱すものが現れたらしい。今度ははっきりと、届いていた。まるで金属の釘が柱に突き刺さるような軽い音がだんだんと移動している。それは壁の中からなのか、家の外からなのか、それとも部屋からなのかは見当がつくはずもなく、私はその音が歩くように移動するのを見守るしかなかった。
 それは天井を伝い、また壁に戻ったかと思えば今度は床を這うようにして動いている。私の前を横切ったその音は、目標を通り抜けてしまったことに気がついたらしく、今度は私の方に向かってきた。その時の私はといえば、ゆっくりとだが、スペルカードと八卦炉に手を伸ばしていた。妖怪や妖精の悪戯ならば、私だって対処は楽であるし、それでも家の警備や結界の見直しをしなければならないという手間もかかってはくるのだが。
 私の足元で歩みを止めた音は、そのまま動くことはなかった。それでも私は相手を刺激しないように忍んで手を伸ばし続ける。いったいなにが起きようとしているのか、私にも薄々と理解が出来始めていた。この悍ましい何かは私を食べたがったいるのか、それとも殺したがっているのか。妖怪に恨みを買われていることを自覚している私には身に覚えがありすぎるのだが、こんなところで私の誇らしい人生を終わらせるわけにはいかない。

 ようやく目的の物に手が届くか否か、その時だった。
 突然、蝋燭の炎が、握り締められたように不自然に落ちたのだ。
 一瞬の思考の空白の後、私は慌てて八卦炉を手に取ろうとしたのだが、それはあるはずのところに無く、どうしたのかと私が混乱していると、近くで重い金属のようなものが床に落ちた音がし、しまったと思ったときには私は椅子から素早く転げ落ちるように離脱していた。
 手持ちはなにもなく、手段は日用にしか使えない小さな魔法のみ。絶望的な状況の中で私は脱出方法をなんとか考え出そうと必死に模索する。しかし、そんな私を挑発するかのように、新たな恐怖が発生したのだ。
 水のようで、それにしては弾性があり、定形にして不定形、生命として逸脱した特徴を持つ何かが窓から侵入してきたのだ。血糊をぶちまけたかのような異音が耳を震わせ、引き摺るような足音を響かせてこちらに近づいてきているではないか。
 その冒涜的で醜い魔物は、まるで獲物をいたぶって楽しんでいるようにも感じられた。私は手探りで通路を探し、土地勘を利用してどうにか外に出ることが出来た。狂気の惨状を目の当たりにした私は言葉も出せず、唖然とするばかりであった。
 呆然と家の全貌を眺める私の耳に、非常に耳障りで恐ろしい音も聞こえず、地獄の底から甦った死者、あるいは深淵からの使者の気配も感じなかった。
 凄まじき暴虐の嵐が過ぎ去ったことを感じ取った私は脱力し、思わずへたり込んでしまう。気を抜いてしまえばすぐにでも意識を失いそうな危篤の中、私は安堵のため息を漏らした。

 ああ、その時だったか。本当に恐ろしいものが舞い降りてきたのは。嗄れた老人のものだったのか、若い貴婦人のものだったか、いや、違う。男性のものであったのかもしれない。香霖堂の店主のように若い、否、熟練の老師、まだ違う。私の声だったかもしれない。霊夢の声だったかもしれない。私の知人のものか、見知らぬひとのものか、検討もつかない。私の耳元で囁くのは何だったのだろうか。何であったのだろうか。そもそもそこにいたのだろうか。しかしいなければ声など聞こえない、ありえない。私は今でも疑問に思うのだ。あれは現実なのだろうか。気を失った後に見た私の狂える悪夢の出来事なのだろうか。忌まわしき者共の饗宴を目の当たりにし気を違えた私の悪夢なのか、厭わしき幻覚の惑わされた私の断末魔だったのだろうか。いや、そんなことはどうだっていい。あの時、私は死を覚悟するはめになっていた。もしかしたら今私はすでに死んでいて、刹那の夢想に浸っているだけなのかもしれなかった。




 翌朝、私は目覚めるとベッドに倒れこんでいた。私の体験したこと何もかもが夢に怪しく揺らめき、自分が生きていることを実感すると、その場で涙を流し、生の喜びを存分に噛み締めることしか、私は出来なかった。







 耳元で囁かれたその言葉がなんだったのかは思い出せない。だが、今も耳に残る湿った吐息の感触や、床に転がっていた八卦炉と、微かに散らばるさらさらと乾燥した砂だけは、どうしようもない、現実なのである。
追記。

 後日、私が八雲紫に謝罪をしに行くと、彼女はそんなに気にしていない、と私に打ち明けた。別に仕返しなんて考えてなかったし、気にしなくてもいいのに、らしくないと言う彼女の顔を見て、私はただ、驚愕し、愕然と、言い知れぬ狂気に身を震わせ、蹂躙されるしかなかった。


『彼方より』というSF小説を読み直して思い付いたネタ。ちょっと文体を翻訳調にしたかったのですがあまりうまくいかなかったです。いつか、長めで、不気味な雰囲気のものを書きたいですね。
八衣風巻
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コメント



0.240簡易評価
1.70名前が無い程度の能力削除
言いようのない恐怖、形容できない化け物。相手の正体を曖昧にするやり方はホラーの基本で、そして非常に効果的なものでもあります。何せ人は、正体不明を最も恐れる物なのですから!

…アレ?犯人アイツじゃね?
2.60非現実世界に棲む者削除
ゾクソクしながら読みましたけど...やっぱり恐怖は拭えないものだと思いました。
だからこそもうちょい恐怖描写があってもいいかなと思いました。
3.70絶望を司る程度の能力削除
やっぱソレがなにかわからないってのが怖いな。
4.70奇声を発する程度の能力削除
ちょっとゾクっとしました
10.90名前が無い程度の能力削除
1の書き込みみて俺もアイツだな!って思った
ぬで始まってえで終わる・・・
11.90名前が無い程度の能力削除
ああ、その時だったか。からの段落で少しだれたかもしれませんが、面白かったです。あなたの文章は読みやすくて好きです。
嗄れた老人の時点で声とわかったほうが良かったように感じました。
13.80名前が無い程度の能力削除
この周りくどい大量の修辞!
14.80名前が無い程度の能力削除
テレヴィ先生の訳特有の鬱陶しい文体をこんだけエミュれるのはすごいと思いましたが……アイツじゃん! 犯人アイツじゃん! って思って恐怖がなかったので-20点。
17.703削除
雰囲気が出ていると思います。
結局のところ犯人が誰だったのかとか、そんなことは些細な問題です。
このSSは全体としての何とも言えない恐怖感を味わうSSだと思っていますので。
欲を言えばもっとこう、読みたいんだけどもう読みたくないような、そんなレベルの描写が欲しかったところです。
18.無評価名前が無い程度の能力削除
とりあえず寺行ってこようか。やつにお話があるからな。