Coolier - 新生・東方創想話

来歴をめぐる冒険

2013/08/16 02:46:23
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四、過去からの譴責

 外宙から大気圏突入のすえふたりの蓬莱人が音もなく道場の玄関口へと降り立った。輝夜は下降中からずっと道場の外観について不満をわめき続けていた。彼女によればあれは月の都の悪趣味な模倣であって、昔うどんげのスカートをめくったら永琳とおそろいのTバックだった時に感じたような気持ち悪さがあるという。燃やせ燃やせとぐずる輝夜を無視して道場をノックすると一人と一匹の道士が出迎えた。

「太子様は人里に視察へ行っておられる。しばし待たれい」

 物部布都と名乗る白無垢の装束に青冠の道士が事情説明をした。

「ただいま布都と共にお茶を用意して来ますので」

 こちらは緑のほうに身を包む蘇我屠自古、足のない幽霊らしい。

 彼らが立ち去ると再び輝夜が調度まで似ていると文句をこぼした。案外こいつはこいつで過去に囚われているのかもしれないと妹紅は思った。

「私は穏やかでいいところなんじゃないかと思うよ。心静かに修行に励むのにはうってつけの場所じゃない?」

 瞬間、妹紅のフォローを否定するかのように中庭から雷鳴がとどろいた。否、それはとどろいたのではなく突如として発生したのであり、轟音をうならせて不死者たちに突進していた。二人はかろうじて飛びすさり回避する。庭の枯山水の上に下手人が拳を握りしめて浮いていた。

「興奮の余りつい音が抑えらんなかった。だがよ、飛んで火にいる夏の虫とはこのことよなァ、藤原ァ」

 自己紹介の時の慇懃さからはかけ離れた物言いで蘇我屠自古が猛っていた。攻撃は意図的で標的は自分であるという事実がすぐには理解できず、妹紅は混乱していた。

「うれしいよ。私らの一族を倒してくれた野郎の子孫がわざわざ倒されに来るなんてなァ。太子様から聞いたよ。あんた、修行もせずに不老不死になったんだって? ひどい世の中だよなァ。私らが一回死んだ末にたどり着こうとした境地にヤクでイっちまうなんてさ。おかげで私にいたっちゃこのざまよ」

 屠自古は幽体の下半身を指差した。妹紅は屠自古の「ソガ」が「蘇我」であることをようやく了解した。だがなぜ自分が狙われなければいけないのか未だ納得できずにいた。妹紅自身が最近までよく知らなかった自己の来歴が人の恨みを買っている。彼女はそれをどこか人ごととしてでしか感じられないでいた

「殺ってやんよ。死ななくても何度も何度も。世の理不尽さをアンタにも味わせてやんよ」

 しかし被害者が加害者よりも恨みを忘れないのは当然のことだ。私と輝夜の関係だってそういうことだ。あっちにとって私の父は騙してきたあまたの男の一人でしかない。さしずめ私はつまらん些事に粘着しているストーカーと映っているのだろう。もちろん私は輝夜と違って原因を生んだ張本人でない。だがそれを言えば私は輝夜から直接危害を受けていない。同じ一族は運命共同体である、それがあの時代だったのだ。妹紅は心中でひとりごちた。屠自古はゆっくりと道場へと近づいてきた。

「屠自古と違い我にはおぬしらへの直接の禍根はない。だが、仏教を広めた一族の末裔とあっては物部一族にとっても太子様にとっても敵、屠自古のサポートに回らせてもらう」

 背後から布都の声がした。相手の理屈の理解が完了したうえで、妹紅は改めて自分の過去に敵意が向けられているという事態に愕然とした。永い時間を生きてきて何度となく手を汚したことはあった。それでも私は運に恵まれない悲劇の主人公であるという意識が奥底に根深く存在した。それが完膚なきまでに暴露され、告発されているようで余計に腹立たしかった。妹紅は怒っていた。相手にも、自分にも。

「ちょっとー、さっきから蚊帳の外なんですけど~。私もまぜ」
「これは私の問題よ。私が決着をつける。輝夜は下がってて」

 妹紅は決然と言って膝を曲げ臨戦体勢をとった。屠自古は道場から中庭への戸口の真上で停止した。

 妹紅の戦いのスタイルの基本は対応型だ。初手は相手の出方をうかがい、相手のやり口を見定めてからチャンスをつかみ攻撃を一挙に叩き込んで勝つ。千年以上のキャリアを経て「これが一番痛い目にあわずにすむ」という結論になった。

「どうした! おじけづいたかおろかものめが! 来ないならガンガンいくぞ!」

 おまけに相手は明らかに脳筋。こちらが正面からまともにぶつかりあうメリットなどない。

「うおおお、これが蘇我一門の恨みだ、くらえ『入鹿の光』!」

 屠自古の両の手から電撃が放射される。雷とは非常に厄介な代物だ。痛いのは炎も同じだが何よりまず脳天にくるので意識がやられる。一発でも入れば動けなくなり連続被弾は免れなくなる。幸い彼女の射程は中距離程度、輝夜の稠密な弾幕を見慣れた目からしてみれば穴だらけだ。

 あぐらで余裕の見物を決め込んでいた輝夜が直撃を受け一瞬で黒焦げになるのを横目に妹紅をひらひらと雷撃をかわしながら屠自古へと近づく。鳥をかたどった炎を身にまとう。霊とはいえ火だるまにしてしまえば勝ったも同然だ。

「ほう、我のほかにも火を操るものがいたとは」

 背後から強烈な一撃をお見舞いされ妹紅ははじき飛んだ。彼女は電撃の空隙は撒き餌で本命は白い方の不意打ちだったと瞬間的に悟った。

「どうやら我が炎風ではおぬしには物理ダメージしか与えられんようだな。残念このうえない。だが我が力は炎に限られぬ。風水を操る程度の能力、それが我の能力よ。物部の秘術と道教の融合の果てに生まれた我が力の恐怖、とくと、あじうんぎゃああああああ」

 着地と同時に妹紅が放ったフェニックスの尾が布都に刺さった。止まらない弾幕を被弾し続けて布都は道場の壁を派手に突き破り中庭に着弾した。

「油断大敵、こちとら千年以上炎一本で来てるんでね。ファミレスの鰻に鰻屋の鰻が負けるわけにはいかないでしょう?」

「貴様こそ油断したな! 屠自古、あれをやるぞ!」

 声につられて庭へ飛び出ると土煙の向こう側で布都が手を天にかざしている。上空にはコマ送りのスピードで積雲が形成されていた。ほいよ、と屠自古が答えて電芯を放り投げる。刹那黒雲から無数のいかづちが降り注いだ。妹紅は瞬時に危機を察知し道場へと退避したが、いかづちはホーミング弾のごとく方向を変え妹紅に迫ってきた。

「逃げても無駄であるぞ。先の炎風に呪印をしこんだゆえ、雷はどこまでもおぬしを追う」

 絶妙なコンビネーション、脳筋とみたのが早計だったか、妹紅はこれはほぼ詰みの状況だと観念し、眼をとじた。突如けたたましい轟音が鳴り響き、まず脳天に、次に全身に骨を砕くかのような激痛が走った。これは雷の痛み…、ではない、私はこれをよく知っている…、これは、この世の理不尽さを体現するかのような無茶苦茶な技は…。

「自分の大切なおもちゃで勝手に遊ばれてるってのはいい気分がしないもんよねー。それにちょうどこの建物壊したい気分だったし。たまには共闘したげるわよ、もこたん♪」

 「金閣寺の一枚天井」、巨大な天井をぶん投げてくるというシンプルな技だが、その巨大さゆえに回避できるかは完全に運次第、なんとも強引で鬼畜な輝夜らしい技だ。

 木造の道場は粉々に押しつぶされ、道場のものとも金閣寺天井のものともしれないがれきが辺り一面に四散した。妹紅は脳天をかち割られて一回死んでいたが、素早くリザレクションし、立ち上がろうと手を伸ばす。伸ばした先は仰向けに倒れていた屠自古の胸だった。起き上がろうとした妹紅はちょうど屠自古を押し倒す形になっていた。屠自古はダメージは受けていたが意識ははっきりしているようで手をばたつかせていた。

「やめろォ、藤原! 私を奸すつもりだな! 穴穂部皇子みたいに!」
「と、屠自古、そのネタは我らと同世代にしか通じんぞ、おそらく…」

 傍らのがれきからよろよろと物部布都が這い上がってきた。屠自古はキッと睨んで妹紅をはねのけ、妹紅の真上の空へと舞い上がった。

「もう終いにしよう、藤原。つまらない小細工はぬきだ。私はこれから残る全ての力をお前に向けて放出する。お前も全力で撃ってこい。純粋な力比べだ」

 一線に凝縮された「入鹿の光」が地上へと落ちてくる。妹紅の理性は雷を受け流して側面攻撃に向かうべきだと告げていたが、彼女もまた一点凝集の「フジヤマヴォルケイノ」を発射した。この哀れな霊に対して最初から策など弄すべきではなかったのだと妹紅は思った。

「貴方が私を恨むのはもっともなことね。私の一族はあなたの一族に本当にひどいことをした、申し訳ない限りよ。一生恨み続けて構わないし、謝れというならいつでも謝るわ」

 雷と炎がぶつかって混じり合う。空に伸ばした妹紅の右のかいなにずっしりと重みが加わった。

「こんなこというと怒るかもしれないけど私貴方の気持ちは結構わかるの。私もそうだったから。でもだからこそ貴方のやり方じゃどうにもならないってこともよくわかるのよ。私を何回倒そうが謝らせようが貴方の気持ちは決して晴れない。貴方のコンプレックスは絶対になくならない」

 妹紅は右手に力を込めた。上昇する炎の勢いが増し、屠自古の体勢が崩れる。布都が慌てて屠自古の背後へと飛び、彼女を扶けた。再びエネルギー衝突に均衡がもたらされる。

「私、これから最低な発言をするわ。いうなれば犯人の居直りね。悔しかったらこの戦いに勝ってみなさい」

 妹紅は下ろしていた左手をも掲げ、出力を高めながら叫んだ。

「いつまでも千年以上も昔のことにぐちぐちいってんじゃねー! 前みて生きろ、前ぇ!」

 妹紅は全力を放出した。ふっと輝夜が妹紅の傍らに寄り、手を添えた。彼女は笑っていたが、それは嘲笑にも慈愛の笑みにも見えた。緑と赤のせめぎあいのボルテージが加速していく。明らかに臨界点が近づいていた。その瞬間に力が劣っていた方の二人が消し炭になるだろう。妹紅は結果はどうあれその瞬間が来るのが待ち遠しくなっていた。

「来る!」

 橙色の閃光が炸裂した。妹紅たちは無事だったが不思議と手応えもなかった。両者の力が空かされて相殺されてしまったような感覚だった。上空から聞こえる布都の「やったか!?」という声がその感覚が正しいことを証明していた。なんというアンチクライマクス。中空のオレンジの光の中心には新たな人影が出現していた。

「和を以て貴しとなす」

 橙のけぶりに猫耳をはためかせた聖徳太子がそこにたたずんでいた。


□□□


 幻想郷で戦闘後に屋外で五匹の半人半妖が車座になって集まればそれは宴会である。
「まさか全部演技だったとはねえ」
 輝夜が黒霧島のお湯割りを片手になじる。
「大変失礼しました、お客人を退屈させてはいけないからドッキリをかまそうって布都が」
 布都は飲みかけのひとめぼれを吹き出した。
「全部君のせいじゃないですか、布都」
「た、太子様、誤解です! ノリノリでことを大きくしたのは屠自古、おぬしのほうだぞ!」
「いいよいいよ。確かにいい暇つぶしにはなったさ。しかしなぁ、大真面目に説教かましちゃった身としちゃあ恥ずかしいなぁ」
「あらー、私はもこたんの新たな一面がみれて面白かったわよー」
「うるさい!」
 妹紅は熱燗を飲み干してお猪口を輝夜の頭に投げつけた。
「過去のことに囚われてもしょうがない、妹紅さんの言うとおりだと思います。だいたい昔の因縁なんて気にしていたら私たち一緒になんかいられないんです。布都の一族は私と太子様の一族に、太子様の一族は私の一族によって滅ぼされているんですから」
「ずいぶん込み入った関係ねー」
 ぶつけられたお猪口を投げ返しながら輝夜が相槌をうつ。
 そして屠自古の一族を滅ぼしたのが妹紅の一族なのだ。私の一族はいったい誰に滅ぼされたのだろう、帰ったらけーねに聞いてみよう、お猪口をキャッチしながら妹紅は考える。
「貴方とあっちの白いのとの間にいざこざがあったりしなかったの?」
「昔は確かに色々ありました。でも今は持ちつ持たれつうまくやっていますよ。」
「無為自然に現世を楽しく生きる、それが道教のぽりしぃであるぞ!」
「布都、君はもっと修行してその脳内お花畑を改める必要があるな」
「え~、太子様、我にばかり冷たくないですかー」
 どっと哄笑が起こる。神子が妹紅の方に向き直ってあらたまった。
「さて、貴方たちの疑問に答える必要がありそうですね」


 結論から言えば私こと、豊聡耳神子、聖徳太子は実在する。だから藤原不比等とやらがまとめた私についての記述はおおむね正しい。ただ一点事実と異なるのは私が真に信じていた宗教は仏教ではなく道教であったということである。だが表向きは仏教信仰に篤い摂政を演じていたゆえ、不比等とやらはある意味で私の表の顔を忠実になぞったものとみてよいだろう。もっとも不比等とやらの本のおかげで仏教が世にはびこってしまい、おまけに最近では私の実在自体が疑われる結果になってしまった。彼に悪気はなかったとはいえ私としては大変遺憾である。外界で存在が忘れ去られた存在は幻想入りする、その法則にのっとり私たちはこんな辺鄙なところへ追いやられてしまった。
「そう、私の父は私利私欲のために貴方を造り出したわけではないのね」
 その点は心配しないでよい。人間が疑うようになった私の伝説・事績・奇跡はおしなべて真実である。なぜなら結局私は神となるべき特別な存在だったからだ。むしろ貴方の父君は私にとって不都合なほどに実直な人間だったといえるだろう。
「太子さん、これ個人的興味なんだけど、あなたのここでの能力ってなんなの?」
とは輝夜の言。
 十人の話を同時に聞くことが出来る程度の能力。有名な話なんだが聞いたことないかい?
「なんだ、それも含めて本当のことだったのね」
 妹紅はすうっと肩の荷がおりた気がした。隣ではなぜだか輝夜が深く考え込んでいた。


「ためになる話をありがとう、そろそろお暇するよ」
 妹紅は神子とがっちり握手を交わした。
「貴方たち、もしよかったら道教に入らない? 貴方たちは不老不死という私たちの目的を果たしている、私たちは貴方が悩んでいる退屈な日常を楽しむすべを知っている、win-winな取引ではなくて?」
「なぜ私の悩みを知って…」
 妹紅は恥ずかしさから顔が赤くなっていた。
「私は過去から未来を見通せるのですよ」
「あら太子さん。じゃあ御存知の通り私たちいつも殺しあいで退屈を飼い慣らしているのよ。そんな奴らを引き込んでいいのかしら」
 輝夜が横から割り込んできた。
「ふむ、私は平和主義だが闘争は否定しないよ。里での信仰だって巫女や生臭坊主と戦って勝ちとるつもりだ」
 道理を超越した発言だが、言った当の本人は矛盾など何もないかのように朗らかであった。妹紅は苦笑して言った。
「あなたらの宗教は万人からは支持されないだろうね。でもごく一部の人間からはとても深く愛される神にあなたはなる、そんな気がするよ」
 交わした手を離しながら神子が答えた。
「私としてはそれでは困るのですが、とりあえずは褒め言葉と受け取っておきます」
「それじゃあ、また」
「ええ」
 きびすを返した直後にまた声をかけられた。
「もし」
「うん?」
「この先貴方たちは死ぬより辛い目にあう時もあるかもしれない。でも君たちならきっと乗り越えられるでしょう。もし万一駄目そうな場合はぜひ道教へ」


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