Coolier - 新生・東方創想話

心霊写真と三脚と

2013/08/10 22:29:50
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 ※ホラーではありません。
  紛らわしいタイトルでごめんなさい。



 心霊写真というものが撮れるようになった。いや、厳密に言うとその表現は正しくない。今までも冥界の亡霊姫のような霊体が映ることはあった。しかし、今写真を撮るとどれも白い靄がかかったようになるのだ。
 貸本屋で読んだ外の世界の本によるとこんな写真は心霊写真と言って、撮れたときは神社でお祓いをするらしい。
 新聞に使う写真が全て白くくすんでいるのでは話にならない。そんな理由で射命丸文は博麗神社に訪れていた。
 巫女の博麗霊夢が真剣な面差しで写真機を見つめている。上下左右、様々な方向から見た後、霊夢は少し考え込んだ。
 文はその様子をぼうっと眺めていた。普段は覇気のない表情をしている霊夢だったが、集中している顔は凛々しくてなかなかに美人だ。まだまだあどけなさが残るが将来有望と言ったところだろうか。
 綺麗な直毛の黒髪に、夏らしく小麦色に日焼けした肌。実用性重視の髪型で、あまり日焼けもしない文は自然で健康的な霊夢の容姿が少しだけ羨ましかった。
 すでに立秋を過ぎていたが残暑は厳しい。油蝉の鳴き声が絶え間なく響いている。
 霊夢は入念に観察していた写真機一式を卓の上に置いた。
 ちりん。
 生温い風に吹かれ、風鈴が鳴った。
「一通り見終わったけれど、霊障の類は何も見られなかったわよ。
 もしかしたらと思って調べてみたけど、付喪神になりかけている様子もないわ」
 現在進行形で使っている道具が付喪神になるなんてことは普通あり得ないしね、と霊夢は付け加えた。
「ええっ! そんな! 何もないなんてことは……。
 変な写真が撮れるのは間違いないですし、確かに外の世界の本に書いてあったんですよ。そういう写真が撮れるときは神社でお祓いしなさいって。しかも、最新の本でした」
「外の世界の本が正しいとは限らないし、外の常識なんてここでは通用しないわよ」
「そんなぁ。じゃあ、どうすれば良くなるんですかぁ」
「そんなの知らないわよ。私に聞かれても困るわ」
 涙声で文は訴えるが霊夢の反応は素っ気ない。
「これがないと新聞が書けないんですよぅ。藁にも縋るような思いで来たのに……。
 お賽銭も祈祷料もたくさんあげますからぁ」
 霊夢は溜息をついた。
「幾ら泣きごとを言っても、お金を積まれても無理な物は無理よ。
 私の専門外なのよ。
 機械本体の問題とかじゃないかしら。一先ず技術屋さんにでも相談しなさい」
 なるほど、と文の表情がぱぁっと明るくなる。
「その手がありましたか! ありがとうございます、霊夢さん」
「本当に変わり身の早いやつね。と言うより、まずそれを疑いなさいよ」
 呆れたように霊夢は言った。
「そう言えば、どうしてわざわざ私のところに来たのよ。
 山の上にも神社があるじゃない。お祓いならあそこでも良いはずでしょ」
 文はぎくりとした。相変わらずこの巫女は痛いところを突いて来る。
「それは高度に政治的な理由ってやつです」
 文は山の烏天狗である。天狗と新しく出来た山の神社との関係は表向き良好であるが、実際には色々と複雑なのだ。まず何もないと思うが、余計なことをして山の神たちとの関係を悪化させたくはなかった。文字どおり触らぬ神に崇りなし、である。
「また組織内での問題ってやつね。それは随分大変ですこと」
 霊夢の言い方はちょっと皮肉っぽい。でも、彼女には集団で行動することの意義や難しさなどわからないのだろう。
 集団行動の多い山での孤立は自分の存在を否定されたに等しい。仕事でも警備は集団行動だし、新聞も作成担当、印刷担当とチームプレイが基本だ。普段から和を乱すような行動をしていてはまともな連携できない。その代わり、良好な関係を築けていれば何かあったときには仲間が助けてくれる。
 と、ここまではあくまで建前だ。実際、何より辛いのは飲みの席で誰にも相手にされず孤独に飲むことであるのだが。
 文は新聞を書く報道係に属しているが、他の天狗とは違う自由なことを書いている。余計なことをして今まで通りの新聞が作れなくなることは避けたい。その分、特に他の場所では浮いたことはしないように心掛けている。
 それでも最近少し気になることがあるのだが……。それを認めてしまうと本当に自分が仲間内で浮いているような気がするし、そんな些細なことまで気を回していたらきりがない。
 懐を探る文に霊夢が声を掛けた。
「ああ、祈祷料ならいいわよ。別に私は何もしてないし」
「何もしてないって、しっかり診ていただきましたよ。
 いいんですか? 普段あれだけお賽銭を欲しがっているのに」
「余計なお世話よ。
 でも、あんた変なところが律義よね。普段は平気で勝手に写真を撮りまくってるくせに、こういうときはちゃんとお金を用意してくるなんて」
 それに人間相手でも一応敬語を使ってるのも妖怪の中では珍しいのよね、とまで言い出した。いつも不遜な霊夢に言われるのは少々不本意である。
「うーん。自分では考えたこともありませんでしたよ。
 あと、霊夢さんに言われるとも思ってもみませんでした」
 文は首をかしげた。他人から見た自分などそういうものなのかもしれない。自分で意識している自分とは大方異なっているのだろう。その分、外聞が気になるのはよくあることだけれど。
「五月蠅いわね。私も妖怪なんかと仲良くしているところを見られたくないのよ。
 ほら、さっさと出てった、出てった」
 しっしっ、と霊夢は文を追い出す。
 外に出た文は神社から高く飛び上がった。
 行き先にある濃い緑に覆われた山を見上げる。
 東から見た山はちっぽけな文を見下ろしているように見えた。



 河童の工房には見慣れない機械がたくさん置いてある。大きな丸型のこぎりが付いた機械、金属の掘削機械。そして何より目立つのは部屋の天井中央に通った動力シャフト。一体何のために使うものか文には想像もつかない。
 河城にとりは文の写真機を診ている。子供っぽく柔らかそうなにとりの手が器用に動き、写真機を手際良く分解していく。よく見ると指先は傷だらけで、いかにも技術者らしい。
 にとりは手に付いた油っぽいごみを布巾で拭い、取り外したレンズを下から覗き込んだ。
「あー、やっぱりカビだったね」
「カビ? カビってあの古くなった食べ物に生えるカビのこと?」
「そう、真菌類キノコの仲間で、植物っぽいけど実は動物に近いって言われてるあのカビ」
 せめて醤油や味噌を作るのに使うカビと言えば良いのに、と文は思った。どうもにとりの感性は普通とずれているような気がする。文自身にとり以外の河童と特に付き合いがある訳ではないので、にとりに限らず河童はみんなこんな感じなのかもしれないのだが。
「うん。文さんの写真がおかしくなったのはレンズの内玉のカビと溜まっていたホコリのせいで間違いなさそうだよ。
 あと、防水パッキンも全部やられてるかな。劣化してぼろぼろだから、もう防水の効果はなくなってるね。
 だからカビが生えたってこともあるかもしれないけどね」
 写真機に懸かりきりでこちらを見向きもせずににとりは言った。
 原因がわかって文はほんの少し安心した。問題の元わかれば何かしらの対処も出来るだろう。
「原因の方は良くわかったわ。それで修理は出来そうかしら」
「うーん、これはちょっと厳しいかもしれないね。
 レンズ交換式じゃないからこのカメラに付け替えられそうなレンズはもうないし、今付いてるレンズをオーバーホールするしかないなあ。
 でも、カビが生えやすくなるのは避けられないし、コーティングも駄目になるしなあ……。
 いっそ新しいのにした方が良いかもしれないね」
 状況は思っていたほど芳しくないらしい。それは別として、この河童の話は聞きなれない用語ばかりで非常にわかりにくい。客にわかりやすく説明しようという配慮はないのだろうか。
 にとりは奥の部屋へ行き、写真機を何台か持ってきた。
「写真機を一から作る技術は今の河童にもないんですよ。
 それで、外の世界から入って来た物を修理、改造して使ってる。
 もし新しいのが欲しければこの中からベースになるのを選んでくださいな。文さん好みに私がカスタマイズするから」
 にとりが持ってきた写真機を一通り見回す。その中で一番小さく、軽そうなものを手に取った。
「これは軽くて良さそうね」
 何よりデザインが可愛いのが良い。
「あー、確かにそうなんだけれど……。
 これは単焦点レンズしかなくてフォーカスもマニュアルしか使えないんだ。
 文さんはズームとオートフォーカスができないと困るよねぇ」
「それは困るわよ! ないとまともな写真が撮れないもん」
 そんなことはっきり言われても、と写真機をいじりながらにとりはぼやいた。
「私の技術じゃその機能をこのカメラにつけるのは無理なんだよ。
 それにこれはハーフサイズカメラといってフィルムの互換性もないんだ」
 役に立たない河童だ。せっかくデザインも可愛らしくて気に行っていたのに。そもそも好みに合わなさそうなものを客の前に出すことからしておかしいと思わないのだろうか。
「というより、今あるのは全部オートフォーカスが使えないやつなんだよ。
 それでも文さんは良いのかい?」
「それは駄目よ! 今のと同じ機能が使えないのはイヤ!」
「じゃあ、今のを直すしかないね。
 修理には一週間、いや二週間以上かかるかもしれないけれど大丈夫かい?」
「そんなに掛かりそうなの?」
 天狗の新聞は不定期だが、写真機が使えない間にスクープを逃してしまうのは惜しい。
「待ってる間必要ならそこにあるカメラをどれか貸しますよ。
 全部撮った写真はすぐに確認できるようにしてあるからそのまま使えるよ」
 先にそれを言って欲しかった。
 文は三角屋根が付いた一眼レフカメラを手に取って眺めてみた。昔はこれと似たようなタイプを使っていたが、ほとんどうまく扱えなかった。
 先ほどのハーフサイズカメラもレンズ交換式なので同じようなことになりそうだ。
 扱いやすそうなものを探すと、文が使っているものと似たようなコンパクトタイプのカメラがあった。
「にとり、これもオートフォーカスが使えないの?」
「あっ。それは確か使えたかも。
 でも、単焦点レンズだからズームは出来ないよ」
 この河童も結構いい加減だな、と思った。
 しかし、この写真機は軽くて作りもしっかりしている。シャッターも操作しやすそうで気に入った。
 作業に区切りがついたのかやっとにとりが顔をこちらに向ける。
「お気に召したようで。
 それはズームは出来ないけれど、レンズも明るいし描写も折り紙つきだよ。
 文さんなら被写体との距離調整も得意そうだから、案外単焦点でも困らないと思うしね」
「うーん、じゃあこれにするわ」
「そう言えば、文さん……」
「はい?」
 怒気を含んだにとりの声に意表を突かれ、間の抜けた返事をしてしまった。
「レンズにカビが生えるってことはカメラを随分ぞんざいに扱ってたんじゃないの?
 防水加工はしてあるけれど、使った後はちゃんと乾燥させて風通しのいい場所に置かないと駄目だよ」
「そんな面倒なことしないと駄目だったの?」
「当たり前だよ!
 カメラはなんだかんだ言って貴重品なんだから。
 その様子だと機能もろくに使えてないんじゃない?
 ズームのコンパクトカメラに低感度のフィルムが入ってたくらいだし」
 図星である。いつもは適当にオートで撮るか、よくわからないけれどシャッタースピードをとにかく速くして撮影しているだけである。
「それってやっぱり知らないと拙いことなの?」
「そりゃそうさ。絞りやフィルムの感度なんかはカメラの基本だよ」
 嬉々とした様子でにとりはカメラのレクチャーを始める。正直なところ眠たくなるような話だったが、取り敢えず役に立ちそうな絞りやシャッタースピード、フィルムの感度ぐらいのことは簡単に把握しておいた。
 実はシャッタースピードの最大値は普通に使う分にはそこまで大きな意味はないらしい。一時期それを自慢していたことがちょっぴり恥ずかしくなった。
「大体のことはわかったわ。
 それじゃ修理はお願いするとして、写真機を一台借りていくわね」
「ちょっと待って。サービスで三脚も一緒に貸すよ。
 すぐに報道写真を取ろうとしても上手くいかないかもしれないから、まず風景写真とかから始めて新しいカメラに慣れるといいよ。
 あと、修理費の見積もりに明後日もう一回ここに来て下さい」
 文は頷き、三脚を受け取った。
「まいどあり!」
 悪童のような品のない笑みをにとりは浮かべた。
 ――この間の騒ぎで随分儲けたっていうのは嘘ね。
 どう考えてもにとりが客商売に向いてるとは思えなかった。
 工房を出ると小さな滝があった。天気の良い日が続いているせいか水量も少なく、滝というイメージとは程遠い可愛らしい姿だが、ちょろちょろと流れる水の音が涼しげで心地良かった。
 にとりのマイペースさも格式ばった山の中では清涼剤になっている――流石にそれは言い過ぎかなあ、と思った。



「ここの庭で写真は撮っちゃ駄目です」
「良いじゃないですか、私と貴方の仲でしょう?」
「いつそんなに仲良くなったんですか!
 それに、どうしても駄目なものは駄目なんです」
 死者が集う冥界の屋敷で文は庭師の魂魄妖夢と押し問答をしていた。
 新聞抜きで写真を撮るにしてもただ撮るだけでは芸がない。ここは普段公開されていない屋敷内の庭を狙ってみよう、と文は考えていた。
「そんなに嫌がるなんて、まさか写真を撮ると魂が吸い取られるとか思ってるんですか」
「そ、そんなわけないじゃないに決まってるじゃない。
 これ以上言っても聞かないのなら、いい加減斬りますよ」
 呂律が回っていない。妖夢は普段は死人のように白い顔を真っ赤にしている。
「あやややや、怖いですねぇ」
 口をへの字に結んだ妖夢は剪定鋏を投げ出し、背負った太刀の鯉口を切った。
 文は争い事が好きな方ではない。しかし、悲しいかな、いつも暴力沙汰に巻き込まれる。
「やれやれ。結局、いつも通りのやり方で決着をつけるしかありませんか」
 仕方なく文も団扇に手をかけた。
「止めなさい、妖夢。
 そこの天狗さん、この庭でも写真を撮ってもいいわよ」
 屋敷の中から西行寺幽々子が顔をのぞかせて言った。相変わらず屋敷の主らしからぬしまりのない顔をしている。
「いいんですか? 幽々子様。そんな勝手なことをして」
「私が言うんだからいいの。それに誰かが私を叱ったりするのかしら?」
 妖夢は呆れた様子で溜息をついた。
「ありがとうございます、幽々子さん。
 早速、この見事な枯れ山水の庭を撮影させて頂きます」
「ちょっと待って、天狗さん。貴方、良い匂いするわねぇ」
 ――えっ! それって、どういう意味?
 幽々子が獲物を狙う猛禽のような目でこちらを見ている。
 冷汗が吹き出してきた。
「なに? どうしてそんなに身構えているの。
 なんだか甘いお菓子の匂いがするんだけれど……」
 そう言えば、一応手土産に黒蜜付きの葛切りを用意してきたんだった。
「これは失礼しました。つまらな……」
「お茶を用意してー」
 全て言い終わる前に幽々子は女中姿の亡霊に声をかけていた。

「念のため言って置きますけれど、許可したところまでしか入っちゃだめですからね」
「はいはい、わかりましたよ」
 未だ納得がいかない様子の妖夢は同じようなことばかり繰り返している。
 一方、さっきから幽々子はほとんど喋っていない。
「と、そう言えば、貴方も変わっていますね。
 前に取材に来たときは手土産なんて何も持ってこなかったじゃないですか」
 この子も結構細かいことを聞くな、と思った。
「それはジャーナリズムという大義名分があったからです」
 逆に取材以外の時は何も持たずに訪問するのは悪い気がする。
 本当は取材の頻度が高過ぎて一々そんなことをしてたらきりがない、というところもあるのだが。
「もしかして、取材だったら屋敷にも誰にも声をかけず勝手に押し入るつもりだったんですか?」
「勿論、そうですけど。ジャーナリズムは絶対的な正義ですから」
 もうよくわかりませんよ、と妖夢は嘆息した。
「うーん、ごちそうさま」
 速い。圧倒的な速さだった。
 一言も話さないと思っていたら、文たちが一杯の葛切りを食べ終わる前に幽々子は丼ぶり二杯ぺろりと平らげていた。
「妖夢も一度、じゃーなりすと、になってみたら?
 そうすればわかるかもしれないわよ。暇ならちゃんと出すわ」
「そんなぁ、駄目ですよぅ」
 顔を青くして妖夢が嘆く。
 毎日この人の相手にするのも骨が折れるだろう。妖夢は妖夢で真面目過ぎて、間抜けな子だが、流石に文も少しだけ同情した。

 お茶を飲み終えた後、新しいカメラで庭園の撮影に挑む。
 風景を撮影するときは絞りを絞ると良いとにとりに教えてもらった。
 絞りを示すF値を高く設定し、ぶれないよう三脚で写真機を固定する。
 ファインダーを覗き込むと美しい枯山水の庭が見える。松の枝が一本枝毛のように飛び出していて、砂紋がちょっとよれているのが玉に瑕だけれど。
 教わった通りにセルフタイマーもセットして、シャッターを切る。
 パチリ。
 確認してみると、全ての場所にピントが合っていて庭の静謐な様子が見事に表現された写真が撮れていた。
 少し鳥肌が立った。ちょっとした工夫でここまで綺麗な写真が撮れるとは思ってもみなかった。
 これはもう写真だけで完結した一つの作品と言えるような気がする。
「首尾はどうかしら、天狗さん?」
「え、ええ。結構良い感じのが撮れましたよ」
 突然後ろから覗き込まれ、文はちょっとうろたえた。
 あら、綺麗に撮れてるじゃない、と幽々子は嬉しそうに言った。
「ついでに私たちの写真も撮ってくれないかしら?」
 構わないが一体どういう風の吹き回しだろう。
「背景はお庭で良いかしらねぇ」
 まだ返事もしていないというのに幽々子が呟いた。
「嫌ですよぅ。やめて下さいってば、幽々子さま」
 情けない声を上げて嫌がる妖夢を引っ張ってきて、幽々子は無理矢理横に並ばせた。
 三脚に固定した写真機のファインダーを覗き込む。
 にこやかな幽々子と対照的に妖夢の表情は強張っていた。口を真一文字に結び、握った手をわなわなと震わせている。緊張しやすい性質なのだろうか。
「笑って、笑って」
 一先ず声をかけてみたが効果は微塵もなかった。
「妖夢。せっかく天狗さんに撮って貰うんだから、もうちょっと良い表情をしなさい」
 もはや返事をする余裕もないようだ。
「本当にしょうがない子ねぇ。天狗さん、仕方がないからこのまま撮って下さいな」
 本当にこのままで良いのか疑問だが、お姫様のご命令とあれば従うしかない。
 パチリ。
 閑静な庭園を背景に、見事なまでの笑顔とカチンコチンの表情が並んで撮れた。
「あらー、これはすごいわね。でも、これはこれで良いわ」
 亡霊嬢が納得してくれたので何も問題ない。そう思うことにしよう。
 ――でも、不思議と温かみがあるわね。
 作品としては滅茶苦茶だが、どこか微笑ましかった。
 出来あがった写真を見た妖夢は案の定渋い顔をしていた。

 幽々子は強引に妖夢を庭仕事に追いやり、一人で文を見送りに来た。
 立ち去ろうとしたそのときに耳元で囁かれた。
「誤解がないように言っておくけれど、あの子、別に魂が取られるとか本気で思ってるわけじゃないわ。
 でも、ただ立ち入り禁止だから屋敷に入るなと言っていたわけでもないのよ。
 今日、あの庭は妖夢一人で整えたの。いつもは造園の心得のある幽霊たちに手伝ってもらうんだけれどね。
 自分が作った庭を写真に撮られるのは恥ずかしかったんでしょうね」
「しかし、それがわかっていて撮影を許したんですか? 貴方も人が悪いですね」
「度胸を付けて、ついでに上がり症を克服する良い機会かもしれないと思ったの。けど、全然駄目だったわ。
 ブン屋さん、妖夢本人も作ったものも撮るときはとにかく物陰からこっそりとることが肝要よ。覚えておきなさい」
「はあ、わかりました」
 間の抜けた返事を返すしかなかった。
 結局この人の手の上で踊っていただけなのかもしれない。
 冥界はいつも通り薄い霞がかっている。うっとうしいけれど、強過ぎる日差しを遮ってくれるこの靄は案外優しいのかもしれない。



 もう日没が近い。夏至を過ぎてもう一カ月以上になるのだから日暮れも早くなってきている。
 山に向かう文の前に華奢な女の子がいた。市松模様のスカートを履いて、二つ結いの長い髪をなびかせている。
「あやや、はたてじゃないの」
「あら、文じゃない。
 もしかして今日も外に取材に行ってたの? 収穫はあり?」
 新聞作成担当の天狗は皆ライバル同士だ。当然、文の取材も気になるのだろう。
「いや、今日はそうじゃないのよ。
 写真機が壊れて、取材は出来なかったの。
 直るまで河童から写真機を借りたんだけれど、流石にすぐに新聞用の写真は撮れなさそうだから試し撮りをしてたのよ。主に風景とか」
「あんたが風景を撮るなんて珍し過ぎるわ。きっと明日は雪が降るに違いないわね!」
「余計なお世話よ。あんたが外に出ていることだって珍しいでしょうに」
 文の反撃にはたてはちょっとむくれた。
「あんたこそ丸一日取材もせずに一人でプラプラしてるなんて、そんなんでスクープを逃したりしても知らないわよ」
 一人――という言葉がやけに強調されて聞こえた。はたてにとっては何気ない一言だったのだろうけれど、触れて欲しくないところだった。
 文は下唇を噛んだ。
 認めたくないことだが、もしかすると自分は孤立しているんじゃないか、と疑ったことがある。
 普段あれだけたくさんの人に会って写真を撮っていても、文の部屋には自分と他の人が一緒に写ってる写真がほとんどない。
 普段あまり外に出ないはたてでさえ白狼天狗と一緒に撮った写真をいくつも持っているというのに。
 人の気持ちなんて本当のところはわからない。変に気遣いする文より、自分らしく生きている霊夢やにとりたちの方が、本当は上手く人付き合いをしているのかもしれない。
 冥界で主従が何だかんだで仲良くしているところを見てきたせいか、余計に寂しい気がする。
 ――なんだか虚しくなってきちゃった。
 文は遠い目で空を仰ぎ見た。
 不穏な空気を読み取ったのか、はたては居心地が悪そうにしていた。
 苦し紛れに話題を捻り出そうとしている。
「そ、そういえば、あんたが三脚なんて持ってるのも珍しいわね」
 ――三脚?
 文は左手に三脚を握り締めている。
 ――ああ、どうしてこんなことに気付かなかったんだろう。
 考えるまでもないことだった。
 自分が写らないことなど当たり前だったのだ。
 新聞のために撮ることばかりに夢中で三脚も持っていないし、誰かに頼んだりもしないのだから。
 ただ一つのことに一所懸命になり過ぎて、視野が狭まっていただけ。
 ――そうと決まればやることは一つね!
「はたて! 一緒に写真を撮るわよ!」
 突然のことで、はたては戸惑っていた。
「ちょっと急にどうしたのよ、文!」
「まあ、良いじゃないの。減るものでもあるまいし」
 山をバックに写真機と三脚をセットし、はたてをその前に引っ張っていく。
「ああ、もう! そんなにベタベタしないでよ。まだ暑いんだから」
「いいから、いいから」
 カメラの前にむすっとした表情で立つはたて。
「笑って、笑って」
「まだタイマーも設定してないでしょ」
 そう言いながらも彼女は笑顔を作ってくれる。
 飾り気がなく、奔放でちょっと生意気な表情。
 でも、そこが彼女の良いところだ。
 セルフタイマーを設定し、すぐにはたての横に飛んでいく。
 赤いランプが点滅し、カウントダウン。
 文もにっと笑った。いつも通りの表情。好き勝手やっているようで、実は周りのことを気にしていることを隠した、慇懃無礼で人を食ったよう笑顔。でも、それで良いのだ。
 ――いろいろ面倒なこともあるけれど……、私の友人、私の故郷、これからも宜しく。
 パチリ。
 詰まんないことに付き合わされたわ、とぼやきながらはたては帰っていった。
 暮れなずむ空。高い所に浮かぶ鱗雲。飛び交う赤とんぼ。
 文は山を見上げた。
 赤銅色に染まった妖怪の山は、夏の終わりを優しく見守っているようだった。
 ――たまにはこんな日も良いかもね。
 待宵草の花が開きかけていた。
                                                      (了)
 機材レンタル料がぼったくりなのを聞いたのは、
 それから2日後のことだった…


 今回はとにかくシンプルさを重視して書いてみました。
 下らない話ですが、是害坊天狗の話とかを読んでいるとこれでも良いかな、と。


2013.8.11
 誤字・脱字の修正をしました。

2013.8.13
 誤字・脱字の修正をしました。
櫛橋
簡易評価

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コメント



0.880簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
物語と心情の変化がコンパクトにまとまっていて、丁寧なつくりです。
骨組みより遊びの部分でこそ小説の面白さが決まるという好例です。
2.90奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も丁度良く面白かったです
3.100非現実世界に棲む者削除
ゆゆさまと妖夢のツーショットだと...めちゃめちゃ欲しいです!
それはそうと面白い作品でした。
文の孤独の葛藤はちょっとらしくないかとは思いましたけど、他のキャラ同様に活き活きとしていました。

誤字報告
内の庭→家の庭かと
余計だとは思いますが
人の気持ち→他人のほうが適切かと。妖怪ですし。

ちょっとあっさりしたような感じがしましたが、嫌いではないです。
良い作品でした。
4.100SSを読み漁る程度の能力削除
文の撮った写真はどこでかえますか?

コンパクトでありながら深みのあるいいお話でした。
今後も頑張ってください!!
5.100絶望を司る程度の能力削除
撮れた写真を俺に譲ってくれ!
11.100名前が無い程度の能力削除
登場人物がみんな可愛いなぁもう
13.70愚迂多良童子削除
ちょっとシンプル過ぎたかなー。もう少し、文が孤独を覚えるような描写があれば良かった。話は悪くないんだけど、心動かされなかったと言うか。

>>うっとおしいけれど
うっとうしい
17.100名前が無い程度の能力削除
しっかり巫女をしている霊夢はもちろん、他の登場人物たちも素敵ですねぇ
19.90名前が無い程度の能力削除
文の立場と思うところが簡潔に表現されていて、面白く読めました。
カメラについて一歩踏み込んだ描写があるのも面白さの一因だと思えます。
21.100名前が無い程度の能力削除
良い
25.70名前が無い程度の能力削除
場面ひとつひとつが落ち着いていて、かつ遊び心を感じますね。
カメラ自体にはズボラな文というのも、なんか新鮮。
26.90名前が無い程度の能力削除
Good!
27.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
30.703削除
非常にシンプルな話ですね。と書こうと思ったら後書きにも書いてありましたね。
こういう日常の一コマを切り取ったSSも良いのではないでしょうか。
ただ個人的には文はしっかりと自身の道具の手入れはしていそうだなーというイメージがあるのでそこだけちょいと微妙感がありましたね。