Coolier - 新生・東方創想話

人魚の涙

2013/07/30 20:29:03
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――紅霧異変。

 それは、幻想郷の巫女が一番最初に解決に乗り出した異変である。神社の境内裏を行き、霧の湖を抜け、そして紅魔館に辿り着き、そして、最後にはあの我儘吸血鬼を懲らしめたという事で一挙幻想郷中に名前が知れ渡った。今までの霊夢は、歴代博麗の巫女の中でもだらけている、と評判だったが、一気に人間からの株が上がったそうだ。

 しかし、それより少し前に、霊夢に注目していた者がいたそうな。






 ちゃぷんと水中から顔を出し、水面に揺蕩っていた葉がその波で揺れる。

「…………紅いわね」

 わかさぎ姫は靄がかかった視界を振り払うようにもう一度水の中に潜った。水上の紅い空気とは違う、透き通った視界が目に映る。この湖の魚に影響が出ないといいんだけど。そもそも、この紅い霧の原因はあの紅い館の吸血鬼にある事は分かっている。私のような妖怪には理解できないような思考の持ち主の事だ。気分が晴れるまで、この霧も晴れる事は無いだろう。
 ぐるり下半身のひれを自由に動かし、水中で踊るように泳ぐ。ただただ、広くて狭い湖の中で。ここは誰にも邪魔されない私だけの世界。陸の世界なんて知らない、知らなくてもいいと思えるほど、わかさぎ姫にとってこの湖は心地よかった。我儘ばかりを通す妖怪が闊歩する陸の上なんて、知らなくていいわ。
 顔を水上に向け、靄の上の太陽を見つめるように手をかざした。すると、何かの影が横切って行ったのが見えた。……あれは? 
湖の上を通る妖怪なんて滅多にいない。いても、あの紅い館のメイドが買い物に出かけるだけである。わかさぎ姫は好奇心で水の中を浮上する。

 ちゃぷん。

 そこには、速いとも遅いともいえないスピードで飛ぶ紅白を纏った女の子の後ろ姿があった。紅白の女の子は真っ直ぐ湖畔の方角へ向かっている。もしや、あの紅い館に向かっているというのだろうか。あんな小さい子が一人で? ただでさえ視界が悪いこの中で、妖怪に襲われるかもしれないのに!

 危険だわ、やめなさい! そう、口が動くが早いか、その女の子の前に青い妖精が立ちはだかった。


「道に迷うは、妖精の所為なの」

 自分の顔がみるみる青くなっていくのが分かる。あの妖精は、この近辺でも有名ないたずら好きで子供っぽい――悪く言えば残酷な妖精だ。下手したら、人間も襲われたらただでは済まないような――

 しかし、その紅白の女の子は堂々と言い放った。
「あらそう? じゃ、案内して? ここら辺に島があったでしょ?」

 女の子の不敵な態度に対して青い妖精はむきになり、腹を立てているようだ。ああ、もう終わりだわ! 弾幕ごっこになったら勝ち目は無い!
 そして、その瞬間、青い妖精が氷のように透明な羽を大きく広げ、尖った弾幕を容赦なく女の子に放った。もう駄目だ! ぎゅっと目を瞑った。


 だが、戦闘が終わったような気配は無い。瞑っていた目を少しだけゆるめる。――すると、なんという事だろう。その女の子は、無駄な動きをする事無く、しかし、のらりくらりと妖精の弾幕を避けている。そこではじめて、目を大きく開けて女の子を見た。黒い髪を乱す事もなく、的確なタイミングで妖精に攻撃を繰り返している。

「こっ、このお!」

 妖精は更にむきになり、激しく弾幕を繰り出した。大きく尖った、スピードの速い弾幕が飛ぶ。それの一つが女の子の髪を少しだけちりり、と焼いたのが見えた。その瞬間、女の子は目の色を少し変え、どこからともなくお札を口元に添えて何か呟いた。
 すると、カラフルに光る玉のような大きい弾幕のようなものがぐわり、と女の子の周りから生まれ、そして、妖精を真正面から思いっきり叩き潰した。

 妖精の衣服はぼろぼろになり、目に涙を浮かべて文句を言いながら逃げて行った。今まで、負けた事がなかったのだろう。それも圧倒的な力の差で。あんな小さな女の子があの妖精を倒すなんて。

「ああ、冷えてきたわ。冷房病になっちゃうわ」

 女の子は取り乱すような様子もなくそう呟き、その先の、紅い館の方へ向かって行った。
一方の自分は、かなり放心気味になっていた。あんな戦闘を見たのは初めてだった。激しくもあり、美しくもあり、しかし余裕があった。胸がどきどきしている。

 戦ってみたい。
 あのそこそこ強い妖精がやられたのだから、自分も叩き潰されてしまうかもしれない。でも、あんな美しい弾幕と自分の弾幕を交わせるなんて、考えただけで震える。

 胸の高鳴りが抑えられないまま、わかさぎ姫は湖の真ん中で、紅い館の方角をずっと見据えていた。





 その日の夜が明けた時、紅い霧はもう綺麗さっぱりなくなっていた。そして、あの青い妖精――チルノ(その時、名前は初めて聞いた)にあの女の子の事を伺う機会があった。


「あいつ……? はくれいれいむって言うらしいよ。幻想郷の巫女なんだって」
「幻想郷の、巫女?」
「わるいやつをやっつける人だって! 大ちゃんに聞いた!」

 ……信憑性はあまりないが、嘘をついているようには見えない。

「で、はくれいれいむって人があの紅い霧を晴らしたの?」
「そうだよ! 紅魔館に住んでるわるーい吸血鬼をこらしめたんだって!」

 やはり、あの傲慢な吸血鬼を倒したんだ。ごくりと喉を鳴らす。なんて強い人だろう。

「ねーねーもういい? 遊びに行きたいんだけど!」
「あ、ああ、教えてくれてありがとね」
「どーいたしましてー!」

 私は薄く笑って、チルノに手を振った。あの子も、少し痛い目に合ったせいか丸くなったようだ。







 霧が晴れた次の日の夜、あの巫女に会いたいがあまり、水の流れてくる方向を遡り、山に棲む河童に義足を作ってほしいと頼み込んだ。河童は少し笑って、 指を川辺に泳がせる。

「義足、か。まぁ、いいけどさ、あんた、元のひれはどうするつもり?」
「……刺身や天ぷらにして食べてくれていいわ」
「ふふふ、笑わせないでおくれよ。これだからお嬢さんは。生憎、妖怪を食う趣味はないんでね」
「じゃあ、どうしたら作ってくれるの?」

 あの弾幕ごっこを見てから、陸上に上がれないのをこれほど悔しく思った事はなかった。ああ、陸に上がって一目あの子を見られたら、どんなに幸せだろう。呑気で、でも美しく戦闘する姿が頭から離れなかった。りぃ、りぃ、と夏の終わりの夜に鈴虫の声が溶けてゆく。静かな川辺に咲いている終わりかけの花をそっとちぎり、花びらを静かに浮かべる。巫女の事を思い出して仕方が無い時は、いつもこうするのだ。それを見て、河童は苦い笑みを浮かながら言った。


「あんた、人間に会いたいのかい?」
「……ええ」

 花びらが鱗に張り付く。いつの間にか、私は巫女の事ばかり考えてしまっているのだな。


「人魚はねぇ、いつもいつも報われない運命なんだ。それに、報酬を出せるようなものも持ってないだろう。諦めて湖へ帰りな」

 河童はよっこいしょと腰を上げ、開発途中の機械のほうへ歩いて行った。私はその台詞の意味が分からず、ただただ河童が義足を作ってくれない事が分かって落胆し、下流の湖へ帰った。





 それから、幾年月が経った。夏が終わって、秋が来て、冬が来て、春が終わり、また夏が来て。巫女の話を人伝いに聞く事は多くなった。春が来ない異変、夜が明けない異変を解決し、更には妖怪の山、地底と、どんどん行動の範囲が大きくなっているようだ。湖の上はというと、時々白黒の魔女(チルノから聞いた話だと、巫女の友達らしい)とメイドが通るだけで、あの紅白の姿が見える事はなかった。幻想郷の端の神社に住んでいるらしく、この辺りにはあまり用事がないのだろう。しかし、博麗霊夢という名が頭から離れる日はなかった。






 ある朝、身体が燃えるように熱かった。あの、チルノと戦闘している巫女の姿を見た時のような胸の高鳴りが止まらなかった。きっとただ事ではない、そう察してはいたが、身体の底から湧き上がってくる力の塊に抗えず、思わず飛沫を上げて湖の中を暴走するように泳ぎ回る。飛び跳ね、魚の群れを突っ切って、まるで子供に返ったように何も気にする事なく水中を縫う。

 すると、少し遠くで弾幕ごっこの音が聞こえた。そう、忘れもしない、ずっと前の巫女とチルノの弾幕ごっこの音だった。
 水面に顔を出すと、チルノが撃破され、巫女がこちらに向かってくるのが見えた。


「あなたは!」

 思わず、目を丸くした。胸の高鳴りは、どきどきと、最高潮にまで達していた。

「おっと人魚? なーんだ。雑魚じゃん」

 チルノを相手にした時のような不敵な口調は変わっていない。いざ言われると少しむっとする。でも、あの時より顔つきや纏う空気が、少し大人になっているように感じる。

――戦わなければ。
 そう思うが早いか、巫女が札を目に止まらぬようなスピードで飛ばしてきた。こちらも負けずに弾幕を繰り出す。
あの、のらりくらりとした、しかし的確に避ける動きも変わっていない。段々と妖怪の血が煮えたぎってくるのが分かった。荒波のような激しい弾幕を巫女にぶつける。しかし、その弾幕の狭い隙間を縫って巫女はこちらに近づいてきた。そして、大きい幣を思い切り振った。すると、荒波が更に飛沫を上げた。波が割れるかのようなその激しい攻撃の合間に、彼女が妖怪を狩る獣の目つきをしているのが分かって、そして――

 撃破された。



 水中に投げ出された自分の熱い身体が、水泡に包まれて冷たくなっていくのが分かる。

――ああ、神様……私が王子様だと思っていた人は、妖怪に対してとても乱暴な人でした……。


 そう気付いてしまってはじめて、淡水真珠の人魚は涙を流したのだった。







ちょっとだけ久しぶりの投稿です。わかさぎ姫が好きすぎて書いてしまいました。
アンデルセン童話の人魚姫になぞらえて書いているところがあります。少しでも汲み取って頂けたなら幸いです。
わかさぎ姫は霊夢のことも魔理沙も咲夜も知っていたから、わりと前から幻想郷にいたんじゃないかなあ。

(twitterを「大和らん」に名義変更しました)
伏見やまと
http://twitter.com/xxxzzxxx_
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コメント



0.740簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
霊夢が知らなかったという設定からコンパクトにまとめていたように思います。あなたは!という一言に込められている感情がまみえてよかったです
2.100絶望を司る程度の能力削除
見事だ・・・
3.90名前が無い程度の能力削除
純情わかさぎ姫ちゃん。これはよいものですね。
4.80奇声を発する程度の能力削除
上手くまとめられてて良かったです
5.100名前が無い程度の能力削除
切ないな……
8.100名前が無い程度の能力削除
あの「あなたは!」にこんな思いがあったなんて……報われてほしいですね、せめてこの気持ちが霊夢さんに伝わってほしい。
サクッと読めていい作品でした。
9.100名前が無い程度の能力削除
報われない運命か……
13.100名前が無い程度の能力削除
会いたいのに会うことができない。ようやく会えたと思ったら…
今のところ、わかさぎ姫は地上へ行けないようですが、EDの宴会の時はどうなることやら
これからが楽しみですね
14.100名前が無い程度の能力削除
紅魔郷からずっと…
とても良い解釈でした!
19.100名前が無い程度の能力削除
だからあれほど異変解決時の巫女に近づくなとry
霊夢には相手を倒すか、負かされたとたんに戦闘モードから、
のんきな正気に戻る癖があるみたいですから
心綺楼といい、他といい………まったくもう
21.803削除
なるほどー。上手いです。
わかさぎ姫いいですよね。