Coolier - 新生・東方創想話

晴れのち雨天

2013/07/27 00:59:20
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 深い深い森の奥に、その陰気な家は在りました。
 何が陰気なのかと言うと、何もかもがそうなのです。
 屋根も壁も、雨と風とが付けて行った汚れをそのまま模様にしています。一見しただけなら勿論、例えじっくり眺めてみたとしても、廃屋にしか見えないでしょう。
 それに、ここはあんまり深い森の中ですから、あんまり大きな木々に囲まれていて、陽の光さえ届きません。朝になっても、昼になっても、まるで雨模様の夜みたく、どよどよどよどよしているのです。
 こんな汚くて陰気な家に、実は一人の魔女が住んでいました。
 魔女は家から一歩も出てこないので、誰とも顔を合わせません。日がな一日家に篭って、来る日も来る日も魔法の研究。魔法の力で明かりを灯し、山積みになった本を読む。ただ、それだけの毎日です。
 一体、いつからこうなのか、それは魔女にも判りません。いつからか沢山の本に囲まれて、いつからか魔法の研究だけをして生きているのです。そんな生活をしているものですから、今が昼か夜かも知りません。
 何の為に研究しているのでしょうか。実は、理由なんて無いのです。他に何もすることが無くて、ただ暇を潰しているだけなのでした。
 ある日、魔女がいつも通り本を読み漁っていると、一つ気になる記述が目に留まりました。
 そこには、とても華やかで、大層美しい物を見られるという、とっておきの魔法が在ると書かれていたのです。
「素敵な魔法ね。一体、何が見られるのかしら」
 魔女は早速、家の中の本という本を当たって、その魔法に関する資料を探し始めました。



 どれだけの時が経ったでしょう。魔女は机の上に何十冊の本を積み上げ、ようやく魔法の研究に取り掛かります。
 ですが、その魔法の理論や理屈は難解で、その上、曖昧に書かれているものですから、利口な魔女にもよく解りません。
 一生懸命に本を読み解き、どうにか魔法を実行する方法だけは知ることが出来ました。
「どうなるのかしら。何が起こるのかしら」
 肝心の効果は殆ど判っていないのですが、魔女はもう興味津々で、好奇心を抑えることが出来ません。とにかく、この魔法を試してみることにしました。
 床に魔法のインクで複雑怪奇な魔方陣を描き、ブツブツと呪文を唱えます。
 しかし、何も変化は有りません。
 どこか間違えたのに違いないと、メモに記した手順を確かめてみますが、何も間違ってはいないのです。
 呪文を言い間違えたのかも知れないと、もう一度初めから唱えてみても、やっぱり何も起こりません。
「どうして何も起きないのかしら。おかしいわ」
 魔女は首を捻ります。
「ああ、可笑しいな。こんな可笑しいことはない」
 いきなり声を掛けられて、魔女は飛び上がってしまいました。
 一体、いつの間に入って来たのでしょう。コウモリみたいな羽を背負った幼い娘が、クスクス笑いながら宙に浮かんで、魔女のことを見下ろしているではありませんか。
 こんな辺鄙な森の奥に、こんな年端もいかぬ娘がやって来られる筈が有りません。きっと妖怪変化の類か、そうでなければ悪魔の子でしょう。
「貴女は誰? どうして勝手に私の家へ上がり込んでいるの?」
「私は魔王だ。この世の全てを手に入れたくて、この辺境までやって来た」
 魔王を名乗る奇天烈な娘は、すっかりふんぞり返っています。
「おい、お前。今日がどういう日か知ってるか?」
「まだ私が訊いているのよ。質問には全部答えなさい」
「知らないのだろう。きっと知らない。昨日が素敵な日だったことも、お前はご存知ないのだろう?」
 自分勝手に訳の解らないことを話す娘に、魔女は腹が立ってきました。
 そんな魔女の顰めっ面を見て、娘は三日月みたいに笑います。
「教えてやろう。今日はね、炎が一層紅く燃える日なのさ」
「だったら貴女を燃やしてあげる」
 とうとう怒ってしまった魔女は、モニョモニョと呪文を唱えました。
 すると、どうでしょう。突然、炎が激しく燃え上がり、娘の体を包み込みます。
「熱い! 熱い! 折角教えてあげたのに、何て仕打ちだ!」
 娘は真っ赤な炎を身に纏い、慌てて南の窓から逃げていきました。
「窓から出入りするなんて、行儀の悪い奴」
 魔女は不満げに呟いて、その窓を燃え盛る炎の壁で塞いでしまいます。
「だけど、あれは一体、何だったのかしら」
 そんなこと、幾ら考えても解る筈が有りません。今まで見たことも聞いたことも無いような、それは奇妙な娘だったのですから。
 魔女は何だか疲れた気がしてしまい、久し振りにベッドでゆっくりと眠ることにしました。



「おい、おい」
 誰かの呼ぶ声で目覚めた魔女は、またビックリしてしまいました。
 どういう訳か、追い出した筈の娘が自分の目の前に座り込み、じいっと此方を見ていたのです。
「そこで何をしているの?」
「いや、何。お前の寝顔が可愛くて、ついつい魅入っていたんだが、半日以上も見ていたら流石に飽きてしまってね」
 思い寄らぬその言葉に、魔女は頬を赤らめます。
「知っているか? 今日は水が一層滑らかに流れる日なんだ」
「それなら掃除にぴったりね」
 魔女は自分が照れていることを誤魔化そうと、ボソボソ呪文を唱えました。
 すると、どうでしょう。何処からか湧き出した沢山の水が、ザバァと床の埃を浚います。水は娘も巻き込んで、ぐるぐる、ぐるぐる渦巻き始めました。
「うわ、やめて、やめて。私は流れる水が嫌いなんだよ」
 娘は全身びしょ濡れになりながら、北の窓から逃げていきました。
 魔女は高鳴る胸を押さえつつ、その窓を厚い氷で塞ぎます。
 氷に映った顔を見て、思わず溜め息が洩れました。
「あれだけ寝たのに、酷い隈だわ。何が可愛いものですか」
 魔女は何だかとてもむかむかしてきて、そのまま不貞寝をしてしまいました。



 目覚めた魔女はぐるりと家の中を見回して、誰も居ないことを確かめました。それから壁の氷を覗き込み、魔法の水でジャブジャブと顔を洗います。
 布でごしごし顔を拭うと、なかなかさっぱりとした顔が映りました。
「これなら見られても恥ずかしくないわ」
「それなら穴が空くほど見詰めてやろう」
 またまた急に話し掛けられ、魔女の心はドキッとしました。慌てて後ろを振り向いて見ると、またあの娘が居るのです。
 娘はコウモリみたいに逆さまになって天井からぶら下がり、相変わらず三日月みたいな笑みを浮かべています。
「良いことを教えてやろうじゃないか。今日はね、木や草花が元気な日なんだ」
「それじゃあ、今日はガーデニングをしましょうか」
 魔女はほんの少しだけ口の両端を持ち上げて、ゴニョゴニョ呪文を唱えました。
 すると、どうでしょう。何処からか生えてきた木の枝が、娘の頭と体、両手両足にまで巻き付いて、力強く絞め付けます。
「痛い、痛い。これじゃお前が見えないじゃないか」
 娘は沢山の真黒いコウモリに姿を変えて、バサバサと東の窓から逃げていきました。
 木の枝もそちらへ向かって伸びていき、すっかり窓を覆い隠してしまいます。
「寝起きで服が皺だらけなのよ」
 魔女は伸びた枝から葉っぱを何枚か摘み取って、それを使って熱い紅茶を淹れました。



 皺だらけの服を着替えた魔女は、あの失敗した魔法の研究をやり直しました。何処を間違えたのか判らないので、最初から全部やり直そうと、黙って本を読み耽っています。
 陽の光も届かなければ、時計も置いていない家に居るものですから、時間も忘れて読書、読書です。
 何冊目かの本を読み終えたところで、魔女は急にきょろきょろ首を動かし、家の中を見回し始めました。
「おや。もしかして、私を探しているのかな」
 机に積まれた本の向こうから聞こえた声に驚いて、魔女は本の山を崩してしまいました。話し掛けてきたのは勿論、あのコウモリ娘です。
 娘は魔女のカップをその手に持って、淹れてあった紅茶を勝手に飲んでいます。
「薄いね、これは。酷く薄い。お前はいつも、こんな紅茶を飲んでいるのか」
 この物言いに、魔女は頭に来てしまいました。
 勝手に家に上がり込まれて、勝手に紅茶を飲まれた挙げ句、その紅茶に文句まで言われたのです。怒るのも無理は有りません。
「それより、今日はどんな日なのかしら」
「おお。とうとうお前から聞いてくれたか」
 娘はカップを机に置いて、いつもより一層気味悪く笑います。
「教えてやろう。今日はね、ありとあらゆる金属が冷たく妖しく光る日なのさ」
 それを聞いた魔女は少し目付きを悪くして、ムニャムニャ呪文を唱えました。
 すると、どうでしょう。娘の頭の上から、金槌の雨が降り出します。
「何だ、何だ。機嫌が悪いな」
 娘は頭に沢山のコブを作って、西の窓から逃げていきました。
 魔女は何処からか分厚い鉄板を持ち出し、その窓へ叩き付けるようにして、がちっと嵌め込んでしまいます。
 大層お冠なのは、紅茶を貶されたからだけではありません。
 実は、机の上にはもう一つ、小綺麗なカップが置かれていたのです。
「わざわざ用意しておいてあげたのに」
 少し残念そうな、だけどやっぱり怒った顔をして、魔女がぽつりと呟きました。



 四方の窓を塞いでも、魔女は全く困りません。暗いばかりの外など見ても何も楽しくありませんし、碌に風も通らないのですから、初めから不要な窓だったのです。
 あの無神経な娘のことを思い出さないようにして、魔法の研究を続けていました。
 一通り資料を読み終えた魔女は、やっぱり何も間違っていなかった、という結論に至ります。あの時は少し、運が悪かったのかも知れません。
 もう一度あの魔法を試そうと、床にこの間と同じ魔方陣を描き始めました。先日、水の魔法で掃除をした時、一緒に洗い流してしまっていたのです。
「今度は上手くいくはずよ」
「そうだな。今度もきっと上手くいく」
 いい加減、魔女も驚かなくなってきました。
 窓は全部閉じたのに、一体何処から入って来たのでしょう。魔方陣の真ん中に、コウモリ娘がどっかりと座り込んでいます。
「判ったわ。貴女のせいで失敗したのね。きっと、そうよ。そうなんでしょう」
 顔を赤くして怒る魔女に、娘は指を差して言い返します。
「お前が魔法をしくじるものか。思い込んでいるだけさ。しっかり成功していたのに」
「嘘よ。これは何か、とても華やかで、美しい物を見られる魔法よ。なのに、現れたのは貴女だけじゃない」
 魔女がそうやって言い返してやると、娘はけらけらと笑い出しました。
「私もそれには当て嵌まるがね。お前はいつも、こうやって閉じ篭ってばかり居るものだから、そいつを拝み損ねたんだ」
 娘は尚も声を上げて笑い続けます。
「そんなに美しい物を見たいのならば、また鏡でも覗いてみてはどうだ。絶世の美少女が映るだろう」
 にたにた笑う娘の世辞に、魔女は耳の先まで真っ赤に染まってしまい、何も言い返せなくなっています。
 やがて娘が何かを思い出したように、ポンとその手を打ちました。
「そうだ、すっかり忘れていた。今日はね、大地がいつもより雄大で、力強く在る日だよ」
「結局、それを言いに来ただけなのね」
 いつも通りの話になったところで、いつも通りに魔女がブツブツ呪文を唱えます。
 すると、何ということでしょう。俄に大地がぐらぐら揺れて、床に描かれた魔方陣の上に小さな地割れが出来ました。
 丁度そこに座っていた娘は地割れに落ちて、頭まですっぽりと隠れてしまいます。
「ほうほう。これはなかなか良いね。地の底は暗くて落ち着くよ」
「もっと暗くしてあげましょう」
 魔女が両手を打ち合わせると、もう一度大地がぐらぐら揺れて、地割れが口を閉じました。
 憐れな娘は悲鳴を上げる暇も無く、地の底に閉じ込められてしまったのです。こんな恐ろしいことは有りません。
 ですが、魔女は澄ました顔で、おやすみの準備を始めています。流石に今のは疲れたらしく、あの魔法を試すのは、一眠りした後にしようと思ったようです。



 ぐっすり眠ってすっきりしたのか、今日の魔女は御機嫌です。
 目を覚ましてから、体を洗って服を着替えて、ポットに茶葉を沢山入れて、二つのカップを用意しています。これから、もう一度あの魔法を試し終わったら、閉じ込めたままの娘を地中から出してあげるつもりなのです。
 準備をしっかり整えて、いつかと同じように呪文を唱え始めた、その時でした。
 突然、魔方陣を描いた床にヒビが入り、バコンという音と共に、あのコウモリ娘が飛び出して来ました。
「ああ、よく寝た。いつもは棺桶で休んでいるが、そのまま地面の下に潜るのも、ひんやりしていてなかなか良いね」
 自分が魔女の邪魔をしたなどと全く気付いていない様子で、娘は背筋を伸ばしています。
 この時、魔女の顔は笑っていましたが、心の中では怒っていました。とても、とても怒っていました。
「今回は私が教えてあげるわ。今日という日は、貴女にとって最悪の日よ」
 魔女が声を低くして呟くと、娘は馬鹿みたいに明るく笑います。
「おお。よく知っているな。そうなんだ。今日は私の嫌いな太陽が、やたらとぎらぎら輝く日なのさ」
 これを聞いた魔女は冷たく笑い、大声で呪文を唱え始めました。
 流石の娘も、これには酷く慌てます。
「いや、待て、待て。いくら何でも太陽は駄目だ。私がここへ来るのは、明日で最後。明日で最後にしてやるから、どうか、それだけは勘弁してくれ」
 せめて、今日で最後と言っていれば、見逃してもらえたかも知れません。いいえ、そもそも、あとほんの三分ばかり大人しくしていれば、美味しい紅茶を御馳走してもらえたかも知れないのです。
 怒り心頭の魔女に、もはや容赦は有りません。眩い光と灼熱の炎を放つ小さな太陽が家の中に現れ、娘の体を焼き尽くします。
 娘が上げる甲高い悲鳴はやがて聴こえなくなり、あとにはぐつぐつと煮えたぎる床だけが残されました。
「これで研究に集中出来るわ」
 ホッと溜め息を吐いて振り返ると、机の上で寂しそうにしている二つのカップが目に入ります。
 それを見て、魔女の胸はずきりと痛みましたが、今更どうしようもありません。
 魔女は何だかとても疲れた様子で、またまた不貞寝をしてしまいました。



 不貞寝から目覚めた魔女は、また体を洗って服を着替えて、一人分の紅茶を淹れて飲みました。
 平穏な日常に戻った筈なのですが、どうにもこうにも落ち着きません。どうしても、またあの娘が現れる気がして、そわそわ、そわそわしているのです。
 何せ、火に焼かれても地割れに呑み込まれても、当たり前に生きているような娘です。小さな太陽に照らされたぐらいで消えてしまうなんて、とても思えなかったのでしょう。
 ですが、娘は現れません。歪んだ床を魔法で直し、ぶつくさ文句を言いながら魔方陣を描き直しても、何の沙汰も無いのです。
 また途中で邪魔をされては堪らないと、しばらくじっと座って待ってみましたが、やっぱり現れる気配は有りません。
 いよいよ魔女も見切りを付けて、例の魔法を試すことにしました。
 結局、呪文は無事に唱え終わりましたが、肝心の魔法の効果が現れません。お邪魔虫はもう居ないのに、どうしても上手くいかないのです。
「これで合ってるはずなのに」
 何度も呪文を唱え直しますが、何の変化も見られません。
 とうとう疲れてしまった魔女は一つ大きな溜め息を吐いて、椅子に深く腰掛けました。
「どうして何も起きないのかしら。おかしいわ」
 わざといつかと同じ台詞を言って、きょろきょろと家の中を見回します。ですが、やっぱり誰も現れはしませんでした。
 いつも通りの静けさが、魔女を寂しい気持ちにさせます。今まで、ずっと一人きりで生きてきたのに、今更孤独が辛いのです。
「今日で最後って言ってたのに」
 訳の解らない怒りが込み上げ、魔女は泣き出しそうになってしまいます。
 その時です。家の外から、ズシン、ズシンという凄い音が響いてきました。まるで、巨人が歩いているかのようです。
 驚いた魔女が慌てて玄関の戸を開けて、家の外に出てみると、信じられない光景が目に飛び込んできました。
 何と、家の周りに在った樹木が、軒並み薙ぎ倒されているではありませんか。おかげで、家を覆い隠していた枝葉が無くなってしまい、空が丸見えになっています。
 思わず見通しの良くなった空を見上げた魔女は、「あっ」と感嘆の声を上げました。
 紅くて丸い月の周りを、沢山の流れ星が駆け抜けていたのです。
 今夜が満月であることは勿論のこと、今が夜だということすら知らなかった魔女は、その光景に口をあんぐりと開けています。
「今日はね、紅く輝く月の光が、お前を美しく照らす日だ」
 また、いつの間に現れたのか、ふわふわと宙に浮かぶコウモリ娘が、その手を優しく差し伸べています。
 魔女が恐る恐る手を取ると、娘は物凄い勢いで空に向かって飛び立ちました。
 忽ち二人は、星の踊る夜空へと舞い上がります。
「こんな見事な流星で月を飾っておきながら、失敗だなんて、可笑しいだろう? 星の巡りも知らないくせに、よくもこんな魔法が使えたものだ」
 けたけたと笑う娘の言葉に、紅い月明かりに照らし出された魔女の顔が一層赤く染められます。
「それを私に教えるために、森の木々を倒したの?」
「お前が自分で出て来なければ、屋根まで壊すつもりだったよ」
 呆れて物も言えない魔女の目の前に、娘がずいと顔を近付けます。
 魔女は心がどきどきしてきて、ますます何も言えません。
「世界はたったの七日で創られたから、たったの七日で繰り返す。お前の魔法は、世界の全てを現すことが出来るんだ」
 娘はそっと魔女から手を離すと、その背の羽を大きく広げ、紅い月を背に負いました。
「だから、私はお前を拐って行こう。私の家には、お前の好きな本が星の数ほど置いてある。一切合財くれてやろう。だから、私と一緒に来るがいい」
 それは、忌まわしき悪魔との契約。ですが、魔女に迷いは有りませんでした。
 もう一度差し伸べられたその手を、今度はしっかりと掴みます。
 こうして、魔女と魔王は二人一緒に、星の廻る月夜の空を飛んで行ったのでした。





      ◆





「…めでたし、めでたし」
 私がそう締め括ると、彼女は「えー?」と懐疑的な声を洩らされました。
 腰掛けられた椅子からテーブルの上へと身を乗り出されるものですから、ティーカップを倒してしまわれないかと心配になります。
 いえ、この図書館の蔵書を破られるのに比べれば、テーブルクロスが汚れるぐらい何でもありませんけどね。お洋服に染みを作られるのも日常茶飯事のようですし。
「もうおしまい?」
「はい」
 退屈凌ぎに何か話せ、と言って来られたので、取っておきの話をさせていただいたのですが、もう少し色々と付け足した方が良かったのでしょうか。
 だけど、あんまり長くしてしまうと、途中で飽きてしまわれるのですよね。難しいところです。
「おかしいわ」
「何がでしょう?」
 大層不満そうにされている彼女に、私は飽くまでも笑顔でお答えします。
 すると、彼女は大袈裟に両手を動かしたりしながら、こう仰いました。
「あいつがそんなキザな言い回しを思いつくわけないもの」
 御自分の姉上様を掴まえて、酷い仰い様です。敢えて否定は致しませんが。
 どなたかの入れ知恵でもない限り、あのお方が世界の成り立ちを口にされることは無いでしょう。
「ねー。それホントの話なの?」
「申し訳ございませんが、それは判り兼ねます」
「どーして?」
「お二人が出会われた当時、私はまだ魔界に居ましたから」
「じゃあ、なんであなたは……」
 彼女は何事かを仰い掛けて、口を「あ」の形に開かれたまま、固まってしまわれました。その視線は、私の顔から少しだけ横に外れています。
 私の背後に何かが在る、ということでしょう。
 その正体を確かめようと振り返る間も無く、私は背後から誰かに頭を鷲掴みにされてしまいました。
「随分と誰かさんに都合の良い改変が為されていたようだけれど」
 そう耳許で囁かれましたのは、他でも御座いません。敬愛する私の御主人様、七曜の魔女ことパチュリー・ノーレッジ様に在らせられます。
 一体、いつからお聞きになっていたのでしょうか。いきなり出て来られるものですから、ビックリしてしまいました。
 いえ、それより何より驚いたのは、今の話が完全な法螺話ではなかったということですね。「判り兼ねます」とか申しましたけど、百パーセント嘘だと思っていました。
「貴女は今の話を、どちら様に聞かせていただいたのかしら? 貴女の主人として、是非ともその方にお礼がしたいわ。だから、私に教えなさい」
 そのお声は低く、細く、凍てつくような冷たさでした。
 多分、パチュリー様はお訊きになるまでもなく判っていらっしゃると思うのですが、そういう問題ではないようです。
 正直に白状しないと、本気で殺されてしまう気が致します。
「ええと……三十年ぐらい前でしょうか。レミリア様が、修道士の血に酔われた勢いで……」
 パチュリー様の握力が段々と強くなり、私の頭蓋骨をメキメキと圧迫していきます。
 とても、人一倍か弱い体をお持ちとは思えません。このままでは頭を砕かれてしまいそうです。
 と、そこへ、助け船がお見えになりました。
「ねー、パチェー。いい加減、漫画とか置きなさいよ。ホント、あんたは昔から気が利かないわね」
 背後で堪忍袋の緒の切れる音が致します。
 はい。訂正しましょう。お見えになったのは助け船ではなく、スケープゴートでした。
「…貴女達。二人で咲夜を呼んで来なさい」
 パチュリー様が無機質な声で仰いますと、彼女は「えー?」と不満の声を洩らされました。
 私は身の危険と急な御命令に目を瞬いていて、碌に返事も出来なかったのですが、お言葉は淡々と続けられます。
「それと、暇そうだったら美鈴も連れて来て。後で此処の片付けを手伝ってもらうから」
 言い終えて、パチュリー様は私の頭から手をお離しになり、冷たいお声で呪文を唱え始めました。
 スケープゴート改め魔王レミリア・スカーレット様は、その呪文を聞いて酷く慌てふためきます。
「わ!? ま、待って! 待って! それロイヤルフレアじゃないの!?」
 滅多にお使いにならない大技です。蔵書にはパチュリー様が直々にプロテクトを掛けられていますが、そうでない物は黒焦げでは済まないでしょう。
 当然、私達も例外ではありません。此処に居たら、あっという間に蒸発してしまいます。
 私は急いで彼女の手を取り、一緒に走り出しました。その際、うっかり椅子を蹴倒してしまいましたが、もはやそんな物に構っている余裕は御座いません。
「何!? 何で!? っていうかスペルカード! スペルカードは!? ねーッてば!?」
 問い質す時間がお有りなら、一目散にお逃げになるべきだったでしょう。
 我等が魔王様は、何年経っても同じ失敗を繰り返されているようです。

 私達が図書館を出て扉を閉めるのと同時に、隙間から眩い閃光が洩れ出し、甲高い悲鳴が響いて参ります。
 間一髪助かったことに安堵の溜め息を洩らしつつ、彼女は肩を竦めました。
「お姉様ってホントにバカよね。変な脚色とかしなければいいのに」
「いえいえ。どうせなら、最初から最後まで、何もかも創作にされれば良かったんですよ」
「どーして?」
「そうしたら、二人だけの想い出を暴かれないで済むでしょう?」
 そんなことでお怒りになるなんて、我が御主人様ながら、本当に可愛らしいお方です。
 私は微笑ましい話だと思ったのですが、彼女は何だか詰まらなそうな顔をされていました。きっと、お二人の仲に焼き餅を妬かれているのだと思います。
 さて、いつまでもレミリア様の悲鳴を鑑賞している訳には参りません。お言い付けに従い、メイド長の咲夜さんを捜そうと、暗い廊下を歩き始めます。
 そこで、私の頭の中に一つの名案が閃きました。
 早速、彼女にお伝えしようと、精一杯に可愛い子振ってお名前を呼んでみますと、彼女は素っ気無く「なに?」と返されます。
「咲夜さんに、明日のお夕飯はお庭で召し上がりたい、って提案してくださいませんか?」
「なんで?」
「折角の機会ですから」
「なんの?」
「お庭なら美鈴さん達も御一緒出来ますし」
「うん?」
「メイドの方々も誘って、皆で堪能しましょう」
「なにを」
「あ、そうだ。魔理沙さんも呼んでみては如何でしょうか。あの人なら、凄く関心を持たれると思いますよ」
「だから、なにがよ」
 私の的外れな物言いに彼女は苛立ち、ちらりと牙を見せながらお尋ねになりました。
 もっと焦らしても良いのですけど、うっかりやり過ぎて、レミリア様みたいになりたくはないですからね。そろそろ本筋に戻りましょう。
「ほとぼりが冷めたら、パチュリー様とレミリア様は昔話に花をお咲かせになると思うんです」
 そう言うと、彼女は「んー?」と首を捻って考え込みました。
 それから、ほんの三秒ちょっと経って、その手がポンと打たれます。
「わかったわ。つまり、明日は雨が降るってことね」
「はい。それはもう」
 それはとても華やかで、大層美しい、夜空に輝く月を飾る――
「見事な星屑の雨を御覧になれますよ」















「ところで、あなた、今日が日曜日なのわかってて話したでしょ」
「嫌ですね。そんなの当たり前じゃないですか」




 
 お読みいただき誠にありがとうございます。

 今回はレミパチュ(レミパチェ?)です。
 拙作『第五番目のプライム』や『それはこれから見えるもの』(※百合)では良いとこ取りな感じだった魔王様に、恐妻家の一面を見せてもらいました。
 おはなしの中身についてですが、どの部分が真実なのかは藪の中でございます。実は門番なら知っているかも知れません。

 それでは、お疲れ様でした。
昭奈
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コメント



0.690簡易評価
6.100非現実世界に棲む者削除
とても面白かったです。やっぱお互い良い親友ってことですね。
7.100奇声を発する程度の能力削除
良い二人でした
8.100名前が無い程度の能力削除
非常に良かったです。
素敵で私の好みにストライクでした。
9.90名前が無い程度の能力削除
面白かったです、よい話を堪能させてもらいました。
10.80名前が無い程度の能力削除
gj
18.100名前が無い程度の能力削除
すごい良かったです。
やられるのが分かっててもずっと通い詰めるお嬢様すてき。
19.803削除
いいですねー。パッチェさんマチョリーになってません?w
個人的にはめーもみよりも好みかな
23.100名前が無い程度の能力削除
とても良かったです
童話のようなテンポのあるパチュレミの出会いの物語パートの良さもさることながら、それを脚色交じりのレミリアの話とすることで、本当のことは二人だけが知っているという良さがより強調されている気がします
紅い月に降る流星雨のイメージも美しい……