Coolier - 新生・東方創想話

「ヒカリゴケ・幻想怪奇譚」

2013/07/26 10:53:41
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その洞窟から少し入ったところで、それは光っていた、

苔に覆われ、山積みの人骨。
里人が猟の際にここを見つけ、中を見たら光るものが見えたので、近寄ってみたらこの有様だったそうだ。
里では一時期騒ぎになったが、里の守護者が人里からの行方不明者が出ていない事を証明し、博麗の巫女が下手人である暗闇の妖怪に事情を訊いた所、
あっさりと妖怪が全てを白状した為に沈静化した。話によると外来から流れてきて、人里に住んだは良いが馴染めずに里から出て行った者や、
里にたどり着く前に力尽きた者を食べていたと言う。

記事のネタを探して飛び回っていた鴉天狗の記者が、彼女に突撃して取材すると、この洞窟に棲んでいる宵闇の少女は、悪びれもせず言った。
「みんなみんな、もう生きて居たくないから、居た証などいらない、って言ってた。だから、私が食べたの」

宵闇の少女は、胸にかけた虹色に光る涙形の宝石をあしらった、銀の首飾りを揺らしながら続ける。
「でも、何時からかな?みんなの骨を集めて纏めておいたら、いつの間にかこの洞窟に光が差し込むと骨が光るようになったの…でもね、みんな何も言わないの。
 光で何か伝えようとしてるんだと思うのだけど、私には解らなかったの。
 この人たちとは、食べちゃう前にお話をしたけど、みんな夢も希望も無い事を言ってた。死んだはずなのになんで生きてるんだって。
 首を吊ったり、川や湖に飛び込んだり、『でんしゃ』?とか言うのに轢かれたはずなのに、何故だって。泣いてる人もいたよ。」

人里近い寺…命蓮寺の僧と、その仲間達もそこで供養をしようとしたが、無念も何も残っておらず、かえって不思議に思っていた。
もしかしたら、宵闇の少女が食った者の魂やその者の『想い』を引き換えに、良からぬ取引をしている可能性もあったのだが、その気配も無く、皆、首をひねるばかりだった。
この調査に一番関わった、探し物専門の鼠の言では、
「無念どころか普通に宿っている筈の『想い』さえ無い。むしろ生きている事への絶望くらいしか感知できなかった」と信じられないものを見たような顔で答えていた。
「みんな、望んで食われたとしか思えないくらい、この世への未練が無い。まるで念ごと食われたみたいに」とも。 

宵闇の少女は、記者の取材したその言葉に、それが解らないと言う様に訊いた。

「じゃあ、その想いも私が食べちゃったとして、もう何十年経つ人もいるのに、今更こうやって光るのは何故?
 時々思うんだけど、この人たちって『死にたい』って言ってても、心の底では生きたがってたのかな…あんな虚ろな目をした抜け殻になってでも」

記者はその質問には答えられなかった。

宵闇の妖精は淡々と続けた。
「でも、私が人を食べる限り、私はその絶望や哀しみと一緒に生きるよ。それが宵闇が覆い隠すことの出来る、誰にだって見られたくない本音だもの。
 そこら辺に食い散らかされて無念で顎を鳴らしてる人たちより幸せと思うわ。この首飾りもそんな人達の一人が残した『想い』だったのよ?
 ちょっとした偶然で再会して、私が冥界へ送っていった子供。その時に私の腕は一旦炭になってしまったけど、今ではこの通り」
彼女がまくった腕は、陽に焼けた様に変色し、一部が引き攣れて…酷い火傷の痕だった。

人骨に生えていたという苔を、太陽の丘の妖怪に見せたところ、
「ヒカリゴケね。めったに見られない、寒い地方にしか生えない珍しい苔。別に妖気も何も感じないけど…とりあえず生えるはずの無い所に生えたという事は、私達妖怪でも、
 無論人間如きにも解らない何かを伝えたかったのではないかしら?それ以上の事を知りたければ、あの胡散臭いスキマにでも頼むことね」
と言う回答が帰ってきた。
それから二、三の質問をしたが、全て沈黙しか帰ってこなかった。

その胡散臭い、この郷で最古参の妖怪の賢者は記者の取材に、
「私に訊いても明確な答えは無いわよ。ただ、どんな楽園であろうが恵まれた国に生まれようが、絶望すれば誰にでもそこは地獄と変わりないと言う事実があるだけね。
そんな魂が望むことは何か、あなたも解るでしょう?絶望からの開放よ」
スキマの賢者は疲れたように言う
「外界の植物、しかも限定された場所にしか生息しない物を私が呼び込むわけが無いわよ。幻想郷のバランスを崩す可能性だってあるんだから。
 ただ、人間の言う『奇跡』と言うものが起こったのなら、その苔が生えた理由…仮説にはなるけどね、絶望からの開放の希望を与えてくれた事に感謝して、
 と言うところかしら?ただ、妖怪に食われたくらいで輪廻の輪から逃れることは出来ない。それは魂を雁字搦めに釘付けするくびきでもあるからね。
 万に一つの可能性をかけての事なら、それほど虚しい願いは無い。あの宵闇の妖怪にそんな芸当は出来はしないわ…私が知る限りはね」

釈然としない物を感じながら、記者は次の取材先…冥界へ行く。
冥界の管理者は狂い咲いた菩提樹の花びらをもてあそびながら茶をすすった。
「そうねえ、うちにそう言う魂はよく来るけど、その宵闇に進んで食べられたと言う者は来ていないわね。地縛霊化もしていないようだし、これは仮の話だけど
 元居た世界に帰っただけかもしれない。稀に外界に執着があった魂が元居た場所に戻る事はここの世界ではままあるわよ?
 特に絶望の原因がはっきりしている場合、その対象を片っ端から殺してやっと成仏するパターンもあるし、子々孫々まで苦しめる為に怨霊になっている話もあるの。
 外界の例だとそうねえ…八反坊の伝説を調べて御覧なさい」

八反坊はとある地の徴税人だったが、人々には情け深く当たり、税の徴収を延期したり、施しをしたりと民に人気があった。
しかし、上司に当たる庄屋の山田家は、無理やり返せない額の金を貸し付けて、返せないとその家の娘を女郎屋に売り飛ばしたり、苛斂誅求の限りを尽くす暴君で
八反坊とは対立する関係にあったと言う。
そして、ついに庄屋は無実の罪を仕立て上げて八反坊を死罪にしてしまう。
死に臨んで、彼はこういい残した。
「わしが死んだら、その亡骸は山田の家が良く見渡せる山に埋め、塚を作って欲しい。山田の家が滅び、その屋根にペンペン草が生えるまで怒りは止まぬ事は無い。
 最後の一人が死ぬその時まで、わが恨みは常に山田の家と共にあると知るがいい」

その遺言に従い、村人が葬ったところ、最初は八反坊を死に追いやった庄屋自身が最初の標的になった。
彼は内臓を食い破られるような痛みに苦しみ、「腹を切って殺してくれ」と悶死した。
その死の直後、彼の尻から三匹の蛇が出てきたという。
八反坊の怨念はそれだけにとどまらず、跡継ぎが出来ればすぐに病に倒れ、親戚にも類が及び、最後の一人は雷に打たれて死んだ。
山田の家を百年近い歳月をかけて、じわりじわりと滅ぼしていったのだから、彼の怒りがどれほどだったかは推して知るべしだろう。

スキマの賢者にお願いして追加で取材を続けると、八反坊の祠は丑の刻参りなどの呪い成就の神として未だ存在していた。
願いが成就すると、タバコを必ず奉納すると言う決まりもできていた。これは彼が生前、とてもタバコが好きだったからだと言う事だが。

記者はそれまでの話を総合して、そして思った。
絶望を作る原因があるなら、その魂は結界の綻びから元の世界に戻って、復讐なり、自分の憂い事を清算するなりを行うのではないだろうか?
希望を絶たれ、絶望のみを見て、暖かさを求め、冷たく拒否され、答えを求め、問いのみしか見出せなかった魂はどうなるのか。
スキマの賢者は、
「藍の報告では結界が安定しているから、その線は無いわね。この郷は来るのは容易いけど、一旦来たものは何であれ外に出すことを許さないわ。
 霊夢がどうにかならない限りありえないのよ。この結界はね」と、揺ぎ無い自信と共に言った。

記者はそこで手がかりが途切れた事を思い知るが、もう一つ、死者にとって重要な場所があったことを思い出した。

最後の取材先、閻魔庁。
「と、言う事で今渡したレポートについて、こちらにその死者が来ているかどうかなのですが…」
記者の質問に、閻魔は帳簿や書類に目を通すのに余念が無い。
暫く書類に目を通し、サインをひと段落済ませると、裁きの場へ記者を案内し、こう言った。
「そのような者は来ておりませんね。どうしてもと言うならその死者の遺留品をこちらに持ってきていただければ、この鏡が行方を追ってくれるでしょう。
 ただし私は多忙の身なのでこの鏡を通しての閲覧は長くは出来ません」

記者はその言葉に、宵闇の妖精から許可を受けて借りた、死者の遺品を幾つか持って戻り、閻魔と共に鏡の前に立つ。
やがて、遺品から黒い靄が立ち上り、鏡に吸い込まれていった。
それは、一人の男と宵闇の妖怪を映し出す。

『何であなたは死にたいの?』
『俺の居た所ではな、大地震が数年前にあった。その地震で起きた津波で俺は友人も、両親も、全て失ったんだ…。
 周りの連中は「皆同じだ、お前だけじゃない」って言っていたが、そう言った先から親類を頼ってどこかに行っちまった。
 支えがある人間はそれを糧に生きていけるだろうよ。無責任な言葉だけ投げておいてテメエは安住の地を見つけてオサラバだ。
 何もかも失って支えもなく残された人間の先の事なんて考えられねえのさ』
『そーなのかー?』
宵闇の彼女の問いに、男は言う。
『ああ、そうなんだよ。全てが全て強い人間ばかりじゃねえんだ。弱音を吐けば甘えと罵られて、病に倒れればたかがそれくらいでと否定される、そんな国に居たいと思うか?』

宵闇の妖怪は小首を傾げて言う。
『私はずっと一人だし、家族も居ないから解らないな』
男はぼそりと返す。
『知らないほうがむしろ幸せだよ。心が欠けたまんまで生きていた方が幸せな事だってある。』
宵闇の彼女は不思議そうに男の話を聞いていたが、やがて立ち上がり、男に訊く。
『本当に死にたい?』
男は宵闇の妖怪…ルーミアの目を見て一言、返した。
『ああ』

その目に何かを感じたのか、ルーミアは男の前にちょこんと立って、言った。

『じゃあ、最後にお願いを聞いてくれるかな?』
『出来る範囲でな。』
男の言葉に、彼女は言った。
『簡単なお願いだよ。このリボンを解いて欲しいだけ』
その言葉に彼は不思議そうな顔をして言う。
『自分で解けないのか?』
『うん。触ろうとしても何故か触れないから、あなたに解いてもらいたいの』
男はルーミアのリボンに触るが、変化や異常は無い。
『本当に解けないのか。俺は大丈夫だが・・・』
『うん。そして解いてもいつの間にか元に戻ってるの。その間の記憶が無いんだ。私』
『…お前さんもお前さんなりに大変なようだな。』

苦笑しながら男がリボンを解く、と、月光の様な光を纏い、ルーミアの姿が変わる。
髪型や格好はそのまま、ただ、背丈はすらりと伸びて、真っ白い肌に紅い目が光る妖艶な女性の姿になっていた。
その周りには蒼い燐光を放つ球体を帯び、刀身が象牙のように白く、柄が銀で出来た円月刀を従者のように浮かばせている。

「これは…」

記者がその変化に息を呑む。と同時に、映像はそこで途切れた。
「死者の念が完全に無くなりましたね…これ以上の追跡は他の遺品でも無理でしょう」
閻魔もその変化に戸惑うような印象だった。

その後、とある館にて。
そこに居るのは記者…射命丸文と四季映姫、そして八雲紫と…上白沢慧音の四人。
あの一件の後、紫に二人が事情を話し、幻想郷の隠れた歴史を知る慧音を呼んで会談と相成ったのだ。

最初に口を開いたのは映姫だった。
「あなたはあの娘の変化について知っていたのですか?」
その口調は穏やかだが、嘘を見逃すまいと裏に裁きの刃を隠している。
慧音はその問いに対し、あっさり認めた。
「知っていたとも。そしてあの娘があの姿になり、何をしたかを隠したのも私だ」
映姫の口調が詰問に近くなる。
「何故、それを知っていて誰にも教えず、何も言わず黙っているのですか?」
慧音は紫を見ながら言う。
「それを知られると、真相が外来の者達に広がった場合、大挙して逃げられるからな。紫もそれは承知の上だ」

そこで映姫の顔が複雑な面持ちになる。
幻想郷のルールでは妖怪は人里の者を襲ってはいけない。恐れさせたり、自分知らずで斬りかかって来た者を返り討ちにするのは構わないが、基本的に手は出せない。
しかし、そうなれば人間を食料にする者達の存続に関わる。
故に、神隠しや天狗隠しなどで攫って来た人間を人里から離れたところに放り出す。
人里にたどり着ければそれはそれで外界の知識や技術を伝えてくれるだろうし労働力にもなる。よしんば途中で食われたとしても、死体は言わずもがな、魂さえも食らう者も居るので
全く無駄が無い。

外来の人間は妖怪に親しまれる対象であり、そして被食者としての対象でもあるのだーーー人間が獣を狩って食うのと同じで。

そこで文が言う。
「しかし、それだけならその事を隠す必要は無いのでは?」
「それが有るのよ」
胡散臭い笑みで流し目を文に送るのはスキマの賢者、八雲紫。
「ルーミアのあの姿が持っている能力は魂や念を食べること。当然夢も記憶も含まれるわ。そして私達はその記憶の中から郷に都合のいい技術や知識を抽出して、他の連中に回しているの」
そこに慧音が付け加える。
「当然、外界に帰る事を選択する人間も居る。が、この郷の事を必要以上に知られたまま帰られると向こうで言う『都市伝説』を作ってしまう。それが実体化すれば
 外界のパワーバランスも異常をきたすし、その異常はこちらにも影響を及ぼしかねん。下手に知りすぎた人間を『帰還した』事にして葬る事があの娘の裏の顔だ」
文は何か薄ら寒いものを感じながら訊く。
「と言う事は…帰還したと言われてる人間は…?」
その言葉にふっ、と優しく笑って紫が言った。

「私の作った『偽界』に誘導されてあの子の血肉になっているのよ」

文は震える拳を押さえつつ訊く。
「じゃあ、あの苔は…?」
その問いに涼しい顔で紫は言い放った。
「そう。偶然ではないのよ。あの苔が最初生えていた位置を外から見ると外界の言葉になるわ。それでメッセージを伝えようとしたみたいだけど、伝え方が難しすぎたのね」
彼女は文からペンと紙を借りて何やら書き始めた。
「これがそのメッセージ」
書かれた文字は読み取れないが、二種類の言葉が書かれている。戸惑う文に、慧音が解説を始めた。
「これは外来の文字で古い歴史の文字でな、今の外来の言葉で判りやすいものに直すと一つは『Emeth(エメト)』となる。意味は『真理』」
そこで紫が言葉を継ぐ。
「そしてこれから一文字を消すと『Meth(メト)』、『彼は死んだ』となる訳ね。洞窟に人が入ると影が文字の一部を隠してこうなるわけ」

映姫は言葉が出ず、黙って二人を見つめるのみだ。
文は自分たちの文化の一部がその犠牲に成り立っている事実に愕然とする。おそらく映姫も同じだろう。
そうなると太陽の丘の妖怪ーーー風見幽香が必要以上の事に答えなかったことも納得が行く。恐らく彼女もそれを黙認してあやかっているのだろう。

扇子をパッと開いて笑みを隠すように、紫が言った。
つまり、主犯は私と慧音、共犯はこの郷の皆になるわね…もちろん、人里もね。
不快な忍び笑いが部屋に響く。
「でも、あなたが映姫の鏡で見たのも真実なのよ?遺品はより分けて都合の悪いものは処分してしまってるしね。彼らの一部は自分が殺されたことを何とか伝えようとして
 ひとかけらの望みを託したのよ。でも、結果はこの有様」

パシ!と扇子の閉じる音が幕を下ろすように響く。
「私達からの説明はこれにておしまい。何か質問があったら受け付けるわ。ああ、記事にしても構わないけど、それは絶対にばら撒けないわよ。霊夢も解っててやっていることだし、
 魔理沙やアリスも因果は含めてある。郷全体を敵に回して戦争が出来る勇気があれば別、だけどね。神奈子たちも信仰が消えれば自分達の存在が危ないから手は出せないし、
 命蓮寺の連中もまた封印されたくないでしょう。あなた達だけで何とかなる事ではないの。下手すると天界地界を巻き込んでの妖怪大戦争になるわ」

「まさか、大天狗様は・・・」
文の疑問に、答えが返ってくる。
「ええ。そうでなければ印刷の技術、写真機、造影の道具などの支給やそのやり方まであなた達が知るわけが無いでしょう?」
聞きたくない答えが返ってきた。見学に来た外来人に『殆どこちらの世界と同じじゃないか』と感嘆された技術が、まさか。
映姫も怒りに満ちた目で詰問する。
「まさか、閻魔庁全体をたばかって、このような事をしている事が露見しないとでも思っているのですか?これは立派にこの郷全体を裁く罪に…」
「ならないわね。」
さらっと、映姫の言葉は途中で遮られた。相変わらず紫の顔は笑みを崩さない。
「とうに閻魔庁の上の連中は知っていることよ。大体閻魔庁を他の閻魔庁と繋ぐネットワークの構築は誰の結果だと思って?」
映姫は思い当たる。
罪人の人数の報告や罪を告白させるための仕掛け、魔術、禁術の発達、外界から来たと言う品々は彼女の仕事の効率を補助してきた。
着任した時よりも非番になれる日数が増えて、責め苦の中に東洋のものでないものも含まれる事は解っていたが、その結果がこれとは。

「知らぬは下っ端の連中だけ。上申してももみ消されるわよ。紅魔館への食材や魔道書の調達、変異したキノコの実験結果、グリモワールの閲覧と所持の許可、
 それは全部これの恩恵の上に成り立っていること…外界の博麗神社の維持にかかる巫力と修繕も当然、霊夢も知っている。異変にならなければ動かないと言う
 あの子の無関心さが幸いしたわね」

知らないうちに共犯者となって、しかも掌の上でもてあそばれていた、その事実が文と映姫の前に晒されても、彼女達は何も言えなかった。
残酷な事実の前に愕然とする二人の肩に、手が置かれる。
振り返ると、そこには慧音が申し訳なさそうに立っていた。
「悪いが、保険をかけさせてもらうぞ。この会話とこの事件は、これから無かった事にされる」
その声と同時に、彼女達の前に沢山の目が凝視するスキマが開いた。

数日後

「今日も平和ですねえ。紫さん、何かいいネタ有りませんか?密着取材の許可とか」
「浮いた話も異変も無いわね。永遠亭の薬師に簡単な家庭用の薬酒の作り方とか訊いたらどう?」
にべも無い答えに文は困り顔になる。
「タイミング悪いですねえ、そのネタは二週間前に連載でやっちゃったんですよねえ…」
文は暫く腕を組んで唸っていたが、外を見て何か思いついたように言った。
「これから夏ですし、夏バテ防止の料理とかの特集でも組みますかね…?紫さん、何か良いレシピとかありませんか?」
紫はやはりにべもない。
「生憎、夏バテ知らずな生活なので私に訊くより人里で情報収集したほうが早いわよ?外来人とか変わった料理を出すって言うじゃない?」

紫の言葉にはっしと文は手を叩く。
「ああ、そういえば人里で『カリー』とか言うメニューに新しいものが出るって言ってましたね。何でも洞窟に生える珍しい苔を使った緑色の『カリー』とかなんとか」
紫がその言葉に怪訝に反応した。
「苔?料理に?」
文は思い出すように宙を見つめて言う。
「ええ、宵闇の妖怪が時々居る洞窟に生えてる特別な苔らしいんですよ。癖のある味なんですがスパイスと良く合うとか。本来は薬に使うらしいですが…」
紫は興味を持ったように訊いてきた。

「その苔って、光ったりするの?」

紫は薄氷を踏むような様子で問うが、それを笑いながら文は否定する。
「そんなあ、魔法の森のキノコじゃあるまいし光る苔なんてこの郷にあるわけないじゃないですか」
文は思い出したように。
「これからちょっとアポとって取材に行きますけど、紫さんはいかがします?」
「あなたのレビュー次第ね。頑張って食べてきて頂戴」
「あやややや、あわよくば一緒に行って奢って頂こうと思っていたんですがねえ。仕方ない、一人で行ってきますよ。お邪魔しました」

文が飛び去り、その姿が見えなくなって、紫は口元に静かな笑みをたたえた。
「慧音もいい仕事するわね。幻想郷を保たねばならない身としては助かるわ。映姫のほうも小町の話ではさしあたって何も無いようだし。」
そう言って、彼女はスキマに身を躍らせて消える。

『全ての罪業は、慧音の分も含めて私だけが背負っていけばいい。今は何も思い出さずにこの瞬間を謳歌なさいな。』

誰も居なくなった八雲邸に、主無き声が響く。
だが、それを聞く者は、誰も居ない。
あとがき
夢野久作「空を飛ぶパラソル」を思い出して、前に没にしたものを大幅に加筆修正して原形残してません。
ドグラ・マグラと言いこの方の心の中をいっぺん覗いてみたいものです。
みかがみ
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コメント



0.400簡易評価
1.100非現実世界に棲む者削除
凄いな...ルーミアが幻想郷のバランスを保つ存在であったとは。色々と深くて感服いたします。
お盆の季節にはぴったりな作品かもしれません。

私なりの解釈ですが、行先のない霊達は花にとり憑いているのかもしれません。それこそ紫の桜にでも.....

人知れず幻想郷では人妖達が謳歌している。
我々外の人間も余生を謳歌しようと思いました。
素晴らしかったです。
それでは長文失礼いたしました。
2.100奇声を発する程度の能力削除
雰囲気も良く面白いお話でした
3.100絶望を司る程度の能力削除
非常に興味深い話でした。
9.100名前か無い程度の能力削除
ひかりごけ事件を思い出した。あの話もへビィだか、この話も相当へビィだ。間違いなく。
ある意味、生きる事はそれだけで残酷なことなんですよね。それを痛感させられる作品でした。
ちなみに、ドグラ・マグラのあれは深く考えたら負けだと思ってる。
10.70名前が無い程度の能力削除
んー、追求者二人の心情がもっと欲しかったところです
暴いてどうするつもりだったのか、あるいはどう思ったのかが明示されないまま「無かった事にされた」ために消化不良感が
その処置に及んだということが物語っているような気もしますが、霊夢や各勢力トップはともかく魔理沙やアリスまで通ってるような話をなぜこの二人だけが、という点も残りますし
面白く肝の冷える話でしたが、そこが惜しかったです
16.903削除
怖えええええ!! 今まで読んだ東方SSの中でも数本の指に入るくらい怖かったです。
「本当は怖い幻想郷」という言葉がありますが、まさにその言葉がぴったりなのではないでしょうか。