Coolier - 新生・東方創想話

やがては風の流れるままに

2013/07/17 18:27:31
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 あなたは彼女の舟に乗っている。


 肌寒い春の夜明け前、三途の川の霧は深い。
 彼女はあなたに話しかけるだろう。
「とうとうあんたを乗せる日が来たか」
 その声はあなたにしか聴こえない。川には他に誰もいない。
「随分長かったような、あっという間だったような」
 舟が霧の中を行く。彼女が言葉を途切れさせると、あとは舟と水面の奏でる、ちゃぷ、ちゃぷという音だけである。
 あなたはじっと、それを聴いている。



「いろいろ話はしたけれど、実際乗るのは初めてだろ。乗り心地はどうだい」
 悪くはない、とあなたは思うだろう。決して良くもない、とも。
「そうだろそうだろ、この豪華客船に不満はないな」
 どうか彼女の妄言は見逃してあげてほしい。恨むならば貧乏を、是非曲直庁の財政難を恨んでほしい。このボロ舟が精一杯なのだ。
 彼女は快活に笑って、暫く舟を漕いでいくだろう。
 あなたはじっと、それを見ている。



「屋台通りは見てきたかい? 時々顔見知りが店長になるんだ。あんたもそういう輩と会ったかもしれないね。無駄遣いはいけないけど、ここで取られるもあそこで遣うも同じことだ」
 ここに辿り着くまでに、あなたはその道を通っただろう。
 中有の道の屋台通りは、死者と生者が入り乱れる。残念ながらあなたには、知り合いを見つけられなかった。
「あたいがここに居てよかったな。向こうまでの道で知り合いに逢える確率は、四季様が天国行きを命じるより低い」
 どうか彼女の妄言は聞き流してほしい。割合の問題で、たまたまちょっと偏っているだけなのだから。
 それについては後でゆっくり、あなたと話し合えるだろう。
 肌寒い春に朝が来て、川の霧は変わらず深い。



「わざわざ言うまでもないけど、この川幅は手持ちの金額で変わる。あんたはもうちょい少ないと思ってたよ」
 あなたは舟に揺られながら、此岸が見えなくなったことに気が付くだろう。
「あれだけ好き勝手やってたのに、随分慕われてたんだねえ」
 あなたは仲の良かった人物を、ひとりひとり思い浮かべる。
 氷精、河童、天狗、鬼、巫女。大体そんなところだろうか。
「でもやっぱり、一人分くらい多い気がするんだよ。あたいの知らない誰かがいるのかねえ」
 あなたは少し戸惑うだろう。大丈夫、それは彼女の思い違いだ。
 その一人分はあなたの目の前で、ちゃんと舟を漕ぎ続けている。



「しかし、随分長く生きたもんだ――」
 あなたはそれに頷くだろう。長く生きた。神仙くらいにはなれたかもしれない。
 だけれどその道は選ばなかった。それを、あなたは誇っていい。
「それに、随分いろんな話をした。憶えてるかい?」
 もちろんあなたは憶えている。その殆どは世間話だ。
 彼女がサボっているのを見つけては、くだらない話をしに行った。
「あそこの団子屋が美味いだの、人里で起きた事件だの、そういう話ばっかりしたな」
 あなたはそれを、じっと思い出している。



 霧はとうとう濃くなって、彼女の姿さえおぼろげに見える。
 ただ、ただ、彼女の声だけが、三途の川に響いている。

「あんたに言いたいことがあった。そんな気が、ずっとしていたんだがねぇ」
 彼女はそう言って、舟を漕ぐ手を止めるだろう。



「何か言おう、あんたに言おう、って思っていたんだけれど」
 霧は彼女を覆い隠して、あなたは何も見えなくなる。
「おかしいねぇ、何も言えない。あたいの大事な友人に、かけてやれる言葉が出ない」
 あなたは彼女の声が、震えていることに気が付く。
 だけれどあなたにも、何も言えはしないだろう。
 深い深い霧のなかで、あなたは彼女を見失う。
「あたいたちは、本当に長く生きすぎたんだねえ――」



 静まり返った三途の川に、すん、と鼻を啜る音だけがしている。
 そのほかに聴こえるのは、舟と水面の奏でる、ちゃぷ、ちゃぷという音だけである。
 霧はゆっくりと晴れはじめている。彼女の赤い髪を、あなたは見付けることができる。
 春の日差しはあたたかに、あなたたちを照らしはじめるだろう。
 そうして彼女は、再び舟を漕ぎだすだろう。
 だけれど、今は。

 ――この霧がすっかり晴れてしまうまでは、彼女のサボりを見逃してほしい。
 それがあなたに積める、最後の善行なのだから。
 

あなたは此処へとたどり着く。


  ◆

二人称小説を試してみたくて書いた。今は鬱々している。
これまで基本的にはハッピーエンドを書いているので、こういう誰も幸せにならない話は如何なものかと思いつつ。
梶五日
8.itsuka@gmail.com
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コメント



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4.90名前が無い程度の能力削除
あの子かな、あの子かなと予想してましたが、小町と縁深いあの子でしたか。
送るとき、複雑でしょうねえ。
5.90奇声を発する程度の能力削除
うーむ…
何とも言えない感じになりました
8.80名前が無い程度の能力削除
どんな気持ちだろ?肩の荷が下りたって感じかな?
12.70名前が無い程度の能力削除
ハッピーエンドではないけれど、悪くない死に様だと思うけどな。
15.803削除
「あなた」と書いてあるから読み手かと思ったら実際の東方キャラっぽいですね。
誰だろう。華扇かなー?
なかなか雰囲気がありました。