Coolier - 新生・東方創想話

愚者の骨休め Ⅱ

2013/07/15 18:36:38
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神も悪魔も人間も妖怪も住まう世界…幻想卿

その幻想郷の平和を担う巫女が
住む神社の一室の布団の上に一つの闇の球体は鎮座していた。

「……人修羅、起きてっ!」

……耳に入る…古き友の
高い声に微睡みの中にいた人修羅の目が開かれるが…目に写った自分の
体の真上は神社の木張りの天井では無く、何も認識できない宵闇の空間である。

「……人修羅ー、ルーミアが闇を纏ってるよ」

寝耳に水の寝覚めに停止していた人修羅の思考が
古き友の指摘に再動し、即座に体を起こした。

「…お早う、人修羅!」

闇の中から抜け出てきた呆けた顔の人修羅の目の前に浮かぶ
古き友が翻り、陽気な声で挨拶をした。

「そうそう、ルーミア起こしてくれる?あの巫女さんが
もう朝ごはん出来てるって」

…口振りからすでに起きていたと
思われる古き友の頼みに人修羅が浸かっているルーミアの闇を見下ろした。
…その闇の中から小さいルーミアの寝息が微かに聞こえてくる。



闇の中心で眠っているルーミアに人修羅が
声をかけるが、寝息が止まることはない。



…今度はさっきよりも少し大きい声
で人修羅が呼びかけるが、寝息のリズムは微動だにしない。

「…しょーがないわねー…人修羅、揺すって起こしてあげて」

古き友に言われ、人修羅が自分が
浸かっている闇の中の手を動かして、探り始めた。
闇の中の被っていた布団に手を
下ろし…軽く押すと、布団越しのルーミアの体の弾力が手から伝わってくる。

「……大丈夫?噛まれてないよね?」

心配する古き友をよそに人修羅が
手を微細にゆっくりと布団の上の方向へと
動かしていく内に布団とは違う布の感触にそこがルーミアの
服の部分であると予想し、そのまま掴んで手を上下に揺すった。

「んーんん……」

体を揺らされたルーミアが不快を示す高い呻き声がはっきりと部屋の中に響く。

「……すー、すー…」

…聞こえた声に人修羅が体を揺する手を
止めるが、またルーミアが気が抜けてくる小さい寝息を立て始めた。

「……朝ごはんは残してあげるとしましょう」

古き友の提案に人修羅も依存は
無いようで、腰を上げて、闇の中の
布団から体を引きずりあげると両手を上げて、大きく体を伸ばした。
…体の伸びを終えて、手を
下ろした人修羅の頭にいつもの様に古き友が乗り上がった。







「…んー、いい天気ねー…」

人修羅が戸を開けた途端に差し込んできた眩しい陽の光に目を手でおおいながら
古き友がどこか満足気に言葉を漏らした。

「…カグツチじゃないけど、晴れたらやっぱり気分はいいものね」

秋口の冷たいものの耐えきれない程でもない…清浄さを
感じる朝の空気を古き友が肺一杯に吸い込み、深呼吸する。
その空気が肌を撫でると人修羅のまだ少し残っていた眠気も瞬時に吹き飛んだ。

「空気も綺麗で美味しいしねー」

「…所で人修羅、さっきのー…」

上々の天気に機嫌のよさそうな古き友が人修羅に不意に声を掛けた。
…その声色からいつもの様に自分をからかうのだろうと、居間へと歩く人修羅の
良くなっていた気分が少し陰る。

「……ルーミアの体のどこ触ってたの?」




「……へー…そうなのー…」

人修羅の返答に古き友が楽しくて堪らなそうにクスクスと笑った。

「…まっ、人修羅なんて甘ちゃんな上に甲斐性もないからねー」
「女の仲魔に手出しなんて一回もしたこと無いしー…」

古き友の嫌味に息を一つ吐いて、人修羅が程もなく着いた目の前の居間の戸に手を
掛けて引き開けた。






この建物の憩いや食事や会話が成される部屋

「…もぐもぐ」

そこでちゃぶ台について口内に詰まった食べ物を咀嚼しながら、霊夢が
戸を開けた人修羅に顔を向けた。

「あれ、お先に頂いちゃってた?」

古き友が口に入れた食べ物で頬をふくらませている霊夢に声を
掛けると、霊夢が傍の湯呑みを仰いだ。

「…お先に頂いてたわよ、お腹すいてたんだもの」

湯呑みを置くと居間に入ってきた人修羅と古き友を気に留めずに霊夢が
大皿に乗ったおかずを箸で摘み、口に運ぶ。

「…愛想のない巫女さんも食べてることだし、私達も食べよっか」

古き友に言われ、居間に入った人修羅がちゃぶ台に目を落とすと、箸と茶碗と取り皿が
それぞれちゃんと二つ並べられている。

人修羅が腰を下ろし、ちゃぶ台について箸を取ろうとすると、大皿からおかずを
取ろうとしていた霊夢と目があった。



「…お早う」

人修羅の挨拶に霊夢が低い声で挨拶を返して、またおかずを取り皿に移した。


「…使ってる油が古いんじゃない?霊夢」

不意に耳に入った…この場にいないはずの者の言葉に即座に人修羅と
古き友が振り向いた。

黙々と朝食を済ませていく霊夢の横に…いつのまにか座っていた紫が
振り向いた人修羅と古き友と目を合わせると、目を伏せて
頭を下げる。

「…そろそろ変える予定よ」

横目で霊夢が動じもせずに大皿のおかずを
摘んでいた紫を一瞥すると、お椀の味噌汁を啜った。


「…御免なさいね、お食事中に」

そう言ってまた謝る紫に古き友が怪訝な面持ちを浮かべる。

「…まあ、食べる前だから良いわよ」
「…あたしは良くないわよ…食事中じゃなくてもね」
「あなたに謝っていないわ、霊夢」
「…あっ、そっ……ご馳走様」

相手にしていられないと悟ったのか、霊夢が手を合わせて、空の茶碗等を
抱えると、立ち上がり、台所へと歩いて行った。
台所に引っ込もうとする霊夢を一瞥すると、紫がちゃぶ台の上の
並べられた箸と茶碗に目を落とす。

「…誰か来るのですか?」
「…ああ、今ね、ちょっと……」

首を傾げた紫に話しかけられて、古き友が返答を詰まらせる最中に引き戸を引く
音が居間に響いた。

「……ふあああーああ…」

引き戸を開けた古き友が言うここに来る予定だった者…ルーミアが、大きく
長い欠伸をして目を擦った。

「んー…お早う、人修羅ー…ふああ…」

まだ眠気が収まっていないのか、部屋に入ったルーミアが言葉尻にまた欠伸を
漏らした。

「…お邪魔のようですので、一度席を引かせて頂きます」

うつらうつらと頭を揺らすルーミアを一瞥すると、紫が
立ち上がり、座っている人修羅に頭を下げた。

「…後でまた来ますので」

そう言い残して声もかけずに紫がルーミアの横を通って、引き戸を閉めた。

「…どうにも怪しい感じするね、あの妖怪って」

紫の姿が見えなくなると、古き友が人修羅に静かに耳打ちした。



「…全くだわ」

人修羅の返答に古き友がうんうんと首を動かし、頷いた。

「…ただき、まあ…す」

人修羅と古き友の戦慄を他所に、ルーミアもよたよたと座り、箸を取った。

「……ぐー…」

手を合わせ終え…そのまま食べ始めるかと思われたが、今度は
ちゃぶ台に突っ伏してルーミアは寝息をまた立て始める。

「はー……」
「…妖精さん」
「…んー?」

紫が去ったからか…急須と小さいお猪口を手に持った霊夢が居間に戻って来た。

「お茶はどう?」
「…頂戴な」







「…それで」

縁側で朝食を済ませた面々が並んで神社の縁側に座って、また
来ると言い残した紫を待つ最中……

霊夢がまだ来ない紫を待つ間の暇つぶしも兼ねての湯呑みのお茶を啜った。

「……いつ来るのよ、あのスキマ妖怪…毎度毎度説明はないわ……」

誰に聞かせているのか、不機嫌そうな声で霊夢が愚痴を零す。

「…私だって聞きたいわよ」

人修羅の頭の上の古き友が霊夢の言葉に呆れた素振りを見せる。

「…絶対ろくな事じゃないわ、あいつの事だし」

不機嫌を表す低い声で紫の憎まれ口を叩く霊夢の横で
座っている人修羅が、また横で座っているルーミアに人修羅がふと目を移した。

「ふー…ふー…」

まだ湯気を立てている霊夢に淹れてもらった湯呑みの中のお茶を両手で抱えて、息で
冷ましながら、地面に付いていない短い両足をルーミアがブラブラと揺らしている。

「……ん?」

人修羅の視線に気付き、ルーミアが顔を人修羅に向けた。

「…どうかしたー?」



「…そーなのかー」

人修羅の返答に気の抜けた相槌を打つと、また湯呑みの中のお茶を冷ますことに没頭し始めた。

「…ほんとにおっそいなあー」
「あいつの場合嘘もつくから、今日は来なかったりしてね」


……またしばらくして…変わらない状況に古き友がたまらず音
を上げて、霊夢が相槌を打った。

「………ん?」

延々と続くその状況の中…霊夢が湯呑みの中の茶を飲み干してしまうと、この
場の一つの異変に気づき、眉を顰めた。

「…ねえ、何か聞こえなかった?」

人修羅の頭の上の古き友もその異変に気づいたのか、霊夢よりも
先に周りに聞き始める。

「んー……何か、ブロロローって…」

ルーミアにも聞こえていたようで、聞いた音を口で真似をした。

「……人修羅は聞こえた?」



「「「…車?」」」

同じく聞こえていた人修羅の返答を聞くと、聞きなれないその単語に、一同が
揃えて復唱した。

その内に…何事かと騒ぎ立てる面々の座っている神社が、カタカタと
音を立てて揺れ始める。

「…そろそろ、お出ましのっ…!?」


はっきりと見て取れるその異常事態に腰を
上げようとした霊夢の機先を制する様に鋭く、高い…鼓膜を
つんざく音が辺りに響き渡り、たまらず霊夢が耳を塞いだ。

「…何…?この…お、と…っ!」
「…騒音なの、か…っ!」



縁側の面々が耳をふさいで
不快な金属音にこらえる中……人修羅が庭に下り立ち…すぐさま
これから起こるかもしれない不測の事態に身構える。

庭に立って備える人修羅の目の先

…その何もない中空に赤色のリボンが二つ浮かび、間の空間が
切り裂かれたかのような穴が空くと、そこから何かの
物体が飛び出した。

その物体が神社の庭を人修羅達の目の前を横切って疾走し…先程よりも
甲高い金属音を鳴り響かせながら、疾走の速度は緩まり……庭を
縁取る木々にぶつかる前にそれは停止した。


「っ…何…あれ?」

音が止み……耳を塞いでいた両手を下ろして、現れたその存在を
目に入れた霊夢が困惑に、怪訝な表情を浮かべる。


「……骸骨?」
「……骸骨なのかー」
「……骸骨みたいね」

現れたその音の主の姿に……一同が、口を揃えた。

縁側の面々が、固唾を飲んで見据えるそれは……人修羅の知っているものとは
かなり形が違うが、たしかに現れた
それの形状は人修羅が元いた世界の車と思える物だった。
しかし……それを操作し、動かす事が出来る席に座っている者
は、車という物を作った人間ではない。

そこには人間の体から肉と皮と臓物を剥ぎ取って残る物…服を着た
骸骨しか存在していなかった。

「…まさか、あの人修羅と戦った奴じゃあ…」

古き友が記憶の中に、かって人修羅と戦った存在を思い出し、警戒を
強めると、運転席の骸骨がぐるりと首を回した。

「…誰か乗ってるみたいね」

骸骨が回した首の先に誰かが乗っていることに霊夢が、気付くと
その後部座席に乗っている人物に喋りかけるように、カタカタと骸骨は
顎の骨を動かした。

「……」

運転席の骸骨のその挙動に人修羅の後ろで座っていた霊夢も袖から棒を
取り出して、立ち上がる。


人修羅と霊夢が庭に立ち…二人の鋭い眼差しを向ける先の車

そのドアが開かれ…後部席に乗っていた
者が、庭に下り立ち…二人の前に姿を表した。

「…どうかなさいましたか?お二人とも…そんな剣幕で」

「………っ」

車の中から出てきた…睨みつける二人を不思議そうに首を
傾げる紫の姿を目に入れた途端に霊夢がずかずかとした
荒々しい足取りで紫に近づき、人修羅よりも先の位置で立ち塞がった。

「…何で怒っているかわからないけど、もう少し待ってくれない?」
「…待ちたくないから、待たない」
「もう少ーし待てば程よく浸かるわよ?」
「さっき食べたから、今はお腹いっぱいなのよっ!」

「……ホント何やってんの?あの二人」

何度か見た二人のやり取りの繰り返しと喚く霊夢の相手をせずに平然と
構え続ける紫の様に古き友が呆れた顔でその様を眺める。

「…大体、人修羅さんに用があるんじゃないの?あんたっ!」
「そうですが…」

「……なんや、騒がしいな」





…騒然と二人が口論をする中でもう骸骨以外乗っていないと
思われた車から、聞こえてきたその声にこの場にいる全員が振り向いた。

「まったく…静かにしてくれへん?」

車の後部座席の奥に乗っていた声の主がゆっくりと車から地面へと降り立つ。

背丈や体格が小さい…白いワンピースの少女

…服だけで無く、肌はそれ以上に白く…何故か目を瞑ったまま
佇むその少女はどこか浮き世離れした空気を辺りに漂わせていた。


「……申し訳ございません」
「…口先だけの謝りなんていらんわ」

どこか不機嫌そうに…怒りを堪えている様子の即座に謝る紫に臆面
もなくワンピースの少女が嫌味を吐き捨てた。

「…あの子、何だろう?」



「……まあ、そうね」

人修羅の返答に古き友が人修羅の頭の上で身を強張らせ、警戒を強める。

「…ちょっと、そこの!」
「えっ、私?」
「うちの事…なんか言うたかあっ!?」
「っ…」

不意に、傍にいるものの耳が鳴りそうな程の大声でワンピースの少女が古き友に怒鳴りつけた。

「っ……な、何も言ってないわよー…」
「…フン」
「…はー、びっくりしたあ…」

急にワンピースの少女に大声をかけられて、驚愕で騒ぐ胸を古き友が撫で下ろす。

「…というか、そもそもといえば…あんたやっ!」

古き友に大声で罵倒したワンピースの少女の溜飲は未だに収まっていないようで、今度は
傍の紫に至近距離でその大声を叩きつけた。

「勝手にここに連れてきて、さっさと帰してくれへんかっ!?」
「………」

ワンピースの少女の大声を間近で受けても紫は全く顔色を変えずに…只、ワンピースの少女の顔を見下ろしていた。

「……聞こえんのやったら、耳元で…」
「目を開けてみて下さい」
「………は?」

ワンピースの少女の罵倒に全く反応せず…ただ黙って自分の
顔を見下ろす紫に今すぐにでも業を煮やしそうなワンピースの少女に紫が
唐突に目を閉じているワンピースの少女に返答ではない言葉を投げかけた。

「…何言うてんの?うちの目は…」

文句をつけながらも紫の言葉に従い、ワンピースの少女が閉じていた瞼を開いた。

「……えっ」

瞼を開いた瞬間…ワンピースの少女が何かに驚き、首を何度か振ると、両手を
顔の前に掲げ、それを見下ろした。

「…何や…これ……見える…目が…っ!」
「……」

まるで何かが見える事が初めてであるかな様に…自身が抱く感情に、震える両手を
見下ろしたまま、動かないワンピースの少女から紫が傍の霊夢に顔を向けた。

「…霊夢、この方を頼みますよ」
「…断っていーいー?」
「拒否権はないわ」

眉をひそめて、許諾を渋る霊夢に憮然にそう吐き捨てると、紫が次に人修羅に顔を
向けて小さく頭を下げると、背を向けた。

「…っ!ちょい待ちぃ、どこ行くきやっ!」

この場を去ろうとする紫に気付いて、その背にワンピースの少女がまた大声をぶつけた。

「…まだ、話はっ!」
「串蛇様」

思い出したように憤るワンピースの少女に、振り向かずに背を向けたまま紫がワンピースの少女に声を掛ける。

「もうすぐ迎えが来ます…私とは違い…あなたと親交の
深い方ですので、ご安心を」
「えっ……誰や、それは……」

背を向けたままの紫の言葉を聞いて、ワンピースの少女が何故か
急に気勢を収め…紫の背を睨みながら、怒りを堪えつつも、静かな声で質問した。

「蛇ではございません…ご安心を」
「………」

その返答にもう紫に食って掛かる気はなくしたのか…ワンピースの少女が両手を
垂らして、押し黙った。

「…失礼します」

頃合いと思ったのか…紫が車へと歩き始める。
そのまま車のドアに手をかけるが、急に運転席の骸骨が窓から手を
紫の目の前に突き出した。

「…しっかりしてること」

息を一つ吐いて…紫が懐から銭を取り出すと、服から出ている骸骨の手の
骨の上に置いた。
手の上に銭が載せられると骸骨が手を引っ込めて、またカタカタと音を
立てて歯の骨を鳴らした。

「それでは…また」

紫が乗り込み、ドアを閉めると骸骨が運転する車が、轟音を立てて、急発進する。

勢いをつけて走行する車がすぐに向かいの木々にぶつかりそうになるが、直前で
旋回し、今度は反対方向に更に勢いをつけて走り始める。

その先に……現れた時と同様に中空に赤いリボンが二つ浮かび、その間の
空間が大きく広がり…
車はその中へとそのまま走行し、吸い込まれていった。








「……動かないね、あの子」

紫が去って……また暫く

…縁側に戻って、腰掛けている人修羅の頭の上の古き友が、未だに庭で
立ち尽くしているワンピースの少女の姿を気にかける。

「動かないのかー」
「…ねえ、巫女さん…たぶんあの妖怪のやろうとしてる事に巻き込まれた
だけの人みたいだし…一旦匿ってあげたらどう?」
「…さっきもそうしようとしたけど、突っぱねられたじゃないの…」

紫がこの場を去り…霊夢は一度pに話し掛けて、匿おうとしたが
その気遣いは相手の拒否に無駄に終っていた。
また湯呑みのお茶をすすりながら、霊夢が口を曲げて古き友の提案を否定した。

「…さっきの口振りからすると、いきなりここに連れられてー、な
感じだったから…もうそろそろ落ち着いてるんじゃないの?」
「そうね……もういつぞやの妖精みたいに神社ごと吹き飛ばすような
真似もしでかさないでしょうから…改めて行ってくるわ」
「…怒らせたのはそっちでしょうに、失礼な…」

湯呑みを縁側に置いて、説得に応じた霊夢のワンピースの少女へと近づいていく霊夢の背を
古き友が睨みつけた。


「……ねえ、あんた」
「…何や」
「っ…そう睨み付けないでよ」

ワンピースの少女へと近づいた霊夢が声をかけた瞬間に向けられたワンピースの少女の冷たく、鋭い眼光と
返事の声に込められた警戒と敵意に霊夢がたじろいだ。

「…すぐに迎えが来るんでしょ?」
「はっ…どうやろか」

霊夢の問いに愛想もなさげにそっぽを向いてワンピースの少女が毒づく。

「……大体、あんたもあんたで信用ならん…あの…紫とかいう奴と
仲があるみたいやしな」
「それに……さっきあいつと話しとる最中に、ウチを引き取るのを
随分と渋っとたやないか」
「…迷惑やったら、ほっといても構わんわ」
「ぐっ…」

ワンピースの少女の強い警戒を示す宣言と共に先ほどの汚点を突かれて霊夢が
言葉を詰まらせる。

「……はいはい、もー…とりあえずお茶入れ直してあげるからさー」
「…縁側で座ってでもして待っててよ」
「……」


…不信と敵意を漲らせるワンピースの少女に霊夢がため息を吐きながら、頭を掻いて
それだけ言い残すとまた縁側へと戻っていった。

「……何というか…愛想は振りまいておいたほうが良い物ね、巫女さん」
「五月蠅いわね…とにかく私はお茶淹れて来るから…あの子を刺激しないでよ」

声をかけてくる古き共に、口を曲げながら霊夢が指示を
下して、縁側に登り…神社の奥の台所へと引っ込んでいった。

「やれやれ…これだから人間は…ん?」

古き友が霊夢の態度に嘆息しながら、ワンピースの少女に視線を戻すと先程まで庭に立ち
尽くしていたワンピースの少女が腕を前後に大きく振って、大足で人修羅達が座る縁側へと
足を進め…古き友が声をかける間もなく、人修羅の横でワンピースの少女が足を止めた。

「どっこいっ……しょっ、と…」

そのままワンピースの少女が縁側に背を向けて、体を投げ打つような勢いで縁側に腰掛けた。

「あーああ……しょーもなーああっ…」

縁側に腰掛けたワンピースの少女が、そのまま縁側に背を預けて寝転がると、両手を上げて
間延びする気の抜けきった声を高らかに上げた。

「……ん?」

寝転がったワンピースの少女が縁側の自分の頭の傍にある霊夢があとで食べようと
置いてあった煎餅が数枚乗ったお盆に気づき…それを目に停めた。

「…なーっ、巫女さ~んっ!」

それをしばらく見つめていたワンピースの少女が、体を起こして引き戸
が開けられた神社の居間の奥の台所にいる霊夢に大声で呼び掛ける。


「……なーにーっ」
「煎餅、貰てもええかーっ!」
「…どーぞーっ!」

台所の霊夢の大声の返答に、ワンピースの少女がすぐに傍のお盆から煎餅を抜き取った。
手に取った煎餅をワンピースの少女が躊躇なく齧り付き…煎餅が噛み砕かれる音が
あたりに響き始める。

「……何や?」

先程からの……触れるだけでも躊躇われるような態度とは一転した
ワンピースの少女の物怖じしてる部分が見受けられない行動に、呆気にとられている人修羅と古き友
の視線に気づいてワンピースの少女が二人に目を合わせた。

「……食べたいんやったら…ホレっ」

体に浮かぶ紋様や首に生えた角…その頭の上の古き友にも動じた様子もなく、ワンピースの少女が
お盆から煎餅を二枚抜き取ると、それを人修羅に差し出した。

突き出された煎餅を人修羅が受け取り…端の方を二本の指で掴み、小さく砕いて頭の
上の古き友へと手を伸ばした。

「…貰といて悪いけど…やっぱり、洋菓子のほうが好みやな…」
(…結構図太いわね、この子……)

煎餅を噛み砕きながら、感想を喋るワンピースの少女に内心で呟きながら、古き友が人修羅に差し出された
煎餅の欠片を手にとって、大口を開ける。

「……人修羅、ちょっと」

煎餅に齧り付く前に古き友が何かに気付き、人修羅の頭を叩いて横を見るように促した。

「……」

古き友に言われて横を向いた人修羅の目の前…ルーミアが
指を加えて無言でじっと人修羅の持っている煎餅を見つめていた。

…物欲しそうにしているルーミアに人修羅が手に持っている煎餅を両手で掴み、細心
の注意をしながら手に力を込めて、煎餅を割った。

予定通りに、二分の一と辛うじて言える形状になった煎餅の片方の欠け
ていない部分をルーミアに人修羅が手渡す。

「…ありがとっ!人修羅っ…」

心の底から嬉しそうな笑顔を浮かべると、ルーミアが渡された煎餅に勢い良く齧り付く
それに習って人修羅も煎餅に噛み付き、手を捻った。






「太陽の光…青い空…そこに浮かぶ雲…」
「……」
「その下の地面に立つ木…そこから、落ちた葉…」

お盆の中の煎餅も無くなり……縁側で座るワンピースの少女は、首を傾け、顔を
動かして、腰掛けている縁側から見える全ての物を
珍しい何かを見る様に喋り…それらを絶えず、目に写し続けていた。

「…こういうもんやったんやなあ…」

「…あんた、まるで初めて物を見てるみたいな口振りね」

感嘆の口振りと身振りを繰り返すワンピースの少女の横に座る霊夢が、
ワンピースの少女と同じ様にそれらを眺めながら、声を掛けた。

「…あんたっ、やのうて、ウチの名前は串、蛇、や」

横に座る霊夢の呼ばわりに名乗り上げた少女…串蛇が
不満げに口を尖らせながら、訂正を求めた。

「…御免なさい、串蛇」
「で…ウチが名乗ったからには、あんたも名乗って欲しいけど…」

早々に謝罪の言葉を述べる霊夢に、今度は串蛇が、名前を聞き返した。

「…私は博麗霊夢…この神社の巫女を勤めている者よ」
「それと串蛇さんの横の角の生えてるのは人修羅さんに、頭の上の
そのおまけ…更にその横は人食い妖怪だから、下手に近付かない様にね」

頼まれた通りに霊夢が名乗ると、続けて横の人修羅達の紹介も
本人達の有無も無くぞんざいそのものな扱いで終えられた。

「…博麗神社じゃなくて失礼神社の巫女じゃないの?」

おまけ扱いをされた古き友が、眉を顰めながら、茶をすする霊夢に嫌味を吐く。



「はいはい…悪かったわよ、おまけじゃない妖精さんね」

人修羅の言葉に、霊夢がうっとうしげに軽く謝った。

「…何や、ようわからんな…あんたらて」

話を交わす縁側の面々の顔を見渡しながら、串蛇が怪訝な表情を浮かべる。

「…分らないのは、こっちも同じよ…色々とね」

串蛇に言葉を返してまた霊夢が茶をすすった。

「ねえ、串蛇ってさー…私みたいな妖精を見ても驚いてないけどー…
串蛇は人間じゃないの?それとも、こういうのに慣れてるだけ?」

「…」

古き友の質問にやはりまだ面々に不信は残っているのか…串蛇が
俯いて自分の足元をじっと見下ろした。

「せやな…ウチは人間やけど、あんたらみたいなのには慣れとるよ」

古き友への返答と共に、串蛇が頭を上げて、首を
傾け…空を仰いだ。空を眺める瞳に光は無く…どこか
虚ろなそれに、空の景色を串蛇は写し続ける。

「…どうもそう言うのには縁が有るみたいでな…」
「と言う事は…悪魔が、ちゃんといるって事をわかっている訳よね?」




「せやけど…それがどうかしたか?」

古き友の質問に答えつつ、串蛇が人修羅の頭の上の古き友に首を
傾けながら、聞き返す。




「…ああ、ようはあんたらもウチと同じ様にここに連れて来られた者か」

尋ねられた古き友のかわりに、人修羅がどうにかの説明をすると
串蛇が、納得して庭の方へと顔を戻した。

「そういえば…串蛇さんには迎えが来るって、あの妖怪が言ってたけど?」

顔を戻した串蛇に、霊夢が先程紫が言い残した言葉を思い出して
串蛇にその事を尋ねる。

「…その前に、あんた…霊夢さんが、あの妖怪と
仲があるんかを聞きたいんやけど…?」

尋ね返す串蛇の声の調子は強く…どこか諌める様な
調子から、まだ信じ切ってない様子だった。

「仲なんてないし、有っても良くないわよっ…」

串蛇の質問に跳ね返す様にうんざりと霊夢が、言葉を返した。

「…私にしたってあんた達と同じ様にあの妖怪の企みの…まあ、被害者ね」

言葉尻を少し迷わせて、霊夢が返答した。

「それは…悪かったな」

口を曲げて苦々しげに、言葉を吐き捨てる霊夢に嘘や演技は無いとしたのか
串蛇が小さい声で気まずそうに謝った。

「…それで、さっきのあのすきま妖怪が言ってた誰が迎えに来るか
だけど…」
「ああ…わからんな」
「確か…仲良い人みたいな事、言ってなかった?」
「はー…仲のええ人ー、かー…」

古き友の質問に馬鹿にする様に間延びした声で、串蛇が返事をした。

「…別にいないってわけじゃないよね?」
「…んなわけあるかいなっ!…全く…」
「ご…ごめん」

串蛇に激を飛ばされた古き友がのけぞりつつ、謝った。

「…とにかく、おるにはおるけど、此処って
普通の所やないんやろ?やったら、来れんわ」
「串蛇も人間だから、仲がいいのも普通の人間って事ね」
「…別に、仲いいわけでもない…普通の人間
やないやつもおるけど…」

今度は霊夢の問い掛けに答えながら、もう庭を見るのは飽きたのか
目を自分の足に落してブラブラと振り始めた。
串蛇自身が、勢いをつけて振る両足を口を結んで
それを眺めている姿はどこか…何かにいらついている様にも見えた。

「…ねえ、人修羅さんと妖精さんは心当たり無いの?」
「…えっ」


唐突な霊夢の問い掛けに古き友と人修羅が戸惑って、聞き返した。

「んー……まあ、妖精さんみたいな妖精を見ても
驚いてないと言う事は、人修羅さん達と同じ様な経験とか
があるって事でー…だったら、人修羅さんとも仲のある人
とか言う事もあるんじゃないの?」
「…まあ…間違い切っていると言う事もないわね…」
「んー……っ」
「ねえ…人修羅…まさかあいつは来ないわよねえ?」

返された霊夢の返答に改めて、古き友が腕を組んで考え始めたが…
その途中で何かを思い立ったのか、苦々しげな顔をしながら人修羅に聞いた。



「……全くだわ」
「誰か思い当たる人でもいるの?」

古き友が、人修羅の返答にうんうんと頷くと、霊夢が
それを聞いて来た。

「…顔合わせた瞬間、銃で撃ってくるわ、刀で斬りかかって
来るわの危険人物よ…出来ればあんまり会いたくないわね」

「っ…」

古き友のその言葉を聞いた串蛇が、振っていた両足を止めた。


「…そいつ、書生服着とらんかったかっ!?」
「っ…ん?…あれ、何で」

「御免下さい、ここは…っ」

迫って来た串蛇に驚きつつも、古き友が串蛇の質問の内容に聞き返そ
うとしたが、新たに場に入って来た声にそれが止まった。

「っ…!」

声が聞こえた方へと古き友が顔を向けると、その視線の先の
者の姿に古き友が凍り付いた。


目深に被った帽子に、纏っていると足の先しか見えない程の大きいマント

「……」

帽子から、微かに覗く眼光は動かず…人修羅達の姿を捉えていた。

「…ねえ、ルーミア…もしもの時はさっさと逃げてね」
「え…逃げるって…何で?」

急に古き友の緊迫した様子で話す内容にルーミアが、首を傾げる。



「え、人修羅さん?ちょっ」
「……」


古き友と同じ様な事を人修羅も串蛇と霊夢に、言い放つと
即座に、人修羅が履物に足を通して、庭に降り立った。

「まずは…一応話し合いといきましょうか?」

古き友が庭に降り立った人修羅の肩の上に乗ると
座った表情で、目の前の…先程話に出していた書生服の
青年に話し掛けた。

「後ろの三人は、私達とはあんまり関係ないから、捨て置いて
頂戴よ…信じられないなら、此処でアンタを潰すわ」



「…」

目の前の古き友の啖呵と同じ様な人修羅の宣言を受けても、書生服の
青年は何も喋らず…行動を起こす事も無かった。

「ん…ああ、やっぱあんたも来てたか…」

…この場に一触即発の危険な空気が、流れつつある中で
書生服の青年の足元に寄って来た…新たに姿を現した者に古き友が
眉を顰めた。

青年の着ている書生服と同じ色の毛を纏った猫

その猫が、書生服の青年の足元まで来ると体を起こして
青年と同じ方向へと顔を向けた。

「…どうする?人修羅…ん?」

古き友が、この状況を抜けるための算段の意見を人修羅に、耳打ちして
募るが…視界に何かが横切った事に気付いて、顔を動かした。

「って、串蛇っ…危ないから、離れてっ!」

…動かした目線の先の書生服の青年
の前に立ちはだかる様に立ち尽くしている串蛇に、古き友が血相を
変えて、大声で注意した。

「……こらあっ!ライドウっ!」
「っ…!」

…不意に辺りに響いた自分以上の串蛇の大声に、古き友が
思わず、耳を塞いだ。

「っ…ん?…あれ、ライドウって…?」
「…さっき聞いたけど…人様に斬り掛かるわ、銃で
撃つとか、何しとんねんっ、あんた!」
「……っ!」

…詰め寄る串蛇の姿を目の当たりにした書生服の青年
が、目を大きく見開き…肩をわななかせた。

「…串…蛇…」

微かに開いた口から滓れた声で、書生服の青年が
目の前の者の名を呼んだ。

「へえ…お人形さんみたいなもんと思とった…けど…」

言葉の途中で串蛇が、俯き…目の前の書生服の青年へと
駆け出した。

「っ…出来るんやな…あんたも、そんな、顔…っ」

そのまま串蛇が、書生服の青年へと抱き付き…体と声を
震わせながら、書生服の青年の胸元へと頭を埋めた。

「…串蛇」
「良かった…ホンマに良かった…託せたんやな…ウチは…っ」

「空気を読め、ライドウ」
「……」

纏っているマントを掴み、自分の胸元へと頭を
埋めてくる串蛇に何も言わず…書生服の青年が、串蛇の背に手を当てて
抱き寄せた。

「…それにしても、久し振りと言うべきかな?人修羅よ」
「げっ…猫が喋った…」

縁側の面々に近付いて来た猫が鳴くと、何故か霊夢がのけぞった。

「…あーら、お久しぶりじゃなーい…お目付役さーん?」

古き友が微笑みながら、どこか挑発的な猫を撫でる様な声と言葉を
縁側まで寄って来た猫に話し掛けた。

「お前も相変わらず…か」












「ホンマかっ?ホンマに無事なんやな?!」
「健在だ…二人共な」
「よかったぁ…ホンマに良かったわあ…」

「で…」

縁側で横に座って話し込む串蛇と名乗られた書生の服装の青年…ライドウを
横目で見て、霊夢が重苦しい溜息を吐いた。

「…もー、何も来ないわよね…ほんと…」

「……人修羅」

また面倒事が来るか、と霊夢が露骨げに声色と肩を落とす仕草で
憂鬱を示す事をよそにライドウと同じく縁側に上がった者…ゴウト

仮初めの猫の体を与えられ、ライドウのお目付役を承ったその者は
外見通りの足音を立てる事も無い歩行で縁側に座る霊夢の
背を通り過ぎ…隣りに座る人修羅の傍まで近寄った。

「…何やらそちらにも込み入った事情がありそうだな」



「……つくづくお前も運が無い方と言うか…飛んだ輩に目を
付けられたというか…」
「だが、確かに…とにかく全てについてあの紳士は知っているだろう」


話し掛けられた人修羅の返答にゴウトが目を伏せて俯いた。

「…ゴウト」
「何だ?ライドウ…ああ、そうだったな」

串蛇と話し込む最中だったライドウが唐突にゴウトに声を
掛けると、何かを思い出したのか、ゴウトがすぐさま垂らしていた
頭を上げた。

「…人修羅」
「その紳士から言伝だ……明後日に迎えに来るそうだ」
「…はあっ?」

ゴウトの言葉に人修羅より先に頭の上の古き友がさも心外だと言わんばかりの
反応をした。

「あいつう…勝手に連れてきて、勝手に連れ去るっていうのっ…」

gのその言葉に歯を噛み締め、憤怒の表情を浮かべる古き友
の周りに火花が音を立てて散り始めた。

「…頼むから、神社壊さないでよ」

その様に横の霊夢が苦い顔をしながら憤慨する古き友を窘める。



「…全く、ホントにもう……」

二人に宥められてここで怒っても何もならないと
悟ったのか…古き友が肩を落とすと周りの火花も収まり、消えた。

「…とにかく、人修羅…あのおじいちゃんには注意しないと…」



「言伝も終えたが…これからどうやって奴の足取りを掴んで
我々のいた世界へと戻ったものか…」

ゴウトが人修羅との話を終えるとまた頭を俯かせ…
何かを考え込む様に口を閉じた。

「………」

この神社に訪れた者同士が其々の伝えるべき事を伝え終え…
急に場に静寂が訪れた。

訪れたその静寂の中…霊夢が手に持っていた湯飲みを傍らに置いた。

「…ねえ、あんた達ー」

「…何よ?」
「…何だ?」
「なにー?」

「…」
「…」


不意に静寂は霊夢の呼び掛けに破られ…この場の面々
の意識は呼び掛けたへと向けられた。

「…ちょっとー…手癖の悪く無い人に留守を頼みたいんだけど…」

それぞれの注目と意識…それらが向けられる中で霊夢が
面々の顔を見渡しながら、話を切り出した。


「…どうしたのよ?巫女さん」
「どこかに用でもあるのか?」
「……急に来たあんた達をおもてなしして、色々切らしてるから買い物に行か
ないといけないの」

目的を切り出すと、霊夢が古き友と人修羅に冷やかな目で一瞥した。

「はいはい…お金払ったからいいでしょ、全く…」
「それで…ついでに荷物持ちが誰か来てくれると、有難いんだけど……」

そう言って、霊夢が人修羅に目を留めた。

「…おい、ライドウ」
「……」

話の途中と言え霊夢の意図を把握したゴウトが、ライドウに声を掛けるが
何故か返事は来なかった。

「…ライドウっ!」
「っ…何だ、ゴウト」
「っ…」

先程よりも大きい声で再度ゴウトがライドウを呼ぶと
その罵声にようやく気付いた様にライドウが返事をした。

「……」
「何や…ゴウト…?」

返事をしたライドウの横の串蛇も何故か
話を聞いていなかった様で縁側
を歩いて近寄ってくるゴウトに訝しげに目を寄せた。


「…その様子だと話しを聞いていなかったようだな…二人共」
「…何の話だった?」
「フッ…」

内容を聞き返そうとするライドウにゴウトが嘲る様に鼻を鳴らした。

「再会を喜ぶのは良い事だろうがな…」
「…何が言いたいねん、ゴウト…」

ゴウトの態度が癪に少し触ったのか、串蛇が話に加わって来た。

「先程から少し覗いていたが…串蛇の頭を撫でたり…撫でられて頬を
染めたんぐぅっ!?」

説教を捲し立て始めたゴウトの首にその説教が始まって早々に串蛇の指が
巻き付き、絞め上げた。

「何言うとんねんっ!?こ、このドラ猫がぁっ!三味線にしたろか、ああっ!?」

…感情が良く目立つ色の薄い肌の顔を紅潮させながら、串蛇が
手の内のゴウトに罵声を浴びせる。

「ぐ、ぐるじ……は、な…」

当のゴウトは両手足で空を掻きながら、串蛇に開放を必死に懇願する事しか
出来ていなかった。

「串蛇…」
「…」

親の仇を見る様な目で手の内で暴れ続けるゴウト
を睨み付ける串蛇が話し掛けたライドウにその目をそのまま向ける。

「…ほれっ」

話をライドウに切り出されるよりも先に串蛇が、ライドウに手の内のゴウトの
体を掴んで無雑作に放り投げた。
宙を舞うゴウトの体はそのままライドウの広げた両手へと墜落した。


「けふっ、けふっ、…口は災いの元と言え…ども…」
「…お目付け役変えたほうがいいんとちゃうん?ライドウ」

開放されて、息絶え絶えでライドウの手の中で咳き込むゴウトに対しても
串蛇が容赦なく嫌味を吐き捨てる。

「…大丈夫か?ゴウト」
「ううんっ!何とか…な」

ゴウトの背をさすりながらライドウが容態を
尋ねると、咳払いを一つしてゴウトが首を振るう。

「…全くとんだ災難だ」
「…そっちの揉め事は終ったー?」
「ぅうんっ!…荷物持ちだったな、確か…」

喉にまだ不快感が残っていたのか、ゴウトが
また咳払いをして霊夢の掛けられた声に当初の目的を復唱した。

「で…そもそも何やねん?話て」
「買い物にいきたいから、その荷物持ちが必要って事」
「ああ、なるほど…買い物か…」

得心がいった串蛇が、まだ怒りを収めていない事を示す
どこか不機嫌そうな声色と曲げた口はすぐに軟化した。


「では…ライドウよ、お前はここで留守をした方がいい」
「ここに来る前は真夜中だったしな…」
「ん…来る前は真夜中だったって…どういうことや?」

ゴウトの言葉に串蛇がゴウトに聞き返して来た。

「細かい説明は置いて、掻い摘むと……ここは我々がいた
世界でなく、異界の様なものであり…」

言葉の途中でゴウトが大きく口を開けて、後ろ足で頭を掻いた。

「時間の違いによって…我々は寝不足であるという事だ」
「はっきり言って俺もこいつも休みたいのさ…」

「…ほんならまあ、わかるけども…」
「そういう事だ…巫女よ」
「こいつは若輩者であるが、素行は悪くない…手癖もな」

ゴウトの言葉に霊夢がライドウに目を留めた。

「……」

向けられた視線に何も言わず…ライドウは只、霊夢と目を合わせ続ける。

「…留守番は決まったから……っと」

そのまま暫くして…霊夢が腰を上げて縁側に立ち上がった。

「…足りない物、見てくるからさ」
「人里の花は喧嘩とかの荒事じゃないから、おとなしくしててよ…人修羅さん」
「…えっ、人修羅が荷物持ち決定なの?」

当人の了解もない霊夢の決定に古き友が呆気に取られる。

「当然よ、ついでに買い物はあんたたちが貰った泡銭でね」

さっさと話を切り上げようと、そのまま霊夢が神社の
中へと歩いて引っ込んでいった。

「全く…人修羅ー、やだったらやめといた方がいいよー、ほんと」

「…そりゃ、元いた世界でやって来た事に比べたら、楽だろうけど」

「…人修羅」

当人でないにしろ渋る様子の古き友を宥める人修羅に不意にライドウが
声を掛けた。

「すまない…行ってくれるか?」

「…恩に着る」

人修羅の返答を聞くと、ライドウが深々と人修羅に頭を下げる。

「……」

二人のやり取りとそれにより流れる空気に、辺りの雰囲気が少し重く
なって来た。

「…はいはーい、お待たせー…」

…が、台所から戻って来た霊夢の掛け声にそれはすぐに霧散した。

「それじゃあ…行くわよ…付いて来て、人修羅さん」

大枚をタダで得たも同然の霊夢が、張り切った様子で地面の履物に足を
通して人修羅に顔を向けた。

「…空気読んでるんだか、呼んでないんだかの巫女さん
もああ言ってる事だし…行こっか、人修羅」

古き友の催促に人修羅が、ライドウに何も言わないまま、縁側から地面に降り立った。


「ねえ、人修羅ー…人里に行くの?」

…茶も煎餅も無くなって、腰掛けてる縁側に両手をついて上の空だっ
たルーミアが人修羅が立ち上がった事に気付き、声を掛ける。

「あんたも来なさいよ、ご馳走するわよ」
「ご馳走なのかー…」

古き友の言葉にルーミアが
目を輝かせると、縁側から勢いをつけて飛ぶ様に地面に降り立つ。

「うんっ!」
「…買い物の前に面倒げな荷物一つ増やしてどうするんだが…」

興奮と喜びを堪え切れない様子のルーミアに霊夢がすかさず嫌味を吐いた。

「元いた世界じゃ店があっても崩壊しちゃっててて食べられなかった
物沢山あったからなー…」
「そうなのかー」
「…なあ、霊夢さん」

配役も決って、霊夢達が行こうとする最中、串蛇
が地面に降り立って霊夢に話し掛けた。


「何よ?串蛇…何か買って来て欲しい物でも」
「ウチもついてかせてくれんか?」
「えっ…」

串蛇の急な申し出に霊夢が、言葉を詰まらせた。

「串蛇っ、うぬは…」
「…もうウチは容れ物やないんや!」
「っ……串蛇」

その頼みを良しとしなかったと思われるゴウトの言葉を掻き消す様に串蛇が叫んだ。

「と言うよりは…割れてしもうた容れ物やろうけど」
「…そんな役に立たんもんを欲しがる輩もおらんやろ?ゴウト」
「……」

言葉と共に縁側のゴウトに串蛇の強い意思を示す眼差しが向けられる。

「…何の話よ?」
「うーん…痴話の類じゃなさそうね?」
「痴話じゃないのかー…」
「ゴウト…串蛇の言う通りに構う事も無いだろう」

場の面々が混乱する最中で、ライドウも
ゴウトに聞き入れる様に宥める。

「…ライドウ、お前まで何を…」
「…ぐだぐだうっさいわねえ」

話を聞いていた古き友が人修羅の頭から飛び立つと、ゴウトの上空に滞空した。

「…これは我々の問題だ、入って」
「…ろくに役に立たない猫の手しか
持ってない出来るのは、お小言だけの輩は少し鳴りを潜めたらどう?」
「…貴様…俺を愚弄する気か?」

古き友の挑発にゴウトがいきり立つと古き友が空中で体を翻す。

「カグツチがビカビカしてる日ー…ゴウトちゃんはー、目の前の風
でー、ひらひらしている神様のー…」
「きさっ、ま…なぜ…それを…」

中空で頬杖をついて、挑発する様ににやけながら古き友が、喋り出すと、ゴウトが
体を震わせながら悶絶する。

「…これ以上喋られたくなかったら…わかってるわよねえ?」
「…舐めるなよ、悪魔めっ!」

愉悦を隠し切れないといった顔でゴウトを見下ろす古き友にゴウトが声を
張り上げて威嚇した。

「俺も帝都の守護を担う者だ…悪魔の脅しになど屈しはせぬわ!」

「…なに言ってんの、どう見ても只の喋れるだけの猫じゃん」
「…猫やな」
「…猫ね」
「猫なのかー」

「…くくっ…!」

…この場の女性陣総員の容赦のない言葉にゴウトが肩を落とした。

「…ええいっ、人修羅ぁ!」
「十万も払ってやったんだ!串蛇の護衛もやってもらうぞっ!」



「くそっ…この与えられた仮初めの肉体が恨めしいわ…っ」

人修羅の許諾にまた肩を落としてゴウトが涙声を上げる。

「…ゴウト」
「…何だ?ライドウよ」
「こちらからも護衛を一つつけるとしよう」
「…では、あいつにしてやれ…串蛇を守り切れなかった事を
大層悔やんでいた事だしな」
「……」

ゴウトの提案に対する返答を聞くと、ライドウが地面に降り立って
懐から何かを取り出した。

「…何?あれって」
「ああ、ライドウの仲魔が入っとる管や」
「……」
「…ん?どうしたの、巫女さん…何か具合が悪そうって言うか…」

取り出された小さく細長い筒状の物を見つめる霊夢の苦々しげな
表情に気付いた古き友がそれを尋ねる。

「…ちょっと良くない思い出がね」
「…ふーん」

過去の出来事に嫌悪を示す霊夢を他所にライドウはその
筒を携え、目を瞑り…その筒の中に存在する者を
解き放つ力を集中させた。


「…召喚っ!」












「…ほんなら、行ってくるでー、ライドウ-っ!」

神社の前で見送るライドウに意気揚々の串蛇が大きく手を
振って、大声を張り上げた。

「…はあ……」

その串蛇の傍の霊夢が、沈痛な面持ちで手を振る串蛇が背に乗った異形の生物

…およそ人間の体の倍以上の巨躯の二つ首の猛獣

護衛にとライドウに召還されたその猛獣…オルトロスを見つめて霊夢が
憂鬱極まり無いと言いたげな重く、深い溜め息をついた。


「ドウシタ?カワイイ巫女チャン…具合ガ
悪イノダッタラ、オ前モ俺ノ背中ニ乗ルトイイゾ」
「…気持ちだけありがたく受け取っておくわ、ホントに」

流暢に言葉を話す怪獣の心配に霊夢が手を振って、拒否を示す。

「…最初から私一人で行けばよかったか……」

「やれやれ…何とも奇々怪々な遠足連中になったものだ…」

肩を落とす霊夢の傍で同行する事にしたゴウトが
同行する面々を見並べて、嘆息した。

「喋れる猫が何言ってんのかしらねー」
「何言ってんのかー」

そんなゴウトに人修羅の頭の上の古き友がすかさず嫌味を
吐くと、ルーミアがいつもの相槌を打った。

「だから、猫でないと言っとろうがっ!」
「猫じゃないのかー」


「……」

……階段を降りて、人里へと向かった霊夢達の
姿が見えなくなると、ライドウが静かに…長く息を吐く。

「…頼んだぞ、オルトロス…人修羅、ゴウト」
「……ラ・イ・ド・ウ・ちゃーんっ!」
「…っ」

姿を消していった霊夢達の
降りていった階段を見つめるライドウしかいないであろう
この場で響く…媚びを売る様な女の声

姿も無い者のその声がライドウの耳に入ると同時に、ライドウの足元の
影から無数の手の形をした伸びて瞬時にライドウの体に巻き付いた。


「離せ…スカアハ」

起こったその異常な事に動じもせず…腕を
巻きつけた者の名を呼んで、ライドウが命じる。

「可哀想やなー…ライドウちゃんは」
「寝不足で疲労困憊…身も心もボロボロで…」
「…我が愛しのお姫様にようやく会えたというんにや…」
「…こんな寂れた神社でお留守番!おお、なんと哀れなっ!」

「……とりあえず離せ」

ライドウが刀に手をかける音がはっきりと影の中にいる者の耳に入った。

「…ゴメンゴメン、堪忍や…とにかく護衛と泥棒退治やな」
「…ああ」
「まっ、お望みやったら飯も風呂も炊いたるで…ほな、影ん中おるから…」

女の声が言葉を切ると、ライドウの体に巻き付いていた腕も離れ…影の中
へと吸い込まれて消えていった。

「……」

影から伸びていた手が消えると、ライドウが刀から手を離して
先程まで座っていた神社の縁側へと歩き出した。

「…全く」

主が不在となって暫くした神社の縁側

…そこで柱にもたれながら、刀を抱えたまま目を閉じているライドウの
姿を隣りに座って横目で眺めながら、その者は歎息する。

「こういう時くらい刀離せばええのに…信用無いとか思ってまうわ」

嘆かわししいとその者が目を足元の庭に落とすと、其処に散り落ちた葉が
周りの木のさざなりと共に舞い上がり、飛んでいく。

「この世界は秋か…寒いし、乾燥してるし…せんちになるわぁ」







およそ人間が見る事も聞く事もそうは無い…人間以外の
存在が人間しか持つ事も無いと認識している分化や知能や言語

その存在が跳梁跋扈する世界

その世界…幻想卿にも日の光は指し、風は吹き、水は流れていく。

それに沿って流れていく季節の力によって枯れて散り落ちた葉は
珍しく獣道を歩く者達によって無惨にも踏み潰されていった。


「…そういえば…ねえ、あんた達ーっ!」
「…何ーっ、巫女さーんっ?!」
「何やーっ?」


……その獣道を歩く妖怪と悪魔と妖精と人間達の先頭を歩く霊夢が
唐突に後ろに振り返り、同行する面々に呼び掛けると串蛇と古き友が
それぞれ返事をした。

「これから人里に行くけどー…そこの一番大事なルールはわかってる?」

「…何や?大事なルールて?」
「ルール…決まりごとか」
「ルールカ…」
「ルールなのかー」

「…」

振り返った霊夢の問い掛けに一同が足を止めてどよめき始めた。

「…まあ、ここに来たばっかりだからしょうがないけど…」
「…まず、最初に」
「はい!せんせーっ!」
「……」

問い掛けの答えを迷う面々に呆れた素振りをしながらも
説明をしようと大口を開けた霊夢を止めるかの様なタイミングで
古き友が張り切った様子で手を上げた。

「…何よ?」
「おやつは三百マッカ以下じゃないですよねっ!」
「……」



「……何言ってんのよ、人修羅ったらー」
「三百マッカ以下だったら…飴玉一つ買えないのよっ!」

古き友の質問に沈黙する霊夢に、人修羅が
嗜めると古き友が心外だと言わんばかりに怒り出した。

「はいはいはい…千でも万でも幾らでも使っていいわよ…」

放っておくのが賢明だと、霊夢が頭を掻いて、改めて話を切り出し始めた。

「話を戻すけど…一番大事なルール…人を殺すのは禁止って事!」

「…それだけなん?」
「取り敢えずは当たり前の事だが…」
「造作モナイナ」
「何それー?わざわざ言う事ー?」

「わざわざ言う事なのかー」
「…そうよ」

掛けられた注意の言葉に面々が要領を得ない中…霊夢が
面々の中の一人…ルーミアに目を止める。

「…禁止なのは人を食べることもよ…特に妖怪のあんたはね」

手を広げていつもの気が抜ける相槌を
打つルーミアに霊夢が険の篭もった声で嗜めた。

「…はあい」
「え?…人を食うて…?」
「…串蛇の乗っている猛獣さんも護衛とはいえ、人間に襲われても
殺さない程度の抵抗で留めてよ」

串蛇が乗るオルトロスにも霊夢が厳重に注意を促す。

「…相ワカッタ」

「な、なあ…霊夢さん」
「何よ?」
「ひ、人を食うて…?」

霊夢の言葉に疑問を持った串蛇が先程の言葉を霊夢に聞き返した。

「…んー……」

…どうやら少し怖がっている様子の串蛇に霊夢が返答に詰まらせる。

「…掻い摘むと…とにかく人間は人里っていう所なら安全だという事よ」
「……そうなんか?」
「掻い摘み過ぎでしょ…」
「…全くだ」

詰まらせた霊夢の返答が出て来るとその
ぞんざい気味な内容に古き友とゴウトが眉を顰める。

「本当に大丈夫なんかいな…」
「…私や人修羅やオルトロスは平気でしょー?だったらどうって事」
「あんたらやオルトロスは素性も得体もわかっとるからええんやっ」
「うーんん…そうねえ…」
「…串蛇、落ち着け」
「…ゴウト」
「…この幻想郷という世界は本来普通の人間が認識出来ない妖怪達や
神々がはっきりと実体化し、人間と共存していると聞いた」

動揺を収められない串蛇に、ゴウトが話を切り出し始める。

「…ほんで?」
「この世界の事についてわかっている情報はそれだけだ…」
「だが…細かい所は分からないが、この巫女が
健在なのだから、人間は妖怪に生かされているということだろう」
「せやけど…」
「まあ……そう言うことよ」

ゴウトの説明を聞いた霊夢からすればその説明は納得のいく代弁と
思えたのか、踵を返してまた面々の先頭を歩き出した。

それに習って串蛇の乗るオルトロスとその横のゴウトや人修羅達も歩き出していく。


「…やっぱり…ようわからんなあ」
「…郷に入らなければ鄕のことは良くわからん」
「所詮…我々ハ余所者ダカラナ」
「そんなもんかな…」

ゴウトとオルトロスの言葉を受けても納得出来ていない様子の串蛇が
首を傾けて空を見上げた。

青空に輝く太陽から指す光は容赦なく串蛇の目蓋に焼き付き、たまらず
串蛇がその光を手で遮った。

「…なー、ルーミアとか言うたかー…ちょっとこっち来てくれんか?」
「えー?」

何を思ったのか唐突に串蛇が、ルーミアに頼むとそれにルーミアが
声を上げて難色を示した。

「オルトロス、足止めてな」
「ウム…」

串蛇の頼みにオルトロスがその通りに足を止める。

「…何かわからないけど、行ってあげたら?ルーミア」
「…わかった」

古き友が促すと、ルーミアが少し足を早めて、足を止めた
オルトロスに乗っている串蛇の足元まで近寄った。
近寄ったルーミアにオルトロスに乗ったまま、前に屈み…串蛇
が近い距離でルーミアの顔を見下ろす。

「…ちょっと顔触らしてや」
「えっ…わっ…」

唐突に串蛇が手を伸ばし、オルトロスに乗ったままルーミアの顔に串蛇の
細く小さい指が触れると急に顔を触られて、驚きで大きく
開く鮮血が固まったようなルーミアの瞳に目を閉じた串蛇の顔が映る。

「つ、つめたひ…」
「…ゴメンな、もうええよ」
「…っ」

一分も立たない内に串蛇が手を離すと、気恥ずかしそうに小走りで
人修羅の横まで離れていった。

「…結局何だったの?ルーミア」
「んー…顔を、触られた、だけみたいだった、けど…」

古き友と話しながら、ルーミアが頬に触れた串蛇の指の
冷たい感触を自分の手でぐりぐりと撫でながら、消していく。



「……ナンデモナイ、タダノ…ソウ、スキンシップダ」
「…ホントなのー?」
「疑っているのはわかるが…そうやる事なす事口を挟むのはやめる事だな」

オルトロスの返答を聞いても眉を寄せて、疑いの視線を向ける古き友を
ゴウトが嗜める。

「…ほーんーとーやっ!…まだ何か文句あるか?」
「…はいはい、ごめーんねっと」

声を荒げて主張を強める串蛇に、古き友が人修羅の頭の上で
寝転がって、食い下がる姿勢を示した。

「…随分ナ恨マレヨウダナ」
「…あんたら来る前に人修羅さんに聞いたけど、ライドウが
容赦なく辻斬りみたいに斬り付けて来たてあの妖精がぎょーさん恨んどったで?」
「面目ない、と言うべきか…相手は悪魔の類と言えれども
悪い事はそうするべきではないな」
「それで…先程あの童女の顔に触って何か分ったのか?」
「…」

ゴウトに先程の行動の結果を尋ねられると、串蛇が両手を広げて
其処に目を落した。

「…ウチがわかるんはマグネタイトの事くらいやけど…」
「特に…あん時みたいに禍々しいもんは感じ無かったで」

言葉を切ると、串蛇が目を瞑り…広げていた手を閉じた。

「うぬがそう言うなら…ひとまずは信じるとしよう」
「ウム…マア、所詮人ノ血肉ナド大シテ旨クモナイ」
「…腹ハ満タサレルダロウガナ」

「…こらーっ!あんた達ーっ!何ぐずぐずしてんのーっ!」

先頭を歩いていた霊夢が後ろの面々が、今となってようやく気付いて
振り返ると同時に罵声を張り上げる。

「喧嘩だったら買い物終ってからにしなさいよーっ!…全く」

先程と同じ様に霊夢が大声で注意をすると、また踵を返して歩き始めた。

「なあ…霊夢さんって、少しだけ葵鳥に似とる所ないか?」
「…俺は鳴海に似てると思えるぞ」
「…ドチラニモ似テルナ」







「…フッフッフッ」

……霊夢達が出かけて、暫く

幻想卿を平定する巫女が住まうその神社の管理者が消えた今

音もなく、姿もなく

そんな良からぬ企みを持つ者達は神社へと訪れていた。

「…この時間帯はいつもだったらここの巫女は箒で掃除をしているはず……」
「それがいない……ということは恐らく今ここは私達の天下という事」

「…まーそーね…」

…その内の一人が、乗り気でないのか…威勢のない声で
二人の意気込みに相槌を打った。

「…どうしちゃったの?ルナったら」
「体調が悪いの?」

訪れた神社の茂みの中に潜む者達

…いつぞやの人修羅達に撃退された妖精達がその乗り気でない一人に理由を聞いた。

「ドン臭いからまだ何かが決められなくて考え中?」
「…どうせ私達が天下の下になるわよ」
「あら、どうして?」
「…いや、そこで聞き返されるのが意味がわからないから…」

自分が訴えたい事が全く理解されていない事にルナが大きくため息を吐く。

「神社の巫女どころか…人修羅、さんとあの雷妖精までいるかもしれないのよ?」
「な~に言ってんのよ、ルナったら!」
「巫女は出かけているだろうし、あの人修羅とか言う悪魔人間がいて
も一旦服従したフリして油断と角をつけばイチコロよ」
「頭の動きもどんくさいったらないわ、ホントに」
「全くね」
「…あっ、そう…」

二人の言葉に気が触ったのか、ルナが二人からそっぽを向く。

「じゃあ、二人だけで行ってきてよ…私、後ろで見てるから」
「うまく言った時の成果も全部二人に上げるわ」
「…ふーん、いいの?」
「別にいいわよ、多分失敗するだろうしね…そうそう、音だけは
ちゃんと消してあげるわ」
「…それじゃあ、ルナは置いておいて」
「…二人だけで行くとしますか」
「…まっ、期待せずに待ってるわ」

「さて…」
「それじゃ…」

「……」

訪れた良からぬ企みを持つ妖精達の内の二人


その二人が此処で何時も見ていたこの神社の巫女の何時も腰を下ろしている場所


…・・その神社の縁側の向かいの茂みが
不自然に揺れて、中から能力によって姿を消したサニーとスターが顔を出した。

「…やっぱり、留守番も任せていない馬鹿な巫女はいないみたいね…ん?」
「…鬼のいぬ間に巫女のいぬ間に…え?」

「……」


「「…誰?」」

盗みに入る予定地の神社の縁側の柱にもたれかかって
眠っている書生服の見知らぬ人物に二人がお互いの顔を見合わせた。








「…っくしゅん!」
「…大丈夫か?霊夢」
「まだ秋の差し掛かりだからと言って油断をするべきでないぞ」
「風邪ハ万病ノ元ダカラナ」

目的の人里へと歩き始め…暫くしてから霊夢の小さいくしゃみに後ろの
面々が口を揃えて心配と気遣いの言葉を掛ける。

「…大丈夫よ、一回で済んだ、から…ふえくしゅっ!」
「…済まなかったから悪口じゃないのー?」
「悪口なのかー」
「ずずっ…それは良かったわ」
「ん…?悪口が良いってどういうことよ?」

古き友のにやけながらの嫌味の霊夢の鼻を啜りながらの返しに古き友が首を傾げる。

「…私の仕事は妖怪退治だもの…妖怪に嫌われてナンボのものよ」
「…どこぞの妖精と違って生きるか死ぬかで働いてる身だもの」

古き友に辛辣な言葉を吐き捨てると、また霊夢が歩き出した。


「…人間にだって嫌われるわよ、そんな性格じゃあね」
「性格なのかー」



「「「「…くしゅんっ!」」」

神社の妖精達が、合わせてくしゃみをしてしまい、音を
消していると言え、即座に神社の縁側で眠っているライドウに目を
合わせるが、柱にもたれ掛かっているその体は微動だにしない。
くしゃみをした妖精達全員が、胸を撫で下ろすが、また鼻にむず痒さが
走り、音のないくしゃみが揃えられた。






買い物のために神社を発った霊夢一同


「…ほら、見えてきたでしょ、あれが人里の垣よ」


その面々が先程まで歩いていた草木が所々生えた獣道は
徐々にそれの少ない道と成り変わっていき……その道の
遥か先の地平線の位置でうっすらと見える目的のそれに指をさして
霊夢が後ろの面々に顔を向けた。

「へえ、あれが…」
「…我々を付けて狙う者がいないと言え、用心せねばな」
「サモアリナン…」

「…そんじゃま、ルールの確認と行きますか!」
「確認なのかー」
「…」

目的地も迫る中でまた古き友が意気揚々と声を上げて切り出す話の
内容を予想した霊夢が、無言のまま口を曲げて嫌悪を示した。


「まず最初に暴力及び殺人はっ!?」

「禁止や」
「…禁止だな」
「禁止ダ」
「禁止なのかー」


「おやつも千でも億でも那由多の果てまで使ってよしっ!以上、確認終了!」

「……何ともつまらんな」
「何よっ、だったら喋ることしか出来ない猫がすればよかったじゃないのよ」
「だから喋れるだけの猫でないと言うとろうがっ!」

「…ねえ、あんた達いい加減にしないと置いてけぼりにするわよ?」

「……ふふっ」

喧々囂々のゴウト達の言い争いを横で見ていた串蛇が何故か嬉しそうに笑う。

「…ン?ドウシタ?」
「思い出してしもうてな……ゴウトと白菊の
喧嘩とか、塵芥の探偵が葵鳥に怒られたりとか…」
「…ライドウガ言ウニハ健在ナノダ、キットマタ会エル」
「…そうやな」


「はーああ……」

妨害する者も足を止める事に鳴る事態も無く

ようやく着いた人里の垣根を越えて目に写る里の中の道を流れてゆく人や物や空気

……それらを鼻や音で感じる事しか出来なかった物が
目に映り、堪らずに串蛇が嬉しそうに声を上げた。

「…これが人里かあ…」

元いた世界で目にしても写る事も無かったその
情景に湧き上がる感情に串蛇が、オルトロスの背中から、勢いよく降り立った。

「これが…人間達が暮らす街の中なんやなあ…」

目の前のその移り行き続ける景色に串蛇が、首をせわしなく振り続ける。

「…車が走っていない所を見ると我々がいた世界の一昔前の文明といった所か」
「モウ車ヲ追イカケルノハコリゴリダガナ…ソレ以上ニ気味ノ悪イ奴ヲ
背中ニ乗セルノハ」
「けっこー賑やかねー…」
「賑やかなのかー」

串蛇だけではなく、古き友も感嘆の息を吐きながら、辺りを見回す。

「…うーん……」

訪れた見た事も聞いた事もない土地

「これは……まずったかな…」


……その人々が集まり暮らす場所に機嫌を良くする面々とは
何故か違って、難しげに顔を苦くして霊夢が唸った。

「…ん?どうしたん、霊夢?」
「来たのがまだ昼間だからねえ…店とかいろいろいっぱいかも」

唸る霊夢に理由を尋ねた串蛇に答えると、霊夢が答えて溜め息を吐いた。

「それは失念だったな…ならば…」
「…そうだな、とりあえずどこか空いた店で一息つくとしないか?」
「…ソコデ昼ガ過ギテソレカラ買イ物トイウコトカ」
「…それにだ」

ゴウトが目の前の人の波の中や人の波から外れた者達
……その中で確かにこちらを明らかに快く無い感情の視線を
向ける者達を目に留める。

「どうも我々は良く思われていない様だ…さっさと店に入って人目を
避けたほうがいいだろう」
「…此処には妖怪もいるけどね」
「串蛇…言っておくが、我々ははっきり言ってここではかなり異様だ」
「見知らぬ人物に何か言われたとしても大声で怒鳴りつけたりするなよ」
「はっ…容れ物だった頃から慣れてることや…あんたも気にせんようにな」

ゴウトの忠告を串蛇が鼻で笑うと、乗っているオルトロスの背中を
優しく撫でると撫でられたオルトロスが返事をするように、嬉しげに目を
細めて、喉を短く鳴らした。

「そう言えば…人修羅さんとあの妖精と妖怪は?」
「…そういや、周りにおらへんみたいやけど…」
「…門の傍だ」

先程くぐった人里の垣根の門の傍で立ち尽くしている人修羅にゴウトが気付く。

「どうも人修羅は気が進んでない様だが…無理もないか」
「…何?人間が嫌いなの?人修羅さんは」
「あやつ自身が嫌っているのでは無く…嫌われている様なものだ」








「…まーた色々思い出しちゃったの?」



「はいはい…下手な嘘はやめたらどう?」

古き友が人修羅の返答を聞くと呆れながら、人修羅の頭から飛び立って
目の前の中空に浮かぶ。

「…顔見たらわかっちゃうって…全く」
「手っ取り早く一言で言わせてもらうけど…別にー、あれと
かこれとか人修羅は悪くないでしょ…じゃ、それだけ」
「…ん?」

そこで溜め息交じりの言葉を切ると、古き友が何時もの人修羅の頭の上
ではなく傍のルーミアの頭の上に乗り上げた。

「…どうして人修羅のじゃなくて私の頭の上ー?」
「ごめーん…今ちょっとだけ、ここにさせてよ」
「んー…別にいいけどー…」

古き友の懇願を頭の上の古き友へと上目使いで
目を寄せつつ聞いていたルーミアが、ちらりと傍の人修羅を横目で一瞥する。

「…何か具合が悪いの?人修羅は」
「別に何て事ないわよ…ほら、行って行って」

横目で一瞥した人修羅にルーミアが心配して尋ねるが、尋ねられた古き友が
乗っているルーミアの頭を軽く叩いて催促した。

「大丈夫よ、…人修羅も色々あるだけ…」
「…そうなのかー?…」

また何時もの相槌をルーミアが
打って、歩き出すが…とぼとぼと歩きながら、しきりに後ろを
向くあたり、まだ人修羅の事を気にしている様子であった。

「…ほら、ちゃんと歩いてるでしょ?」
「…うん」

古き友の言葉通りに、歩いて行く人修羅の姿を見て取るとルーミアの
歩調が何時ものものへと戻っていく。

「それで…ほんとに何があったの?」
「別にー…ちょっと性質の悪い奴等に絡まれただけよ…」

古き友も人修羅が落ち込んでいる理由の事に快く思っていない様でルーミアへの
返答の声色は不機嫌そうなものとなっている。

「…目に入っただけで因縁つけて、返り討ちにして
やったらこの人でなしだの残虐者だのと何様連中…」
「…助けてくれとすがり付いてきたから、助けてやったら、大した物も
くれないわ、挙げ句の果てには自分も強くなったら仇で返してくるわ…」
「…どいつもこいつもろくでもない奴等ばっかりだったわよ…この
世界ではどうかわからないけどねー…」
「…ねえ、ルーミア」
「うん…」
「…これは先輩風だけど、世の中自分に対して都合のいい事しか言わない奴
や、やらない奴ってのは多いから…気を付けなさいよ」
「んー…自分にとっても甘いって事?」
「そっ…甘ちゃんって事…」

「…あんた達ーっ!早くしないと置いてくわよーっ!」

話し込む最中でまた耳に入った霊夢の罵声に古き友が眉を顰めた。

「…取り敢えずああいう奴ね?」
「そうなのかー」

「全く…私の目を盗んで里の誰かを食い殺す算段でもしてたの?」
「するわけないでしょー…そんな事」

古き友を頭に乗せたルーミアが、近くにくると
すぐに疑惑を向けて来た霊夢に古き友が、飽きれながら否定した。

「ねえねえ…巫女さんは自分に対して甘ちゃんなの?」
「甘ちゃん…何よ…甘い物食べたいって事?」
「…そうそう、さっきそう言う話をしてたのよっ」

先程の話の内容を言い出しても、面倒な事にしかならないと
悟った古き友が霊夢の勘違いをそのまま嘘の題材にして話を切り出した。

「私ってー…この体だから、人間用の食べ物のサイズだと
食べるのに色々と不便なのよねー…」
「箸を持てないからどんぶりのうどんとかそばだとおつゆも無理だし、丼物も
食べづらいしねー…」
「その点、団子や饅頭ならすぐにかじり付けるでしょう?」
「…まあ…私は甘い物でも構わないけど…」

古き友の提案は霊夢もまんざらでも無い様で、否定の言葉は無かった。

「で…」

この場に提示された方針に霊夢が傍の串蛇達に目をやって返答を促した。

「俺はかまわん、元よりこの世界では一文無し…払ってくれる者
の行きたい店へとついていくだけだ」
「…特ニ異存ナシダ」
「…ここって洋菓子の…ろーるけーきとかあるんか?」

「…全員異存無しの様ね」
「…ちょっと待って」
「え?…ああ、人修羅さん」

古き友に制止を求められて、霊夢が何かと思うが、その疑問
はようやく傍まで来た人修羅の姿にその疑問はすぐに氷塊した。

「…取り敢えず」
「お前のお付きの妖精が言い出した事だが…今は
外を歩く人の数が多い時間帯だ」
「…」

説明しようとした霊夢よりも先に、何故かゴウトが先に予定の内容を話し出した。

「…と言うわけで、一旦どこかの茶処にでも入り、そこで休みつつ時間を
潰して…そう言う事だ」



「……では、行くとしようか…巫女よ」
「…此処には買い物の時くらいしか来ないから、詳しくないけ
ど、人の通りが少ない所くらいはわかってるから、取り敢えずそこに行くわよ」

この場の方針は取り決まり、霊夢がまた先頭の位置のまま歩き出した。

「……」
「…さっきから何だ?」

話している最中…先頭の霊夢に習って歩き出す前に先程
から感じていた視線の元の古き友にゴウトが顔を向けて理由を尋ねた。

「…べっつにー…何でも無いわよ…」
「…ありがと、ルーミア」

つまらなさそうに口を曲げて、古き友がぞんざいな
返答をするとルーミアの頭から飛び立って、いつもの人修羅の頭の上へと
乗り上がる。

お、おい…どうするよ、今は慧音先生もいないだろう…?

そんな事言ったって…今日は永遠亭に行ってるって聞いたわ…

と言うか…前の娘は博霊の巫女だろ…何で退治しないんだ…


「……ねえ、人修羅…体とかは大丈夫?」

全員が、里の人間達の視線を浴びながら、歩き出す最中…ルーミアが
歩きながら、横の人修羅の顔を首を傾けて覗きながら、また心配の言葉を掛けた。



「……そーそー、人修羅の言う通りにちゃんと
前を見て歩きなさい、転ぶからね」

「うん…」

「なあ…人修羅さんって、人間やないみたいやけど…何か…」
「まあ…お前と似ているとは言わんが…結構にあいつの生い立ちは悲惨だ」

「…悪魔としてか、人間としてかは分らぬがな」



「……何とか撒いたわね」
「…何やら我々が悪い事をした様な物言いではないか、それでは」


里の人波から離れて、通る人の少ない道

「悪い事なんて何もしてなくても、悪い事したみたいに扱ってくる奴
もいるけどねー…」
「…そこで私を見るのはやめてよ、まだ会った時の事を根に持ってるの?」

……外にいる人間が殆どいなくなった
その道で一旦霊夢達は足を止めていた。

「…で、人の通りが少ない所に来たのはいいけど…」
「…通りが少なきゃ、お店も少ないわね」

この人里に来た時の串蛇達の様に今度は霊夢が、しきりに首を
振って歩きながら、店を探し始めた。

「…どうするー?私達は此処で待って、巫女さんに探して…」
「…その必要は無い様やで」

再度提案する古き友に串蛇が、足を止めて建物を見ている霊夢にその
提案を否定した。

それに気付いた他の面々も足を止めている霊夢へと近寄っていく。


「…ここにしましょう」
「…茶処」

立ち尽くす霊夢に一番先に近寄ったオルトロスに乗った
串蛇が道端に置かれた看板に立てられた文字を目を細めて読み上げる。

「…この店、名前がないんかな?」

…看板の直ぐ側にある、大きい建物の間に挟まれるように、建てられた
細い木造の壁のヒビや汚れが目立つ窓が二つある料亭のような
風荘に串蛇が首を傾げた。

「…何とも寂れてるといった感じやな…」
「…食ベラレル物ヲ出シテクレルノカ不安ニナルナ」
「と言ってもまだどこもいっぱいだろうしねー…」
「満員なのかー」

「…まあ、まずければお金払って出てけばいいしね…
お大尽が一人いるんだからさ」

そう言って霊夢が人修羅に目を向けた。

「…巫女さんが言い出しっぺなんだから、まず巫女
さんから食べなさいよー…」
「…タエ殿ならば、逆に隠された名店かもと今頃にいきり立って
戸を開けているだろうな」
「…そう言われると、少し気分も進むわ」
「…我ハ外デ待ッテイルゾ」
「…ん?どうしたん、オルトロス」
「我ノ図体デハ店ニ入ルノハ辛イシ、入っても狭イダロウカラナ」
「…わかったわ」

オルトロスの言葉に串蛇が降りて、少し背を伸ばす。

「けど、こんな猛獣が番をしていたら店の人の商売の邪魔じゃないの?」
「別にいいでしょ…どう見ても商売する気のない店だし」

古き友がそう言うと、霊夢が無情気味な言葉を返した。

「この人里には猛獣お断りなんてルールは無いんだしね」
「…私が言うのも何だけど、人間の言う事なの?それって…」







「…どうする?」
「…どうしようかしらねえ」

またいつもの様に神社に悪戯をしに訪れた妖精達

……不在の巫女のかわりの様に柱にもたれ掛かって眠っている
刀を抱えた青年に全く何も出来ずに、仲間の一人に意気込んで前に出た茂みの
中で妖精二人は未だに立ち往生していた。

「うーん…書生服を来てるって事は…」
「…ここに……合格祈願に来たって事?」

「…二人共ー、無理ならさっさと退散したらー?」

その二人の後ろの繁みで待機しているルナが周りに聞こえないように能力を
使って呼び掛けた。

「…ふん、悪戯する気のない妖精なんて妖精じゃないわ」
「…全くね…というわけでー…サニー、先に行ってよ」
「…あのね」

矢面に立たせようとするスターの言葉にサニーがむくれた。

「何か来るか、私が視ててあげるし…自分の姿のほうが消しやすいでしょ?」
「ほんっと調子いいわね…分前は私が多く貰うわよ」

これ以上粘っても相手の態度は変わらないと判断した
サニーが、姿を消して、茂みから抜けだした。

「………」

サニーの目的の神社の縁側で眠っている帯刀の青年は変わらず眠ったままだ。

「…フッフッフッ」

目の前のその存在を嘲り笑うと、サニーが忍び足で縁側へと近づいていく。

一歩ずつサニーの体が神社に近づき…神社から伸びている影を
踏んだ瞬間だった。

「……んっ?」

サニーが踏んだ影…そこから無数の影の手が音もなく伸びて、一瞬にして
サニーの体に巻き付き、雁字搦めに纏わり付いた。

「っ…!」

その一瞬にして起こった事態にサニーの口から悲鳴が出る前に纏わり付いた
手が一斉に影の中へと引っ込み、それに巻き込まれたサニーの体が影の中へ
と引きずり込まれて、消えていった。

「…え…っ!?」

サニーの後ろにいたスターが目の当たりにしたその光景に気を
取られると、スターにもサニーと同じように地面の影から無数の手が
伸びて、瞬時にその手が影ごと引き込まれ…影の中へと消えて行った。

「っ…サニー……スターっ!?」

二人の後ろの繁みの中で、外の二人を見ていたルナが、思わず
動揺して繁みの中から飛び出して、悲痛な声で二人の名前を叫ぶ。

「…全く」
「…へっ?」
「番って退屈なもんやなあ…弟子やしたっぱの苦労が身にしみるわ」
「っ……」

姿が無いにも関らず聞こえて来る女の声

その声にルナが首をしきりに振って、その声の主を捉えようとする。

「…そこのあんた、悪いなあ…お仲間は子供みたいやけど、とりあえず
捕まえさしてもろた」

「…どこに…何処にいるのよっ!?」
「……ここや、ここ」

動転しきっているルナの目の前…その影の中から、手袋を嵌めた
腕が突き出される。

「ひっ…あっ…!」
「そない、こわがらんでもええよ、っと…」

影の中から伸びた二本の腕…それが地面に手を付けて、影の中から先程
からの姿の無い声の主がルナの前に現れた。

「…で」

現れたその者…広く深い帽子に身長よりも長く大きいマント

長布を巻き付けた様な服で隠された豊満に膨らんだ胸や局部

かなりの肌の露出を許した服装の長身痩躯のその女性の目深に被った
帽子から微かに覗く瞳光は鋭く…目下のルナを見据えていた。

「は…はわわわわわ…!」

仲間の二人の一瞬のこの場からの消失

目の前の影から姿を現したその二人を消したであろう者

…顔は紙の様に白くなり、体を震わせるルナはもはや風が吹けば
倒れてしまいそうな程に心身共にか細くなっていた。

「…そそそ、その、ええっと…っ!」
「…まだ震えとるんか…とりあえず、深く息吸うて
吐いて、落ち着いてみたらどうや」
「…へっ」

…もはや風前の灯と言った弱々しげな姿を晒すルナに対して
何かの目的のためか、女性が宥める様な物言いをする。


「…呼吸やっ、呼吸っ、しーんーこーきゅーうっ!」
「は、はいいっ!…すうー…はあー…」

恐怖に正常な判断や思考が出来なくなってしまってるルナに痺れを切らして
女性が叱咤すると慌ててルナが呼吸を繰り返した。

「すー…はー…すう…はあ…」
「……ほんで…話戻すけど、あんたら何者や?」


落ち着く頃合いを見計らって、スカアハがルナに再度話し掛けた。

「…はあ…はい…もう降参しますので…」

この後の自分達の扱いに不安を抱きながらも、ルナが質問に答えようとした。

「私達は…光の三妖精です」
「……え?妖精やてえ?…ほんま…?」
「はい…私もその一人の妖精です…」
「へえ…」

告げられた言葉の内容に、女性が何故か先程とはまるで違う声色を
発しながら大して距離の無いルナの傍まで警戒も無さげにその女性が歩み寄った。
そのまま女性が身を屈め…ルナの顔と帽子で良く見えなかった女性の
顔の高さがほぼ同じものとなる。

「なっ、なっ、なんです…かっ…!?」
「あんた…」
「…めっちゃ可愛えなあっ!」

しゃがみ込んだ女性が何を思ったのか…感嘆の声と共にルナの背に
手を回して深く強く抱き寄せた。

「…きゃっ、ちょっ…!」

不意に女性に羽交い締めにされて、ルナが抵抗するが…体格的にも膂力的にも
それは敵う事は無く…されるがままである。

「……はー、可愛いだけや無くて、めっちゃやわこいしー…プニプニしとるう…」
「えらい良い匂いもして…こんなにかわいい妖精がおるとかもう、オバチャン…」
「…うう、何でこんな目に合わないといけないのお…」







「ゴメンゴメン…そないこわがらんでもいい言うとるやろ…これからあんた
食うわけでもないんやし…な」
「…うう」
「…涙拭きな、やりすぎたわ…ゴメンな…」

…開放されても未だ涙目で、震えているルナに、女性が宥めながら謝る。

「…ほんで、ホンマに何しに来たん?やっぱり只の悪戯か?妖精やしな」
「グス…そうですう」

鼻を啜って、俯きながら女性の質問にルナが答える。

「…刀持った輩相手に仕掛けるのはやめや?妖精や
から悪戯は仕方ないけど、相手は選ばな」
「…え?」

聞き覚えのある言い回しに気付いたルナが顔を上げた。

「…ん?どうかしたか?」
「あ、いえっ!…その…」

急に顔を上げたものの、反射的な行動だったために先程の仲間と自分にされた
事を思い出したルナが、拭いされていない恐怖に顔を逸らしてしまう。


「…その、さっき影の中に引きずり込まれた二人は…離してほしいんですが…」
「…その言葉取り敢えず信じるけど…それは駄目や」
「…ええっ!」

目を泳がせながらのしどろもどろのルナの懇願に女性はピシャリと断った。

「害の無さ気な妖精でも番を任された身や…そこで寝とるライドウが
目え覚ましてええ言うまでは離すのはでけへん」
「そ、そんなあ……」

女性の返答にルナが肩をがっくりと落として、目にまた大粒の涙を浮かべた。

「…まあ、ライドウも鬼やないから、いたずら目的の妖精相手になんも
せんやろ、ウチからも判を押すように言うとくから安心しいな」
「そ、そうですか……」

また女性が宥めると、ルナが気を取り直して、胸を撫で下ろした。

「…そうや」

何かを思いついた様子の女性が後ろの神社へと親指を向けた。

「…どうせやったら上がって
ゆっくりしてったらどうや?人んちやから茶は出せんけどな」







「ん…しょっ」

……どこか錆びついているのか、重い引き戸が開けられて、茶処の
中が霊夢達の目に晒された。

「……」

入った一同が何も喋らずに目線を店内に錯綜させる。

入った一同の多数が、店内の隅の蜘蛛の糸やあばら屋のような崩れた物が無
数に並んでいると、邪推したが……それは外れていた。

店内は狭いながらもテーブルも椅子も綺麗に並べられていて、飾り気は
無いが、清潔さはきっちりと感じられる状態だった。

「…思ったよりは」
「まともやな…」
「…確かにな」

「まっ、外観はいいけれど…問題は味じゃないかな?」
「美味しいのかー?」

「そいつは食べてみてからだよ、お客さん」

声に一同が振り向くと、店の奥のカウンターから暖簾を
くぐって、店主と思われる初老の女性が現れた。

「…何というか……珍しい連中って感じだけど…」

店内の霊夢達の姿をまじまじと見てから、店主が奥のテーブルに指を指した。

「金を払って大人しく食べて飲んで静かに話しでもしてくれれば
お客さんだ…まっ、座んなよ」

「…それじゃあ、お言葉に甘えて」

店主に促されて、ぞろぞろと店に入った一同が狭い店内を歩き出した。

「…俺は椅子に座らせてもらうぞ」

先行してゴウトが奥の椅子に駆け上がり、鎮座した。

「ほんならその隣はウチが」
「串蛇さんの隣は私が座るわよ」
「それじゃあ、向かい側に人修羅とルーミアね」

そう言って古き友が人修羅の頭の上から飛び降りると、机の上に降り立った。

「…そう言えば…あんたも食うの?」

横の椅子に座ったゴウトに霊夢が横目で見ながら質問する。

「当然だ…うん…こういう店程いいものであるからな…」
「…喋れるだけの猫なのに?」
「…だから喋れるだけの猫でないと言っているだろうっ!」

「…お客さん、猫連れてきてもいいけど、静かにしてくれないと」

どうやらカウンターの奥の店主からはゴウトの訴えも只の猫が
喚きたてる音にしか聞こえないようだった。

「くくっ…!限られた者しか聞くことが出来ぬこの身の声が恨めしいわ…」

店内の客の一人の慟哭がわからないまま
店主が、湯呑みにお茶を入れて、盆に載せた。








「…ほい、人んちの粗茶やけど、どうぞ、ルナちゃん」
「へ…?」

入った神社の居間で目の前の
ちゃぶ台の上に横から、気楽に名前を呼ばれつつ、置かれた湯呑みにルナが
目を丸くした。

「はー、どっこい…ん?どうしたん?いらんのか?」
「いえ、その…スカアハさん…人の家のお茶を勝手にというか…」

おどおどしながらもルナが、目の前の座ろうとする女性…影の国の
女王スカアハに指摘した。

「ああ、べつにいいやろ…しょっと」

まごつくルナを一蹴して、スカアハが腰を下ろす。

「…急須の中に残ったもう冷めてた
お茶やし、固いこと言いなや…だいたいルナちゃんどうせ盗みも
常習しとるやろ?今更やわ」
「うう…」
「…はいはい、もうイジメはやめて…何か言われても、怒られるのは
オバちゃんだけにしとくから飲みな?」

また泣きそうになったルナを手を振りながら宥めてスカアハが、湯呑みを
手にとった。

「…いただきまあす」

申し訳なさげにそう言ってから、ルナも湯呑みを手にとって口をつけた。

「…ん」

湯呑みの中のお茶は冷めていたが、その分飲みやすく、味わうことも
忘れて、疲れていたルナがそれを残さず飲み干してゆく。

「…はあ」

一口で飲み干して湯呑みを置くと、ルナが詰まった息を一気に吐き出した。

「おっ、酒や無いけど、いい飲みっぷりやないか」
「…はは」

スカアハの軽いお世辞にルナが苦笑いを浮かべる。

「……」

お茶を飲んで少し落ち着いたのか、ルナが物怖じしていない様子で何故か
首を振って居間の中を見回した。

「…何か探しとるんか?」
「っ、ああ、いえ、その…」
「…さっきも言うたけど、ウチは番しとるから…わかるな?」
「っ…」

スカアハの言葉にまたルナが俯いて、口を閉じる。

「ああ、ゴメンっ…ホントゴメン、いい加減くどいんは」
「…あ、あのっ!」

…俯いて感情を堪える自分の服の裾を
強く握る自分の手をじっと見下ろしていたルナが急に顔を上げて
スカアハの気遣いを遮る様に話をルナが切り出そうとした。

「…ウウンっ!…続けてや」

そんなルナに咳払いをしてスカアハが、場を取り直すと、ルナに話を
続けるように促した。

「…その」
「…人修羅…さんって…会った事はありますか?」」

「……人修羅?」

ルナの言葉にスカアハが首を傾げた。

「ああ…ライドウとかから色々聞いてるけど、詳しくは知らんなあ」
「やっぱり…だめか…」

「…ああ、ちょいちょい、ちょい待ち!ええと…確か…」

見る間に頭を沈ませて気を落とすルナに、スカアハが
焦って必死に思い出そうと頭を捻る。

「…そうやっ!人修羅は確かいっつも嬢ちゃんと同じ妖精を連れていて…」
「それ、知ってます…」
「…堪忍やで、オバちゃんが知らんばかりにな」
「というか…そもそもここの巫女さんと一緒にもうすぐ帰ってくるんやった」
「…そんときに直接聞けばええやん」
「えっ…けど…帰ってって…そっ…それは…」

スカアハからすれば、ルナにとって嬉しい情報であるが…
何故か当の本人は煮え切ろうとはしなかった。

「…ははあ……」
「…な、なんですか?」

ルナのその素振りにニヤつくスカアハにルナが不気味がる。

「フフ…何でも無いで…何でもな」
「ほ…本当ですかあ?」
「誰でもあるからなー…そう言う甘酸っぱい頃はなー…」
「な、なんですか…その頃って…」
「…からかうのはさておきとして…今度はこっちの質問に答えてもらおうかなー…」
「…へっ?」

「まあ、あんまオバチャンの仕事とかと関係ない興味本位なんや
けど…ルナちゃんは何の妖精なん?」
「何の妖精…ですか?」
「ああ、言いたくないなら言わんでもええよ…さっきも言うたけど、只の
興味本位なんやからな」

そう言ってスカアハが湯呑みを取って茶を啜った。

「…月の、妖精です」
「…へー、そうなん…」

ルナの返答にスカアハが息を巻くと、湯呑みを置いた。

「…なあ、ルナちゃん」
「…はい?何ですか?…改まって」

「ライドウの仲魔になってみいひんか?」

「仲…魔?」

聞き覚えのない言葉にルナが首を傾げた。

「…その、仲魔って…?」
「仲魔になれば、強くなれるし、力もつく…小遣いだってもらえるんやで?」

そう言ってスカアハが口端を吊上げ…妖しげな笑みを浮かべる。

「…強く…力も…?」
「…そうや」
「……」

スカアハの言葉にルナが興味が湧いたのか、目に輝きが灯って来た。

「そう、強く……なんてなっ!」
「…へっ?」

…スカアハの先程までの、纏っていた
空気が一瞬で消えてしまう様な、破顔にルナが目を丸くした。


「うそや、うそっ!…オバちゃんの悪ふざけやさかいに堪忍したってなっ!」
「…そんなあ」

ちゃらけた感じでまた喋り出すスカアハにルナがガックリと肩を落した。


「ちゅうか、こんなん詐欺としてよく言う文句なんやから…ちゃんと
撃退せなあかんよ?ルナちゃん」
「幾ら月の妖精やいうてもなあ…それに仲魔になったからって
バラ色ってわけでもないしな」
「うう、気を付けます…」
「…けど」
「…?」
「悪魔にとって月は重要やからな…月の妖精のルナちゃんがいると
なんかいい事ありそうな気もするわ」

「…悪魔」

…かって聞いたその言葉をルナが俯いて
スカアハが聞こえない程、小さい声で呟いた。

「そんにしてもやっぱり、お茶だけやと寂しいなあ…お茶菓子がほしいわあ」







「おっ…来たみたいやな」

カウンターの奥の方から聞こえた音に、串蛇が気付き、すぐに暖簾を
くぐって、店主が出て来た。

「…はいっ、おまちーどさん」

…団子に甘茶やぜんざいなどが乗った盆を
注意を払いながら、店主が霊夢達の付いたテーブルに置いていく。
テーブルの上に所狭しと並べられ…皿に盛られたそれらは
特に変わった色や匂いはしていない。

「…お茶のおかわりが欲しかったら呼んどくれよ」

「……」

店主がカウンターの奥へと去り…全員が押し黙って、毒見役の霊夢の
動向を固唾を飲んで見守った。

「…それじゃあ、いただきます」

沈黙の中…霊夢が団子を手に取り、臆面もなく、串に刺さった
それに一つ齧り付いた。

「…うん」

しばらく咀嚼を繰り返して、満足そうに目を
細めると、霊夢が湯呑みのお茶を啜った。

「…大丈夫そうやな」
「俺たちも頂くとするか」

「そうしましょ」
「うん、いただきまーす…」

そういってルーミアが団子を手に取るのを皮切りに、全員が一斉に団子を
手にとって齧り付いた。

「…うん、うまいわ」
「躊躇なくても良かったわね」

それぞれが上々の感想を述べる中で早くも霊夢が二本目の串に手を掛ける。

「…だれか俺の饅頭を取ってくれ」
「…はいはい……どーっ、ぞ」

テーブルの上の団子を食べるのに没頭していた古き友がゴウトの頼みに饅頭を
抱えて、ゴウトの座る椅子の近くに置いた。

「…恩に着るぞ」

かじりかけの団子まで飛んで戻った古き友に礼を
述べると、ゴウトもテーブルに上がって大口で置かれた饅頭に齧り付いた。

「んーっ…」

口の中に広がる柔らかい草餅の甘みにルーミアも幸せそうに声を上げる。

「…気に入ってくれたようだねえ」

出された茶菓子の
美味しさに色めき立つ霊夢達にカウンターから店主が声を掛けた。

「驚いたかい?こんな寂れた店でもちゃんとした物が出て」

暖簾をくぐってヤカンを持った店主が喋りながら、霊夢達に近づく。

「っ…」

店主が近づくと、霊夢が無言で空の湯呑みを店主に突き出した。

「はいはい…はい、どうぞ」

「…はぁ」

喉が詰まりかけていたのか、店主が茶を入れ直してくれると、すぐに霊夢が
それを飲んで息を吐いた。

「他に追加でいる人はいるかね?」

テーブルについている一同の顔を見回して、店主がヤカンを掲げた。

「…あー、あんなあ、店主さん…さっきは」
「ああ、いいっていいって…うまいとかは言ってくれたしねえ」

串蛇が謝罪の言葉を切り出そうとすると、対して気にしていない様子で
店主が手を振ってそれを制した。

「店が小さいのは、そろそろキリキリ働くのも
疲れてきたんだから、ちょうどいいのさ」

そう言って店主が目を瞑ると、顔に深く皺が浮かんだ。








「………」
「……グウ」

霊夢達が茶処で美味しい食事を楽しむ中…店の前で丸まって
番をしているオルトロスが自前の巨躯を
寝息で小規模な膨張と縮小を繰り返しながら微睡みの中に漂っていた。

「………」

二つの獅子の首に猛獣の巨躯

もの珍しいその存在の危険性を測っても尚、無謀にもそれに触れてみたいと
思う者達…まだ年端もいっていない里の子供達が、建物の影からオルトロス
を触る機会を伺っていた。

…眠りこけるオルトロスに里の子供達が徐々に距離を詰めていく。
その内に里の子供たちの内の一人が、一気に手が届く位置までオルトロスに近づいた。

「……」

眼と鼻の位置まで近づいても、反応がないオルトロスに無謀にも
確信したのか一番近い位置の子供が後ろの他の子供達に手招きをした。

抜き足差し足で近づいてくる子供達に気分を良くしながら、オルトロスの
傍の後ろを振り向いた。

「…ナンノ用ダ」

…振り向いた先にはまだ眠りこけていると思われていた
オルトロスが振り向いた子供達の予想外の事態に体を
お越し終えた引きつった顔を見下ろしていた。

オルトロスが喋り、その声が耳に入った瞬間、蜘蛛の子を散らすように絶叫と
共に子供達が逃げ出した。

「…マッタク…ム?」

子供達が全員逃げ出したかと思ったオルトロスが
目の前にへたり込んで腰を抜かした和服の少女が目に入った。
オルトロスに食べられると思っているのか…目には涙が浮かび、体は
恐怖の余りに震えている。

「娘ヨ…サッサト逃ゲロ、逃ゲレバ食イモセン、呪イモセン」

そう言ってオルトロスがまた地面に丸まって横たわった。

何分かたって、寝息とともにオルトロスの体が微動する頃、恐怖が薄れて
動けるようになった体を立ち上がらせて、へたり込んでいた少女が踵を
返して駈け出した。








「…んー」

番を任されているスカアハが、神社の居間の中で、ごろ寝をしながら唸り上げた。

「…中々帰ってきぃひんなあ」
「…そうですねえ」

同じくこの場にいるルナも寝てはいないが、警戒の薄い崩れた姿勢で座っている。

「…帰ってきたら、その人修羅に何したいん?ルナちゃん?悪戯?」
「そ、それはなんというか、その…」

急に話題を振られてまたルナが返答をまごついてしまう。

「…はいはい、野暮に突っ込まんよ…」

スカアハがつまらなそうにそう言うと、寝ながら手を上げて、それを振った。

(…影絵みたいだな)

ちゃぶ台の下から突き上がる、手袋が嵌ったスカアハの腕
を見て、ルナがそれを思い出した。

「…ん?」

…不意に聞こえた短い金属音に気付き、何の音かとルナが
顔を動かした瞬間に、引き戸の向こうの影が動き、人の形となり…その影が
引き戸に手を掛けた。

「っ…!」

引き戸が開いた瞬間に目に入った…こちらを見おろすライドウの鋭く
冷たい眼光に瞬時にルナが竦み上がり、逃げることも出来ずに固まってしまう。

「…スカアハ」
「ライドウ…目つき怖すぎや、ルナちゃんめっちゃ怖がっとるやないか」
「……」

寝転がっている番を任せた悪魔の言葉にライドウがなにか
考えているのか、動かずにそのまま立ち尽くす。

「…何か異常はあったか?」
「何もないで…精々、悪戯目的の妖精三人来て、二人が今うちの
影ん中におるわ…どっこいしょっ、と」

ライドウにそう返答すると、スカアハが立ち上がり、ライドウと目を合わせた。

「どこの手のモンとかはない…まっ、取るに足らん
ガキのちょっかいやって離してやってくれへんか?」
「…わかった」
「…それでこそライドウやなあ」

大した時間もかからずに頼みを聞いたライドウに満足そうにスカアハが笑う。

「ほれ、ルナちゃん…お許しが出たで?」
「……」

スカアハの言葉にルナが立ち上がると、小走りでルナが
スカアハの後ろに隠れるようにライドウに近付いた。

「まーた秋や言うのに、冬の
寒さみたいに震えよっとるし…もう少し肝座らせえな、ルナちゃん」
「うう…だってえ…」

自分の後ろでまだ怖がっている様子のルナに、スカアハが嘆息した。

「…スカアハ、捉えた二人というのは?」
「…ちゃんと逃がすんやで?」

ライドウの問いにスカアハが答えると、二人の間の
影からサニーとスターを引きずり込んだ異形の手達が、二人を
掲げるように影から浮上させて地面に下ろした。

「…ううーん」
「…手が、手があ」

「はあ…二人共起きなさいよ、悪戯は私が言ったように大失敗だったでしょう?」

闇から上がってもまだうなされている二人に、眉を顰めながら、ルナが話し掛けた。

「…ん?」
「…え?」

うなされながらも耳に入ったルナの言葉に二人が目を開けて起き上がる。

「…」
「…」

起き上がった二人があたりを見回して、ルナとスカアハとライドウ
がその目に写った。

「…お助けーっ!」
「…お邪魔しましたーっ!」

絶叫とともに二人が駆け出して、ライドウの横を通り過ぎて
縁側から飛ぶと、神社からそのまま飛び去っていった。

「…えっと……ルナちゃん…その…?」
「…んの、薄情者お…っ!」

「なあ、ライドウ…ルナちゃんいるから多分
わざと逃したんやろうけど、尋問とかもうやめたってくれへん?」

涙目で拳を握って、俯いて震えるルナの
不憫さにスカアハがライドウにまた懇願した。

「…わかった」
「…うん」

「ああ、そうそう…なあ、ルナちゃん…そういえば人修羅とか言う
奴について聞きたいんや無かったか?」
「…そうだ、人修羅さんっ…」

スカアハのその言葉にルナが涙を拭って、俯いていた顔を上げた。

「…人修羅?」

鋭く…冷酷さすらも感じさせるライドウの復唱と視線にまたルナが
スカアハの後ろに隠れた。

「…さっき言うたやろ?怖いから、ライドウ」
「っ……」

背中に張り付きながら震えるルナの頭をスカアハが
撫でながら、ライドウを嗜めた。

「…何かこの子が気になるんやと、その人修羅が」
「釘刺しとくけど、あんたが危惧するようなもんは
持ってへんで?ルナちゃんは」
「……」

スカアハにそう言われると、ライドウが
二人に背を向けて、歩き出し…縁側に立った。

「奴については自分も詳しくは知らないが…」

自分に怯えるルナに対する配慮か…何もない庭に顔を
向けながら、ライドウが話し始めた。

「…人間なのか、悪魔なのか…ああなる前は
只の人間だったようだが、今では…凡そ
人間の枠に収まりきらない、悪魔の力を手にした存在だ」

「…悪魔の、力…」

「一つ忠告しておこう」

「…へ?」

聞いたその言葉
を自分に言い聞かせるように静かに復唱するルナに不意にライドウ
が話しかけると、振り返り、面を食らっているルナを見下ろした。

「…人間であろうが、悪魔で
あろうが、踏み込まれたくない、探られたくない部分というものはある」
「人修羅という存在に興味を抱くのは
勝手だが…何か聞こうというなら気をつける事だな」

「……」

その言葉にルナがまた頭を俯かせた。

「…まあ」

またルナに背を向けて、纏っている外套を払ってから、ライドウが
縁側に腰を下ろした。

「…探ることが仕事の、自分が言っても……」

そのまま後ろへと体を倒して、床に背を預けると、ライドウが目を閉じた。

「……どうやら、またお休みみたいやな」
「……」
「…ルナちゃん?」
「へっ、あっ、はい…何ですか?」

頭を俯かせながら、上の空だったルナにスカアハが
話しかけている事に気づいて、顔を上げた。

「考え事しとる所悪いけど…今からどうするんや?帰るの?ここに残るの?」
「…あっ」

スカアハの言っていることを完全に失念していたようで、ルナが口を
開けて、固まった。

「ここに残れば、まず人修羅とか言うのに会えるけど…」
「そうですけど…」
「ちゅうか…何でそんな乗り気やないん?ここに残るのが」
「それは、まあ、なんというか…」
「はあ…」

ひたすらに返答を詰まらせるルナに飽きれてスカアハがため息を吐いた。

「…どうせ後ろ暗いことやろ?」
「……」
「大方…そうやな、ここの巫女さんにちょっかいかけまくっとったんやろう?」
「…はい」
「やったら…とりあえず今日はもう一旦おうちに帰り?多分、そのほうがええわ」
「…そうします」

何もかもスカアハに見抜かれ、その指摘に、意気が消沈しきったルナが
肩を落としながら、立ち上がった。

「…その」
「…なんや?」
「えっと、色々と有難うございました…妖精に親切な人って少ないので…」
「…ええよ、ウチ、妖精好きやしな」

頭を下げるルナに、手を振ってスカアハが気にしていないとの手振りをした。

「…それでは」
「うん、ほなな」

最後にそう言ってルナが、スカアハに背を向けて、居間から抜け出た。

「…ふふ」

居間にいるスカアハから見える、ルナの眠っているライドウを
起こさないようにと、こわごわと足を進める様子に思わず笑いが漏れ出た。

「…あらっ」

ライドウを起こさず、無事に庭に降り立ったルナが
駆け出すと、足を躓いて転ぶ姿にスカアハが口を開けて固まる。

「…大丈夫みたいやな」

駆け寄りでもして、助けようかとスカアハが思った途端にルナが
立ち上がり、服についた埃を払ってから、羽根を
羽ばたかせて飛び上がり、その姿が開いた引き戸
から見える庭の景色から、姿は消えて行った。

「…肝座らせて頑張るんやで、ルナちゃん」
「はー…今度は女の子の弟子でも取ってみるかな」








「……グウ」

もう昼も過ぎ去って暫くした時間

…主人たちはまだ食べ終わっていないのか、店から出て来て
おらず、まだ店の前のオルトロスは微睡みの中を泳いでいた。

そんな中蜘蛛の子を散らすように逃げていった
里の子供達の内の一人が何かを抱えて、また横の
建物に隠れながら、オルトロスに近づく機会を伺っていた。

恐怖を落ち着けるためか、その子供が呼吸を何度か繰り返し…意を
決してオルトロスに向かって走りだした。

「…ム」

先ほど逃げていった子供の匂いを眠りながらでも
感じたオルトロスが、丸まって眠っていた体を瞬時に伸ばして、起き上がった。

目に入ったその者が、急に起き上がった
オルトロスに竦み…体が固まってしまう。

「…先ホドノ娘カ」
「…ソノ包ミハナンダ?」

その小さい体を竦ませながらも、必死に抱えているものが目に付いた
オルトロスの問いを聞くと…おそおそるそれを
オルトロスの前の地面に置いた。

「…ソレハ」

地面に置かれた物…包が開かれると、中には小さいあんころ餅が二つ並んでいた。

「…先ホドノオワビカ?」

オルトロスの言葉を聞くと、餅を持ってきた顔を
赤らめて子供が気恥ずかしそうに俯いた。

「…好ミノ部類デハナイガ、頂クトシヨウ」

オルトロスがそう言うと、それぞれ二つの口が、地面の包に交
互に食らいつき、瞬時に二つのあんころ餅がオルトロスの口の中へと消えた。

「…ウム…旨イナ」

巨躯に伴ったその大きい顎を動かし、小さいあんころ餅を飲み込む
と喉を鳴らして、オルトロスが感想を述べた。

「…ワビトハイエ、馳走ニナッタ」

目を細めてそういうオルトロスに固まっていた子供も目を
細めて嬉しそうな笑顔を浮かべる。
二つ首の怪獣と里の子供が邂逅する最中…番をしていた茶処の戸が開かれた。

「オルトロスー、お待たせや、土産も…あん?」

戸を開いた袋を抱えた串蛇が
目に入った見慣れていない里の子供に、気付き、首を傾げた。

里の子供も不意に場に現れた串蛇に驚いて、空の包を手早く
抱えると、オルトロスに背を向けて転けそうな勢いで走って逃げていった。

「…どうかしたん?オルトロス」
「何デモナイ、餅ヲ恵ンデモラッタダケダ」
「ふーん…そうなん」

オルトロスの
返答にこれ以上聞く気もない串蛇が、オルトロスに近寄り、その背に腰掛けた。

「…何か騒ぎでもあったの?」

オルトロスと串蛇の話を聞いていたのか、眉を顰めながら霊夢が茶処から出て来た。

「何もないで、霊夢はん」
「……」
「…そう、ならいいけど」

答える串蛇と押し黙るオルトロスに大して
これ以上追求する気もないのか、霊夢もそう言うと店の戸を抜けた。

「…うーん、美味しかったあ!」
「お腹いっぱいなのかー」


続けて抜け出た人修羅の肩の上の古き友とルーミアが上機嫌に感想を述べる。

「お腹もいっぱいだし、次は…」

そもそも此処に来た予定の買い物に付いてなのか、霊夢が顎に手を
添えて、何かを考え始めた。

「…そうねえ…ねえ、人修羅さん」
「お金というか、お財布ごと貸してよ」

「…業突く張りも付け加えておこうかしらね、巫女さんの頭にさ」
「追加注文だったら、さっき散々したでしょう?…って、妖精なんか
との小競り合いはさておきとして…」
「串蛇さんが乗ってる猛獣連れて買い物なんて、出来るものでもないし…私と
串蛇さんだけで色々買ってくるからさ」
「どこか離れた所で暇でも潰してて欲しいんだけど…」
「まあ…筋は通っとるな」



「……かまへん、かまへん、襲って
くるもんなんておらんやろ?さっきもそうやったしな」
「……不満デハアルガ、シヨウガナイナ」

人修羅の返答と質問の答えからして串蛇とオルトロスは
大して霊夢の提案に異存はないようだ。

「…だったら、私もー!」

黙って聞いていた古き友が人修羅の方から飛び立ち、滞空した。

「ねっ、ルーミアも行こうよ、食べ物とかたくさんあるだろうしね」
「たくさんなのかー、じゃあ、行くー」
「…特に異存はないみたいだから、決まりね」

霊夢が人修羅に近づき、手を差し出すとその手の上に紫から渡された
銭が入っている財布を懐から取り出して置いた。

「それじゃあ、行って来るわ…待ち合わせは外の垣の前でねー」

歩き出す霊夢に、串蛇もオルトロスから降りて歩き出し、続いて
小走りで追いつくルーミアの頭に古き友がすかさず乗った。

「…ぐうう」

この場から霊夢達が去ってすぐ…茶処の空いた戸から、ゴウトが
重苦しげな呻き声を上げながら、外に出て来た。


「…む、胸が苦しい…風情を楽しむべきと、饅頭を殊更と
食べたが…この身にはあの量は毒だったか…」

呻き続ける…今すぐにでも倒れそうなゴウトの体を
人修羅が腰を下ろして、抱え上げた。

「…トリアエズ、苦シソウニシテイル者モイルシ、一旦風ノアタル所ニデモ
出ルトスルカ、人修羅ヨ」










「…遅すぎるっ!」

もう昼もかなり過ぎた頃の人里の垣の外

……体調を取り戻したゴウトが横の人修羅と
オルトロスと共に霊夢達が戻ってくるのを待つ
中で、しばらくしても中々来ない待ち人達に、ゴウトが痺れを切らした。

「…大体、あやつらだけで買い物に行かせたら、長引くと
わかっていただろうが、オルトロス、人修羅ぁっ!」
「マッタク…ヤカマシイゾ」
「…うぬにしても、護衛の任があるにもかかわらず」
「確カニ与エラレタ命ハコナスガ…モウ串蛇ハ狙ワレル様ナ
物ナド持ッテハイナイダロウ」
「コノ人里トヤラハ治安モイイシ、アノ妖精モツイテイル…イイ加減
串蛇ニ機会ガアルナラバ自由ヲ謳歌サセテヤッタホウガイイサ」
「…そう…だな…」

オルトロスの返答と指摘に、ゴウトの頭も冷えた様
で、先程の威勢は消えていった。

「だが……日が沈む前に神社まで辿り着かねば…夜間の道は危険だ」
「…まだ日は残ってはいるが、秋の日は釣瓶落しだ…里の中に入って
探した方がいいだろう」
「…うぬはどうなんだ?」

ふと、この場の横に立っていた人修羅にゴウトが聞くと、人修羅が
返答せずに、頭を俯かせた。

「……悪かった…」

返答しようとしない人修羅に、察したゴウトが謝ると、息を
吐いて、目線を下に向けた。

「…なあ、人修羅…聞きたい事があるんだが…」

目線を下に向けたまま、ゴウトが再度、人修羅に話しかける。

「お前は悪魔の力をその身に宿したが…人に害を成し…人の…」
「…すまん…聞くだけ野暮と言う物か…」

歯切れを悪くしながらも、話し始めたゴウトが、すぐに謝って言葉を切った。

「…元よりお前は誰の敵でもないさ…悪魔の敵でも…人間の敵でも」
「只…身に振り掛かる火の粉を払い続けていただけ」

「……人修羅さーんっ!」


この場の面々が聞き覚えのある大声が、耳に入るとすぐに垣の中の
門から、霊夢が出て来た。

「ああ、いたいた…人修羅さん…とりあえずこっち来てくれる?」

…何故か嬉しさを隠し切れない様子の霊夢が、またせわしない様子で
門をくぐって里の中へと戻っていった。

「……間が良いのか、悪いのか…あの巫女は」







「……そうそう」

門を抜けた人修羅が目に入った……うず高く酒に米俵に他の
食べ物が積み重ねられている手押し車に体を固まらせた。

「…もう、車ごと買っちゃったから、往復の心配はしないで」
「どうせあの妖怪がくれた泡銭なんだから、持ってかれる前にパッと
使っちゃおうかなーって思ってね」
「…なあ、人修羅はん、大丈夫か?連れの子が
大丈夫言うから、ウチもかなり買うたんやけどお…」
「大丈夫よ、人修羅なんだしね」
「大丈夫なのかー…?」

平然としている古き友と霊夢と違って串蛇とルーミアは車を
見ながら、人修羅の心配をする。

「じゃ、いこっか、人修羅…押せなかったら、私も手伝うからね」

気楽げにそう言うと、古き友
がルーミアの頭から人修羅の頭へ飛んで乗り上がった。
かなりの重責を負う事になった人修羅が、口を結び…取っ手を掴んで
渾身の力を込めて押し込んだ。

「…へえ」
「…ほんまや」
「…動いてるねー」

手押し車が動き、進む様子に霊夢達が驚きに色めき立つ。
…手押し車を動かした人修羅の顔色はまったく
変わっておらず、この車を押し引くのは古き友の言う通りに大した
苦でもなさそうだった。

「凄いでしょ、人修羅は!」

「…そこでうぬが自慢してどうするんだ」

人修羅の頭の上の
古き友が意気揚々とするその様子に後からやって来たゴウトが嗜めた。


「むっ、何よ…ツンツンしちゃってえ」
「……」

古き友の言葉に言い返しもせずに、ゴウトがのろのろと
手押し車へと歩き…そのまま飛び乗った。

「…すまんが、人修羅よ…荷物を一つ追加だ…」
「……ねえ、人修羅…その、何かあった?」

…ゴウトの様子に古き友が何かを
勘ぐったのかしおらしげに人修羅に話し掛けた。



「……うん、車運ぶの…お願いね」

人修羅の返答を聞くと、古き友が人修羅の
座っている頭をねぎらいを込めて撫でた。

「串蛇…」
「…ん?ああ、はいはい、お待たせっと…」

続いて後からやって来た
オルトロスが、串蛇に話しかけると、串蛇がいつもの様にオルトロスの背に乗った。

「…ねえ、人修羅さん…もう一つ追加で」

そう言うと、霊夢も寝ているゴウトの横に腰掛けた。

「帰ったら色々夕飯作らないといけないから…休ませて」

「うん…どうもね…」

手押し車に腰掛けた霊夢が、人修羅の
承諾を聞くと、座りながら大きく手足を伸ばした。

「後で注文を聞いてくれる?巫女さん」
「…ご注文は?」
「後に決める事にするわ…あんたも乗りなさいよ、ルーミア」


「……うんっ」

人修羅の言葉を聞くと、ルーミアが
はしゃいだ様子で、車に近寄り、勢いをつけて腰掛けた。

「……デハイクトスルカ」

買い物を終えた一同と買った数多くの物を乗せた手押し車の
車輪が軋みながら、ゆっくりと動き始めた。






「はー…さぶ…」


買い物も済ませて神社の近くの獣道に差し掛かった頃…吹く風の
冷たさに、霊夢が体を震わせた。

既に空の日は沈みかけて、人修羅の押す手押し車の車輪が進む
度に車輪の影がゆっくりと瞬き…他の面々の影が、連なって
動いて地面の上を這って行く。

「ん…?」
「…んー……確か…」
「…ドウシタ?串蛇」

…獣道の起伏に手押し車の車輪が騒々しい音を立て続ける中でも
串蛇の何かを悩み呻く声を聞き取ったオルトロスがそれを尋ねた。


「……ああああああっ!しもたっ!忘れとった!」

「…んうー?なによう…?」
「…何々?何かあったの?」

「忘れたのかー?」

急に上げられた串蛇の絶叫に面々が、何事かとどよめき始めた。


「…っ!」

取り乱した様子で串蛇が、飛ぶようにオルトロスから降りると、血相を
変えて、後ろの車に腰掛けている霊夢に詰め寄った。

「…どうしたのよー?串蛇」

詰め寄られた霊夢が気怠そうに詰め寄った串蛇に尋ねる。

「お芋やっ!」
「…お芋?」
「…お芋だったら…買ってないわよ、確か」

横で聞いていた古き友が人修羅の頭の上から串蛇に事実を告げた。

「…なんちゅうこっちゃ」
「……日も暮れちゃってるし、此処からだと人里は
もう遠いし…どうしようもないかもね」
「どうしようもないのかー」

「……あるけどー?」
「…何があるの?」
「どうにかしようがだけど」
「…ホンマか?」

狼狽えきっている串蛇とは言う通りに確たる方法があるのか、対称的に霊夢
は、落ち着き払った様子である。

「ホンマ、ホンマ…しょっと」

車から降り立つと、霊夢が何故か人修羅から預っていた財布を取り出した。

「…ちょっと待ってて」
「ちょっ、何処行くんや…霊夢さん」
「お芋を買いに…と言うよりは売りに来てもらいにかな」
「へ…?」

そう言い残すと、串蛇似説明も無く霊夢が道の傍の茂みに入り、姿を消した。

「……大丈夫かな?霊夢はん」
「お金持ってどうするのかしら?」
「どうするのかー?」






「……む…何だ?騒々しい……」

手押し車の上で眠っていたゴウトが、周りの音や声に微睡みから意識が戻した。


「…すごいなあっ!霊夢さん…何やったん?!」
「…うん、確かに」

「ワカラン…フカカイダナ」
「凄いのかー」
「別に凄くないわよ……只の神様のおかげなだけだしね」

「…俺が寝ている間にいったい何が?」

体を起こしたゴウトの目に入った…口々に串蛇達が、芋の入った
袋を抱えて立っている霊夢を讃える様にゴウトが首を傾げた。

「ほら…さっさと帰らないと日が暮れるわよ」

周りの自分を讃える串蛇達に、手を振って
催促すると、串蛇達が離れて行く。

「…ああ、ゴウトさん…どうしたの?」
「や…と言うか、何があったと言うんだ?」

手押し車へと戻って来た自分を見るゴウトに気付いた霊夢が、話し掛ける。

「別に…只の買い物…よっ」

説明する気は無いのか、それだけ言うと霊夢が、ゴウトの横に腰掛けた。

「だったら、いいがな…」
「…ねえ」

…恐らく聞いても
無駄だと、早々に引き下がったゴウトに何故か霊夢が話し掛けて来た。

「…何だ?」
「んー…今はいいわ…神社で落ち着いてから話すね」

そこで霊夢が話を切ると、手押し車の車輪がまた音を立てて回り始めた。









「っ…!」
「っとお…ライドウ、そう睨みつけんといてや」
「…串蛇」

感じた気配に、跳ね起きたライドウに、串蛇がのけぞった。

「お目覚めか?…ライドウ」

串蛇の後ろからゴウトも寄って来て、話しかける。

「買い物は無事終了だ…滞りも邪魔者も無くな」
「そっちはどうだった?」
「…そちらと同じだ」

ゴウトの報告にライドウが
同じように報告を返し…俯いて深く長く息を吐いた。

「…もう夜か」

目に写る周りの闇にライドウが、首を傾けて空を仰いだ。

……空から注がれていた陽の光は
既に消えていて、太陽が姿を消した空は無数に散りばめられた小さな
星々が空を支配していた。

「…そういえば、スカアハは?」
「それについては後ほどだ」
「…ほいっ!食べな、ライドウ」
「これはっ…」

串蛇から差し出された皿に盛られている沢山のそれにライドウが大きく目を見開く。

茶色い皮に黄金色の果肉

掛けられた胡麻の香りに掛けられた蜂蜜による光沢が輝きを放つ一品

「前に葵鳥に聞いたんや…ライドウが、大学芋好きやって」
「…すぐにでも頂こう」
「……おい、ライドウ」
「うん…実に、うん…旨いな」

ゴウトが話しかけるが、ライドウは
すでに大学芋に没頭しきっていて、耳に入っている様子ではなかった。

「……もういい、食いながらでいいから訊け」
「…何だ?ゴウト」
「なあ、ライドウ…大学芋だけやったら喉に詰まるで?」
「ああ…有難う」

続いて串蛇に差し出された
湯呑みを受け取り、中の熱いお茶をライドウが啜った。

「うぬの番をしていたスカアハ
は、影の中で酒盛り中……酔って色々恥ずかしい事を
喋るのはこの場の者達では嫌だからだそうだ」
「…オルトロスは引き続き、神社の前で番をしているぞ」
「…わかった」
「報告は大事だからな」
「…他の」
「…うえーいっく!」

ゴウトとライドウが真面目に話を
交わす中……急に高い女の声のしゃっくりが割って入った。

「…あそこだ」

ゴウトが横を向いて、顎先で
方向を指した方向…そこには居間に座って一升瓶
を手に持って酌を進める霊夢が赤ら顔で座っていた。

「…はー、高い酒って最っ高!
すーっと喉を通ってー、胃に入って…あぶく銭でもぉー口に入ってしまえば
同じよねー…ンフフウ」

…喜色満面そのものといった様子で、舌なめずりをしながら、霊夢が
杯に次の一杯を注ぎ始める。

「…はー……」

その横でもルーミアが湯呑みを
口につけているが、傍に空の瓶が何本か、転がっていた。
…顔は霊夢程でもないが、頬に赤みが
差している所を見ると、かなりの合数を飲んでいるようだった。

「お米のお酒って美味しいねえ…すっきりしてて」

「…まあ、見ての通りにあの様だ」
「ウチら、一応止めたんやけど…聞く耳持たずにあの二人ったらな」
「……」
「放っておこう…我々は余所者だしな」

「んー…?」

どう見ても酒が
受け入れられる体に見えない二人が完全に酒が
進みきっている状態を見て、呆気に取られているライドウ達に二人と
同じく赤ら顔で古き友がライドウ達の前で滞空した。

「…飲んでるー?あんた達もー……」

古き友がライドウ達に話し掛けながら、飛んでいるが、その飛行は
ふらふらと漂う不安定な物となっている。

「…とりあえず大丈夫か?」
「大丈夫ですよーだ…あたしは喋れるだけの猫じゃないもーんだ…」
「はー……」

何度か聞いたその自分に対する悪口にもゴウトが
反応せずに嘆かわし気なため息を吐く。

「…残る一人の人修羅は?」
「疲れていたのか、お前の横で眠っているぞ」

ゴウトの指摘に、ライドウが横を向くと、人修羅が目を閉じて横たわっていた。

「手押し車を押してもらったりと
働いてもらったからな…休ませておくとしよう」
「そうだな…」
「なあ、ライドウ…ちゅうか、聞きそびれてたん
やけど…人修羅さんっていったい何なん?」
「…人修羅は人修羅だーっ!」
「うわっ!なんや…」

後ろで話しを聞いていた泥酔状態の
古き友がいきなり叫びながら話に割って入った。

「まったくう…どいつもこいつもお…人修羅わー、悪くないのーっ!」

…ふらりふらりと飛んでいたくだをまく古き友の
不安定な飛行は見る間に下がるだけといったものとなっていく。

「偉そうに…説教を…」

そのまま下がりながらも、滑空するように寝転がっている人修羅の
方へと、古き友が落ちていく。

「……」

そのまま人修羅の上の方まで
滑ると、ぽとりと糸が切れたように人修羅の傍に墜落した。

「……ぐう」

「…お熱い事だな」

寝入った古き友にゴウトが辟易しながら、次に目を居間の方に移した。

「…うーん、もう飲めないわー…」
「…くー」

ちゃぶ台の上で突っ伏して
うなされるように寝言を言う霊夢と安らかな寝息を立てて、大の字で
畳で眠るルーミアにゴウトが溜息を吐いた。

「…ほんで、聞きそびれたけど…人修羅さんって?」
「只の人間だ…悪魔の力を宿してしまったな」
「悪魔の力…悪魔やないって事か?」
「…我々にも詳しくは分らん…だが、こいつも元は人間だったようだ」
「…あの丸薬のせいやない…よな?」
「ああ、違う…得体は掴み切れていないが、別の要因だ」
「…そうなん?」
「…」

ゴウトと串蛇が話を交わす中、ライドウが庭に降り立った。

「オルトロスとスカアハを管に戻しに行く…朝から長時間
出したままで、マグネタイトが枯渇しそうだからな」
「せやったら、ウチもついていかなならんやろっ、と…」

串蛇も慌て気味に履物に足を通して、転びかけながらも、庭に降り立つ。

「…串蛇、人修羅の事だが」
「ん?何や?」

履物に居心地の悪さを感じたのか、地面を蹴る串蛇にライドウが
話し掛ける。

「…他の世界で、一度は自分と仲魔という間柄となれた者だ」
「得体が掴みきれていない者と同じ屋根の下で過ごすのは気分が
良くないかもしれないが…」
「…何、今更気にしとんねんっ…そん
な事…ほらっ、先行っとるで」

飽きれた様子で串蛇が、手を振ってから、大股で庭を歩き出した。

「さっさと追い掛けろ…ライドウ」
「…ああ」

先を行く串蛇に追い付くべく、ライドウが小走りで駆け出すと
縁側から飛び降りたゴウトが、その後ろについて走り出した。

「なあ、ライドウ…」
「…何だ」
「元の世界に帰る道筋が出来た時、あやつを・・人修羅をどうする気だ?」
「何もしなくともいいだろう」
「何故だ?」
「…只、信じているからだ…あいつを」







幻想郷では多数の人間は眠り、多数の妖怪は起きる時間



…縁側で眠りこけていた人修羅が、まだその時間の中で
目を開けて体を起こした。

「…うーん、人修羅ー、わたしがー…」

傍で眠っていた古き友が目に入って、人修羅が寝言をつぶやく
古き友をじっと見下ろした。

…古き友が無事であることがわかると、安堵の溜息を
吐いた人修羅の起き抜けで鈍っていた頭が覚めてくる。

思考力を取り戻した人修羅が辺りを見回すと、傍で
眠っている古き友の他に居間でちゃぶ台に突っ伏している霊夢や
畳に横たわっているルーミアも見えた。


「うーん…人修羅…私が……」

……古き友の寝言を聞きながら、只一つの
大いなる輝きが、浮かぶ空とは違う…幻想卿の
星空を人修羅を仰ぐ。

虫の音

涼風に揺れる木々の葉

大切な者を傍らに置いて…今この時にも過ぎ行く時間の中を
只、何もせずに過ごす。

静謐な…充ちたる物を感じる事が出来る世界の中

……その世界の中で、佇んでいた人修羅の耳に、風による物で
はない…地面の茂みの葉を揺らす音が、入って来た。




…目の先の神社の庭を縁取る森の茂みの中から、聞こえて来た
方向へ庭に降り立った人修羅が、声を掛けて所在を尋ねた。

…が、其処からは返事も無く…目の先には何の変化も生じなかった。

只の気のせい…そう勘ぐりもした時に、人修羅の目の先の茂み…そこ
から、何者かが茂みの中を走って逃げ回る様な葉を
擦る音が響き…小さくなっていく。

その音が耳に入った瞬間に、人修羅が即座に茂みの
中へと飛び込み…葉や木々の枝をものともせずに、駆け出していく。

…真夜中の人修羅の視界は悪く、そのせいなのか、音の正体を
目の当たりに出来ないまま…人修羅は森の中を走り続けた。

…その内に、森の中であってもある程度視界が開けた
場所に出た人修羅が、足を一旦止めた。

留まったその場所で、人修羅が首を振るが…視界の中の存在は
只の真夜中の森の木々だけだった。

そして…一人、真夜中の森の中を
駆けずり回る人修羅を嘲笑う様に、また枝葉を揺らす音が響き…その
音は遠ざかっていく。



業を煮やした人修羅が、自身が抱く音の正体の存在を叫ぶが…
返事は来ずに、空しく人修羅の叫びがこだまするだけだった。

森の中で響いた自らが叫んだ声もすぐに消え…人修羅が今度は
走り出さず、枝葉を揺らす音が遠のいていった方向へと歩き始めた。










走るのをやめて、人修羅が歩き出して……暫く

…先程足を止めた場所の様に、木々の生えていない開けた
場所でると動かし続けていた足を人修羅が、急に止めた。

その場に留まった人修羅が、深く息を吐くと、またあの葉
が擦れ遠くなっていく音が人修羅の耳に入って…遠のいていく。

その音に、人修羅が反応せず…目の前の森の中の木々の
内の一本に腰を下ろし、背にもたれ掛かった。

もたれ掛かりながら、無防備にも何者かの
術中に嵌まったと嘆いているのか…人修羅が俯き、深く目を瞑った。

……またあの葉の音が響き、消えていくが…人修羅は膝を抱えたまま動く事は無かった。

最後に置き換えするのを忘れて上げ直しましたすいませんorz

寝ている所で如何にもマーラー様に勝てません臭を撒き散らす巨乳の女性が
起こしに来てくれない鬱な日々ですが、えっちなオッパイオ!猴絲金ですorz


今回二回目となっての登場キャラですが、いわずもがなのライドウと目付けのゴウト
そして、漫画オリジナルの串蛇です。

コドクノは実に面白く、新キャラ既存キャラ共々、とてもかっこよく可愛く
描かれておりますので、じゃけん全巻揃えましょうねー(ステマ)

今回の中でライドウが話した通りに、後二日で終わりです。

と言っても続きはすぐあげましたが…デビサバ放送したので
やる気がヒートライザした結果です。

それでは、宜しければ次へと…はばないすでー
猴絲金
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コメント



0.90簡易評価
5.40名前が無い程度の能力削除
クロス物にありがちなんですが、
クロス先のの作品の言葉や人物(生き物)についての説明がほとんど無いのがちょっと
これがサザエさんやらなんやらだったらもはや説明不要と言う事で良いのでしょうが、普通はその辺りを説明する文章が無いと何がなんだかわからないまま終わってしまう気がするのです
両方知っていて当たり前みたいな雰囲気は無くした方がよろしいかと
作者さんはそう思っていなくても、読者にはチンプンカンプンです
メガテニストの自分でもこれはちょっと説明不足だなと思いました