Coolier - 新生・東方創想話

「Memory Of Vapourship」

2013/07/14 07:58:34
最終更新
サイズ
8KB
ページ数
1
閲覧数
744
評価数
5/12
POINT
820
Rate
13.00

分類タグ

霧の湖の岸には、時折外の世界から何かが流れ着く。
鉄の塊で出来た乗り物の残骸とか、良くわからない生き物の死体など、種類は問わない。

その岸の水辺から少しだけ離れた所に、古い木造の船が、コロに乗せられて鎮座している。
船自体はかなり古く、昔は夜船として使われていたのか、あちこちに壊れたカンテラが下がっていた。
普通は河童達に解体されたり、朽ちるに任せるだけの運命を辿るはずなのだが、その船は定期的に補修された跡があり
誰かの手が入っているのは明白だった。

夕方近くになると、時折その船に水兵姿の人影が見える。
「お前は、もう海を走ることは無いけど、私の秘密の部屋になってくれる」
水兵姿の少女ーーー村紗水蜜は静かに言った。

船室となっている部屋は、少しの冊子と航海日記らしき革の装丁の本がある他は、簡素なベッドと時計があるだけ。
羅針盤も天体盤も海図も無い。ただ、壁にはその船が使っていたと思われる錨がかけてある。
ベッドに仰向けに寝転がり、外界に居た頃の事を思い出す。
『遠い瑞穂の国』を目指して出発した船は、唐突な嵐に揉まれ、荒波によって砕け、彼女は海の藻屑と消えた。
気が付けば自分が死んだ海域の岩礁で船を呼び、難破させるだけの毎日。

そして幾星霜が過ぎ、犠牲者を待ち構えていた水蜜の前に現われたのは彼女がかつて目指した『遠い瑞穂の国』の人を思わせる、不思議な陽炎の様な女性。
それは慈愛を込めた眼差しで彼女に手を差し伸べ、救ってくれた。
『私の船で、あなたが目指した国へ行きましょう』と。
優しさに満ちた暖かさは、彼女を縛鎖から解き放ち、冷たい海から引き上げてくれた。

「私はあなたにこの魂を預け、あなたの水先案内人を致します」彼女はあるじと決めた女性にそう誓った。

そして彼女は聖輦船の船長となった。
あるじの為に尽くす事。時には共に涙を流し、仲間と手を繋いで虐げられた者に手を差し伸べた。
善きものも、あしきものも、人も妖怪も差別なく。

あるじは良く、一つの歌を歌っていた。
昔、若くして亡くなったあるじの弟に良く歌っていた歌。

『信心深い魂は 信心深い魂は 仏を崇め、称え
 仏は人も妖も浄土へ導き 救い給う
 善きものの魂も 罪ぶかき魂も

 共に歩き 支え合ってその国へ行かん
 遠き瑞穂の国へと
 悲しみは雲間の光に預けるがいい 辛き思いも必ず
 その国では救われる 遠き瑞穂の国で
 蓮の花の咲き誇る 菩提樹の花びら舞う中で』

しかし、あるじが人間達に誤解を受け、法界に封印されてしまい、あるじたちと乗っていた船も自分もろとも地の底へ封印されてしまった。
仲間もバラバラになり、一億の夜を数え、十億の涙をこらえ続けたあの日、地霊殿事件が起きて船は地底から大空の海へと帰った。
かつての仲間たちとも再会し、他の人間の力を借りたとは言え結果的に封印は解けて、あるじは再び自分達の元へ帰ってきた。
涙ながらに抱擁しあい、そして船は地上へと降りて命蓮寺となった。
そして水蜜は時折聖輦船を動かす以外、一妖怪としてあるじの手伝いで動き回っている。

そんな生活の中で船を、海を恋しがる時がある。陸に生まれたものでも、海に魅せられてしまえば故郷は海になる。原初の命は海から生まれたが故に。
「私はそんな柄ではないと思っていたのですがね」
壁にかけられた錨を見ながら水蜜は一人呟く。
「でも、時折思うのですよ。大海原を越えた先にある遠い瑞穂の国に行ってみたいと。」

窓から外を見ると、夕暮れの空に紫がかった色が見える。
「そろそろ帰らないと、またナズに怒られますか。」
探し物を得意とするナズーリンは迷子や失せ物の捜索の担当なのだが、遊びに出たまま帰ってこない者も探しに行く役を仰せつかっている。
水蜜もナズーリンに何度か叱られているのであまり長居は出来ない。

船室のドアを閉め、鍵をかける。
「また時間があったら乗船しに来ます」
少し微笑んで甲板を降り、霧の湖を見る。望むことならこの湖ではなく、外界の潮の香りを楽しみながらこの船と旅をしたい。
日に焼けた腕に海鳥を止まらせて、船歌を歌いながら。
霧の向こうに見るは見果てぬ夢。多分、叶わないだろうが。

風が霧を流すように吹いた。
葦のさざめきが波の音のように聞こえる。何十年も縛り付けられて居た筈なのに、今になってはあの海に戻りたいとさえ思う。
『訪ねた友に 笑みはなく 黙りつづけたのは 話がとぎれたからじゃない 想いがつのるんだ』
かつて遭難させた船の船頭が歌っていた歌。
今になるとその気持ちが解る気がした。
岩礁で助けを待ちながら、彼はいつの間にか海へ消えた。海を恋うてか、故郷を思うてかまでは解らなかったが。
その想いを背負いきれぬ程に持ちながら、今も彼女は命蓮寺で、あるじの元で働く。

「ここに居たのですね」

声と共に風が霧を払い、誰かを通すように道を作る。
「聖…」
水面揺れてあらわれた、瑞穂の国の人…聖白蓮は、優しい瞳で水蜜を見つめる。
「村紗、みんな待っています。共に家に帰りましょう」

命蓮寺への帰途、水蜜は白蓮に訊く。
「何も尋ねないのですか?」
白蓮は真っ直ぐ前を見たまま、しかし優しい言葉で言う。
「誰しも、触れられたくない時や、独りになりたい時があるでしょう?」
それはあの時、水蜜を暗い水底から引き上げてくれた時と変わらない、暖かさのこもった言葉。
「でも、私は結果的に聖自らが探しに来る様なことをしてしまいました。このような失態を晒すようでは水先案内人失格です」
水蜜のその言葉に、それでも優しい言葉は変わらない。
「村紗、航海と言うのはただ海の上を漂うだけの事ではないのですよ」
微笑みながら水蜜を見つめ、白蓮は続ける。
「どんな船旅でも、船は港に立ち寄らねばなりません。異郷の土を踏む事で土地を知り、異国の人と話すことで心を通わせる。それが船乗りにとっては
 一番大切な道しるべにもなりますし、帆を膨らませる風になるのです。あなたはまだ迷いがあるのでしょう?」
「はい…」
「私もあなたも、今はまだ、この郷から自由に出られる身ではありませんが…いつか法界を通しての新航路を見つけることが出来たら、その時はあなたのあの船も共に
 聖輦船に乗せて、海へ行きましょう」
水蜜が驚いた顔で白蓮を見る。
「知っていたのですか!?」
白蓮は慈母の笑みでうなづいた。
「船乗りの故郷は、海なのでしょう?例え自分が陸(おか)にあっても、必ず心が帰るところだと。あの船も海に帰りたがっていますから」
「……」
全てを見通されていた。だからこそ、白蓮は一人で自分を迎えに来たのだと水蜜は気づく。しかし白蓮はその事に触れずに、
「今はこの郷を仮の港として暮らしましょう。そしていつか共に、かの国へ行けるように力を蓄えましょう。海に出られるようになったら船長として、水先案内人として、
 あなたが海つ霊達を導かなければなりません。それがあなたの贖罪です。」
咎める事も責めることも無く、どこまでも優しい言葉。忘れかけていた事を思い出させる、叱責とも違う響きは、水蜜の心に波紋のように広がる。
「ひじり…」
泣きそうな顔で水蜜は言葉を搾り出す。
「わたし…は…」
その体を包み込むように、白蓮は水蜜を抱きしめた。
「素直にお泣きなさい。もう少し早く相談に乗らねばならなかったことを、私も見逃していました。誰もあなたを咎めませんよ。辛い思いをさせましたね、村紗。」
あやまらないで、と水蜜は言いたかったが、堰を切ったような泣き声はそれを言わせなかった。
一番大事なものを解ってやれなかった気持ちは、白蓮のほうが強いだろうに。
自分はどこまでこの方に迷惑をかけ続けるんだ、自分のふがいなさに、自分の事だけ考えていた事に、それが白蓮の心配になっていた事に、水蜜は泣いた。

ひとしきり泣いて、しゃくりあげる水蜜に白蓮は小さな桐で出来た箱を渡す。
「開けて御覧なさい。」
箱の中に入っていたものは、桃色の石をあしらった、水兵服用のボタンとタイピン。
「これは…」
「私が封じられている時に作った、桜貝の細工です。今はこれを励みにして下さい。」
「ひじり…ありがとう…」
水蜜はまた泣きそうになるが、下を向いてこらえる。白蓮はそんな彼女をもう一度、優しく抱きしめた。

命蓮寺に帰ると、いの一番に二つの影がものすごい勢いで駆けてきた。
「姐さん!村紗!ご無事ですか!?」
「聖、お怪我はありませんか!?水蜜も…。」
飛び掛らん勢いの一輪と星に、白蓮は片手で『静かに』と制した。
その背中では水蜜が眠っている。
ほっとする二人の後ろから、ナズーリン達が現れ、眠っている水蜜を見て呆れた様に言う。
「聖に心配かけるどころか、手を焼かせるとは。こういう迷い船は錨で固定しないといけないな。」
ナズーリンの言葉にぬえが擁護を入れる。
「誰でも唐突に独りになりたい時はあるんだし、二人とも息災ならいいじゃない。」
その言葉にナズーリンは渋い顔をする。
「いくら探しモノが得意な私でも、聖自らが出なければならない様では…」
一輪がそこでナズーリン達を止める。
「姐さんの前で言い争うのはやめましょう。村紗も無事なことですし、後で話せばいい事です。少ししたら起きるでしょうから、それまで晩御飯も待ちましょう。」
その言葉に重々しく雲山が頷く。どうやら同じ考えらしい。
「そうですね。少し時間もあるでしょうから、軽くお茶でも飲みながら待ちましょう。」
星の提案に、苦笑いになりながらナズーリンも同意した。
「皆で食べた方が村紗も落ち着くだろうし、仕方ないな。」

水蜜を背負った白蓮を囲んで、皆が寺の中へと入っていく。
みんな出自は違い、血も繋がっていない、が、その姿はとても仲のいい家族そのものだった。

やがて喧騒が静まると、夕方からずっと全てを見ていた月船が、その様子を最後に、満足げにそっと沈んで行った。
あとがき
キャビンのあるボロ船を家にしたいな、と思ったことはありますか?自分はあります。
ほかにもう使われていない電車を改造するとか、そう言うものにあこがれます。
そして自分は仲むつまじい「家族」がとても羨ましく思います。

追記:誤字直しました。指摘どうもです。
みかがみ
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.350簡易評価
2.100非現実世界に棲む者削除
心温まるほんわかとした作品でした。
村紗の船旅は命蓮寺(幻想郷)にいる間はまだ心(仏?)の船旅なんでしょうね。
終盤の命蓮寺の妖怪達の会話は実に微笑ましいです。
私好みで、こういう会話がまさしく幻想郷らしくて、凄くなごみます。
前回と同じ理由で誤字報告をさせていただきます。
命蓮寺の元の船は聖を乗せる船という意味で「聖」蓮(輦)船ではありませんでしたか。
なにはともあれ良い作品でした。
次回も期待しております。
4.100名前が無い程度の能力削除
温かい雰囲気でした。最後の月船がきれいに〆になってるのかな。
5.100奇声を発する程度の能力削除
とっても穏やかで素敵なお話でした
6.80名前が無い程度の能力削除
短いけどよくまとまってました。あとがきも素敵です
12.903削除
ああ、「家族だな」と思いました。後書きをよんでやはりなと思いました。
素敵なSSをありがとうございます。