Coolier - 新生・東方創想話

一年に一度も会いにいけない

2013/07/07 15:13:50
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 夢を見る
 時折私は夢を見る




 私は橋の袂に居る
 大きな川の上に橋が架かっていて、私はその片側に居る。
 橋の向こう側はどこまでも遠くにあって、けれども手の届く距離にある。
 私はそこで呆然と佇んでいる。

 不意に
 かたんと、乾いた音がした
 僅かに、まるで錯覚のようにすら聞こえるほど小さい音
 けれども私の体はその音を覚えている、忘れない

 橋の向こうに誰かが立っている
 私とは違う橋の端に誰かが立っている
 手の届きそうなほど近くに、輪郭さえも定かでないほど遠くに

   、私は名前を呼ぶ
 だが私の声は口から出る事も無く何処かに霧散して消えてしまう
 私の声は彼女に届くことは無い、届けられない
 それでも、私は喉が枯れるほどにその名前を呼ぶ

 呼ぶ事しか出来ない
 どれだけ進もうと私の足は橋には掛からない
 進むこともできず、ただ見ている事しか出来ない

 私はそれが、堪らなく悲しい





 そんな夢を見る







 ▽▲▽


 上白沢慧音と言う名前がある。
 不意に、私の髪を結いながら彼女はそう言った。

 名前?と私が問うと名前だ、と慧音は私の髪を弄びながら囁いた。
 慧音の声は女性にしては低目で、陳腐に言えばもったいぶったような声だ。
 私は彼女の声が好きだ、優しくそれでいて確固とした理性の感じられる声は心を安らげる。
 まるで木漏れ日の様な暖かく血の通った声、まるで血液の脈動の様な振動。
 私は慧音との会話が何よりも楽しみだったし、彼女もその時間になると特別に目を細めた。

 だが話している分には申し分なく聞き易い声だと言うのにこうして耳元で囁かれるとぞわりと背筋が震える。
 どうしてだろう、普段は優しく嫋やかな彼女がそうしている時だけ酷く獰猛に思えてしまう。
 まるで彼女が、私のなにもかもを奪い去ってしまうような獣のように。
 それか私を乱暴に攫ってしまう盗賊のように、そう思えて。
 それはひどく素敵な事だと、私は思った。
 だから彼女は時々こうして私の髪を弄りつつ耳元で囁くのだ。

 素敵だと
 綺麗な髪だと
 愛していると

 その言葉の一つ一つを聞くたびに私は堪らなく彼女を卑怯だと思う。
 私のなにもかもを奪っておいて、なにもかもを置いていってくれない。
 卑怯者、と言うと卑怯者さ、と彼女は笑った。
 それはある時は快活に、ある時はやけに影の刺した笑い方で。
 そのどれもが私にとっては星の一つ一つのように輝いているのだった。

 永琳、と彼女は私の名を囁く。
 まるで私の肌の表面をずるずると舌で舐る様な妖艶さを持ったその声を聴けば私の理性はどろりと溶かされてしまうみたいで。
 私がそうなってしまうのを知って彼女は事あるごとに私の名前を呼ぶのだと、いつかの彼女はそう言った。
 私はただ、ぞわりぞわりと背筋を震えさせながらそれを聞いている。

 その行為に意味はない
 永琳を、自分の物に出来た気がするんだと慧音は笑った。
 本当に卑怯で、でも愛おしい。
 そう言うと慧音は嬉しそうに、本当に嬉しそうに笑うのだ。

 相変わらず慧音はゆるゆると私の髪を撫でている。
 撫でる様に、そして時々梳くように私の髪を弄ぶ。
 慧音はよくそうして私の髪を触る、私も仕返しのように慧音の髪を弄る。
 永琳の髪はいいな、柔らかくてと慧音は目を細めて言う。
 私の髪は少し硬いから、こういう柔らかい髪が羨ましいんだと少し困ったように笑ったのを覚えている。
 それを言うならば、私は慧音の髪が羨ましかった。
 少し硬い、しゅるりとしたストレートがよく似合う髪質。
 凛とした慧音の性格を表しているかのようなそれを梳いているとなんだか慧音に触れている実感が得られた。
 おいおい、じゃあ今は私の実感を得てないのかと慧音は割かし困ったような苦笑を漏らす。
 そんなわけないじゃない、そう言いながら私は慧音のその髪に手を触れた。

 しゅると幾ら遊んでもすぐに元に戻る髪は触っていて楽しい
 そして畳の良い匂いがする
 顔を埋めてすんすんと嗅いでみると脳みそまで溶かされるみたいで、不思議

 仕返しのように慧音も私の髪を撫で摩る
 まるで肌を優しくなでる様にやわやわと、ぞわりとまた背筋が心地よく震える。
 そうしてお互いの髪を弄っているとお互いの吐息が荒くなってくる。
 腰が次第に立たなくなりくたりと椅子に座ると慧音の目線が緩み溶けてゆく。

 満月でもないのに、と言うと
 お前が月の様なんだと慧音は口説いた

 言葉が上手い事ねと私が続けると
 教師だからなと慧音は笑った

 教師がこんなことしていいのかしらと私が嘯くと
 教師は泥人形じゃないぞと慧音は少し怒った

 そうだ、慧音は、上白沢慧音は生き物だ。
 その事実に、私は嘆息した。



 全てを忘れてしまえばいいのにと言うと。
 全てを忘れさせてやるさと慧音は耳元で囁いた。


 
 ▽▲▽



 上白沢慧音は半獣だ。
 永遠亭に来た彼女が私に向けて言った初めての言葉だ。

 別に、その言葉に私が特別に反応したとかそんな事はない。
 半人半獣なんて幻想郷にはそうそう稀ではあるのだが、今までの文献にはあった。
 第一に、妖怪が平然と跋扈しているこの地ではその程度で驚く心臓を持っていればとっくに心肺停止しているだろう。
 だから特に反応をせずそれでと彼女の二の句を促す。

 驚かないのかと彼女が言えば。
 驚かないわよと私はカルテに目を通しながら言った。

 言ってしまってから私は後悔する。
 あんな言い方は無いのかもしれない、ぶっきらぼう過ぎたかもしれない。
 もっと柔らかく言った方がよかったのかもしれないとも思うがいつだって私の後悔は遅すぎる。
 私の中の理性的な部分はいつだって他人に対して平等に見下している。

 上白沢慧音と名乗ったその彼女は茫然とした顔で私を見ていた。
 厳格そうな顔が台無しになる程にぽかんと拍子抜けしたような顔。
 彼女みたいな性格はプライドが高く口うるさい事を私は嫌と言う程知っていた。
 怒られるかもしれない、面倒くさい事になるかもしれない。
 私は少しばかり溜息を吐きながら覚悟を決める。

 そうしたらふふと、彼女は笑うのだ。
 全く想定外の事に今度は私が唖然とする。

 初めてなんだ、こんな私に対して普通に返してくれたの、そう彼女は何故か得意げに話し始める。
 半人半獣の苦労だの、人里で教師をやっているだの言われたが特に興味はない。

 だけど、えらく素敵な顔で笑うのだなと
 その時はそれだけを覚えていた。





 そんな事があった

 月を見てふと思い出したことを言えば。
 ああ、そんな事もあったねと角の生えた慧音は牙を剥き出しにして笑った。
 今は満月だ、慧音はすっかり獣人モードに入っている。
 普段ならば歴史編纂の仕事があるのだが今は小休憩に入っているので二人でこうして月見と洒落こんでいる。

 隣を見ると慧音が月を爛々とした瞳で見ている。
 髪の量は普段より多くなり毛並みの良い尻尾もふさふさだ。
 うずうずと慧音を見つめるとぼさっと尻尾が無造作に、でも優しく膝の上に乗せられた。
 尻尾を預けるのは信頼の証だと慧音は笑う。
 その快活な笑顔は人間である時と全く変わらず、ああこれは慧音なのだと認識させるのに十分だった。

 あの時慧音が私を頼ったのは「獣の部分をなくせる薬は無いか」との事だったと思い出す。
 どうやらその件で里といざこざがあったらしく激情に駆られていたと慧音はあとで反芻した。
 慧音によると半人半獣にとってお互いはまさに半身らしい。
 人間の部分にとっての獣の部分も
 獣の部分にとっての人間の部分も
 どちらも欠け様も無く、当たり前のように居るべき存在。
 無くす事は出来ないし、そんなこと考える筈ではないのに馬鹿な事をしたものだと当時を思い出すたびに慧音は苦笑して。
 それでも永琳と会えたのなら、やはり恨んで正解かなとその度に慧音は続けるのだ。

 だが私もそうだ、あの時慧音と会えてよかったのだと。
 そう思うたびに私の中の棘の様な部分がじくじくと痛み始める。
 隣で笑う慧音に寄りかかりながら私はただ彼女に自分の顔が見られないように元気を装うしかできない。

 私にとっての慧音はもう半身だ
 お互いに掛け替えのない存在で、欠け様も無い存在で。
 けれどもいつかは欠けて終う運命を負っている。
 それを自覚するたびに私は体が引き裂かれる様な痛みに顔を引き攣らせる。

 私はその気になればなんでもなれる
 「ありとあらゆる薬を生成する能力」
 これさえあれば私はどんな不可能をも突破する事が出来る。
 そして私の頭脳をもってすればなんだって出来るだろう。
 だが、それでも成れない存在が一つだけある。

 私は、死人にはなれない
 蓬莱の罪人は死ぬ事が出来ない

 半人は死ぬ事が出来る
 半獣は死ぬ事が出来る
 だがどちらにも死なない事は出来ない

 だから私はいずれにせよ半身を亡くすだろう、失くすだろう。




 だから慧音
 今だけ忘れさせて、何時までも忘れさせて
 
 不意に抱き寄せられたその体の温もりは私には無い




 ▽▲▽




 上白沢慧音と言う半人がいる。

 彼女は時々私を人里に誘ってはぶらりと歩いて回る。
 お互いそれほど暇ではないので大抵は日程を決めて用事を開けておく。
 まるでデートみたいだと私が言うと、いやこれはデートだぞと慧音は即答した。
 デートがどんなものかは分からないが慧音が言うからにはきっとそうなのだろう。
 そう言うと、いや私は間違えることはよくあると真顔で反論された。
 慧音が言うからにはきっとそうなのだろう。

 そういった前提があるから慧音がいきなり永遠亭に乗り込んできて心底驚く羽目になった。



 きらきらと目を輝かせた慧音はずい、と私の前に立ち塞がって七夕だと一言宣言した。
 そりゃ今日は七夕だ、永遠亭でも普通に笹を飾って短冊も吊るしてある。
 因みにお願いは姫が“妹紅殺す”で妹紅が“輝夜殺す”だった、仲のいい事だ。

 きっときょとんと惚けた表情をしていただろう私にもう一度慧音が七夕だぞと言う。
 そうね、七夕ねと挨拶代わりに返すと我慢しきれなくなったようにずいと慧音は私の腕を掴んで部屋から飛び出した。

 七夕だぞ、と言われて七夕ねと返す。
 永琳は引き篭っているつもりかと言われたので少し考えてから多分そうかしらと返す。

 もういい、私と一緒に来いと言われたので。
 あなたに言われたならどこでも行くわよと返した、嘘ではない。

 永遠亭の玄関を抜けると満天の星空だった。

 これなら七夕祭りも順調に終わるな、そう嬉しそうに言う慧音の手は少し冷えていた。
 人里に向けて一目散に二人で滑空していると次第に煌々と照らされた里が眼下に見え始める。
 普段なら寝静まる家や、そこらが皆灯に照らされている。
 綺麗、素直にそう思った。
 七夕祭りだ、慧音がそう誇らしげに言った。

 それは里の中央に竹が飾ってある以外には平常の祭りのように見えた。
 平常の祭りと言うのはつまり花より団子であって、要は酒飲みにとって都合の良いとのことだが。
 誰も彼も酒を飲んでばかりでちっとも七夕と言うものに対して何も考えてない様に見えた。
 実際何も考えていないのさ、慧音が徳利をこちらに傾けて言う。
 だって七夕なんて笹飾って短冊に願い事書いて終わりだ、やる事も無い。
 様は皆酒飲みたいだけなのねと言うと、全く的を射ていると慧音はからからと酒を呷った。

 とは言っても里を無法地帯にするわけにはいかない様子なので誰かが見回りをしなければならない。
 当然誰もそんな損な役回りはしたくない、と言う訳で居るのが私だと慧音は妙に誇らしげに言う。
 そこは辛そうに言う所でしょうよとおちょこを差し出すとなに、信頼の証だよと笑ってまた徳利を傾けられる。

 それにあれだ、こうして公然と永琳と歩けると笑うので。
 それはいつものことでしょうよとこつんと頭をはたいた。
 満更でもない



 取り敢えずぶらぶらと里の巡回を回る前に短冊に何か書くことにする。
 だがここで困った、私には特に願う事なんてない。
 隣を見ると慧音も筆を取ってううむと唸っている。

 どうにも困った、何か書かなければならないだろうが肝心のそれが無い。
 姫様について書こうにも特にこれ以上何も望むことは無い、死なないし病気にもならない。
 不肖の弟子について書こうにも何か違う気がする、師匠が口出しをするものではない。
 てゐに至っては言う事はない、願い事と言うにはあまりにも小物じみている気がする。

 こうなったら適当だ、ぱぱっと書いてしまうに限る。
 筆を一息に走らせ隣を見ると慧音もふむ、と短冊を見て唸っていた。

 笹の低い部分は既に埋まっていたので目立たない場所に二人隣り合って飾る事にした。
 別に見られて困る様なものではないがそれでも自分の願い事なんて本来は人に見せるものではないのだ。

 これからも人里の安寧を願う、そう慧音は書いた。
 家内安全、そう私は書いた。
 お互いの短冊を見合ってその無難さに笑いあう。







 私の事は書かなかったんだな、慧音はそう言った。
 私の事は書かなかったのね、私もそう言った。

 お互いの考えが痛いほどわかって二人でまた笑いあった後、無性に私は泣きたくなった。





 ▽▲▽





 上白沢慧音と言う存在があった。
 上白沢慧音と言う半人半獣が居た。

 今は、もう居ない。







 やけに静かな夜だった
 冷たい月明かりは煌々と部屋まで入ってくる、そんな夜だった。
 音が死んだ夜に目覚めた私はまず漠然と、本当に漠然とした喪失感に包まれた。

 さめざめと泣きたい
 地団太を踏んで怒りたい
 狂ったように叫びたい
 色々な感情がごちゃまぜになって行方も知らないままどこかに行ってしまって。
 だから私に残ったのはただ何もない喪失感だけだった。

 理由は分かっていた
 天才と呼ばれた私の脳味噌をこの時ほど引き抜きたいと思った時は無かった。
 別に引き抜いたとしてもあまり関係ないのだと思い立ち、自分の冷静さに嫌気がさした。

 慧音が死んだ
 慧音が死んでしまった

 ああ、と私の口から呆けた様な声が漏れだす。
 それが私の、あらゆる意味での限界だった。

 手元にあった矢で心臓を一突きする。
 どばどばと血が流れだして布団を夜の薄暗さでも分かる程の赤で塗りつぶしてゆく。
 まるで胸が張り裂ける痛みだ
 嫌になるぐらいくだらない事を考えながら私は意識を強制的に閉ざす事しか出来なかった。



 次の日の永遠亭はさぞ賑やかな悲鳴から始まったであろうことは想像に難くない。
 目覚めた私を待っていたのはゆさゆさと私の脳がたぷんたぷん揺れる程揺さぶる弟子の泣き顔だった。
 別に死ぬわけじゃないのに大げさだろうと寝ぼけ眼で言うと、あんたが自殺しているなんて久々過ぎてねと姫様の声が聞こえた。
 血でぐしょぐしょになっている布団はもう使い物にならないだろう。
 新しい布団を工面して、薬を作って、今日は往診があって。

 目の前が滲んだ
 泣いているわねと姫の呟く声が聞こえる
 知っている、知っている
 こんこんと慧音の訃報が玄関の戸を叩く音が聞こえた







 人里に入ると朝早くだと言うのに既に重苦しい空気に覆われている。
 誰も彼もが天を仰ぎ呻きながら抑えきれない感情を吐き出していた。
 きっと、慧音の死をまだ誰も理解できないのだ。
 彼女はここの人間にとってはあまりにも、無くなったことがすぐには理解できない程に大きかったのだろう。
 そう思うとまた、胸を掻き毟りたくなる。


 何度も訪れたその家の前に立つと自然と背筋が震える。
 慧音との逢瀬時とは違う、冷水に浸っていくかのような冷たい震え。
 がらりと玄関を開けて入るとまるで何もかもが死に絶えてしまったかのように静かだった。
 それとも、あの夜私が目覚めた時から幻想郷中のあらゆる音が死んでいたのかもしれない。

 家の間取りは目を瞑っていても分かる
 けれども今目を瞑ったらまた慧音が出てきそうで、それが堪らなく恐ろしい。
 一番奥の襖を開けるとそこには慧音と、里の長が居た。

 慧音は静かに眠っていた。
 ただそれは、目覚めることの無い眠りだと一目で分かってしまった。
 どうですと疲れたような声で聞かれたのでただ私は頷いた。
 それしか私が用意できた答えは無かったし、それが全てだった。
 生きている方はただ茫然と、惜しい人を亡くしたとそれだけ言って後ろに引っ込んでしまった。
 後にはただ静寂と私と慧音だけが残されて、生きているのは私だけだった。


 慧音、私は呼ぶ
 答えは帰ってこない。

 けいね、また私は呼ぶ
 静寂はただ静かに私たちの間に横たわっている。

 慧音の寝顔は穏やかでまるで眠っている様で。
 まるで今すぐにでも目を覚まして笑ってくれる気がして。
 また私の耳元で色々な言葉の数々を囁いてくれる気がして。
 彼女の手をそっと握る。








 ただ、そんな事はもうないのだと。
 冷たく硬くなってしまった感触だけが残酷にそう示して。
 彼女が、上白沢慧音が死んでしまったのだと誰かが私にそう告げた。

 けいね、けいねぇ
 彼女の名前を嗚咽のように漏らす
 ぼろぼろと流れ出した涙は止まること無く布団を濡らした。









 いつか
 いつかの夜

 半人半獣の私としてしか生きられないからと。
 私の差し出した禁忌の薬を拒否して、それでいいのだと彼女が笑った。
 その顔があんまりにも寂しそうだったから私は何も言えなかった。

 だけど私は死んでも満月の度に永琳に能力を使おうと続けた。
 満月の度に歴史を少しずつ食べて永琳の傷を治そうと、寂しそうに笑ってそう言った。


 本当に、と聞くと
 本当だ、と笑った



 だから私は、満月の度に空を見上げる。





 ▽▲▽




 星の海
 星の河
 今年も七夕がやってくる



 今年も晴天となり織姫と彦星は会えるらしい。
 俄かに騒がしくなった永遠亭の中を私は歩いている。

 中庭にはいつからか恒例行事となった竹にごっちゃりと兎の数だけ短冊が飾ってある。
 まあ時々なぜか隙間妖怪やら出陣鬼没な連中が飾りに来てるが、気にしない。
 どうせくだらない事を書いているのだろうと笑う。
 私の横を歩いていたうどんげがそう言えば師匠って短冊書きませんよねと首を傾げた。
 だって願い事なんてないんだものと答えると仙人ですかと苦笑された。



 まあ、ある事はある
 叶わない願いなので書かないが。
 ただ時々無性に叶ったらいいと、そう思う事はある。



 上白沢慧音
 私の愛おしい半身

 一つ一つの満月の度に歴史は食べられて傷は癒えたけれど。
 満月を見るたびにあなたを思い出すの。

 慧音、決して叶うことは無いけれど
 私はただ貴女に会いたい










 だから

 だから私は夢を見る
 一年に一度私は夢を見る


 私は橋の袂に居る
 大きな川だ、 私はその片側に居る。 
 橋の向こう側はどこまでも遠くにあって、けれども手の届く距離にある。
 私はそこで呆然と佇んでいる。


 不意に
 かたんと、乾いた音がした
 僅かに、まるで錯覚のようにすら聞こえるほど小さい音
 けれども私の体はその音を覚えている、忘れない

 橋の向こうに誰かが立っている
 私とは違う橋の端に誰かが立っている
 手の届きそうなほど近くに、輪郭さえも定かでないほど遠くに

 慧音、私は名前を呼ぶ
 私の声は、口から出る事も無く何処かに霧散して消えてしまう
 それでもその名前は彼女が居た証拠だから
 どれだけ時が立っても、慧音を忘れないための手がかりだから
 私は喉が枯れるほどにその名前を呼ぶ

 呼ぶ事しか出来ない
 どれだけ進もうと私の足は橋には掛からない
 進むこともできず、ただ見ている事しか出来ない

 私はそれが、堪らなく悲しい















 だから待っていて
 いつかそちらに往くから
 この橋を渡っていくから


 待っていて
 どれだけ時が流れても
 いつか、いつか
 いつかそちらに逝くから





 この川を渡って逢いに逝くから


 だから待っていて、慧音
 私はいつか、そちらにいくから



































.

「待っている」
芒野探険隊
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コメント



0.630簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
ゾクゾクっとくる良い作品でした。
2.100名前が無い程度の能力削除
きっと何よりも、誰よりも長い橋なのでしょう。
それでもいつか永琳はその橋を渡り、慧音はその日を待ち続けるのでしょうね。

とても切なくて良い作品でした。
3.90奇声を発する程度の能力削除
おお、良いっすね
10.100名前が無い程度の能力削除
あとがきの一言。このインパクトが凄まじいですね。彼女の静かで力強い声が心に響きます。
15.100名前が無い程度の能力削除
永琳ならいつか行けるさ、だって無限の時間を生きる天才なんだから
16.803削除
いつか行くと言っても行けるのかどうか。中々業が深いものです。
たまーーに見ますがレアいですね、永琳と慧音の組み合わせ。