Coolier - 新生・東方創想話

扉を開けて

2013/07/03 18:16:15
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「ねえ、あの噂、知ってる?」
「咲夜さんが部屋で、なんか怪しげな事をしてるって話?」
 ふう、ふう、と、湯気の立つ中華麺に息を吹きかけ、ずず、と啜る。首元を吹き荒ぶ寒風は鋭い刃と感ずる程。身を縮こまらせながら咀嚼する麺のまあ美味き事よ。ほう、と満足気な吐息を溢し、紅美鈴はまた、メイド妖精らの噂話に聞き耳を立てた。
「そうそう。部屋からなんか呻き声の様なものが聞こえてきたり、ベランダに人魂を見たって話もあるよ」
「あ、人魂は私も聞いたこと有るよ。ふーっと揺らめいて、強く光ったと思ったら、いきなり消えちゃうんだって」
 中華麺を綺麗にスープまで食べ終え、丼を置く。ひょいと次に取り出したるは中華饅。細雪がちらつく時分、手を暖めるように中華饅を包み込み、はふはふと頬張るその味は、美鈴の心内に或る、幾許かの罪悪感と相まって、原初の果実にも劣らない。――はて、飯を喰らうだけなのに、芽生えるその罪悪感とは如何なるものか。
「でも咲夜さんは、そんな事があった翌日も素知らぬ顔で、確りといつもの様に働いてるもんだから。やっぱりこれは何か有るんじゃないかなあって私は勘繰っちゃう訳よ」
「勘繰っちゃうって言ったって。皆言ってるけど、一体何さ。……降霊術でもしてるとか?」
 至極の中華饅をぺろりと平らげ、さて食後にお茶を一杯。飯をたっぷりと喰らった後の茶は、実に良く臓腑に染み渡る。そんな甘露にも勝るお茶を、危うく吹き零してしまいそうになるほど、夢想とはいえ、咲夜嬢が降霊術に精を出す姿は実に滑稽だった。
 全く良くまあそんな荒唐無稽なことを考えつく。あの咲夜さんが床に魔法陣描き、フード付きの黒衣でも纏ったりするのだろうが。周りを猿の頭蓋骨やら、悪魔を象った胸像やら、悪趣味な意匠で飾りつけて、厳かに文句を唱えたりするのだろうか。あんまりにもあんまりな光景に、美鈴くつくつと忍び笑い。傍らに忍び寄る、影にも気付かずに。
「何処で油を売っているのかと思ったら、こんな所で店を広げて。陶磁器屋でも興すつもりかしら」
 頭上から浴びせられた、凛とした鈴の音鳴らすような声に、意識は即座に現へと。戻ると同時に我が身が置かれた塩梅を即座に理解し、顔も上げられず。
 美鈴が座るは、雪もちらつく屋外の、食堂に面した窓の傍。北風は身に粟立たせるが、美鈴の肌に立つ其れは、何も寒さのせいだけでは無いだろう。何故こんな所で中華麺の椀傍らに、食後の茶を啜っていたかと言うと、それは、ぐうぐう鳴って哀願す、腹の虫を午後の間食によって落ち着かせていたからで。無論の事、眼前に立っているであろう、咲夜嬢から言いつけられた仕事をさぼりながら。
「あー咲夜さん、これは些と、ほらこんな寒い日ですから、一段落着いた事だし、温かいお茶を一寸貰っていただけでして」
「そう、でも貴女、お茶を頂いてただけにしては丼の多いことね」
 たらり、と美鈴の頬に汗が伝う。今日は昼餉を頂いてないもんだから、ついつい中華麺を二杯も食べてしまった。これでは言い訳のしようがない。昼餉さえ済ませておけば、中華饅とお茶くらいで満足したのだろうけれども、全く間の悪いこと。最も、昼餉を逃したのは午前中、陽の光が出ていた頃、ついつい惰眠を貪っていたからで、同情の余地は微塵もない。
「お茶を飲み終わったのなら、美鈴、貴女、一寸付き合いなさいな――」
 やがて午後の紅魔館に、美鈴の悲鳴が響き渡った。

 美鈴がいかなる仕置を受けたかの詳細は省かせてもらおう。一つ言うならば、十全好物のはずであった中華麺を、一月は見るのも嫌になったと言う事。
 さて、時刻はもうそろそろ日が変わろうかと言う頃、美鈴はようやく、言い付けられた仕事を終えた。
 いつもの仕事に加え、さぼりへの罰として、屋敷外周の修繕、普段手を付けないような倉庫の整理、その他諸々、実にくたくたになるまで働き詰めだった。
 何時もであれば、こんな深夜に態々咲夜嬢の部屋まで業務報告を行う事は無いのだが、今回は言い訳のしようがないさぼりに対する罰としての意味も含まれている。時間も時間だし、部屋に訪うのも些と気が引けるが、反省の意図を込めての簡単な報告だ。咲夜嬢も嫌な顔はしないだろう。
 咲夜嬢の、従者の部屋としてはかなり重厚な扉の前に立ち、控えめにノックをする。
「あの、咲夜さん、言われたお仕事が終わったので報告に来たんですけど。……入りますよ?」
 はて、部屋に居ると思っていたが、返事がない。よもやもう休んでいるのか、と訝しみ、薄く扉を開けて。
 涼やかな、しかし哀悼を帯びた歌声が響き渡った。


 美鈴が扉を開ける少し前、十六夜咲夜は本日の仕事を終え、部屋へと引き払っていた。
 戸棚からウィスキーの壜を取り出し、グラスに注ぐ。椅子に腰掛けると、一気にグラスを乾した、その表情はどうにも優れない。
 二杯目を注ぎ、其れを持ってふらりとベランダへ足を向ける。ポケットから煙草を取り出し、咥える。白く落ちる雪に、白く昇る煙が絡み合った。
 自分は幻想郷の生まれではないらしい、と主人から聞いたことが有る。最も、物心付いた時には、既に紅魔館で働いていたので、どうにもその実感が沸かない。沸かない、のだが、最近はふと、遠くの郷愁を思い起こさせるような、ホームシック、とでも言うのであろうか、そんな感傷に浸ってしまうことが有る。
 今更生まれた所を思い出したって、親を思い出したって、どうにもならないことは重々承知。頭では分かっているつもり、つもりなのだが、心に棘が刺さったような、じくじくとしたものが煮凝り、澱む。そんな時、煙草に手を出してみた。
 初めの一本は、なんだかいけない事をしているような、甘美な倒錯の味に酔いしれた。心の澱も、霧散したように感じた。
 次の一本も、甘美な快感もたらしてはくれたけど、初めほどの衝撃は感じられない。本数を重ねるごとに、それは顕著になっていった。
 満たされぬ心を煙草で埋めようとしたのが間違いだったのか。一人では飲まなかった酒も、部屋に常備するようになった。
 自分は何故こんなにも満たされぬ心持ちを抱いているのだろうか。郷愁、か。親の温もりが、記憶に無い親の温もりが恋しいのだろうか。自分の口から呻き声が出ているのに気付いて、慄然とした。
 そのような心持ちになると必ず、するりと、口から歌が零れてくる。落ち着いた、悲しい曲調の子守唄。何故かは分からぬが、この子守唄だけ、明確に覚えている。どんな状況で、誰が歌い聞かせてくれたものなのか、それは覚えていないのに、悲しげなメロディがじんわりと心に染み渡る。何か大事な思い出が、詰まっているような気がして。
 煙が雪に、溶けてゆく。


 涼やかな、しかし哀悼を帯びた歌声が響き渡った。
 歌声に釣られるようにして、美鈴は扉を開けて。
 雪の白と、煙の白が絡みあう中で、一段と輝きを放つ白銀の髪。憂いを湛えたと思しきその表情は、煙草を挟む手によって口が隠れており、また其れが一層幽き気配を感じさせ。隠れた口から紡ぎ出される曲と相まって、幻想明媚、正に幻かと見紛う程の美しさを醸し出していた。
 息をするのも忘れて、というのは陳腐な表現だが、実際、美鈴は場の雰囲気に射竦められたが如くに呼吸を止めていた。
「あら、美鈴、何の様かしら」
 自分に向かって掛けられた言葉に我を取り戻し、ぷは、と口から息が漏れる。
「ああ、いえ、咲夜さん、お仕事が終わったので報告に来たのですけど。……懐かしい曲ですね」
 美鈴の言葉に、咲夜嬢はすっと目を細め。
「貴女もこの唄を知っているのね。一寸意外だわ」
 咲夜嬢の言葉に今度は美鈴が胡乱顔。どうにも自分との認識に齟齬が有るような。
「知っているも何も、昔咲夜さんが幼い頃、私が歌ってあげた子守唄でしょう?」
 その言葉を受けて、咲夜嬢、目をはっと見開き、直ぐに考える素振り。一呼吸置いて、柔和な笑みを浮かべた。咲夜さんがこんなにころころと表情を変えるなんて珍しい、と美鈴は思った。
「本当に昔の話ですけどね。どういう経緯で紅魔館に来られたかは知りませんが、急に一人でこんなお屋敷に来なすって、知り合いも居ないんじゃさぞ心寂しいだろうと思いましてね。眠れぬ夜に何回か歌ってあげたんですが。嬉しいなあ、こんな武骨者の唄を覚えててくれるなんて」
「そう、だったのね。私が感じてたこれ、もしかしたら貴女を求めていたのかしらね」
 ぽつりと咲夜嬢が呟いた言葉は、夜の闇に消えてゆく。美鈴の耳には届かずに。
「ねえ美鈴、貴女、お酒に付き合ってくれないかしら。独りで飲むのはつまらないと思っていた所なのよ。ウィスキーは飲めるかしら。結構な上物なのよ」
「はあ、そりゃ別に構いませんが。しかし咲夜さん、煙草なんて吸ってらしたんですね。ああ、人魂ってこういうことか。綺麗な歌声も、妖精の耳には呻き声に聞こえた、のかな」
 部屋に入り、扉を締める。女人二人の部屋に立ち入って、此れ以上の描写を行うのは無粋というものだろう。翌日、黎明に咲夜嬢の部屋から出てくる美鈴が目撃されて、噂話が一段と広がるのだが、それはまた別の話。
 五作目です。
 咲夜さんが煙草を吸ったって良いじゃない、人間だもの。
常浦
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コメント



0.390簡易評価
1.無評価たなおろし削除
中途半端に点数はなし。
3.無評価名前が無い程度の能力削除
文体がミスマッチ
4.無評価常浦削除
たなおろし様

中途半端、というのはどのような意味合いによる中途半端なのでしょうか。
物語が終わっていない、続き物の一部を載せるのでない、という意味合いでしたら、自分としてはこの物語を完結させているつもりだと言う事を名言させて頂きます。
もし、別の意図が御有りでしたら単なる難癖付けになってしまいました。誠に申し訳御座いません。
8.無評価焼き鳥削除
私の好きな書き方で、非常に楽しめました!
9.60名前が無い程度の能力削除
終わり方がやや唐突に感じました
ウィスキーと煙草の描写がもっと深かったら良かったんじゃないかと思います
美鈴の食いっぷりがパーフェクトだっただけに対比されて、かえって咲夜さんのウィスキーと煙草がもの足りなく感じてしまいました
11.70名前が無い程度の能力削除
ちゃんと終わってるとは思う。
呻き声=子守唄 人魂=煙草の煙 という伏線も分かる。
ただ、それを明かすなら美鈴視点のまま明かして欲しかったかな。咲夜視点で明かしてから美鈴が来て、という構成のためチグハグに見えます。
どっちか一人の視点で書き切るか、もっとしっかり区切って前半と後半の違いを出すかした方がよかったんじゃないかなーと。

それとやっぱり短いというか、足りないというか。
子守唄が美鈴が歌ってくれたものだった、というのが唐突すぎて感動するには省略しすぎ感。回想なりなんなりで咲夜さんの子供時代のエピソードがあれば「ああ、美鈴の子守唄だったか」と思えたのですが。

文章が硬くて和やかな雰囲気を損なってる気がしますが、綺麗だなとも感じました。
白い雪に白い煙を絡める白い咲夜さんとかロマンチック。
12.100名前が無い程度の能力削除
いい ステキなお話でした
これは、煙草を吸っちゃうというのが魂で小さいときの子守歌を口ずさむのが呻きだという暗喩ですかね?
つまり、人の魂とはそういうもの的な
13.無評価常浦削除
12様
物語に隠された意図ですとか、そういうものが伝わらない場合は自分の力量不足であり、恥ずべきことです。
また、その意図が伝わったとしても、作者自身が肯定してしまうのもなんというか、気恥ずかしいものです。
12様の御心のまま、解釈をもお楽しみ頂けると幸いです。
14.100こーろぎ削除
言葉使いや言い回しに雰囲気があって面白かったです
16.903削除
もっと伸びてもいいよなぁ。最初に無評価が重なっちゃったのが運が悪かったか。
なんとも人間味溢れる二人のSSでした。