Coolier - 新生・東方創想話

薄明

2013/07/01 23:00:37
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夜の神社は良いところだ。
森の中にあって、人気が無くて、雰囲気があって。
秘め事には絶好の環境だ。
辺境が過ぎて、誰一人として寄り付かないところが難点ね。
これじゃあ一夜のアバンチュウルも肝試しも出来やしない。
何でこんなところまで来ちゃったのかしら。

覚えているのは。
お月見をして、ぼんやりしていたら、山の中に灯りが見えて。
それで、気がついたらここにいた。
神社の石畳の上で、松明が燃えている。
この灯りを見てから、ここに来るまでの記憶が無い。
夢遊病の一種かしら。
今に始まった事じゃないから、別に気にしないけど。
それにしてもつまらない場所ね。
人気も無いし。お誂え向きに火もあるし。
神社に放火して帰ろうかしら。

「あら、いたの」

松明に手をかけようとしたところで、神社の奥から人が出てくる。
もう少し遅ければ丸焼きになっていただろうに。運が良い子だ。

「御機嫌よう。お邪魔してるわ」

少女に向き直り、にっこりと微笑んで挨拶をする。
そして、相手をよく観察する。
もうすぐ丑三つ時になろうかという時間帯。
こんな時間にこんな場所にこんなに可愛い女の子。
普通の人間で無い事だけは確定だ。
それなら、普通じゃない人間か、普通の妖怪のどちらかだ。

赤と白の、私と同じ配色の服を着た女の子。
腋が空いているけど、巫女っぽい服にも見える。
その体から溢れ出るのは退魔の霊力。それも桁外れの質と量。
これは人間で間違い無さそうね。
寝巻きじゃないし、それだけの力を蓄えているって事は、最初から戦うつもりだったのかしら。
もしかして、罠に嵌められたのかしら。
ああ、そういえばようやく思い出した。
幻想郷の東の果て。博麗神社と呼ばれるところに御座す幻想郷最強の存在を。
確か、『博麗 のみこ』ちゃんで良かったかしら?
風の噂で聞いただけだから、与太話だと思っていたけれど。
本当にいたのね。面白い。
折角だし、少し遊んでもらおうかしら。

逸る気持ちを抑えつつ。静かに、真っ直ぐに、無造作に少女との距離を詰める。
相手の反応は無い。
右手に妖力を集め、人を殺す形にする。
そこでようやく、『博麗 のみこ』ちゃんが動き出す。
気負った様子も無く、静かに歩き出す。
足音がなければ、幽鬼の類と見間違えてしまいそうだ。
それほどに現実感を喪失した人間。
あと一歩で、互いの手の届く距離。
そこで、ようやく少女が口を開く。

「いらっしゃい。そして、さようなら」

静かに喋り。私に襲い掛かってくる。




「聞こえてるか分からないけど、一応説明してあげる。
 あの灯は誘蛾灯。飛んで火にいる夏の虫。
 博麗の怖さを知らないモグリの妖怪をおびき寄せるための罠。
 適度に強くて、向こう見ずな妖怪を博麗が屠る。
 そうして治安維持と、博麗の恐怖を喧伝するのが目的。
 博麗の巫女の示威行為なんだって言ってた。
 これは幻想郷に必要な行為だとも言ってたかしら。
 別に貴女じゃなくても良かったんだけど。
 まあ、運が悪かったと思いなさい。
 妖怪って言うのは、大した理由も無く巫女に倒されるものなんだから。
 死んだらそれまでだけど。もし生きてたら。博麗は怖いってみんなに教えてあげてね。
 それじゃ、さようなら」

感情の籠らない声で事務的に説明する。
そして、私を夜の山奥に捨てる。

結果は私の完敗。
攻撃を悉く避けられ、カウンターで滅多打ち。
幻想郷最強の称号は伊達じゃなかったのね。
殴り合いにならなかったのは少し残念だけど。圧倒的過ぎていっそ清清しかったから良しとしよう。
この扱いも、まあ、弱者に相応しい扱いだろう。文句は無い。
強者の暇潰しで嬲られる事には別に異論は無い。
世の中はそういうものだし、私もよくそういう事をする。
止めを刺されなかっただけマシな方だ。
今夜の喧嘩は概ね満足だ
ただ、気に入らない事があるとすれば。

損傷だらけのろくに動かない体で、博麗の後姿を見送る。
どうしてそんなにつまらなそうな顔で生きているのか。唯一そこだけが気に入らない。





博麗と戦ってから一週間後。ようやく体が完治する。
三日もあれば大抵の傷は癒えるのだけど。
今回は損傷が激しかったのと、消耗した妖力を回復するのに少し時間がかかってしまった。
柔軟をして体を動かしたらお腹が空いたので、その辺の獣を狩って生き血を啜る。
肉と臓物を食べたら少しだけ元気になった。
気分が良くなってきたので、博麗神社に襲撃をかける用意をする。
今度の目的は、より戦いを長引かせて、博麗を見極める事だ。雪辱を果たせるなら尚の事良い。
無縁塚に行って、程よく血を吸って怨念を浴びた戦鎚を拾ってくる。
このままでもそれなりに頑強だけど、私の妖力を与えればそれなりの武器になるだろう。
振り回すだけで大木を薙ぎ払い、大地を揺らすくらいは造作も無い。
後は使えそうな魔法を幾つか確認して、それで準備は終わり。
後は、夜までお昼寝しよう。




「いらっしゃい。そしてさようなら」

前回と全く変わらない調子で、会話も無しに戦いを開始する。
私が前に戦った妖怪だと覚えているのだろうか。
まあ、どちらでもいいけど。

二度目の戦いも大敗を喫する。
博麗の巫女に負けた後、前と同じように山に捨てられる。
屑鉄になった戦鎚もどこかに捨てられてしまう。もう使う気も無いから別にいいけれど。
力の総量では決して負けてないと思うけど。やはり相性が悪いのだろうか。
私は攻撃特化で、向うが回避とカウンター専門。
こちらが妖怪で、向うが妖怪退治の専門家。
人間が妖怪相手に接近戦を挑むなんて正気の沙汰じゃないけど。だからこその博麗なのだろう。
直感って便利な能力よね。

まあ、それは置いておくとして。
やはり博麗は気に入らない。
あいつはなんであんなにつまらなそうに戦うのか。
強過ぎる者の悲哀を感じているわけでもなさそうだし。
強いのに、人生がつまらないなんておかしいでしょ。
強い奴は何でも出来る。何をしても良い。
理不尽は強い奴の特権だ。
自分が楽しむために、何をしても許されるのだ。
それなのに。あいつはどうして、全てを諦めたような顔をしているのか。


博麗の事について、少し調べてみよう。
彼を知り己を知れば百戦殆うからず。
学習しない妖精じゃないんだから。少しは頭を使いましょう。
博麗の事を知れば、少しは戦い易くなるかもしれないもの。
どうせ体を作り直す間暇なんだし。
神社が見える位置に移動して、観察してみよう。




博麗というシステム。
同じ姓を名乗り、同じ服を纏う。
土地の加護を受け、妖怪の恐怖を積み上げる。
妖怪の恐怖から、作為的に怪物を作り上げる。
妖怪が絶対に勝てない存在を作り上げる。
それが博麗の巫女。
幻想郷を管理するシステム。
その中でも当代の巫女はとびきり強く、可哀相な娘だとも言っていた。

日傘の代金とお喋り代として、根暗な半妖に大目にチップを渡す。
それから、律儀に歩いて博麗神社まで参拝に行く。

強いのに、可哀相って矛盾してるわよね。
若くて、修行もせず、働く必要も無いのだから幸せでしょうに。
強いと言う事は無条件で幸福な事なんだから。それを幸せと思えないのは本人の過失よ。
同情する余地なんて無いわよ。

妖怪は夜の生き物。昼の眩しい陽射しは少しだけ苦手。
傘を差し、木々の作る陰を渡り歩いて散歩する。
それなりの距離を歩いて、長い石段を登ると、掃除をしていた博麗に睨まれる。

「妖怪が昼間から何の用?」

感情の読めない瞳でねめつけられる。
私が妖怪という事は分かったようだが。
自分が二回も殺しかけた妖怪だとは分かっているのだろうか。

「ただの暇潰しよ。お賽銭も入れるし、暴れないから大目に見てちょうだい」

両手を上げ、笑顔を向けて敵意が無い事を示す。

「いいわ。何かしたら殺すから」

淡々と告げるその口調に、絞首台に立たされているような寒気を感じる。
こうやって私を威圧出来る存在はそうはいない。その意味では、大変貴重で興味深い人間だ。

適当なところに腰を下ろし、博麗を観察する。
と言っても、取り立てて変わった事をするわけでもないだろうけど。
ここ数日間で、それは十分理解したつもりだ。
掃除をして、お茶を飲んで。極稀に来る参拝客の相手をして、妖怪を退治して、たまに里に買い物に行く。
他には生存に必要な事をしているくらい。
趣味らしい趣味といっても、お茶を飲むか空を見つめる事くらい。
毎日毎日、無味乾燥に同じ事だけをやっている。鹿威しを見ている方がまだ面白い。
あれだけの強さを持つくせに、よくこんなに下らない人間に育つものだ。
これならまだ暴君の方が愛嬌があるわよ。

しばらく眺めていると、妙な違和感を覚える。
博麗の動きの、何かが不自然なのだ。
勘が冴えて探し物がすぐに見つかるとか、そういう事とは別の場所の違和感。
博麗の動きをよく観察して、ようやくその正体を突き止める。


「貴女、目が見えてないの?」

違和感。そう、おかしかったのだ。
物を見るという動作が抜けていた。
歩いていれば進行方向を見つめるし。
物を掴む時はその対象を見つめる。
そういう、無意識の『見る』という行為がすっぽり抜け落ちているのだ。

「よく気付いたわね。馴染みの客でも気が付かない事があるのに」

博麗が驚いた顔をしてこちらを見る。
気付かれないと思っていたのだろうか。
ばつの悪そうな顔をするでもなく、大して気にした様子も無く、あっけらかんと話をする。

「ああ、別に生まれつきってわけでもないのよ。一時的に視界を封じてるだけ。魔法の一種よ。
 仕事柄、やっぱり色んな物を見るわけじゃん。
 その中でも妖怪は特に醜いから。そういうのをあんまり見たくないのよね。
 だから、視覚を封じたの。目が無ければ、見なくて済むと思ったから」

何でもないことのように巫女が言う。
それで、腸が煮えくり返る思いがした。

「ああ、目が見えないからって、妖怪退治に支障は無いのよ。
 巫女の勘でどうとでもなるし。目に頼らない分、幻術なんかも効かないし」

妖怪が見たくない。
自分の目を潰す。
あれだけの強さを持っているにも関わらず、だ。
理解できない。あたまがおかしいんじゃないの。
博麗が、ここまで下らない生き物だなんて想像もしなかった。
ここまで自分を失望させた生き物なんてこれが初めてよ。
信じらんない。
これ以上、こんなところに居たくない。
こんな『もの』をもう見たくない。

「さようなら」






血溜まりの上で、八雲紫と話をする。
周囲に散らばった、かつて自分の一部だった物が、腐って爛れて饐えた臭いを放つ。

「あの博麗はどうにかならないの?」

「どうにもなりません」

八雲紫がしたり顔で言う。
憂さ晴らしで喧嘩を吹っかけたのに、全く気にした様子も無い。
付き合ってくれた事には感謝してるし。それなりに良い気分転換にもなったけど。
それでもやっぱり、こいつが『いいやつ』だとはどうしても思えない。

「そもそも、何が気に入らないんです? 
 負けたのが悔しいってわけでもなさそうですし」

「幾つかあるけど、一番はあれね。笑ってない事。それが一番気に入らない。
 それと、妖怪の有り様を否定している事。
 妖怪は醜くて、怖れられるもの。それを受け入れない奴が此処にいるっていうのが気に入らない」

八雲紫が目を細める。
それなりに昔から喧嘩したり茶を飲んだりして遊んでいたけど。
こいつが幻想郷を創った妖怪で、博麗を管理している偉い奴だと知ったのはつい最近の事だ。
具体的に言うと、香霖堂で博麗の話をした時に聞いた。

「強い奴はね。笑ってなければいけないの。弱い奴は不自由で苦しんで悲しんでる分。
 強い奴は楽しんで笑ってなければならないの。
 そうじゃないと、色々とバランスが悪いでしょう?」

「貴女は学が無いし考えも無いくせに、時たま物事の本質を突きますね」

「自然体なのよ」

八雲紫が憂いたような目で溜息を吐く。
その態度のどこからどこまでが本気なのか分からないけど。
全部冗談だとしても別に構わない。

「私も今のままでいいとは思っていませんけどね。
 今は修行のためという名目で目を塞いでいますけど。
 あんまり長期間に渡ると体面も悪い。別の策を鋭意進行中です」

「早くしてよね」

「人の苦労も知らないで」

八雲紫が非難がましい視線を向けてくる。
こいつがこういう態度を表に出すのは、凄く珍しい。
こいつはこいつで大変なのかもしれないけど。それを労ってやるつもりは一切無い。
私が楽しめる楽園を作るために、汗水垂らして働きなさい。

「折角だから、貴女にも手伝ってもらおうかしら」

「何をさ」

八雲紫の顔が、すぐ目の前にある。
自分の式を見るような目で、私を見つめてくる。
その紫色の瞳を見つめていると、自分の中身をまさぐられるような不愉快さを感じる。

「私の計画の礎になってもらいましょう」

ぶつぶつと一人で何かを言っている。
呪言のような。何かの数式のような良く分からない言葉。
それが耳から入り、呪のように私の動きを封じる。

「単純な殴り合いなら互角でも。こういう呪いは私が圧倒的に上ね。抵抗は諦めなさい。
 普段ならまだしも、今の貴女は十分に疲弊している。その気力は存在の維持に充てる事ね。
 なあに。悪いようにはしませんわ。全て私にお任せあれ」

私の答えも聞かず。これまで一度も見た事も無いような素敵な素敵な笑顔で見つめてくる。
そして、八雲紫の手が私の頭の中に入ってくる。

「ようこそ、真理の向こう側へ。
 手元が狂って死なせちゃったら御免なさい。
 その時は責任持って彼岸まで追っかけて再構築してあげるから許してね」

言葉と一緒に色々なものが頭に直接叩き込まれてくる。
そして。





「おえええええ」

びしゃびしゃと口から何かが出る。
かつて私の一部だったもの。
血とか臓物とか、なんかそんな感じのものが。
気持ち悪い。
脳みそをかき混ぜられるというか。
五感の全てが混ざって溶けて刺激し合っている。
実体験では無いけど、薬の禁断症状が一番近いと思う。
最悪。
自分の存在が内側から一つずつ解されて、それを出鱈目に積み上げられたような感覚。
あたまいたい。

「はい、おめでとう。お誕生日おめでとう」

ほがらかな笑顔で、八雲紫が祝ってくれる。
心の底から祝福してくれている。
こっちはそれどころじゃないってのに。

「今日から貴女は風見幽香を名乗りなさい。
 風を待ち侘びそれに乗る。
 嵐を呼ぶ存在でありなさい。
 幻想のこの地が平和で澱まないよう。
 かき混ぜる匙でありなさい。
 幽かな香りから想いを拾う。
 声なきものの声になりなさい」

生まれ変わった。まさにそんな感じだろうか。
以前の私をそのまま引き継いで、更に容量を増やした感じ。
頭の中に知らない知識がある。
無意識レベルで発動できる、新しい能力が身についている。

「変わった事と言えば。ちょこっと強くなった事と、全く役に立たない能力が生えたくらいね。
 元々強いんだし、こんなおまけみたいなどうしようもない能力でも別に構わないでしょ?
 上手く使いなさい。そして、幻想郷に彩を添えてくれると嬉しいわ。
 これからの幻想郷の話をしよう。
 ああ、別に嫌なら聞かなくてもいいわ。必要な事はそのちっぽけな脳みそに既にインストール済みだから。
 必要ならその都度解凍して閲覧してくれればいいから。
 貴女は直感よりももっと漠然とした本能で動けるから、特に不自由はしないと思うわ。
 少し中身を弄らせてもらったけど。別に私の式になったわけじゃないから安心なさい。
 貴女は貴女で、身勝手に適当に生きなさい。
 時に私にも理解出来ないような論理で生きる貴女は、それだけで価値がある。
 それがこの幻想郷での貴女の役目。
 ま、要するに今までと同じって事ね。気楽でいいわよね、貴女は」

八雲紫がとりとめもなく話し続ける。
その言葉がきんきんと頭に響く。
ただの話し声が、非常に耳障りな音になる。
神経過敏。
言っている事の半分もその内容を汲み取れない。
私の気分が悪いのを分かってて、わざとまくしたててくる。

「これからの幻想郷にはエレガンスとデュエルが必要です。貴女には、その先駆けになって頂きます」

くしゃりと。紫の顔が潰れる。
だけどそれは私の気のせいで。
私の体が水中に沈んだだけだった。
水中から見る八雲紫の顔が歪む。
もしかしたら、元の顔も気持ち悪く歪んでいるのかもしれないけど。

「まずは、体に付いた血を流しなさい。
 それから、服もちょっぴり弄らせてもらったわ。赤いスカートに白い日傘。
 アクセサリーは着けたければ着ければいいけど。本当に美しい女は余計な飾りはつけないものよ。
 一休みしたら、霊夢のところに行くといいわ。きっと待ってるはずだから」

一呼吸置いて、少しだけ真面目な声になる。

「上手くいけば、これが私と貴女の欲求を同時に満たす最高に素敵な解決法よ。
 ここまでお膳立てしたんだから。上手くやりなさい」

水中にいる私に、紫が優しく口付けする。
それを最後に、紫は消えてしまう。
私はそのまま水底まで沈む。
体がふやけるまで十分な時間潜ってから、外に顔を出す。
はあ。
なんていうか。
あいつも私に負けないくらい理不尽な存在よね。
あんなのがこの幻想郷を仕切ってるってのはどういう事なのかしら。
まあいいわ。別に気にしない。
色々と面白くしてくれるみたいだし、今はその恩恵に与りましょう。
知らない知識が頭の中にあるって随分と気持ち悪いわね。
要らない物は全部忘れてしまおうかしら。
色々と変わってしまったようだけど。変わらないものもある。
私は私だ。それだけは揺るがない。
人に使われるのは嫌だけど。博麗を退治するのに異論は無い。
幻想郷がもっと面白い場所になるのなら、それに協力してあげようじゃない。
体を清めて、休んで、お茶でも飲んですっきりしたら。博麗神社に遊びに行こう。
三度目の正直。
今度は、あの子と、笑って遊ぶために。





飛んで火にいる夏の虫。
知能が無ければ燃え盛る炎に焼かれて死ぬ。
知能が在る者は近付かない。
博麗の恐怖を知ったものは、興味本位で神社に近付いたりはしない。
一度身を以って知れば尚の事。
噂を聞いただけで、近付こうとはしなくなる。
それなのに。
こいつは前にもここに来た事がある。
妖気の質で、それくらいは見分ける事が出来る。
博麗を怖れないどころか、私を挑発して来る。
戦い方がそれを物語っている。

こちらの間合いと、必殺の一撃をわざと外すように動いている。
距離を取られると戦いづらい。
相手が逃げるなら適当に追撃して追い払うし。
近付いて来たなら、かわして殺す。
どっちつかずで、蚊のようにふらふら飛び回られると、凄くやりづらい。

「   」

何かの音がする。
その声に、少しだけ意識を傾ける。

「中距離戦は苦手みたいね。能力の性質というより、その目のせいかしら」

声のする方に針を投げる。避けられたのか、当たったのかいまいちはっきりしない。
当たれば体に穴を空け、刺されば毒のように妖怪の体を蝕む。
手に握れば鉤爪のように使えるけど。
攻撃範囲が狭いので、距離を取られると避けられる公算が高い。
仕方なく陰陽球を取り出し、少しだけ本気を出す。

「あら。それは初めて見るわ。当たると痛そうね」

針で相手を誘導しながら、霊力をたっぷり吸った陰陽球を投擲する。
陰陽球は真っ直ぐ妖怪のところまで飛んで行き、妖怪にぶつかった。
その瞬間、嫌な爆発音がして、陰陽球が弾き飛ばされる。
妖怪は、依然としてそこで笑っている。

「力比べなら、そうそう負けないわよ」

退魔の力が、妖怪の力に押し負ける。
少し、やる気になる。
どこまでついてこれるのか、試してみたくなる。

「決め手に欠けるわね。このままじゃジリ貧だって分からないかしら。
 霊力が無限にあったとしても、気力と体力は有限でしょ。
 子供に夜更かしはきついんじゃないかしら?」

視界の欠落は、夜ではあまり関係ない。
見えない分は、勘で補う。
点の攻撃が駄目なら、面で攻撃する。
大量の御札を展開し、それに霊力を注ぐ。
札から青白い光が放たれる。
その光を半畳程の大きさに練り直し、幾つもの巨大な札を作り出す。
霊力で編まれた面。
攻撃にも防御にも使えるし、当たれば網のように絡みつく。
並の妖怪ならこれ一枚で無力化できる。
それを二十枚。
狙いは大雑把でいい。一枚でも当たれば、後は畳み掛けるだけ。すぐに終わる。

「あら怖い。それなら、こちらも少し本気を出すわ。
 本邦初公開。貴女は目が見えないんだったかしら。お生憎様」

相手の妖力が厚みを増す。
妖力が周囲に拡散し、妖怪の体積が一気に増えたように錯覚する。
妖怪変化か、何かの術か。
月齢を確認出来ないけど。今は妖怪に味方しているようだ。

「それじゃ。あ、そ、び、ま、しょ、♪」

霊力で編んだ巨大な四角形を飛ばす。
針も飛ばして追撃する。
遅く緩やかに弧を描いて飛んでいく札と、速く真っ直ぐ飛ぶ針。
その二種類の攻撃が妖怪を襲う。

妖怪の周囲にある妖力を大量に消し飛ばし、最後に札は爆発する。
針は、そのまま真っ直ぐ飛んで行く。
軌道上の妖力を掻き消しながら彼方へ飛んで行く。
妖怪本体に当たったのは、恐らく一つも無い。
かなりの量の妖力を霧散させているはずなのに。妖怪の力を削いだ気配は全然無い。
生き物のようにうねる妖力が、物凄い勢いで空間を侵食してくる。
それが一体何なのか、目を塞いだ私には分からない。

相手の正体が分からないまま、闇雲に攻めても意味が無い。
一度攻撃の手を緩めて、防御を固める。
自分の周囲に球状の結界を張り、相手の妖力を拒絶する。
範囲内に入った妖力を浄化する攻撃的な守り。
結界の外では、依然として相手の妖力がうごめいている。

「次は、これでいきましょうか」

妖怪から、凶悪な妖力の詰まった塊が作られる。
御祓い棒を構え、それを処理する手段を考える。
身構えていると、妖怪がそれを彼方に放り投げる。
程よく離れたところから、爆発音が響く。
空気が揺れる。
音が耳を圧倒し、衝撃が肌を舐めて行く。
制圧用の魔法。そう思った。
隙を作り、攻撃してくるのかと思ったが、それも違う。
二つ目の爆弾も、遥か後方。どうでもいい位置に投げつける。
どーん、と二度目の爆発。
衝撃に慣れると、光の圧力を感じるようになる。
夏の陽射しのようにぎらついて、目を刺激するような強い光。
何をしているのか分からない。
得体の知れない恐怖というのはこういうものを言うのだろうか。
意図が掴めないのが、こんなに苛つくとは思わなかった。
こんな感情を抱くのは、紫以外では初めてだ。


さらり。


肌に、何かが触れる。


さらり。


気のせいではない。
風よりも確かに実体があり。
絹のように軽い何か。
それが止め処なく流れて消えて行く。
この結界は妖力を通さないどころか、害意のある物質すらも拒む壁。
それをすり抜けてくるこれは一体何か。
これは、多分この妖怪が作っている。
一体なんのために? どうしてこんな事をする?
肌を撫でる物の頻度が、少しずつ増えていく。
感触自体は不快なものではないが、その正体が掴めないせいで気持ち悪さが募る。

「何をしてるの」

「見れば分かるでしょ」

愉快そうに口にする。
自らの目を封じた私をあざ笑う。

どーん。

何度目かの爆発音がする。

そして、何かの匂いが漂ってくる。
胸のすくような。
心の奥の部分が溶かされていくような。
そんな心地よい匂い。
心を許し、このまま眠ってもいいかと思えてしまう。
これは、この妖怪の術だろうか。

何かの爆ぜる音。

相変わらず得体の知れないものは結界をすり抜けて来るし。
妖力が空を侵食していく。
相手は動かない。
意味の分からない爆発を起こし、妖力をどんどん拡散させ。
そして、笑っている。
この世のすべてが楽しくて仕方がないといった風に。
腹が立つ。

音と、匂い。それとたぶん光。
視覚がないせいで、何が起こっているのか分からない。
そうやっておちょくるのが、この妖怪の目的だろう。
すぐに退治してやりたいけど。
視界の不利は思っていた以上に大きい。
近付けば、後は勘と反射でどうとでもなる。
距離を取られると、狙い撃ちも成功率が低い。
妖力の壁で防がれるから尚更だ。
直線的な針では避けられるし、札では届かない。陰陽球は弾かれた。
現時点で、状況を把握できていない私の方が圧倒的に不利だ。
このままでは事態は動かない。時間が経つだけ妖怪に有利になる。
私に手は無いし、向うは私を見て笑うだけ。
状況を変えるには、方法は一つだけ。
でもそれは。


「気になる? それなら、見てみればいいじゃない。誰も止めやしないわよ?」

くすくすと笑う。それが癇に障る。
普通なら向かってきて殺されるか。みっともなく逃げ回るのに。
わざわざ挑発してくる奴は初めてだ。頭に来る。徹底的に叩きのめしてやりたくなる。

「どうせ人間は何をしたって無様なんだから。
 苦しんで苦しんで、散々苦しんだ挙句みっともなく死んで。
 それでまた苦しんで苦しんで断罪されて、また苦しい世界に生まれてくるんだから。
 どう頑張っても楽にはなれないのよ。
 それだったらせめて。今、目の前にあるものくらい、素直に楽しみなさい。
 折角強くて、何をしても許される立場にあるんだから。存分に遊んで楽しみなさい。
 それが強い物の義務よ。
 東の楽園、百鬼夜行の長。
 貴女がそんな白けた顔をしてると、こっちまでつまらなくなるもの。
 最後の楽園くらい、私を楽しませてくれないものかしら?」

自分勝手。私の都合など一切考えず、自分の都合を押し付けている。
こいつは、悪い妖怪だ。性質の悪い妖怪だ。
今すぐ、退治してやる必要がある。
今後の、私の安寧のためにも。

そして、覚悟を決める。
目を開けて。妖怪を倒す。そして、気に入らなければまた目を閉じる。
それでいい。
それでいつもの日常に戻るのだ。
こいつの思惑に乗るのも不愉快だけど。
このまま馬鹿にされ続け、勝負がつかないのも面白くない。
それに。妖怪一匹に梃子摺ってると思われては巫女の名折れ。
すぐに、片を付けてやろう。





呪を解き、久方ぶりに目を開く。
久しぶりに見た世界に目が眩む。
想像していたような夜の漆黒と、それに穴を明けたような星の光は無く。
代わりに。

「幻想郷へようこそ。歓迎するわ、博麗の巫女」

色が、溢れている。
最初は、目が光に慣れていないせいだと思った。
だって、今は夜なのに。それなのに、こんなに明るいなんて。

「時よ止まれ、お前は美しい。
 これでも、色々と頑張ったのよ。褒めてくれるかしら?」

妖怪の周りに広がる妖力の塊。私の肌を撫でる異物の正体が判明する。
それは花だった。
夜空に花が咲いている。
空を彩る無数の花。
地上から見れば天の川か、空にかかる虹のように見えるかもしれない。
月は大きく、明るすぎる満月。
その光を受け、あるいは自ら光を放ち。無数の色とりどりの花が光り輝いている。
花の種類も、その色の豊富さも。それを表現する言葉が足りるとはとても思えなかった。

遠くで何かが爆ぜる音がする。
音がした方向で花火が上がっている。
鮮やかな光の粒が、ぱらぱらと音を立てて広がり、散っていく。
その光景に、しばし目を奪われる。

「花の大妖、風見幽香。覚えて貰えたかしら」

妖怪の顔が、すぐ目の前にある。
人間よりも人間臭い満面の笑顔で、その妖怪が自分の名前を口にする。
結界内に平気な顔をして入ってきたのと。
その邪気の無さに呆気に取られ。
攻撃する機を逃してしまう。
その致命的な隙を、この妖怪は棒に振る。

「これで、第一目標は成功。私の顔、覚えたかしら。これでも、結構自信があるのよ?」

風に乗るように、ごく自然に、ふわりと私と距離を取る。
浄化の結界など無いかのように振舞う。
そして、風に靡く花を纏う。

「今回は、殺し合うつもりはないのよ。適当に遊んで。適当に楽しめればそれで満足なんだから。
 ただの見世物よ。お誂え向きに今日は縁日だし。折角のハレの日。
 これだけ目立っちゃえば、殺伐とした殺し合いなんて無粋でしょ?」

妖怪が手を伸ばした先には人里がある。
遠目で分かりにくいけど、夜にも関わらず灯が点され、往来や屋根の上にも人がいるようにも見える。
お膳立ては済んでいるというわけだ。
でも、それは私には関係ない。
妖怪に恐怖を与え、人間に信仰される事が私の役目。
圧倒的な力で、一撃で叩きのめした方が良いくらいだ。

「それに。まだ全然見惚れ足りないでしょう?」

妖怪が傘を一振りする。
それだけで、風に乗って無数の花が広がり、夜空に踊る。
夜の闇の中で、蛍よりも可憐で大きな光が舞う。
そして、一切の迷いも無く。私が花を見たがっていると信じ込んでいる。
その笑顔に、反論する気も失せてしまう。

空が花で埋め尽くされる。
月の光を浴びて、花が無限に殖えていく。
一つの花が散って、花びらが風に吹かれて飛んで行く。
それが月の光を浴びて、新しい花になる。
色も、形も、全然違う花が咲く。
咲いて、散って。目まぐるしく入れ替わる。一つとして同じ物は無い。
ネズミ算。倍倍ゲーム。
際限なく増えていき、花の量に依存して妖怪の妖力が膨れ上がる。
花そのものが、この妖怪の力になるのかもしれない。
殖える花で、無限に広がる天蓋が埋め尽くされてしまいそうな程。
自分は、こんなのの相手をしていたのか。

「博麗の巫女さん。貴女のお名前は?」

ふわりふわりと風に乗るように揺れる相手の動きを読む。
そして、真っ直ぐに針を飛ばす。

「博麗霊夢よ」

細い針が、花の壁に大きな穴を開ける。
妖怪に向かって真っ直ぐに退魔の針が飛ぶ。
それを、傘で逸らされる。
渾身の力を籠めた針が月に向かって飛んで行く。

「真っ直ぐいってぶっとばす。悪くはないけど。
 攻撃が読みやすい上、直進性能が高いと逸らしやすいのよね。
 お勉強になったわね。博麗霊夢ちゃん」

花の壁に空いた穴がすぐに塞がっていく。
この花びらの一つ一つは、とても弱い。
問題なのは、その量と増殖の速さである。
一つの生き物のようにうねり、霞のように実体がなく。雲のように千切れて飛ぶ。
見定めようとしても、すぐに消えて他の花に生まれ変わる。
めまぐるしいことこの上ない。

「何がしたいの?」

陰陽球を飛ばし、花の壁を消し飛ばす。

「言ってるでしょう。遊びたいだけだって。それがこの夜の目的なんだから。
 分からないなら、後ははそいつに聞いて。理屈は全部、そいつが知ってるから」

戻ってきた陰陽球を手に取り、続きを促す。

「そいつって?」

その言葉が合図だった。
宙に浮かぶ花びらが渦を巻き、集まり、何かに飲み込まれる。
禍々しい何かの中から、椅子に座った八雲紫が現れる。
奴の周囲だけ混沌に歪んでいる。
どちらを向いているのか分からないのは、まるで騙し絵のようだ。

「模擬戦である。繰り返す。これは模擬戦である。
 幻想郷のこれからを占う一戦よ。心してかかりなさい。
 ああ、言っておくけど。この結果如何で幻想郷が滅ぶとかそういった話は無いから。
 これからの幻想郷が今のままか。今よりもっと刺激的で楽しい場所になるか。
 それだけの事よ。
 霊夢だって、いつまでも今のままで良いとは思わないでしょう?
 だったら、少しは抗ってみせなさい。
 闘争と破壊と構築。それこそが人間の本質よ」

この二人は最初からグルだったらしい。
妖怪二人に、楽しめとせっつかれる。
私にああだこうだと押し付ける。
私のために。
それは違う。
八雲紫は徹頭徹尾、幻想郷の事だけを考えている。
私はその理想を実現するための道具に過ぎない。
今日襲ってきた妖怪は、自分が楽しむ事しか考えていない。
それで、私に迷惑をかける。
最低だ。
博麗の巫女だけでも手一杯なのに。これ以上どうしろっていうのよ。
力ある妖怪が二人がかりで、人間の私を苛めてくる。
あんたらが自分の都合を押し付けるのなら。
真っ向からそれに反発してやる。
お前らの玩具になんかなってたまるか。
私は私だ。私がやりたいようにやってやる。

私の人間としての尊厳を守るため。
はっきりと拒絶の意思を、殺意を霊気に乗せる。
それを見た二人が嬉しそうにはしゃぎだす。

「いいわ。乗ってあげる。徹底的に心を折ってやる。
 死なせちゃったらごめんなさい。
 死ななかったら、市中引き回しね。
 こんな迷惑な騒ぎを起こしたあんたたちを、見世物にして謝らせてやる」

「ごめんなさい」「ぎゃふん」

全然反省の色が見えない言葉で、分かり易く私を煽ってくる。
八雲紫が二人に増えたような気がして、頭が痛くなる。
あんなのは一匹で良い。本気で片方を消滅させてやろうか。

「さて、それでは。合意が得られたようなので、ルールを説明します。
 派手で綺麗な方の勝ち。
 ルールはそれだけよ。
 エキシビションマッチ。あるいはショウタイム。日本語で言えば大道芸。
 見世物として人里への根回しも済んでるから徹底的にやりなさい。
 どちらかの気力が尽きるか、日が昇ったら終りね。
 審判はこの幻想郷で一番かわいい八雲紫ちゃんが独断と偏見で担当させてもらいます。
 それでは、よーいどん」

それだけ言って八雲紫が消えてしまう。
消えるのが早いか、紫の居た場所で爆発が起こる。
私の陰陽球と妖怪の気弾がぶつかり、花火のように派手な音と光をばら撒く。
爆風に乗って距離を取り、霊力を練り直す。
浄化の結界は消して、その分の霊力を攻撃に充てる。
御祓い棒を手にして、霊力を一点に集める。
札では効率が悪い。針では単調だ。
もっと強くて、多くて、戦意を奪う物を。

「悩んでるようね。いいわ、見本を見せてあげる」

妖怪が、複雑怪奇に色が混ざり合った大きな爆弾を作り上げる。
花火より、もっとサイケデリックな色合いだ。
シャボン玉の膜をもっと厚くすればあんな色合いになるかといった代物。
警告色。素人目でも、あれはやばいものだと分かるはず。
その大玉をいくつか作り、私の方に飛ばしてくる。
それだけでなく、周囲を漂っていた花びらが集まって大きな花を作る。
その花が、阿呆みたいに太い光線をぶっぱなしてくる。
それぞれ違う色の花が、違う色の光線を放つ。
太陽もとっくに沈んだ夜中なのに、昼間よりも眩しい光が私を襲う。
その光線を避けていると、適当な距離まで近付いた大玉が、突然爆ぜる。
至近距離で、花火が炸裂する。
爆風と衝撃の第一波を辛うじて結界で防ぐ。
来る第二波。色とりどりの無数の光弾が押し寄せてくる。
人の頭ほどもある大きな弾。ゆったりとした速度で、大量のそれが襲い掛かってくる。
それを全て避け切って妖怪の元にたどり着くのはかなり険しい道だ。
だから。

「おらぁ!」

短絡的な行動に出る。
御祓い棒に集めた霊気を一気に解放し、唸る霊力が周囲の妖力を全て相殺する。
傘に隠れて爆発をやり過ごしていた妖怪が驚いた顔をする。
その隙を見逃さない。
一気に距離を詰め、札と針を投げて牽制する。
妖怪に倣い、私も周囲に霊弾を作る。
大きさよりも密度を。小さく。強く。
色は考えなくて良い。星の瞬きのように強く輝けばそれでいい。
一つ、二つ。たくさん。
自分の周囲に無数の光弾を作る。
それを、一気に飛ばす。

「空気が変わったわね。かわいげがないくらい優秀な子ね。
 折角なんだから、もっと長く、楽しく遊びましょう?」

傘の一振りでばら撒かれた花に、私の光弾が受け止められる。
妖力と霊力。二つの相反する力がぶつかり、爆ぜる。
紫は、派手で美しい方の勝ちと言った。
今の戦力が拮抗しているのは、私に派手さが足りないからだろう。
誰もを魅了する美しさ。
そんなもの、私は知らないけど。
人の目を奪うものだったら、私は覚えている。


ばんっと、袖を棚引かせ空中に静止する。
そして、舞う。
動きを最小限の効率的なものではなく、神楽の動きを取り入れ、緩やかに、大きく。
光弾を直線ではなく、弧を描き、渦を作るように飛ばす。
人を、魅了する。それを意識する。
それだけで、光弾が一層の力を帯びる。

「あら。これは少し分が悪いかしら」

妖怪が後ろに飛んで距離をとる。
仕切り直しだ。

「それじゃ、今度は私の番ね」

にっこりと微笑み、傘を振る。

「萌風。とでも名付けようかしら。切り裂かれないように気をつけて」

傘で起こした風に乗り、花が飛んでくる。
三次元の動きで、目も眩むような大きさと色の花が飛んでくる。
私の作った霊弾が、それで全て打ち消される。
よく見れば花だけでなく、葉や茎まである。
棘付きの枝はまだいいとして、ひっつき虫までいるのは馬鹿としか思えない。

大きさも速度もばらばらで、遠近感が掴めず、空間把握に苦労する。
それを紙一重でかわしながら、時に霊弾で相殺し、妖怪との距離を詰める。
手の届く距離まで来たら、ありったけの霊力を籠めて陰陽球をぶつける。
それを待ち構えていたのか、相手も必殺の一撃をぶつけてくる。
二つの力がぶつかり合う。

「エレガンスと余裕が足りてないわね。子供にはまだ早いかしら」

「舐めてると痛い目見るわよ」

弾かれるように距離を取り、次の一手を考える
小細工では倒せない。小細工無しでは勝ちと認められない。
ジレンマここに極まれりだ。

針と札と陰陽球。
使える物を全て取り出し、それを周囲に飛ばす。
私を中心にして、薄くて巨大な球状の結界を作って範囲を指定する。

「頑張って避けなさい」

ありったけの霊力を籠めて、神具を空に放つ。
解き放たれた神具が縦横無尽に夜空を駆け巡る。
命令は二つ。私を中心にして飛ぶ事。遠くに行き過ぎない事。
それぞれ微妙に性質の違う霊力を纏わせ、違った色をつける。
色の違う神具が飛び回り、ぶつかり、異なった軌跡を描く。
ネオンのようなその光が夜空を照らす。

「そうそうその感じ。調子が出てきたじゃない」

「うるさい」

制御を離れた無秩序の攻撃。
私を中心に、球の中を縦横無尽に駆け巡る。
出鱈目な攻撃では、決定打になりえない。
それでも、そんな常識すら超越するのが博麗の巫女だ。
運任せなら、私の領分だ。
安全地帯など存在しない、息も吐かせぬ怒涛の連続攻撃の始まりだ。

「これは少し厄介ね」

弾かれた針が、大きな弧を描いて同じ場所に戻ってくる。
神具の数は減る事無く、私の周りを飛び続ける。
上から、下から。あらゆる方向から攻め立てる。
段々と、その速度を増していく。

「楽しそうね」

そうでもない。

「でも、私はまだまだこれだけじゃ物足りないわ」

避けるだけしか出来ない、必死の状態で何を言う。

「全部避けてあげるから、本気でかかってきなさい」

最初からそのつもりだ。
指一本動かせないくらい。
ごめんなさいも言えないくらい。
徹底的に苛め抜いてやる。
二度と私に逆らえないよう、徹底的に負かしてやる。

「楽しいわね。博麗霊夢。この時間がずっと続けば良いのにね」

私はそうは思わない。
疲れるし。早く寝たいし。お腹も減る。
早く終わらせて、清清しい気持ちでお布団に入りたい。
でも。
この鮮やかな空を見せてくれた事には、ほんの少しだけ感謝してやってもいい。

「ありがとう、八雲紫。それと、少しだけ貴女にも」

正直に、今の気持ちを口にする。
ここまで長く戦った事も無かったし。
こんなにやかましい戦い方をした事も無かった。
血塗れの私に、可能性を教えてくれた。

「どういたしまして」

妖怪臭い笑顔で。心底嬉しそうな顔で、妖怪が応える。

「そして、さようなら」

妖怪は退治されるもの。
博麗の巫女は妖怪を退治するもの。
それは揺るがない。
妖怪との和解など、あってはならないのだ。
少なくとも。
対等の関係などは有り得ない。
私が上で、妖怪が下。それだけは、どうあっても揺るがせない事実なのだ。


神具が飛び回る領域を、妖怪を中心にして一気に収束させる。
すぐに私はその領域から除外され、妖怪一匹だけがそこに取り残される。
中を飛び回る神具が一気に距離を詰め、中を退魔の力で埋め尽くす。
太陽のような眩い光を放ち、人一人入る程度の小さな球になる。
中に溢れるは退魔の力。どんな妖怪でも浄化してしまえる神の力。
妖怪はきっと滅多刺しになり、すぐに消滅してしまうだろう。
もう、逆転はありえない。これで終わりだ。

そう思った直後。その光の球に罅が入る。
暴走し、爆発するかと思い身構える。
太陽のように眩しい光がどんどん衰えていき、絹のような真っ白いだけの球になる。
一つだけだった罅が、徐々に増えていく。
刃物でつけたような綺麗な線が斜めにいくつも描かれる。
何が起こっているのか、私には分からない。
初めて使う術だけど、こんな暴走は想定していない。
完全に私の制御を離れたそれが、ぶわりと膨張する。
そして、はらりと解け、一つの大きな花になる。
その中央に妖怪が座っている。
緑の髪で赤い服を着て、尊大な笑顔を向けてくる。
この構図は親指姫で見たことがあるけど。その雰囲気とは欠片も似ていない。

「お別れにはまだ早すぎるわ。いっぱいいっぱい、もっとたくさん遊びましょう」

まるで花粉が飛び散るように。力を失った針やら札やらがぱらぱらと地面に落ちていく。
その中の一枚を拾って、紙飛行機を折って、こちらに飛ばしてくる。
この女、平気な顔をしやがって。
あれだけ大盤振る舞いしてやったというのに、全然効いている感じがしない。
これって、どうやっても倒せないんじゃないの?
針も札もさっきので使い切ってしまったし。
辛うじて陰陽球と御祓い棒があるけど、こんな装備でどうしろっていうのよ。

「紫」

「はいな」

妖怪がその名を呼ぶと、私の頭上に穴が開く。
そして、両手に余るくらいの新品の退魔グッズが落ちてくる。
そしてすぐにその穴が閉じてしまう。
ああ、そういうこと。流石、お膳立てはばっちりね。
朝まで続けろって事なのかしら。
いいわ。覚悟を決めてやろうじゃない。
朝になって、妖怪の時間が終わったら。妖怪二人、まとめてしばき倒してやろうじゃない。

「妖怪。あんたの名前はなんだっけ?」

「やくもゆかりさんじゅうななさい」

「殺すわよ」

「出来ない事は言わない方が身の為よ。
 それと、私の名前は風見幽香。か、ざ、み、ゆ、う、か。
 覚えたかしら、博麗のお嬢ちゃん?」

「博麗霊夢よ」

髪留めのリボンを結び直す。
気合を入れるために鉢巻が欲しいなあと思っていたら都合よく空から降ってきたのでそれを頭に巻く。
日の丸なのがなんか気に入らないけど紅白だから及第点としておこう。贅沢は言わない。

「そうだったわね。それで、博麗霊夢。博麗の巫女ともあろう者が、もう音をあげるのかしら?」

「今のは練習よ。あれで大体分かった」

「そう。それじゃあ夜が明けるまで。めいいっぱい遊びましょう!」


もう何度目か。数え切れないくらいの派手な花火が夜空に上がる。
人智を超えた人と妖怪の遊びは、まだ始まったばかり。










それから程なくして、幻想郷で命名決闘法が締結されたのである。
初のバトル描写かもしれない。
みをしん
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コメント



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初コメントですか。
コメントがついていないのは色々理由があると思いますが、
やはり旧作の幽香を全く無視している格好になっているからですかねー。