Coolier - 新生・東方創想話

last night , see you

2013/06/16 12:01:53
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いつからだろう。
その想いが生まれた時から、叶えたい願いがあった。

一生に一度のお願いを彼女に頼んでみる。
彼女はそれを聞いた時、そんなことでいいのかと私に聞く。
私はそれに「うん」と頷き、彼女はやれやれと肩を竦める。
一度でいいから見てみたい世界が私にはあった。

「空を飛んでみたいんです」


☆★☆


夜の世界は切なく、幻想に輝いていた。

「落ちないようにしっかり掴まってなさい、私も人を抱えて飛んだことないから」
「はっはい!」
彼女の着る薄手の巫女服と腕をしっかりと掴み、私は彼女に抱きついた。
彼女の身長は私よりも頭一つ分ほどに高いから、自然彼女の胸元に顔が行く。
彼女はそんな私を、抱え込むように宙を浮く。
重くないかな?と思うも、どうやら私の体重は、宙に浮いてしまうと彼女と同じ、重力に支配されることなく、ふわふわと風船のように浮いていった。
「あんたの体重くらいじゃ、飛んでてもちゃんと背負えるわよ」
思っていたことが顔に出たのだろう、彼女は意地悪そうな笑みを浮かべ、赤くなった私の頬を優しく触れた。


「そういう所は、言わぬが花ですよ、霊夢さん」
「重いと言われるよりは心に優しいでしょ。それに気になってそうだから言ってあげたの、気遣われるよりはいいでしょ」

博麗 霊夢はそう言うと、高度を上げていく。
「少し寒いかもしれないけど、我慢してね、阿求」


冷たい風が私に当たらないようにと、霊夢の腕が私を彼女の懐へと運んでいく。
霊夢の柔らかな肌がより、密着し、温かみを感じる。
霊夢の心音がトクン―――トクンと伝わってくる。
霊夢の優しさが私に流れ込んでいく。温かい。


「あったかいです」
「そう?」
「ええ」
満たされてしまうほどに。心が温かい。






夜を翔ける。
星々の灯りで照らされた世界は一様にキラキラと輝き、私たちを照らす。
雲一つない、明るい夜。
ぶらぶらと足元が付かない浮遊感の中、下を見れば、そこには私がいた先までの世界は、箱庭の様に小さく写される。
村も、神社も、魔法の森も、全てが見渡せる。
チラホラ見える明かりの集まりは万華鏡の様に美しき光景。


「綺麗!」
私はその美麗さに感嘆の声を上げる。


「こんな世界が小さく、私が知っているモノがこんな風に見えるなんて……すごい!」
「ほらほら、すごいのは分かったからそんなに暴れない、その綺麗を胸に墜ちても知らないわよ?」
霊夢は子供みたいにはしゃぐ私に苦笑を浮かべながらも、その腕はしっかりと私を掴んでくれている。


「霊夢さんなら落ちてもきっと私を掴めると信じてますよ」
「過大評価ね、私は飛ぶのそこまで早くないわよ、まっさかさまに落ちたあなたを拾えるかしら」
「空を飛ぶ程度の能力が売りなのに?」
「程度だからよ、それ以下も、それ以上もない」
うーん、節操がないなあ。


「まあそれでも、霊夢さんなら私を助けてくれると信じてます」
彼女の事だから、結界やよく分からない力を駆使して私を救ってくれるだろうなと言う想像が浮かぶ。
きっと無理なんて言葉を否定してでも、自分の望みや在り方を手に入れる。
彼女はそういう存在だった。
自由に、自分の思うままに行動し、願いを叶える。
それはまさに空を優美に飛ぶ鳥の様に、私は彼女がそんな人間だと知っている。
こうして繋いだ手も、しっかり握りかえしてくれる彼女のおかげで落ちる事など微塵も思えない。


だから私は霊夢に笑みを浮かべる。
自身が信じられる者の瞳をのぞきこむ。
「勝手にそう思ってなさい」
霊夢はぷいっと顔を私から背ける。
けれどその口元は少し嬉しそうに笑っていた。












「今日は月が明るいわ」
上昇を続けた先に見える月は、地上からでは見られないほど大きく映る、明るい月。
まあるい、まあるい、儚く輝く綺麗な月。
それはどこか見る者の心に、哀しさや、優しさ、寂しさを感じさせる、もう一つの自分を映す鏡。

月の明かりは人の心を狂わせる。それは誰が吐いた言葉か。
その狂わせる心とはどんな感情か。それを私は言葉に乗せる。

「ええ、明るくて、大きくて、どこか切なく見えます」
「そう?」
霊夢は明るくて綺麗じゃないと、私に率直な答えを返す。
私はその言葉に、「情緒がないですねえ」と軽く笑うと、少しムッとした表情を見せる霊夢にその理由を囁くように語る。


月の周りには、多くの星が輝いている。
月とは離れた距離にあるそれらは、月に比べるとそれは、微々たるほどの大きさで、輝く事しか出来ない小さな存在。

「月ばかりが大きくて、他の星々の存在が霞んでしまう。星々は皆似たり寄ったりな大きさですけど。その中で一つ、明らかに違う大きさの月がポツンとあるのは、どこか寂しいなって思ったんです」
月は大きい。
けれどいつも一人だ。

星々は天気の移り変わりで見えなくなってしまったり、季節によっても見えなくなってしまう者もいる。
そんな中、一つだけ異彩よく、私たちにその場所を教えてくれる月とは、周りの星々とはどこか違う存在を示している。
星はたくさんの集まりを輝かすことで星々と呼ばれるが、月には同じ星と呼ばれるモノは無い。
唯一無縁。
月は一つの在り方で示され。同じに見える星々とはどこか遠い存在。
星々は、そんな月の光に憧れるように小さな光を灯しつづける。
それは、どこか彼女とも同じ存在。


大きくて美しい、人妖共々、誰もが求めたいと思う、儚さを宿す少女。


「私には普通に綺麗の一言だけどねぇ……」
「ふふ、霊夢さんだからですよ」

人と人の思いがすべて通じ、交わらぬように。
月には星の気持ちなどわからないかも知れない。
星も月の気持ちなど分からぬように。
けれど、星は常にその輝きに憧れる。近づきたいと思う。その一瞬が消えてなくなるその日まで、星はその一瞬を夢見る。

自身の存在を誰かに見てもらうために。

「だけどいつか、月が綺麗で切ないと思える時が霊夢さんにも来るかもしれません」

私はそんな星を見て思う。
月に知ってほしい、私という存在がいたというその瞬間を。

それはいつか、彼女がまたこうして月を見たときに、私という星を思い出した時に感じて欲しい。
星の命は月よりも短い。だからその一瞬の輝きを月に魅せたがる。
「なにそれ」
彼女はなんてことないように、私の言葉に笑う。


「阿求のセンチメンタルに私が感化されるのかしら」
「ええ」

いつか、彼女がそうなってくれる事を私は願いたい。
「その時は、きっとこの月もより綺麗に見えるはずです、月と同じ綺麗な心を持った霊夢さんならね」
最後の一言をわざと強調付ける。

ゆっくりと、彼女の瞳を除き、はにかむように笑う。
彼女はその視線に、とても困ったように目をそらすけど、抱き合った二人の距離では、それも意味をなさない。
彼女の恥ずかしがる素顏を私だけが見ることができる。

「バカ……」

彼女の手が軽く私の頭を叩く。
えへへ、と私はそれにまた優しく笑う。
その時の彼女の瞳がとても切なく、美しかった事を私は忘れない。

忘れることもない記憶を胸に刻む。






★★☆



そうして私たちは夜空の散歩を堪能する事しばし、ふいに彼女が私に言った。


「ねえ阿求」
「はい?」
「どうして一生のお願いが、空を飛ぶことなの?」
彼女は不思議そうに私を見る。


空を飛ぶことになんの疑問を抱かない彼女だから感じる不思議。
それは別に、一生のお願いにしなくてもきっと彼女なら叶えてくれただろう望み。

空を飛べるものなど、この幻想郷には数多くいる。なら、彼女以外にもその願いは聞き入れてもらえたはずだ。
無数の叶えたいと思う気持ちから、なぜこの願いを自身に打ち明けたのか、彼女は質問する。

「見たかったんです、幻想郷の空の世界を」
「それくらいの願いなら、他にも宛があったんじゃないのかしら?」
「いいえ……」

他ではダメなのだ。

「霊夢さんの見る、幻想郷の世界を私も見たかったんです」
彼女の息を呑む音が聞こえた。

「空を飛べるものなら確かにたくさんいますが、霊夢さんとこうして見る幻想郷の世界は、霊夢さんと一緒でなければ見られません、
楽しいと思える気持ちも、綺麗と思える気持ちも、一緒にいなければ共感することはできません」

いつからだろう。
その想いが生まれた時から叶えたい願いがあった。




見たかったのは、彼女の見てきた幻想郷という世界。
博麗の巫女として生きた彼女が映す、その瞳の世界はどんなものなのか。
私は常に興味を抱いていた。


異変が起こる度に、空を見上げた。
森の魔法使いと共に、空を縦横無尽に飛ぶ姿は、常に飛ぶことのできない私には憧れの姿だった。
空を見上げれば、鮮やかに空を舞う紅があった。
何者にも縛られない、自由なその姿。
笑い、唄い、平等に、すべてを受け入れる少女。

それはきっと私と違う存在。
稗田という幻想郷の歴史を観測する、外とは違う、この世界の内を常に見続けるもの。
世界を外からでしか見ることのできない私にとって、彼女の在り方は誰よりも美しい。


だから、思ったのだ。

―――――彼女のように飛んでみたい。
彼女の隣で、その世界を見てみたいと。
憧れは思いに、思いは願いに。
そして、その感情はきっと―――



「霊夢さんと一緒がよかったんです」

気づけば動機が激しくなる。
「ほっほら……私、体が見た目通りに弱いですし、寿命も短いですから。こう……なんていうんだろう、元気な人と一緒に空を飛んでみたいなぁ……とか」
「…………」


どうしてだろう、彼女と視線を合わすのが恥ずかしく感じる。
彼女の顔を直視できない。視線は気付けば下がっていく。

「少し思いつきな所もありましたけど。こうして素晴らしい景色を見れたんだからこのお願いもまんざらじゃないかもって、……思います」
へへへ…、と小さく笑うことで、自身の高ぶる気持ちをごまかす。
気づくことを恐れた感情。
気づいたら引き戻すことができない想い。
彼女はそんな私の事をどう思っているのだろうか。変に恥ずかしい台詞に困っていなければいいけれど。
表情を見る勇気が私にはない。
「…………」
ただ……、溢れ出しそうなほど、この胸の痛みに耐えることしかできない。




――――わかっている。
それが稗田 阿求にできた精一杯の強がりで、世界のどこかに輝く星の小さなプライド。
稗田の短い生を、彼女と共に歩むのはきっと重荷でしかない。
なら、叶わぬ願いを別の願いに、一生に一度のこの願いを彼女との最高の思い出に―――


私は――――


「そう……」
そしてそんな私の言葉に、私より頭一つ高い場所から声がした。

「私も一生のお願いをしてみようかしら?」
ポツンと何でもないように呟いた。

「霊夢さんが?」
「ええ」
その言葉に私は少し呆気にとられる。
彼女が望む一生のお願い―――





「私も阿求と一緒がいいわ」





心臓の音が止まってしまったかのような感覚。
息をするのも忘れてしまいそうな言葉。

「えっ……、えぇっ!?」
「何驚いてるのよ?」
「えっいえ……、その、霊夢さんどういう意味でそれを言ったのか……」
「意味なんてそのままじゃない」
不意に視界が薄暗闇から、月光の月明かりをのぞかせる。
雲にも隠れた月が出たか――違う、自分の顎が持ち上げられ、視線を上げられたのだ。誰に?

そんなの一人しかいなくて。


「好きよ」

―――その一言が言いたくて。

彼女は、博麗 霊夢は、笑顔を向けて私にいう。
何でもない、いつものように笑いかけるかの様なそんな響き。

―――けれどそれを言えば。

「阿求」

時が止まる。
月に魅入られた星は、言葉を吐くことも息を吸うことも忘れ、その言葉にただ喉を震わせる。
呼吸の音も、夜風の音も、全てが消える。いや、聞こえない。
それは無だった。彼女が作り出す空間。
彼女のたった一言が、私という世界を止める、変える。
見開かれた眼は閉じることもできず、ただじっと彼女を映す。
何かを言わなければ、そう頭が理解はすれど、吐かれるのは掠れるような小さな声だけだった。

誰よりも一緒にいたいと思う人がいる。
そんな人に、愛されたいと思う自分がいる。
けれど。

「あっ……」

その時の私は、いったいどんな表情をしていただろうか。

彼女の求愛に喜ぶ表情をしていただろうか。したいと思う、してあげたいと思う。
だけどそう思う感情と同時に、悲しみを隠せない、苦ましい感情が胸を締めていた。


――――何を言えばいい、霊夢が私に告げた言葉の意味を脳裏で反復する。
それだけで言葉の意味が意味をなさなくなる。


伝えなければ―――、伝えなければいけない言葉がある。
その言葉の先に待つものを私は知っている。
知っていたからこそ―――。
















全てが夢の様な出来事。
一緒にいたいと思った人と一緒にいられる。
それだけで幸せだと願い、それだけじゃ抑えられない自分と葛藤し、そうしてすべては終わりを告げる。


現実は常に非情で、それでいて美しい。


それまでの全てが嘘を真に塗り替えるように。
これからの全てが真から嘘に移り変わるかのように。


夢はどこまで見ても夢物語だと、稗田の私が呟くのだ。


そう、これは最初で最後の願い。
転生の儀を行い、代々の名をもつ御阿礼の子。それに代々行われる儀の禊。
御阿礼の子は、その名に意味を持って生まれてくる。

この幻想郷の歴史を綴る為、
この世界の意味を形造る故に、輪廻の輪を外れる者。
その代償には常に短命の運命であること、短命故に、その生に価値が示され。そして次代の御阿礼の子へと受け継がれる。

その生を一言で言うのなら、幻想を綴る為に生まれた命だとも言える。
短き生の中、御阿礼の子であり、稗田 阿求としての生を送ることは極わずかだ。
生まれ持っての使命がその名の意味を奪っていく。その時間を奪っていく。

自分が望むモノも、自分が願う事も、全てはその使命の僅かに出来たひとときだけ。
元より御阿礼の子として生まれてきたものに求めらられるのは、その生き方ではなくあり方なのだ。


稗田 阿求という名は、御阿礼の子という意味の前では霞んでしまう。
自身の人生が紙と筆、そして幾許かの会合。そして閉じられた一つの部屋。
それが全てと言っても過言ではない、稗田 阿求として生き、見てきたモノ。
全ては、御阿礼の子としての使命を果たすため、たったその一言に稗田 阿求の生は行き着いてしまう。
この生を呪わないことは無かった。元より自我を持つことに意味をなさない命に、私という意思があることが酷い矛盾だとすら思えた
けれど、そんな僅かな私の生き方にも意味はあったのだと思っている。



博麗 霊夢。
彼女との出会いは私の全てであったともいえる。
決して長く居た訳ではない。
むしろ、彼女の知り合いの中では、私との会合など微粒子程度のものであったはずだ。
けれどそんな短い時間でも私は彼女の存在を知り、その存在に思いを抱き、そして今こうして二人でいる。
最後の願いを彼女に告げたのは、私の使命であるこの幻想を書き綴める任を終えたから。
縁起を記し終えた私に残るのは余りある余生の謳歌ではない。


その使命が終えた命は更なる、使命を次へと繋ぐために、転生の儀を行う。


長い、長い、年月を掛けての転生の儀が。
幾度となく行われてきたその時が。
それが明日に行われるのだと、誰が信じよう。


この時間が終われば、
この夜が明ければ、
稗田の役の為に、他者と隔離されたところで住まうこと。

慣れ親しんだ者たち、家族とは転生の儀を終えるその最後の時まで、会うことができなくなること。
残りの余命全てを賭けてのその役目を果たし終え、再び会える僅かな時間。そしてそれまでの長い時間ひとりで過ごす事。
輪廻の輪から外れる魂は、その魂に穢れを身を置くことを許されぬ。
魂の在り方が前世と同じ道を歩む事で、意思も心も、代々の稗田として昇華され、転生に有益とされ求められ続けた。


誰がそんなものを決めたのか。
誰がそんなモノを信じようか。
どれくらいの時間がかかるだろうか。
終えた最後、どれほどの時間をまた、親しきもの達と会えるだろう。
そんなことを思い浮かべたのは既に億を超える回数。


霊夢は知っているだろう。
この夜が私と会う最後になるかもしれないと言う事を。
もしくはそれが今日だと知らずとも、その時が来る事を。
彼女が、私の願いに『そんなことでいいのか』と聞き返したことを思い出す。
元より勘の鋭い彼女だ。
稗田の在り方を知らずとも、彼女なら、おのずとその答えに行き着いていただろう。


―――僅かながらの最後の願いだった。


この幻想を最後に、
稗田 阿求の夢は覚める。

けれど。











涙が自然と零れるとはどういう事なのだろう。


「あっ・・・」


震える手は、もう隠すこともできないほどに、彼女の肌に伝わるほど小刻みに揺れる。
紡ぎたいと思えた言葉も、今では何も話すことができず、ただ、すすり泣く小さな嗚咽が勝手に零れる。

なぜだ、泣きたくなどない。
何よりも、こんな表情を私は彼女に見せたくない。

これが最後かもしれない。
そんな最後を私は涙なんかで、ぼやけた彼女の輪郭を捉えたいとは思えないのに、止めどなく意志とは反対に涙は零れる。
それを私は咄嗟に手で覆い隠すも、その表情はすでに読まれてしまっている。
霊夢が笑いかけた、その表情すら、私には見る資格さえない。

「見ないで……ください」
痛い、なにもかもが痛い。

体が痛い。
体が強張り、それがきしみを上げるかのように体が引き裂かれるようだ。

存在も痛い。
急に涙を流し嗚咽を漏らす女など、霊夢はどう思うだろう。きっと訳も分からず泣き出す、めんどくさいやつだと思われるだろう。

心が痛い。
そんなどうしようもない私を好きだと言ってくれた事に私は、嬉しさと同時にどうしようもない悲しみを抱く。
痛い、辛い、嫌だ……こんな感情など抱くものではなかった。
繋がれることも、交わる事もない、想いに意味などない。惹かれ焦がれてその身が狂い叫べようとも、運命は変わらない。
元よりこの想いに未来などない。
だから最後、この想いを奇麗にまとめ、綴ることが稗田 阿求の願いだった。


誰にも知られることなく、誰にも気づかれることもなく。
全ては意味のないことだったと、自信を諦めさせるために。
けれどそれはもう、どうしようもない乾望へと変わってしまう。
知ってはいけない感情。
その先に望みなどない絶望だと知りへども、望まずにはいられない
その言葉だけは、決して言ってはいけなかった。
その言葉の先に救いはきっとないのだから。


人を思う感情を知らなければ、こんな傷つく思いを抱くこともなかったのに。
こんな記憶、無ければよかった。消えない。消したい。けれど消したくない。
嫌だ……こんなのは……辛すぎる。



「酷い……、霊夢さんは……、酷いです」
涙しながら、ようやく吐き出すことのできた言葉は、彼女への恨み事。
彼女の思いにそんな言葉を吐くとは、本当に酷いのはどちらかなど、今の自分には考える術など無い。
心臓の鼓動は狂ったように跳ね上がり、呼吸がおぼつかない。それに呼応するかのようにあるはずもない痛みが胸を締め付ける。
ただ抑え、この痛みを一生背負わせた彼女が憎くて仕方がない。
愛しく、抱きしめてしまいたいほどこの少女が――――憎い。


「わかっていたハズです。これが最後だって……、もう会わない方がいい事も……それなのに!」


言葉は、感情の波に乗せられる。愛しさも、憎しみも、悲しさも全てを乗せて。
どうして、こんな告白など―――
こんな私が辛くなるだけの言葉などを分かって、どうして―――
高まる感情は抑えきれない。

「なんでそんな事を貴方は―――」


だがその後に、紡がれる言葉は無かった。

いや、紡げられなかった。手で表情を隠した視界は、鮮明な光を否応なく受ける。
それが無理やりに手を掴まれ、動かされたのだ知ると同時。自身の紡ぐ口に柔らかな人肌が押し付けられたのだと知る。



荒々しく、それでいて怯えるような繊細にそれは触れる。触る。繋がれる。
接吻をするのは初めてだった。
誰かの唇が触れることなど、ついぞないと私は思っていた。
―――あっ……。
それが今、予測を裏切る。霊夢の手が私の体を求め、より抱きしめるために左手を後ろの頭部へ回し、頭部をより彼女は近づけようとする。
逃がさないために、私が逃れないように。
気づくと体の強張りは解け、その感情を表した硬さは溶けていく。
崩れ零れるほどの悲しみも、
狂おしい不安も、
そんな思いなど、互いの唇が触れた瞬間、崩れ消えてしまったことなど彼女は知らない。
――――卑怯だ、こんなの……。


求め、拒まなければいけなかったその最後の一線はいとも軽々しく破られてしまった。
私の思いなど無視し、圧倒的に、暴力的に一方的で、けれど最後まで優しく。
それを拒む術を誰が持ちえようか。
霞む視界、揺らぐ思考、感情が溶けていく。
愛しいと思う本能だけが強まり、いずれその本能に流される。
堕ちてしまえば、そこに咎などない、二人の少女が求め求められただその行為に耽るだけだ。
「んっ――」


息が苦しくなると自然、互いの口元が離れ、どちらかのモノかわからない唾液が霊夢の口元から零れ私との間に糸を引く。
呼吸は互いの息がかかるほどに近く、霊夢の細められた視線を合わせるとその姿に官能的欲情を抱き、体には熱が入る。


自身の着物は分かるほどに背中が汗ばんでいた。彼女が腰に回す手の感覚を強く感じる。
言葉の紡がれないその行為は、酷く背徳的で、後に羞恥心が浮かび上がる。
霊夢も同じなのだろう、蒸気した表情は、普段見た事もないほどに赤みを抱いた顔をしている。
衝動的に込み上げた感情が冷めるまで互いに交わされる言葉はない。
静かだ。
闇夜に照らされる月光だけが、私たちを見ている。
そして、


「好きだから」
呟くように放たれた言葉は、それ以上の答えなどないと、彼女はその夜空と同じ色を持つ瞳で私を捉え言う。
「最後とか、あんたが稗田とか……そんなの私には関係ないのよ」
震え怯える私とは対照的に、霊夢の体は温かく、震える体を包みなだめる様に抱きしめる。
それは、不安や孤独を取り除いてくれる、安らぎを与えてくれる。


「最後だっていいじゃない」
霊夢の瞳が寂しそうに、けれど私とは違う、その寂しさも孤独も受け入れた儚げな笑みを私に向けた。


「私があんたのことが好きだって伝えられないで終わるなんて、そっちの方が私には辛いは」
彼女の瞳に涙はない、けれどその瞳の奥の思いが、私と同じものだと知りえた時、やはり彼女だけには叶わないなと心の底で呟く。



――――彼女はこの現実を受け入れていたのだ。



「最後ならば、それを最高の思い出に変えればいい、もし次があるのならその時までに忘れないだけの思い出を作ればいい」


簡単な事よと彼女は嘯き、そしてそれがどれだけ難しい事か。けれど彼女はそんな事もわかった上でその言葉を言ったのだ。
「あなたとこうしてまたこの光景が見れるなら、簡単な事よ」


なんでもない、それだけの事なのだと博麗の巫女は言う。
幻想郷は全てを受け入れる。
そしてその幻想の中心に生きる彼女も、初めから全てを受け入れるべく存在だった。


どうしようもないと思える運命でも。

叶えられないかも知れない想いも、絶望も、後悔も、希望も、全て受け入れる。
ただそこに、諦めるという選択だけを選ばない彼女。

私とは違う、運命に足掻き、それでも前を見つめ、その結果を受け入れる彼女は、誰よりも凛々しく美しい存在。
そんな彼女が好きだった。
そんな私を好きだと言ってくれた彼女。

「だから、ねえ阿求」

月光の果てに、映るのは闇かそれとも光か、

「あなたを好きでいたい」


誰も知らない、私以外の誰も知ることのない言葉は闇夜に木霊し、そして溶けゆく。
言葉は魔法だ。一度言われたその言葉は私の体を蝕み、二度目の時にその思いに逃げ道などないのだと告げられる。



あぁっ―――と零れる息を吐いたとき、私の物語の終わりを悟る。



涙が再びぼろぼろと零れる。
どうしようもなく、みっともないと思えども止まろうとはしてくれない。
それは私の未来だった。
もう止まらない、戻れない。
後悔も、絶望も、孤独も、耐えられないかもしれない。
けれど、また。


「私も……」


どうしようもない程の、愛しさと、気持ちが込み上げ。思う。
叶えたい願いがあった。
もう一度、彼女とこの幻想を飛びたいと。


何年、何時間、どれほどの時間がかかろうとも、会いたいと思えてしまう人がいた。


「霊夢さんが大好きです」


変えられない運命がある。
輪廻永劫、変わることがない人生がある。
けれど、それと同じで変わらないでいられるモノもある。



それは例えば、文献に残る代々御阿礼の子達がそうだったように、最後に書かれる手記には決まってその代の思い人への事が綴られていた。
途切れることなく語られる御阿礼の恋物語。
それは、決して代々変る事もない想いがそこにあった記。
狂おしい孤独と、寂しさ、そして愛しさ。
それを受け継いだ私も同じ想いをいつか綴るのかも知れない。
かつての私がそうであったのなら、今の私もきっとそうなのだろうと。
心の奥で信じられる。


「………好きです」


会えなくとも、
これが最後になるかも知れなくとも、

「愛しています!だから……」

私はきっと博麗 霊夢を最後まで愛することが出来るのだと。

そう信じている。
この記憶が途切れるその最後まで。
だから、


「もう一度、ここで逢いましょう」



願いじゃない、
二人だけの約束を交わし会おう。





★★★







星々の光が命を無くし、幻想の夜が終わりを告げる時、
一つの物語も、同時に終わりを告げ、新たな物語が生まれる。


それは退屈で、もしかしたらつまらなく、読む者を飽きさせる話かも知れない。
けれど、私はその物語がいつか最高に楽しく、感動を持てる物語として読まれるべく、生きていこうと思う。
すでに起承までの話は出来ている。

長く単純な転の階段を上りゆき、結で急降下するそんな最後の一文に価値を見出すかのような物語。
書くことに意味を覚え、綴ることに人生を定めた私の生き方、結局私という生き方は、綴ることに喜びを感じる人間なのだ。

一つでも多くの歴史を綴り、
一つでも多くの記憶をこの世界に残そうとする。
楽しい事も、悲しい事も、全部、全てを、書き記す。
それが誰の目に付き読まれることを望み。
この幻想の夜を―――ー






「ねえ、阿求」
「はい?」
「大好きよ、一生愛してる」
「私もです」



いや……これは、私だけの歴史に刻みつけておこうかな。





FIN
友達に「お前の考える話は、えぐ過ぎる」とゴミを見るような眼で言われたので、
繊細な心を見せつけるべく、だだ甘で切ない話を書いてみた。

ただそんだけの話。(^<^)

少女、夜空、最後。それだけをテーマにした、それだけの話。
つたない文章で楽しんでいただければ幸いですOTL


https://twitter.com/select_answer
感想あったらうれしいです。
ニトラス生命保険
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コメント



0.960簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
儚いからこそ美しい。愛する者とも別れの時は必ずきますが、阿求の能力で彼女の霊夢への想いは、未来永劫彼女の中に在りつづけるのでしょうね。素敵なお話でした
必須ではないかも知れませんが、キス描写に多少官能的表現がありましたので、百合タグをつけられてはいかがでしょうか?
また誤字報告も失礼します。
博例→博麗
時代→次代(かな?と。文脈から判断しましたが、違っていたらごめんなさい)
3.無評価ニトラス生命保険削除
2さん
ありがとうございます!読み返したら確かに誤字がありました。
直させていただきますOTL。
キス描写も軽くねっちょりなんで百合タグをつけさせてもらいます。
4.100非現実世界に棲む者削除
良い、これは良い、めっちゃ良い。
なんて切なくて甘くて、それでいて感動するのだろうか。
特に最後の締めが良い。
阿求の少女らしさが出ている、最高の終わり方だと思います。
それでは感動する作品をありがとうございました。
これにて失礼いたします。
7.90奇声を発する程度の能力削除
良いですね、美しい感じで素晴らしかったです
9.80名前が無い程度の能力削除
甘く切ないいいお話でした。
10.70名前が無い程度の能力削除
甘い、そして切ない。やはりこんな話は良いものですね。
あともう少しまろみがあれば最高だったのですが。
12.無評価ニトラス生命保険削除
4さん
阿求の少女っぽさが出てると感じてくれたら幸いです。
幸せの余韻が残る、締め方が書けて楽しかったです。

7さん、9さん
感想ありがとうございます!

10さん
そうですねえ、確かに最後は少し駆け足な所を感じたので。次回はそこをもう少し根気よく書いていきたいです(゜-゜)
24.1003削除
この物語は完璧です。
まず出だしからして共感してしまう。自分が阿求だったら絶対にこう思うだろうなって。
この短い中で恋物語を成就させているところも見事。
二人の行動がとてもらしく、ストーリーに没頭できます。
何度も言いますがこの物語は完璧です、そう、
>そっちの方が私には辛いは
の誤字さえ無ければ……!

しかしそれを差し引いても今まで読んできたSSの中でもかなり上位に来る作品です。
素晴らしい作品をありがとうございます。