Coolier - 新生・東方創想話

点奇簿の爪

2013/06/07 00:03:53
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 深緋の糸を針に掛け、一縫い、二縫いと針を進めた。糸はかつてそこにあったの如に馴染み、姿を消した。また銀の針先は緋の海に沈み、頭を出した。五度、六度と針が頭を出すうち、裂隙は小さくなっていった。
 木枠から差す陽光は決して茅屋の隅を照らすことはないが、充分に影を作っていた。よく影がゆらめく。木枠のすぐには柳が撓垂れている。彼らは抑もがそういう形で、ゆるやかに、幽かな風でも、緑風を奏でていた。柳は一本や二本でなく、向こうの方からずっと、人里まで続いている。茅屋はそこにはたと佇んでいた。烏は鳴かず、稀に虎鶫が声を張った。
柳の揺らめきは陽と同じく、形と、向きを変える。もう三回も縫えば裂隙は緋に紛れるとき、ふと気まぐれに、陽は針の銀を光らせた。僅かに視線が狂い、針は指先を突いた。突いた人差し指に目を遣ると、極微の穴から赤い玉が浮き出、玉はやをらに膨れ始めた。布の緋よりも明るいそれは、やがて自重に耐えきれずに流れていくであろうが、自分の外套に付いてしまうのは些か具合が悪く感じられるため、零さぬよう静かに、指先を口に含んだ。傷は小さく、瞬きの間に塞がってしまうだろう。指先を口から出すと、唾液で照る中に、再び赤い玉が見えることはないようである。また布に向い、針を動かしてしっかりと縫い合わせた。
 緋色の外套は、茜の陽光に映えた。一度大きく息を吐いて、縫い終わらせた外套を羽織り、前を止めた。襟が口元を隠せる高さであることを確認した。ただ、殊更に庵を出る用事も思い至らず、取り敢えず夜半までの時間つぶしとして、人里まで赴こうと考えた。何らかの暇潰しがあるかもしれない――もっとも、人間がするような児戯をすることに興味はなかったが、それを眺める分には多少とも時間が潰せるだろうと思えた。土気色の混ざった赤――赭色のスカートを翻し、庵を出た。日はだいぶ西に傾き、東の山際は紺色に滲み始めていた。足首ほどまである雑草を踏み、人里へ繋がる石畳まで歩を進めた。雑草からは小虫が飛び立ったり、一匹のやすでが通った。鳥は見当たらなかった。石畳を踏むと、何やら人里がひどく騒がしい。祭儀か何か、或いはただ騒いでるだけかの見当は付かなかったが、経験として、この時期に祭儀は覚えがない。もちろん、人間がただ騒ぎ立てるのが好きで、何の考えもなく安直に騒ぎ始めることは有り得るし、何やら訝しい連中が人騒がせな童戯を起こすことも屡々あった。就中、ここ最近は頻度が高く、ややもするとまた考えの足らぬ児戯を始めたのではと心底から侮蔑の念を持ち得た。蓋し、夜半までの退屈しのぎ程度にはなるだろうとそちらへ足を動かした。
 果たして、人里はその外にまで騒ぎが起こっており、彼女は目を細めた。そこら中で、精も根も尽き果てたか、酒に溺れたかのどちらかの人間が倒れていた。その元凶を努めて探すつもりにもなれず、数人を蹴飛ばし、漸く全貌がつかめた頃には、方々の家屋から灯りが漏れていた。攪乱で以て浮かれきった空気にすっかり辟易し、帰り路は人気のない、川の方を下ることにした。
 灯りのない川であっても、妖怪の目に障りは無い。偶に人間が倒れていたが、そのいずれも、騒ぎの結果であった。爪先で二三度蹴ると、唸ってそのままの者がほとんどであった。彼女はまた溜息を吐いた。川に突っ伏した人間を見付けた時、彼女はまた児戯の延長かと呆れたが、放っておくわけにもいかず、しかし、偶然の体を装い、その人間に近付き、同じように足で小突いた。数度小突いたにも関わらず気を醒ます様子もなく、愈々暗愚の極みを彼女が断じると、その通りに愚者は二度起きる様子はなかった。ただの暇潰しには過ぎた道に入ってしまった、と後悔すると共に、ある種の同情として、せめて閻魔には裁かれるよう、懐から六文を手に置いた。金子の擦れる音だったが、手は既に冷たく、とは言っても、どうも鈍い触感があり、益々彼女は眉根を近づけることとなった。彼の魂は、恐らくは安らかではないが、迎えられたに違いない。彼の体はこのままか、或いは自警によって撤去されるかは分からないが、少なくとも彼女には関係のないことであったし、屍体を漁る猫も居るという話はあまり心地が良くないが、このまま骨を曝すよりは、救われる魂に比して地獄の燃料になった方が、幾許か釣り合うのではないかと考えるうち、ぽろりと屍体の爪が一枚落ちた。屍体から剥がれた爪もひとつの屍体である以上、そこに放っておくのが弔いであるだろう。彼女は爪を金子と共に屍体の手に握り込ませて、再び歩き始めた。
 庵に着く頃は幽暗に柳は褄黒に染まっていた。靴を脱いで上がり、外套を壁に掛けた。夜半ともなると虫もよく騒ぎ、屍体を見たこともあって、若干口元にこそばゆい感覚が走った。騒ぎの様子からして、人間はここまではやってこないはずである。ある程度の確信のもと、彼女は体を置き、首から上で外へ出た。虫を喰らうために、体であれば足首の辺りを飛んだ。彼女が近付くと虫は鳴くのをやめる。または、逃げる。実のところは川岸へ向かいたかったが、先程の感覚があり、とても向かうつもりにはなれなかった。彼女はそのまま、緑地に見付けた虫を数匹喰らった。甲殻は噛み砕いた。虫は幾らでも鳴くが、その姿を見ることはあまりない。鳴かない虫では尚更である。目に入った時に喰らう程度で、そこまでの道程にも居たはずだったとしても、喰らうわけではない。それは単純に、彼女が見付けたか見付けなかったかの違いである。数刻の後、彼女は庵へと戻った。庵には、静かに正座した己の体がある。それを見ると、未だに何とも言えぬ気持ちになる。ぐるり、と自分の体を回った。時に手、指先を見ると、針を刺した部分に蘇芳色の染みがあった。どの瞬間にか、傷が開き、また閉じたらしい。まったく気付かなかった。それ所か、刺したことすら、自分の体を見るまで忘れていた。果たして、自身の体はここにあるそれなのか、或いは、この頭なのか、この体にはまた別の魂があるのか、自ら動かない魂など有り得るのか、だが、この体がなくなってしまえば自身が失われてしまうことを考えれば、この頭はこの体に依拠するのではないだろうか、果たして、私は頭であるのか、体であるのか、奇妙な縁である。
 首に頭を挿げ、手で二三度頭を確認した。渇いた血の膜は、こするとぽろぽろと落ちた。
そろそろ書き慣れてきましたが、イマイチ方向性が定まってません。
2ボス、大変かわゆう御座います。
有河隆道
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コメント



0.260簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
ひっそりと暮らす赤蛮奇ちゃん
ちくちく外套を縫う赤蛮奇ちゃん
呆れ目で人間をつつく赤蛮奇ちゃん
でも死人はしっかりと弔う赤蛮奇ちゃん
首を飛ばそうか外聞を気にする赤蛮奇ちゃん
首だけで虫を食べ回る赤蛮奇ちゃん
ふと、自分の本体を考える赤蛮奇ちゃん

彼女は高いポテンシャルを秘めている、そしてあまりにも人間くさい
7.803削除
なんというか、これから長編小説が始まるような出だしに見えますね。