Coolier - 新生・東方創想話

風変わりな店

2013/05/21 23:06:47
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道は何処までも続いている。そんな錯覚が不意に私を襲った。目の前を霞む霧。変わり映えのしない風景。そして、見つからない目的。
疲労。妥協。絶望。少しでも気を緩めると、様々な憚りが私を誘惑してくる。そして、それは心の錆と化していく。大部分はもう軋んでしまっていると云うのに。
それでも、私は歩みを止めはしない。ただただ目的地を目指し進むのみ。

――――歩み続ける理由など、当に忘れてしまっていたのだ。



‐0‐



私がその店の存在を知ったのは、梅雨がやってくる前の、どこか湿っぽい空気が漂う日だった。

何故そんな時期なのかと云う理由を説明すると、おそらく私がエンジニアだからだろう。とは言え、エンジニアと云ってもそんな立派なものでもない。
単に私は機械弄りが好きなだけで、触っていくうちに技術も身についていただけ。つまりは“好きこそものの上手なれ”というやつだ。
何らかの手段で機械を入手し、分解したり、改造したり。そんなことを私は趣味としている。

しかしながら、幻想郷と呼ばれるこの地域の生活水準は、他の地域と比べ芳しいものではない。ここは山奥に隔離された地域なのだ。
たとえば、電気なんて通じてところの方が珍しくて、夜の光源も天気を使う照明よりも、火を使う行燈みたいなものの方が普及している。
そんな環境だからか、機械を欲しがる人なんて滅多にいなくて、当然、需要のない商品を扱っている店なんてほとんど存在しない。
私が住んでいる近所では幸い機械好きが多いらしく、そのような店は少ないけど存在はする。それでも扱っている商品はごく少なく、故に種類も限られている。

それならば、私はどうして趣味にできるほど機械を入手できているのかと云うと、答えは単純で、単に落ちているものを拾っているだけだ。
幻想郷が「幻想郷」と呼ばれる所以は、外の世界――幻想郷から見たほかの地域――の非現実が集まって構成されている世界だから。外の世界から隔絶された幻想郷は、まさしく忘れ去られた非現実な存在なのだろう。
非現実……つまり幻想を集めた世界だから、幻想郷。誰がそう名付けたのかは知らないけど、これほどぴったりな名前はないと私は思う。
ただ、外の世界ではまだまだ機械は現役続行中だし、少なくとも忘れ去られた存在じゃないだろう。だけど、それは機械全体に言えることじゃない。
昔々に作られた機械、外の世界の人も教科書とか図鑑でしか見たことないようなものが、主に私の収穫物となる。
そんな人々に忘れ去られた機械は、外の世界から流されてきて、幻想郷に辿り着く。目立たない隅っこの方で転がっていたりするのだ。
当然、それらは最新の技術が用いられた外の世界のものと比べて作りは甘いし、作動内容も単純。それ故に、拾ってから大体一週間くらいで飽きてしまう。
落ちていると言えども簡単に入手できるわけではないし、そろそろ今までに貯めてきた蓄えも底を尽きそうになっている。
それに、もし梅雨に入ってしまい雨が続いてしまうと、折角拾った機械が雨に濡れてしまっていて故障。最悪、全く動かなくなってしまっていたりするかもしれない。
そういう時こそ、エンジニアとしての私の腕の見せ所だと思うのだけど、さすがに初見の機械を直せるほどの知識はまだない。

そう云った訳で、私はたとえ棘だらけの道だとしても、確実に機械を手に入れる方法を探していたのだ。

でも結果として、この探索は上手くいかなかった。自分なりに努力してあれこれ試してみたのだけれど、機械自体が幻想郷で稀有な存在だからか、何の手がかりも見つからなかった。
タイムリミットである梅雨までの時間は時々刻々と迫り続けている。
もし梅雨が来てしまうなると、現状のままだと新しい機械を見つけるのはほぼ不可能になるだろう。
そしてその間中、私はただただ弄り慣れた機械を弄りながら過ごすしかなくなってしまう。そんな退屈な日々が続くことだけはどうしても避けたい。
しかし、早く打開策を見つけ出さなければと云った焦りの反面、もう期待に胸を膨らませるのは諦めようかと云った失意が芽生え始めていた。
もう心の奥底では、答えは永遠に出ないような気がしていたのだ。
答えは出る。いや、出ない。そんな葛藤が交錯している私に情報を投げつけてくれたのが、山の神云々の事件以降何かと付き合いのあった霧雨魔理沙だった。

「私の知り合いに変わった店を経営している奴がいてな。その店なら、お前の探しているものがあるかもしれないぜ」

探し物がある。機械探しの最中偶然会った彼女にそう説明すると、そんな答えが返ってきた。
彼女が言うには、その店は変わった商品ばかり扱っているらしく、私の探しているような商品もあるかもしれないと言う事だった。
機械が本当に置いてあるかも分からず、彼女が私をからかっている可能性もあり得る。信憑性には乏しい情報だった。
それでも、当時の私は時間にも追われ、藁にでもすがりたい気持ちで一杯だった。
もし嘘だとしても行ってみる価値はあるだろう。そういう結論に辿り着いた私は、これ以外の情報を一切仕入れることなくその店へと向かうことになった。



そして現在に至る。



目の前に広がるのは鬱蒼と葉を茂らせた木。それが幾重にも連なって、まるで地平線の果てまで続いているかのように終わりが見えない。
そんな重々しい雰囲気が漂う森の中で、私は歩みを進めていた。
歩いている道(と呼ぶのは少し怪しいけれど)は、背の高い草や大きな段差こそ無いのだけど、それでも滅多に人が通らないからか石ころや落ち葉がその存在を明白に示している。
その歩きにくさに加え、私がこう云った自然の多い道を歩き慣れていないからだろうか。ここまでかれこれ二時間近く歩いたとは思うのだけど、その間に幾度も転びそうになっている。
たとえば、道を覆い尽くさんと言わんばかりに散らばっている落ち葉を踏んだとする。すると、湿った落ち葉がまるでバナナの皮のように滑るのだ。つるりと。
それは疲れが溜まってきていると云うのも理由なのかもしれないが、それにしても足を奪われる回数は多すぎる。

無理をさせ続けた足が痛む。額からはとめどなく汗が滲み出る。じめじめとした森独特の空気が纏わりついて、髪が額にぴったり張り付いた。

転びそうになったのは、辺りが妙に暗いのも原因だろう。道は森を左右に分断する形で続いているのだけど、その森の象徴とも言える木の群生がまた立派なのだ。
木々の背丈はまるで太陽まで届かんと言わんばかりに高く、その枝には青々とした葉っぱが所狭しと生い茂っている。
厳しい生存競争に打ち勝ってきたものの特権とでも言うのだろうか。大樹たちはその全身を目一杯広げて、お天道様の恩恵を受け取っている。
その所為だろう。地表まで届いてくるのは微かな木洩れ日くらいだ。当然、道も薄暗いのである。
そんな主の傍若無人さが崇り、木漏れ日に照らされた地上には、落ち葉と逞しく生きている茸くらいしか見受けられない。
まさしく光在る所にまた影在りとでも言うべきなのだろう。歩く度に頬を撫でる森独特の湿った風が妙に不快だった。

木漏れ日に照らされた暗い道を黙々と歩く。
そう言えばこれほど歩いたのはいつ以来だっただろうか。ふとそんな疑問に軽く記憶を巡らせてみるも“該当項目が見当たりません”と脳内検索画面はエラーを示す。
従って今日は私の歴史において最高の頑張りなのだろう。別に、今日最高を迎える必要なんてなかったのにぁ……。心の中でそんな愚痴を漏らす。
もう肉体的にも精神的にも満身創痍とでも云った状況だった。

今では苦痛との戦いとなっているこの遠出も、元からこんな状況だったのかと云うと実はそうでもない。むしろ最初は楽しんでいたくらいだった。
魔理沙から教えてもらった店は、通称“魔法の森”と呼ばれる森の奥にあるらしい。そこは幻想郷で最も湿度が高く、また全体が瘴気で包まれていて私を含め大多数の者が足をその地に踏み入れることはほとんどない。
機械を趣とする者は私以外にも多い。そして同じような状況に置かれた者も多く、何かしら解決策を見つけようとしている。そのような状況からか、めぼしい所には既に先客がいて結果を残すことが出来ない、なんてこともたくさんあった。それでも、その森の中にあるのなら先客云々についての心配はなさそうだ。
そう云った期待が、劣悪な環境よりも勝っていたのだ。このじめじめした空気に心地良さすら感じるくらいに。
とは言えども、余りにも長い道のりは私の心を軋ませる。そして、それは期待を疲労で上書きするには、十分すぎる力を持っていた。

――慣れないところに来るべきじゃなかったのかな……。

苦労を嘆いてみても、そんな問い掛けに答えが返ってくるわけでもない。
そもそも碌に情報を仕入れようとしなかったところに原因はあるのだ。
ここまで苦労すると分かっているのならば、もう少し何らかの対策は取れたはず。少なくとも、心の準備はできたはずだ。
故に現状は因果応報なのだろう。若しくは自業自得。ただ、そんなことを考えていたってもう後の祭りだ。今さら踵を返すことなんて出来やしないだろう。
もはや限界とも言える身体に鞭を打って一歩、また一歩と私は進む。結局は目的地まで歩き続けるしかないのだった。


それから随分と歩いたのだろう。
今にも崩れ出してしまいそうな足で歩みを進めるも、相変わらずじめっとした空気は肌に纏わりつくし、何時までも何処までも似たような風景が続く。
気が付くと薄暗かったはずの道が、少し明るくなっていた。天を仰いでみると、陽の光が真っ直ぐ目に飛び込んできた気がした。
もう森を抜けてしまうのか。
だけど、もしそうだとすれば、目的の店は通り過ぎてしまったのだろうか?
現状を理解した途端、最悪の疑問とその答えが心に浮かび上がってきた。

――この道を、引き返す?

突如立ちはだかった苦行に私は絶句する。もう体力の限界は目の前だと言うのに。もう精神の限界は目の前だと言うのに。
考えてみると、仮にその風変わりな店が見つかったとしても、帰りには過酷な道が待っているんだった。
“行きはよいよい帰りは怖い”かつてそんな歌を聴いたことがあったっけ。まさしく今がその状況だ。力なく笑ってしまいそうになる。
全てに絶望しかけた、その時だった。道を進んだ先、森を抜けてしまったところに何か建物が見えた。

――多分、あれが目的の店だ。

瞬間、直感的にそう思った。
ただの願望。あれが目的地だなんてそんな保証なんてどこにもない。だけど、もしこれが違っていたら……なんてマイナスなイメージはもう考えない。
違っていたところでどうせ来た道を引き換えさえなきゃいけないのだ。もうこれ以上森の中を目的地を探して歩き回る体力なんて残ってやしないだろう。

気が付けば、残りの体力のすべてを振り絞り、私は駆け出していた。

今にも絡みつきそうな足で走ること約数十秒。普段ならなんてことないことなのだが、現状が現状だ。早くなった鼓動の音が全身を包み込む。それに伴い軽い立ちくらみもしたが、何とか踏みとどまることができた。

そして、顔を上げ、目の前の、建物を、見上げる。

「きっと、いや、絶対に。この建物が、私の、目的地だ」

一字一句噛みしめるように呟いた。

もちろん、確信はある。

瓦葺の屋根はその白い壁面とは対象に黒々と光り輝いていて、そんな風貌がどこか神秘的な雰囲気を醸し出している。
店をまじまじと観察してみると、なるほど、確かに変わった店だ。
幻想郷中を一日走り回って探してみても見つからないであろう奇異な物が、まるで建物を守るかのように山になって積まれている。仮にも商品であろう物をこんなに雑に扱って良いものなのだろうか。少し疑問に思う。
多分、こう云ったことも含め、魔理沙は変わった店と称したのだろう。建物全体としては、何処か古臭い感じがするけど、それこそ風変わりなイメージにはぴったりなのかもしれない。
そして、店の正面には屋根に吊るされた看板があった。それに綴られているのが、おそらく店名なのだろう。看板には“香霖堂”と記されていた。
店の配置と云い、全体が醸し出している雰囲気と云い、商品の扱い方と云い、名前と云い。
もう疑う余地なんてない。魔理沙の教えてくれた店は、絶対にここだろう。

目的地は見つかった。その嬉しさのあまりに飛び出したくなる。その気持ちを何とか抑えようと、大きく深呼吸をした。

湿った空気には、森に入ったばかりの時と同じような、心地良さが戻ってきたみたいだった。



‐1‐



からんからん

引くタイプの扉を開くと、来客を知らせるためのものだろう。洒落たベルの少しくすんだ音が店内に鳴り響いた。
店は薄暗い森の中にあるものの、中はきちんと照明がついていて、はっきりと店の奥まで見通すことが出来る。
しかし、そのベルが鳴り響いたと云うのに、奥からは誰も出て来るような気配がない。ベルの余韻だけが耳に残った。これを不審に思った私は、「すみません」と声を響かせてみたり、ベルの音をもう一度響かせたりしてみた。それでも、状況が変わることはなかった。静寂の所為か、店全体の雰囲気が薄気味悪く感じられる。

それから数分くらい待ってはみたものの、特に様子が変わる気配はない。次第に待っているのも退屈になってきた。
もし、今この店に店員が居ないとするのならば、今日は店は休みだったのかもしれない。まぁ、入り口が空いている時点でそれはないだろうけど。
仮に現状がそうだったとしても、そう簡単に引き返すつもりは私にはない。たとえそれが迷惑行為だったとしてもだ。店主に無理を言ってでもここで買い物をしてみせる。
それは自分の道徳意識に背くことにはなるけど、仕方ないことだろう。そもそもあの長い道のりを超えてはるばるやって来たのだ。この苦労は絶対に水の泡なんかにさせたくなかった。

何より私がどうしても引き返さない理由は目の前にある。
この店に入って真っ先に視界に飛び込んできたのは、陳列されている商品だった。それはまるで私にとって宝の山とも言えるような代物だ。
外に置いてあったものから予測できたとはいえ、それらを実際に目にしてしまうと驚きはおろか感銘すら感じてしまうほどだ。外の雰囲気も中々異様ではあったけど、中も何処か独特なものを持っている。
店の広さこそそれこそ普通の人間が暮らしているような住居を少し大きくしたようなものだけど、注目すべきはそんな所じゃない。その壁やら床やらを埋め尽くさんと言わんばかりの商品棚の数。大体の商品はきちんとその棚の上に乗せられてはいるものの、まさしく乱雑と形容できるほどにしか陳列されていない。そのためか商品の嵩が増して、まるで山のようにも見える。それは少し触れてしまっただけでも崩れ去ってしまいそうで、初来店の私にとってはあんまりすぎる歓迎のように思えた。棚に収まりきらない商品は床に置かれてすらいて、これもまた何かの拍子で蹴躓いてしまいそうだ。商品の扱い方は商品店とは思えないほど雑だけど、それもこの風変わりな店の持ち味なのかもしれない。

また、その置かれている商品一つ一つにも目を見張るものがある。どれもこれも、生まれて初めて目にしたようなものばかりなのだ。
そしてその中に……、あった。棚の奥の方で無機質な塗装がキラリと光る。多分、あれが私の追い求めていたものなのだろう。
まだ手に入るとは決まったわけじゃないけれど、今までの努力が報われる気がした。安堵感にほっと胸をなで下ろす。
何としてでも、アレを持って帰る。そんな決意が私の中で芽生えつつあった。

それにしても、見れば見るほど惚れ惚れとする商品ばかりである。もし、私がこの店の主だったとしたらどうだろうか。
たくさんの機械に囲まれて、何時だって好き勝手に弄り放題。……でも、見たことすらない物ばかりだから、使い方までは分からないのか。いや、むしろその方が良いのかもしれない。あれやこれや試行錯誤して、答えを導き出す楽しみが出来る。一つ一つを手に取って、部品になるまで分解して、構造を細かく調べて、それを元に改造して……。そんな妄想にエンジニアの血が騒ぐ。
まだ手に入れられたわけじゃないからいわゆる「取らぬ狸の皮算用」ではあるけれど、妄想は手に入れるまでの方が捗るものだ。

そして、おそらく周りの環境の変化にも気づかないで、例えば時間が経つのも忘れて、私はあれこれと妄想していたのだろう。

「おい、誰かいるのか?」

私を現実に呼び戻したのは、店の奥から突如響いたそんな声だった。
あまりにもいきなり、そしててっきり店の中には誰もいないものだと思っていたから、心臓が飛び上がるほどに驚いた。むしろ、本当に飛び上がっていたのではないかと思うほどだ。
ただ、さっき私が呼びかけたのに誰も反応はしなかった。
じゃあ、これは幻聴なのだろうか。
それともさっきの声は現実なのか。
妄想に歯止めをかけるために私の脳が送った矩形波なのか。
焦燥感ゆえによく分からない思考が頭の中を巡る。次第にだんだんと何もわからなくなって……。


コツン


何か固いもの同士がぶつかり合った音がした。軽い衝撃が私の背中に走る。それをきっかけにはっと我に返る。どうやら背負っていた荷物が商品棚に当たったらしい。
無意識ながらに後ろを振り向く。そして瞬間、全てを把握した。
店の奥に人影が見える。先ほどの声は幻聴なんかではなかったのだ。

そして、商品棚。只でさえ棚の上には乱雑に商品が並べられていたのに、この接触ですべての均衡が一気に破られたらしい。
もう目の前には崩れ落ちる商品の波の第一波が広がっていた。
まるで雪崩であるかのようにとんでもない威力を持ち、かつとめどなく溢れ出てくるそれは、刹那の思考の猶予さえ与えず私の身体を呑み込んでいった。

静寂しきっていた店内に、波が床を叩く喧しい音が響き始める。結果的にそれは、さっきの問いの答えになったらしい。
波の音にかき消されながらも、誰かがこちらへ走ってくる音が聞こえてきた。

「…………か!?」

その誰かが何かを話しかけてきているようだけど、もう耳には波の喧しい音だけが乱反射している。
波の威力に負け、足を掬われる。私に為す術はもう何もなく、ただ体が押し倒されるのを感じるだけだった。



‐2‐



「大丈夫か!?」

そんなくぐもった声が耳から入ってくる。
しかし、気を取り戻したばかりの私はすぐには状況が把握できなかった。
一度状況を確認してみる。
私の安否を心配する声。身体にのしかかる妙な圧迫感。目蓋を開いたのにまだ視界は暗い。
何故こんな状況になってしまったのかと疑問に思考を巡らせる。瞬間、合点が付いた。
そうか、商品の波に呑みこまれたんだ。そして、それに押し倒されて気絶した。おそらく、気絶と云うよりは寝ていただけな気もする。溜まっていた疲れに体が限界を迎えたのだろう。
一歩間違えると、救助を要請しなければいけなかったであろうこの状況に、さすがに完全に無事だとは言い難い。けれど、体に違和感があるわけでもないし、大事には至ってないみたいだ。

身体にのしかかっている商品は多少重かったけど、それでも身動きが取れないほどじゃない。
顔を少し起こしてみる。すると、それにつれて乗っていた商品もバラバラと下に落ちた。

視界が明るくなったところで状況を再確認。真っ先に視界に飛び込んでくれたのは、おそらく安否を確認してくれた声の持ち主だろう。

「一応、大丈夫だよ。まぁ、商品は散らかしちゃったけど」

立ち上がりながら、自身の無事を目の前にいる少女、霧雨魔理沙に伝える。彼女はいつも通り黒を基調とした服を着ているが、それは私の見たことのあるものではない。
私が顔を上げると、不意の邂逅からか少しの間呆然としていた彼女だったが、状況を把握したのか口を開いた。

「へぇ、妖怪でもこんな店に来るんだな。ちょっと驚いた」
「驚くも何もこの店の存在は魔理沙から聞いたはずなんだけど。まぁ、こんな辺鄙なところに店があるんじゃ、人間だとあんたくらいしか来れないんじゃないの?」

少し前にあったことを思い出してみる。私がここまで来るのに味わった苦労は並大抵の物じゃなかったと思いたい。
まるで客が来るのを拒んでいるかのような店の配置は、接客業を営むにはあまりにも不向きすぎると私は思う。
しかし、その質問に答えはなく、魔理沙はと口元をにやりと吊り上げただけだった。
店内の状態と云え、立地条件と云え、確かに相当の変わり者じゃなければこんな店を経営はしないだろう。

「そう云えば、魔理沙は何でここにいるの? 私は客としてこの店を訪れたつもりなんだけど。お客さん? 店員さん?」

何処か風の噂で魔理沙は店を営んでいると云うのを聞いたことがある。そんな理由もあって、この店で初めて魔理沙を見たときにてっきりこの店の主は彼女なんだと思った。
ただ、一つ心の淵に違和感があった。どうしてもこんな異質を雰囲気を彼女が作り出せるとは思えないのだ。
彼女もかなりの変わり者だとは思うのだけど、それがこの店を生み出させるかとなると少しベクトルが違う気がする。
それに魔理沙は店主だと知り合いだと言ってたし、この線は限りなくゼロに近いだろう。
あと、魔理沙が「自分も私の知り合いの一部だろう」と面倒くさい謎かけをするようには思えない。
そうだとするならば、魔理沙はどうしてこの店にいたんだろうかと疑問に思ったのだ。

「ああ、どちらかと言えば後者に限りなく近いだろうな。まぁ、はっきりと店員とは言えんがな」

やっぱり、と胸の中で呟く。ただ、言葉を濁した意味がいまひとつ読めない。
この時、私の顔が怪訝の色にでも染まったのだろう。魔理沙はヤレヤレと言った感じで、金髪の髪を弄りながら説明を始めた。

「この店は、まぁ前にも言ったが、私の知り合いが営んでるんだ。それで、今日は用事があるからなんだとか言って、たまたま店に遊びに来ていた私に留守番を押し付けたのさ」

成程。思わず感嘆が口から漏れる。
買い物にじゃなくて、遊びに来ているあたりが実に魔理沙らしい。

「知り合いとは云えその場に偶然いた客に店番させるって、店主は中々の変わり者だと見えるね」
「実際変わった奴だしな。まぁ、私だったから頼まれたのかもしれないけどな」
「信頼されてるってこと?」
「信頼されてるのさ」

相変わらず飄々とした口調で喋る人間だ。こんな自由人に留守番を本当に頼んで良いのかと、まだ顔も知らない店主に問いかけたくなる。
そんな思いに耽ていると、その自由人がさらに続けた。

「初め、お前のことを物好きな泥棒かと思ってたんだ。それで適当に牽制を掛けてみたら、何か大きな音がして、そこで物に埋もれたお前を発見したんだ」

泥棒扱いされていたことは少し癪に障ったが、どう考えても自分に非があるので口を紡ぐ。
宝の山に囲まれて気分が高揚していたのは事実。それに、もし全てが自分の物だったらなんて妄想もしていたし。

「お前のことだからコソ泥なんてしないだろ?」
「しないよ」

それにはきちんと返答しておく。
さすがにお天道様に顔向けできないようなことはするつもりはないし、したこともないつもりだ。

「まぁ、そうだろうな。にとりは気が小さいし」
「小さい言うな。自分の信念に従ってるだけ」

さりげなく酷いことを言われた。彼女は人をからかう癖がある。専ら反応を楽しんでいるようだけど。
無視したら良い話なのだが、大体はこんな感じに返答してしまう。最も、彼女に傷つけられるようなことは言われたことがないので、別段気にしてはいない。

「それはそうとしてだな、にとりさん。お前が今置かれている状況、分かるか?」

魔理沙がちょいちょいと下を指差す。視線をそこに向けてみると大惨事としか表現できないような、そんな光景が広がっていた。

「さっきまではただの堆い山だったんだけどな。お前が動いてしまったから崩れたらしいな」

私に降り注いだ波は予想をはるかに超える被害を与えたらしい。
それなりに広いはずの店内の床には、商品であるよく分からない物たちが鎮座している。文字通り足の踏み場もない状態だった。

「私の信頼の問題もあるからな。事故とは言え、にとりが散らかしたんだし。ほら、手伝ってやるから片付けろ」

斯く言う魔理沙はなんの躊躇いもなく商品を踏みつけていた。それどころか、商品であろう大きめの壺に腰を下ろしてすらいた。
商品を我が物のように扱う魔理沙を見て店主は何を思うだろうか。もしかすると、これが日常茶飯事なのかもしれない。
まだ顔も知らない店主のことを慮ると、これ以上心労を増やしてしまうのはあまりにも酷だろう。
皮肉ではあるけどさっき気絶したおかげで、少しだけなら気力も戻ってきている。

「了解。私はこっちの方を担当するから、魔理沙はそっちの方をお願い」
「あいよ」

二人で片付けるにしてもこれは随分と骨が折れそうだ。やるしかないとはいえ、その量に少し茫然とする。
ふと横目に魔理沙の方を見やると、彼女はせっせと片付けを始めていた。
呆然とはしていられないか。大きな溜め息を一つ吐き出す。魔理沙に倣って私も、とりあえずは手当たり次第、近くにある商品を片付けていくことにした。



‐3‐



片付けを始めて随分時間が経った。最初こそそのあまりの量の多さに途方に暮れかけたけど、真面目にせっせか頑張った甲斐があってすでに粗方は片付いたみたいだ。床は、もう随分と顔を覗かせている。
それに、さっきは店を見学しただけで分からなかったが、いざ商品を一つ一つ手に取ってみると、新しく分かったことがいくつかあった。

まず、商品について。種類自体は私の知らない物は多かったものの、よくよく確認してみるとどれも似たようなものは見たことがある。
細部まで作りが異なっていたり、材質が異なっていたり。大まかな違いこそあれど、どうやら使用用途は多分私たちが普段使っているものと同じなのだろう。その名残があるのだ。
ただ、それでも一つだけ大きな違和感があった。大体のものが無機質的と云うか、味っ気がないように思えるのだ。
分かりやすいように皿とか湯飲みなどの焼き物とかを例に挙げてみる。普通だと焼き物と云うのは、職人さんが土を練って、形を整え、模様を付けて、焼き上げる。このような過程があるからだろうか、私が知っているものだと、良く似ていても一つ一つが本当に微妙に違っていたりするのだ。熟練の職人さんが精魂籠めて作るわけだから、同じ作品だとまず見分けなんてつかない。それでもよくよく観察してみると、形が微妙に違っていたり、模様がほんの少し違っていたりする。そんなところに私は人間臭さが見えて、面白いなと思うのだ。
だけど、この店のものはそうではないらしい。たとえ他のものだとしても、同じ作品はどれもこれもが精巧に作られていて、細部までじっくり確認してみても違いが見当たらない。寸分の狂いさえ見当たらない。つまりはこの店にある焼き物には人間臭さがまるで感じられないと云うこと。私はこのことに何か空しさを覚えるのだ。

次に、その商品の量について。これも見学した時だと分からなかったけど商品棚は意外と奥行きがあるらしく、その分詰め込まれている商品も多かったらしい。何せ一般的な家より大きいくらいのこの店の床が埋めつくされたくらいだ。その量故か床に散らばっている商品の内のいくつかは埃を被っていた形跡が残っているものもあった。もしかすると、店主ですらこの店に何があるのかは把握できていないのかもしれない。
店主にすら忘れ去られてしまった商品は何を思うんだろうか。棚の奥と言う漆黒の闇の中で似た者同士で寄り添いあい、その自らの運命を呪っていたりするのだろうか。
そんなことを考えてみると、次第に怖くなってきた。私自身も自分が何を持っているか全てを把握している自信はない。もしかしたら忘れてしまった存在もあったのかもしれない。
それすら覚えていない私が、新しいものを買う資格なんてあるのだろうか。易々と責任を増やしても良いのだろうか。物達に悪いことをしていないだろうか。
次々に疑問が、不安が、何処からかふつふつと湧いてきて、脳天に辿り着く。次第にこの店に来た理由もわからなくなって…………

「にとり、こっちは片付いたぞ。お前はどうだ?」
「あ、うん。もうすぐ終わると思う」

突然の魔理沙の声に我に返る。気付けば、既に魔理沙が担当していた箇所は綺麗に片付いていた。急いで床に残っていた商品をかき集めて、棚に戻す。これで私も片付け終了だ。
それにしても今日は何故か妄想が捗る。慣れない遠出が影響しているのだろうか。身体は疲れているのに頭は良く働くと云うのは何処か皮肉めいている気がする。
ふるふると頭を振って思考をかき乱す。ネガティブ思考は一旦隅に置いておく。私はここに新しい機械との出会いを求めているのだ。それを今さら躊躇していられるだろうか。

とにもかくにも、これであとは店主の帰還を待つだけとなった。店の会計台らしき机に備え付けられている椅子を少し拝借する。そこに腰を下ろすと身体がたちまち安堵感に包まれた。

「そう言えばさ、どうしてこの店を訪れたんだ? 探し物があるとは聞いたが、一体何を探しているんだ?」

魔理沙は腰を下ろし、そう質問してきた。
魔理沙と私とはちょうど向き合う形になる。ただ、彼女が腰を下したのは椅子ではなく、さっきと同じ少し大きめな壺の上だった。そこが彼女のお気に入りの場所なのだろうか。

「まぁ、言ってもそんな大したことないものなんだけどね。久々に機械のレパートリーを増やそうと思ったの」

この店に来た理由を要約するとこうなる。
これに魔理沙は、へぇ、なんて感嘆詞を口から漏らし、

「ってことはまだ性懲りもなく機械を苛めてたりするのか?」

と続けた。私の言葉をどう受け取ればこのような答えが返ってくるのだろうか。
魔理沙の発言はまるで私がまるで成長していない子供であるかのようにも取れる。何故か魔理沙の中では私は機械を苛めていると云うことになっているらしい。

「苛めてなんてない。ちゃんと弄った後は元通りに直しているし、暇さえあれば手入れだってしてるんだから」

それが本気なのか、からかっているだけなのか。イマイチその判断は出来ずにいたけど、否定の意だけは示しておいた。
私には決して機械を苛めているなんて自覚はない。これだけは断言できるはずだ。

「でもさ、苛めるって言うのは自覚がなくてもやってしまうもんだからな」
「うっ」

変な声が喉から洩れる。まるで心の底でも読まれたかのような魔理沙の発言に思わずたじろいでしまう。

「そ、そういうものなの? 私の中じゃ可愛がっているつもりだなんだけど」
「そういうものだ。まぁ、苛めること自体が一種の愛用表現なんて身勝手な形容も出来るしな」

苛めているという事実を認めまいと言い訳をしてみるも、かえって魔理沙の主張を強めただけだった。
さっきは魔理沙に救われた気がしたけど、結局それは何だったのやら。物達に悪いことをしているんじゃないだろうか。そんな忘れかけていた不安が、再び脳裏に蘇る。
そう言えば魔理沙は店員の代役なんだっけ。それならば、どうして客として訪れた私が商品を買うことを躊躇わせるようなことを口にするのだろうか。

「結局、あんたは私にどうしてもらいたいのさ」
「私としては何でも良いかな。ただ、客足を逃がしたことであいつに怒られるのも面倒だし、精一杯客商売やってるつもりなんだがな」
「それ、逆効果」

相変わらず飄々とした人間である。一人であれこれと考えているのが馬鹿らしくなってきた。
たとえあれこれと頭の中で悩んだとしても、何も買わないですごすご帰るという選択肢は元より私の中にはない。もし帰ってしまったとしたら、さっきまでの私に失礼だろう。

「まぁ、一応客としての務めは果たすつもりだから大丈夫だよ。無事目当てのものは見つかったし、あとは店主が帰ってくるまでの辛抱かな」

逆効果ではあるけども、客足を逃すまでではないと魔理沙をフォローする。それでも、当の彼女は全く気にも留めていなかったのか「そりゃよかったな」と返しただけだった。
本当に私の動向は何でも良いみたいだ。少しがっかりする。正直、あまり期待はしていなかったけど。



-4-



気が付くと外からは西陽が差し込んでくるような時間になっていた。黄色い陽の光と照明の光が混ざり合って、一層店内が明るくなったような気がする。
今日は何としても商品を持って帰る! なんて意気込んでいた私だったが、売ってくれる側の人物がいない限りそれは叶わぬ願いとなる。
店主から留守番を頼まれた魔理沙だったらその立場の人物として振る舞えそうなのだが、商品とそうでないものの区別がつかないからそれは難しいらしい。普通、商品でないものを店先に置かないと思うのだけど、それもまたこの店の風変わりな点なのだろう。魔理沙が言うには、ここは店舗以外にも物置としても利用されているのだとか。
この時刻になると、さすがにそろそろ帰宅することも考慮しなければならない。あれだけ長く、そして歩き辛い道に暗闇なんて云うオプションをつけたらもう生きて帰れる保証はなさそうだ。途中で力尽きて茸に埋もれる未来が容易に想像できる。機械を持って帰られないのは残念だけど、ここに来れば何時でも手に入れることが出来ると云うのが判っただけでも良しとしよう。そう決意してもやはり脳内は未練たらたらで、椅子から立ち上がる踏ん切りがすぐにはつかなかった。
どのタイミングで帰ることにしようか。もうすっかりと重くなってしまった思考を巡らせる。私が黙り込んでしまったからだろうか、魔理沙が暇そうに箒で床をコンコンと叩く音だけが店に響く。


からんからん


突然あのくすんだベルの音が店に鳴り響いた。
こんな時間に来客なのだろうか。ここからだと商品棚が邪魔で姿は見えない。
何にせよこの音のおかげで帰る踏ん切りがついた。腰をすくっと椅子から持ちあげる。少し足がふらついたが、おそらく家までは何とかなるだろう。

「じゃあ、新しく客も来たみたいだし、そろそろ私は帰るよ」

魔理沙に別れの言葉を告げ扉の方へと向かう。

「店主が帰ってきたのにか?」
「え?」

魔理沙が意外な答えを返してきた。目を丸くして魔理沙を見つめると、彼女はちょいちょいと扉の方を指差した。
そちらの方に視線を移すと、商品棚の頭から銀髪の男性の顔が見えた。

「ただいま。留守番お疲れ様」
「おかえり。いや、さすがにここまで待たされるとは思ってなかったぞ。何処行ってたんだ、香霖?」

成程、この会話の内容からして彼が店主なのは間違いなさそうだ。けれど状況が状況ゆえに私は呆然とすることしかできなかった。
香霖と呼ばれた店主は、腕一杯に何かを抱えていて、椅子に座ると同時にそれを会計台の上へと並べ始めた。

「そう言えば客が来てるぞ。ほれ、にとり。こいつが店主だ」

魔理沙に話しかけられ我に返る。視線を店主の方へと移す。
彼はどうやら私の存在には気づいていなかったらしく、少し慌てふためいた様子で立ち上がり、私の前へと歩いてきた。

「いらっしゃい、香霖堂へようこそ」

彼が微笑みながら私に掛けたその言葉に、私はどうしてだか安堵感を覚えた。



-5-



沈みかかる夕陽が気になったが、店主が帰ってきたと云うことで帰宅は一旦中止。互いに軽く自己紹介をした後、事情を店主に説明すると彼は快く許可してくれたので、私は断念しかけた目標の達成を再び試みることにした。暗い夜道を歩いて帰るのと、再びあの道を歩いてここまで来るのと。両方を天秤に乗せて量ってみると、後者の方が断然辛いと云う結果に行き着いたからだ。確かに暗い夜道に不安を感じられずにはいられなかったが、目的を達成できると云う期待が私の中で上回ったと云うのもある。おそらく、この分だと帰り道で行き倒れになる心配はなさそうだ。さっきまでとは気の持ち様が全然違う。時間の都合なんて、もうどうだって良い。

何か弄り甲斐のある複雑な機械が欲しい。
私がそう言うと、店主の眼光が少し鋭くなった。そして少しの間考える素振りを見せると、彼は私に片っ端から商品の説明を始めた。

「この四角いのはおそらく写真機だ。ほら、天狗が持っているのと同じだろう。ただ、肝心の使い方が分からない」
「これはテレビジョン。外の世界でテレビと呼ばれている奴だ。遠くの景色を移すことが出来るんだが、生憎これも使い方が分からない」
「そしてこれはゲーム機。様々な遊びが楽しめるらしいが、蹴鞠みたく、蹴って遊ぶ以外の使い方が分からない」

繰り返される「使い方が分からない」の言葉に少し疑念を抱いたが、そんなことは私にとってどうだって良かった。次々に現れる機械たち。それは私にとって宝に勝るとも劣らない存在だ。宝を目の前に突き付けられて、しかもそれが手に入るかもしれないと云う状況で。一体誰が些細なことで一々疑念を抱いていられようか。
そんな興奮しきっている私の姿を見て魔理沙は苦笑いを浮かべていた。確かに今の私は人に見せられるような状況じゃないかもしれないけど、何かの研究に没頭している魔理沙の姿だって似たようなものだろう。私が口を尖らせると、どうしてだか店主の方が取り乱し始めた。まさか私が商品に不満があるとでも思ったのだろうか。
そんな私たちを見て魔理沙はまた口を吊り上らせた。

店主が粗方商品の説明をし終えると、また私は物思いに耽ることになった。これらを全てを持ち帰りたい。これが私の正直な感想だ。だけど、財布の中身がそれを許してはくれない。機械自体が中々手に入らないものだからか、値段がかなり高いのだ。それ故に、私は何を購入しようかを思いあぐねているのだ。
外はもうすっかりと暗くなってしまった。明けられた窓から入ってくる風に照明が揺れ、そこから零れ落ちる人工の光もゆらりゆらりと放物線の軌跡を描いた。
机の上に持ち帰り候補を並べてじっくりと観察する。そうすることで何か新しい発見があるかもと思ったのだが、結局は余計に私の思考を乱しただけだった。



‐6‐



「物にも感情ってあるものなのかね?」

私が悩み始めて数分。私が黙り込んでしまった所為か、あとの二人もすっかり黙り込んでしまった。店内には風の音だけが響く。
そんな退屈にしびれを切らしたのか、机の上のものを一つ手に取り、魔理沙がポツリと呟いた。

「何の脈絡も無しに、どうしたのさ?」

魔理沙の手から奪い取るように候補の一つを取り返す。まだ私のものとは決まったわけではないけど。
何を持って帰るか。たったこれだけのことなのに私は未だに答えを出せないでいる。と云うのも、例の妄想が捗ってしまう状態のために、余計なことまで考えてしまうのだ。写真機を手に入れたらこう使うだとか、テレビジョンだったらどうだとか。考えれば考えるほど、思考があらぬ方向へと脱線してしまうのだ。

「いや、まぁ、なんとなくだ。こいつらにも感情とか意志とか、そんなのがあるのかなって」

けれど、このままずるずると考えたところで、埒はどうやら開きそうにない。

「んー、一概にそうと言い切るのは難しいけど、あるんじゃない」

だから、私は魔理沙の答えに真剣に答えることにした。
物に感情……なんて夢物語も甚だしいだろう。とは言え私はそれを馬鹿馬鹿しいと一蹴できなかった。心の淵のどこかでそうあってほしいと思っている部分があるのだろう。
この私の答えは意外だったらしく、魔理沙は目を丸くしていた。

「へぇ、そりゃどうして?」
「んーと、そうだなぁ……。たとえばさ、普段からのお気に入りの道具ってあるじゃん。私のこの甲羅カバンとか、魔理沙の箒とか。毎日使っているような代物だからさ、常に自分にとって最大限の道具であってくれるでしょ。これをいきなり作りは同じだけど、まったくの新品の取り換えられるとする。そうすると、やっぱり元は同じものの筈なのに、どこか違和感を感じたりしない?」
「確かにそうだな。でも、いつも使ってたから自分の使いやすい形に徐々に変形っていうか、ただ適応していっただけじゃないのか?」
「その適応こそが、物が私たちに応えてくれている部分だと私は思うんだよ。普段から乱雑に扱ってたら、使いやすくはならないでしょ」
「そう云うもんなのかね?」
「まぁ、根拠はないけどね。そう考えた方が面白いじゃん」

感情を伝える手段はものにはない。だけどそれで短絡的にものに感情はないって決めつけるのも私にはどうかと思う。
絶対にそうじゃない。そんな根拠がない限り、このことについてどう考えようが私の勝手だろう。

「成程ね、それが君の考えってわけか」

私が考え事を始めてから、店主は再び椅子に座って持ち帰ってきたものの選別をしていたのだが、どうやらそれが終わったらしい。
こう言っていると云うことは、彼も話に加わるつもりなのだろう。

「道具には意志が宿る。持ち主に応えたいと云う、そんな意志をね」
「もしそうだとしたら、あんたたち二人は大変だな」

店主の言葉に、魔理沙は笑いながらそう言った。

「いったい何でさ?」
「だって、にとりは道具を苛めたりするし、香霖は道具に構ってやらないからな。恨まれてても文句は言えないぜ。その点私は安心だ。何しろ道具はきちんと壊れるまで使う主義だからな」
「だから苛めてなんかしてないってば」

否定の意を示しても、相変わらず魔理沙の中では私が機械を苛めていることになっているらしい。
私が文句を言おうとしたところ、店主がそうでもないよと魔理沙に否定の意を唱えた。

「苛めたりするのは、まぁ、行き過ぎた一種の愛情表現だし、僕も捨てられた道具を拾ってきて手入れしてやってるからね。これでも道具たちが僕たちを恨むって言うんだったら大半の人がそれに当てはまるよ」
「そういうものなのか?」
「少なくとも、僕たちより恨まれるべき存在は他に沢山いるはずからね」

彼はそう言うと、奥の部屋へと入っていき、お茶を人数分持って出てきてくれた。

「まだまだ決まりそうにないんだろ? だったら、少し長話でもどうかな?」

これは店主が私に気を利かせてくれているのだろうか? 断る理由もない私はその提案を飲むことにした。
用意してくれたお茶を取り囲むように私たち三人は台に備え付けられている椅子に座る。出されたお茶を口に含むと、少し癒された気がした。

少しばかり時間を空けると、店主が口を開いた。

「幻想郷がどういう存在なのか、君たちは知ってるかい?」
「いや、外の世界とは別の存在ってことくらいしか」

自分が住んでいる場所でも、その存在を明確に把握できている人はそう多くはいないだろう。たとてそれが外の世界の住人の話だとしても。
だけど、店主は続けた。

「幻想郷は、“外の世界で忘れ去られたものが流れ着く世界”なんだ。少なくとも僕はそう思っている。たとえば、外の世界に妖怪や魔法なんてない。けれど、かつてその存在は実在したかのように書物には書かれていたりするんだ」
「それが今回の話とどう云う関係があるのさ?」
「さっき、道具には意志が宿る、って話をしてたよね。道具は使う人によっては、希望を応えようとしたり、恨んだりしようとする」
「大切に使ってくれる人が、前者の対象ですよね。で、魔理沙はさっき私たちが後者の対象だって言ったんだよね?」

魔理沙は質問の答えとして頷いた。

「だけど、僕はその考えは違うと思うんだ。また例を挙げて考えてみよう。魔理沙、好きの対義語って知ってるかい?」
「嫌い、じゃないのか?」
「意味的にはそうだろうね。でも、違うんだ。好きの対義語は無関心」
「それっておかしくないですか? 好きと嫌いの感情はそれぞれ密接的な関係を持ってますけど、無関心はさすがに関係が遠すぎる気がします」

おそらく、質問を振られたのが私だったとしても、嫌いと答えただろう。好きと無関心だとあまりにも意味が違いすぎるような気がする。

「まぁ、普通はそう思うだろうね。好きと嫌いの関係は確かに密接的だね。でもさ、感情を被る立場になって考えてみよう。仮に君が誰かから嫌われていたとする。そして、君はその人のことを好きだとする。さて、どうする?」
「多分、精一杯頑張って関係を取り繕おうとすると思います」

魔理沙がうなずいた。彼女も私と同じ考えをしているらしい。

「君の行為が気になって、もしくは同情して。まぁ、理由は何でもいいかな。おそらく、相手も君に対して考えを少しは改めるかもしれないね。でも、それだと正反対の立場だったはずの嫌いって云う感情が全くの正反対ってことじゃなくなってしまうよね」

確かに、そうなる。対義語と云う立場上、確かにそれだとつじつまが合わない。

「じゃあ、次に無関心について考えよう。立場はさっきと同じ。さて、魔理沙、君ならどうする?」
「さっきと同じようにすると思うな」

その時、ようやく店主が言おうとしている真意が把握できた。

「でも、相手は私たちに無関心。だから、私たちが何をしたところで、相手は結局何も変わらない。そういうことですよね?」
「うん、そういう事だよ。嫌いって云う状態は、まだこちらに感情を向けているだけ、こちらの努力次第で何とかなると思う。だけど、無関心って云う状態は、決して揺らがない状態っていう訳になる。だから、好きの対義語は無関心、ってことになるのさ」
「でも、それがすべてに当てはまるわけじゃないと思うんだが」
「もちろん、一部の例外はあると思うけどね。それでも、一般的な世の中の考えだと、好きの対義語は無関心って定義されてるんだよ。たとえば、外の世界の辞書だと好きと云うのは心惹かれることって定義されている。端的に言い換えれば関心があるってことになるからね」

自分がある人に嫌われていて、他の人は私に無関心。
心の傷はどちらの方が大きいだろうと考えてみると、成程、確かに無関心の方が大きく心を抉られるのかもしれない。

「おそらく、この理屈は意志を持つと仮定された道具にも当てはまる。そこで、話を元に戻そう。僕はさっき恨まれる存在はほかにいるって言ったよね」
「つまり、言いたいのは香霖たちより、道具を忘れた人の方が恨まれるだろう、ということか」
「ご名答。それに、僕たちは道具たちに愛情をもって接してるからね、それは道具たちもよく分かっていると思うよ」

少し気味の悪い笑みを浮かべて、店主は答えた。
私も、道具に対して精一杯の愛情を持って臨んでいるつもりだ。もっとも、そんな薄ら笑みを浮かべながらではないと思うけど。

「そこで話を戻そう。今までの話を踏まえて、道具を忘れた人が最も恨まれる対象であるとする。この話の最後の質問だ。さっき、僕は恨まれるべき存在は他に沢山いると言った。それでは、その存在とは何か?」

質問の答えをすぐに思い浮かべることは出来なかった。今までの話と、答えと。一体何が関係あるのだろうか。
このまま悩んでみても埒があきそうになかったので、一度、この話の内容をを整理してみることにした。

まずは、話の展開のきっかけ。私たち以外に道具に恨まれるべき存在は他に沢山いる、と。
次に、幻想郷の存在理由。忘れ去られた存在が流れ着く場所。それが幻想郷である、と。
そして、道具にも意志が宿るかもしれないということ。大切に扱っている人には恩返しを。また、その逆もある、と。
最後に、好きの対義語について。好きの対義語は嫌いでなく、無関心。そして、道具にもそれが当てはまる、と。

断片的に話をまとめてみると、一つの答えが見つかった。

「外の世界の人間、ですか?」

幻想郷が忘れられた存在が流れ着く場所なのだとしたら、外の道具を扱っているこの店は、外の世界の忘れ去られたものを集めていることになる。
道具にも意志が宿るのだとしたら、無関心と云う扱いを主から受けたその道具はどうなるだろうか。そして、その主は外の人間ではないか。
私の答えに、正解、とだけ店主は言った。

外の世界の物が幻想郷に良く流れ着くようになったのは、最近になってかららしい。
おそらく原因は生産業のシステムの改革だろうね、と店主は呟いた。外の世界では、過去に大きな諍いがあった。そして、それを反省した人々は今、世界を一つにしようとしている。かつては自国のみでのものの売買が、今では世界全体での売買となりつつあるらしい。
ものを作れば作るだけ売れる。そう云った社会が形成されるようになったのだ。その結果、大量生産、大量消費というシステムが成り立った。今までは手に入らなかったものが簡単に手に入るようになった。物が壊れても“かえる”ようになった。必要のないものですら、簡単に手に入るようになった。
結果、夥しいほどの数のものが、その主を失うことになった。つまり、ものを簡単に捨てられる人が増えたのだ。
大量に生み出されたものたちが辿り着いた世界は、大量消費と言う理想ではなく、大量廃棄という救いのないものになっていた。
もう、人は今までのようにものを大切にしない。
主を失ったものは一体どうなるのか。それは今回の話で結果が出ている。忘れられた存在となり、ここに流れ着くのだ。

外の物を扱うことで環境が変わる、と怯えた店主がいる。気味が悪い、と避けた店主もいる。ここの住民、少なくとも普段からものを扱う職業の彼らには分かっているのだろう。主を失った道具がどうなるのかを。私たち以上に普段から多くの道具に囲まれている彼らは、きっと道具にも意志や感情があると云うことに気付いている。外からの道具は、自分たちに扱える代物ではないと云うことも。それならば、私が今日の今日まで機械を販売している店を発見できなかったのも頷ける。
けれど、私の目の前にいる店主、森近霖之助さんは違った。彼らが辿り着いた答えを一つ越えた先に、霖之助さんが辿り着いた答えがあるのだ。
だから、こうして、外の物ばかりを集めた一風変わった店なんてものを経営している。まぁ、これは私の推測でしかないんだけど。

「結局、道具を普段から使っている僕たちと普段から道具を捨ててばかりいる外の人間とじゃ、恨まれる格が違うのさ」

この言葉を締めに、私たちは座談会を終了することにした。
すっかり冷え切ってしまったお茶を飲みきって、椅子を片付ける。その際にいつもより気を付けて運んだのは言うまでもない。好きの対義語は嫌いではないとは言え、それでも恨まれるべき対象から外れるわけではないだろう。おそらく、今日からはもう少しお淑やかな振る舞いをするに違いない。
店内には、照明から零れ落ちる光のほかに、柔らかい光が差し込んできているような気がする。とっくに日は落ちてしまっているのに、さっきまでと比べて随分と雰囲気が明るくなっていた。



-7-



思考を軽く脱線させてみると、候補選びについての考えがまとまってきた気がする。

「店主さん、決まりました。あれを下さい」

そう言うと私は一つの四角い箱を指差した。
パーソナルコンピュータ。店主曰く外の世界の式神。持ち主の云う事を何でもこなしてくれる機械だそうだ。

「本当にあれで良いのかい? 使い方はさっぱり分からないんだけれど」
「どうせ他のも分からないみたいだし、だったら複雑なものほど弄り甲斐があるってものだよ。なんせ河童の技術は世界一だかんね!」

私のこの言葉に、店主は少し苦笑いをしてみせた。
財布から値段相応分のお金を取出し、店主に渡す。おかげで暫くの間は火の車になることが決定したが、それでも良い買い物をした。これは胸を張って言える事実だ。
手渡されたパーソナルコンピュータは、甲羅カバンに入れて背負ってみると意外に重かった。けど、帰り道で倒れこむことはなさそうだ。

もし本当に物にも感情があるのならば。
一度この疑問に答えを述べてもらう必要がありそうだ。

――君は私に苛められていると思う?

魔理沙の言葉に、どこか引っかかる部分がなかったと言えば嘘になる。自覚はないけれど、機械を苛めたに等しい扱いをしてしまったかもしれない。

もし本当に云う事を何でもこなしてくれるのならば。

さっきの質問に答えてもらおう。
弄られる機械としての思いをおもいっきり私にぶつけてもらおう。

この店は今まで考えもしなかったことを私に考えさせてくれた。そしてその答えを得る「きかい」まで与えてくれた。

「じゃあ、ありがとね! きっとまた来るから!」

それは一体何時になるだろう。

魔理沙の悪態を論破できるようになった頃だろうか。
物達と意思疎通ができるようになった頃だろうか。
店主さんの辿り着いた答えを知ってからだろうか。

はっきりとは分からない。けれど、たとえまたあの長い道のりを越えることになろうとも、必ずここにはもう一度訪れることになるだろう。どうしてだかそんな気がするのだ。


からんからん


あのくすんだベルの音が店内に鳴り響く。開いた扉からはあの心地良い風が吹き込んでくる。
行きの時点では長く長く続いたように見えた道だったが、どうしてだか今ははっきりと出口が見えるような気がした。
森へと続く帰り道は月の光を浴びて、ほんのりと輝いているように見えた。


――――歩み続けるための理由が、やっと見つかった気がした。
初投稿になります。
ここまで読んでくださった皆様には感謝です。本当にありがとうございます。

道具にも意志だとか感情があっても良いんじゃないでしょうか。
これは常日頃から自分が思ってることです。
無いって決めつけるよりも、あるって考えた方がきっと楽しい。

それでは、またの機会があれば、今後ともよろしくお願いします。

16/06/30 作者名を現在使っているものと統一しました。
東野 潤
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コメント



0.820簡易評価
3.90名前が無い程度の能力削除
一方外の世界は大量生産大量消費モデルなどとうに捨てて、モノについてはamazonとオンデマンド生産が幅をきかし、そして情報とサービスを経済の主体とするようになっていた。だから家電製品などなどが幻想入りしているということなのでしょう。にとりがコンピュータを選んだのはそれゆえ大変示唆に富んでいます。
ところで、香霖堂が魔法の森の奥地にあるという設定を作った理由はにとりを歩かせるため以外に何かあるのでしょうか?その辺は読み取れなかったです。
6.90名前が無い程度の能力削除
これは期待の新人
しかしにとりは何故か飛ばなかったのかな?というところが気になりました。
14.100名前が無い程度の能力削除
いい
15.80道楽削除
新作が出てにとりのキャラがもっと固定されてしまし、やや違和感を覚えました。
しかし、なんとも丁寧に書かれた作品です。
そこに非常な感銘を受けました。
17.90奇声を発する程度の能力削除
全体的にお話が丁寧な感じで良かったです
18.100名前が無い程度の能力削除
この人これから付喪神とかについてなにか書いてくれないかなー(チラッ
20.70名前が無い程度の能力削除
物語は丁寧に書かれていて、テーマや考察など十分楽しめるものでした。
ただ、前半部分が少々蛇足的に感じました。
これからのご活躍、お待ちしております。
23.803削除
静かながら確実に流れていく文章。
香霖堂らしくていいですね。