Coolier - 新生・東方創想話

少女紫・花盛り

2013/05/16 01:51:46
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 この妖怪の恐ろしさについての噂は枚挙に暇が無い。
 曰く、内から湧き上がってくる暴力的な衝動と力の捌け口を求めて幻想郷を彷徨っている。
 曰く、彷徨っているのを目撃すると、身内に不幸が起こる。
 曰く、触れられれば皮膚は弾け骨は粉々になり(中略)魂はズタズタになって飛散し、未来永劫苦しむ事になる。
 その辺りはまだ良い。後半の噂になると、「顔が怖い」だの、「足が臭い」だの、「臭い足をクンカクンカしたい」だのともはや名誉毀損に等しいレベルの悪口雑言まである。

「ふっはっはは」

 哄笑であった。彼女が大口を開けて笑うなど、人に見せれば恐れおののき、妖怪に見せれば奴は狂ってしまった等と揶揄される事は想像に難くない。
 ただし、眼は欠片も笑っていないし、口から耳から、所謂九穴全てから殺気が漏れており、腕はギチギチと音を立てて筋肉を軋ませ、額には血管が浮いている。
 新聞を受け取り、太陽の畑や最寄の花畑付近の切り株等に腰掛け、日差しの下で微笑など浮かべつつ文字を追う。これが彼女の数少ない趣味の一つであった。
 普段ならば淑女然とした優雅な時間なのだが、今回は新聞を持つ手に異様な力が篭っており、親指と人差し指に挟まれ擦られた部分は砂の様になっていた。
 新聞の見出し欄には、100人に聞きました! の様な文言とともに人間の意見が忌憚無く取り上げられていた。
 普段伝え聞く妖怪は、少ない目撃情報や、稗田と言う人間のフィルターを通した物でしかない。
 では人間達にそういった先入観抜きで直接妖怪を評価してもらったらどうなるのか? と言う企画である。
 全ての妖怪に言及する訳にもいかないので、少数の妖怪がカラー写真と、人間の意見ともに掲載されている。
 そこらの有象無象ではインパクトが無いとでも記者は考えたのか、大物の姿も散見された。
 八雲紫辺りは鉄板として、レミリア・スカーレット・西行寺幽々子、古明地さとり、果ては鬼。
 その新聞を形容し難い形相で読んでいた女性は――写真を撮るに当たって着飾ったのであろう――化粧が普段より濃ゆい八雲紫の写真を選び、グーパンチで貫いた。いつもより胡散臭さが数倍増しており非常に殴り易かった為である。
 一方、西行寺幽々子はうっすらと化粧を施しただけのナチュラルメイクの見本であり、たおやかで儚げな淑女を演出していた。ただ一人とも言える友人の写真が隣接している事が、且つその姿の評判が非常に良い、と言う事実が、紫の残念な厚化粧を際立たせる残酷な結果となっている。
 結果として、この一枚の写真は人里の人間や、各方面の妖怪を爆笑の渦へと陥れた。
 お前は笑いの天才か。幻想郷の民を笑い死にさせる作戦か、と言う声も届き、それが紫をさらに追い詰めたのだ。
 隙間妖怪と言えば、神隠しの主犯、などと言われる事もあり畏怖のほうが大きかった筈が、ムダに気合を入れて爆死するお母さん、と言う情報戦略を全力で失敗したとしか言い様が無い方向へシフトしたのである。
「元が美人なのだから、或いは少女なのだから化粧等する必要は無いのでは無いかと言うのは『男性の意見』だ。少女だからこそ、大人の女性が華やかに着飾り美しくメイクをする事が羨ましく見える物だ」
 と言うのが紫擁護派、否、紫少女派の”男性の”意見である。
 しかし紫のビジュアルも中々にヒドい物だが、自分への意見・感想は見るだけでも眉間に皺が寄る。世紀の大悪党でもここまで悪し様に言われる事は無いであろう。
 事実無根――とまでは行かないが、ここまでとは予想外であった。
 新聞を手に取っている本人、風見幽香その人の記事であった。

「この記事どう思う?」
「ひぐっ、ひぐっ、死にたい」

 話しかけられた相手は、同じく記事で紹介されている八雲紫だが、顔を手で覆ってさめざめと泣いている。
 少女が花畑で涙している。口に出してみたり、文字に起こしてみると、絵になる光景かもしれないが、悲壮であった。
 客観的な視点とは残酷であり、本人も含めて意思の介在する余地ゼロで真実を映し出している。
 写真と言う媒体を通した場合も、それは例外では無かった。本人もその視点を通して自身の滑稽さを理解したらしい。
 朝一で新聞を見る為に珍しく早起きをし、意気揚々と己の式に確保させておいた新聞をひったくると、座卓の前の座布団に腰を落ち着けてそれを開いたのだが、その結果がこれであった。
 本人としては、少女の姿をした妖怪の代表と言う事で気合を入れたのだろうが、現実は過酷そのもので、参観日に気合を入れて来訪する母親の様な姿に、本人はゴロゴロ転がりながら畳をガリガリ引っ掻いてボロボロにし、式は主に対してノーコメントを貫いた。式の表情はと言えば顔面蒼白であった。
 式神の式とは結婚式、葬式、数式、方程式の式であり、定められた規範を式と言い、それを実行する事が式を打つと言う事である。
 仮令その規範の中に『服従』の様な式が存在したとしても、主を傷つけぬ様に振舞った式神の心遣いは素晴らしいでは無いか。
 だが、気遣いこそが人を傷つける事もあるのだ。

「お化粧なんてしなくても紫様はお綺麗ですよ。ねえ藍様」
「……ああ、うん……」

 この様に、たまたまマヨヒガから帰省していた式の式にまで気を遣われる等、穴があったら入りたいとは正にこの事で、それに関して言えば幸運にも彼女は手近な空間に飛び込む事が可能なスキマの妖怪なのであった。
 とどのつまり、やはり頓珍漢な装いだったと言う事を肯定する発言であり、藍は言葉に出さずとも眼で語ってはいけないと視線を一向に合わせようとせず、終始俯いたまま結界の点検業務へと出かけていった。
 その後紫はマヨヒガに帰宅すると言う橙を送り出した後、何も知らぬ者が見たら自殺にでも向かうのでは無いかと言う後ろ姿でスキマに足を踏み入れ、飛び出した先は幽香が新聞を読んでいた現場、と言う事である。
 いくら姿が美しい少女であるとしても、長年生きる事によって身についた仕草や経験などは、到底拭い難く、その辺りを指して年齢など意味を成さない妖怪に「オバさん臭い」等と言う、的外れ且つ無知で無慈悲な意見を持つ輩は、残念ながら多数存在するのだ。
 だが現実として、レミリア・スカーレット、古明地さとりを始めとした、年齢と外見、そこに加わる稚気と言う、奇跡的なバランスの上に成り立っている美少女が現実に存在している事も軽視できず、そちら側に入りたくとも馴染む事ができなかった紫の姿は、哀れを通り越して感動すら覚える。
 幽々子や聖白蓮の様に、それならそれで、と『素敵で優しい(様に見える)お姉さん』の様な別の方向にアジャストできれば紫もここまで悲観に暮れる事は無かったのであろうが――。

 少女。
 嗚呼、美少女。

 恐ろしく蟲惑的で妖艶の趣があり、且つまったりとした口当たりで雄大で勢いが良くいなせな舌の上で豊潤な香りを放つ、この魔性の漢字三文字に、紫は捉われてしまったのだ。
 その紫をさすがに可哀想と思ったのか、いつまでも泣かれては気持ちが悪いと思ったのか、幽香は迷った挙句に一応言葉をかけてやった。

「あまり気にしない事ね」

 とりあえず自身の怒りは脇に置いて、幽香は未だ泣き崩れる紫に、美しい花を差し出した。
 花を受け取って、やはりこのフラワーマスターも新聞の被害者なのだと、紫は彼女への評価を改め、優しい声で礼を言った。

「ぐすっ、ぐすっ、なあにこれ」
アネモネよ」
「ありがとう、花言葉も教えてくださる?」
「『薄れ行く希望』」
「貴様ァ!!」

 やはりこのフラワーマスターはイジメ大好き冷血女なのだと、紫は彼女への評価を改め、鬼もかくやという怒声を浴びせた。
 幽香は何故怒られたのかが今ひとつ理解できず、その怒声にわずかだが驚いた様子だった。
 ただ、アネモネにはいくつか花言葉があるが、別に悪意がある訳でもないのに何故かその花言葉をチョイスした辺り、幽香の性格や性質は謎極まる。
 もしかしたら、謎すぎて稗田の者でも彼女の事がさっぱり理解できなかった為に、用心を兼ねて危険度極高にされたのでは無いかと思える程だ。
 人間味が感じられないと言う点では、非常に妖怪的で文句無しだと言えるのだが。
 大妖怪と言う割にメンタルに問題がありそうな紫の剣幕に対する幽香の反応はと言えば、非常に淡白な物だった。

「久々に人里でも散歩しようかしら。一緒にどう」
「ヤなことですわ」
「なら、この記事、あなたは納得が行って?」
「……行く訳無いでしょう」

 自分のミスとは言え、おかしな印象を周辺に与えてしまったと言う事実は、やはり受け入れ難いらしい。
 同じく、幽香も自分が悪し様に好き放題言われていると言うのは、いくら妖怪でも余り良い気分では無い様だった。

「だからこそ、その情報が多く出回っている場所へ飛び込むのが肝要だと思うわ」
「ど――どうするの? 私の愛する幻想郷をどうするつもりなのよ」

 幽香は、珍しく沈痛な表情で天を仰いだ。
 幻想郷の全てを知っていると言っても過言では無い、創始者からすらもデストロイヤーの様に思われている。
 これはいよいよ、その誤解――と言うか、必要以上に膨れ上がった恐ろしい噂を是正する必要があるのでは無いかと考えるのも無理からぬ事である。
 特に実害は無いし、妖怪としては恐れられる位で丁度良いだろう、と考えていたのが裏目に出たのだ。
 だが、その解決策が人里の散策とは。幽香はその謎の行動に対する理由を明快に説明した。

「私達の印象は伝聞やデマゴギーに支配されている。だったら素の自分をお披露目に行くだけね」

 紫の反応は目覚ましい物があった。
 死刑寸前の犯罪者みたいな表情が、夢見る乙女のそれに変化し、心の中で幽香に惜しみない賞賛を送るモノに変わった。

「そうよ――素の私の美しさを知らしめればそれで万事丸く収まるわ」

 姿形など如何様にもできそうな妖怪の美しさがどうかと言う話はともかく、活路が開けたらしいと言う事実の方が紫にとっては重要であった。


 ◆


 幽香達の誤算、と言うか失策は、己達の評価を甘く見積もった事にある。
 見誤った者がいくらその状況を脱する為の方策を用意しようが、誤った見地からの意見であるので、決定的にピントがズレているのだ。
 人里は概ねそこに住む人々の日常の通りに平凡な風景を映し、それは安心感すら覚えるようなモノであったが、二人はその破壊者であった。

「ひっ、ひい」
「うおおお」

 道行く者達は、彼女達の放つ正体不明のオーラに押されるかの如く進路を変更し、すれ違った者は狼狽しながら、或いは恐怖を漲らせながら素早く脇に飛びのいて、懐から護身具を取り出そうと身構えた。
 その全てが悲鳴の様な声をあげる事も共通している。
 屋台で食事をしている者はそれを見てドンブリをひっくり返し、またある歩行者は慌てて飛び退いた者に激突して、脇のドブに身投げを敢行していた。
 たまたま人形劇を行いに来ていたアリスは誤って主役の人形を悪役の人形が串刺しにしてしまい、子供達は泣いていたし、買出しで人里まで出てきていた妖夢は自分の半霊が逃げ出したのを追い、阿求は卒倒した。
 特に新聞屋であるところの文は、その速度故に些細なミスから明後日の方向へすっ飛んでしまう。
 モノが音速――時速1224キロメートルに達しようと言うスピードだから、その二名に対して刹那でも気を取られてしまっただけで人里を通り越してしまい、フラフラ飛んでいる野良妖怪や妖精を巻き込んであわや大事故、と言う所で急制動をかけたが、マッハに近い速度に無理矢理逆らったのだからその負担は凄まじく、視界は一瞬ブラックアウトし、胃から元は朝食だったキラキラした流動物を勢い良くブチまけた。自身の体がバラバラにならずに済んだのはさすがと言うべきだろうか。
 紫はその様子を尻目にわなわなと震えながら――傍目には淑女らしい楚々とした歩みだが――足を進めた。
 そも、何故幽香などの案に乗ってしまったのか。まずはそこから自問自答を始めねばならず、その原因はと言えば例の新聞に載った思い出したくも無い自分の事であるから、そこで錯乱してしまい具体的な策は何も思いつかず、やはり幽香の作戦(?)に縋ろうと考えたが、人間や妖怪は彼女達二人に恐怖の視線を送っており状況はちっとも良くならず、再び『何故幽香の案に乗ってしまったのか』を考えるハメになった。
 その思考は芸術的とすら言える程の堂々巡りであり、いかに紫から余裕が消えうせているかと言う事を感じさせる。
 一方幽香はと言えば周りがどう反応しようと頑なに微笑を崩さず、ムダに通行人を怯えさせている。
 スマイルなのだから怯える道理は無いのだが、やはり幻想郷縁起に記された『強い者は大抵、笑顔である』と言う阿求の注釈が効果的に働いていると言う事だろう。新聞、書籍などの情報を握っている側は、やはり強い。
 紫はほんの少しだけ幽香に同情したが、他人に構っている余裕は無いのだ。
 自分はここぞと言う場面で張り切って失敗する母親みたいな女性では無く、美しくも恐ろしい妖怪の少女なのだ、と言う事を人間に周知させなくてはならない。そう、少女なのである。
 バタフライエフェクトと言うか風が吹けばと言うか、歩くだけで惨事を引き起こす二人組だったが文句をつける者はいなかった。否、つけられる度胸のある者はいない。
 この二人が並んで歩いていると言うだけで住人の警戒度は100%中の100%であり、今この二人に近づく者があるとすれば、それは余程の阿呆か命知らずなのであった。
 誰もがそう思っていたが、二人が大通りが交差する十字路に差し掛かった時、横から飛び出してきた影がある。
 そいつはこともあろうか、その二人に向かって突撃し、手に持った長物と共に精一杯声を張り上げるのだった。

「うらめしやー!」

 この場に居合わせたA・M女史(魔法の森在住・職業:人形師)が後に語った所からすれば「その瞬間人里の全てが静止した事は間違い無い」と言う。
 買い物をしているメイドらしき人物が「私の世界に何者かが入門してきたか」と謎の台詞を呟きつつ冷静に狼狽えていた程である。
 つまり、「うらめしや」等と古典的な台詞を吐きつつ大妖怪であるこの二人に突撃すると言う行為はそれ程までに危険だと思われていたし、命が惜しければ有り得ない事なのであった。
 彼女からすれば、曲がり角に潜伏して通りかかった者の前に飛び出しただけなのだが、今回はまこと運が悪かったとしか言い様があるまい。
 まさかこの二人を驚かせようと考える者などいるはずが無く、予想外であると言う意味では『相手を驚かせる』と言う行為の理にかなっており、実際に幽香と紫は一瞬だけビクリと硬直したが、それに気づく者は誰もいなかった。
 直後に悲鳴が響き渡った為である。

「ひいい――ッ!」

 悲鳴の主は驚かされた方でなく、驚かした方である。
 勝手に出てきて勝手に悲鳴をあげているのだから、これには二人も唖然とする他無い。
 姿を見れば、年端も行かぬ少女である。だが、その愛らしいとすら言える顔は今や恐怖で歪んでおり、その手に持ったセンスの悪い傘が、その間の抜けた状況に拍車をかけている。

「唐傘お化け?」

 珍しい物を見た、とでも言う風に幽香は呟いた。
 一方、この唐傘お化けは、相手を驚かせる事意外は見事になんにも考えていない。
 だからこそ相手を確認もせずに飛び出してしまったと言うのもあるし、その後の怯え方も周りの眼など考えていなかった。

「わわ……ワワワ……! 人違いでしたぁ! わち、私ったら慌てん坊で――助けてぇ!」

 周辺からは「自分で驚いてどうする」だとか「それは人違いで済むのか?」と言う疑問の声も挙がっていた。
 しかしこの構図は弱小妖怪に対して因縁をつけている(ように見える)と言う図であり、幽香は苦い顔で唐傘お化けの腕を掴んで立ち上がらせ、紫に「さて、どうする?」と意見を求めた。
 とりあえず、妖怪とは言えどいたいけな少女の姿をしている者を、二人で囲んで泣かせている様に見えるこの状況は非常によろしくないと言うのが、幽香にも感じ取れたのだ。
 紫は若干の焦りを滲ませながらも、幽香と唐傘の手を引いて、手近な喫茶店へ避難を敢行した。
 その際三人の傘が接触し店の入り口に引っかかり、傘の親骨や受け骨がばきぼきと愉快な音を立てたが、損傷したのは唐傘の物のみであり、彼女の悲鳴はさらに激しくなった。
 首尾よく眺めと気分が良い窓際の席を確保できたのは良しとしても、唐傘はと言えば袋小路である席の奥に押し込まれ、隣に幽香が座り対面には紫が座ると言う、ヤクザか悪質な詐欺が行う席順みたいな状態に呆然とした後、今度はわあわあと泣き出し、これを落ち着かせるのにも幾許の時間が必要となった。
 紫は仕方なく三人分のようかんと玉露を注文し、それが運ばれてくると現金な事に唐傘お化けは泣き止んだ。
 彼女が落ち着いた事を確認し名前を尋ねると、その少女は多々良小傘と名乗った。
 趣味は他人にひゃあと言わせる事、などといらぬ事を語り、それを聞いて、

「良い度胸だったわね」

 と幽香が感心した様に話しかけると再び小傘は怯え出したが、

「あなたね、そう言う物言いだから危険度極高とか書かれるのよ」
「そ、そうなの」

 と言う二人の会話から推し量るに、どうやら幽香のこの威圧する様な台詞は天然であるらしい事を知り、小傘は胸を撫で下ろすのだった。
 実際に幽香はその紫の注意を受けて戸惑っているから、ほぼ間違い無いだろう。
 しかし誰が見ても満場一致の決で居心地が悪い空間である事は間違い無く、小傘は緊張しながらも玉露で喉を潤し、先の醜態を二人に侘びた。ただ、せっかくの玉露の微妙な味わいは正直わからなかった。

「興奮してすいません」

 特に小傘に問題があった訳では無いのにこの様に謝ってしまうのは、小心者だからとかそう言う訳では無く、上司や年上のオジサン辺りと、酒の席などを相伴した際に生じる可能性の高い余計なゴタゴタを、無くす為に行う処世術に近い。
 紫が茶菓子を注文した時に、財布の中を見つめて難しい顔をしていたのも効いている。
 自分の為に自腹を切ってくれたのだから、それでも先の様な態度をとり続けたらこちらが悪者だ、と言う心理が働いたのだ。
 小傘はその後、何故こんな化物に囲まれてお茶などしているのかを疑問に思い、そもそもそんな恐ろしいモノが二人で連れ立っている事がおかしいのだ、と微妙な責任転嫁をし、恐る恐る問いかけた。

「あの、私はどうなってしまうんですか」
「えっ」

 紫は間の抜けた返答を返すしか無かったが、確かによく考えれば自分は余り人前に姿を晒す事は無く、しかも神隠しの主犯等とモノの本には記されている。
 それに加えて暴力装置の様な扱いを受けている幽香とつるんで散策などしており、泣き叫ぶ少女を茶店に連れ込んでお茶などご馳走している。
 これは傍から見て、外界の法に照らして言う所の未成年略取誘拐罪であり、目撃していた者からもそう見えていたであろう事は想像に難くない。小傘が未成年かどうかは別として、だが。
 誤解が誤解を生み続けている現状に紫は深く溜息をつき、それを見て小傘は紫の機嫌を損ねたか、と再び冷汗を流した。

「別に取って喰おうってわけじゃあないから、その点は安心して貰えない?」
「えっ」
「私達は、あの、そう、気分転換よ。人間あってこその妖怪。彼らの営みと直接触れ合う事により――」

 紫は沈痛な面持ちで、うんたらかんたらとよくわからない弁解を行った。
 幽香はそ知らぬ顔でようかんをもぐもぐと食べている。こいつは本当に自分の評価を改めるつもりでやって来たのかどうか疑わしいぞと、今更ながらに紫は思った。
 しばらく無言でようかんをパクついた幽香は、突如何かを思いついたようだった。

「もっと簡単にデマを是正できる方法を思いついたわ」

 イヤな予感しかしないが、紫は一応その考えを問うた。あくまで一応である。
 何かとんでもない起死回生の策かも知れないと思うと聞かずにはいられなかった。

「誰かが衆人の前で、さりげなく私達の全てを絶賛すれば良いのよ――多々良、その可哀想な人間を見る様な目は何?」

 小傘は半泣きで目を逸らし、紫は「うげら」と餓えた狼の様な奇妙極まる苦鳴を以って驚愕とし、不可能の類語を使い倒してそれを否定した。
 今の台詞から幽香がどこか浮世離れしている事は疑いようが無く、紫から見てすら訳のわからない妖怪なのに、他の人妖が彼女を褒めるなどできるはずが無い。
 可能だとしても、恐ろしさと美麗さに関して言及する事がせいぜいで、それでは例の新聞や縁起の内容となんら変わりがない。

「スキマ妖怪と言う割に消極的すぎるわね。無理とは限らない。多々良、実験をしてみましょう。この店内にいる人間に聞こえる様に私を褒めなさい」
「!?」

 人を二、三人殺してきたみたいな声で無茶振りをされて精神的なダメージが肉体に及んだのか、小傘はお腹が痛くて仕方なかった。

「何を黙っているの。早くしなさい」

 そんな事は関係無いとばかりに幽香は無自覚に威圧をするものだから、思い切ってそれを訴えてみると、彼女は「お腹をモミモミすれば良くなる」と迷信なのだかエセ医学なのだかわからない様な返答をし、さらに小傘を追い詰めるのだった。
 実際にお腹をモミモミしてみても痛みはちっとも治まらず、そうこうしている内に胃まで痛みを訴える始末で、正面の紫に助けを求める視線を送っても、普段より余裕の無い紫はそれに気付く事はない。
 一度ナズーリンの姿を店内に発見し、あちらも小傘の状況に気づいたらしいのだが、「助けて」とジェスチャーを送るや否や彼女は速やかに席を立ち会計を済ませ、店の入り口から「骨は、拾う」と言う合図と悲しげな微笑を浮かべて去っていった。
 もはや、やるしか無い。拒否をする事も考えた。彼女達が公の場で自分の様な小妖に暴力的な振る舞いをするとは思えない。
 だが妖怪全般は基本的に受けた恨み等を忘れず、糧にして奮起する事すらある。
 逆らうのは、得策では無い。今この場は平気だとしても、後に出会った際にどんな報復をされるのかもわからない以上、小傘の取る道は一つしか無かった。

「か、」

 呼吸と喋りがかみ合わずに一度詰まったが、走り出した以上は止まってはならぬ。
 競走馬と同じだ。歩かなければ、走らなければ、血流を確保できずにやがて腐って死ぬ。その必死さだけが小傘の口を動かした。
 ただ彼女も妖怪であり、どの様な価値観に重きを置いているかと言うと、驚かすと言う事が生きる事であり、美徳であると言う事に尽きる。
 簡単に言うと、彼女が幽香にどの様な美点を見出したかと言えば。



「風見幽香さんの顔の怖さは三国一やでぇ! 笑顔だけで他人を怯えさせるなんて羨ましい! 憎いねぇ、いよっ、この人殺し!!」



 閃光が茶店の天井を貫き、紫は即座にスキマを展開して人間の避難に全力を尽くした。
 幽香は生まれて初めて、人里と言う中立地帯でぶち切れた。
 自爆、盛大な自爆である。ただ助かりたかっただけの小傘も、余計に他人を恐れさせる事になった幽香も、どちらも凄まじい爆発力であった。
 小傘はいちはやく自分の台詞がはらむ危険性に気付いた後、逃走本能に火が点いたのか脱兎の勢いで人里の外へと進路を取り、半泣きの幽香――奇跡にしか見えない――がそれを追い、それが幸いしたか、ケガ人や死人は出ず、損害は建物のみと軽微であった。
 人里を守る為に尽力した紫の好感度がちょっぴり上がったが、やはり本来の目的である「美少女」を認知させる事は叶わなかった。
 紫は自分が幽香に同調した所為でこんな事になったとも言う訳にもいかず、若干の罪の意識と共にスキマの向こうへ歩み去り、自室で逃避と不貞寝を決め込むのであった。





 後日の事である。
 紫が白玉楼に来訪した際、幽々子は件の新聞を取り出し、こう言った。

「紫ってば張り切り過ぎちゃったのね。私がコオディネエトしてあげるわ」

 言うや否や紫に淡いメイクを施した。人里の散策にでも出て、例のデマゴギーを解消しようと言うのだ。
 余り気乗りはしなかったが、数少ない友人の好意をムダにする訳にもいかず、渋々人里に二人で繰り出してみると、やはり人里は恐慌に陥った。
 屋台で食事をしている者はそれを見て飲み物を吹き出し、またある歩行者は何も無い場所で足をもつれさせ転倒して脇のドブに身投げを敢行していた。
 たまたま人形劇を行いに来ていたアリスは誤ってヒーローの人形がヒロインの人形の首をはねてしまい、子供達は泣いていたし、買出しで人里まで出てきていた妹紅は咥えていた団子を喉に詰まらせ、阿求は卒倒した。
 その状況の精神的ダメージなのか単に体調が悪かったのか、紫は腹痛を抱える事になったが、お腹をモミモミして何とか耐えしのいだ。
 人里で聞いた風の噂で、唐傘がフラワーマスターと元気に鬼ごっこを続けていると言う話を聞いて、紫はほんの少しだけ心が軽くなった。


 現在、永遠亭では八意永琳が、新聞でミジメな姿を晒した紫を誘い人里等で自分の露出を増やし、自身が得体の知れない狂気の薬剤師だと言う誤謬を払拭しようと画策している。
 その際、紫がお腹をモミモミすれば腹痛は治るかと言う事を彼女に聞いたかどうか、それは誰も与り知らぬ事であった。


劇終
 読んで頂きありがとうございます。
 初めてコメディ成分の強い作品を投稿してみたのですが、反省はしていません。
 ただ、言い訳をさせて頂くと、私が行った東方キャラソートの順位において、幽香は一位であり、紫も五位、小傘の順位もかなり上位(十八位)です。(本当)
 好きなキャラ程イジりたいと言うのは歪んだ愛なのでしょうか?
ぶゃるゅーょ
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コメント



0.1600簡易評価
1.100Y・Y削除
八雲紫さんって17歳らしいですよ。
2.100名前が無い程度の能力削除
こ れ は ひ ど い(誉め言葉)
3.100名前が無い程度の能力削除
ひどい(確信)
4.90名前が無い程度の能力削除
また電車の中で吹いちまった…
5.60さとしお削除
紫の周囲、ロクなやついないのでは……w
8.90名前が無い程度の能力削除
何やかやで、こういうギャグ作品は大好きです。

紫様のお腹モミモミしたいな~俺もな~
9.100名前が無い程度の能力削除
それぞれのキャラらしさが非常に好みでした。
不思議系幽香ちゃんはそのままでいて欲しいなーw
11.100名前が無い程度の能力削除
自爆の爆発力ってなんだよw
しかしゆかりんのお腹モミモミしたい
14.100名前が無い程度の能力削除
ユカリサマハショウジョデスヨ
20.100名前が無い程度の能力削除
その気持ちは正しく愛さ
23.100名前が無い程度の能力削除
何という疾走感。
うん、こ れ は ひ ど い(賞賛
25.90みずあめ削除
アネモネの花言葉「真実」
これがっ・・・現実っ・・・
リンクに悪意を感じましたが面白かったです!
27.100名前が無い程度の能力削除
わりとくどい語りなのに、びっくりするほど読みやすい。
Wikipediaの試みは、よくいえば気にならない、悪くいえば印象に残らないという具合で、特に話に活かされた形でないのが、残念といえば残念。しかし、面白みを損なったわけでもないので、この点数で。
29.100名前が無い程度の能力削除
素晴らしい空回りである
35.100名前が無い程度の能力削除
『幻想郷の暴力装置』風見幽香。
『気合い入れすぎて自爆したお母さん』八雲紫。 かつて無いほど魅力的な二つ名である。
困った顔でおなかモミモミしてる少女かわいい。
36.100名前が無い程度の能力削除
第一印象は大事だからね、仕方ないね
37.100名前が無い程度の能力削除
みんな自然にアレなのが何とも素敵
特に天然ドSな幽香が素晴らしいと思いました
41.80奇声を発する程度の能力削除
これはひどい
45.903削除
これはいいコメディ。
傘同盟で何か起こるのかと思ったらそんなことはなかった。
47.100名前が無い程度の能力削除
なんかもうタイトルの時点で爆笑した
56.100名前が無い程度の能力削除
だからゆかりんは少女の代表だっつってんじゃねえかよ(涙)