Coolier - 新生・東方創想話

逆月

2013/05/06 01:09:43
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 夜に目が覚めた。
 それ自体に意味などなくて、理由とてただなんとなくというものであったろう。気配を感じた、というのが一番近い。もちろん本当に気配を感じたのかどうかは分らないし、そもそも気配などというものは存在するかなんて知らない。要するに、いつものあれだ。いわゆる勘というやつだ。何物にも囚われずいかなる指図も受けることはないが、唯一勘にだけは従うことにしている。
 短くため息をつく。どうやらもう一度寝なおすわけにはいかないようだ。
 布団から出て、いつもの巫女服ではなく襦袢を着る。危険はないと勘が告げるが、一応札と針を用意する。幻想郷の要であるここ、博麗神社に危害を加える妖怪はいない。だが残念ながら幻想郷に居るのは常識のある人間だけではないのだ。一通り準備をしてからひとりごちる。
「ったく、面倒ね」
 勘には従うが、面倒くさいものは面倒くさい。
 すでに桜が散ったとはいえ未だに夜は冷える。張りつめた空気を押し破るようにしてゆっくりと歩いて行く。襖を開け、外を見やる。今夜は満月だった。ほぼ真上に見えることからすると子の刻くらいか。こんな夜更けに来るのはどこのどいつだろうと縁側へと出て神社の正面へと足を運ぶ。月明かりに照らされた影が一つ。
「あぁ、あんたか」
 果たして、そこには鬼がいた。
「やぁ霊夢、お邪魔しているよ」
 賽銭箱に腰かけ、足を垂らした童女が言う。顔を赤らめ酒を呑むその姿は子供のようにしか見えないが、頭から生えた二本の角がその種族を主張する。伊吹萃香、月すら砕く力を持つ鬼。力の象徴にして恐ろしい物の象徴。最強に名を連ねる妖怪。その存在は災厄そのものであるとも言われる。もっとも、今はそんな恐ろしさは微塵もない。片手に一升瓶を持ち、もう片方の手に持つ杯に酒を注ぐ姿に、そして小さな体に不釣り合いなほど大きな杯を呑み干すその姿には恐怖を感じる要素などありはしない。
「今夜はいい夜だ。こんな夜は飲まなきゃ勿体ないってもんだよ」
 言われて当たりを見渡す。黄金色に輝く満月が神社の境内を照らす。月明かりに照らされた木々の影が風に吹かれて揺れる。少し肌寒いくらいの気温だがむしろ心地いい。なるほど、確かにいい夜だと思う。
「だからってなんでうちの神社で飲んでるのよ」
「ちょっと気が向いたから、かね」
 どこか照れたように笑う。
 延々と続く宴会騒ぎの後こそ博麗神社に入り浸っていた萃香だが、天人が神社を破壊してからはあちらこちらをうろついている。不本意ながら神社には妖怪が集まるため、神社にいることがないわけではないし、神社の宴会にはよく来るのだが、神社の再建後に一人神社で酒を呑んでいるというのは初めて見る。
 と、そこまで考えたところで酒を呑むその姿に違和感を覚えた。
「あんたそれ、伊吹瓢じゃないのね」
 違和感の正体は萃香が呑んでいる一升瓶だった。普段持ち歩いている伊吹瓢ではない。酒虫の入ったその瓢箪は水から酒を作りだす。その酒の強さは人にはとても呑めたものではないのだが、鬼は平然とそれを飲む。萃香は常日頃からそれを持ち歩き、どこであっても酒を飲んでいる。萃香とて決して他の酒を呑まないわけではないのだが金も持たない萃香が酒瓶を持っていることに疑念は湧く。
 すなわち、うちの神社のものではないだろうな、と。
 参拝客が来るはずがない夜に神社に居るのは構わない。酒を呑むのも萃香には常のことだ。だが神社の酒を持ち出したのなら容赦をする気はなかった。
「これは紫から貰ったのさ。外の世界のお酒だそうだよ?」
「紫が?」
 そんな霊夢の様子に気付いたのか萃香が言う。
「ほら、霊夢も呑むと良い。場所を借りているお礼だよ」
 いつもこれくらい殊勝で居て欲しいものだと思いながら萃香から酒瓶と盃を受け取り、納得する。幻想郷で流通するものとは違う外の世界の酒。博麗大結界を行き来することは不可能ではないが簡単なことではない。まして外の世界で幻想になっていないものを持ち込める者など八雲紫だけだろう。
 萃香の近くの縁側に腰掛け、杯に注いだ酒を呑む。外の空気で冷えた体を内から温める気配がする。辛口の酒。濃厚な味わいで旨みがあるが、すっきりとして呑みやすい。香りも豊かだ。本醸造酒だろうか、と当たりを付けてラベルを見る。
 『酒吞童子』酒好きで知られた鬼の名を冠した酒。
「鬼にはぴったりの酒ね」
 感想はそれだけ。なぜ紫がこの名前の酒を萃香に渡したのか、詮索もしなければ興味のそぶりすら見せない。何も聞かずにそこに在るという安心感。全てを等しく無視してくれるその居心地の良さを好む妖怪は数多い。或いは人間でさえも魅了されているのかもしれない。
「なるほど、うちに来た理由はこれね」
 ラベルの裏を見返すと書いてある『ハクレイ酒造』の文字。博麗神社とは何の縁もないが、酒造の名前を見てここに来たというのは間違いないだろう。こんな理由でこられたのでは良い迷惑だと思いながら、ただで酒が呑めるならそれも良いかと思いなおす。酒瓶を返そうと横を見ると萃香がもう一本の酒吞童子を呑んでいる。酒盛りなどするつもりはなかったのだが、こんなのもたまには良いかと手にある杯に酒を注ぐ。一升瓶を傍に置いて杯を持ち直すと水面に頭上の満月が映りこんでいる。そういえば月に行ったこともあったと思いながら杯を傾ける。喉を通る酒の感覚が心地いい。味が濃いため肴が無くても十分に楽しめる。
 会話はない。騒ぎが好きな鬼には珍しいが、もともと静かな方が好きな質なので遠慮なく静寂に身を委ねることにする。聞こえるのは木々が風で擦れる音、見えるのは夜の博麗神社の光景。いつもは昼間に見る景色だが、時間が違い、手に持つものがお茶から酒に変わるだけで違って見える。こんな時間に呑む酒もなかなか良いものだ。
 だが少し呑むと、もともと萃香が呑んでいたこともあって一升瓶はすぐに空になった。神社から追加の酒でも持ってこようか、と腰を浮かせたところで萃香から新しい瓶を渡される。
「ほい、霊夢にはこれ」
 そう言って渡されたのは二本の四合瓶。どうやら別の銘柄のようだ。ラベルには『燗囃』『香田』とある、どちらも同じ酒造の酒らしい。
「あんたね、酒があるならそう言いなさいよ」
 渡された酒を開けながらとりあえず文句を言っておく。ただで酒が貰えるのだから不満はないのだが、何か言っておかないと浮かしかけた腰が落ち着かない。しかし萃香は何も言い返して来ずにただぼんやりと月を見上げていた。どこか心ここにあらずと言った感じだ。こんな姿と言うのもやはり珍しい。
 不思議に思いながらも手に持った香田を杯に注ぐ。酒吞童子よりも香りは低く微かに香る程度。杯に落ちた月を眺め、呑む。味が薄い、と感じるのはさっきの酒が濃厚過ぎたためだろう。決して味が無いわけではなく、軽快な呑み口によく馴染む。どうも順番を間違えた気がする、と思いながらもう一杯。
「うまいだろ?そっちの方が米の味がよく出てるよ」
 先程見せた陰りはどこにいったのか、一転した笑顔で萃香が訊いてくる。
「あんた、そんなで味わかるの?」
 言われてみればそんな気もするし、純米酒と書いてあるし納得はする。だがこれだけ呑んだ萃香がその違いを分かっているのかは半信半疑だ。周りには相当量の酒瓶があり、その種類も多い。おそらくは同じ酒造の違った銘柄なのだろうが、ここまで呑んでいて酒の微妙な違いなど分かるものだろうかと疑問に思う。だが一方で酒好きで知れた鬼のこと、酒の味に関してはどれほど酔っていようとも分かるかもしれないとも思う。妖怪を人間の尺度ではかろうとすると痛い目を見る。
「鬼だからね。あたらしらみたいなのには酒があれば何でもいいと思っているかもしれないけれど、酒が好きだからこそ酒には敏感なのさ」
「そんなものかしらね」
 いつもの宴会を思い出す。酒と名のつくものなら手当たり次第に呑み荒らす鬼の姿を脳裏に思い描いて、理解を諦める。どうにも疑わしい。鬼が嘘をつくことはないだろうが、実感として湧かないのだ。
「そんなもんさ、妖怪は生きるために何かを食らうことはない。ただ娯楽だからこそ至上を求めるのさ。霊夢だってお茶はおいしい方が良いだろう?」
「そりゃそうよ」
 生活に困ることはないが、裕福とは言えない神社。いつも飲むお茶に文句はないが、どうせ飲めるなら少しおいしいお茶を飲みたい。萃香にとって伊吹瓢がいつものお茶で、この酒が香霖堂で飲むお茶なのだろうか?どこか違うような気もするが、そんなものだろうと決めつける。
 再び会話はなくなり、静寂が戻ってきて、二人は各々のペースで杯を空ける。思い出したかのように会話が始まり、唐突に終わる。そんなやりとりを数回繰り返す頃には萃香の周りには何本かの一升瓶が空になって転がっていた。一方で霊夢の傍には未だ空かない香田と、未だ開かない燗囃の二本だけだ。
 香田の味は、幾度か杯を傾けるうちに酒の味が分かってきた。やはりというか、味の薄さはまやかしで、しっかりと味がある。むしろ酒吞童子の旨みの主張が強すぎたための勘違いだったのだろう。ラベルを見ると分類としてはやや辛口となるのか?いやこれは甘口と言ってもいいだろう。それくらいの程良さ。呑み口は少し粘性が高いのか呑んだ後に喉に残る感じ。
「そっちのは呑まないのかー?呑まないなら私が貰うよー?」
「あんたまだ呑み足りないの?」
 別に燗囃のことを忘れていたわけではない。ただ、人間には四合瓶を一本空けるのだけでも結構辛いのだ。それだけの瓶を空けておいてまだ酒を催促してくるような鬼と一緒にするなと言いたい。そもそも紫はいったいどれほどの酒を持ち込んできたというのか。視線を向けると萃香の顔はかなり赤くなっていて完全に出来上がっている。最初に見えたどこか幽鬱な面影などとどこにもない。
 空を見ると月が少し傾いていた。そろそろ丑の刻あたりか。少し冷えてきて襦袢だけで耐えるのも厳しくなってくる。今は酒が入っているから温かいが、そろそろお開きとするべきかもしれない。
「れいむ~?」
「あんたはこっちでも呑んでなさい」
 手近にあった酒吞童子を萃香に押し付け、自分は燗囃を開ける。せっかくだから呑めるものは呑んでおきたい。よくみると萃香の周りにはまだ見ていない種類の酒も転がっていたが、それは諦めることにした。杯の水気を軽く払ってから燗囃を注ぎ、口に含む。
 香田をより強くした感じ。味も香りも香田のそれを上回る。宴会の途中ならこれでも良いのだが、そろそろやめようという時に味が強くなるのは失敗だった。どうにも今日は順番を間違える。初めて呑むのだから間違いも何もないのだが、少し損した気分だ。そんなことを思いながら次の杯を注ぐ。
「なんかね~、これは外の世界でも珍しいって紫が言ってたよ~」
「私たちにとっては外の世界のお酒というだけでも十分珍しいわよ」
「まぁね~」
 呂律が少し怪しくなってきている。萃香を見ると、最初は座って呑んでいたはずだが今はふらふらと揺れながら酒を呷っている。杯すらその場に置いて瓶から呑んでいるという有様だ。これはいよいよもってそろそろお開きにした方が良いのかもしれない。三杯目を呑み干し、四杯目を杯に注ぎながらそう思う。もう少しこの酒を楽しみたかったが仕方ない。燗囃の残りを瓶ごと萃香に渡す。
「ふぇ?」
「あんたはそれ、私はこれを呑んだら今日は終わりにするわ」
「ふぁ~い」
 まだ半合ほど残っている香田を持って萃香に告げる。盃の燗囃と合わせて約三杯、萃香が瓶の残りを呑み干すにはちょうどいいだろう。そんなことを考えてまずは手元に注いである酒を呑む。
 燗囃の味はやはりしっかりしている。後味に甘みが残り非常においしい。これで最後と思うと惜しい気もする。軽く杯を払って香田を注ごうとすると軽く袖を引っ張られた。
「れーむー、私にもくれー」
 どうやら、もう瓶を空けたらしい。上目遣いに両手で自分の杯を拾い上げて差し出している。まだ二合半近くはあったと思うのだがあきれたものだ。いくらなんでも早すぎる。
「はぁ、仕方ないわね」
 溜息をついて杯に香田を注いでやる。残る半分を自分に。
「へへ、ありがと」
 照れたように笑う萃香を一瞥し、今日はこれで終いかと杯を口に持っていったところで、再び袖を引っ張られた。今度は何かと目を向けると、萃香が杯を持ったままいることに気付いた。
「ねぇ霊夢、乾杯しようよ」
「今から?」
 普通そういうのは最初にやるのではないかと思ったが、別にいいかと思いなおす。今日の酒盛りはどうせもともと常から外れているのだ。
「じゃあ、このおかしな酒盛りに」
「それでも付き合ってくれた霊夢に」
「「乾杯!」」
 杯がぶつかり合い、小さな音を立てる。ほぼ同時に杯を空け、夜空を見上げて一息。酒の、というよりもこの酒盛りの余韻に浸る。数秒ほどそうしていただろうか、少し強い風が吹いたのを機に立ち上がる。
「さ、片づけて寝ましょうか」
 返事が無いことを訝って隣を見ると萃香は既に寝ていた。いつもなら叩き起こしてでも片づけを手伝わせるのだが、暴れて余韻を乱すことは避けたかった。どうも何から何までいつもとは調子が違うようだ。どのみち朝早く起きて境内の掃除はするのだ、その時に片づけてしまえば良い。そうと決まれば後は寝るだけだ。井戸水を一杯飲んで厠へ行き、寝室へと戻ったところで思い出す。萃香をこのままにしておくわけにもいかない。もう一度縁側に戻って寝ている萃香に毛布をかけてやる。
「朝の片づけくらい手伝いなさいよね」
 寝ている萃香にそれだけ告げて再び寝室へと戻る。明日の準備はもう終わっている。禊や掃除など、朝の恒例行事は欠かせないが、午後は特に予定は入っていない。
「明日の午後は昼寝ね」
 そう呟いて、襦袢を脱ぐと布団に入った。
東方のキャラにはどんな酒が合うのか?
日本酒でやってみようと思ったのですが、どうにもキャラクターの多いこと多いこと

伊吹萃香にはそのスペルから『酒吞童子』を、そして酒造が『ハクレイ酒造』ということで博麗神社で酒を呑む萃香のイメージが出来上がりました。同じ酒造でも霊夢は名前のイメージだと『白嶺』が妥当かと思ったのですが呑んだことが無いので作中で描写できないために霊夢には『燗囃』を当ててみました。
お酒の味の描写に関しては私の個人的な感想ですので、イメージが違うということでしたら申し訳ありません。

二次創作というものは非常に久しぶりなのですが、いかがでしょうか?
ただお酒を呑む話がどれほど需要があるのか分かりませんが、楽しんでいただけたら幸いです。
また、感想などありましたら是非お聞かせください。

5/7 追記
コメントありがとうございます。
この作品を見て酒を呑みたいと言うコメントがとても嬉しいです。
通りすがりの酒好き
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コメント



0.310簡易評価
1.100名前が無い程度の能力削除
いい雰囲気ですね。
お酒が呑みたくなります
2.90名前が無い程度の能力削除
良い酒盛り話ですね。今日は久々に日本酒でも飲むか
4.80名前が無い程度の能力削除
良い雰囲気ですね
今日は酒盛りだ!
5.80名前が無い程度の能力削除
良いですね。
東方キャラ達はお酒が合いますよねぇ
7.90名前が無い程度の能力削除
酒の味はまだ知りませんが、静かな夜に月を眺めながらのものが、いかに美味いか作品から伝わってくるようです。
東方と酒はやはり不可分ですね。
8.90名前が無い程度の能力削除
しっとりとした空気と卓越したサケの知識に乾杯です。
10.100名前が無い程度の能力削除
なんか、大人だ・・・
12.70さとしお削除
お酒いいですねお酒
14.60奇声を発する程度の能力削除
お酒お酒
16.903削除
調べたら本当にハクレイ酒造なんですね。
雰囲気がとても良かったです。
お酒を飲みたくなりますね。