僕は今でもあの時のことを後悔していて、本当は誰にも言うつもりが無かったんだけれど、他ならぬ君だから話そうと思う。
どうか他言無用でお願いしたい。そして出来ればすぐに忘れて欲しい。あまりにも気味が悪くて、それでいて無意味で、今となっては手遅れな話だからだ。
それに、はっきり言うが、これを知ったところで君には何の得も無い。むしろ損をするだろう。聞かなければ良かったと思うだけだろう。
それでも気になるのかい?
続きを求めるのかい?
いいだろう、分かった。話そうじゃないか。小声で言うから、聞き取り辛いかもしれないけれど、勘弁してくれよ。
そうだな、どこから語ろうか。うん、大事なのは時期と場所だな。ええと、あれは……五~六年前だったかな。もっと前だっけ。まあいいか、とにかく僕が魔理沙の実家で世話になっていた頃だ。
当時の僕は魔法を勉強していた。魔理沙の親父さんに教わっていたんだ。彼は結構、その一帯じゃ名の通った方で、人間の中じゃ間違いなく一番の魔法使いだったね。
僕はとある事情でどうしても魔法の技術が必要になって、彼に頭を下げて弟子入りしたんだ。よほど見込みのある若者でなければ相手をしないと評判だったんだが、そこは僕の種族がいい方向に働いてくれた。半妖が魔法をどう扱うのか、に関して彼は興味があったらしくて、割とすんなりと師弟関係を結んでくれたんだ。まあ、これは結構どうでもいいことだ。
重要なのは魔理沙だ。当時の彼女は――髪も目も黒くて、そばかすがあって、少し太っていた。そして、大人しかった。由緒正しい魔法使いの一人娘だというのに、初歩的な魔法一つ使えなかった。親父さんが何度も何度も厳しく指導したらしいけれど、全く身につかなかったらしい。これでは跡継ぎなんて無理だと判断されたんだろう、魔理沙には誰も期待していなかった。娘というより、下女のように扱われていた。居候の僕に対しても、ペコペコとしきりに頭を下げてくるような、そんな子だった。卑屈、と言っていい。とにかく影の薄い娘で、突然いなくなっても、皆気にしないんじゃないかと感じた。だからあんなことが起きても、誰も気付かなかったのかな。
……続けよう。
僕は魔理沙を哀れに思った。彼女はどこにも居場所が無いように見えた。それは僕の少年時代と少し被った。僕は半妖だしね、昔は色々あったのさ。妖怪側にも人間側にもしっくりくる場所が無くて、結構寂しい思いをしたものだ。
僕は魔理沙に同情した。せめて僕だけでも、と努めて優しく振舞った。時々菓子を与えるとか、話を聞いてやるとか、その程度だったが。そして、それっぽっちの優しさにすら魔理沙は飢えていた。
僕達はすぐに仲良くなった。秘密の隠れ家なんかも教わった。僕としては、妹が出来たみたいで中々楽しかったんだが……魔理沙の方は違ったんだろうな。そうさ、我ながら残酷なことをしてしまったと、今は自覚している。
ええと、確か、そう。弟子入りして、何ヶ月か過ぎたある日、それは起きたんだ。霧雨さんは、僕に縁談の話を持ってきた。お相手は霧雨家と遠縁に当たる女性で、婿入りしないか、との事だった。そして、ゆくゆくは僕に霧雨店を継がせると言う。これは二人の人間にとって重要な意味があった。僕は将来、霧雨家の頭首となり、魔理沙はいよいよ直系の第一子でありながら、完璧に店の後を継ぐ可能性を失う。
霧雨さんは、「出来損ないの娘よりよほどお前は才能がある、俺はお前を息子のように思っている、だからどうかこの話を受けてくれ」と唾を飛ばしながら繰り返した。僕は、考えさせてくださいとその場は誤魔化して、取り合えず時間を稼ぐことにした。
さて、どうする?
悪い話じゃない。嫁さんを貰えて、大きな店の若旦那になれる。いつか自分の店を持ちたいと願っていた、それがこんなに早く実現するだなんて。
正直言えば少しそちらに思考が揺らいだりもしたけど、でも魔理沙の顔がすぐに浮かんだ。あの、暗くて寂しげな黒髪の少女。あの子はどうなるだろう?
ひょっとしたらこれから魔法の才能が開花するかもしれないのに、僕が跡継ぎの座を奪いとっていいのか? 余所者に家を乗っ取られて、魔理沙はどんな気分だろう? あの子、大きくなったら自殺しちゃうんじゃないか?
色々考えながら歩き回っている内に、何かとぶつかった。魔理沙だった。
その時の魔理沙の顔は、今でも忘れられない。ただでさえ地味で、どちらかというと崩れた顔立ちだったが、それを更に歪めて、ぐしゃぐしゃの顔で泣いていた。
「香霖、結婚するの?」
僕は何も答えられなかった。自分が原因で、小さな女の子を泣かせてしまったという事実に、胸が詰まってしまったんだ。言葉が出なかった。魔理沙はそれを、肯定の合図と誤認したらしかった。彼女は、狂ったように走り出した。
どこへ行くんだろう? まさか家出? 僕は青くなって、夢中で追いかけた。どこにこんな体力があったんだろう、と不思議なくらいこの時の魔理沙は速かった。
息を切らして、何度も足をもつれさせながら、僕達は森の奥へ奥へと進んで行った。その場所には、小さな祠がある。もはや名前も忘れられた、古い神が祭られている。また、そこは魔理沙に教わった秘密の隠れ家でもある。
そこで魔理沙を見失った。まるで神隠しのようだった。痕跡すら見当たらない。
僕は耳を澄ました。音で彼女を探そうとした。
すると、だ。祠の裏から、すすり泣く声と一緒に、呪文にも似た声が聞こえてきた。
神様おねがいします。香霖が結婚しないようにしてください。
神様おねがいします。香霖が取られないようにしてください。
神様おねがいします。香霖が誰かと結婚するのは嫌です。私、何でもします。何でもあげます。だから――
ああ、そうか、そうだったのか。魔理沙は僕を。魔理沙、ごめんよ、気付いてやれなくて。
僕がそこまで言いかけた時だった。森の最深部で眠る、忘れられた筈の古い祠から、重く、響き渡る声がした。
『良かろう。その願い、引き受けた。だが、贄はお前だ。娘、お前を貰う』
幻聴、かと思った。
しかし、確かにその瞬間、僕でも魔理沙でも無い何者かの気配を感じた。
僕は鳥肌が立った。
ここに長くいてはいけないと確信した。魔理沙に、帰ろうと促した。促したのだが、
「誰だ、お前は」
「私? 私は魔理沙だぜ」
そこには、魔理沙ではない誰かがいた。魔理沙を名乗っているが、さっきまでそこにいた魔理沙の面影一つない、美しい娘だった。髪は金色に輝き、瞳も西洋人のような色をし、気の強そうな表情でこちらを見据えてくる。そばかすなんて一つとして見当たらない肌は、どこまでも白く透き通っている。
およそ人間離れした、有り得ない美貌。
僕は、恐怖した。何かの妖怪に、化かされたと思った。
「魔理沙! 魔理沙! 本物の、魔理沙はどこだ!」
叫びながら、叫びまわりながら、森の中を延々と走ったけれど、ついにあの黒髪の魔理沙は見つからなかった。僕はすっかり脱力して、幽鬼のようにふらふらと森を出た。
一刻も早く休みたかった。
霧雨店が見えてくるまで歩くと、少し気分が落ち着いてきた。ただいま、と声を出そうとして、そこで、出会ってしまった。
「よ。遅かったな」
先ほど現れた、金色の髪をした美しい少女。魔理沙を名乗る何者かが、僕の前に立っていた。
「なんだ、お前は……どうやってここに着いた」
「どうやって、って。魔法で飛んできたんだぜ? 先回りってやつだ」
この程度、初歩の初歩の魔法だろ、と金髪の少女は笑った。ぞっとするほど可憐な笑顔だった。隣には、霧雨の親父さんが立っていた。
「霧雨さん……妖怪です。こいつは妖怪です。かなり強力なやつだと思う。見た目は幼いが、騙されないようにして下さい」
「あん? 妖怪? 何を言ってるんだ、霖之助? こいつは、魔理沙だぞ。俺の、娘だぞ?」
霧雨さんは言った。愛おしそうに、魔理沙を名乗る少女の頭を撫でながら。
「何を……馬鹿な……こんなことが……」
「うん? 今日はまた、随分とぼーっとしてるな? そんなんじゃいかん、いよいよ魔理沙に追い越されちまうぞ」
魔理沙は才能があるからな、と霧雨さんは自慢げに言った。
僕の中で何かが壊れた。
僕は何もかも信じられなくなって、確かめたくて、その場から逃げ出して、でたらめに聞いて回った。
魔理沙って、どんな娘ですか? 貴方の認識を聞かせてください。
「ああ、よく出来た娘よね。あの年でもう幾つか魔法を使えるみたいだし」
「えらいべっぴんさんだよなあ。親父さんに似ないで、綺麗な金髪しとるが、あれがまたよく似合ってる」
「おいおい霖之助さん、大丈夫かい? 顔色が悪いぜ?」
僕は、勇気を振り絞って最後の質問をした。
「僕の縁談話って、どうなりました?」
「縁談? なんだいそれ?」
「ほら、僕が霧雨家に婿入りして、後を継ぐっていう……」
「そりゃ、あんたの願望かい? 酒でも飲んでるのか? 霧雨店は、魔理沙ちゃんが継ぐんだろうが。あんなに優秀な子はそういないよ。ところで、霖之助くんの縁談話って、何かの冗談かい? そういうの、若いのの間で流行ってるのかな?」
誰も、黒髪の魔理沙は覚えていなかった。そんな娘は、初めからこの世に存在していないかのようだった。
ああ、長話をして疲れたよ。今聞いたことは、誰にも言わないように。特に、魔理沙にはね。
僕はようやく、今の魔理沙を少し好きになれてきたところなんだ。
また魔理沙の姿が変わるなんて、ごめんだからね。くれぐれも魔理沙が、神に祈りたくなるような真似をしないでくれよ。
きっとこの魔理沙は家をつぐことはないし、香霖の心配するように神に祈ることもない気がします
だってそんなことは願ってないんですから
新しい設定でかなり新鮮です。が、公式というものがあるので「オリ設定」タグをつけることをオススメします。
香霖的には黒髪魔理沙が偽物魔理沙に乗っ取られるし、縁談や後継の話がなくなるし
願いが叶っていれば結婚出来ないはずだしなんとも言えないでしょうね なにより黒髪魔理沙がいなくなって切ない
ひょっとしたら、不幸な魔理沙が幸せな魔理沙になったと思うことでなんとか納得しようとしているのかも知れません
単なるミスだから直したんだぜ
あとがきで台無しな感じ、うん。
ちょっと卑屈と内気を消して、欲に積極的になる様に弄れば後は本人次第か
魔界魔理沙がこちらへ、こちらの魔理沙は魔界へ……その後の行方は……
じゃなきゃ、香霖なんて屋号由来のあだ名で呼ばないでしょう
まさかこの作者さんの作品で恐怖の感情を覚えるとは思わなんだ
……作者コメント以外は。
色々と設定を無視している気がしますが、二次創作ではささいなことかもしれませんね。