Coolier - 新生・東方創想話

博麗霊夢は想い焦がれる

2013/03/12 19:36:58
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 博麗霊夢は知っていた。
 自分のレミリアへの想いを。
 博麗霊夢は理解していた。
 その想いが、自分にとってどんなに大切かを。
 それ故に、だろうか。こうして八雲紫から問い詰められるような視線を受けても、まるで動じる気がしないのは。
 博麗神社。先日の宴会騒ぎも遠い昔のように感じる今は、空気が張り詰める緊張感しか漂っていない。背の低い丸机を挟んだ少女二人の視線は互いに険しく、真一文字に引き締められた唇はぴくりとも動かなかった。
 日が沈み始めた頃突如として居間に現れた紫は、そのまま何も言わずに正座した。縁側でお茶をすすっていた霊夢はこれに応え、紫の分の茶を出してやるも当の本人はそちらには一向も目をくれず、視線は霊夢を真っ直ぐ捉えているだけだった。
 ようよう、いつもの気紛れではないと悟った霊夢も、開け放した障子をそのままにして紫の対面に座る。
 それから幾ばくか。とっぷりと暗くなってしまった外は月明かり一つないせいか、どこまでも闇が続いているような錯覚を起こす程に静かだ。
 相変わらず、紫は何も喋らない。神社に現れた時と同様、霊夢の瞳からわずか一瞬たりとも視線を外さない。
 心当たりがある霊夢はそれを受けて、何か発するわけでもなくただ待った。彼女が言わんとしている言葉、それが口に出されるのを。
 一体いつまでそうするつもりなのか。二人のお茶は既に冷え切っていた。湯呑みの底に茶葉が沈殿していて、口を付けた形跡一つすら見られない。
 庭先で、風が吹く音が聞こえた。植えてある一本木が葉を揺らす。外の闇が濃くなった気がした。

 「霊夢」

 小さな溜息と共に、紫が名前を呼んだ。

 「何」

 答える声は素っ気無い。あるいは、警戒しているのか。
 紫は視線を外し、出されたお茶に手を出した。喉が鳴る音が居間に響き、その時になって初めて霊夢は自分の喉が渇いている事に気付いた。

 「貴方がこの先、どうしようとそれは貴方の勝手。その結果貴方がどうなるか、それすらも貴方の勝手。貴方には、貴方のやりたいようにやる権利があります」

 霊夢は沈黙をもって続きを促す。

 「しかし、貴方は博麗の巫女。博麗という名を背負う者」

 それは、理解しているわね?
 言葉にしなかった部分を確かに聞き取って、霊夢は黙って頷いた。
 その動作を確認した紫も小さく頷くと、鋭くしていた目を少しだけ緩める。

 「私は貴方の変化を、快く思っています。他者を想う事が出来る者は、この世界も想う事が出来る。自分と相手が共存できるこの幻想郷を守る……、その意志がより強固な物となるでしょう」

 紫の言葉を聞いた霊夢は、少し肩透かしを食らった気分だった。巫女としての自覚がどうの。そんな話になると思っていたから。今の話も十分その範疇に入るとはいえ、どちらかと言えば褒められているような気がした。
 だからだろう。霊夢は次の紫の言葉に、有無を言わせぬ凄みを感じ取った。

 「ですが、もし。貴方が博麗としての自分を忘れ、そこらの人間と同様の行動を取るのであれば」

 お茶を飲む音が響いた。紫は言葉を切った後、湯呑みを空にして静かに霊夢を見詰める。
 背中に嫌な汗が流れるのを感じ、霊夢はとっさに身構えてしまった。
 かたん、と。空になった湯呑みが倒れる。
 視線を奪われたその刹那に、八雲紫の姿は影も形もなくなっていた。



 今朝の太陽はいつもより眩しい気がした。そんな事があるわけ無いのだが、まるで誰かの意思が働いているかのように雲一つ見えない。晴天とは正にこんな空を表すのだろう。
 この天気では、あいつは来ないかもしれない。
 翼の生えた、紅を名乗るくせに色んな意味で真っ白な少女の姿を思い描く。からかうと直ぐに赤くなるところはその名に恥じないかもしれない、とぼんやり考えながら、霊夢は手に持った竹箒を漫然と掃き続けていた。
 やる気のない掃除姿は常の事だったが、今日はいつもよりその色が濃い。照り付ける太陽を退治してやると言わんばかりの形相で見上げる姿は、他人が見たら冷たい物でも差入れしたくなる光景だった。実際は暑さではなく、待ち人が来るか来ないかの心配をしているだけなのだが。
 まだ朝方だし、と気を取り直して掃除を続ける霊夢。あいつが昼間に来る時は、いつも日光が弱くなった時間帯なのだから、今から気を回していても気疲れするだけだ。
 黙々と石畳を掃き続け、ようやく一段落した時。
 最も嬉しくない来客が飛んでくるのを見付け、霊夢はうんざりとした。せっかくの掃除が終わって晴れ晴れとした気分が台無しである。
 鳥居を潜って来たのは、紅魔館のメイドだった。彼女は爽やかな笑顔で挨拶する。

 「おはよう、霊夢。お嬢様から貴方に届け物よ」
 「あんたが直接来い、って伝えときなさいよ」

 その挨拶すら無視して苛立ちをぶつける霊夢。咲夜が持ってきた包みをひったくる様にして受け取った。呆れ顔のメイドを見て少しその表情を緩めると、小さく挨拶を返す。視線を逸らして、不躾な態度を誤魔化すように掌サイズの包みを軽く振ってみた。

 「この天気じゃ無理に決まってるでしょ。というか、振らないでちょうだい。中身は茶葉なんだから」

 言われて、振っていた包みを大事そうに抱え直した。先日のあいつとのやりとりを思い出して、顔がほころぶ。吸血鬼のくせに、律儀な奴だ。

 「わざわざありがとね。掃除も一段落着いたし、上がって行かない?」

 竹箒を無造作に転がすと、言うだけ言って神社に向かって歩き出す。ちょうど休憩にしようと思っていたし、話し相手がいると時間の流れも早く感じていいだろう。咲夜が使いとして来た時点であいつが来るかどうかは怪しくなってきたものの、今日という一日はまだ終わりじゃないのだ。ゆっくり待つとしよう。

 「お言葉に甘えて、お邪魔しようかしら。お嬢様からも霊夢によろしく、って言われてるし」
 「……今日は来ないの? あいつ」
 「来て欲しいの? お嬢様に」

 背後からくすっ、と笑う声が聞こえた。
 途端に不機嫌そうな声を出す霊夢。

 「別に。いつもは自分で来るくせに、使いを出すんだもの。今日は来るのか来ないのか、それだけよ」
 「もう少し天気が『良く』なれば行きたい、って仰ってたわよ」
 「そう」

 行きたいと言っていた。
 その言葉が霊夢の胸を躍らせた。気取られないように振舞うが、きっとこのメイドにはお見通しなのだろう。
 かといって、わざわざそれを隠す理由も無いかもしれない。霊夢は居間に招いた咲夜に、玉露を振舞った。それを見た咲夜が苦笑する。

 「意外と現金なのね」
 「何が? たまたま昨日貰ったのよ。一人で飲むよりは、誰かと飲んだ方がいいでしょ」
 「貴方の口からそんな言葉が出るなんてね。ありがたく頂きますわ」

 障子を閉じた居間は薄暗い。太陽の光が差し込むのもどこか物足りず、しかしこれを苦手とする少女を思い浮かべてはもっと暗くてもいいか、などと考えていた。そんな自分の思考に、飲んでいた玉露を机に置く。
 自分で思っている以上に、あいつの事を考えているのかもしれない。
 そう思うと少しだけ嬉しかった。今まで他人を強く想った事が無い分、人並みにあいつの事を想っているのかどうかすら不安だったが、少なくとも居間に入り込む陽光だけであいつの事を考えるのだ。自分はそれなりにあいつを想っているのだろう。
 考えながら、自分で淹れた玉露に舌鼓を打った。やはり高い物は違う。
 そこでふと気付いた。先日あいつにくれてやった茶葉。約束通りなら、あいつは咲夜の淹れた茶を口にしていない筈だが。
 霊夢は咲夜を見つめ、口を開いた。

 「ねえ。この前あいつに茶葉あげたんだけどさ」
 「緑茶ね。その節はありがとう。中々美味しかったわ。妹様も喜んでたし」

 姉妹揃ってお茶好きか。西洋の妖怪といっても、意外とそんなものかもしれない。
 あいつが紅茶、フランドールが初めての緑茶。二人してお茶を愉しむ姿を想像して、霊夢の口角がわずかに上がった。しかし、玉露の味わいを楽しむ咲夜の暢気な言葉でそれは吹き飛んでしまう。

 「お嬢様も美味しそうに飲んでたしね」

 お嬢様も。美味しそうに。
 そんな馬鹿な。約束したのに。
 口にしていた玉露を咲夜に向かって噴出しそうになるが、どうにか堪える。そんな勿体無い事をしては、一生分後悔しても後悔したりない。
 かろうじて噴水になる事だけは避けたが、次はありもしない、あって欲しくもない情景が頭を埋め尽くす。
 お茶を淹れる咲夜と、その緑茶を楽しそうに飲むあいつとフランドール。
 聞きたくない、けど確かめなければならない、だが答えて欲しくもない。そんな矛盾した感情を隠しきれない様子で、霊夢は咲夜に訊ねた。
 
 「咲夜。それ、誰が淹れたの?」
 「美鈴。昔、大陸にいた頃に扱った事があるんですって」

 その答えを聞いて一瞬安堵する。が、すぐにあの約束を思い出して、激しい衝動に襲われた。
 そういう意味じゃないんだよっ!
 この場に当人がいれば、そう叫んだ後その首根っこを掴んで口から泡が出るくらいに振り回していただろう憤りに悩まされる。本人がいなかったのは不幸中の幸いだが、霊夢としてはやり切れない。鬼の力でも壊せない金庫に幾重にも結界を重ねて厳重に鍵をかけたと思ったら、貯金どころか財布も一緒に金庫に入れていた、そんなやり切れなさ。
 忸怩たる思いに襲われた。思わず机に拳を振り下ろしてしまう。どうしてそんなに鈍感なんだ。
 お茶を淹れる対象を、咲夜一人に絞ったのがいけなかったのか。しかし、それ以外に何と言えばいい?

 私が淹れたお茶以外、飲むな。

 ……無理だ。それは、ちょっと、流石に。ストレート過ぎるというか。恥ずかしさが勝ち過ぎる。幾ら鈍感吸血鬼とはいえ、そこまで言えば自分の気持ちに気付いてしまうかもしれない。
 数々の難異変を解決してきたこの博麗霊夢にも、解き明かす事が出来ない問題があるなんて。
 このまま机に突っ伏してしまいたい欲望に駆られながらも、顔を伏せるだけに止めた。
 咲夜がいる前でそんな姿を見せては、あいつにもその姿を見られる気がして。
 声に出さずに、唸り声を上げた。

 「どうかした? 貴方も美鈴の淹れたお茶が飲んでみたいとか?」

 その様子をどう誤解したのか、何一つ動じてない様子の咲夜が聞いてきた。首だけ振ってそれに答えては、どこかの門番が裸足で逃げ出しそうな低く重い言葉を呟く。

 「……そう。あの居眠りの。太極拳の。ほんなんとかが」
 「今、美鈴って言ったばかりじゃない」

 そんな事はどうでもいい。問題なのは、あいつが、私以外が淹れたお茶を飲んだのが問題なのだ。いや、もっと問題なのは、それを飲んだあいつが「美味しい」と言ったことだ。
 ふつふつと、黒い衝動が湧き出しそうな霊夢。その姿を面白そうに笑って見ていた咲夜が、そういえばとばかりに付け加える。

 「その時、お嬢様はこんな事も言ってたわね。『霊夢が淹れてくれたお茶が一番美味しい』って」

 ぴく、と霊夢の肩が跳ねる。
 それを見ては、いよいよ顔に広がる笑みを抑えきれなくなる咲夜。

 「それを聞いた妹様が、お嬢様に自分も飲みたいと仰ってね。でもお嬢様は、『霊夢のお茶を飲んでいいのは私だけよ』と言って頑として譲らなくて。最近はお二人とも仲が良くて、私としてもやりやすくて助かるのよ」

 後半のくだりは全然聞いていなかったが、あいつが自分の淹れたお茶を、一番美味しいと言っていたらしい事ははっきりと聞こえた。自分の淹れたお茶は、あいつだけが飲んでいいと、そう本人が言っていたらしい。その大切な部分を頭に刻み付けた霊夢は、ゆっくりと顔を上げる。
 表情は変わらず仏頂面に近かったが、口元がわずかに緩んでいるように見えた。

 「ふん、お子様なんだから」
 「あら、嬉しくないの?」

 予想通り直ぐに立ち直った霊夢を見て、からかうように咲夜が問う。
 対する霊夢は落ち着いたもので、湯呑みを傾けながら笑ってみせた。

 「お茶ぐらい、誰にだって、いつだって淹れてあげるわよ」

 そう言って喉を鳴らす霊夢。その表情はいつもより柔らかい気がした。
 咲夜が淹れたお茶は飲んでないのだ。約束は守ってくれた事にする。
 感心半分呆れ半分の咲夜は内心で舌を巻き、それ以上霊夢をからかうのを止めにした。




 その日のお昼時。とっくの昔に帰った咲夜が残していった、包みを開けてみる。
 中身は言われた通り茶葉だったが、色が少し赤い。香りを嗅いで、それがいつも飲んでいる茶の類ではないと直ぐに悟った。
 紅茶の淹れ方なんて知らない霊夢はさてどうしようかと腕を組み、あいつが来たら淹れさせてみるか、と顔に笑みを浮かべて茶葉を包みに戻した。
 結果から言えばその日は一日中恨めしいくらいに晴天で、それを苦手とする吸血鬼が神社に訪れる事は無かった。それが面白くない彼女はつまらなさそうに居間で胡坐をかき、庭先をぼんやりと眺めていた。
 夕焼けが山の向こうに消えていく。涼しい風が髪をさらううっとうしさに目を細めた。
 狭くなった視界に映るのは庭、木、山、そして空。雲が無い事に疑問を抱いたのは初めてだった。
まだ陽光の残り香がする畳を掌で撫でる。頭の中で、もっと別の何かを欲していた。
 風が吹き抜ける音が耳元で響く。少しだけ寒いと感じた。
 霊夢は決断した。
 思い立ったが吉日。その言葉が持つ意味以上の早さで身支度を整え始める。まだお風呂に入っていなかったが、今から入浴なんてしたらせっかくの気概が萎えてしまいそうな気がして後回しにした。一日履いていた足袋を脱ぎ捨てて、洗濯したての綺麗なそれに履き替えた。しわが目立つ巫女服を丸ごと交換し、鏡の前に立って髪型を確認する。
 そこに映っていたのは、初めての経験を前にどこか強張った顔の少女だった。
 理由付けに手頃な一升瓶を鷲掴み、外に出る。外気を胸一杯に吸い込んで、ゆっくりと吐き出した。
 寒い夏の日を思い出す。うっすら紅い霧に覆われたあの時は、まさか自分がこんな事になるなんて思いもしていなかった。スペルカードルールが制定されて以来、初めての異変。出逢いは運命でも何でもなく、巫女としてなんてことない、いつもの日常の延長線だった。
 真っ白な服に薄い蒼髪、蝙蝠を彷彿とさせる黒い翼。不敵に笑うでもなくただ可憐に佇んでいた吸血鬼は、自分が懲らしめるべき対象の一人に過ぎなかった。
 森を抜け、湖を越える。
 反芻したい記憶など、それしか無い。
 幻想郷でも特に歪な色合いを醸し出す紅魔館が、月の光を浴びて輝いているように見えた。

 「霊夢さーん」

 真っ直ぐ最上階の部屋を目指そうとして、しかし足元から自分を呼ぶ声が聞こえて急停止する。
 見下ろした先にいたのは、件のほんなんとかだった。実に平和そうである。あの野郎。
 ゆっくりと地に降りる。せっかく着替えてきたというのに、それを一番最初に見たのが美鈴だったという事実が気に食わない。

 「何。忙しいんだけど」
 「え、っと。ご、ご用件は何でしょう?」

 異変の時以上に険しい顔付きに加え、肌を突き刺すような鋭い声音に萎縮する美鈴。
 平時の時からこんな調子なのかな、と、機嫌を損ねてしまわないよういつもよりずっと丁寧に質問した。
 首を傾げる、というよりは準備運動で首を鳴らした様子の霊夢が片手を上げる。その手に掴まれているのは、一升瓶。

 「見て分からない?」
 「み、見て分からない、です」

 応戦体勢、というよりはいつでも逃げられるように構えた美鈴が精一杯の愛想笑いで応対を続けた。両の眼が酒瓶を捉えたのは一瞬だけ。

 「その、パチュリー様から、もしも霊夢さんがお嬢様を訪ねて来た場合、まずは自分の所に寄越すように、と」
 「パチュリー?」

 自分限定の妙な注文に、今度は純粋に首を傾げる霊夢。縮こまる小動物のような門番に毒気を抜かれ、一先ずその意味を考えた。
 どうせ、あいつの事だろう。
 自分と魔女の間にある共通点なんて、そのくらいしかない。霊夢は深く考える事も無く美鈴に頷くと、全身で安堵を表す少女の横を通って図書館へ向かった。
 相変わらず趣味の悪い廊下を進み、地下へと続く階段を下りて行きながら、自分は何をしにここまで来たのかを思い出して引き返したくなる。少なくとも、パチュリーに会いに来たわけでは絶対に無い。
 馬鹿らしい。
 だが、そう思うのが遅かったか。気付けば図書館入り口に立っていた。
 溜息を吐いて、頭を掻く。
 見た目よりずっと重い扉を押した。音がしないのを不思議に思ったが、快適な読書を楽しむ為の魔法かもしれない、と考えて納得する。魔理沙の話では、本ばかり読んでいるらしい。
 開けた時と同様、扉は音も無く閉まった。少し室内を歩けば、すぐにカビ臭い匂いが鼻を突いた。帰りたい。寧ろ帰ろう。パチュリーの「所」には寄ったし。
 即断即決した霊夢が踵を返し、その扉に手をかける。入室の時に押したのだから、自然と取っ手を引くもびくともしない。
 これだから西洋は、などと毒づいて取っ手を押そうとして、しかし扉が開く事は無かった。
 霊夢の思考が一瞬で冷えた。パチュリーの仕業。
 その意図までは分からなかったが、こんなおかしな真似が出来るのはあの魔女くらいなものだろう。
 改めてパチュリーの用が何なのか考えてみる。閉じ込めるという事は、まず他人には話せない内容。気紛れでこんな事をする程、何も考えていない奴じゃなさそうだった。ではその内容は? 大した接点も無い自分と、一体何を語ろうというのか。弾幕。あいつを訪ねて来ただけの自分とそれをする理由が無い。魔法の実験。あいつに会いに来た、そんなタイミングで行う実験なんてあるのだろうか。では、もっと単純に、警告。或いは忠告。何の? いつもはあいつから自分の所に来るのだ、その逆で自分が来たからといって今更忠告するような事なんてあるとは思えない。
 答えの出ない堂々巡り。定まらない道筋が、感情を逆撫でする。
 自分はこんなカビ臭い場所に閉じ込められる為に来たのではない。あいつに会いに来たのだ。
 元々直感で動く巫女。考えるのは直ぐに放棄した。
 眉間に力がこもる。扉の取っ手を力任せに壊そうとして、微量ながらそこに魔力が宿っている事に気付く。手を離した。

 「来てそうそう帰ろうだなんて。そんなにレミィに会いたいのかしら」

 背後から、久方ぶりに聞いた幼い声がかけられる。いらいらを隠しもしない様子で振り返り、視線を合わせた。

 「門番といいあんたといい、見て分からないの?」
 「分かるから聞いたのよ」

 ぴき、と。青筋が立つのを自覚した。おちょくられるのには慣れてない。
 さっさと用件を聞いてここを出るか。少し痛い目に合わせてからここを出るか。
 霊夢の気持ちが後者に傾きそうになった時、魔女は視界から消えていた。
 視線は外していない。冷静になるように努めながら周囲を見渡せば、存外すぐ近くで椅子に腰掛けていた。
 パチュリーは目線で霊夢にも座るように促す。有無を言わさない、異変の時とは違う雰囲気がそこにはあった。
 魔女から少し離れた場所にも椅子が置いてあり、誘導されているような気がしながらも霊夢は大人しくそれに従った。
 霊夢が座ったのを確認してから、パチュリーは口を開く。

 「さて。博麗霊夢。まずは目的を聞かせて貰おうかしら」
 「あいつに会いに来たのよ」

 あまり口に出したくは無かったが、結局用件を聞いて早々に切り上げる事にした霊夢は正直に答えた。

 「そうでしょうね。それで、何故レミィに会いに来たのかしら」

 まるで詰問のようなその口調。必然、霊夢は口を尖らせて答えた。

 「あんたに関係があるわけ? いいからさっさと本題を話しなさいよ」

 片手に持った一升瓶が揺れる。自分はいつからこんなに落ち着きが無くなってしまったのか。
 本題、という言葉に反応して、魔女の瞳が細くなった。虚空を眺めるようなその眼差しは、真っ直ぐ霊夢の瞳を射抜いてきた。

 「短気ね。レミィに嫌われるわよ」

 その言葉を聞いた時。我慢の限界を感じた。

 「喧嘩売ってるの、パチュリー……!」

 腰を浮かせて射抜き返す。抑えきれない憤りが霊力となって全身から溢れ出し、光を放ってカビ臭い空気を振るわせた。背後の本棚ががたがたと慄く。全身が煮えたぎっているかのように熱い。弾幕などというもどかしい物を介さなければならないのが煩わしい。
 霊夢の霊力に当てられて、床にまで届きそうな紫髪が舞い上がる。気を抜けば吹き飛ばされてしまいそうな圧力を前にして、魔女は小さく笑った。
 心配事が杞憂で終わり、安心したかのような、そんな笑み。
 それを見た霊夢が我に返る。らしくない、こんな事で怒りに身を任せてしまうなんて、どうかしている。
 荒々しく椅子に腰を戻した霊夢。魔女を見る目は、剣呑さが薄れていた。

 「本題に入る前に。レミィの話をしてもいい?」
 「好きにすれば」

 言葉こそ素っ気無かったものの、その口調は柔らかだった。
 パチュリーは一度深呼吸してから、小さな唇を震わせた。

 「レミィは私の親友なの。私もレミィの親友でいるつもり。私にとっては初めての友達と言える存在で、かけがえのない大切な友人だわ。親友だから、なんて関係ないかもしれないけど。彼女が楽しいと私も楽しくなる。彼女が笑うとつられて私も笑ってしまう。悲しい時、寂しい時、辛い時、いつでも傍にいてくれた彼女は、励ましたり元気付けたり笑わせようとしてくれたり、私に一所懸命だった。レミィがいてくれるだけで無根拠な楽しさが生まれる。それは今も変わらない。私も彼女にとって、そういう存在になりたいと思ってる」

 霊夢は黙って聞いていた。パチュリーの話に出てくる、自分の知らない吸血鬼を想像しては、胸が暖かくなる感覚が心地良い。

 「私にとってのレミィはそういう存在。一言では言えない、言い表したくない存在」

 そこで魔女は、二度目の深呼吸をする。喘息持ち、という話だったから、こんな風に一気に話すと辛いのだろう。
 彼女の呼吸が落ち着くのを待つ。その間も、霊夢は一言も発しなかった。

 「博麗霊夢。貴方にとってレミィがどういう存在なのか。それを私は問わない」

 問う権利も無い、と続けて、パチュリーは深い呼吸を繰り返す。

 「博麗霊夢。ただ私は、レミィに対して中途半端な事をして欲しくないだけ」

 ここに至って、ようやく霊夢は口を開こうとする。しかし、その続きは遮られた。

 「貴方自身のレミィに対する想い。レミィとどうなりたいのか。レミィにどう思われたいのか。レミィという吸血鬼と、どう向き合うのか。それは貴方の好きにすればいい」

 それは、どこかで聞いた覚えがある内容だった。

「ただ、中途半端な真似をして、レミィを傷付けるのは絶対に。絶対に、許さない」

 パチュリーの視線が、責めるように霊夢を捉えている。
 忠告、とも取れるその言葉を聞いていた霊夢は目を閉じた。
 今すぐその言葉に答えるような事はしない。
 ただ、言わなければいけない事は分かっていたし、知っていた。その筈だった。

 「分かってるわ、そんな事。私があいつを傷付けるような事、する筈がないじゃない」

 そう口にした霊夢本人が、驚愕した。目を見開く。自分の声が、震えていたから。
 一方で、それを聞いたパチュリーは至極冷静だった。まるで、最初からそれを自覚させる為の言葉だったとでも言わんばかりに。
 二の句を告げないでいる霊夢。視線が定まらなかった。自分の気持ちは、自分が一番良く知っている。そう思っていた。信じていた。なのに、どうして今、自分はこんなにも動揺しているのだ。
 パチュリーが、霊夢の自信を打ち砕く。

 「それなら、何故。貴方はまだ『博麗の巫女』でいるのかしら」

 全ては思い込みだった。自分は、何一つとして理解していなかった。

 「答えが出るまで、レミィに会うのは止めてくれないかしら。今の貴方のままだと、レミィは必ず傷付く」

 言葉が出てこない。汗が止まらない。震えが治まらない。思考が擦れていく。
 全てを話し終わったパチュリーは図書館の出口へと向かった。小さな掌を扉にかざすと、一瞬にして巨大な魔方陣が淡い発光と共に映し出され、細かい粒となって消えていった。
 重い音を立てて扉が開かれる。
 座ったまま立てないでいる霊夢へと、パチュリーが視線を向けた。

 「さて。霊夢。お帰りの時間よ」

 返事は無い。
 鉛のように重くなった身体を引き摺るようにして歩く少女の姿は儚く、今にも消え入りそうだった。
 彼女の意識から抜け落ちたかのように置き去りにされた酒を魔女が眺める。巫女が去り、扉が閉まった。魔女の視線は頭上に向けられ、その両手が祈るように組まれそうになり、寸前で動きを止める。両手を重たそうに垂らした魔女は、一度だけ霊夢が去って行った扉を見ると咳き込みながら本棚の影に消えていった。




 博麗という名前には、大きな意味では二つの宿命が架せられていた。
 一つは、幻想郷を幻想郷たらしめる、博麗大結界の使い手にして守り人。現実たる「外」と、幻想たる「内」の境界を作り出す、なくてはならない唯一無二の結界。これを放棄する事など、出来る筈がない。
 一つは、妖怪と人間との均衡を保つ為の、絶対的な強さ。異変に限らず悪さをする人外の歯止め役。どこの勢力にも属さず、単体であらゆる脅威を払う人里最強の戦巫女。
 そういった存在であるが故にか、彼女は幻想郷の全てに対して平等だった。情けはかけない。想いは寄せない。全ては幻想郷という楽園を生存させる為の、無意識な自己防衛か。特別扱いは、幻想郷を滅ぼすきっかけとなるかもしれない。特別な感情は、博麗の巫女としての役目を全うする障害になるかもしれない。
 誰に定められたわけではない。恐らくは、自然とそうなった。或いは元来がそういう気質だったのかしもれない。
 博麗霊夢は、誰に対しても特別な感情を抱かなかった。抱こうとも思わなかった。
 それが変わったのは、いつだったか。
 「特別」という言葉が気が遠くなる程自分とは無縁な場所にあったのに、気付けばそれに捕らわれていた。一度自覚してしまえばそれは病よりも早く心を蝕んで、常に変わらない筈だった一日一日を喜びと寂しさによって埋め尽くしていく。
 欲望よりも歯止めが効かない、感情という魔物は容易く自らを変えてしまい、その変化に浸かる幸福に憑かれてしまう。
 いつどこで、どうしてそうなったのは分からない。
 しかし、意識にしがみ付いて片時も忘れたくないと思える存在だけは分かっていた。
 目を閉じればその姿が浮かんでくる幼い少女。笑うと赤い唇の隙間から小さな牙が覗く吸血鬼。あどけない風貌にはそぐわない大人びた口調、子供っぽい言動ばかりかと思えばふとした拍子に理知的な発言をする意外な一面。自分の身体より大きな翼を広げ紅い月の下で弾幕に興じる妖しさと、褒められるとすぐに調子に乗る単純さが美しくて、真っ直ぐ過ぎて。そして、いつの頃からか自分にだけ見せるようになった表情が。
 博麗の巫女に、「特別」を教えてくれたのだ。
 それは解いてはならない封印を解くかのような禁忌に感じられ。月の出ない夜に棺を暴くかのように倫理から外れている気がして。
 それでもそれは、厳しい冬が終わり待ち遠しかった春が訪れた時のように暖かくて。真っ暗で方向さえも分からなかった闇の中に一筋の光が射し込んだかのように救われた気がして。
 頬を濡らす冷たい水の哀しさも、忘れさせてくれるのに。
 あいつを特別に想う今が、息も出来ない程苦しかった。
 博麗はその存在意義から、特別な感情を、特別な存在を作らない。作ってはいけないわけじゃない。より正確に表現するなら、作れないのだ。分からないと言い換えてもいいかもしれない。
 今までがそうだったから、舞い上がっていたのだ。
 世界が変わる程の感動を、捨てたくなかったのだ。
 今までは気付いていても気付かないふりをしていた、博麗の巫女が「特別」を持つという意味。
 妖怪の賢者から遠まわしに言われても自分を騙せたのに。
 紅魔の賢者があいつの事を持ち出しては自分を誤魔化す事さえ出来ない。
 この感情に嘘は無いのだから、あいつが傷付くと言われて黙っているわけにはいかない。
 気付いたなら、思慮深く考え、そして静々粛々と行動しなければならない。
 考える必要も無いくらいに、博麗の巫女がどうしなければならないのか、分かっているからこそ。
 諦めきれない、諦めたくない気持ちを押し殺してでも成さなければならない事があるのだ。
 大粒の雨が降る。なんてことはない風が、頼りない身体を攫ってしまいそうだった。
 神社に戻った博麗霊夢を迎えた、奉納と書かれる賽銭箱が彼女の足で砕けた。破片が爆ぜる。視認出来なくなるまで破壊されたそれは、巫女の背中で暫く漂った後、風に巻かれて高く高く昇って行った。





 霊夢が初めて自分からレミリアに会いに行ってから、数日。
 博麗神社の鳥居の柱に、「吸血鬼お断り」と書かれた看板が立つようになった。
 神社裏の森で適当に採取してきただけの古びた木材を、適当に形を整えて投げやりに書き殴ったような文字が参拝客を出迎える。往々にして、それを見た者は人妖問わず同じ疑問を抱いた。何故吸血鬼限定なのか、と。
 これを書いた人物と、この吸血鬼が誰の事を指しているのか知っている者は、まるで禁句の単語をあらかじめ警告するかのような一文を見て察した気持ちになり、わざわざ巫女に吸血鬼の事を尋ねたりするような真似はしなかった。
大抵が、どうせ他愛の無い喧嘩だろう、関わるとめんどうな事になるだけ、と傍観を決め込む。
 そう考える気持ちを理解している霊夢の作戦は、まずまず成功したと言えるかもしれない。一部、暇そうな魔法使いやネタに飢えてそうな鴉天狗などが面白半分で尋ねてきたが、いずれも陰陽玉をチラつかせるだけで黙らせる事が出来た。

 看板を立ててから、一週間が経過した。その間、レミリアが神社に来た形跡は一切見られなかった。
 境内を掃除しながら、室内を掃除しながら、料理をしながら。修行をしながら、札を作りながら、座禅を組みながら。およそ生活の全ての場において、霊夢の頭からその姿が離れる事は無かった。
 誰かと話している時もそう。酒を飲んでいてもそう。寝ている時でさえ、たまに夢に見てしまう。

 会わなくなった日数が、両手で数え切れなくなる頃。
 何故レミリアは神社に来ないのか、それを考えるようになった。
 パチュリーが釘を刺したのは、おそらく霊夢に対してだけだろう。親友でありたい、レミリアに対してそう願う魔女が、「霊夢は博麗の巫女なのだから、もうその存在は忘れろ」とは言わない筈だ。親友、と呼べるような存在のいない霊夢にとって、自分の感情にまで干渉してくる存在を親友と呼べるのかどうかは分からなかったが、人によってはその逆もあるらしいから、親友という概念はよっぽど厄介なものなのだろう。
 ちら、と頭によぎった看板の事を思い出す。まさか、あんなものを真に受けるなんて考えられなかった。
 掃除がてらに、その看板の様子を見に行った。設置した当初から変わらない、意志の欠片も見出せないただの木は相変わらずただの木だった。拳で軽く叩いてみる。乾いた音が返ってきた。
 竹箒に寄りかかり、空を見上げる。びっしりと、隙間無く並んだ羊雲が太陽を隠していた。
 どう考えてもやりすぎな長さの階段を見下ろして、顔を上げる。その先にある筈の紅い館では、今、何がどうなっているのか。考えても仕方の無い事を考え続けるのは不毛だ。でも止められない。
 鳥居の柱に括られた看板に目を戻した。ただの木に書いた文字の羅列が、雨に塗られて少し読み難くなっていた。
 お茶でも飲もう。霊夢は結局掃除をする事も無く、神社に戻っていった。

 経過していくだけで何も変化が訪れない日々を数えるのを止めた。
 来客は見知った顔ばかり。異変は起きない。たまの騒ぎと言ったら、妖怪に脅かされたとか、その程度。
 河童に作らせた新しい賽銭箱が届いた。以前と変わらない奉納という漢字を見て、奉の字に一本横線を墨で付け足し、直ぐに消した。
 博麗の巫女とは、必要なのだろうか。
 それは論じるまでもなく必要だと分かり切っていたのだが、では当人である自分は普段何をしているのだろう。
 修行はしている。結界の様子も、たまにだが確認している。「外」から迷い込んで来た人間を、元々いた世界へと送り返しもしている。
 果たしてそれは、自分にしか出来ない事なのだろうか。
 自分にしか出来ない、と霊夢の中の誰かが答えた気がした。
 本当に、そうなのかな。
 それを決めるのは自分ではない、と霊夢の中の誰かが再び答えた気がした。
 あいつに、会いたいな。
 霊夢の中の誰かは、何も答えてくれなかった。
 賽銭箱の前でじっと立ってみた。一つ前の物を自らの手で壊した時、自分は何を考えていたのか。
 一度も賽銭を入れられた事の無い箱の縁を指でなぞった。真っ直ぐ指を下ろして、右肩上がりに軌道を変える。一旦指を離し、今度は右肩下がりの短い線を三つ描いた。再び、指を真っ直ぐ下ろす。その少し隣でまた縦に直線を引いて、繋ぎに左肩下がりの緩やかな曲線を書く。
 最後の一文字は、綴る気になれなかった。



 その日の天気は朝から機嫌が悪かった。
 夕食が終わっても雨が降ったり止んだりを繰り返し、遠くの空には真っ黒な雷雲も窺えた。きっとこの神社を通過するだろう。
 じめじめするわけではないが、やはり湿気が高いと億劫な気分になってくる。比べて庭の植物達はいつもより元気そうだ。
 障子を閉ざし、あたかもこの神社だけが外界から隔離されているかのような錯覚を楽しむ。蛙の鳴く声でも聞ければと思ったが、どうやらこの空間はそこまで都合良く出来ていないらしい。
 湯呑みを傾けた。いつの間に飲んだのか中身は空っぽで、お代わりしようと手を伸ばした急須の中も同じく空だった。
 吐きたくもない溜息が漏れた。立ち上がり、お湯を沸かしに台所へ向かう。
 やかんが蒸気を吐き出すまで退屈な霊夢は何かないかと物色する。適当に棚をひっくり返していると、以前咲夜から手渡された、レミリアのお礼の品を見付けた。
 何十年も昔の事のように感じるそれは、未だにあの時と同じ包みに入っていた。これを包んだのは咲夜だろうか、それともレミリアだろうか。
 紅茶の茶葉がどのくらいその状態で持つのか知らないが、お湯に通せばまだまだ飲めるだろう。レミリアに淹れさせる予定だった茶葉を、自分の手で淹れる為に急須の中に放り込み、包み紙はぐしゃぐしゃに丸めてゴミ箱に放り投げた。
 急須に入れた茶葉の香りを嗅いでみる。レミリアの香りがした気がした。

 「――っ!?」

 顔が緩んだ瞬間、やかんが悲鳴を上げた。
 見られてはいけない場面を見られてしまったような気分になり、少し顔が熱くなるのを意識しながら火を止める。湯気が立ち上る中、大きく深呼吸した。胸の鼓動が落ち着く事は無かった。
 急須に湧いたばかりのお湯を注ぐと、紅茶っぽい香りに包まれた。美味しいのだろうか。これをいつも飲んでいるだろう顔を想像して、また鼓動が速くなった気がした。
 さっさと居間に戻ろう。そして紅茶を飲みながら、また終わらない問いの繰り返しを続けよう。
 一種の諦観と共に居間へと戻った霊夢だが、そこに居座る人物を見て硬直した。
いつの間にか薄暗くなっていた部屋に、白い服を着た少女がいる。

 「あ。こ、こんにちは。霊夢」

 久しぶり。そう言って照れたように笑ったレミリアを見て、霊夢は腹の底から込み上げる感情をどうにかして飲み込んだ。
 止まっていた足を動かして、レミリアがここにいる事自体が何でもない事のように装い、勝手に上がり込んでいる少女から少し離れて座る。
 目を合わせないようにしながら、溢れる疑問に思考が奪われていく。外は天気が悪かったのに、どうして。今までずっと来なかったくせに、何で急に。あの看板の文字は見えなかったのか。パチュリーに何か言われたんじゃ。私に会いに来てくれたのか。嬉しい。違う、駄目だ。違わない。いや、私はまだ答えを出せていない。こいつを、レミリアを傷付けたくない。
 思考は途中から感情に変わり、感情は意識を現実から切り離そうとした。それを留めたのは、レミリアの心配そうな声。

 「霊夢? 大丈夫?」

 こちらに向かって気持ち身を乗り出している。その姿が、自分を心配してくれている少女の気持ちがあまりに胸に響いてしまい、霊夢は慌てて声を出した。

 「平気よ。いつもと何も変わらないわ」

 霊夢の言葉を聞いて多少は安心したのか、レミリアが再び笑顔で霊夢の顔を見つめた。逃げるように、その視線を逸らしてしまう。耳に聞こえたのは雨の音。結構強い。ちょうど降り始めたのだろうか。
 いつの事だったか、前にもこんな場面があったような気がした。その時は立場が逆で、自分の方を見ようとしないレミリアの顔を、無理矢理自分の方へ向けたのだ。その自分が、レミリアから目を逸らすなんて。
 霊夢の喉がごくり、と鳴った。少し強張った表情がぎこちなくレミリアのいる方へ向けられ、目が合った途端自分ではどうしようもない激情に襲われる。どうして、自分はこんなにもこいつの事を。そんな疑問が溢れそうになって、代わりに他の疑問をレミリアにぶつけた。

 「随分久しぶりね。今までは看板の文字を守ってたんじゃないの?」
 「ううん。あの看板を見たのは今日が初めてよ」
 「じゃ、なんで今までは来なかったのよ」
 「パチェの実験に付き合ってて」

 あの魔女め。

 「私が雨の日でも外出出来るように、って。私専用の特殊な傘を作ってくれたのよ」

 そういえば、今日は雨が降ったり止んだりを繰り返していた。不安定な天気の中をこうして神社まで来れたのは、その実験とやらのお陰なのだろう。
 パチュリーは何を考えているのだろうか。

 「吸血鬼が雨の中を傘一本で、ねぇ」

 世も末な気がしたが、よく考えたら晴れの日でも日傘一本で何とかしていたのだ、意外とそんなものかもしれない。そもそも紅魔館からして湖に囲まれているし。

 「私の魔力を傘の柄に流せば、組み込まれた術式が自動で結界を張るって言ってたけど」
 「原理は御札と一緒かな。魔女って職業は便利ね」
 「職業じゃなくて種族よ」
 「あんただって、私から見たら吸血鬼っていう職業よ」

 自分の言葉で頬をむくらせる少女に、自然と笑みが漏れてしまう。このままずっとこうしていたくて、ともすれば誘惑に負けそうになる自分を奮い立たせた。こいつを傷付けない為にも、今はまだ。

 「それより、鳥居のとこにあった看板見たって言ってたわね? 吸血鬼はお断りよ」

 そう口にした霊夢の言葉を聞いて、レミリアが恥ずかしそうに頷いた。

 「書いてあったけど……霊夢に、会いたかったから」

 答えるレミリアの頬が少し赤い。軽くうつむかせた顔に戸惑う色が強く見て取れ、目線が足元に落ちている。照れ隠しのようにぱたぱたと揺れる翼がその心情を深く現しているようだった。
 湯呑みを持っていなくて良かった。驚きと喜びのあまり、落としていたかもしれない。霊夢は意識とは違う場所でそう感じている自分に腹が立った。まともに接したくてもそれが許させないというのに、何を呑気な。
 日頃から思った事を平気で口にするタイプの吸血鬼だったが、異変直後と比べてそうはっきりと言われる事が減ったような気がしていた。それが、ここにきてまさかこんな表情をして言うだなんて。
 霊夢の胸に去来するある感情が、理性をかなぐり捨ててでもレミリアを求めてしまいそうになる。
 襲いたい。違う、それは変態だ。
 脱がしたい。違う、それも変態だ。
 守りたい。そう、守りたい。こんなにもしおらしく、自分の気持ちに戸惑う少女を、守りたくて仕方なかった。
 レミリアは霊夢が何かを言ってくれるのを待っているのか、黙ってうつむいたまま、時々こっそりと巫女の顔をちらちらと見つめている。
 今すぐにでもその期待に応えてやりたい霊夢が片手を畳みに付いてレミリアに近付こうとして、しかしその動作が止まり、元の位置へ戻ってしまう。
 レミリアを、傷付ける。
 魔女の言葉が重く霊夢にのしかかり、感情に任せた安易な行動を縛りつける。言霊という目に見えない枷がはめられた思考は、まだ答えを出す事が出来ていない自分を責め立てた。誰かにどこかから見張られているような視線を感じてしまう。頭の中にあの魔女がいて、内側から頭蓋骨を叩いて警告していた。
 博麗の巫女は、特別を手にしてはいけない。
 レミリアに伸ばしかけた腕が震え、自分の方に戻り胸の前で拳を作る。視線を逸らして、唇を噛み締めた。
 そんな霊夢を見ていたレミリアが、完全にうつむいてしまう。動いていた翼が止まった。震える声が紡がれる。

 「私、霊夢に嫌われちゃった?」

 顔を跳ね上げてレミリアを見つめる霊夢。呟いた少女の表情を確かめようとして、それは前髪に隠されて果たせなかった。
立ち上がる。何かを言わなくては。否定する言葉を。そんな事はないと。嫌いになるなんて、出来るわけがないと。
 口の中が渇いていた。何かを言おうとして開かれた唇が、単語一つ発する事もできなくて喘いでいる。何でもいいのだ、彼女を、レミリアを安心させる言葉を言わなくては。
 そう思うものの、頭に棲み憑いた魔女が警告を鳴らしてくる。
 頭が痛い。喉が渇いている。レミリアの表情が見えない。私は、どうすれば。
 魔女がうるさい。そう考える自分の声がうるさい。何も考えたくない。
 立ち上がったまま一歩も動けず、否定も肯定もできなかった。
 遠くで雷鳴が轟いた。部屋の中が一瞬だけ真っ白に染まり、また暗さを取り戻した。
 レミリアが立ち上がる。

 「雷が近付いてきたみたい。帰るわね」

 目を合わせられる事も無く、淡々とした口調で告げられた。
 このまま帰しては、もう二度と会えなくなる。そんな焦りに突き動かされ、痛む頭も魔女の声も無視して身体を動かした。後姿のレミリアに手を伸ばして、今度こそその掌が細い肩を捕まえる。
 帰路に着こうとしたレミリアの足が止まった。振り返る事の無い顔の表情が見えた気がした。言葉を待つ背中を見つめ、声を振り絞ろうとして、その内容に迷い、落ちる雷の音が響いた。空が光り障子が震え、掴んだ肩も震えている事に気付いた。

 ああ。この娘も。不安なんだな。

 抱き締めたい想いに駆られ、それはしない。肩に置いた手をそっと外し、彼女の背後に立ったまま考えた。
 沈黙の時間が続く。雷は響かなかった。魔女の警告も聞こえない。静かだった。

 「レミリア」

 いつもの調子で名前を呼ぶ。背中から伸びる翼がぴく、と反応した。

 「嫌いになんか、なってない」

 努めていつも通りの口調にしようと意識したが、その言葉は自分で思った以上に弾んでいたかもしれない。

 「雷が近付いてきてるのよ。静かになるまで神社にいればいい」

 レミリアと同じ理由を使って、その真逆の事を言った。
 レミリアは沈黙を保ったままだ。口を噤む。
 顔を伏せたまま振り返る吸血鬼。肩が小さく揺れていた。握った拳が震えている。レミリアが霊夢を見上げた時、その表情は戸惑いで満たされていた。
 口を開こうとして、閉じる。また開き、唇を震わせたかと思うと、直ぐに閉じてしまう。それを何度か繰り返した後、レミリアは真っ直ぐ霊夢の瞳を見つめた。

 「分からない、の。こんな、こんな風に、誰かの言葉で頭が一杯になるなんて、初めてで。どうしたらいいか、何て言えばいいのか」
 
 そんな少女の様子に、胸が暖かさで包まれた。
 レミリアの言葉に、直ぐには答えなかった。考えて、言葉を探す。分かりやすいように伝えるにはどうしたらいいのか、どう言えばこいつは笑うだろうか。考えて、考えて、途中でめんどくさくなる。
 魔女の警告が聞こえた気がした。

 「私が教えてあげる」

 そう言って、一歩レミリアに近付いた。
 彼女は戸惑いの色を強くして後退りかけるも、引きそうになる足を戻して自らも霊夢に歩み寄った。顔を伏せて、見上げると、目を逸らす。考えるよりも感じるように手が動き、霊夢の服を小さく摘むと、無理矢理作ったような笑顔で呟いた。

 「う、ん。私に……教えて、霊夢」

 少女の姿が、声が、霊夢の脳を揺さぶる。思考が停止して、何も聞こえなくなり、気がついたらレミリアを抱き締めていた。
 魔女の声が聞こえた気がした。警告が響いた気がした。
 自分の胸の高さにレミリアの頭がある。その表情は見えなかった。薄い銀色の、蒼みがかかった髪から心地良い香りが漂ってくる。背中に回した両腕が、線の細い吸血鬼の身体を全身で感じようと強く自分の方へ引き寄せた。腕の中で、レミリアが小さく身を捩った。翼が小刻みに震えている。冷たい吸血鬼の全身が、体温の差で余計に冷たく感じた。
 どれほどそうしていたか。片手をレミリアの頬に添える。翼の震えがびくりと止まった。急かさない程度に方向を促して、自分の顔とレミリアの顔を真っ直ぐ向かい合わせた。部屋の中が暗すぎて、その表情は見えなかった。
 魔女が制止をかけた気がした。
 霊夢は顔を寄せる。吸い寄せられるようにレミリアの唇があるであろう場所に自分の唇が近付いていった。
 その時、激しい轟音と共に部屋の中が光で満たされた。霊夢の動きが止まる。
 開いていた両の眼が、驚愕を映し出した。手を添えていた顔を彩っていたのは、強張り、怯え。
 レミリアは硬く目を瞑っていて、その全身が慄いていた。動きを止めたと思っていた翼は、溶接されたように固まっていた。自分が求めていた唇は何かを紡ごうとして、引きつけを起こしたかのように震え続けていた。
 光が止み、静寂が戻る。霊夢は動けず、自身の唇に当たる吐息を感じ、そこから紡がれるだろう言葉を聞き漏らすまいと、強制的に聴力が集中した。
 細く細く、小さく。それは放たれた。

 「――ぃゃ……!」

 鼓動が止まった。
 随分前から本降りになっていた雨の音しか聞こえなくなる。真っ暗な視界の中で、レミリアの表情が鮮明に見えた気がした。頬に添えていた手から力が抜け、背中に回していた腕と一緒に落ちる。その一瞬後、思考が戻ると同時に尻餅を付いていた。両手を突き出したレミリアの姿を見上げる。
 暗闇の中で、逃げるように背を見せたレミリアに、言葉が出ない。
 障子が開かれ、立てかけてあった傘を手に取る少女。
 暗雲の下で、吸血鬼の少女が泣いている姿を、初めて見た。
 彼女は豪雨の中を一直線に飛んでいく。
 小さくなる姿に、手を伸ばす事さえ許されない気がして。
 雨しか見えなくなるまで、それを見ている事しか出来なかった。
 頭の中の魔女は、何一つ自分を責めてくれなかった。




 雨は止んでいた。
 雲さえも晴れ、月が照らす神社はとても静かだった。
 賽銭箱に背を預けて、月を見上げる霊夢。上がったばかりの雨のせいで緋袴が濡れていた。
 その背後で、砂利を踏みしめる音が聞こえる。霊夢は振り返りもせず、そちらに声をかける事もしなかった。

 「こんばんは、霊夢」

 月を見上げる行為を邪魔するように、八雲紫が霊夢の前まで来て笑った。
 霊夢は一度だけ視線をその顔にくれてやると、今度は頭上の星々を眺める。
 その視線を追う事もなく、それ以上声をかける事も無く、紫は黙って霊夢を見つめていた。
 雨上がりの夜は空気が澄んでいて、うるさかった。虫の音が、動物の声がそこら中から聞こえてくる。
 ゆっくりゆっくりと流れていく雲に視線が着いて行く。月明かりで陰影が付いたたくさんの雲が、揃って定住場所を求めて彷徨っているようだった。
 月は小さく、丸い。満月の表面は色んな顔を持ち、その日によって見える表情が違っていた。今は何の感情も映していない。
 髪を揺らす力も無い風が、肌でやっと感じ取れる程度に吹いていた。

 「私」

 霊夢が口を開いた。
 たった一つの単語は独力では何の効果も持たず、その後に続く言葉を支えるように宙に漂う。
 巫女の唇はただただ静かで、一切の震えを見せる事もなくいつも通りだった。
 けれど、直ぐに言葉を繋げないのは。
 事実を認めたくないからか。そんな事は無かった事にしたいのか。今でも信じられないからか。

 「レミリアを、傷付けちゃった」

 言葉にして現してしまった瞬間、顔を伏せる。血が滲む程に唇を噛み締め、両手が破裂しそうな胸を押さえる。
 今にも崩れてしまいそうな身体は酷く不安で落ち着かなく、それが霊夢を唯一安心させてくれた。
 嗚咽は漏らさない。そんな権利は無いのだから。
 後悔の言葉は吐かない。最初から分かっていた事なのだから。
 懺悔を繰り返す事もしない。この気持ちに嘘は無いのだから。
 事実を事実とした認めた霊夢は、月が雲にその姿を隠し、また顔を出してをいくつもいくつも繰り返した頃、ようやく紫を真っ直ぐ見つめた。

 「そう」

 目が合った紫は微笑んでいた。
 その頷く言葉一つが、霊夢の表情を崩した。全身を奮わせて表情を戻すと、霊夢は再び口を開く。

 「私は博麗の巫女として失格かしら」
 「それを決めるのは、霊夢自身よ」

 答えを期待したわけじゃない、ただの呟きに紫が返事をしたのが意外だったのか、目を丸くしながらも霊夢は少しだけ考えてみる。答えは直ぐに出た。

 「私は誰よりも博麗の巫女なのよ。レミリアを傷付けておいて、それでも尚この肩書きを捨てられない」

 より正確に言えば。

 「捨てたくない。これがないとレミリアと対等でいられない気がする。あいつがどう、じゃなくて、私自身が」

 それだけじゃない。

 「博麗の巫女だからこそ、レミリアの為に出来る事がある。私はそれを放棄したくない」

 何よりも。

 「レミリアがまた馬鹿やった時。それを止めるのは、私でありたいから」

 そして。

 「例えレミリアが幻想郷から出て行ったとしても。私には、この幻想郷を捨てられない」

 きっとそれが、自分なのだ。
 特別よりも、手離したくない物が既にあったのだ。
 だからパチュリーは警告したのだろう。自分にレミリアと共に生きる覚悟があるのか、全てを捨ててでも一緒にいる決意が出来るのか。それが出来ないなら、最終的にはレミリアを傷付ける。
 確かに、自分は幻想郷を捨てれない。博麗の巫女も捨てれない。吸血鬼の眷属となって共に歩む事もしてやれないし、不老不死になって死を看取る事もしてやれない。レミリアの生まれ育った土地を見てみたいが、それすらも出来ない。
 だからさっさと諦めてしまえば良かったのだ。聞き分けの無い子供のように駄々をこねて、レミリアを泣かせるくらいなら自分一人で泣けば良かったのだ。
 霊夢は紫を見上げる。

 「私は博麗の巫女失格じゃない。レミリアを想う資格が無かったのよ」

 笑っちゃうわね、と。
 気を抜けば涙が零れそうになるのを堪えて、笑いたくもないのに無理矢理笑ってみせた。
 慰めこそしないものの、紫が一緒に笑ってくれるかと思っていた霊夢の期待は、しかし裏切られた。
 大きく、呆れたような溜息を漏らす紫。
 その様子はまるで、何も分かってない子供の理論を聞いて頭を悩ませているかのように見えて、霊夢の戸惑いを大きくしてしまう。
 紫は言った。

 「本当、貴方達は揃いも揃って不器用というか、純粋というか。紅魔館の賢者の過保護っぷりも分からなくは無いわね。でも霊夢に関して言えば、今まで一つの事しか見てなかったんだし、極論に走るのも無理らしからぬ事なのかしら」

 まるで独り言のように呟いたその言葉は、果たして褒めているのか貶しているのか。
 判別の付かない様子の霊夢に、紫は苦笑した。

 「霊夢。誰かを想うのに、資格がいるのですか? 立場が関係あるのですか? 種族が違ってたらいけないんですか?」

 予想外の台詞に、今度こそ何も言えなくなる霊夢。
 だって、博麗の巫女は。特別を手にしたらいけない存在なんだから。
 そう口にしようとした言葉は、言う前に紫によって否定された。

 「以前私が話した事、どうやら覚えて無かったようね。貴方には、貴方のやりたいようにやる権利があります。ちゃんとそう言っておいたのに」

 深い、深い溜息を吐き出す紫。

 「他人を想うって、どういう事? 誰かを特別に想ったら、その瞬間に義務が生まれるの? 他者が他者を想う、それだけで今ある何かを捨てなければならないの? 貴方の言う博麗の巫女って何? 貴方の言う、レミリアを想う資格って何?」

 矢継ぎ早に繰り出される質問に、霊夢は答えられない。紫が何を言っているのか、それすら理解出来なかった。

 「誰かが誰かを想う時、そこに理由なんてあるのかしら。誰かの為に何かしたいと強く願う事に、資格が必要なのかしら。霊夢、私は今こそ貴方に訊ねましょう」

 しかし、最後の質問だけは、はっきりと。その胸に刻まれた。

 「レミリアを想う気持ちと。貴方が博麗の巫女である事実と。どこに矛盾があって、どこに問題があるのか。私に説明して下さらない?」

 霊夢は迷った。

 「さっき貴方が言ったのは、ただの言い訳。傷付けてしまったから、もう関われない、関わりたくない。だからその理由を取って付けただけ。対等? 何を持って対等とすると言うの? 種族? 立場? 違うわね、想いがあるならそんなものは関係無い。だからこそ貴方は今までレミリアを忘れる努力をしなかった。博麗の巫女だから出来る事がある、それは確かに事実。でも気になるのは一番最後の言葉、レミリアが幻想郷からいなくなっても、自分は幻想郷に残るですって? どうして、今現在起こっている事象でも無い事を断言出来るのかしら。そんなものは自分に酔ってるだけ、実際に特別な存在が、もう二度と手の届かない場所に行ってしまうと頭ではなく心で理解した時、果たして今と同じ事が言えるのかしら」

 答えない霊夢に、紫は吐き捨てた。

 「傷付けた事実から逃げる為。レミリアと上手く付き合っていける自信がない自分。それらを、博麗の巫女である事を言い訳にしてはいけないのです」

 まるで自分が肩書きに逃げているような言い方に、霊夢は紫を睨んで言い返す。

 「私に博麗の巫女である事を説いたのは、貴方じゃないの」
 「そんな覚えはありません。私がただ一つ警告したのは、霊夢。貴方が、博麗の巫女でありながらその役目を放棄し、あまつさえ幻想郷を脅かす存在にならないように、という事だけです」

 言葉足らずだったのは自覚していますが、と付け加えて、紫は静かに霊夢の視線を跳ね除けた。
 うつむく。
 沈黙は保ったまま。紫の言葉を受け入れ、考えるように。
 博麗の巫女とはなんだろう。自分は本当に、巫女である事を言い訳にしてレミリアを傷付けた事実から逃げようとしているだけなのだろうか。考えるのは得意じゃない。
 だから霊夢は、自分の直感を信じる事にした。
 レミリアを特別に想っている事は本当。
 博麗の巫女である事を捨てるつもりが無いのも本当。
 なら、どうしたらいいのか。
 中途半端な真似をして、今回のように傷付けてしまったら元も子もないのでは。
 紫の目を見つめる。
 霊夢のその瞳を覗き込んで、いよいよ呆れたように紫は問いかけた。

 「もしかして、レミリアを傷付けたっていうの。本気で言ってるの? 霊夢」
 「本気じゃなくて、ただの事実よ。私がレミリアを傷付けたの」
 「たかがキスされそうになったくらいで傷付く程おこぼなお嬢様じゃないわよ」
 「それってどういう……、ちょっと待って」

 しまった、と表情に出した紫が霊夢から一歩遠ざかる。立ち上がった霊夢がその分だけ距離を詰めた。

 「なんで、あんたが、その事を知ってるわけ? 覗いてたの?」
 「っき、気付いてないのかと思ったら、本当に気付いてなかったのね……それだけレミリアに夢中だなんて、なんだか妬けちゃいそうですわ」
 「あんた口調おかしいわよ。いつから覗いてたの?」
 「こっそり覗いてたわけじゃないわよ。いつもなら直ぐに気付くし、黙ってるって事は見せつけたいのかと思って」
 「いいから。いつから、見てたの?」
 「『私、霊夢に嫌われちゃった?』の辺りから」

 丁寧に口真似までしてみせた紫に、霊夢が満面の笑みを作ってみせた。



 「つまり、あいつが泣いてたのはそういう事なの?」
 「そうよ。よーく考えてみなさい、よーく思い出してみなさい。レミリアの一挙一足、表情の変化から言葉まで全部ね」

 張れ上がった仏頂面を下げて不機嫌そうに答えた紫の言葉、その通りに思い出してみた。
 だが博麗霊夢は元々他人の心の機微を見抜ける程観察眼を養っているわけでもなく、どちらかと言えばあんたの好きなようにしたら、がスタンスな人間であったため当然そんな事分かる筈もなく。
 一先ず、前向きに考える事にした。
 紫の言葉が本当だとしても、悪いのは間違いなく自分だが、それでもやり直せる。
 謝ってはやらない。謝るくらいなら最初から事を致す真似はしない霊夢。それは気持ちの結果なのだから。自制出来なかったのは反省するが、謝る事ではないと判断する。
 確かめに行こう。
 自分の気持ちと、あいつの気持ちを。
 紅魔館へと続く月夜が、道を空けるように雲に切れ目を作っていた。開けた視界。今までどれほど小さな視点でこの世界を見ていたのだろう。自嘲する。
 理由付けの酒はいらない。余計なおめかしもいらない。
 あいつへの気持ちと、博麗の巫女である事から逃げず、博麗の巫女である事を言い訳にもしない。その決意だけが今自分に必要な物だった。
 切符を手に、いざ空へと舞い上がろうとして、霊夢は留まる。
 顔をしかめたままの紫に一度視線を向けると、ほんの少しだけ頭を垂れた。

 「ありがとう。行ってきます」

 返事も待たず、博麗霊夢は駆け出した。
 その姿を、八雲紫がただ見送った。結局何も言葉を返さなかったのは、月明かりに暴かれた自分の特別な感情を自覚していたからか。
 夜が深くなる。誰かに優しくなるには、ちょうどいい。



 勢い付いて出てきたものの、一抹の不安は禁じえない。
 紫の言葉を鵜呑みにすれば、あいつは別に傷付いてないという事だったが、あんな風に拒絶されたのは初めてだったから。硬く閉ざされた表情を思い出す。突き出された両手の感触に、胸がじくりと痛んだ。
 泣かせた事実は変わらない。
 紫はそう言った後、事実は受け入れるものだと続けた。
 事実を否定するのでもなく、歪曲するのでもなく、ただ受け入れ、その事実とどう向き合うか。それが大切なのだと。
 その為に必要なのが、博麗の巫女としての自分への理解だった。
 客観的な意見ではない。自分がどう考え、自分がどうあるべきなのか、自分自身に対する自分自身への答え。
 答えは既に、手に入れていた。
 何故あの時、パチュリーが「貴方はまだ『博麗の巫女』でいるのかしら」と問うたのか。言葉通りの意味ではない、その問いかけの本当の意味にこそヒントがあった。
 パチュリーは霊夢の立場について言及していたのでは無かったのだ。それを霊夢は勝手に勘違いして、博麗の巫女の役割とは、と難しく考えすぎていた。
 役割はある。仮にまたレミリアが異変を起こしたなら、それを叩き潰すのが自分の役目だ。いや、それが博麗の役目なのだ。博麗の巫女として、人間を捨てる事はないだろう。幻想郷を捨てる事も、やはり無いだろう。
 だが、レミリアを想う気持ちに、そんなものは関係無かったのだ。即ち、パチュリーの質問の意図とは、いつまで博麗の巫女という立場でレミリアの事を見ているつもりなのか、ということ。
 紫は言った。誰かを想うのに、資格がいるのですか、と。立場が、種族が関係あるのか、と。
 その通りだった。博麗の巫女である前に、自分はただの霊夢なのだから。レミリアを想う気持ちに、博麗の巫女であるかどうかなんて、関係無い。
 紅魔館に着く。慌てる美鈴に優しく微笑みかけた。彼女は脅えて逃げてしまった。
 悠々と歩く。図書館前に立った。一目見ただけで重厚な魔法がかけられているのが分かる。まどろっこしい。
 片手を扉に添えて、ただ念じた。夢想封印。
 硬く閉ざされていた重い観音扉が音を立てて吹き飛ぶ。いくつかの本棚を巻き添えにして図書館を荒らした扉が動かなくなると、そこには待ち構えていたかのようにパチュリーがいた。
 永く永く待ち焦がれた瞬間が、幾年も掛けてようやく目の前に訪れた。そう笑う魔女が、霊夢を見つめ、ただ一言訊ねる。

 「如何に」
 「私は私よ。博麗の巫女として、じゃない。私は私としてここに来た」

 その答えに満足そうに頷いた魔女は、図書館入り口の方を指差した。

 「忘れ物よ。先走り霊夢」

 指された方を見れば、そこにはいつかの一升瓶があの日のまま置いてあった。誤解を与えそうなネーミングは無視して、そう言われる理由を考える。浮かんだのは、覗き魔の紫。グルだったのか。
 どうやら魔女もまた、あの行為を大した事だと思っていないらしい。年数を重ねるとそうなるのだろうか。そうはなりたくなかった。

 「あんたにあげるわ。お礼よ」

 それだけ言って、用は済ませたとばかりに図書館から出て行こうとする。その背中に投げ掛けられる、魔女の暖かい声。

 「レミィはまだ幼いわ。霊夢、貴方が導かなければならない。今の貴方になら、私の親友を預けられる」

 霊夢は振り返り、呆れたように返事をした。

 「あいつは幼いんじゃない。純粋なのよ」
 「そう、かもね」
 「それに、私はあいつを導くつもりなんてない。ただ、一緒に並んで歩けたら、って思ってるだけ」

 くす、と。おかしくて堪らないように、魔女が笑った。それから愚痴を漏らすように呟く。

 「妖怪の賢者は、随分過保護みたいね。こんなに自信に満ち溢れた貴方は、初めて見るかもしれない」
 「何言ってんのよ、馬鹿ね」

 霊夢は既に歩き始めていた。パチュリーのぼやいた言葉を聞いて、紫も同じような事を言っていたのを思い出す。

 「賢者は皆、過保護なのよ」

 背後で、口を開いたまま言葉を紡げなくなっている魔女を想像して、霊夢は声に出さずに笑った。

 「うわ。また派手にやってくれたわね」

 図書館からから出て直ぐに、心底迷惑そうな表情をしている咲夜と出会った。彼女は壊れた扉を見てうんざりとしている。

 「これ、誰が直すと思ってるのよ」
 「瀟洒なメイドが直すんじゃない?」

 深い溜息を吐いて、瀟洒なメイドは霊夢を見送った。
 地下から出ると、途端に気が重くなった気がした。
 長い長い廊下の先を見て、この先に待つ吸血鬼の少女の事を考える。最後に見た表情は、泣き顔。
 紫の言葉に押され、パチュリーの言葉に励まされここまで来たが、本当にこのまま会ってもいいのだろうか。
 目的を目前にして、尻込みしてしまう。そんな弱気な自分が、存在していたなんて。
 廊下を静かに歩く。あいつに何て声をかけたらいいのだろう。声をかけて、帰って、と言われてしまったら。そもそも会ってくれさえもしなかったら。自分は立ち直れるのだろうか。
 そんな自信はない。無かったが、とりあえず今出来る事は会うしかないのだ。
 あいつの部屋に向けて、一歩一歩足を踏みしめて歩いた。趣味の悪い絨毯の慣れない感触がうっとうしかった。
 階段を上がると、再び長い廊下。一番奥の部屋までの距離は、図書館まで歩いた距離よりずっと短いというのに、辿り着けない気にさえなってしまう。
 窓の代わりに蝋燭を灯した壁が窮屈だった。遠い。
 紅霧異変の時でさえ、緊張なんてものは感じなかったのに。
 一つ前へ歩く度に、扉が離れていくような錯覚。その気持ちとは裏腹に、確実に大きくなっていく紅い扉。こんなふうに誰かを訪れる事が、自分の人生にあと何回あるのだろう。
 扉の前に立つ。深呼吸しようとして、自分の鼓動がいやにうるさい事に気付いた。汗ばんだ掌を見つめる。目を閉じて、顔も名前も分からないような神に何かを祈った。信仰など、今この場で何の役に立つというのか。
 ノックする。部屋の中に声をかけるのに、時間がかかってしまった。

 「レミリア。霊夢よ。入っていい?」

 返事は直ぐにはされなかった。部屋の中で何かが動く気配は感じ取れたから、それがレミリアだという事は分かった。
 会ってくれるだろうか。
 室内の気配を探ろうとして、止める。顔をうつむかせて、その足が目に入り、また顔を上げて開かない扉を見上げた。
 何の音も聞こえない。
 障子と襖くらいしか知らない霊夢には何がどうなっているのかよく分からなかったが、高そうな物で出来てそうな扉をじっと見つめ続ける。取っ手に触れようとして、引っ込めた。
 二度目のノックをしようとして、その手で頭を掻く。
 背後を振り返る。来た時と違って、階段までの廊下は短かった。蝋燭の灯火が揺れていた。天井を見上げ、明らかに不必要なその高さに口を開けた。

 「どっ、どうぞ、霊夢」

 扉の中から、どもった少女の声が聞こえた。弾かれたように扉を見つめ、喉を鳴らし、拳を握って開いてを繰り返し、深い吐息を吐き出した。
 ひんやりと冷たい取っ手を掴んで、回し、押す。引き戸だった。引く。
 扉の向こうは、想像していたよりも赤々しくなかった。寧ろ、基調の取れた気品を感じさせる趣を感じる。
 あいつの姿がない。
 ぐるりと見渡して、顔を伏せた吸血鬼が窓辺に立っているのを見付る。思考が凍った気がした。室内は肌寒い。
 何も言わずに扉を閉めて、不慣れな土足で少女の方へ歩いていく。
 白い帽子に隠れた表情が見えない。項垂れるかのように元気の無い翼が目に入った。開け放されたテラスから吹き込む夜風がふわふわと洋服を揺らしていた。
 灯りが月だけで部屋の中が全体的に暗いせいか、嫌な予感しかしない。
 霊夢は迷い、足を止め、考えようとしてそれを止め、口を開いた。

 「こんばんは。いきなり帰るなんて、酷いじゃない」

 返事はない。さっきの事を無かった事にするつもりは無かった。例えそれがどんな結果になろうとも、自分のこいつに対する想いを否定する真似はしたくない。

 「私さ、散々考えたんだけど、全然答えが出なくて。でも代わりに、心の底から分かった事があるのよ」

 聞きたい? と。沈黙に堪えられない霊夢が言葉を繋げていく。
 まるで暖簾に腕押しなレミリアの様子に焦りが、不安がじわじわと胸にせり上がって来るも、諦めずに話しかける。
 話しかけられている少女は、何を想ってか黙って顔をうつむかせるばかり。やっぱり傷付けたんだ、と、霊夢の中で全ての扉が閉じられそうになった時。
 それは鼓膜を震わせた。

 「ごめんなさい!」

 そう言って、霊夢に向かい勢いよく頭を下げたレミリア。
 思考が固まった霊夢に浮かんだのは、疑問。何に対しての謝罪なのか。自分の、レミリアへの気持ちに対しての、断りの謝罪なのか。霊夢はそう思った。

 「その、さっきは、えと。と、突然、過ぎて。はっ、恥ずかしくて、その……は、はじ、めて。じゃ、ないんだけど」

 レミリアも混乱しているのか、どうにも言葉がはっきりしない。
 しかしよくよく繫ぎ合わせて補強してみれば、どうも、紫やパチュリーの考えの方が当たっていたようだ。
 あの程度で、と紫は言った。それを紫から聞いたであろうパチュリーは、話題に上げる事すらしなかった。
レミリアも、初めてじゃないという。それに暗がりでよく見えないが、どうも嬉しそうな、でもちょっと恥ずかしそうな、そんな表情を浮かべている気がした。
 人間とそれ以外じゃ、あの行為の意味がそんなに違うものなのだろうか。
 少しだけ、寂しく思った。

 「その、私はまだ、霊夢の事、どう想ってるか、とか。霊夢と、どうなりたい、とか。そういうのは、よく分からなくて!」

 随分興奮、というか動揺しているようだ。おそらくはパチュリー辺りにそんな事を聞かれたのだろう、あまりにも慌てるその様子がおかしくて、霊夢は笑ってしまった。
 それを見たレミリアが、顔を真っ赤にして黙ってしまう。
 霊夢は謝りながら、改めてレミリアの顔を見た。
 幼い月のややむすっとした顔付きに見惚れてしまいそうで。そうならないように何かを言おうとした口が、勝手にその頭をも下げさせた。

 「私こそ、ごめんなさい。いくらなんでも急すぎだったわね」

 謝ってなんかやらない。そんな風に思っていた意思でさえ、彼女の前ではあっさりと覆されてしまう。しかしそれは意思が弱いからじゃない。想いが強いからだ。
 そう自分に言い訳して、霊夢はレミリアに歩み寄った。レミリアはたじろぐ気配一つ見せず、寧ろそんな霊夢を受け入れるように一歩だけ近付いた。

 「ううん。いいよ、許してあげる」

 くすりと微笑むレミリア。その唇から漏れる牙を見て、突つきたい衝動に駆られるも我慢する。
 一歩一歩ごとに縮まる二人の距離がもどかしい。いっその事、一思いにこの距離を詰めてしまいたくなる。だがそれは、きっとレミリアのペースに合ってない。
 私は今まで、自分の事しか考えてなかった。
 それに気付けたのがどの瞬間だったのか自分でも分からないが、こうしてレミリアの事を少しでも考えれるようになったのが、素直に嬉しい。
 想うだけなら簡単だった。想い、慮るのが意外と難しいのだ。
 レミリアの目の前に立った霊夢は、今一度自分の気持ちを再確認した。
 揺れるリボンの下に隠れた、尖った耳。病的にまで白い肌、紅い瞳。整った顔立ちに負けない我侭な性格。でも他人を思い遣るのが無自覚に得意な少女。あの雷の時だって、自分を傷付けないように言葉を選んでいた。そのあとの時だって、本当は嫌だったかもしれないのに、自分に合わせてくれたのだ。たぶんそれは、霊夢に対してだけじゃなくて、彼女に関わる全ての人に共通する、レミリアの優しさなのかもしれない。
 私に特別を教えてくれたのが、この娘で本当に良かった。

 「明日、宴会しようと思ってるのよ。うちの神社で」
 「どうしたの、急に」
 「そんな気分になった」
 「ふぅん。いいんじゃない?」
 「あんたも来るでしょ?」
 「そりゃ行くけど。咲夜を手伝いに寄越せばいいの?」
 「その必要は無いわ。準備はしないもの」
 「え?」

 霊夢の言葉の意味が分からずに、首を傾げるレミリア。

 「皆で適当な物を持ってきて、皆でそれを肴に飲むのよ」
 「いいわね、それ」

 乗り気なレミリアの言葉に、霊夢の口角が持ち上がった。
 二人の距離を縮める速度は、ゆっくりなレミリアに合わせる。だからといって、自分がレミリアに遠慮する必要はどこにも無いのだ。
 
 「宴会でのあんたの席は、私の隣」
 「っえ」

 それを聞いて、少しの時間を置いてから耳まで顔を真っ赤にするレミリア。
 そんな場面を想像でもしたのだろう、少しだけ霊夢から離れるレミリアの様子が面白くて、霊夢は追い討ちをかけるように笑った。

 「あんたもさっき、同意したからね。主催者は私とあんたの二人よ」
 「うっ、うううっ……!」
 「美味しい物、たくさん持ってきなさいね?」

 その時、自分がどんな表情をしていたのか知らない霊夢。言葉と同時に照れたようなレミリアが小さく頷いたのを見て、思わず自分の頬を抓った。
 レミリアが逃げるようにテラスから空へ飛び出す。それを見上げながら、レミリアが自分の方を何度も見ているのを確認して、自分も空へと舞い上がる。
 レミリアが遠くから、声を張り上げて聞いてきた。

 「ねえ! さっきの、分かった事があるって。どういう事?」

 一瞬何の事を言われているのか分からなかったが、それが部屋に入った時の事だと思い出す。
 吸血鬼は耳がいいのだろうか、と考えながら、霊夢は誰にも聞こえない小さな声でそっと呟いた。
 言葉は風に切られ、自分自身の耳に届く事もなく消えていく。
 頬が少しだけ熱を持っているようだ。慣れない事はするものじゃない。
 霊夢は自分も聞いてみたい事を聞く事にした。
 自分は聞こえない声でレミリアの質問に答えたのだ。レミリアも聞かれたくない答えなら、そうすればいい。
 そう思って訊ねた霊夢の質問に、レミリアは。
 とてもとても嬉しそうに笑って。けれどもあんまりに恥ずかしいのか、答えて少しもしない内に目にも止まらぬ速さで視界から消えてしまい、また直ぐに戻ってきた。

 「嫌じゃなかったよ!」

 そう叫んだ少女が、照れくさそうに自分を見て笑っている姿は月より美しく、紅かった。



 「ね、ねぇ、霊夢」
 「何」
 「ち、近すぎない?」
 「そんな事ないわね」
 「こ、腰に回してる手、離して欲しいんだけど……」
 「嫌」
 「みっ、皆見てるから!」
 「見せつけてんのよ」
 「っは、恥ずかしいの! 離してよ!」
 「だめ。絶対、離さない」

 のちに、殴打されて転がる霊夢と、酔った霊夢にキスされそうになったと泣いているレミリアを見たとかなんとか。


 こんばんは。
 前作が初の閲覧、得点共に千点超えたので、嬉しさのあまり続編書きました。
 ほっぺが蕩け落ちる程甘々なSSを書こうとしたらこんなんなってた。
 誰か読んだだけで虫歯になる激甘な霊レミ、レミ霊書いて下さい。
 前作を閲覧してくれた方、あまつさえ下らない問いに付き合ってくれた方、本当にありがとうございました。この続編で少しでも楽しんで頂けたら幸いです。
ぬえすけ
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コメント



0.830簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
過ちを気に病むことはない。ただ認めて次の糧にすればいい。それが大人の…まだ大人とは言えない年齢かな。二人とも。
いやはや。初々しくニヤニヤできる素敵な霊レミでございました。
5.100名前が無い程度の能力削除
濃厚苦甘。カカオ90%ビターチョコレート。そんな印象でした。
正直ちょっと疲れちゃったよ。心が筋肉痛になりそう。
しかし、それだからこそ、これは美しいのだと思う。
7.90奇声を発する程度の能力削除
良いね
ニヤニヤしましたw
9.100名前が無い程度の能力削除
あれ…ブラックコーヒーが甘ったるいぞ?やべぇ…頬が2828しっぱなしで痛いwww
そして何故コメント欄にフル・フロンタルが居るwww
12.100名前が無い程度の能力削除
ニヤけ過ぎて乾燥した唇が二箇所も切れた。
フヒヒヒとか変な笑いが漏れた。心なしか胃も重くなった。

何が言いたいかというと、ステビアもびっくりな甘々レミ霊ごちそうさまでした。
13.100名前が無い程度の能力削除
これは素晴らしい。

しかしながら、当方は八雲紫氏が博麗の巫女の定義について固い思想をもっていて風化or鬱 END になると予想して一人憂鬱しながら読んでました。<後ろ向き

ホワイトな終わり方は素晴らしい!(精神的にも
15.100名前が無い程度の能力削除
うん、あまい
18.100名前が無い程度の能力削除
宴会の様子を是非とも詳しく!!
21.100こーろぎ削除
甘くて苦い話でとても面白かったです。自分の気持ちをひたすら考える霊夢がよかったです
26.703削除
ヒャッハーレミ霊だ!
霊夢さんは重いもん背負ってるんだなーと思ってましたが、なるほどこう展開させますか。
28.100名前が無い程度の能力削除
お嬢様マジでクソカワ