Coolier - 新生・東方創想話

ひまわり畑で餡蜜を

2013/03/10 23:56:47
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夏。
じりじりと音を立てそうな灼熱地獄の中、稗田阿求は道を歩いていた。
片手に紙袋を下げ、ゆっくりと、だが迷いの無い足取りで歩む彼女の頬には大粒の汗が流れ、息遣いも荒い。
もともとあまり体が丈夫では無い彼女が、人里を離れることは少ない。それでも彼女がこうして真夏の暑い盛りに外出しているのにはわけがあった。
しばらくそうして歩いていると、開けたところに出た。そこは見渡す限りの黄色。黄色。黄色の洪水。
地平の彼方まであるひまわり群生が目の前に広がっていた。
幻想郷奥地にある太陽の畑。
阿求はそこで立ち止まると、ひまわり畑に目を凝らした。人の背丈はあるひまわりの間にちらりと赤い色が見える。
よく見るとそれは人の形をしていた。
赤いチェックのツーピースにひまわりの葉よりも一段と濃い緑の髪。柔らかなピンクの傘の合間からは穏やかな微笑が見え隠れしている。

「幽香さぁーん」

阿求が口に手を当てて叫ぶと、風見幽香はゆっくりとこちらに顔を向けた。




「今年も綺麗に咲きましたね」

ひまわり畑の丁度正面にテーブルと椅子を並べただけの即席テラスへ阿求と幽香は並んで座った。
阿求が手放しでひまわりを褒めると、幽香は

「私が世話しているんだから当たり前よ」

そっけない口調で返した。しかし、その顔にはうれしそうな笑みが浮かんでいる。
それをみて阿求も小さく笑みを浮かべる。

この植物を愛する妖怪と出会ったのは、もう数年も前のこと。
求聞紀の執筆にあたって、この花の妖怪の取材でやってきたのが最初。その時も時期は夏で、あまりにも壮観なひまわり畑の光景に見とれて、何度か足を運ぶうちに何となく会話を交わす仲になり、その内こうして一緒に席に着くほどになった。
いくら友好度最悪の妖怪といえども、花が好きだという者をなかなか邪険に扱えないらしい。それに誰彼かまわず勝負を吹っかけてくる好戦的な妖怪といっても、相手が脆弱な人の中でも輪をかけて脆弱な自分では、その食指も動かないのであろう。
そういうわけで、阿求はこの大妖となかなか上手くやっていけているのであった。

「何笑っているの?」
「いえ、大したことでは無いので」

阿求はそう言ってごまかすため目の前に置かれたハーブティーをがぶりと飲んだ。香り高くすっきりした味は炎天下を歩いてきた阿求には嬉しいものであった。
仲良くなって一つ分かったことは、彼女が意外と親切で面倒見の良い性格であるという事である。

「幽香さんもいかがですか?」
「気が利くわね。いただくわ」

阿求は来る途中で買った白玉餡蜜を紙袋から取り出し、テーブルの上に並べた。黒い陶器でできた器にふんだんに白玉と寒天が盛られ、そこに甘さ控えめの餡子がぽってりと乗せられている。
白く滑らかな白玉に半透明の寒天が何とも涼やかで美しい。

「ここの餡蜜は黒蜜のほか抹茶蜜も選べるんですよ」

幽香さんはどっち選びますか、と別添えになっている蜜の容器を指さすと

「あら。嬉しいわね。じゃあ、私は抹茶蜜にするわ」

そう言って幽香は濃緑色の蜜の入った容器を取り上げた。阿求は余った黒蜜を餡蜜にたっぷりかけると、大きく一口頬張った。
黒蜜の癖のある甘みと餡子のさらりとした甘みが口いっぱいに広がり、炎天下を歩いてきたせいで若干ぬるくなった白玉と共につるりと喉の奥に消えてゆく。

「私、これを食べると夏が来たって感じるんですよ」
「貴方が持ってきたものとしては上等ね」
「素直に美味しいって言えばいいのに」

二人でしばらく、そんな取るに足らない話をしながら目の前に広がるひまわりのパノラマに見入った。
真っ青な空によく映える鮮やかな黄色。
鳥も虫の音も無く、時折吹く風にひまわりが揺れる音以外は何も無い。
まるで時が止まったかのような空間の中、大輪のひまわりだけがこちらを静かに見つめている。
「あなただけを見つめています」という花言葉は上手いことつけたものだと阿求は今更ながら感心する。
そういえば、以前彼女に花一つ一つに花言葉という格言のようなものが付与されているという話をしたところ、「人間って暇なのね」と呆れたように馬鹿にしたように言われた事があったのを思い出した。

「でも、いつ見ても本当に見事なひまわり畑ですね。贅沢言えばもっと人里に近いといいんですけど」
「嫌よ。そんな事したら人間がやってくるじゃない」
「いいじゃないですか。幽香さんなら幻想郷一の観光名所を狙えますよー」
「想像しただけで虫唾が走るわ」
「折角こんなに綺麗に咲いているんだからもっと多くの人に見てもらえばいいと思うんですけどね」
「見解の違いね。でも、見頃はそろそろ終わりね。もうしばらくしたら枯れ始めるわ」
「もう枯れるんですか!」

自分でもびっくりするような情けない声が出た。
驚いたのは相手も同じようで
「当たり前でしょ。秋になればひまわりは枯れるわ」
何を当たり前のことを言っているのか、というような口調だった。
普段の阿求ならそのまま「私ってば何を言っているんでしょうね」と笑って流すところだったが、思わず違う言葉が零れ落ちた。

「寂しくはないのですか?」
隣で幽香が怪訝そうにする気配が伝わったが、言葉は止まらない。

「ひまわりが、もう、枯れてしまう事。たったひと夏で枯れてしまう事。寂しく思わないんですか」

自分でも何を言いたいのかよくわからない。それなのに口は止まらず、ぽろぽろと言葉が滑り落ちていく。

「私たちにとっては花は花です。でも貴方は、花の妖怪の貴方は違う」

言葉を交わせるし、一本一本見分けることができる。
言わば花を人格を持った一人の個人として認識しているのと同じである。

「例え来年またひまわりが咲こうとも、それは今年のひまわりとは違う。どの花も貴方のことを知らないし、どんなに彼ら愛しても夏が過ぎればまた枯れてしまう」

例え来年また咲いたとしても、それが同じ種類であっても別の花だ。

それはまるで―――
転生しても、同じ魂であっても、それは”私”では無いのと同じように。

「寂しくは、悲しくはないのですか?」

花の命は儚い。
一つの季節で、種類によっては一晩で枯れてしまう。
人間でさえ短いと感じるスパン。長命の妖怪であれば刹那に等しい時間であろう。

何千――いや、何万回。彼女はここで繰り返される死を見送ったのだろう。見送り続けるのだろう。
阿求は知らない。愛する者においていかれる悲しみを。阿求はいつもおいてゆく方だから。

そこまで言葉を吐き出して、阿求は我に返った。
強張った顔に、無理やり笑顔を浮かべて

「すみません。突然変なこと言い出して―――」
「寂しいとは思うけど、それは貴方が感じる寂しさとは違うわ」

幽香が阿求の言葉を遮った。
意外にも真摯な視線が阿求を見つめている。その視線をかわすように阿求は視線を手元に落とした。
手の中には食べきらなかった餡蜜が入った容器がある。

「芽生え葉をのばし花を咲かせ枯れて土にかえり、土に色を返す―――ここまでが私たちにとって”生きる”という事なの。それを悲しむのは生きることを否定すること。過ぎ行く季節に寂然の念を覚えることはあっても、枯れ行く花を思って悲嘆にくれることはないわ。だから、いつの日か貴方が来なくなって寂しくて泣くなんてことも無いわね」

阿求は淡々と語る幽香の言葉を静かに聞いていた。
いくら言葉が通じ、人に近い外見と感情を持とうとも、人と妖怪とは理が違う。
特に死生観という観点から見たら、植物の性を持つ彼女は人間から最も遠い生き物なのだ。
わかりきったその事実が今更ながら阿求の気持ちを重くする。餡蜜の容器を握る手に思わず力が入った。

「ただ―――」

幽香の声の調子が変わった。その声に阿求は顔を上げる。穏やかな幽香の視線とかち合う。

「焼けつくような暑い夏の日に、ひまわり畑を眺めながらふっと抹茶蜜のかかった白玉餡蜜を食べたくなる日は来るような気がするわ」

そう言って幽香は顔を背けた。これ以上は語ることなど無いとでもいうように。
二人の間に沈黙が流れる。
阿求は餡蜜を一口頬張った。
とっくにぬるくなった白玉は、なんだか優しい味がした。





「それでは、私はそろそろ帰ります」

太陽が西に傾き空の端が茜色に染まる頃、阿求は腰を上げた。
幽香は「そう」と短く答えると、それきり興味を失ったように押し黙った。

「また来年も綺麗に咲くんでしょうね」

来年も見に来るとは約束しない。

「それでは、また」

短く別れの挨拶を告げ、帰路につく。
歩き始めると、一陣の風が吹いた。真昼の熱風と比べると、幾段温度の下がった心地よい風が頬を撫ぜる。
背後で、風に揺れるひまわりのさざめきが聞こえる。幼子の笑い声のようにも聞こえる音の中に混じり、微かに鈴虫の音が聞こえた。


夏が終わりに近づいているのだ、と阿求は思った。




〈了〉
なんで私はこの時期にこんな話を書いているんだろうか……
追記:タグを若干変えました。コメントや評価ありがとうございます
ねこやなぎ
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コメント



0.770簡易評価
4.60名前が無い程度の能力削除
夏。と来たか…この問答無用で夏を感じさせる文体が良かった
でもシリアスタグがついている割にはぜんぜん物足りなかったよ
6.90名前が無い程度の能力削除
自分を向日葵に見立てたこの阿求には、枯れるまで向日葵のように笑っていて欲しい
7.80奇声を発する程度の能力削除
この時期にこういうの良いかもですね
9.70名前が無い程度の能力削除
雰囲気作品。
11.70名前が無い程度の能力削除
割とある展開から突き抜けられなかったので、もっとひねりが欲しい。
12.80名前が無い程度の能力削除
さっと読める素敵な作品でした。
16.70名前が無い程度の能力削除
シンプルな分、読み易くて良かったです
二人のやり取りが素敵でした
21.703削除
テーマが好みでした。阿求の話は重くなりますなぁ。
もう少し違う示し方があったんじゃないかと思うので、この点数で。