Coolier - 新生・東方創想話

青い目の橋渡し

2013/03/06 03:02:27
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「嫉妬なんて馬鹿らしいね」
 とある話だ。
「ここへ来てから、みんなにそう言われるわ」
 それも、よくある話だ。
 いつものように橋の上で、そこに住む鬼に絡まれた私は半ば決まり文句と化した言葉を豆代わりに投げつける。
「でも私に嫉妬するなって言うのは、死ねって言ってるのと同じじゃないのかしら。嫉妬は私にとっての糧なのよ。食うな寝るな馬鹿らしいっておかしくない?」
 そこまでで、普段のよくある話なら『まあ、そうだね』だとか、『融通の利かない奴なんだな』だとか、そういう捨て台詞を吐かれたり、逆に独善的な心配をされたりして納得してもらえるところだった。
 ところが。暇を持て余したのか頭が悪いのか、その鬼は食い下がってきた。
「そうかもしれないけど、あんたは〝橋姫〟なんだろ? 橋姫らしい生き方で糧を得るのもいいんじゃないかね」
「どういう生き方よ」
「ややこしくない生き方さ」
 その鬼――星熊勇儀は手首に架せられた枷と、連なる鎖を見せつけるように腕を上げた。
「私の同胞にも何人かいるよ。何かを壊す力を持っているなら、何かを護る力にしてもいいんじゃないか、って。神格化された奴までいるらしいし」
「はあ」
 私が明らかに呆れた声を出しても、彼女は意に介さぬ様子で笑っている。
「まあ、私は相変わらずだけどね」
 これでも丸くなったもんさ、と笑みから言葉をこぼして。
 その笑みがどうにも明るくて、私の腹の底が煮えて音を立て始めた。偽善ぶった奴は嫌いだ。私よりも幸福だから、その幸福を分けてやろうという奴も嫌いだ。私よりも不幸だと言う奴も嫌いだ。
 そんな奴はいるはずがないから。
「この目を見てよ」
 ずい、と前に進み出て、彼女の間近で目を合わせる。
「緑色の目。不吉の目。相手を狂わす翡翠の色よ。緑目の橋守なんて笑わせるわ。この目をくり貫いてでも、貴方は私に善人になれと言うの?」
 噛みつくように言って一歩退くと、鬼は何故私を怒らせたのかわからないとでも言う風に、困った様子で首を傾げた。
「そんなもの、私には効かないじゃないか。現に今、何にも嫉妬してないぞ」
「……貴方は満腹の時にでもご飯を食べたがるのかしら?」
 呆れた。私は長いため息をついて頭を掻いた。
 鬼という種族は、そもそも苦手だ。地獄にいるひねくれた鬼ならまだしも、元々表の世界にいたような鬼は駄目だ。
 彼ら彼女らはコウノトリを信じる処女のように純朴で、性善説を素で唱えそうなほど裏表がなくて、配下の心を知らずとも笑うことのできる王のように豪胆なのだ。
 おまけに箸が転げても笑ってそうなほど笑い上戸ばかりで、ますます私と性質が合わない。
「色々と毒気が抜けて使っていないだけよ。本当にお腹が減ったら使うわ。そうでなくても、地底は嫉妬に満ちているから、そうそう困ったりはしないんだけどね」
 早く立ち去って欲しい。貴方と私は合わないのだ。
「高貴な生き方なんて私には似合わないもの。似合う人が妬ましいわ」
 そう、私には似つかわしくない。光が当たって感光する一枚の紙のように、相入れぬ光が当たれば当たるほど、私の心が黒ずんでいくのがわかる。
 じくじくと痛むのだ。放って置いて欲しい。
「そんなこともないだろう。みんなが言っているのなら、それこそやってみればいいさ」
 似合っているかもしれないだろう、と彼女は笑った。
「〝そういう生き方〟をして、失敗したらどうするのよ。どうせ失敗するに決まってるわ」
 そんな無責任に、よく人に言葉を投げかけられるものだ。どうせ酒の勢いで言っているくせに。
「失敗しないさ」
「どうしてよ」
「私がそう思うからとしか言えないがね」
「根拠もなく確信できる貴方が妬ましいわ」
「羨ましいならやってみればいいじゃないか」
 駄目だ。話にならない。
「……話の通じない妖怪(ひと)は嫌いよ」
 そもそも私には理解が及ばなかった。何故私にわざわざ食い下がる必要があるのだろう。
「やってみなよ。兎に角、どろどろした事から離れてすっきりさっぱりっていうのも悪くないもんだよ」
 裏もなければ身もないような張りぼてもいいところの自信と、それでいて何故か困ったような彼女の様子と、無理矢理に作ったような下手くそな笑顔と。
 これではまるで――。
「いや、私が言うんだから間違いないね」
 まるで、彼女が私を励ましているようじゃないか。
「本当に?」
 気が付けば私は聞き返していた。
 信じるのは嫌いだ。信じられるのも嫌いだ。
 手を伸ばしてしまいそうになる私が嫌いだ。
「本当さ。鬼が嘘を言ってどうするんだい」
 それでも、それが欲しいとわかってしまっている私が憎らしい。黙ったまま、私は彼女の言葉を待って歯噛みした。
「だから――」
 彼女の笑顔は、私には眩しすぎる。

  §

 ああ、なるほど。こういうこと。

  §

 目端をちらつく雪はどこから降っているのか。
 どこか京にも似た趣のある旧都の石畳に、雪が落ちては融けて消えてゆく。
 この石畳の真下は灼熱地獄があった場所だと言う。その地熱のため、いつでも地底はそれなりに暖かい。地獄に関しては今でも動いているにはいるらしいが、地獄の管理がいけ好かない桜髪の覚妖怪に変わってからは私も詳しくは知らない。
 しかしその〝それなり〟も、雪が降るほどではそれなりでしかない。
 予想以上に冷え込んだ空気に、私は顔をしかめて腕を組んだ。組んだ腕はずいぶんと冷えてしまっていた。
 雪の行方はわからない。旧都の漆喰の壁を目で登り、瓦を越えた先には地底を包む巌の絶壁が連なっており、所々で燐か熔岩が燃えているのが見て取れる程度だった。その先は視線も届かぬ漆黒から淡雪が落ちてきているだけだ。
「何か羽織を持って来た方がよかったかな」
 一人ごちると、それを聞いていた街の物売りが意外そうな顔で口を挟んできた。
「珍しいですね、星熊の姉御が寒がりだなんて」
 風邪でも引きましたか、と薄ら笑いを引っかけた物売りを、私は立ち止まり一瞥して鼻を鳴らした。
「寒いわけじゃないよ。こんな地底に降る雪も、愛でてやらねば伏して泣くばかりだと思ってね」
「泣く子も黙る地底でございますよ」
 そのまま行こうとしたところ、物売りが珍しく食い下がってきたので私は振り向いた。そしてすぐに、いつも売っているかんざしや耳飾りなどに混じって、特別光るものが置いてあるのに気づいた。
 なるほど、私を呼び止めるわけだ。
 私は街道沿いに立ち並ぶ店々の一つであるそこに近づき、外灯の光を反射するそれを拾い上げた。
「――鬼の目だね」
 私が剣呑を舌に乗せて言うと、物売りは唾を飲み込んで頷いた。
「ええ。ついこの間、流れの行商から引き取ったものです」
 何かの骨に埋め込まれた青い瞳だった。幸いか不幸にか見覚えはないものだが、鬼には不幸にあった同胞の目をくり貫いて飾りにする風習もなかった。つまり、討伐された後に人間や他の妖怪の手によって加工されたものだということだ。
 基盤になっている滑らかな骨を触って、また私は顔をしかめた。この器は鬼の角を元にしたものだ。材質というべきか、角の元になった妖力は間違いなく鬼と同様のそれだった。
「……趣味が悪いね」
 私は吐き捨てるように呟くと、物売りは目を伏せて手をすり合わせた。
「ええ。ええ。だからこそ、姉御にお声掛けをいたしました。これがここへ流れ着いたのも、何かの御縁にございましょう」
 要するに、同胞の供養がしたければ、ということらしい。私は頭を掻いた。なんで私がこんな憂き目に遭わなきゃならないんだ。
 地底には他にも鬼がいる。そして、物売りとしては鬼であれば誰でも良かったのだろう。初見が私だっただけだ。
 ただそれだけで――ああ、間の悪い時に来てしまった。
「いくらだい?」
 見捨てるわけにもいかず、私は値段を聞いた。
「へえ」
 畏まって値段を提示した物売りを一発殴り飛ばしたのはそのすぐ後のことだった。

  §

「いくらなんでもぼったくりすぎだ」
 地底にいくつも掛かる橋の一つを渡りながら、私は憤慨して呟いた。往来する妖怪たちも私の気が立っていることに気が付いているのか、そそくさと歩を急ぐきらいがあった。
 手には紐を通した青目の飾りが揺れていた。結局、殴ったことで一歩二歩と引き下がった物売りも、三歩とまではいかなかったようで、決死の覚悟か半額以下には値段を下げなかった。
 裏を返せば倍額で売りつけようとしていたのかもしれないが、真っ直ぐに見られるとどうにも弱い私はそれで手を打つことにしてしまった。よく考えれば、あの店が一年に稼ぐ額をいくら超えたものかわからない程度の値段だ。しばらく遊んで暮らせるだろう。
 橋の上で欄干にもたれて、飾りを持ち上げてため息をついた。
「私も焼きが回ったか」
 誰のものかなどはわからない。だが、生前は多少器量のある鬼だったのだろう。その眼光は未だ精気を失うことなく、澄んだ中に力強さのある光で周囲を見渡していた。
 そういえば、殺した人間のしゃれこうべを紐で繋いで首に下げていた荒くれ者の同胞なんてものもいた。あれは昔の私から見ても趣味の悪いものだったが――私も今似たようなことをしている気分だ。
「首から下げるには勇気がいるもんだね、これは」
 ぼやきながら飾りを地底を照らす灯籠の光に透かし見ていると、ふと橋の往来が止んでいることに気づいた。
 ここは別の街道への近道のはずだ。飾りを下げると、視界の向こう側、向かいの欄干に緑の光が見えた。
 なるほど、これは往来が止むわけだ。
 藍の異国の胴衣に茶の上着を羽織った少女。金細工の短髪と白絹の首巻きの間で妖しい緑の光が二つ、揺れている。
「パルスィじゃないか」
 私は見知った友人の名前を呼んだ。もっとも、向こうがどう思ってるかはわからないが。
 そうでなくても、今はずいぶんと気が立っている様子だった。敵意か害意か、焼け付くほどにぎらつく目をしてこちらを射抜き、立ち尽くしている。
 方向性は違えどもこんな気が立った二人が橋にいれば、並の妖怪は近寄って来ないだろう。
「どうしたんだい、そんなにその……怒って?」
 今一つ確信が持てずに、私は彼女の方に近寄って肩を叩いた。かがんで目線を合わせると、荒い息をした彼女の翡翠の目が私の奥底深くまで見たかのような錯覚を覚えた。
 ぞっとするほど深く暗い瞳だった。
 何かがおかしい事に気づき、私は両手で彼女の肩を持った。手に提げていた飾りが欄干と当たって、かちゃりと小さな音を立てる。
「ちょっと、大丈夫か?」
 ふとすれば噛みつかれでもしそうだ。私は若干後込みながらパルスィの肩を揺さぶる。数度揺さぶったときに、彼女はようやく我に返った様子でびくりと震えて、今度はしっかりと私に視線を合わせた。
「貴方は……勇儀ね」
 いつもの、しかし疲れた様子の彼女は大きくため息をついてかすれた声を吐き出した。
「……大丈夫じゃないわ」
 安堵した私が手を離すと、彼女は力なく倒れ込んだ。慌てて私は彼女を抱き寄せる。
「お、おい。どうしたのさ」
 私が声をかけると、肩越しに返答が来た。
「あれ……なんで……? まあ、いいわ……」
 パルスィはかすれ声を苦しそうな吐息に乗せて訝しがる素振りを見せた後に、憎らしげに毒を吐いた。
「貴方の、せいよ。上手く行くはず……ないじゃない」
 それきりパルスィは気を失ってしまった。
「おい、パルスィ! おい!」
 私はそれから何度か声をかけたり、揺さぶったりしてみたものの、反応らしい反応がなかった。糸の途切れた人形のように彼女は体から力を失っている。
「……参ったな」
 悪いものでも食べたか、変な病でも拾ってきたか、ともかく、私はまた都合の悪いときに居合わせたものだ。
 己の不運を呪いながらパルスィを肩に担ぎ上げ、私は周囲を見回した。この橋は地底の外側へと続く物賑やかな街道と、地底の中央へと続く比較的暗く静かな街道を繋いでいた。
 ただでさえ雑踏や喧噪を嫌う彼女だ、介抱するにしても静かな方がいいだろう。
 私は向きを地底の奥へと変えて歩き出した。実のところ、私の縁者も奥の方が多い。力の強い者が多く住むからだろう。
 薬屋か医者か、見立てのできる者に見てもらうことに内心決めて、私は歩いていた。
 すると、橋を抜けて街道を歩き始めた矢先、街道に落ちる淡雪に混じって、一つの丸い影が落ちてきた。
 私が視線を投げると、間もなく目の高さに降りてきた茶色い影を捉える。その上には天井から降りてきているであろう、しなやかで強靱な蜘蛛の糸――。
「ヤマメじゃないか」
 黒谷ヤマメといえば、明るい性格と暗い能力とで地底ではよく名の通った土蜘蛛だ。瓢箪のような、下側の膨らんだ奇妙な服と暗闇に映える金髪は見間違えようがない。
 彼女は糸を出しながら降りてきたようで、逆さ吊りの格好のまま私に笑いかけた。
「やあ、先日の旧都の改修騒ぎでは世話になったね」
 それに、彼女は力も強い。私とは比べるまでもないだろうが、よく乱闘騒ぎで破壊される旧都の修復作業は、もっぱら彼女も駆り出される。
「いや、良い所に来てくれたね」
 仲も悪くない、と私自身思っている。その上、明るい性格とは裏腹に、彼女の能力は凄まじい。
「パルスィが倒れちゃってさ。何か変な病じゃないだろうか、調べてくれないか」
 疫病を操る能力――病をよく知る彼女であれば、パルスィの介抱もしてもらえるだろう。私は渡りに船が来たような気持ちで肩に抱えたパルスィを見せた。
「へえ」
 ヤマメは笑顔のままパルスィを一瞥した。
「どうだい? 何か悪い病気かね」
「いや、そんなことはどうでもいいよ」
 私が聞いた言葉をばっさり切って、ヤマメは手を合わせた。ぴたりと合わせた指先を離すと、器用にも手の内で交錯した網のような糸が紡がれ、それを手の長さいっぱいに引き延ばす。
「へ?」
 私が素っ頓狂な声を上げると、ヤマメは怖い笑顔を顔に張り付けたまま手を振り上げた。
「病を長いこと扱ってると、健康な体ってのが羨ましく思えてくるもんだね。いやはや、あんたみたいな丈夫な妖怪にも私の病は効くのか、気になってきちゃったよ」
 手の先々から、紡ぎ出した網目上の糸が見るも毒々しい紫色に変わっていく。
「えええ? いやいや、それをぶつけるつもりかい! やめなよ、危なっかしい!」
 私は叫んだ。私一人ならともかく、今はパルスィがいるのだ。力比べだろうが何だろうが、今は勝負ごとに付き合っている暇などなかった。
「まあまあ、そう言わずに。ちょこっと触れるだけでいいんだ。そう、先っちょだけでいいからさ!」
 ヤマメが投げてくる糸を寸での所で避けると、糸の叩きつけられた石畳が泡音を立てて溶け始めた。私は血の気が引いていくのを感じながら、足を踏み抜く。走り出す。
「冗談じゃないよ! あんなもの私の力でどうにかなるものじゃないじゃないか! 今度にしておくれよ!」
 街道を全力疾走したのは久しぶりだった。石畳をいくつか踏み砕きながら必死で走ると、どうやら上手くまけたようだった。
「もう追ってきてないだろうね……」
 上がりきった息を肩でいなしながら、私は街道を振り向いた。
「やれやれ、一体何が――」
 大丈夫そうだと思った矢先、頭に何か堅く重たいものが激突して、岩と岩がぶつかり合うかのような音が響き、私は目の前が真っ白になった。
「痛ったあああ!」
 頭に響く激痛だけが意識に浮かんでていて、私は思わず叫んだ。その後は目の前が真っ黒になって、しばらくちかちかと瞼の裏で明滅を繰り返していた。
 激痛の正体もわからずに頭を押さえて上を向くと、釣瓶落としのキスメがしたり顔でこちらを見ていた。それから私と目が合って、拳を握りしめて叫んできた。
「堅い頭が妬ましい!」
「なんでだよ! 殺す気か!」
 私が痛みに頭を押さえながら思ったままを叫ぶと、キスメは一時首を傾げて、すぐに自らの入っている釣瓶の桶をぐい、と虚空へ上げた。
「じゃあこっちの柔らかそうな方を!」
「殺す気か!」
 目線は完全にパルスィを狙っていて、私は再び叫んで走り出した。止まっているとどうしようもない。パルスィか私を狙ってか、次々と降ってくる釣瓶の桶をなんとか回避しながらふらつく足取りで走っていると、街道の果てが見えてきた。
 この先は地底の底の灼熱地獄へと続く地霊殿が待っている。胡散臭い妖怪しか住んでいないが、今この状況を考えると立ち止まるわけにもいかなかった。
「ええい、ままよ!」
 私はひと思いに旧都の街道を抜けて地霊殿へと続く道へ入った。すぐに地霊殿が見えてきて、それから地霊殿への道を併走する影に気づいた。
 横を見ると、がらがらと車輪が石畳を叩く音を鳴らす猫車と、それを疾駆させ、自らも走る黒い衣装の猫娘。
「お姉さんお姉さん! そんなに急いでどこへ行くのさ! この先は地獄の底へ一直線だよ!」
 おさげに結わえた黒髪を揺らして明るい口調でこちらへ話しかけてくるのは、この地霊殿の主人が飼っているペットの猫だった。名前が思い出せないが――。
「それにその肩の! 死体なの? 死体だよね! 火車でもないのに死人を運ぶなんて、このお燐ちゃんの目が黒いうちはさせないよ!」
 やたらと気が高ぶっている様子で、パルスィを車に乗せろとばかりに近づいてくるお燐を猫車ごと蹴飛ばした。
「阿呆か! 死んでないよ!」
 お燐は猫のような叫び声を上げながら道の外へと吹っ飛んでいった。『目の黒いうちに』って、どう考えても正気らしくはなかったが。
 また追われても面倒なので、私はそのまま地霊殿へと雪崩込んだ。エントランスに入ってすぐに見覚えのある地獄烏が待ち構えていた。確か、以前の間欠泉騒ぎの元凶だとかいう話を小耳に挟んだ覚えがある。
 それに、話によればとても頭が弱い、とも。
 烏は私を見つけるなり、首を傾げて、それから右手の砲筒をこちらに構えて明るい口調で叫んだ。
「なんか妬ましい!」
「少しは考えろこの鳥頭っ!」
 右手の砲筒に光が集まり始め、私が慌てて叫ぶと、彼女は砲筒を下ろして再び首を傾げて呟く。
「えっ……?」
 私は身構えたまま、ほんの少し気を緩めた。よかった、話せばなんとかなるのかもしれない。そう考えた先、彼女は笑顔でこちらに砲身を向けた。
「お姉さん頭いいの? 妬ましい!」
「この馬鹿、そうじゃないだろ!」
 やはり話が通じる相手ではなかった。私はすぐに横っ飛びにエントランスを走り、近場の廊下に逃げ込んだ。廊下に入ってすぐに曲がり角を見つけて曲がる。
 その次の瞬間に音を立てて荒れ狂う光が廊下を走り、熱風が背中を前へ押し込んだ。
「なんだってんだー! もう!」
 私は叫びながら無差別に打ち抜かれては焼かれていく廊下をただただ奥へと走って行く。
 しばらく走っていると砲撃の音は次第に遠くなり、それから間もなく止んだ。そのうちに私は廊下を抜けて、支柱がいくつもそびえ立って暗い天井を支える広間に突き当たった。
 そこは床に鮮やかなステンドグラスが張り巡らされており、時折明滅に煌めいたり、地動に合わせて響き鳴っている。
 あてもなく進んできた私はそこで立ち止まって息を整えた。最早どうやって帰ればいいのかもわからない。その上、何が起こっているのかもさっぱりわからなかった。
 悪い夢なら早く覚めてくれ、とすら思う。
「あら、歓迎しますよ。乗っ取りにきたわけではなさそうですし」
 後ろから耳を柔らかく沿い撫でられるかのような感覚と共に声がして振り向いた。
「『ああ、やはりこんなところ来るべきではなかった』――ですか。ペットが騒がしいと思ったら、まさか鬼がこんなところまでいらしていたとは」
 そこには私の胸の高さにも届かぬほどの桜髪の少女がゆったりとした同系色の服と、体の至るところから延びる弦に繋がれた心を見透かす〝第三の目〟をこちらに向けて、薄目に構えていた。
 古明地さとり――この館の主人だ。
「『苦手なんだよなあ、心を読まれるの』――あら、私も勝手に聞こえてしまうだけで、たまに苦手に感じますよ」
「う、うぐ……」
 私は早速居苦しさに息が詰まってきた。しかし、よく考えればそうだ。私は少しばかり心に希望を持つことができた。そう、彼女は覚り妖怪――他人の心が読めるのだ。
「ははあ。なるほどなるほど」
 言わなくてもそうしてくれるのもありがたい。パルスィが何故こうなってしまっているのか、治す手立てはあるのか、私が何かしてしまったのか――全ての疑問は一挙に解決するだろう。
 全く以ていい気分ではないが。
「どうなってるんだい、これは! 教えておくれよ!」
「ああ。なるほど。こういうこと」
「ど、どうなってるんだい?」
「はあ。ほほん。なるほどなるほど」
 しばらくさとりはそれしか言わなかった。
「ちょっと! なんだいそのわかったような顔は!」
 ついに我慢ならなくなって私が叫ぶと、さとりはふむ、と一呼吸置いてからようやく平坦な言葉を返してきた。
「わかってはいるのですが、教えたくありません」
「なんでっ!」
 再び叫んだ私に、さとりはにっこりと微笑んで朗々と答えた。
「貴方の態度が気に入らない」
「張っ倒すぞてめえ!」
「あら」
 私が無思考に言葉を発した瞬間、さとりは先ほどとは打って変わって冷ややかな声で応じた。
「この館でそんな物騒なこと、私が許すとお思いで?」
「へ?」
 素っ頓狂な声を上げる私に、さとりは冷笑して口を開いた。
「そうね、やっぱり貴方の表層意識から深層、心裏に至るまで、傷口をたっぷり抉って弄くり回してあげたくなったわ」
 第三の目のある胸の前でさとりは両手を合わせて閉じる。
「鬼は良いわよね、強靱で曲がり気がなくて……その分、何かとぶつかって出来るトラウマも沢山あって」
 そのまま両手を差し出して、ゆっくりと開いていく。すると、その先から光が生まれて、両手の間からはすらりとした刀や、升に入った炒り豆や、紫や緑など毒々しい色合いの酒瓶や――私の見覚えのあるものがこれでもかと生まれ出る。
「じょ……」
「『冗談じゃないよ』――ですか。ふむ、大丈夫ですよ」
 私の言葉を継いださとりは微笑んで、光から抜けきった刀を手に取って軽く振り回した。それから刀を私へと向ける。
「冗談は半分くらいですから」
「う、う、うわあああああ!」
 私は冷えた背筋に鞭打ち、強ばる体を動かして走り出した。いつもは出ない冷や汗がどっとにじみ出てくる。
 とにかく逃げなければ。逃げ続ければ、今までの妖怪たちは追って来なかった。今度ばかりは捕まって取っ組み合いの喧嘩でもしようものなら、ものの数日数週間程度の怪我をするのはあっちで、こっちは数年ものの心傷になりかねない。
 床のステンドグラスは私が思い切り踏み込んでも割れることはなく、よほど頑丈な素材でできているらしかった。まあ、ペットがペットだけに納得いくが。
 広間を抜けて適当な廊下に入り、中庭の見えるその廊下をひたすらに道に沿って走って行った。
 気がつけばどこまで走ったかわからず、追っ手も来なくなっていて、ようやく押さえ込んでいた疲労に気づける程度に落ち着いた私は、扉の開いていた近場の部屋に潜り込んだ。
「ここまでくれば……ってだいぶ深くまで来ちゃったな」
 荒い息を整えながら、私は部屋の中央にふかふかとした生地の張られた長椅子を見つけてパルスィを下ろし、肘掛けを頭に寝かせると、自らも座り込んだ。
 ――地霊殿のこれほど奥まで入ったのは初めてだ。
 どうやって帰ればいいのか。そして――横を見る。そもそもこいつをどうすりゃいいのか。パルスィは一応息はしているらしく、肩や胸をわずかに上下させていた。
「一体全体どうなってるんだい」
 私は頭を掻き上げて、長椅子の背もたれに身を預けた。
「厄日だね、今日は」
「本当だねー。お姉さんも大変だ」
 パルスィとは反対側の隣から幼い声で返答が帰ってきて、私はとっさに跳び退いた。
「誰っ!」
 投げた視線の先には薄く緑がかった灰色の髪を指先でいじくっている、さとりによく似た顔の少女がいた。黒い丸帽子を抱えていて、彼女はすぐにそれを下ろした。そこには閉じられてはいるが、さとりの〝第三の目〟と同じ見た目の器官があった。これではまるで色違いの――そう。
「私ね、古明地こいし。お姉ちゃんは古明地さとり。ここの主人の一人だよ」
 その通りで、かの主人の妹だった。
「……いつからいたんだい?」
 全く気づかなかった。私は疲れてきた体と心を叱咤した。今日ほど何が起こっているのかわからない日だ、何が起きてもおかしくない。
「ずっといたよ。ここ、私の部屋だもん。お姉さんがお姉ちゃんから逃げてきて、この部屋に来たんでしょう?」
 私はしばらく警戒していたが、こいしからは今まで会った妖怪たちのような、明らかにおかしい挙動や敵意のようなものを感じなかった。ほんの少し気を緩めて、いつの間にか寄っていた眉間の皺を解いた。
「そうだったのかい、そいつはすまないことをしたね。すぐに出ていくよ」
 そう言ってパルスィを抱えようと進み出ると、こいしはどうでもよさそうに首を振った。
「いや、別に良いよ。お姉さんと……もう一人のお姉さんも疲れてるみたいだしね」
 パルスィの傍についた私は、最早藁にでもすがる思いで、こいしにも聞くだけ聞いてみることにした。
「そうだ。こいつが……パルスィが橋の上で倒れたっきり意識が戻らないんだ。何か病気かとも思ったんだけど、会う人会う人に因縁つけられて喧嘩をふっかけられてそれどころじゃなかったんだよ」
「ふーん」
 こいしは長椅子に座ったまま、長椅子の反対側に横たわるパルスィをしばらく眺めて、一息の後に私に顔を向けた。
「まあ、大丈夫でしょ。疲れてるだけだよ、このお姉さん」
「そうかい……? だといいんだけど、大事を取って医者に連れて行きたいんだ」
 それがどうしてこうなったのか、今となってはわからない。当初の心配を呼び起こした私がそう呟くと、こいしは首を横に振った。
「必要ないよ。もうすぐ目が覚めるだろうから。そこも、使っていいよ。そっちがお客さん用なの」
 そう言ってこいしが指差した先には、両手に収まる大きさの小振りなテーブルと、それを挟んで四つほど椅子が並べられていた。 
「そうなのかい? ありがとう。でも……あんた、不思議な子だね」
 招き入れたでもない、そう、半ば侵入者のような私たちへの扱いにしては少々危なっかしいというか、破れかぶれというか――行動も思考も表からは読みとりにくい、形容するに困った人格の妖怪だった。
「うん。そうだよ。不思議な子なの」
 当人はさとりの姉妹だというのに心が読めない様子で、平然と言い放った。
「あんたは悩みが無さそうでいいね。疲れなさそうだ」
「えへへ。いいでしょ。悩みがないのが悩みなの」
 私の言葉に素直にそう返してきた彼女に、今日一日でまともな会話ができていない私は少しばかり安堵した。
「私は今日だけでたっぷり疲れたよ。なんだってんだい、今日は……」
 彼女も同様にそれほどまともでないにしろ、敵意や害意がないだけでずいぶんと過ごしやすいものだ。
 しばらく規則的なパルスィの吐息と、椅子に腰掛けて目を閉じて休む私と、何をするでもなく部屋をうろつくこいしとの間で、部屋の中は奇妙な沈黙が降りてきていた。
「私、お腹空いたな」
 沈黙を破ったのはこいしだった。
「ご飯食べるんだけど、お姉さんも食べる?」
 私に訊ねてきたのだろう、私は背もたれから体を起こした。訊かれてしまえばその通りで、途端に体が空腹を訴えてきた。
「いいのかい? 実は私も減ってるんだ。背中とくっつきそうだよ」
 そう答えると、こいしは笑って頷く。
「わかったー」
 扉を開けて数分と経たずにこいしは紙を敷いた網かごに丸いパンをいくつか入れて戻ってきた。
「はい、パンしかなかったけど」
「ありがとう。助かるよ」
 手渡してきたそれを受け取るなり、私は口に含んだ。空腹こそが最高の調味料だとは聞くが、朝から何も食べていない上に全力で動いていた反動もあり、私はそれから一言も発さずにパンを口の中に全て放り込んでいた。
「お姉さんはお腹空いてたんだねー」
 私の食べっぷりともごつく口を見ながらか、離れた場所からこいしは呟いた。ひとしきり咀嚼して飲み込んだ私は頷いて応じる。
「ああ、減ってたんだ。こういうと悪いけれど、これ一つじゃ足りないくらいさ」
「いや、もう一方のお姉さんの方だよ」
 もう一方となると長椅子で寝かせているパルスィだが、彼女は何も食べてはいない。理解が追いつかずにいると、こいしは続けて喋りだした。
「私は別に悩んだりすることもないし、誰かを羨ましいと思うこともないの。というよりは、〝なく〟することができるの。便利なんだよー」
「どういうことだい?」
 彼女の言葉でますます意味がわからなくなった私をよそに、彼女はパルスィをじっと見つめた後に、今度は私に向かって近づいてきて、椅子に座る私をじろじろと見回し始めた。
「私は意識しないで済むからまだわかるんだけど、お姉さんはなんでかなあ。不思議だねー」
 しばらくそうして私を見ていると、私の手に巻き付ける形で持っていた青い目の飾りに目がいったようで、かがんで目線を飾りに合わせ、納得した様子で呟いた。
「ああー、これかあ」
「これがどうかしたのかい?」
 飾りを持ち上げて見せると、こいしは笑って答えた。
「うふふ。青い目はお守りになるの。邪視から護ってくれるの。いいもの持ってるのね」
 邪視、といえば鬼の同胞たちにも見つめたものに災厄をもたらす目を持っていた者がいたが、その類から護ってくれる、ということなのだろうか。
「こっちのお姉さんはね、お腹が空いてただけだよ。ご飯が食べたくても我慢してたんだと思う。もう沢山食べたから、大丈夫」
 言うだけ言って、私の疑問のいくつかを残したまま、こいしは背伸びをした後に部屋の扉を開け放った。
「私は出かけてくるから、起きたら適当に抜け出してね」
 振り向き様にそう言い置いて、こいしは部屋を抜け出して行ってしまった。
 不可思議な行動は姉と似通ってはいるが、自由奔放な妖怪だった。
 ――邪視。
 この一連の騒動に、邪視が何の関係があるのだろうか。私は彼女の残した言葉にどこか引っかかる部分があって、首をひねって記憶を手繰っていた。
 もちろんそんなことで思い出せるのであれば苦労はしない。散々うなってみたものの、この自分の頭から引き出せる物事なんてたかが知れていた。
「ん……」
 そうして苦悶していると、隣から呻き声が洩れ出てきた。
 振り向くと、そこには眩しげに目を細めたパルスィが体を起こしていた。あの瞳を閉じた覚り妖怪の言う通りだった。本当に起き上がった。
「あれ、私……ここは?」
 橋で気を失い、気づけば見知らぬ一室となれば確かに状況の理解に手間取るだろう。私も何から話したものか思案にくれながら、とりあえず間を塞ぐ口を開いた。
「あー、いや……これはだな」
 パルスィは私の声に気づいてこちらを向き、ちょうど目を合わせた。緑色の澄んだ瞳がこちらを捉えて――。
『この目を見てよ』
「あっ」
 ようやくこいしの言っていた言葉と脳裏の記憶が交錯して、正解を導き出す。
『緑色の目。不吉の目。相手を狂わす翡翠の色――』
「〝邪視〟って、このことか……」
 こいしが言う邪視がパルスィの緑の目のことだとしたら、この一連の騒動はパルスィの仕業ということになるのだろうか。
 それはまた、何故。
「どういうこと? ここはどこ? 何で私が貴方と一緒にいるの?」
 聞きたいことが次々と頭に湧いてくるのは彼女も同じだったようで、私は頭を掻いて言葉を探す。
「橋の上でぶっ倒れたんだよ、お前さんは。私がここまで運んできたんだ。――いや、逃げてきたんだ」
 理解はしてもらえないだろうと思っていたら、案の定今の説明ではわからなかったようで、私は事の顛末を説明した。
 何故だかわからないが地底のみんなが私たちを襲ってきたこと、無理な因縁ばかりで話が通じなかったこと、結果的に地霊殿の一室まで逃げ延びてきたこと。
「そう……やっぱりね」
 パルスィは話を聞くに連れて相槌の声を低く落としていき、最後には弱々しくそう呟いてうなだれた。
「やっぱりって、なんでさ」
 純粋に頭に疑問符が浮かんだ私が聞くと、パルスィはきっと私を睨みつけて、すぐに力なく眉根を垂らした。
「いいえ、そうよね……ごめんなさい、私のせいだったの。全部私が悪かったのよ」
「おいおい、答えになってないよ。どうしたっていうのさ」
 この落ち込み様はただの体調不良というわけでもなさそうだ。私は追求の言葉を彼女に渡すと、彼女は顔を上げた。
 そして――彼女は果たして泣いていた。涙のしずくが頬を伝って、ぽろぽろと玉水となって落ちていき、彼女のスカートに沈んでいく。驚き慌てた私は声を張り上げる。
「ちょっと待った! なんで泣くんだい? やめなよ、せっかくの美人が台無しじゃないか!」
 彼女も自分自身が涙を流していることに気づき、手で拭い始めた。しかし、拭っても拭っても次々と溢れだして止まらない。
 ますます焦った私は、とにかく言葉を吐き続ける。
「待て待て待て。話を聞くよ。いや、私が悪かったよ。機嫌直しておくれよ。ね?」
「本当に何も覚えていないの?」
 彼女の方から急に飛び出した言葉に、後ろから襟首を掴まれたような感覚に陥って、私は唾を飲み込んだ。
「本当に?」
 念を押してくるパルスィに、私は口をつぐんだ。
「えっ……と」
 言葉はどこに行ったんだ。探してはもごつく口を開いて、これじゃない、あれじゃない、と彼女を納得させうる言葉を探す。
「……その、なんだ」
 もちろん、見つかるはずがなかった。彼女と私との間に、何があったのだろうか、さっぱり覚えていない。彼女は嗚咽を飲み込んで、大きく一つ息をついた。
「いいわ。わかってたもの。信じた私が馬鹿だっただけ」
 鼻をすすって、私に説明した。
「誰かの〝恨み〟を肩代わりして、消化しようと思ったの。恨みや嫉妬の宿った供物や形見を供養するとかね。でも、上手く行かなかったの。これでも頑張っていたのよ。〝縁切りの神様〟としての橋姫として――」
「あ……」
 そこまでで、ようやく思い出した。そして、いくつもの散らばっていた記憶や疑問の欠片が一気に集まっていくのがわかった。
「元は同じような性質の情だから、糧にできるかと思ったのよ……駄目だったわ」
 彼女は――パルスィは、あの私の言葉を信じたんだ。
 奪い、押しつける橋姫ではなくて、受け取り、与える橋姫になろうとしていたんだ。
 私は立ち上がって彼女の肩を掴んだ。
「いやっ……!」
 私の発した大声にびくりと体を硬直させた彼女は、あの緑色の目を驚きに見開いて私を見つめている。
「できる。できるよ。たかだか一回失敗しただけじゃないか! そうだ、誰も信じてくれていないのなら、これ、初めにこれを供養しておくれよ。私の手に余るものなんだ」
 私は青い目の飾りを彼女に押しつけた。びっくりした弾みか、勢いに負けて受け取った彼女は、飾りを見て目をぱちくりとさせている。
「あんたならできるよ! いや、あんたしかできないんだよ。外に供養に行くわけにもいかない。妖怪のあんたにしか頼めない。本当さ!」
 こんなことしか言えない自分が腹立たしかった。
 それでもどうにか、そう、私は彼女をどうにかしたかったのだ。
「だから――だから、そんな悲しい顔をしないでおくれよ」
 パルスィは悲しそうな顔や悔しそうな顔よりも、絶対に笑顔の方が似合ってる。
「……貴方ってやっぱり、ずるいわね」
 青い目の飾りを握りしめて、彼女は無理矢理微笑んだ。
「何の根拠もなく他人の進む道をでっち上げて、信じろだなんて笑わせるわ」
 その目の端からまた一つ、また一つとしずくが伝って、パルスィは顔をくしゃりと歪ませたかと思うと、私の胸に頭を押しつけた。
「うええ……」
 嗚咽をこらえながら、私の肩や胸を力なく両手で叩く。
「ばかぁ、誰も信じてくれなかったわよ、私が橋姫らしくだなんて、騙されるものかって、嫉妬を食べることもせずに、頑張ってたのにいい……」
 私は言葉に困って、早く泣き止んでほしくて、うろたえながらも彼女の頭をずっと撫でていたことだけを覚えている。

  §

 どこからか降る雪は、積もらないまでも地底に根付く灯籠の明かりを淡くぼやかしていた。
 街道に続く橋は時折人通りが絶えることがある。
 それはおおよその場合、私のような力の強い妖怪が気が立っているときだ。いつ乱暴されるかわからないのだから、被害を避けるならば当然の結果だろう。
 それ以外はほとんどの場合――地底の橋姫がいるからだ。嫌われ者の巣窟である地底でも、彼女は未だ忌避されがちな存在なのだろう。
「……まだ供養してないんだな、それ」
 地底の薄明かりに照らされた橋の欄干で、パルスィを見かけた私は、その手に下げている青い目の飾りを見て声をかけた。
 パルスィは灯籠の灯に飾りをかざし見ながら答える。
「今度地霊殿の灼熱地獄跡の温度が下がったら教えてもらう約束よ。鬼を葬るのには、地獄がいいでしょう」
「恐ろしい縁切りの妖怪様もいたもんだな」
 私は肩をすくめて呟いた。流石にと羽織ってきた青い半纏の肩に落ちてきた雪を見て、融けゆくそれに天を仰いで口を開いた。
「まあ、この雪ならすぐに冷えるんじゃないかね」
 白い息は虚空と交わり、透徹な冬の空気に消えて行く。
 パルスィは寒さに強いのか、相変わらず胴衣の上に一枚上着を羽織っただけの簡素な格好をしていた。
 あれからパルスィはしっかりと〝食事〟を取るようになった。しかし、パルスィの知人から伝わったのか、細々ながらも供養や縁切り願いなどの依頼がごくたまに入るようにもなったのだ。
 鼻で笑い口で小言を嘯きながらも、パルスィはそれを断らない。半ば楽しみにしてる節もある。
 これでいいのだろう、と思う。
 妬み恨みもすれば、憎み辛みを取り除くこともある。実に地底らしい橋姫じゃないか。
 私は羽織半纏を脱ぐと、それをパルスィに掛けて羽織らせた。
「この間はすまなかったよ。あれから考えてみたんだけど……羨ましがるのもいいなと思ったんだ」
 当分、彼女の悲しむ顔は見ずに済みそうだ。
 それなら良いのだ。
 それだからこそ良いのだ。
「あんたのその緑の瞳も綺麗なもんだと思ってね」
 それだけを言いに来たんだ、と告げると、パルスィは苦笑した。
 気障ね、と一言言い置いて、二の句を継ぐ。
「貴方の燃えるような赤い瞳の方が綺麗で妬ましいわ」
読了、ありがとうございました。
はじめまして、の方が多いかと思います。はじめまして。そうでない方はおよそ三度目、くろのです。
まず、以前の作品にコメントいただいたことに一年越しの感謝を。ありがとうございます。励みと共に勉強になります。相変わらず見返しては嬉しさと恥ずかしさと後悔とその他諸々で顔が七変化だったり二十一面相だったりと慌ただしいです。
そして未だに創想話のシステムや通例等を理解できてなくて、何か不適切な行為やら不義理やらをやらかしていたら申し訳ありません。「おっとくろの、君のものだぞ、弾もな」とトカレフでも渡しながらそっと教えてください。

さて、今回は勇儀さんとパルスィさんの話です。
節分に書き上げたような、そうでないような、ともかく節分ネタにしようと思ったら節分ネタにならなくて、「これは…極めてありがちな話だ! ネタ被ってるんじゃないか、ネタ被ってるんじゃないか!?」等々の疑心暗鬼に苛まれつつ、どうするかを迷いつつ、一ヶ月越しの投稿になりました。
もし被っていたら「おっとくろの、君のものだぞ。ピンは抜いてある」とポテトマッシャーでも渡してそっと教えてください。俺の目指していたものがそこにあるんだと読みに行きます。

また、苦手なジャンルである「ギャグやコメディ」というものにも挑戦してみたいと思いつつ作りました。軽い口当たりを目指して、午前三時のおやつに。お口に合えば幸いです。

それではまた機会がありましたら、そのときはぜひよしなに。ありがとうございました。
くろの
http://sleepy-forest.sakura.ne.jp/
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コメント



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1.90名前が無い程度の能力削除
良い距離感の勇儀とパルスィ。
正気を失ってる地霊組、みんないいキャラしてます。
4.無評価名前が無い程度の能力削除
台詞、地の文、の一連の流れに単調さを感じました。特に地の文はしばしば台詞の注釈の様にも思われました。全体的に丁寧さにやや欠ける印象です。情景の描写にもっと主観的な表現があると一人称の長所を生かす事が出来たと思います。
5.90奇声を発する程度の能力削除
距離感が良いですね
12.60名前が無い程度の能力削除
もう一味あれば化けそうな気がします
16.90名前が無い程度の能力削除
微笑みながらトラウマを突いてくるさとり様素敵です。
17.703削除
なんでこんな不幸が連続するのかと思いましたが、なるほどそういうことですか。
この後この二人がどうなるのか、楽しみですね。