Coolier - 新生・東方創想話

冬の忘れ物

2013/03/02 16:54:15
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 鈍色の分厚い雲から、白い雪が絶え間なく降り続いている。
 見渡す限りを純白に染め上げられた雪原の真ん中で、レティ・ホワイトロックはそこに生えていた一本の古巨木の幹に背中を預けながら、静かに腰を下ろしていた。
 彼女の僅かに開いた口元から、綿雲のような白い吐息が吐き出されては、北風に砕けて消える。
 冬の妖怪として知られる彼女は当然のことながら、この冬という季節を心から愛していた。
 この季節ほど、万物の本質が浮き彫りになる季節はない。
 不可視の刃のように鋭く冴えた、澄み渡る空気と風。
 世界は白に染め抜かれ、余計な色を失う。
 水はより清く、空はより高く。
 夜はより長く、灯はより温かい。
 しかしどういう訳か、レティは今、自らの胸の奥底を穿つような途方もない虚無感に打ちひしがれていた。
 だだっ広い雪原に、一人で佇む自分。
 人々は屋根の下で暖を取り、獣は巣穴へと籠る。
 多くの妖怪は春を待って活動を鎮め、自然の権化たる妖精の姿も見受けられない。
 漠然とした淋しさが、レティを襲った。
 まるで共感を求めるように、つい見上げる――古木。
 ゴツゴツと凹凸の激しい幹に、葉の一枚も残っていない太いだけの枝。
 その間を、深々と降り頻る雪はいとも簡単にすり抜け、舞い落ちる。
 なんて淋しい、冬のひと時。
 もしも冬が本当に、万物の本質を審らかにするのなら。
 ここでこうして、孤独に苛まれる私は一体――。
 ――と、レティの背後から、ギュッギュッと誰かが雪を踏む音が聞こえてきた。
 それは段々と彼女に近付き、止まる。
 レティが古木の幹を避けてその向こうを振り返ると、そこには日傘を広げてこちらをジッと見据える、風見幽香の姿があった。
 知る人ぞ知る花の妖怪――幽香はレティの存在に気が付くと、彼女もまた白い息を吐きながら言った。
「あら。通りで寒い訳ね」
 何気ない、落ち着いた声色だった。
 しかしレティは疑問に思った。
 風見幽香は季節の花を求めて、一年中幻想郷を渡り歩くことで知られている。
 その彼女が、大地を雪で覆われたこの雪原に、どうして姿を現すのか。
 レティは訝しむように訊いた。
「どうして貴女がここに?」
「ちょっと、〝花〟を見にね」
 そう簡素に答えると、幽香は冷たい風の中にそっと手を伸ばして、それまでレティが背中を預けていた古木の節くれだった幹に触れた。
 レティは眉根を寄せた。花を見に?
 降り積もる雪に閉ざされたこの白銀の世界が、彼女には見えていないとでも言うのだろうか?
 しかしレティの疑問に触れることなく、幽香は言った。
「この樹が何の樹か、分かる?」
 レティは首を振って、正直に答えた。
「分からないわ」
 それは無理もない話だった。
 レティは冬以外の季節に、ここを訪れることなどないのだから。
 更に付け加えれば、樹皮の様子やその色合いから樹の種類が判別できるほど、植物に詳しい訳でもない。
 花の妖怪に対して、それはあまりにも不躾な返答のようにも思えたが、
「イチョウの樹よ」
 幽香はレティの返事に特に気を害した様子もなく、幹に添えた手で、そこを優しく撫でながら言った。
「イチョウは雌雄異株で、これは雌株なのだけれど、雄株が近くにないから、〝彼女〟はずっとここに一人だけ」
 幽香の言葉を受けて、レティは何となく、「私と一緒だな」と思った。
「そしてもう……終わりね」
「え?」
 幹を撫でたままどこか遠い目をして、そう言葉を紡いだ幽香に、レティは思わず聞き返した。
「〝彼女〟はもうもたないわ。寿命なのよ。きっともう、春を待っても花を付けることはないでしょうね」
「…………」
 レティは覗き込むように、幽香の顔を見やった。
 まるで我が子を愛おしむように、イチョウの樹を見つめている幽香。
 その表情は柔らかくも物悲しく、そして安らかで力強かった。
「貴女もやっぱり、冬は嫌い?」
 レティは顔を曇らせながらも、尋ねた。
 植物に限らず、生命が生きるには厳しい環境である冬。
 花を愛する幽香が、今もなお瀕死の〝彼女〟に冷気を吹き付けるこの季節を、好いているとは思えなかった。
(やっぱり私は嫌われ者の……)
 しかし、幽香は静かに言った。
「好きよ」
 レティは驚いて、俯き加減になっていた顔を上げた。
「どうして……?」
 すると幽香は、そっと〝彼女〟の幹に耳を当てた。
「貴女にも聞こえるかしら? 〝彼女〟は確かに、もう老いた身。花を付けることもなく、ただここで朽ちていくのを待つ身。だけど、この幹は未だに、枝先に水を通している」
 幽香は目を閉じて、続けた。
「〝彼女〟はまだ生きているのよ、レティ。この寒さの中で、どんなに雪に埋もれようと。〝彼女〟はまだ生きているの。それはとても、美しいものだと思わない?」
「……じゃあ、貴女は何の花を見に来たの? 貴女のその能力で、〝彼女〟に最期の花を咲かせてあげるの?」
 レティが問い掛けると、幽香は目を開けて微笑んだ。
「その必要はないわ。だってもう――」
 そして空を見上げる。
「――〝満開〟じゃない」
 幽香に釣られて、レティも空を見上げた。
 しかしそこには、〝彼女〟の持つ立派な枝と、雪を降らす黒雲しか見えない。
「〝六出花〟って知ってる?」
 幽香のその一言で、レティは「あ……」と声を漏らした。
 〝六出花〟。またの呼び名を〝六花〟と言い、それは雪の結晶を花に見立てた、雪の異名。
 幽香がレティに向き直った。
 満面の笑みを浮かべて。
「そう。私が〝彼女〟の尊厳も、自然の摂理も歪めることなく、貴女が〝彼女〟に溢れんばかりの花弁を添えてくれたのよ」
 そして幽香はそのまま、レティに握手を求めた。
「本当は、ここで一人で〝彼女〟の最期の花を見収めるつもりだったのだけど、こうして会えたのも何かの縁ね。お礼を言わせて頂戴、レティ・ホワイトロック」
 レティは只々、ポカンとするばかりだった。
 しかし、やがて彼女も笑顔になって、幽香の手を握り返した。
「ええ。こちらこそ、ありがとう。風見幽香」
「じゃあ、このまま二人で楽しみましょう? 雪の華で彩られた、この幻想郷を」
「そうね」
 そして二人は、連れ立って歩き始めた。
 冬の妖怪と花の妖怪が肩を並べて歩く様は、いささか奇妙な光景でもあったが、「そうか」とレティは胸中で得心した。
 冬は万物の本質を浮き彫りにさせる。
 人恋しさに胸を貫かれる孤独な私を、温かい心根の持ち主である彼女が見捨てるはずもない。
 背後で遠くなってゆくイチョウの樹に、レティは振り返った。
 丁度〝彼女〟も、そうだったように。
 〝六出花〟。それに花言葉を贈るなら、『冬の忘れ物』だろうか。
 しかし、それを忘れないでいてくれる人もいる。
 なんて優しい、冬のひと時。
四作目。かなり短いお話です。
内容云々というよりも、雰囲気を楽しんで頂くタイプの話になってしまいましたね。
まぁ欲を言えば、二月中に投稿したかったものですが……。
ゆんゆん
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コメント



0.430簡易評価
4.80名前が無い程度の能力削除
しんみり静か。けれどよい空気と言葉でした。
5.100もんてまん削除
これはいいレティ。そして幽香。
好きな雰囲気でした。良かったです。
6.100名前が無い程度の能力削除
せつなくともやさしいお話でした
11.100名前が無い程度の能力削除
心にじんわりくる、素敵な話でした。
12.703削除
テーマも良い。雰囲気もある。
のですが、個人的にはもっと上手く料理したのを見てみたかった! 贅沢でごめんなさい。