Coolier - 新生・東方創想話

子供だった大人のために。大人になれない彼女のために。生まれていないあの子のために

2013/03/01 04:36:36
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 寒さもようやく衰えはじめましたが、阿求様はいかがお過ごしでしょうか。

 幻想郷縁起を献本いただきありがとうございます。増補改訂を経て、一層人間の役にたつ書物になったと感じました。
 お礼も兼ねまして、仕事柄見聞した情報を、幾つかまとめました。同封しておりますので、ご覧ください。また、もう一点、別途に小包を送らせて頂きました。古明地こいし様宛の手紙です(こちらの手紙が先に届くよう手配いたしましたが、小包が先に届いていたら申し訳ありません)
 機会があればでよろしいので、彼女かお姉様に届くよう取りはからって頂けると幸いです。(天狗にも配達できない家にお住まいのようですので、阿求様でも難しいようでしたら返信いただけると幸いです)

 また、申し訳ないのですが、妖怪に関する情報を私が提供できるのは、当面難しくなると思います。
 私事なのですが、娘が生まれました。ご存じの通り、夫婦のみで営んでいる小さな豆腐屋ですので、当分の間は配達自体を休止しようかと考えています。妖怪の方々に関して知ることが出来たのは、仕事柄幻想郷の各地に配達していたからですので、今後はそれに関して見知った情報を提供することは難しくなりそうです。
 (ところで、私の名前が紅美鈴氏の項では『豆腐屋』メディスン・メランコリー氏の項では『夢次』となっておりました。今後新たにに発行する機会がありましたら、どちらかに統一して頂けると幸いです)

 さて、ここからは私信になります。こいし様(不躾な言い方かもしれませんが、お姉様と混じらぬように)つまり妖怪に関することですので、同封した手紙に記すべきか迷いましたが、如何せん不確かな情報ですし、個人的な色が強いと感じましたので、こちらに記させて頂きます。

 自分から言う機会も希ですし、阿求様はご存じないと思いますが、私は外来人です(夢次、と言う名もこちらで世話になった方――豆腐屋の先代――にいただきました)
 先代のお世話になるまでは、里の外で暮らしておりました。大方の外来人同様、こちらに来た当初は右も左もわからぬ身でして、里の存在にも気がつかぬままでした。幼子、とまでは言わずとも、一人で生きるのは難しい年の頃でした。
 今にして思えば、もっと早くに人間と出会えていれば、とは思いますが、妖怪が闊歩する中を生き抜いてきた経験が、里の外への配達を躊躇わないことに、そして紅魔館など、里に留まらぬお客様を獲得することに繋がったと思えば、塞翁が馬かもしれません。

 いずれにしても、遙か昔の事です。阿求様もまだお生まれに(再誕と言う方がよろしいかもしれませんが)なっていない時代の話です。
 私が現れたのは、森の側でした。今では人も住んでいると聞きますし、側の古道具屋の店主は存じております。とはいえ、私が来た当初は、人間はもちろん、妖怪もさほどは近づかぬ場所でした。無理に来る妖怪となれば、あまり友好的とは言えない物が殆どでもありました。
 当時のことはさほど覚えておりません。森で一人、希に見るのは非友好的な妖怪となれば、生きていくのに必死で、それだけだったのでしょう。あるいは、記憶というのは人と人の関わりで生まれる物なのかもしれません。暦もこの郷というものもわからぬまま、一人森で生きていくのに必死では、日々と日々の境目すら曖昧でしたから。
 その中で、記憶、と言うには漠然としていて、感覚、と呼ぶ方が相応しいのかもしれませんが、当時の孤独というのは心に残っています。
 そのような私にも友人がいたようです。ようです、と曖昧な書き方になってしまうのは、長年、寂しさや恐れが生み出した妄想だと思っていたためです。そう思うには十分なほど友人――彼か彼女すら不確かな――の記憶は曖昧です。具体性というものは全く持って欠如しています。
 森というのはあのように空気の悪い場所ですし、そこの空気が見せた幻覚、と納得していました。あるいは実際にそうかもしれません。

 幻想郷縁起に記された言葉を借りれば「イマジナリーコンパニオン」と呼ぶのでしょうか? 先代は大変良くしてくれましたし、生きていくために必須の知恵は十二分にたたき込んでくれましたが、私はさほど学がある人間ではありません(こちらの手紙にも失礼が無いかと不安です。失礼がありましたらご容赦を)平生の口調も、幻想郷縁起に記されたとおりで、丁寧さとは縁遠い男です。

 「イマジナリーコンパニオン」に関することも、単に私の勘違いか思い込みかも知れません。ですが、ここまでの話で既に回りくどいとは私自身感じていますので、それを承知として彼女の話に、本題に切り込みたいと思います。
 こいし様の記事と、挿絵を拝見いたしました。彼女が妖怪と考えれば的違いな感想かも知れませんが――愛らしい少女と感じました(いずれ娘がこのように育ってくれればと思うほどに)

 私の記憶の中で、このような少女を見た記憶はありません。しかし、私を助けてくれた友人とは、まさにこの方ではないのかと感じているのです。それこそが妄想かもしれませんが、男女かも曖昧な友人が、まさに彼女だと思ってしまうのです。
 無理にかもしれませんが、根拠と思うこともあります。森はあのように鬱蒼とした場所ですので、私の主食は茸でした。小屋とすら呼べぬものではありましたが、雨風を凌げる家もありました。

 長年、疑問でした。毒茸で苦しんだ記憶はありませんし、小屋の作り方、と言う物も、娘を持つ年となった今でも把握しておりません。
 幼いながらに生活力があった、と思おうとしていましたし、若い頃はそれを自慢げに吹聴しておりましたが、改めて考えますと、誰かの助けがあったと考える方が自然に思います。
 その友人とはこいし氏では無いだろうか? と考え始めました。
 毒茸に関して、今でもはっきり記憶していることがあります。「ツチグモタケ」という茸をご存じでしょうか? 私の知っている限り、森にしか生えていない茸です。猛毒ですので、それは幸いでしょうか。
 傘が茶色がかった黄色であることはなるほど土蜘蛛と思いますが、茎の部分は緑というのは土蜘蛛らしくありません。恐らく、見た目よりも、その猛毒故に「ツチグモ」の名を付けられているのではないかと思います。コレラタケのように。
 ともあれ、こうして手紙を書いているのですから、無論食したことはありません。しかし、食べようと思ったことはあります。それほどに空腹だった時がありました。

 ――こういう色の茸は食べちゃいけない。私みたいな色は。

 言葉は曖昧ですが、そのようにして友人が止めてくれたのを覚えています。男女も老若もあやふやな友人の色は……色だけは、はっきりと覚えています。上半身の黄色。下半身の緑。格好も体裁も曖昧なのに、色だけは、確信を持って言い切れます。
 こいし様の記事を読み、どうしても気になっていました。私の記憶の中に彼女の姿はありませんでしたから。しかし、昨日、休日と言うこともありまして、カフェで新聞を読んでおりました。 

 そこで、彼女の写真を見ました。挿絵同様、やはりその顔に見覚えはありません。ですが、その色合いは鮮烈に、直感的な物として確かに記憶にありました。まさしく、友人の色です。友人の色という物もその瞬間に思い出したのですが、なんの疑いも無くこの色だとわかりました。

 一晩考え、彼女こそが「友人」であったのではと思い続けています。
 それが、遅れていた礼状にかこつけまして、このように個人的な事を書き連ねた次第であります。

 書きながらも、過去と友人の事を思い返そうとしています。先ほどは確かに友人、彼女と共に小屋を建てていたような気もしました。今この瞬間は、気のせいだった。苦労しつつも一人で建てた、と思い直しています。
 長々と書いてきた上で申し訳ないのですが、全ては単に妄想、勘違いだったともやはり感じています。それほど曖昧な記憶です。ツチグモタケのような色であれば、毒である可能性が高いのは一目瞭然。微かに残った理性が、幻覚を借りて止めたのかもしれません。
 色に関しても「既視感」と言いましたか。実際には起きていないことが過去に起こったと思う体験、そのようなものかもしれません。

 それが同封の資料に記さなかった理由ですし、こちらの手紙を書き直すべきか思案している理由でもあります。
 それでもこの手紙をお送りする理由としては、なんとも単純な物です。私はお礼が言いたいのです。

 私の友人が彼女であったか、過去に何があったか。あるいは探る方法もあるのかもしれません。とはいえ、それには殆ど意味を感じていません。結局の所、実感できない話です。
 彼女に会おうとも、積極的には思いません。地底というのは人間が赴くに難しい場所ですし、そもそも、「友人」としての振る舞いも、それを企図したものではないのかもしれません。枯れ芒を幽霊と感じるように、そこにいただけの彼女に、友人としての何かを見いだした。私の一方通行かもしれません。
 無意識、と言う話は学の無い私には難しいのですが、人間の身(少なくとも我々のような大人が)で交流を試みるには事情が複雑だとは察せますし、失礼な言い方をすれば、仮に「友人」がこいし様であっても、人形や何かを友に、慰めにしていたのと同様とも感じています。少なくとも意識――同時に感情――を伴った交流は無かったと。

 それでもいいのです。そして、友人が彼女でなくてもいいのです。私には「友人」がいました。阿求様の言う「イマジナリーコンパニオン」だとしても。
 それだけでいいのです。私は友人に助けられました。その支えがあってこそ、今ここで幸福に暮らし、子を持った私がいます。そして、記憶にも残らない過去も、やはり私を作っているのです。

 幼少時代とは、そのようなものと感じています。私のような特殊な例(幼少と言うには年を取っていましたし)でなくとも、物心つく前の記憶を持っているものはいないでしょう。しかし「三つ子の魂百まで」と言いますように、記憶にも残らぬ過去が、そしてそれが何よりも人を形作っているのだと思います。

 幻想郷縁起に記された、こいし様を慕う者。彼女の友人。そこに私が含まれているかはわかりません。ですが、これは言い切ってもいいと思うのです。「イマジナリーコンパニオン」その友人の存在が、どれだけ子供を助けるのかということを。
 記憶にも残らぬ友人と遊び、そこから得た喜びが、笑みが、支えが、学びが、もう思い出せなくなった過去が、今の私を作っているのだと確信しています。友人が誰か、それが幻想か否かは些細なことです。「友人」であることには変わりません。
 
 些細でないとすれば、こいし様は実在すると言うことです。幻想郷縁起に記されたように、彼女こそがその「友人」であった者も、彼女を慕っていた子供も大勢いることでしょう。ですので、私はそれを(自分勝手にですが)代表して、お礼を言いたいのです。
 阿求様には釈迦に説法でしょうが、妖怪であれ、我々の助けに、何よりの友人となるのだと感じています。
 今後機会がありましたら、私たち――子供だった者――の大切な友人として、その観点からも彼女の取材、執筆をしては。とも愚考しております。
 そして願望ですが、物「心」付かぬ頃の経験が人を作るように、子供達に慕われた経験が、ほんの一欠片だったとしても、心を閉ざしたとあった彼女もまた――出来れば前向きに――作っていて、そして作ってほしいと願っています。

 阿求様に向けての手紙を承知ですが、正直な感想があります。
 こうして、子を持つ身になって実感できました。まだ生まれたばかりですので、今の私が注いだ愛情を娘が記憶することは無いでしょう。大人になれば忘れてしまうような記憶――それでも、親は愛情を注ぎます。自分自身を、記憶にないそれが形作っていると実感できるからです。
 私自身は実の親は知りません。ですので、「他人の思い」と言い換えるべきでしょうか。
 そして、私は思いを娘に伝えていきます。いつか、言葉が理解できるようになれば、覚えてもいない、大切な友人の話もしてあげたいと思います。

 それは私一人の事です。私の身は、口は一つです。ですが、阿求様には我々には及びも付かぬ知識と、先の世代でも書き続けるための力があります。古明地こいし――子供達の、大切な友人。
 その名を、彼女を、未来の子供へ――あるいは未来のこいし様のために紡いでいただきたい。そう思いました。
 
 以上、乱文乱筆の程、ご容赦願います。

 夢次拝
 
 
 追伸

 別途にお送りした小包はこいし様あての礼状ですが、帽子を同封しております。彼女の姿を写真で拝見したときに、帽子が大変印象に残っておりました。
 さほど高価な品ではありませんが、妻には好評でした。気に入っていただけると幸いです(と、彼女宛の手紙に書くべきでしたが失念していました。付け加えていただけると幸いです)
大切だとは覚えているのに思い出せない事で悩んだりすることもたまにあります。

※敬語の誤用を修正しました。ご指摘ありがとうございます。
Pumpkin
[email protected]
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コメント



0.1610簡易評価
1.100ひぎゅ削除
自分の思い出せない過去を親に聞いてみたくなりました。また、こいし氏に荷物は届けられたのか。もし届いていたら、その気持ちはこいし氏に届けられたのか。是非、届いていて欲しいなと思いたくなる作品でした!
2.100名前が無い程度の能力削除
届いてほしい
6.100名前が無い程度の能力削除
セピア色のお友達
7.80奇声を発する程度の能力削除
良いですね、この感じ
9.100名前が無い程度の能力削除
タイトルだけで100点入れかけたのはここだけの話
作品を読んで200点入れかけたのもここだけの(ry

人間意外なことほど記憶に残るもので…
13.100職が無い程度の能力削除
年齢を重ねれば重ねるほど共感できる内容でした
16.90名前が無い程度の能力削除
歳取るごとに曖昧な記憶が増えていくというのは何とも言えず切ないな
31.100名前が無い程度の能力削除
すっかりおぼろげになった子供の頃を思い出させてくれる良いお話でした。
33.10名前が無い程度の能力削除
>同封しておりますので、ご拝見ください。
こ、これは「ご覧ください」と言いたいのでしょうか…?最初の3行で読む気が失せました。
35.100名前が無い程度の能力削除
読んでいてとても幸せになれました。
38.100eabs削除
素敵です。すごく素敵です。なんて優しいお話なのでしょう。
夢次氏の幸せな生活が画面の向こう側から溢れてくるように感じました。
手紙には愛と感謝が詰まっていますね。恋愛ではなく、隣人愛的な愛が。
彼が幸せだからこそ、こんなにも優しく、そして暖かい手紙を書こうと思ったのでしょう。
日々の隙間に現れるふとした郷愁の香りが、感謝という形で描かれて居ることが、心にグッときました。
素敵なお話、ありがとうございました。
39.100名前が無い程度の能力削除
子ども目線からのこいしを、大人のやさしさで振り返った素敵なお話。
ほっと胸があたたかくなりました。
42.80名前が無い程度の能力削除
風呂敷の広げ方が好み
43.70さとしお削除
夢次と豆腐屋を無理やりつなげてしまう、その発想が凄い面白かったです。
手紙の内容も大変好みでした。
44.100非現実世界に棲む者削除
こいしはやっぱり人気者ですね。
45.903削除
こんなSSを書いてみたい。そう思いました。
46.100名前が無い程度の能力削除
欲を言うならば子供時代からここまでを全て読んでみたかった。
とても良いです。
49.100名前が無い程度の能力削除
ありがとう