Coolier - 新生・東方創想話

咲かぬ桜の開花

2013/02/21 22:25:46
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Ⅳ それぞれの結末

「霍青娥さんですね」
 人間の里上空、そこをふよふよと漂っていた仙人を妖夢は呼び止めた。
 何か探し物でもしているのだろうか、きょろきょろと目まぐるしく視線を動かしていた青娥は、呼び掛けに対して若干の動揺が見える表情で応じた。
「な、何か御用かしら」
 怪しい、というのが第一印象だ。もともと容疑者として疑っていたのに加えてこの反応である。妖夢はビンゴを確信しつつ、さらに問い詰めた。
「貴女にお聞きしたいことがありまして」
「あら、何でしょう?」
「実は私――死体を探しているんです」
「……っ!」
 あまりに突拍子のない切り込み方だと自覚はしているが、むしろこの方が相手の反応を見やすいだろう。ここで相手が話題を逸らそうとしたり、不自然に知らない素振りを見せれば、より容疑が深まることとなる。
「とある場所にきちんと安置されていたはずなのですが、ある日突然無くなってしまったんですよ。何人か聞き込み調査をしたら、貴女が何か知っているのではという結論に至りまして」
「死体……どのような死体ですか? 顔立ちや容姿などは」
「それが私にもわからないんですよ。伝えられた話では、歌を詠む才に秀でていたそうですが……これでは手掛かりになりませんよね」
「…………」
 青娥は口を閉ざしてしまった。こめかみから頬に汗が伝う。それが暑さによるものか否かは妖夢の目にも明らかだった。
「何か知っていますね?」
「……っ、ちょっと心当たりがあっただけよ」
「それは一体――」
「でもあなたには関係ないわ。こっちの話」
「……怪しいですね。こちらが探している死体ですが、もし見つからないとうちの主人が危ういんです」
「それは大変ね。でも私の心当たりってのは多分それとは関係ないわ。お引き取り願おうかしら」
「違っていてもいいんです。詳しく話を聞かせてもらえませんか?」
「っ! しつこいわね。……どうしてもと言うなら、幻想郷のルールに則って解決を図るのはどうでしょう?」
「スペルカードルール……分かりました。お相手します」
 言うが早いか、双方は互いに距離を取って、それぞれの使用するカード枚数を宣言する。先に声を上げたのは青娥だ。
「私から言うのがマナーですね! こちらの手持ちは四枚!」
「そうですか。ならば私は九枚! 情けは無用! 本気で行かせていただきます!」
「ふ……卑怯とは言わないわ。そちらにいくらハンデを掛けたとして、私は決して負けない自信がある」
「……減らず口をっ!」
 腰から楼観剣を抜き、斜めに構えながら突進する。早速一枚目のカードを切った。

「六道剣『一念無量劫』!」

 妖夢が剣を振ると同時、彼女を中心として花びらのような色とりどりの弾幕が咲き乱れる。それらは一度止まったかと思うと、楼観剣の動きに合わせて八方に放たれる。
「出し惜しみのしない性格は嫌いじゃないわ。でも、そんな単純な弾じゃ当たらないわよっ!」
 錐もみ飛行で回避する青娥。朝飯前とも言いたげな余裕だが、こうまで簡単に回避されるのは弾幕にも要因があった。
 華は弾幕の基本である。故に、無作為にばら撒くだけでは対処が容易なのだ。また、きっちり整列させた弾幕も避けられやすい。まさしく花弁のように、全体の規則的な流れの中に僅かな狂いを生じさせることが避けにくい弾幕の理想形なのだが、それは言うほど簡単ではない。
 一念無量劫はランダムに弾幕をばら撒く技である。一番最初ではなく、相手が疲れてくる中盤から終盤に使った方が効率が良いのだが、一刻も早く決着をつけたかった妖夢は判断を誤ったと言える。
「……っ、」
 失敗を埋め合わせるべく、もう一枚のスペルカードを宣言する。

「人符『現世斬』!」

 唱えると同時に、妖夢の姿が掻き消えた。それに青娥が気付くのとほぼ同時に、眼前まで距離を詰めて現れる。辻斬りの要領で切りかかるとき、

「断命剣『瞑想斬』!」

 さらにもう一枚のスペルを唱える。瞬間的に集められた妖力が刀身へと溜まり、淡い緑色に発光する。二枚のスペルカードを組み合わせた攻撃は、認識することすら難しい速さで青娥に襲い掛かった。が、
「甘いわね」
 青娥は空中で小さく回転することで攻撃をやり過ごし、背後を曝け出した妖夢へと攻撃をする。
「――くっ!」
 こちらの攻撃は全く当たらないのに、青娥の、しかもスペルカードではない通常の弾幕は確実に妖夢を仕留めようとしてくる。危ういところで何とかやり過ごしたが、先の思いやられる攻撃だった。
「貴女の剣は物を切るためにあるのでしょう? なのに全然斬れてないわ」
 挑発的な台詞を口にする青娥。どちらに形成が偏っているかは明らかだ。
 相手の二倍以上のスペルカードを用意したところで、すべて避けられてしまっては元も子もない。
「仙人を甘く見ないこと、それを教えてあげるわ。その身に叩きつけてねっ!」
 スペルカードを取り出し、真上に掲げて宣言する。
「道符『TAO胎動 ~道~』!」
 彼女の周囲にいくつもの光の塊が形成され、それらがまるで生きているかのように蠢き、妖夢に襲い掛かる。
(……っ、当たらなければどうと言うことは無いっ!)
 物理法則を無視して曲線を描きながら襲い掛かる光線を掻い潜り、楼観剣の一撃を叩き込むべく突撃する。しかし、
「まだ終わらないわよ」
 その眼前でさらに白い球体が複数放たれる。それらの動きはゆっくりしていたが、とっさの事に反応できずに、
「っ!」

 妖夢の視界が、真っ白に染まった。



 地獄谷間欠泉センター。妖怪の山の麓に存在する温泉地帯の総称である。
 山の神様によってつい最近開発されたばかりなのだが、間欠泉と一緒に怨霊まで湧いてしまったことから近寄る人間は少ない。
 何故怨霊が湧いたかと言えば、この間欠泉そのものが地下深くにある旧地獄跡に直結しているからだ。
 ここには、旧地獄のある地下世界へと繋がる通路があり、霊夢と魔理沙はそこを降りているところだった。
「考えてみれば、死体を盗もうとする輩って言えば真っ先に思い付くやつがいたわよね」
「ああ。青娥も確かにあり得るが、普通はあいつの方が確率高いだろ」
 魔理沙の言う“あいつ”は旧地獄にいる。もしかすると地上に出て死体集めに精を出しているかもしれないが、とりあえず妖夢の求めていた死体は旧地獄に安置されているのだろう。
「着いたわ」
 狭かった通路が急に広くなる。そこは、陰気な地下世界のイメージとかけ離れた近代的な工場のようになっていた。
 そう、これが地獄谷間欠泉センターの真の姿である。灼熱地獄跡が改修され、現在は核融合炉として機能している。
 ここで生み出されたエネルギーは山の神様によって“有効”活用されているそうだが、現時点で霊夢や魔理沙までその恩恵が行き届いていないので、やはり私欲の為に使っているのではというのが彼女たちの意見である。
「お燐はいるかしら」
 手近な作業員(河童)に訊く。地下世界でも霊夢の傍若無人っぷりは知れ渡っているようで、河童は驚いたように仰け反り、「す、すぐ呼んできます!」と言って走り去っていった。
「顔パスで幻想郷一周できそうな威厳だぜ」
「日ごろの鍛錬の賜物よ」
 どう見ても霊夢が日頃鍛錬をしているようには見えないが、彼女の妖怪退治の腕前は幻想郷一とも言える。この世界は理不尽だ。
 少し待つと、奥の方から一匹の猫又が現れた。
 猫又は、霊夢たちの目の前まで来ると姿を変え、人の形をとった。
「お待たせー。私に用だって?」
 この猫又の正体が火焔猫燐、通称お燐である。
「見つけたぜ窃盗犯、お縄にかけてやるから大人しくするんだな!」
「は? ちょっといきなりどうしたんだい?」
「魔理沙、結論を出すにはまだ早いわ。順を追って説明しないと」
「えっ、順を追って説明するとあたいは捕まるの?」
「まあそういうことね。観念しておきなさい」
「ええー。あたいが何をしたっていうんだよー」
「自分の胸に手を当てて見なさい。きっと思い当たる節があるはずよ」
「うーん、ここ数日は死体集めしかやってないんだけどなぁ……」
「つまりは、それが捕まる原因なんだぜ」
「ええっ!?」
「魔理沙、結論を出すにはまだ早いわ。順を追って説明しないと」
「えっ、順を追って……ってループしてるよ!」
「おお、いいツッコミだぜ」
 感心する魔理沙。幻想郷はボケ要員ばかりで突っ込み役が不足していると常々思っていたのだ。
「じゃあ改めて説明するけど、冥界の屋敷の庭に埋めてあった死体がなくなったそうなの。あんたが持って行ったんじゃないかって思ってるんだけど、心当たりはないかしら」
「冥界の屋敷……ああ、少し前にお邪魔したことがあったね。賑やかに花見をしてたもんだから、人の集まるところに死体ありってことで」
「なんて理論だ」
「でも実際行ってみると、いたのは生者や幽霊ばっかりで死体なんかありゃしない。でもせっかくここまで来たんだからと根気よく探していたら、とある桜の根元から死体の香りが漂っていたんだよ」
「そうだったんだ……私らが前行ったときは判らなかったけどね」
「あたいも気づくのに時間がかかったよ。なんせ何百年も前の死体だからね。牛乳を撒いた地面とチーズを埋めた地面じゃどっちが分かりやすいかって話さ」
「今ひとつ解らない例えだけど……それで、その死体はまだあるのかしら。あるなら返してほしいんだけど」
「うーん、探してみようか。多分まだあると思うけど……」
 もし無かった場合、死体はどうなってしまうのだろうか。考えてはいけないと思いながらも考えてしまう。
「……うぇっぷ」
「魔理沙、耐えるのよ」
 しばらく待つと、お燐が猫車を押しながら帰ってきた。
「おっ待たせー。いやー危なかったね。“処分”寸前だったのを引っ張り出してきたよ」
 霊夢達の前に猫車を置き、被さっていた布をはぐろうとして――
「ちょっ、ストップストップ! そこから先はいろいろアウトだから!」
 霊夢に全力で静止された。捲れかかった布の隙間から鼻の歪むような悪臭が漂う。
「? じゃあ布に包んだまま渡せばいいのかな?」
「いや、そういうことじゃなくて……」
「お燐、お前がもとあった場所に返してくれ」
 こういった特殊な任務はご遠慮いただきたい霊夢達だった。
「また冥界まで行くの? あんまり道覚えてないんだけど……」
「じゃあ私たちが案内するから!」
「そうかい。……、だったら最初からあんたらに預けた方が……」
「断固拒否するぜ」
「……しょうがないなー」
 渋々ながら決心したらしい。猫車を持ち直したお燐は、
「そんじゃ、とりあえず地上に出ますか」
『……おおー』
 今一つテンションの上がらない二人と旧地獄跡を出た。

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