緋想は天地を伝わらず

「そうかしら。少なくとも八雲紫以外は、私と出会うまで、全員楽しそうな顔だったけど」
「……あくまで総領娘様がそう思っているだけで、それはそれぞれ本人にしか分らない事です」
「そうね。でもその言い分だと、私が衣玖に、『私が起こした異変に不満を持っているとは限らない』と言い訳できることにもなるわよ」
「ううむ、そうですね。では、例え話でいきましょう。もしもの話ですが、総領娘様が異変を起こして、巫女も八雲紫も来なかったとします。幻想郷は未曽有の大地震に遭い、とある人里では、壊滅的な被害を被りました。総領娘様が、その隣にいる村の村人だとして、自分以外の何人かが呼ばれ、大きな被害を受けた村の復興に動きました。さて、呼ばれてはいない総領娘様は、どうしますか？」
「何よ、そんな質問で私が意地になるとでも思ったの？　行くはずないでしょう。私には関係の無い事だもの」
「正解ですね」
「え、そうなの？　それでいいの？」
「正しくは、不正解ではない、というのが正しいのでしょうが。仮に、助けを求められていない総領娘様が隣の村に行ったとして、どうなりますか？」
「どうなるって……そりゃあ、呼ばれてなくても、村の復興には近づけるんじゃないの？」
「確かにそう捉える事もできますが、こう捉える事もできます。村は、総領娘様という一人の負担が加わってしまったと」
「負担……ねぇ」
「下界の食料は、無限ではありません。しかし人間というのはよくできた生き物で、過剰に助けが来た事をよしとしてしまうのです。お互いに助け合うと言う精神が強いためか、無下に追い出すという選択肢をできないものなのです」
「人間という生き物は、互いを良い生き物だと思い込んでいる。自分を含めてね。だから悪性物質の様な人間がその場に潜んでいても、気付く能力に乏しい」
「左様です。自らが正しい人間だと思い込んでいるから、周りを良い人間と決めつける。まるで、異変を起こした総領娘様に似ていますね」
「回りくどい説教ありがとう。……でも、そう考えると魔理沙も、実は悪人だったりするのかしら」
「二極化する必要はありません。良い所や悪い所をきちんと見極め、それでいて良い所だけを評価すれば良いのです」
「じゃあ、私を評価してみて」
「天人であるにも関わらず、柔軟な思考で物事を考えることができます」
「……即席にしてはたいしたものね。もしかして、予め答えを用意していた？」
「まぁ、一応『空気を読む程度の能力』を持っていますので」
「流石ね。でもその答えって、『天人のくせに、悟りを開けていない愚か者』とも捉えられるんじゃないかしら……」
「そうです。長所と短所は表裏一体です。どんなに素晴らしい長所を持っていても、ある人から短所に見えれば、それは短所になるのです」
「でもそれじゃあ、どうしようもないんじゃない？　どんなに優れた長所を持っていても。捻くれた者の手にかかれば、大きな短所になる、ってことじゃない」
「はい。ですが、長所を長所のまま捉えてもらえるようになるものがあります」
「あら、そんな気の利いた事を教えてくれるの？　さすが衣玖ね」
「…………」
「勿体ぶる必要ないじゃない。それって、いったい何？」
「……人徳です」
「…………」
「…………」
「何よ、その苦い顔は」
「いえ、何でもありません」
「もういいわよ。どうせ私は、天界どころか地上の人達にも嫌われました。でも、楽しかった事には変わりないわ」
　そう言って天子は、天界の端へと歩みを進める。
「衣玖の言葉を変えていうなら、他の人達がどう思おうと、私はこの異変が楽しかったと、胸を張って言うわ」
「そういった真っ直ぐな所も、私の目からはきちんと長所に見えますよ」
「合いの手が上手すぎて、何か企んでいるようにしか見えないわ、衣玖」
　その言葉に、衣玖どころか天子自身も可笑しく思い、鼻で笑う。
「まぁでも、退屈しのぎにはなる、という長所として捉えるわ、ありがとう衣玖」
「いえいえ。奥に行っても、私が空気を読む必要も無い程に、既に騒いでいたので」
「副主役、いらないのかなぁ……。それじゃあ、いつまで経ってもその霊夢が来ないし。様子を見に行って来るか。衣玖、小鬼達の事、頼んだわよ」
「行ってらっしゃいませ。是非あなたの本気で、博麗霊夢を倒してみせてください」
　衣玖の言葉に天子は微笑み、彼女は天界から降り、博麗神社に向かい降下する。