Coolier - 新生・東方創想話

東方実験室 担当者アリス・マーガトロイド

2005/08/25 04:40:01
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*このお話にはねじが抜けているところがあります。予め、ご了承下さい。





 数日前、一通の手紙が届いた。差出人は不明。
 きれいに三つ折にされた、何の飾り気も無い白い紙にはこう書かれていた。

『アリス・マーガトロイド様
 この度、貴方は実験担当者に選ばれました。
 喜んでください。これは大変名誉あることなのです。
 実験内容につきましては二枚目をご覧ください。
 レポートは三枚目にお願いします。
 では、実験成功を祈ります。成功の暁には、ささやかながら、お礼を差し上げます』

 簡潔すぎる内容に、とってつけたような誘い文句。
 どうせ誰かの悪戯だろうと思った私だったが、好奇心半分で二枚目の紙を見てみることにした。
『実験 霧雨魔理沙に女言葉を使わせるには』






 東方実験室 担当者アリス・マーガトロイド





「と言うわけで、謝礼も気になるから実験に付き合ってくれない?」
「絶対に嫌だ」
 所は霧雨邸。
 魔導書を手土産に持ってきたのに、即答で断られてしまった。
 まあ、予想できた展開ではあるけれど、ここで引き下がるわけにはいかない。
「じゃあ、あんたは自然体のままでいいわ。こっちで好き勝手にやらせてもらうから」
「人の家に上がりこんで何を言い出すかと思えば……。どうでもいいが、私はこれから家のことで忙しいんだ。邪魔するなよ」
「わかったわ。邪魔はしない。するのは実験だから」
 魔理沙が怪訝そうな顔で私を一瞥して、奥の部屋へと入っていった。
 たしか、あの部屋は書斎。さっそく、私が持ってきた魔導書を読む気なのね。
 書斎のドアが閉められ、私は居間に一人となった。
 くたびれたソファに腰を下ろし、大きく伸びをする。 
 では早速、実験を開始しよう。
 そもそも、魔理沙は元は女言葉を使っていた。だから、今でも偶にではあるけれど、何かの拍子にポロッとでることがある。


 実験1 驚かせて悲鳴を上げさせる

 
 女言葉と言えば、女らしい仕草が一番わかりやすい。
 キャア、とか悲鳴を上げさせることができたなら、実験は成功と言えるだろう。
 うわっ、ではなく、キャア。
 幸い、今魔理沙は読書に夢中。だから、後ろから大声で驚かせれば悲鳴を上げるかもしれない。
 しかし、ただ大きな声で驚かすのはナンセンスだ。都会派の私としてはそんなみっともない真似はできない。

「やっぱり、ダテに人形遣いやってるわけじゃないんだから、人形で驚かさなくちゃ」
 今回私が用意してきたのは、顔と胴体がついている簡素な人形。服は着せていない。
 人形の中には綿の代わりに大量の火薬を詰めてある。口にあたる部分から導火線を引き、長さは数メートルに作ってある。
 早速、私は作業に取り掛かる。
 人形を片手に、書斎へと向かう。火薬の詰めすぎだろうか、やけに人形が重い。
「魔理沙、入るわよ」
 私の呼びかけに、中から返事は無い。
 ドアを開け、中に入ると、目の前に魔導書の山が立ちふさがっていた。
 その僅かな隙間に、黒の三角帽を確認することができた。
 木製のテーブルに壁の如く積み上げられた魔導書に挟まれながら、魔理沙は椅子に腰掛け、両手で本を広げながら熱心に読んでいた。
「魔理沙ー」
「………………」
「魔理沙ー、魔理沙ー」
「………………」
「あっ、窓の外に空飛ぶ霊夢が!! ……って、それって普通じゃない」
「………………」
 すごい集中力ね。この分だと、実験は思いのほか上手くいきそうだわ。
 魔導書を倒さないように、慎重に魔理沙の方へと向かう。
 山のように詰まれた魔導書の中には、かなり貴重なものがあった。しかし、持ち主にとっては読み終われば一冊の本にしかすぎないのだろう。
 しかし、コレクターを自負しているなら、もう少し管理には気を配った方がいいと思う。
 
 本の山を潜り抜け、やっと私は魔理沙の後ろに到着した。
「魔理沙」
 念のためにもう一度声を掛けてみたが、相変わらず返事は無かった。気付いている上であえて返事をしないわけでは無さそうだ。
 それが証拠に、魔導書を読みながら時折、ぶつぶつと独り言を呟いている。
 好奇心で、頭に載っている三角帽を取ってみたが、まるで意に介していない。
「ホント、すごい集中力……」
 思わず感嘆してしまう。魔理沙が、読書に関してこんなにも集中力を発揮するなんて知らなかった。
 感心もそこそこに、いよいよ私は本題に入るとする。
 人形の設置場所だが、椅子の真下辺りがいいと思う。そうすれば、驚きも倍増で、より高い効果が得られそうだ。
 私は床に膝を着き、魔理沙のスカートを払いのけて、椅子の下に人形を設置した。そして、人形の口から導火線を指で摘まむと、本に当たらないように、ゆっくりと出口まで持っていった。
 途中、いくつかの本の山を崩してしまい、気付かれたかと肝を冷やしたが、それは杞憂に終わった。依然として魔理沙は本を読み続けていた。
「じゃあね、魔理沙」
 ページをめくる魔理沙の姿を確認し、ドアを閉める。
 あとはこの導火線に火をつけるだけで実験開始だ。
 私はポケットからマッチを取り出し、大きく深呼吸した。
「ふぅ……点火五秒前、五、四、三、二、一……点火」
 シュッと音を立て、導火線に火がついた。
 飴色の赤を纏いながら、細長い糸は魔理沙の椅子へと向かうべく、ドアの中に飲み込まれてゆく。
 どのくらいの大きさで悲鳴を上げるかはわからないが、とりあえず被爆しないためにも距離を置くことにする。
 でも……あの量の火薬だと、どのくらいの爆発が起こるのかしら。
 ちょっとした不安を胸にしまいつつ、書斎から数メートル離れた居間で耳を澄ませる。

 ……。
 …………。
 ………………。

 遅い。いくらなんでも遅すぎるわ。
 もしかしたら途中で火が消えてしまったのかもしれないと、書斎のドアへ近づいた。
 刹那――ものすごい爆音がして、目の前のドアが飛んできた。
「キャアアアァァァァッ!!」


 実験1の結果――失敗。霧雨邸書斎、木っ端微塵。
 
 まとめ――火薬の量の調整に問題があったため、実験は失敗してしまった。
      爆発の音で、魔理沙の悲鳴は聞こえなかった。気を失う前に聞こえたのは自分の悲鳴。
 
 今後の考察――魔理沙に殺されない為の弁解の必要あり。驚かす以外の方法が必要。
        あ、それと魔理沙の生死確認。



「………………ごほっ」
「大丈夫、魔理沙?」
 荒涼とした大地に、全身灰だらけの魔理沙が居た。白と黒との境界が無くなってしまったようだ。
 私は先程から酷く痛む鼻をさすりながら、渋々、魔理沙の身体を起こした。
「……ア、アリスか? 一体何が……」
「落ち着いて魔理沙、実験に失敗は付き物よ」
 荒れ果てた大地――跡形も無くなった霧雨邸の書斎の中から魔理沙を身体を抱き上げる。
 居間は何とか現状を保持している様子だったが、先程まで座っていたくたびれたソファが炎上していた。
 とりあえず、魔理沙の身体を床に横たえる。
 と、ここで、いくつか用意していた実験道具が無くなっていることに気付いた。爆風で吹き飛ばされてしまったのだろうか。
 このままでは次の実験が行えない。
「困ったわ……仕方ない。他に方法を考えるしか無さそうね」
「アリス、お前さっきから何を言って……」
 言葉を切って魔理沙がむせこむ。あれだけの爆発でよくまあ、五体満足で居られたものだわ。
 なおも激しく咳をする魔理沙の身体を起こし、私は背中を叩いてあげることにした。
「ゴホゴホッ……すまない、アリス」
「いいえ、だって実験に失敗は付き物だもの」

 さて、困った。
 このまま魔理沙を放って帰ることもできるけれど、それだと後々、確実に命が危険にさらされる。
 爆発のショックで未だ放心状態にある魔理沙を今のうちに丸め込まなくては。
 魔理沙の顔を見つめる。
 煤が頬につき、目には不安そうな光が宿り、表情は憔悴の色を見せている。それは、まさに、か弱き女の子の形容に相応しかった。
 これはいけるかもしれない……。


 実験2 不安を煽って弱音を吐かせる


 人間ならば誰しも不安になった時には、本音が出るというもの。
 未だ状況を把握し切れていない魔理沙に現状を逐一話したら、どんな顔をするだろうか。
 思わず泣き出してしまうかもしれない。そうなれば、実験の成功は間違いなしだ。

『私、怖くてたまらないの……』
『私、どうしたらいいの? 今夜はどうやって過ごせばいいの?』
『ぐすん……アリス、一緒にいて』

 てな具合になったら、実験は大成功ね。ついでに、爆発のことも有耶無耶にできるわ。
 早速、私は魔理沙に事の真相を話すことにした。
「魔理沙、落ち着いて聞いてね。実はね、書斎が爆発したのよ」
「なっ……う、嘘だろ?」
「本当よ。それが証拠に、ほら」
 そう言って、見る影も無くなってしまった書斎を指差す。
 魔導書が軒並み燃え、何となくきれいな夜景を彷彿させる。
「う、嘘だろ……で、でも何でだ? 何が原因で爆発なんかしたんだ?」
「それは……話せば長くなるわ」
 私が人形型爆弾で爆発させたから。
 思わず口を滑らせてしまうところだったが、何とか思いとどまることができた。
「構わない……逐一話してくれ」
「私が人形型爆弾で爆発させたから」


 実験2の結果――失敗。顎から脳天にかけての鋭い痛み。
 
 まとめ――思わず口から出てしまった真実に身を滅ぼされた。
      魔理沙の口からは弱音どころか、罵倒が飛んできた。
 
 今後の考察――とりあえず、今夜は家に帰れそうにも無い。徹夜で霧雨邸書斎の修復工事をやらされそうだ。


「重い……こんなの持てないわよ」
「つべこべ言わず運べ!! まったく、人形が居なきゃ何もできないんだな」
 左手を腰に当て、右手の人差し指を私の顔に突きつけて、魔理沙が声を上げる。
 ボロボロの服装に似合わず、その男勝りの勢いは私を辟易させるには十分だ。
「こんな燃えカスなんか運んでどうするのよ?」
「修復するんだよ。まったく、誰のせいでこうなったと思ってるんだ」
 私は俯くしかなかった。
 事の真相が魔理沙にバレ、私は魔理沙の家の修復、雑用をする羽目になってしまった。
 激怒した魔理沙は、住める状態になるまでは絶対に帰さないとまで宣言した。
 損傷箇所は、書斎、居間。居間はそんなでも無いが、書斎は最早、部屋としては機能していない。
「それを運んだら、次は書斎に散らばってるゴミを集めて一箇所にまとめてくれ」
「……はいはい」
 これでは実験どころではない。
 まったく、何が悲しくて魔理沙の書斎の後片付けなんかしなくちゃいけないのかしら……。
 

「終わったわよ」
「ご苦労さん。それじゃ次は、これを書斎の天井に被せてくれ」
 書斎の掃除をやっと終え、一息つこうかと思っていた矢先、無慈悲にも魔理沙が私に手渡したのは、真っ黒な大きい布だった。
「なによ、これ?」
「何って見ての通り、布だ。ほら見ろ、月がきれいだぜ」
 そう言って、魔理沙が書斎の天井を指差す。空には歪な円を描いた月が凝然と浮かんでいた。
 つまり、一時的な修復と言うわけね。
「はぁ……仮止め用の針なんて使えないわよ?」
「当たり前だ。ほれ、釘とトンカチだ」
「無理よ。私トンカチなんて使ったことないもの」
「あと、脚立は裏の物置にあるから、今とってきてやるよ」
 言うだけ言って、返事を待たずして魔理沙は出て行ってしまった。
 スカートの半分以上が燃えてなくなってしまったせいか、その後姿はどこと無く滑稽で、どこと無く女の子らしかった。
 そう言えば、魔理沙の太腿なんて見たの初めてかもしれない。


「とってきてやったぞ」
 鈍い金属音を立てながら、魔理沙が脚立を組み立てる。
 どれだけ使っていなかったのか、脚立は目に見える所のほとんどが赤い錆で覆われていた。
「ちょっと、それ本当に大丈夫なんでしょうね?」
「ああ、多分大丈夫だと思うぜ。保障はできないがな」
 二ヒヒ、と笑う魔理沙が妙に腹立たしい。まったく、人が下手に出るとすぐ調子に乗るのだから手に負えない。
 私は不承不承に、トンカチと錆付いた釘を携えると、足をかける前から既に軋んでいる脚立に足を載せた。
「言っておくけど……覗かないでよ」
「覗くかっ!! 大体、そんなもの見た日には、悪夢にうなされて寝れたもんじゃない」
「あら、悶々して寝れないの間違いじゃない?」
「う、うるさいっ、さっさと行け!!」
 腹いせに魔理沙を軽くからかうと、私は空へと歩を進めた。

 体重をかけるたびに耳障りな脚立。この作業が終わったら絶対にバラバラにしてあげるわ。
 一段一段、慎重に足を掛けていく。ダッシュで行ったら間違いなく砕けてしまうだろう。
 慎重に慎重に……。
 そして、夜風が頬を撫でていることに気付いた時には、既に私は、焦げ付いた屋根の上へと到着していた。
 脚立は何とか持ちこたえたようだ。
「真っ暗ね……月の明かりしか頼りが無いわ」
 見渡す限りの闇。それも当然、ここは森の中。
 さっさと作業を始めることにする。
「魔理沙、布をとってちょうだい」
「ほらよ」
 魔理沙が布の端を放り上げる。それを私が空いている左手でキャッチする。
 ところが、布は私の手をすり抜けて下に落ちてしまった。
「おい、何やってんだ、しっかり掴め」
「わかってるわよ」
 もう一度魔理沙が布を放り上げる。
 今度こそ私はしっかりと布の端を掴んだ。
 ゆっくりと布を手繰り寄せ、穴の開いた箇所に被せていく。
「ちょっと、この天井抜けたりしないでしょうね?」
「お前が太って無けりゃな。もし穴が開いたりしたら、それはお前が太っている証だ」
 何があってもこの作業は成功させるしかない。
 慎重に屋根の上に立ち、布を持ちながら中央へと引っ張っていく。
 慎重に慎重に……。
 途中、嫌な音が耳に入ってきたが、それは幻聴だと自分に言い聞かせ作業を続行した。
 そして、何とか書斎全体を布で覆うことができた時、私は心底安堵した。
「おい、釘打ちがまだ残ってるぞ」
 そうだ、忘れていたわ。
 布の辺を大体の間隔で釘打ちしていく。まずは端。
 錆付いた五寸釘を垂直に立て、ゆっくりとトンカチで叩く。
 トントントン。
「おいおい、ノックしてるんじゃないんだぞ? もっと強く叩かないと釘が入らないだろ」
「うるさいわね、暗くてよく手元が見えないのよ。慎重にやらないと、指叩いちゃうじゃない」
「へいへい……」
 ああ、魔理沙の頭なら何の遠慮無しに思い切り叩けるのに。
 月明かりに目を凝らしながら、慎重に釘を叩く。
 トントントン。
 漸く、一本目の釘が屋根の中へと消えた。
「そんなペースじゃ、夜が明けちまうぜ」
「うるさいわね……」
 いい加減腹が立ってきた。
 私は二本目の釘を手に取ると、一本目同様、垂直に立ててトンカチを振り下ろした。
 トントントン。
「まったく、お前は日曜大工という言葉を知らないのか?」
「知ってるわ。だけど実行したことなんて一度も無いわ。私は女だから」
「おいおい、そりゃあ男女差別だぜ?」
「あんただって女でしょ? 大体、このトンカチだって錆付いてるじゃない」
 女、という言葉で思い出した。
 そうだ、実験の続きをどうしようか……。

 トントングシャ。

「っ!? はぅぁ……」
 突然思考が断ち切られた。
 指先の鈍い痛み。脊髄を突き抜ける電流。
 何と言うことだろう。危惧していたことが現実になってしまった。
「おい、今なんか変な音しなかったか?」
 まさか、あれだけ注意しておいて指を打ってしまったことがバレたら、確実に笑われる。
 ここは無理してでも平静を装わなくては。
「き、気のせいじゃない……?」
「大丈夫か? 救急箱持ってきてやろうか?」
「だ、大丈夫だって言ってるでしょ。大体、血は出ていないんだから」
「なんだ、やっぱり指打ったのか」
 気付いた時には、耳に魔理沙の遠慮の無い笑い声が響いていた。
 魔理沙の舌を釘で打ちつけて、無理矢理笑いを止めてやろう。なんて考えが普通に浮かぶのは何故かしら。


「ああ……疲れた」
「お疲れさん。さて次は――」
 ありったけの邪念を宿した虚ろな目を投げかけると、魔理沙は肩を竦めて言葉を止めた。
 これ以上肉体労働やったら、本当にぶっ倒れそうよ。
「まあ、これくらいで許してやるか。いいか、もしまたこんな今回みたいなことしたら、その時は本当に許さないぞ」
 疲労困憊。
 もう帰る体力すらない。慣れないことをしたせいで、身体はもちろんのこと、精神面まで相当きている。
 どこかで身体を休めないと、これ以上の活動は無理そうだ。
「さて、私は風呂にでも入ってくるか。体中、煤だらけですこぶる気持ちが悪い」
「……風呂? ああ、そう言えばあんたの家のお風呂、露天風呂だったわね」
 そう言えば、温泉は身体の疲れを取ると聞いたことがある。
 本当にそんな効果があるのかしら。
「ねえ、魔理沙。私もお風呂に入らせてもらってもいいかしら?」
「えっ? ああ……別に構わないが……その……」
 苦虫を噛み潰したような顔で魔理沙が言葉を濁している。
 何を困っているのだろうか。もしかして、何か誤解してるのではないだろうか。
 例えば、私が一緒に入ると思っているとか。
 だとしたら、この態度は……。思わず、私は口の端を緩めてしまった。
 もう実験続行は不可能と思っていたけれど、まさかこんな手段があったとは。
「ダメなの? いいじゃない、女同士なんだし。もしかして、照れてるの?」
「あ、いや、そういうわけじゃ……」
「ほら、行きましょ?」
「あ、ああ……」


 実験3 ハダカの付き合いで口を割らせる


 何と言うか、溜息が出た。
 普段、シャワーしか浴びない私だが、湯船に浸かることがこんなにも気持ちのいいものだったなんて知らなかった。
 身体の疲れが溶け出してきて、湯船の中に消えてゆくような錯覚に襲われるほど、文字通り極楽だった。
「はぁぁ……気持ちいいわね」
 正直、魔理沙が羨ましかった。こんな気持ちいい思いを毎日味わえるなんて。
 魔理沙の方に目をやる。
 魔理沙は先程からずっとそっぽを向いていて、全然口を開かないでいる。
 長い金髪がふわふわと湯船を漂っているのに対し、その髪の持ち主は浴槽の隅でじっとしている。
「魔理沙、どうしたの? やっぱり恥ずかしいとか?」
「い、いや別に……」
 これはかなり期待できる態度だ。今度こそ実験は上手くいくかもしれない。
 まさか、魔理沙がハダカに対してここまで抵抗を抱くなんて誰が予想したことだろう。
 更に魔理沙の羞恥心を煽れば、絶対に女言葉が口をついて出るはずだ。

「ホント、羨ましいわ……こんなに身体を伸ばしても全然余裕なんてね」
「お、おい馬鹿……ち、ちょっとは自粛しろよ……恥ずかしくないのか」
 消え入りそうな声で魔理沙が抗議した。段々言葉の棘が無くなってきている。
 これはチャンスと思い、私は更に追い討ちをかけることにした。
「ねえ、魔理沙……そっち行ってもいいかしら?」
「な、何言ってんだよ馬鹿、ぜ、絶対に来るなよ……」
 魔理沙の身体がビクっと動き、湯船に大きな波紋を作る。その波紋の大きさは魔理沙の羞恥心の大きさを表しているようだった。
 魔理沙の言葉を無視し、私はゆっくりと近づいていく。
「実験のためなのよ……ね?」
「まだそんなこと言ってるのか……い、言っておくが、私は絶対に協力しないぞ」
「なら仕方ないわね。強行突破してみようかしら」
「なっ、ち、ちょっと待て、何をする気だ!?」
 魔理沙の狼狽の様子が物凄くおかしかった。
 だけど、それは私のちょっとしたサディスティックな神経を逆撫でしてしまう。
「何って、そりゃあ……後ろから抱きつくのよ」
「い、意味不明だぞ!! じ、冗談でも絶対にやめろよ、そんなこと……お、おい、聞いてるのか?」
 無言で魔理沙の背中に照準を合わせる。目標まで二メートルと言ったところか。
「お、おい、ホントにやめろよ………………ア、アリス……?」
 魔理沙の不安そうな問いかけに、私はいつの間にか声も立てずに笑っていた。
 なんだか、魔理沙の不安げな姿が酷く滑稽だった。
「ごめんね魔理沙……実験のためなのよ」
 地を蹴り、一気に魔理沙の所まで身体を放つ。
 湯気と夜気が頬を撫ぜ、目の前の光景が流れるように通り過ぎていく。
 水の抵抗を全身に感じながら、あと数センチで魔理沙の身体に手が触れる所まで達した。
 その瞬間――魔理沙が悲鳴にも似た声を上げた。
「わ、わかったっ!! き、協力する、協力するから………………こっちに来ないでくれ」
 魔理沙に触れるギリギリの距離で、私はブレーキをかけた。制動距離も空走距離もゼロだ。
 魔理沙の身体に幾重にも波紋がぶつかり、消えてゆく。衝撃で湯船がグラグラと揺れた。
 耳には魔理沙の残響があるばかりで、外は相変わらず不気味な静けさで覆われている。
 ついに、魔理沙が折れた……。
 私は喜びをひしひしと感じながら、うんうんと一人頷いていた。
 にしても……「こっちに来ないでくれ」には少しながら傷ついたわ。もうちょっとマシな言葉は浮かばなかったのかしら。


 実験3の結果――中断。実験4へ継続。
 
 まとめ――魔理沙の新たな一面が発見できた。
      考えてみれば、着替えを用意していなかった。
 
 今後の考察――本人を羞恥で屈服させた為、次の実験は確実に成功するものと思われる。


「で、私は何て言ったらいいんだ?」
「そうねぇ………………」
 女言葉、女言葉。
 今日、身を粉にして言わせようとした言葉なのに、肝心な時に浮かんでこない。
 私の焦りに気付いたのか、魔理沙はベッドの上で白い目をこちらに向けていた。
 結局、風呂での実験は本人の断固拒否により、続行不可能となった。そして、魔理沙の提案により、実験は寝室で行われることになった。
 尤も、こちらのリクエストで女言葉を使ってもらうのだから、最早、実験とは呼べないかもしれない。


 実験4 ベッドの上で女言葉を言わせる


 魔理沙に借りた寝間着――黒のネグリジェを翻して、ベッドの前を行き来する。
 女言葉を言わせよう、言わせようと考えれば考えるほど、頭の中は真っ白になっていく。
「早くしろよ……何だか眠くなってきたぞ」
「わ、わかってるわよ……」
 夜はまだ長い。だから落ち着いて考えれば良いのに、私は思い切り焦ってしまう。
 魔理沙はあぐらをかいて、その上に頬杖をつきながら訝しげな視線を投げかけてくる。
「ええっと、ええっと……」
 白のネグリジェを纏った金髪の少女が、髪を弄りながらベッドの上で、早くしろ早くしろ、と急かしてくる。
 正直、魔理沙にネグリジェは意外な組み合わせだったが、先程の風呂での様子を見ると、あまり違和感は感じなかった。

「そ、そうだわ、悲鳴よ。魔理沙、悲鳴を上げればいいのよ」
「悲鳴? こんな夜中にか?」
「別に森の中なんだからいいでしょ。さ、早く早く」
「でもなぁ……大きな声出したら喉が痛くなるしなぁ」
「別に小さい悲鳴でもいいわよ」
「小さい悲鳴? それはどんな悲鳴だ?」
 問われて困った。確かに、小さい悲鳴なんてあまり聞かないからよくわからない。
 小さい悲鳴というのは、小さいと言うくらいだから、小さい驚きに対して上げるものなのだろうか。
「小さく驚いてくれればいいわ」
「いや、驚いてくれと言われても……」
 確かに、いきなり驚いてくれと言われても困るだろう。
 今回は爆弾なんて使えないから、別の方法で驚かすしかない。けど、これから驚かすと予告されて、一体誰が驚くというのだろうか。
 予告の上でも驚かせる方法……あ、そうだわ。
 風呂での光景が私の頭をよぎる。

「ねぇ、魔理沙、ちょっとの間だけ目瞑っててくれないかしら?」
「……何するつもりだ?」
 明らかに不信そうな表情を浮かべる魔理沙だったが、私が何度も「いいからいいから」と説得すると、なんとか折れてくれた。
 魔理沙が目を閉じる。
 律儀にも、ベッドの上で正座して顔をこちらに向けたまま目を閉じている魔理沙。
「………………」
 私はいつの間にか魔理沙の顔をじっと観察していた。
 端正な顔立ち。細く整った眉毛。目を閉じて初めてわかる睫毛の長さ。すらりとした鼻。
 そして、瑞々しい唇。
「お、おい……何かするんだったら早くしてくれよ。眠ってしまいそうだ」
 私の目の前で、その潤いを帯びた唇が動いた。その動きが異様に艶かしく思える。
 どういうわけか、妙にドキドキして、頭がポーッとしてきた。

「………………」
「アリス?」
 魔理沙の声で我に返った。
 私ったら、何を考えているのかしら……。
 実験を再開すべく、私は魔理沙の身体に手を伸ばした。そして、指先でちょんと触れてみる。
「ひゃっ!? な、何を……」
「あら、失敗だわ」
 驚いて目を開けた魔理沙が、何をしたと詰め寄ってくる。
 突付いてみただけよ、と返答したら、拳で頭を殴られた。
「ちょっと、痛いじゃない。実験に協力するって言ったでしょ?」
「た、確かにそうだが……いきなり身体に触るのは反則だろ」
「反則って……まあ、いいわ。次はもっと敏感なところを――」
「やめろっ!!」


「何よ、結局、『うわっ』とか『ひっ』とかばっかりで、『キャッ』なんて一回も言ってくれないじゃない」
「そんなの私の知ったことか。反射運動までは私だって制御できないんだよ」
 それからも何度か魔理沙の身体を突付いてみたが、一度として期待通りの言葉は出てこなかった。
 でも……一度だけ、あらぬ所を突付いちゃって、魔理沙があられもない声を上げた時には、殴り殺されるかと思ったわ。
「はぁ……じゃあ、もういいわ。『私、怖くてたまらないの……』って言ってちょうだい」
「は、はぁ? なんだその台詞は。そんな台詞、恥ずかしくて言えないぞ」
「恥ずかしくても何でも、とにかく言ってちょうだい。そうすれば、実験は終了よ」
「嫌だね。そんな台詞を平気で言える奴の顔が見てみたいぜ」
「私、怖くてたまらないの……」
 魔理沙が言葉を失っている。私の熱演に心を奪われたのね。
「馬鹿だな、お前」
 と思ったら、ただ呆れ果ててるだけだった。
「う、うるさいわね……」
 素に戻ったら、ドッと疲れがよし寄せてきた。やはり、湯浴みだけでは、疲れは完全には取れなかったようだ。
 この時間帯の疲れは、同時に眠気も発生させるから厄介だ。
 睡魔に支配される前に、実験を終了させねば。

「随分と眠たそうだな、アリス」
「ええ、かなり眠いわ。でも、実験を成功させるまでは、私は寝るわけにはいかないの」
「そうか……じゃあ、私は遠慮なく寝させてもらうぜ」
 そう言って、魔理沙は枕元においてあったランプの明かりを消してしまった。
 たちまち、辺りは闇に包まれる。
「何するのよ、暗くしたら余計に眠くなっちゃうじゃない」
「実験に協力するとは言ったが、実験を成功させるとは言ってない」
 なんて天邪鬼なのかしら。
 魔理沙はあろう事か、ここまで来て実験の邪魔立てをするつもりなのだろうか。
「くっ……言ってくれるじゃない。いいわ、そこまで言うなら意地でも言わせてあげる」
「生憎、私は眠りが深い性質でね。一度眠ったら、中々起きないぜ」
「あら、そう……なら、かえって好都合だわ」
「どういうことだ……?」
「あんたが眠ったら、体中、弄くりまわしてあげるわ」
 いきなり、暗闇から拳が飛んできた……ような気がした。
「冗談は寝言だけにしろよ?」
 当たりはしなかったものの、今まで一番本気の正拳だったような気がする。あぶなかったわ。

 それにしても、魔理沙のガードがこんなにも固かったなんて……まるで、乙女ね。
 考えてみれば、今日一日の様子を見る限りでは、魔理沙は口調以外は実に女の子っぽい。
 確かに、粗雑で不精ではあるけれど、お風呂での一件では、その影は完全に姿を消していた。
 身体を軽く触っただけでも、顔を耳まで真っ赤に染めて照れるなんて、少なくとも私の他の知り合いにはいない。
「……アリス?」
「はぁ……わかったわ。私の負けよ。実験は諦めるわ」
 私は折れた。
 女の子の魔理沙に折れてしまった。
 実験は失敗という事になるけれど、あまり未練はなかった。それよりも、今は……眠い。
「ああ、眠い。魔理沙、ちょっと身体を横にずらして」
「はっ!? お、おい、お前まさか、ベッドに寝るつもりなのか?」
「こんな固い床の上じゃ寝れないわよ。寒いし、風邪引いちゃうわ」
「だからって、いくらなんでも一人用のベッドに……」
 半強制的に、魔理沙の身体をずらす。そして、私は眠気と疲労を湛えた身体をベッドの上に横たえた。
 ああ……フカフカ幸せ。
「わ、わかってるとは思うが……か、身体に触るなよ」
「んなこと分かってるわよ。ちょっと、枕半分使わせてよ」
「えっ? あ、ああ………………ぬわっ!? い、言ってるそばから触るなっ!!」
「不可抗力よ。それにしても、いい形のお尻ね」
「この痴女!! もう絶対に触るなよ!!」
「ち、痴女ですって!? いくらなんでも酷すぎるわ」
「う、うるさいっ……言われたくなかったら、大人しくして早く寝ろ」
「言われなくてもそうするわよ……おやすみ」
「あ、ああ……おやすみ………………って、だから触るなーっ!!」


 今回の実験の結果――失敗。というか断念。
 
 まとめ――結局、一度として魔理沙に女言葉を使わせることはできなかった。
      しかし、魔理沙は女言葉を使わずとも、十分、女らしかった。いや、女の子らしかった。
      不本意ながら、今回の実験で、魔理沙と親睦を深めることができた……と思う。


「なぁ、何書いてるんだ?」
「実験のレポートよ。一応、ここまでやったんだから、まとめないとね」
「ふーん……明かり点けるか?」
「いいえ、大丈夫よ。月明かりでも十分書けるわ」


 今後の考察――魔理沙の女の子らしさは、まだまだ発見の余地がありそうだ。
        よって、個人的に更なる追求をしてゆこうと思う。
 
 担当者 アリス・マーガトロイド
















 


 実験から数日して、レポートの紙が消えていることに気付いた。
 そして、更に数日後、私の家に小包が届いた。
 真っ白な包装紙に包まれたそれは、金属製の箱だった。
 そして、その中には、四角い形をした青い金属の塊が入っていた。
 不恰好な、手足らしき物。赤く光る、目のようなガラス玉。
 金属なので、触るとヒヤリと冷たい。
「……何だそれ?」
「さあ、私にも分からないわ……多分、こないだの実験の謝礼だと思うわ。成功しなかったけど、一応、貰えるのね」
「でも、随分な謝礼だな。そんなガラクタをよこすなんて、よっぽどの変わり者だぜ、そいつ」
「ふふ、まったくだわ。それにしても、これ………………もしかして、人形なのかしら?」
はじめまして。甘人と申します。
この度は最後まで読んでいただき、真にありがとうございます。
東方のSSは初挑戦でして、何分、至らないところが多々あると思いますが、楽しんでいただければ幸いです。


甘人
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コメント



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9.50削除
オチわかんねー
でも、おもしろかったからこの点数
22.50ダビデ削除
ネタがいいな。
これシリーズ化 キ ボ ン
25.50名前が無い程度の能力削除
・・・まさかオチの人形は○人28号・・・?(汗)

素直に面白いと思いました。次の実験者も期待しております。
28.70leon削除
いい実験ですネ~(笑
58.80名前が無い程度の能力削除
うめぇ。面白かった。
60.70名前が無い程度の能力削除
オチが分からないから作品が締まらない…
中味が良かった分残念です。