Coolier - 新生・東方創想話

「そして、誰も――?」(前)

2005/08/09 04:56:46
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 夏がやってきた。そう誰もが感じる、陽射し溢れる日のこと。
 影を切り取ったかのような真っ黒いものが、香霖堂の暖簾をくぐった。
 人より余計に夏を感じていそうな黒尽くめの少女は、霧雨魔理沙である。

「来たぜー、香霖。あがってるか?」
「今日が期日なのだから、あがったに決まっているだろう。僕は魔理沙と違って、一日余
計にものを言ったりはしないからね」

 香霖堂の店主、森近霖之助は、素っ気無く魔理沙に応じる。
 曲がりなりにも店を訪ねた客に接する態度とは思えないが、これは店主と客ではなく、
魔理沙と霖之助の距離感を表しているのだ。

「ちぇっ、香霖は相変わらずだな」
「魔理沙にだけは、言われたくない台詞だ。たまには、変わったところを見せてくれても
いいくらいだと思うよ」
「それこそ無理だぜ。私が、私以外のなんになれるっていうんだ?」

 この軽口こそ、一年三百六十五日も変わらない日常の証明だと、魔理沙は思う。
 お互い神妙な面持ちで目を合わせて、辛気臭い話をするようなら、それは異変だ。
 こんな話をしているようなら、きっと今日も平和な一日のままなのだろう。
 それじゃちょっと退屈だから、刺激の種を取りに、魔理沙は来たのだ。

「で、元気にしてるか、私の子供は」
「認知しろ、と押しかけてきた時は驚いたが、成る程、確かに僕の子供だからね。もちろ
ん、健やかに暮らしているさ」
「へーえ。どれだけ元気か、顔が見たいもんだぜ」
「いいさ、呼んできてあげよう」

 霖之助は店の奥へと引っ込んで、なにやらがさがさと物を漁ってまわっている。
 とても子供を捜している様子ではないが、ご愛嬌。
 やがて物音が止み、なるほど赤子大のなにかを抱いて、霖之助が戻ってくる。

「さあご対面だ。あまり放っておいてやるなよ、拗ねるからね」

 相変わらずの物言いで霖之助が差し出したものを、魔理沙は飛びつくように迎える。
 両手でしっかりと胸に抱くと、唇から安堵の息が漏れた。

「よーしよし、よく帰ってきたな」

 緩みきった顔の魔理沙に抱かれているのは、もちろん人間の赤ちゃん――ではなく。
 小春日和の陽射しのような熱を放つ、ミニ八卦炉だ。
 それは香炉であり、それは炉心であり、それは坩堝であり、それは生命の流転である。
 霖之助の作ったマジックアイテムだから、確かに霖之助の子供ではあるのだ。

「出力調整も完璧だ。また、やんちゃ働きができるだろう」
「サンキュー、香霖。御代は、例によって食い物で払うことにするぜ」
「託児の料金としてはちと安いが、まあ、期待しておくよ」
「ははん、安いかどうかは、食ってから言いやがれ。ほっぺた落ちる覚悟をしてな」

 皮肉げに笑って、魔理沙は八卦炉を大事に胸の中へと仕舞いこむ。
 頭の上の大きな三角帽子が、霖之助の目の中で、くるりと反転した。

「おや、帰るのか?」
「ああ。八卦炉も直ったし、ちょっと行きたい場所があるんだ」
「八卦炉を使うというと、危ない場所じゃないだろうな?」

 霖之助の怪訝な目は、魔理沙に少々の居心地の悪さを与えた。
 視線の意味がわからないほど、他人でもないから。
 こんな怒ったような目をする霖之助は、決まって真剣に心配している。
 一大事でもないのに過保護にされると、恥ずかしくて敵わない。

「あー、紅魔館だよ、紅魔館。パチュリーの奴に貸した本を、回収に行くだけだぜ」
「はて、本、回収……そういえば僕も、魔理沙に先日貸したような気がするな」
「うんうん。だから、それをパチュリーに貸してるんだぜ?」
「それを、世間一般には復貸しというんだ」
「違うな香霖、良い本は、大勢に読まれてこそだぜ。私は、広める手伝いをしたんだ。
 でもって、感想を聞きつつ、回収までしてやろうというんだ。異存はあるか?」

 やたら自信たっぷりに詰め寄って、魔理沙は最後に可愛らしく小首を傾げて見せる。
 二人の付き合いは短くはない。だから、こうやって押しに押してやれば成果があること
も、魔理沙にはちゃんとわかっている。

「ないよ。この炎天下に、紅魔館まで回収に行くのも億劫だし、よろしく頼む」
「へへー、了解だぜ。幻想郷一のスプリンターに、お任せだ」

 上機嫌で箒に跨って、魔理沙は勢いよく香霖堂を飛び出す。
 紅い霧の騒動以来、初めての八卦炉とランデブーに心が躍っている。
 今日は雲一つない、絶好の飛行日和。
 もう、じっとしていられない。抱きつくように熱っぽく、魔理沙は箒を足で挟む。

「よーし」

 何度か弾みをつけて、二つの足が宙へと跳んだ。
 体重が空へと吸い込まれていくような感覚に、魔理沙は思わず頬をほころばせる。
 久しぶりだから、ぶつからないよう慎重に。
 ふわふわ飛びながら、箒は香霖堂をのんびりと抜け出した。

「魔理沙!」
「ん?」

 いざ出発、と意気込む魔理沙を、呼び止める声。
 首を曲げて覗き込むと、珍しく霖之助が太陽の下に顔を出していた。

「さっきの報酬の話さ。久しぶりに魔理沙のちらしが食べたい、と言っておこう」
「ちらしか。いいぜ、いい子にしてたら、帰りに寄って作ってやる」

 霖之助がなかなか屋根のある場所から出てこないのも、魔理沙は承知済みだ。
 それを押して出てきたのは、夕食の注文もあるだろうが――
 目が合ったから、わかる。これは見送りなんだ。

 ……まったく、過保護だぜ。

 また少しくすぐったくなった身体を誤魔化して、魔理沙は頷いた。
 今度は振り向かずに、柔らかい腿でしっかりと箒を挟み込んで、八卦炉に囁く。
 さあ、久しぶりに最高のコンビで、風よりも早く往こう。

「よーい、ドンっ!」

 なけなしの体重を乗せて空を蹴り、黒い流星が走り出す。
 後は勢い任せ、障害物なら薙ぎ倒して、目指した場所へ一直線。
 目指すは紅くてでかいあのお宅。そして狙うは、高くて美味い一杯の紅茶だ!


 2/

 空には、自由が溢れている。
 一度飛び出してしまえば、障害物にぶつかったり、石に躓いたりすることもない。
 果てしなく続く散歩道。ころころ姿を変える、でっかいキャンバス。
 ここは、遊んでも遊び尽くせない、魔理沙のとっておきの遊び場だ。

「久しぶりだな、通らせてもらうぜ!」

 足元に現れた巨大湖に向けて手を振ると、清清しく澄んだ水の中で、もう一人の魔理沙
が手を振り返してくれる。そんな些細なことでも、含み笑いが勝手に出る。
 やっぱり、空はいい。あったかくて、頭の中がきん、と冴える。
 徒歩なら数時間はかかる香霖堂からの道中も、空を使えばあっという間だ。
 ただ、便利なものの、地に足ついていない覚束なさがあるのも事実だった。
 空はとても大きくて、それだけにどこか遠いのだ。

「……っと、なにをセンチになってるかな」

 いつしか自己に埋没していた自分に気づいて、魔理沙は両の頬を平手で打つ。
 空を飛びながら考え事をするのは、それだけ恐ろしいことだから。
 余計なことは考えずに、ただ上へ前へ。そうでないと、身体は重力に呼ばれて落ちてし
まう。空で事故に遭いたくなければ、余計な自己なんて持ち込むべきではないのだ。
 そんなことは、誰より魔理沙が知っている。
 にも拘らず、今日の魔理沙には濁りがある。目を閉じた先に浮かぶ、不吉で小さな影。
 それは、一冊の古びた本だった。

 結界を越えてきたという小さな本は、香霖堂の奥で埃を被ったまま置き去られていた。
 魔導書ですらないそれを魔理沙が手に取ったのは、一つには外の世界への興味であり、
表題が強く心を惹きつけたからだ。
 “そして誰もいなくなった”
 どこか不吉を感じさせるフレーズには、見えない魔力が宿っていたのか。
 気がつけば、魔理沙は指でページを捲っていた。

 それは、異様な物語だった。知られざる罪を背負った十人の男女が、U.N.オーエン
と名乗る怪人物によって無人島に集められ、次々に殺されていく。
 オーエンには影がない。姿さえない。だというのに、その腕は十の命を次々に滞りなく
奪っていった。誰にもその正体を知られないまま、透明な殺人鬼は、ついに島からすべて
の罪人を消し去った。最後に自身も去り、島には誰もいなくなったというエンドだ。

 オーエンは、幻想郷の住人のような魔法や能力を持ってはいない。ただ、罪や恐怖を抱
える人の、心を操る術に長けていた。
 疑わざるを得ない状況を生み出し、神経をやつれさせ、自発的に死へと歩かせる。
 その手際は、ある意味魔法以上に魔法らしく、魔理沙の脳裏に浮かんだオーエンは、狡
猾な魔法使いの姿をしていた。
 魔法を使うのなら、魔理沙にとっては競争相手ということになる。

 だからというわけじゃないが、魔理沙は考えた。
 もしもあの十人が自分や霊夢、レミリアだなんて身近な連中だったら?
 嵐に閉ざされた無人島が、この幻想郷だったら?
 この平和で賑やかな場所から、最後には誰もいなくなってしまうのか?
 強すぎる罪の病は、そこにあるものすべてを滅ぼしてしまうのか、という問いを。

 命題は、極めて難解だった。魔理沙は眠りを忘れ、腹に物を入れるのも面倒臭がって、
何日も悩んだ。そうしてずきずきと鳴る頭に、一つの答えを導いた。
 だから、今日は答え合わせをしに、紅魔館へ行くのだ。
 いつもは借りる側の魔理沙が、パチュリーに本を貸したのは、つまるところ自分以外の
解を知りたかったからに他ならない。

「さて、スパートかけるか――ん? なんだ、ありゃ?」

 加速どころか思わず急ブレーキをかけて、魔理沙は前方に目を凝らす。
 空の遥か向こうが、一部だけ濁っているように見えたからだ。

「……雷雲? それにしても、面妖な」

 黒い水飴のように空へ広がって見えるのは、どうやら発達した雨雲らしい。
 それだけなら妙でもなんでもないのだが、やっぱりおかしい。
 何故なら、魔理沙の頭上には相変わらず雲一つなく、おそらくは紅魔館のあるであろう
地点にだけ、急ピッチで拵えたように雷雲が積もり積もっているのだから。
 局地的にも程がある。お天道様は、わざわざあんな捻くれた降らせ方はしないだろう。

「あんな奇天烈な真似、パチュリーくらいにしかできなそうなもんだが……なんでだ?
 まあいいか、元々あいつにゃ聞くことがあるし、一つも二つも同じだぜ」

 近づいてみると、館の周りはまるで台風のような荒れようだ。
 ちんたら飛んでちゃ、吹き飛ばされる。速攻、突貫で済ませるとしよう。

「ふぅっ……!」

 八卦炉に、滴るほどに新鮮な魔力を充填。
 魔理沙の指が表面をモールス信号よろしく叩いて、増幅式を編み込む。
 テンカウントを刻む間に、二つの目が、ぎらりと雨粒の先の玄関を見定めた。
 三、二、一……少女弾頭(ミサイル)、発射!

「GO!」

 魔理沙は、吹きつける雨に気後れなんてしない。
 水滴が地面を打つより速く、熱く、炎の矢になって紅魔館へと突き刺さる。
 正門、植え込み、雨も嵐もみんな退け! 邪魔する奴は、吹き飛ばすぞ――!
 荒れ狂う嵐に負けじと猛りながら、魔理沙は一直線に駆ける。
 勢いづいた少女を止められる壁なんて、幻想郷には存在しない。
 雨にも負けず風にも負けず、魔理沙は勝って降り立った。

「っぷぅ……!」

 あわや玄関に減り込む寸前に、雨粒を弾きながら急停車。
 見上げれば、分厚い天井をドラムのように水滴が叩いている。
 こんな、空が怒ったような雨は初めてだ。

「ったく、余計なもんを降らせてくれるぜ。まあ、茶請けをせびる理由になるけどな」

 避け切れなかった雨粒を払って、魔理沙は大扉に手を――かけようとした。
 瞬間、昏いイメージが、粘液のように全身を駆け巡る。
 止まない雨。世界から閉ざされた館。この扉を抜けた先に、眼に見えない手が――

「アホか。ありゃ、本の中の話だぜ」

 胸の中にくすぶるU.N.オーエンに、きつく唇を噛む。
 幻影を押し潰すつもりで、魔理沙は両手で思い切り扉を押し開く。

 ――そこにはやっぱり眼に見えない手があって。
 魔理沙の身体は、勝手にくの字へ折れて仰け反った。

「ぐ、っ!?」

 理解不能の衝撃に頭を掻き回されて、受身も取れずに外へ吹き飛ばされる。
 鼓膜が震え、平衡感覚が狂う。身体中を揺さぶられている。
 箒をつっかえ棒にして、どうにかバランスを取ると、慎重にもう一度館の中を見回した。

「……なんだ、こりゃあ」

 外も相当な嵐だが、紅魔館の中は、まるで竜巻に食い荒らされたかのような惨状だった。
 息苦しいくらいに整然としていた洋館は、今やどこもかしこも瓦礫の巣だ。
 その殺風景をさらに彩るのは、あちこちに覗く二本の腕、二本の足。
 これまた以前は清潔と誠実の伝道師だったはずの、紅魔館のメイドたちである。
 一様に痛々しく傷ついた少女の群れから、手近な一人を魔理沙は抱き起こす。

「おい、生きてるか? なにがあった!?」
「パチュリー様が、妹……さ、あ、っ……!」
「あ……! くそ、気絶しちまった。パチュリーが、なんだってんだ?」

 紅魔館の中で、なにか異常な事態が発生している。それだけは確かだ。
 混乱の続く頭に、一先ずそれだけを書き込んで、魔理沙は箒に飛び乗る。
 胸の中で、ミニ八卦炉が警戒するように鋭い熱を発した。

「……悪いな香霖。どうやら今日も、出番がありそうだぜ」

 第二の心臓を、魔理沙は強く抱き締める。
 五つの指に伝わる熱が、ますます強くなる。まるで、励ますかのように。

「ありがとよ、相棒」

 八卦炉を優しく撫でた時には、心から余計なものが失せていた。
 人心地を取り戻したところで、再び周囲を窺う。
 紅魔館をすっぽりと包んだ濃密な妖気。時折館の奥から響く、唸るような地鳴り。
 箒を走らせていると、唐突に突風が吹きつけて叩き落とされそうになる。

「さっきのはこいつの大型か……一体、奥じゃなにをやってるんだ?」

 霊夢と一緒に殴りこんだ時でさえ、こんな大惨事にはならなかった。
 つまり、あの事件以上の厄介事が起きているということだ。
 喉を鳴らして、魔理沙はさらに箒を加速させる。

「……いた! パチュリー!」

 開け放たれた巨大な扉の奥に、見慣れたローブ姿の少女を見つける。
 その隣には、よく魔理沙を追いかけてくる小悪魔の従者も控えていた。
 二人ともなかなかの弾幕使いだが、さっきから感じている魔力の源とは符合しない。
 予想通り、立ち塞がるように並んだ主従の先へ、まだ誰かが立っている。
 その姿は、小さな女の子のように見えた。

「はぁぁぁ、っ……!」

 第三の影へと向かって、パチュリーと小悪魔が、同時に符を振り上げた。
 光がうねり、巨大なスペルが発動する。

「でかい……!」

 パチュリーが呼び出した炎の龍に、小悪魔が紫電の球体を鎧のように纏わせる。
 二人は視線を交わして、目の前の影へと龍を仕向けた。
 爆炎の獣が、身動ぎもしない少女に、死の牙を突き立てる。
 いや、少女はむしろ、龍を招くように手を広げて――
 
「――貧弱、貧弱ぅ!」

 拗ねたような声を、魔理沙は熱波の中で確かに聞いた。
 そして見た。口を開けた炎龍が、行き過ぎた口裂け女のように、尻尾まで引き裂かれて
いく様を。
 龍は一声切なげに鳴いて、二つの身体を風船のように弾けさせた。

「きゃあああああああっ!」

 紅魔館を内側から溶かしながら、魔獣の断末魔が衝撃となって魔理沙たちを襲う。
 二度もやられるか、と堪える魔理沙の横を、パチュリーと小悪魔が殴りつけられたよう
に吹き飛んでいった。
 魔理沙も二人を追おうとして――背中に突き刺さった寒気に立ち止まる。

「全然ダメね~。パチェ、いよいよ切れがなくなってきたんじゃないの~?」

 炎にくすぶる空気を切り裂いて、それは現れた。
 人間ではなかった。人間にしては、美しすぎた。
 子供と見紛う小さな身体、その背で揺れる、人間には存在しない飛行器官。
 星屑を鏤めたような金の髪の下に、愛嬌のある童女の顔が覗く。
 つんと立った鼻先、思わず触れたくなる、柔らかそうな頬。
 笑みを零す唇は、垢抜けない艶を秘めて、視線を惹きつける。
 ただ、少女の目だけが、酷く無機質だ。
 血を溶かし込んだような紅色は深く底知れず、感情の一切が読み取れない。

「おまえは――誰だ?」
「誰でもいい。あなたには関係ないこと……引っ込んでなさい、魔理沙!」

 魔理沙を少女から引き離すように、身体を危うくふらつかせたパチュリーが割りこむ。
 小悪魔は主を庇ったのだろう、身体中が派手に傷ついている。
 死に体の主従を不機嫌な顔で睨んで、金髪の少女は肩を怒らせた。

「いいかげんにしてよね。私は、お外に人間を見に行くんだから!」

 苛立ちを吐き出すだけの一声が、怒号さながらに魔理沙を、パチュリーを、小悪魔を竦
ませる。まるで、飢えた肉食獣に威嚇される、リスやウサギのような構図。
 否、力関係で言うならば、確かに威嚇されているのだ。
 知る限りで最大の賢者であるパチュリーの魔力を、少女が圧倒的に上回っている。
 身体の芯へ茨のように絡みつく黒い波動に、魔理沙は確信した。
 この禍々しい感覚を、確かにどこかで感じたことがある、と。

「外出は無理よ。外は大雨、吸血鬼が飛び出せる空じゃない。さあ妹様、お願いだから大
人しく部屋へ――く、ガ、フッ……!?」
「え……パチュリー様ぁっ!」

 険しい顔で少女を睨んでいたパチュリーが、口から血の固まりを吐き出した。
 そのまま糸が切れたように、砕けた床の上に座り込んでしまう。
 細い肩がわなわなと震え、口を押さえた指から紅いものが滲む。

「そんなざまじゃ、もう私を止められないでしょ? 諦めちゃえ諦めちゃえ」

 傅くように身を折ったパチュリーを、少女はご満悦で見下ろしている。
 瞳に慈悲はなく、声に哀れみはなく、そこには歓喜だけが色濃く輝く。
 魔理沙は、動けない。少女の紅い目が、魔錠のように身体を縛る。
 細胞の一つ一つが恐れている。目の前にある、爆弾のような魔力の具現を。
 唇を噛む。自分は、こんなに臆病だったのか?

「……まだ私、戦えます」

 苦しげに俯いたパチュリーを護るように、小悪魔が一歩を踏み出す。
 その肩が、足が、か細い翼が耐えかねたように淡く震えている。
 それでも。小さな司書は、腥い妖風の中を怯まずに進んだ。

「私とするの? そんなぶるぶる震えた羽根で、私の魔法を受けられるつもり?」
「本当は、逃げたいですよ? 足も翼も、そうしろってさっきから煩いです。
 ……あはは、正直ですよね。でも、ダメなんです。だから、えいっ!」

 震える腿を平手で叩いて、小悪魔は凛と表情を引き締める。

「これでも私、眷属です。主の腕の代わりくらいはしなきゃ、恥ずかしいですから。
 精一杯……お邪魔、しますっ!」

 大地に足を根差して、突き出した両手から光が疾った。
 小太陽を思わせる巨大な光弾が、金髪の少女を目掛けて牙を剥く。

「ふん――」

 金の髪がなびいて、吸血鬼は難なくそれを片手で受けた。
 パチュリーの魔法にさえ見劣りしない一撃の反動は凄まじく、小悪魔の背で二つの羽根
が、びりびりと痙攣している。
 けれど――きっとあの翼は、何度吹き飛ばされても、飛ぶことをやめないのだ。

「――ははっ」

 魔理沙の奥で火花が散って、次々に炸裂していく。
 頑なに退かない背中は、そう。一言にいって、堪らなくイカしていた。
 ――震えていた心が、痺れた。
 彼女は、命を弾幕に乗せて打っている。その覚悟が、魔理沙の呪縛を掻き消す。
 凍えていた足が、動き出す。

「なかなかキメるわね。でも、あなたじゃ弱すぎて、邪魔にもならない」

 渾身の弾を玩具のように握り潰して、吸血鬼は不意に魔理沙へと視線を移した。
 どろりと濁った紅が、赤子のような喜色に染まる。

「だから、霧雨魔理沙さん。あなたがお相手してくれないかしら?」
「……私をご指名か? しかし、あんたとは初めて会う――いや、違うな。さっきからな
んか既視感が……ああもう、アルツハイマーか?」
「ホントに覚えてたらたいしたものだけど、きっとお姉様の感じね。残念でした、私は妹
のフランドール・スカーレットよ」
「スカーレットだって!? じゃあ、姉ってのは、あのレミリアか!」

 少女らしい無邪気な含み笑いで、フランドールは活発に頷く。

「でも、やっぱり会ってるのかしらね。私は、この館でずっと見ていたもの。誰にも気づ
かれないまま、ずっとね」
「……ずっと、ここに、いた。誰も、知らない。ううん、それもどっかで……」
「はあ?」

 ぶつぶつと漏らす魔理沙に、フランドールも呆けて目を丸くする。
 魔理沙の脳裏で、記憶が歪んで、粘土人形のように影を作っていく。
 見えない怪人物。誰にも知られずに、誰もを見守っている。
 影のない住人。壁にある目。誰も知らない、けれど確かにそこにいる謎――ああ。

「なるほどな。おまえさん、U.N.オーエンか」
「言ったでしょ、私はフランドール。オーエンじゃないわ。そんなことより、するの? 
しないの? ――楽しい弾幕ごっこ!」
「弾幕ごっこだって? おい、そりゃ面白いな」

 魔理沙の竦んだ心臓(エンジン)が、鞭打たれて燃焼を始める。
 弾幕ごっこ?
 それは、魔理沙の引けない一線。尻尾を巻けない種類の勝負だ。
 否、今はまだ、スタートラインにさえ立っていない。
 ごっこ遊びに命まで懸けようとした一本気な奴が、目の前にいるのだから。
 走り出してさえいない魔理沙に、NOだなんて選択肢は、そもそも存在しないのだ。

「ええ、面白くしてあげる。ね? だからしましょ?」

 答えを急かすフランドールの右足が、そわそわと落ち着きなく揺れている。
 癖にしては変わっているが、不思議に彼女には噛み合っている。

「性急だぜ、お嬢ちゃん。報酬次第なら考えてもいいが、どうせだったら、二人きりと行
きたいね」
「いいわよ、もうパチェと遊んだってつまらないし。さっさと追い出して」
「だそうだ。その死に損ない連れて、避難してな」
「あ……す、すい、ません……」

 全身汗だくになって、小悪魔はよろけながらパチュリーに寄り添う。
 健気で、頑張りやで、仕事熱心で。こいつなら、いつだって天使にも転職できそうだ。

「あのな、あいつは一つ間違えてるんだ」
「えっ?」
「なかなかどころじゃない。最高にカッコ良かったぜ、さっきの啖呵は。
 バトンはもらった、後は任せな!」

 頭の天辺から爪先まで、奮った魔理沙が手を伸ばす。
 紅い血に猛る紅葉のような掌を、小悪魔はちょっと戸惑ってから、平手で打った。
 魔理沙の手が焼ける。ひりひりちくちく、生きて燃える。

「お願いします!」

 飛び去る二人を、魔理沙は見送らない。
 ここからは自分が主役。舞台から目を逸らすなんて、失礼だろう。

「――報酬の件だけど、思いついたよ」

 大扉が閉ざされ、振動する大気が、魔理沙の体内まで響いてくる。
 フランドールは服の中を忙しく弄って、取り出したなにかを魔理沙に放る。

「おお――?」

 手の中に納まったのは、古びた一枚の硬貨だ。
 ……刻まれた年号は、今から500――いや、正確には495年前。
 アンティークとして見れば、なかなかの値打ちものかもしれない。

「コイン一個でどうかしら?」
「おいおい。ワンコインじゃ人命も買えやしないぜ?」
「あら、私知ってるよ? 命って、お金じゃ買えないんでしょ?」
「ちぇ、バレたか」
「いくら積んでも変わらないなら、てのひらサイズでちょうどいいでしょ」

 小悪魔やパチュリーの弾幕を寄せつけなかった悪魔の腕に、獰猛な爪が居並ぶ。
 ますます危なくなったというわけだ。さあ、そこからなにが飛んでくる?
 魔理沙の心臓が、リズムを刻んで走り出す。
 今度は恐れじゃなく、戦いへの期待に燃えて。

「――それにコイン一個じゃ、あなたはコンティニューできないのさっ!」


 3/

 ――さあ、感覚せよ!

 これより始まる大一番は、夢と野望を諸手に篭めた、魔法少女の意地比べ。
 幻想郷じゃあ、こいつが流儀。なにかと揉めたら、弾幕裁き。
 たかが少女と侮るなかれ、優雅に避けたら二倍で返す。
 それではとくと御覧あれ、血臭漂う悪魔の褥で、やつらが火花を散らす様!

「来やがれっ! こちとら今からヴァンパイア・ハンターだ!」

 血求め迫る五本の爪へ、魔理沙は臆せず勇気で吼える。
 勇気は魔法のミサイル放ち、百連発がかけっこ開始。
 ミステル仕込のパイナップルも、フランドールにゃ涼風同然。
 襲う先から切り裂き落とし、断末花火を眺めて嗤う。
 肝も力も人間以上、怖いぞ僕等のヴァンパイア!

「それじゃ私は、ヒューマン・キャッチャーかしらね?」

 おまけに此度の狩人は、マジカル魔法も頭に乗せる。
 弓は持たんが天変地異を、その手に従え血ィ吸うたるぞ!
 今度の狩りは一味違う、今度の狩りは弾幕次第。
 示せよ、攻撃型自己表現(バトル・オレイズム)!

「は、私はひねくれ変化球だぜ。出来るもんなら捕まえてみな!」

 子供相手に舌まで出して、魔理沙は箒でフライング。
 フランドールはにやりと笑い、十の陣から魔弾を放つ。
 空中爆裂大捕物、お魚咥えたドラ猫さえも、ぽかんと上見る弾色天気。
 どうだ当たるか、いや当たらぬわ、弾と魔女とじゃ魔女のが速い。
 魔理沙は韋駄天スピードスター。魔理沙も同じく弾幕使い。
 ステップ踏むよに振り向いて、不意打ち加減に乱れ撃ち!

「きゃ!? う、ぐ、きゃうっ……!」

 予期せぬ光のにわか雨、苦手な輝きしとどに受けて、フランはぐらりとたたら踏む。
 しかしてそこは夜魔の王、きっちり耐えて魔理沙を睨む。
 手応えないぜ吸血鬼、私はここだ吸血鬼。
 肩を竦めて魔理沙は笑い、拗ねるフランの瞳を見たら――何故か寒気を覚えたぞ?

「じゃあ、私は直球で行くよ。ど真ん中、予告通りの弾で」
「なん、だと……!?」

 じわりと湿る赤瞳(シャクドウ)は、血腥くも美しく。
 フランドールが掲げた魔符は、血にも負けじとどす紅く。
 べたりどろりと塗られていくのは、魔理沙の視界か世界の肌か。
 地に立つ者よ見るがいい、劫火束ねて打ち下ろす、レーヴァテインの輝きを。

「――はっはっは、なるほど、これ以上なく直球だぜ……」

 冷や汗混じりに零した声の、頼りなささえ取り合わず、魔理沙は兎に角真横へ跳んだ。
 耳鳴り地鳴りは雷顔負け、紅く蕩けた空が堕つ。
 破天の剣の切っ先が、狙うは我らが魔理沙の背筋。
 容易く渡すな乙女の柔肌、空が落ちても魔理沙は落ちぬ!

「お・お・お・お・おおっ……!」

 歌劇の歌姫さながらに、魔理沙の喉から叫びが弾け、箒は稀なる駿馬に変わる。
 危うしおそろし紙一重、三角帽子はひいひいと、紅い天(アメ)から逃げ延びる。

 け抜き突 がトオ へ左 らか右 

                 上から

                 下へと 世界が 揺れた。

「な、――!?」

 振り向き開いた眼(マナコ)の先に、魔理沙は在り得ぬものを見る。
 あんぐり開いた大地の口蓋、滴る炎はさながら涎。
 深さはまったく底知れぬ、馬鹿げた地割れがそこにはあった。
 レーヴァテインの轟く先は、万物砕けて無残なり。

「ステキな威力だ……ああ、破り甲斐もあろうものだぜ!」

 炎が天を破るとも、魔理沙の心を折るには足りぬ。
 高級家具にカーペット、幾らか知らんが成仏致せ。
 魔理沙がきっとその痛み、千と万とに増やして返す。
 なにしろ何故だかこのスペル、まじまじ見ればむらむらと、胸に湧き立つ怒りあり。
 なにかに似てるこのスペル、だからか腹が立ってくる、破ってやらねば気が済まぬ!
 それには手の内胸の内、昔も先も根こそぎに、束ねて打たねばなるまいな。

「アレをやるか……嫌だけどな。負けるのはもっと御免だ!」

 一念篭めた魔法の札は、魔理沙の手から舞い落ちる。
 待て待て何処へ飛んで行く? そちらは魔杖の射程距離。
 主はまんまと先読み避けて、おまえ一人が哀れな羊。
 くるくる紅が飛んでくる。魔女はなにゆえこの札を、置いて炎に飛び込むか?

「アチチっ! さあ――来い!」

 紅蓮の空を駆け上り、魔理沙は声を張り上げる。
 呼ぶのは皆さんお待ちかね、あいつか? あいつさ! 顔馴染み!!
 地獄の炎に貫かれ、おのれよくもと燃え上がり、いにしえの呪を呼び起こす。
 大地の果てから降り注ぐ、見境知らない光の矢(ライト・レイ)!
 たまにゃ魔理沙の尻にも当たり、それいけやれいけ檄飛ばす。
 だからこいつは嫌いだと、毒づく魔理沙のエンジン全開!

「え――!?」

 破壊の炎を振り下ろし、暫し固まる吸血鬼。
 よく見りゃ魔理沙が刃の脇を、ふざけた速度で昇り来る。
 その上無数の光条が、魔理沙の後を追いかけて、仕返しするぞとにじり寄る。
 振るったスペルの反動で、迎え撃つにもぎこちなく、思考が白むも仕方なし。
 忘我は魔法の骨砕き、猛威奮った禁忌の剣も、あえなく空の藻屑と消える。
 魔理沙はその隙逃さずに、山と谷越え空さえ越えて、ついに仇敵捉えたり。

「武器なら、こっちにもあるぜ……!」

 驚くなかれその作法、
 地面めがけて落ちながら、
 魔理沙は股から箒を抜いて、
 そいつに魔力をたっぷり乗せて、
 ニクいあいつに振り切った!

「ガ、っ……!?」

 袈裟を描いた斬撃が、フランドールの身体に沈み、重力加速と諸共に、悪魔を大地に縫
いつける。魔理沙はすぐさま箒を放し、落ちる己の下へと投げた。
 箒は主を受け止めて、やあ危ないと一息漏らす。
 しかし相手は人知の埒外、手応えあっても油断はできぬ。
 魔理沙は炉心に呪言を注ぎ、砂塵沸き立つ瓦礫の山へ、駄目押しとどめの追撃見舞う。
 アステロイドに思いを馳せて、銀河旋風(ツムジ)に烈風疾風(タツマキハヤテ)、
 まとめて食らえ、吸血鬼!

「うらぁ! うらうらうらうらうらうらぁーっ!」

 夜空に光るきらきら星を、凶暴無比の魔弾に変えて、力の限り撃ちまくる。
 気づいているか? 気づいているね? 
 爆発ばかりは派手なれど、地の底深くで脈打つ奴は、些かほども衰えぬ。
 魔理沙もきっと知っていて、だからなおさら真剣に、次の一手に力を注ぐ。

              “星辰”“奪命”

 ソプラノヴォイスで艶やかに、紡いだ悪魔の一声が、世界に新たな奇蹟を起こす。
 砕けた大地を埋めるのは、輝き放つ七色の、撓んでうねる飴の海。
 飴は怒って尖って浮かび、七つの魔力の矢と化して、星の嵐に喧嘩を挑む。
 
「あはははははは!」
「ぐ……ぬ、ううぅっ……!」

 言霊紡ぐ魔女の声、天地の別なく鳴り渡り、光弾ける戦場(イクサバ)を、絢爛豪華に
彩れり。
 他所では聴けぬこの調べ、スペルが奏でる協奏曲(コンチェルト)!
 最初は降る星押してたが、どうやらそろそろ疲れが見える。
 おまけに虹の弾幕は、打ち止め知らずに飛び出して、いよいよ空には星不足。
 今度は魔理沙が焦る番。地面が段々迫り上がり、七色模様が押し寄せる。
 奇しくも因果は跳ね返り、スペルの重みに縛られて、サンドバッグの木偶の坊!?

「や、ば、ぃっ……がぁぁっ!」

 喚いてみても時遅く、七つ綺麗に並んだ槍が、魔理沙の身体を刻んで抜けた。
 裂けた傷から滴り落ちる、熱い痛みと命の雫。
 口に広がる鉄の味、苦く切ない敗北を、魔理沙は唸り噛み締める。
 力と技と恋心、篭めたスペルは破られた。
 珠のお肌をばっさりと、斬られて傷をつけられた。
 ……嗚呼情けなや恥ずかしや、よりにもよってこの手段、弾幕勝負で折れるとは。

「……ふ。うふ、うふふ、うふふふふふっ」
 
 頭グダグダ、身体ズタズタ、こみあげるのはイカれた笑い。
 傷から滴る赤色を、フランがおしゃまにその手で掬い、啜り嘗めてはイカれて笑う。
 どうやらお互いツボに来た、ぎらぎら身体が燃えてきた。
 熱いぜ熱いぜ、熱くて死ぬぜ!

「ハァーッハッハッハッハァ――――!」

 笑う門には福より弾だ、頭のドラムに蓄え詰めた、夢のカケラを調べに乗せて、
 果ての果てまでそれぶちかませ!

 ――さてさて弾の飛び行く先は、無論天国はたまた地獄?
 それはお後の楽しみに、ちょいと目線を切り替えて、扉の外を覗いてみよう。
 
 
 4/

 砕けんばかりに揺れる、紅魔館の悲鳴を代弁するように、甲高い絶叫が響き渡る。

「あう、くぅ、っ……!」

 館を揺さぶる振動が、直截の衝撃となってパチュリーを蝕む。
 今、彼女は紅魔館と繋がっている。限りなく一つに等しい深さまで。
 こんなリスクの高い魔術は、調子が良くても使いたくはなかったのに。

「はぁ……っ、思った以上に、きついわね……」

 それでもやるしかなかった。今、紅魔館を護れるのは、彼女だけだから。
 館を、嵐が襲っている。二人の馬鹿魔力の持ち主が、扉の向こうで好き勝手に暴れてい
るのだ。揃って加減を知らないから、放っておいたら館ごと吹き飛んでしまう。
 それで困るのは、パチュリーやその友人ではない。――いや、困るには困るのだが。

「少しは考えて撃ちなさいよね……館が吹き飛んだら、一番最初に死ぬのは、誰よ」

 多分、最初は魔理沙だ。戦いに夢中で、崩れていく屋敷にも気づかない。
 ぽかんと間抜けに口を開けて、そのまま瓦礫に潰される。
 フランドールはといえば、館の崩落程度では傷もつかないだろうが、問題は別にある。
 足止め代わりに降らせていた雨を、もうずいぶん前に引き払ってしまった。
 空には、吸血鬼の死神――太陽が蘇っている。
 館が崩壊すれば、日光直撃。両者死亡で痛み分けの、頭の痛い結末だ。
 なんとか館が無事な間に、小悪魔がレミリアを連れて戻ればいいのだけど。

「……ちょっと! なに笑ってるのよあの二人、こっちの気も知らないでっ……!」

 あれやこれやと考えているうちに、塞いだ扉の向こうから爆笑が響いた。
 思わず、部屋をすっぽり包んだ障壁を、解き放ってしまいそうになる。
 そもそも一体誰のために、こんな重荷を食っていると思ってるのか。

「――ああ、でも。誰のためなんていったら、そうね……」

 頑張る理由は、とても単純だった。
 小さな両手と翼を広げて、嬉しいことを言ってくれた小悪魔のためだ。
 怖かったはずだ。泣いてしまうんじゃないかと、パチュリーのほうが焦った。
 悪魔が格上に逆らうなんて、なかなかできることではないのに。
 それでも、あの子はしてくれた。動けない自分のために、勇気と命を擲った。
 だから――魔理沙や妹様以上に、頼れる司書の帰る場所を、ちゃんと護りたいのだ。
 そのためなら、なけなしの健康なんて惜しまない!

「……それにひきかえ、あンの穀潰しは」

 パチュリーの脳裏に浮かぶのは、猫度不足で瀟洒を語る、この館の番犬。
 そもそもにして、紅魔館を護るというなら彼女の役目だ。
 だというのに、この頃は神社に日参する主の尻を追いかけて、時折姿を消している。
 ああ、今日のこの惨事も、あいつにしてみれば“時折”の範疇なんだろう。
 
「こういう時に、一番使えるのは咲夜なのに。番犬のくせに、どうして有事の際に抜け出
すのよっ」

 腹が立っても動けない。今動けば、すべてが崩れ落ちる。
 とはいえ、詰みにはまだ早すぎる。

「ああもう、誰でもいいから! 早く、駒を動かして頂戴っ――!」

 無人の館へ、パチュリーの叫びが幾度も跳ね返る。
 それは彼女にしては珍しく、理性を留守にした心底の絶叫だった。
 本当に壁一枚、離せば吹き飛ぶ扉の向こうで、
 事態はデリケートかつ、スリリングに進行しているのだ――。

舞い上がれ、幻想の郷を見下ろす遥かな空まで!
解き放て、自由な弾幕(タマシイ)、風に乗って!
そして魔理沙もやってくる、フランを狙ってくるぜ!
トラブる予感 Fight! Fight! Fight!
パチェが紅魔館(チキュウ)の盾になる!

前半はそんなお話でした。後半は――?
白主星
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コメント



0.4250簡易評価
8.80EXIT削除
新鮮で歯切れの良いテンポ!日本語の本領です!
10.無評価名前が無い程度の能力削除
>アステロイドに思いを馳せて、銀河旋風(ツムジ)に烈風疾風(タツマキハヤテ)
・・・J9かい!
13.60名前が無い程度の能力削除
なるほど、弾幕り合いながらその描写がウタになっているのか。
こいつぁ、粋だ。 後編も楽しみだ。
19.70沙門削除
 あぁ、凄いぞ、スゲエぞ、機関砲じみたこの物語。寝惚けた頭も目が覚めた。アクセル捻って後編に特攻だ!!
75.90名前が無い程度の能力削除
小悪魔にふるえました。
78.無評価名前が無い程度の能力削除
ドラゴンボールwww
80.80名前が無い程度の能力削除
美鈴のことも思い出してあげてください
86.100名前が無い程度の能力削除
なんというアップ2ビート
88.100名前が無い程度の能力削除
なんだこのかっこよさ
鳥肌もんですぜ