Coolier - 新生・東方創想話

紅魔館の冥土さん(2)

2005/07/29 08:41:30
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「お嬢様」
「……」
「お嬢様、起きて下さいまし。もう夕刻ですよ」
「……んー」
レミリアは、寝惚け眼を擦りつつ、ゆっくりと顔を上げた。
「……おはよう咲……」

言葉が止まる。
というか、全身の鼓動が静止する。
「おはようございますお嬢様。この時間でよろしかったのでしょうか」
「って! なんだってあんたが起こしに来るのよっ!」
ベッドの横に立ち、見下ろしている一人のメイド。
ぱっつんぱっつんの胸元が目に眩しい、西行寺幽々子その人であった。
「何で、と申されましても……」
「私を起こすのは咲夜の仕事なの! しゃしゃり出て来るんじゃないわよ!」
「それは無理ですわ」
幽々子は扇で口元を隠しつつ、くすりと笑った。
まこと、メイド服に似つかわしくない仕草である。
「メイド長殿は先程、一身上の都合により、単独での大気圏突破の旅に赴きました」
「……へ?」
「従って、後任のメイド長は私です。今後とも宜しくお願いします、レミリア様」
「は、はぁ?」
次々と不可解な言葉を紡ぎ出してゆく幽々子。
あまりに唐突であるため、その言葉の意味する所が直ぐに理解する事が出来ない。
だが、自分が絶望的な状況にいるという点だけは直感した。
「では新メイド長として、最初の御奉仕をさせて頂きます」
そう言うと、満面の笑みを浮かべつつ、脇に置かれたカーゴに手を伸ばした。
「レミリア様は小食と聞き及んでおりますが、それはいけません。
 夜の王たるもの、あらゆる点で他者を圧倒する必要があるのです
 そこで私は、一計を講じる事にしました」

話の流れからして、何かしら料理でも持ってきたのかと想像する。
が、幽々子が取り出したものは、レミリアの想像内には到底収まらない物体であった。
緑色なのはまだ良い。レタスだって胡瓜だって緑だ。
だが、微妙に蠢いているというのはいかがなものか。
というか、触手が生えているのは気のせいだろうか。
粘液のようなものを吐き出しているのは、多分気のせいでは無いだろう。

「そ、それと、そのグロテスクな物体がどう関係するのよ」
「偏見はいけません、これは冥界の伝統料理『神跳牆』です。
 修業をあまり積まない巫女ですら、結界を跳び越えて食べに来るという逸話から、
 呼ばれるようになったという希少な一品です。
 これならばレミリア様も残さず平らげる事は請け合いかと」
「う、嘘! それは大嘘よ! 修行を積んだ庭師ですら結界を飛び越えて逃げ出す代物の間違いでしょ!」
「問答無用です。さぁ、お食べ下さい。はい、あーん」
「あーん、じゃない! というかそれ、絶対食べ物じゃないでしょ!?」
「そんなことはありません。ほんの300年程、賞味期限が切れているだけですわ」
「い、嫌ぁ! 助けてさくやぁ!」
「そんなに嫌ですか……ならば」
「な、ならば?」
「私をママンと呼びなさい!」
「何故に!?」
「さぁ、ママンとお呼び! レミリア!」
にじり寄る幽々子に対し、レミリアはただ怯え、退く事しか出来なかった。
やがて、すぐに壁際へと追い詰められる。
眼前には、恐怖の象徴とでも言うべき物体を手に持つ幽々子。
「(こ、これを食べるくらいなら……!)」
ついにレミリアは叫んだ。





「やめてよママン!!!」





「……お、お嬢様……?」
「……へ?」
目を開く。
戸惑った様子で覗き込んでいたのは、幽々子ではなく咲夜だった。
周囲を見渡した所、カーテンが下りている事から、
まだ眠りについてから左程の時間が経っていないのが分かる。
そして自分はベッドの上。
これらの情報から、今の状況を理解するのに、左程の時間は要さなかった。

「夢、だったのね」
安心したのか、思わずほぅ、とため息が漏れた。
「あまり脅かさないで下さい。乱心なされたかと思ったではありませんか」
「……」
返す言葉も無い。
いくら夢とは言え、あそこまで突飛かつ真実味溢れる情景は珍しかった。
それほどまでに、あの亡霊の存在は、精神状態に悪影響を及ぼしていたという事であろうか。
「でも、どうせならママンよりお母様と呼んでいただけるほうが私としては嬉しいですが……」
「……」
咲夜の言はスルーすることにした。
深く突っ込むと厄介そうだから。

「……幽々子はどうしてるの?」
「一通りの説明は終わりました。今は美鈴の所に預けております」
「そう……」
美鈴、というのが何を意味しているのかは理解出来なかったが、
問う程のものでは無いという理由により、気にしないでおくことにした。
「門番隊ならば、花子でも多少は戦力にはなるかと思いましたので」
察したのか、咲夜が付け加える。
が、その言葉の中には、美鈴とやら以上に気になる点があった。
「……花子?」
「はい。幽々子の紅魔館での名前です。私の独断で付けさせて頂きました」
返答に対し、レミリアは難しい表情を浮かべた。
理由には大体想像は付く。
大方、幽々子のままで働かせるのが、状況的に好ましくないと判断したのだろう。
多少不満ではあるが、それに対して責めたりするつもりはない。
が、問題はその名前だ。
いくらなんでも花子は安直過ぎはしないだろうか。
「もう少し何とかならなかったの? 
 例えば……」
「例えば?」
「……ラフレシア子とか……ああ、ピンクパピヨン麗華なんてどうかしら」
「……」
「……咲夜?」
「……ええ、とても素晴らしい名前と思いますわ。
 ですが、もう花子で説明してしまったので……申し訳ありません」
「そう、なら仕方ないわね」
さして拘りがあった訳ではないのか、レミリアはあっさりと引き下がった。

「(うう……お嬢様……)」
咲夜は、溢れ出る涙を堪えるのに必死であった。
心の底から敬愛し、心酔している主ではあるが、
このネーミングセンスだけは付いていけそうにない。
「……ええと、名前以外にアレに対するご要望はありますでしょうか」
名前以外、を強調するのがポイントだ。
これ以上、主人の恥部を見るのは耐え難い事である。
「そうね……色々あるけど、暫くは貴方に任せるわ。
 今ひとつ、ゆゆ……花子の真意が読み取れないのよ」
「では、様子を見るということですね」
「ええ」
話は終わった。とばかりに、レミリアは再びベッドへと寝転がる。
日が落ちるまで、もう一眠りするという事だろう。
咲夜は一礼して、その場を後にする。
「あ、咲夜」
「はい?」
「ファントムオブ白玉餡蜜なんてどうかしら」
「……くっ!」
耐え切れなかったのか、咲夜はダッシュで部屋から飛び出した。
涙の粒を撒き散らしつつ……
「(お嬢様……それは名前ですらありません……!)」


「……?」
一人残されたレミリアは、咲夜が何故、泣きながら走り去ったのかを呆然と考えていた。
が、それもすぐに睡魔という強力な使者によって遮断された。
「……ま、いっか……」
眠いということは、まだ身体が睡眠を欲しているという事だ。
ならば抵抗する必要などまったく無い。
レミリアは、本能の赴くままに瞼を閉じた。
「(クリスチーネ剛田も良いわね……)」
等と、心底どうでも良い事を考えながら。









門番隊。
その名が示す通り、紅魔館の門を守るべく組織された集団である。
規模としては、さして大きいものではなく、数名のメイド達がシフト制で任にあたるという形式で構成されていた。
なお、例外として、門番長のみ365日24時間年中無休である事を付け加えておく。

「聞いた? 新入りの事」
「あー、一人来るらしいねぇ」
「こんな時期に、どうしてかなぁ」
「だよねぇ、募集はまだの筈だし……訳ありかな?」
「ま、少しは役立ってくれると助かるんだけどね」

「はーい、皆集まってー」

「お、噂をすれば、かな」
「だろうね。ほら」

彼女らの視線の先には、手を上げて集合を促す美鈴。
そして、その隣には、見慣れないメイドがいた。






「さて、ちょっと臨時になるけど、新入りを紹介するわ」
くるりと見渡し、全員集まった事を確認すると、隣に立つ幽々子を一歩前へと押し出した。
「今日から門番隊に配属された花子……あれ、そういえばあんた、苗字は何て言うんだっけ?」
「あ、その、まだありません」
「は?」
「……じゃなくて、私に苗字はありません。ただの花子です」
「そ、そう……」
マズいことを聞いてしまったかと、バツの悪い顔をする美鈴。
まぁ、マズいのは確かなのだが。
「ええと、そういう訳で、今日から一緒に働かせていただきます花子です。
 何かとご迷惑をお掛けするかもしれませんが……よろしくお願いします」


さて、それに対するメイド達の感想はと言うと。
「(……浮いてる?)」
「(……浮いてるように見えるけど……)」
「(……浮いてるわよね……)」
等と、妙な点で一貫した見解であった。
幻想郷において、空を飛ぶ能力を持つものは決して珍しくは無い。
当然ながら、門番隊の彼女らも、全員飛行能力は有している。
が、飛ぶことが出来る。と、浮いている。は別である。
ナチュラルに地上から浮かんだままの幽々子を前に、疑問を持つのも仕方の無い事だった。
が、そこは百戦錬磨の紅魔館メイド衆。
まぁ、世間にはそんな奴もいるだろう、とこれまた一貫した結論を持って、その疑問を流したのだった。






「……暇ー……」
門にだらしなく寄りかかり、ぼやく幽々子。
初仕事と張り切って任に就いてみたはよいものの、やる事と言えば、交代制の見回りくらいのもので、
後は立番という名の我慢大会のようなものである。
何しろ、誰も訪れやしないのだ。
湖の離れ小島という絶望的な立地条件に加え、館に住まうは百戦錬磨の魑魅魍魎ども。
むしろ尋ねてくるほうがおかしいとさえ言えるだろう。

「こらー花子。ぼさっとしてるんじゃないの」
「……あ、門番長さん」
顔を上げると、美鈴の真剣な表情が写った。
とは言え、口調からして、怒っているという訳ではなさそうだった。
恐らくは、常に門番長として気を張っているという表れだろう。
「(……少し妖夢に通づる物があるわね)」
もし、妖夢を白玉楼の守りに専念させたなら、同じような行動を取るだろうと、予測できた。

「ここって、いつもこんな感じなんですか?」
「誰も来ないって意味ならその通りね。
 ま、せいぜい一日に一人来れば良い方かな」
「はあ……それって、空しくなりませんか」
しまった、と思った時にはもう遅い。
既に美鈴の表情には、明らかな失望感が浮かんでいた。
「……あんた。私を馬鹿にしてるの?」
「い、いえ、そんな事無いです」
「……」
「……」

重くなった空気。
が、それは美鈴自らの手によって打ち破られた。
「……でも、まぁ、時々考えちゃうんだけどね」
「?」
「こう言っちゃ何だけど、ウチの上層部の人達って、みんな私以上の実力者なのよ。
 そんな人達を守る。ってのも変な話じゃない?」
「……」
成る程、とは思う。
いくら門番の仕事に誇りを持っているとはいえ、そういった考えが浮かぶのは仕方の無い事だろう。
事実、幽々子が最初に思った事でもある。

「これは、私の推測に過ぎないけれど」
「……?」
「レミリア……お嬢様が門番を置いている理由って、
 物理的に自分を守る為じゃなくて、威厳を守る為じゃないかしら。
 私はこれだけの警備を持つに値する存在だ、という世間へのアピールよ。
 だから実際の門番としての能力なんて、大した問題じゃ無いのかもね」
それとは逆に、幽々子はそういった威厳を持とうとはしない。
白玉楼に妖夢以外の下働きを置かないのも、その為である。
はっきり言ってしまえば、邪魔なのだ。
「……」
「(……少しストレートに言い過ぎたかしら)」
重くなった空気に、幽々子はフォローの言葉を捜す。
しかし、それよりも早く、美鈴から盛大なため息が放たれた。
「はぁ~……
 いや、そんなの私だって薄々は気が付いてたんだけどさぁ……
 やっぱり、はっきり言われるとショックよね……」
「ご、ごめんなさい。少し調子に乗ってしまったみたいです」
今の自分の立場を思い出したのか、慌てて弁解に走る幽々子。
が、対する美鈴はというと、意外にもさっぱりとした表情だった。
「ああ、気にしないでいいわよ。他人行儀に話されるのって余り好きじゃないし」
「そ、そう……」
「というかさぁ。ずっと思ってたんだけど、あんたって何だか部下って感じしないのよね」
「え? き、気のせいじゃないですか?」
わざとらしく惚けてみるが、注がれる視線からは明らかな不信感が漂っていた。


と、その時。
周辺一帯に、盛大に警報音が響き渡った。
「え、な、何これ?」
「敵襲よ! ……目標は?」
「特例207、M&Aです!!」
「なんですって!?」
返答を受けた美鈴は、驚愕の表情を浮かべる。
一方、幽々子はというと。
「(……M&A? ここって株式会社だったのかしら。
  でも、一般公開したところで誰も買いそうにないわね)」
等と意味不明な事を考えていた。

「花子! とりあえず今日は出なくていいわ! 
 もし余裕があるなら、他の連中と一緒に援護して頂戴!」
「え? え? え?」
幽々子が状況を理解するよりも先に、美鈴は颯爽と飛び立った。
「総員第一種戦闘配置! ぬかるんじゃないわよ!」
「「「「「「了解!!」」」」」
返答と共に、門番隊の面々も、美鈴の後に続く。
結果、幽々子は一人、門前に取り残される形となった。
「……説明くらいしてくれても良いじゃないの……」 







紅魔館、上空。
美鈴と門番隊の面々は、目標である黒衣の魔法使い……魔理沙と対峙していた。
「よ、いつも出迎えご苦労さん」
「出迎えじゃないわ。追い払いに来たのよ」
「だっけか? まぁどうでもいい事だな。どうせ結果は同じだぜ」
ぴりぴりとした空気を受け流すように、軽口を叩く魔理沙。
その表情は、余裕に満ち溢れていた。

「ちょっと。私を無視しないでよ」
と、そこで、魔理沙の隣に並ぶように姿を見せたのは、七色の人形使い、アリス。
こちらはというと、いかにも不機嫌そうな様子である。
「ん? ああ、悪い。お前もいたんだっけか」
「……ま、別にいいけどね。こっちはこっちで勝手にやらせて貰うから」
ぷん、と視線を逸らすと、無数の人形を展開した。
はっきりとした戦闘態勢である。



「(……どういう事? 人形使いまで強行突破してくるなんて……)」
美鈴は、目の前に並ぶ二人を前に、不思議な感覚を味わっていた。
魔理沙は分かる。
これまでも幾度となく襲来しては、散々に自分達を蹴散らしていったのだから。
だが、アリスは別だ。
元々魔理沙ほど、紅魔館を訪れる回数は多くない。
しかも、その際に取る手段は、ゲリラ的に忍び込むか。或いは正式にアポイントを取っての来館である。
従って、このように問答無用で現れるというのは、初めての事だった。
「んじゃ、私も勝手にやるぜ、っと!」
「!? 総員回避!」
突如として、魔理沙の手から膨大な量の閃光があふれ出した。



「くっ……みんな、無事!?」
「は、はいっ!」
間一髪、美鈴の指示が早かったのか、殆どのメイド達は難を逃れていた。
「ほう、マスタースパークを避けるとはな。やるじゃないか中国」
「中国って呼ぶな! こう毎回毎回、真正面から撃たれれば慣れもするわよ!」
「……だな。それじゃ今日は、私の新たな一面を見せてやるぜ」
魔理沙は余裕の表情を保ったまま、無数の星形の弾幕を展開した。
それを相殺するように美鈴も弾幕を打ち放つ。
「……貴方達は人形使いに当たって! 私はこいつを食い止める」
「へっ、やれるもんならやってみな!」
図らずも二人は、完全な一騎打ちの状態に突入した。







「ああ……魔理沙&アリスって意味だったのね」
上空で繰り広げられている壮絶な弾幕戦を、ぼけーっという擬音がピッタリの表情で見上げる幽々子。
「でも、これじゃ時間の問題よねぇ」
その言葉通り、魔理沙&アリス対門番隊の戦いは、極めて一方的に推移していた。
不規則に襲い掛かる星形の弾幕に、回避が精一杯で近づくことすら出来ない美鈴。
無尽蔵に射出される人形達の攻撃に、次々と数を減らしてゆくメイド達。
このままならば、あと数分もすれば決着は付くだろう。
門番隊の完全敗北で、だ。
「うーん……出なくていいって言ってたけど……私も一応門番隊になったんだし……
 でも、魔理沙達に見られるのは拙いわね……どうしたものかしら」
暢気に腕組みをして、考えに浸る幽々子。
そこに、また一人。力尽きたメイドが落下してきた。
流石に放って置くわけにはいかないと思ったのか、幽々子がしっかと受け止め……
……る前に反転し、再び戦場へと戻って行った。
「くそっ! 人形なんかに負けるかっ!」
等と、勇ましい声を出しながら。

「(あの様子だと、この子たちって負けっぱなしなんでしょうねぇ……)」
行き場を失った手で、頬をぽりぽりと掻く。
「……ま、これくらいなら良いでしょ」
一人頷くと、両手を真っ直ぐに伸ばす。
すとん、と、袖から落ちた扇を流れるような動作で手に取り、開き、構える。
「メイド花子の初仕事と行きますか……再迷「幻想郷の黄泉還り」!」







「どうした中国? その程度の弾幕じゃ私にゃ当たらないぜ!」
宝石のように光輝く弾幕を、踊るように回避する魔理沙。
実際のところ、言葉ほどの余裕は無い。
いつになく美鈴の攻撃が熾烈なのだ。
だが、それでも魔理沙は余裕の態度を崩さない。
この不遜なる姿勢が、強さの源となっているのだ。
「じゃ、そろそろ決めさせて貰うぜ!」
撃ち疲れか、一瞬美鈴の攻撃が止んだこのタイミング。
そして、回避しつつ、図っていた距離。
すべて魔理沙の予想通りに事は進んでいた。
後は、必殺のスペルカードにより、戦いは終わる。
……筈だった。

「っ!?」
予期せぬ、とはまさにこの事を言うのか。
前でも横でも後ろでもない、空中戦においての完全な死角……真下からの奇襲だった。
無限の如く噴出する人魂が、魔理沙目掛けて襲い掛かる。
「(こいつは……まさか!?)」
カードを収めた魔理沙は、急加速をもってそれを回避しつつ、攻撃の主を探る。
紅魔館の門番云々ではない。
このような非常識な攻撃を行えるものなど、一人しか存在しない筈なのだ。
しつこく迫り来る人魂の群れを引き連れるように、門へと向かって加速する。
門の影に隠れるように立つ一人のメイド。
傍目には、ただ恐れ慄いているようにしか見えない。
が、手にした扇の存在が、その人物の正体を明確なものとしていた。
「どうして幽々子がここに……?」
思いを巡らせるだけの猶予は無い。
何故なら、そのメイドが、薄く笑みを浮かべつつ、扇を振り上げたからである。
新たに、侵攻方向を塞ぐように人魂が昇り上がる。
「ちっ!」
慌てて急制動をかける魔理沙。
同時に展開することはできないのか、追っていた人魂は姿を消していた。
「……仕方ないな。一端引くか」
戦闘中に長々と思案することは、敗北を意味する。
魔理沙は戦線離脱すべく箒に魔力を込めつつ、180度反転した。
だが、それは遅すぎた。

「私の事を忘れるとは、良い度胸……ねっ!」
「!?」

振り向いた先には、不可解極まりない手の動きから、背丈ほどもある巨大な気弾を放つ美鈴の姿。
二度目の急加速を行うだけの余裕は、魔理沙には与えられなかった。





「魔理沙!?」
視界に、墜落していく魔理沙の姿が映ると、アリスは思わず驚きの声を上げた。
魔理沙が美鈴に破れるなど、想像の範疇外だったのだ。
「一体何が……」
思考を遮るように、門番隊から数多のクナイが放たれる。
人形達の反撃で、大半は打ち落とす事が出来たが、鬱陶しい事に変わりは無い。
まずはこのメイド達を何とかしなければ、と思った矢先。
しゅぱん。と鋭い音と共に、一筋の閃光が奔った。
「!?」
狙いを定めたものではないのか、当たる事なくアリスの側面を通過するに留まった。
が、まったく反応出来なかったという事実は、十分に重い。
「(……駄目、現有戦力では勝ち目無しね)」
決断するや否や、アリスは一体の人形を取り出すと、前方に向けて無造作に放り投げた。


「?」
ふわりと放物線を描く人形に、美鈴は何をするでもなく、見つめるのみだった。
が、数秒の後、それの意味する所を理解すると、反射的に手で自らの目を塞ぐ。
ほぼ同時に、人形は強烈な閃光を放ち、爆裂した。






「……人形を爆弾代わりに使うとはね」
視界を取り戻した頃には、既にアリスは姿を消していた。
見れば、自分が打ち落とした筈の魔理沙の姿も無い。
閃光に怯んだ隙に、アリスが連れて逃げたのだろう。
「ま、いっか……」
撃墜云々は問題ではない。
門を守る事ができた。
美鈴にとっては、その事実がすべてなのだ。

「隊長ーーーー!」
美鈴の周囲に、門番隊の面々が次々と集まって来た。
皆、一様に興奮した面持ちである。
「やりましたね! M&A初迎撃成功ですよ!」
「ああ……私門番隊やっててこれほど嬉しいのは初めてです……」
「あはっ、大袈裟ね」
心なしか、返す美鈴の声も、いくらか弾んでいる。
例え単純と言われようが、嬉しいものは嬉しいのだ。

「お、終わりました?」
か細い声と共に、門の影から花子が姿を見せた。
「終わりました? じゃないでしょーが。 
 怖いのは分かるけど、せめて最後まで見届けなさいよ」
「うう、済みません……」
「んー、ま、初めてだし仕方ないんじゃない? 隊長もそう思いますよね?」
「……え? あ、うん、そうね」
答える美鈴の目は笑っていなかった。

先程の戦闘で、魔理沙に奇襲をかけたのは誰だったのか。
しかも、ただ落とすのではなく、あくまでも自分に倒させるように誘導したこと。
それに加えて、双方に行き過ぎが起きないよう、アリスに撤退を決意させたこと。
これらの事象、他のメイド達はまったく気が付いてはいないだろう。
だが、だからこそ。
美鈴は、花子という新入りメイドから、これまでに無い恐怖を感じていた。










「……どう考えても足りないわね……」
書類の類が雑多に詰まれたデスク。
そこに埋もれるようにして、頭を抱える咲夜。
「やっぱり、あいつをどうにかしないと……」
冷め切ったコーヒーを、一息に流し込む。
まことに不快な味に、思わず顔をしかめるが、
それがかえって思考をクリアにする役割を果たしたようだった。
再び格闘を始めるべく、書類の山に手を伸ばした時、とんとん、とノックする音が聞こえた。
「……美鈴です。少しいいですか?」
「入りなさい」
がちゃり、と扉が開かれる。
現れた美鈴はというと、全身ボロボロの見るも無残な姿であった。
もっとも、この姿のほうが見慣れている気もしたが。
「……また手酷くやられたものね」
「い、いえ、今日は撃退に成功しました。白黒と七色両方です」
「え!?」
驚きのあまり、咲夜は勢いよく立ち上がった。
その拍子に、書類の山が崩れ、床へと散乱する。
「ですので、パチュリー様には内緒にして頂きたいんですが……」
「え、ええ、分かったわ。ご苦労様、美鈴」
にわかには信じがたい事だった。
毎回、魔理沙一人に面白いようにあしらわれている門番隊である。
それが、アリスも加えた二人相手に、迎撃に成功とは……。

「それと、もう一つお願いしたい事が」
「な、何?」
「花子という新入りですが、他の部署へ配置転換させる訳にはいかないでしょうか」
「……どうして?」
「ええと、言葉で説明し辛いんですが……その、私には到底、扱い切れそうにありません」
「……そう。分かったわ」
ここで、先程の疑問は氷解した。
すべてが幽々子の仕業だとすれば、納得が行くからだ。
「咲夜さん。一つだけ教えて欲しいんですが」
「何?」
「あの花子って、何者なんですか?」
「……」
咲夜は、しばらく思案した後、重苦しく口を開いた。
「……ただの大喰らいよ」
「……は?」









「ふぅ……初日から配置転換なんてねぇ、私ってメイドの才能無いのかしら」
日の落ちかけた夕刻。
幽々子は一人、紅魔館のだだっ広い廊下で、ぶつぶつと呟きながらモップを動かしていた。

『現時刻をもって門番隊から除名、新しい部署は明日知らせるから、今日は廊下の掃除でもしてなさい』

つい先程、メイド長殿から受けた、ありがたいお言葉である。
やはり門での一件が問題だったのだろうか。
極力目立たないように行動したつもりだったが、現実はかくも非情だった。
疲れたのか、それとも飽きたのか、幽々子はモップを放り投げると、数少ない窓へと身体を預ける。

「妖夢はどうしてるかしら……」

夕焼けを眺めながら、そんな事を考えていた。











<同時刻 白玉楼>


「うー」

「あー」

「うー」

妖夢は自室にて、意味不明な唸り声を延々と上げていた。
ぐでんと横になったその姿からは、緊張感というものが微塵も感じられない。

「……暇ーー……」

ついには、妖夢の余り長くない半人生でも、初めてと言っていい単語まで飛び出した。
それも仕方ない事である。
妖夢の生活形態は主に、庭師としての仕事と、小間使いとしての仕事と、
幽々子の暇つぶし相手の三つで構成されていた。
それらの要素のうち、二つが無くなったのだから、時間が空くのも当然だろう。
ちなみに、彼女に自分の為の時間というものは、過去も現在も存在しない。
不憫と言えばまことに不憫なのだが、本人がそれに気付いていないのがせめてもの救いだろうか。
「……」
唸るのに飽きたのか、妖夢はむくりと起き上がった。
「掃除でもしよ……」




妖夢の向かった先は、幽々子の自室だった。
「失礼します」
誰もいないのは分かっているのに、一声かけるあたり、彼女の性格が現れていた。

「……うぇー……」
襖を開けた途端、ぷんと漂う酒の匂いに、思わず顔を顰める。
基本的に幽々子の部屋は、多少広い事を除いては、妖夢の部屋と大差無い作りである。
が、部屋中に散乱する酒瓶の山が、すべてを台無しにしていた。
「自分の部屋も片付けられない人が、メイドなんて出来るのかなぁ……」
率直な感想を漏らしつつ、妖夢は部屋の片付けに入った。
まず、床に散らばったものから一まとめに。
続いて、箪笥や机の上に乗っかっているものを。
何故そんな所にまで酒瓶が置いてあるのか疑問ではあったが、
幽々子の行動を理解しようと思う時点で誤りであると妖夢は知っていた。
よって、考えない事にした。

「……ん?」
机の上の酒瓶を集めていた所で、何やら本のようなものが置きっぱなしになっている事に気付く。
別にそれ自体は珍しい事ではない。
が、問題は本のタイトルにあった。

『ゆっこたんだいありー』

筆で書かれているにも関わらず、丸文字であることから、それが幽々子の直筆であると妖夢は判断した。

「に、日記?」
妖夢は激しく戸惑った。
幽々子は日記を付けるような性格では無いと思っていたからである。
と、なると、考えられるのは、罠である可能性。
最初のページに『ふりだしに戻る』と書かれているのかもしれない。
もしくは、あぶり出しになっていると思わせて、
火にかけた途端に爆発するよう仕組まれているという線も多いに在り得る。
ひょっとしたら、中に人の名前を書く事によって殺す事が出来る呪いの日記でも不思議は無い。
等と、ネガティブなイメージが、次から次へと浮かび上がった。
考えてみれば、これ見よがしに机の上においてある時点でいかにも怪しい。
「……でも、幽々子様がそんな分かりやすい罠なんて仕込むかな……」
日頃、騙され続けてるせいか、妖夢はあえて裏の裏を読んだ。
恐る恐るではあるが、日記へと手を伸ばしたのだ。
実際、本当に置き忘れたという可能性も、ごく僅かにあるかもしれない。
と、心に言い訳をしつつ。
「幽々子様、失礼しますっ」
そして、震える手で、表紙をめくる。


「やっほー、元気ー?」
「!?」

その瞬間。頭上から、能天気な声と共に、一人の妖怪が顔を出した。
それが誰であるのか……妖夢は理解する前に、反射的に行動に出た。
スキマから飛び出た頭を引っ掴むと、左腕で抱えるようにロックする。
「え? ち、ちょっと……」
「でぃーーーーーーーやっ!!」
声を無視すると、そのまま全体重をかけつつ、真っ逆さまに地面へと叩き付ける。
ずどん、という音とともに、妖怪……紫は畳にめり込み、前衛的なオブジェと化した。






「……」
「ごめんなさい、すみません、申し訳ありません!」
「……」
「さっきの私はどうかしてたんです!」
「……」
「だから、幽々子様にだけは内緒にして下さい! お願いします!」
妖夢はペコペコと頭を下げながら、ひたすら謝罪の言葉を繰り返す。
それに対して、被害者である紫は、膨れっ面を崩さない。
頬のみならず、脳天までぷっくりと膨らんでいるのがポイントだ。
何のポイントかは知らないが。
「私もこれまで色々な場所を訪ねたけど……垂直落下式ブレーンバスターで出迎えられたのは初めてよ?」
「い、いえ、アレは垂直落下式DDTです」
「……どう違うのよ」
「足のステップが……」
「……」
「……」
「……まぁそれは置いといて……少しばかり出た場所がまずかったのも事実だし、今回は許してあげるわ」
「ほ、本当ですか! ありがとうございます!」
「礼を言われるのも妙な感じだけど……」



ここでは何だ。という事で、二人は縁側へと河岸を移した。
夕日に照らされた白玉楼。まこと冥界日和である。
だから冥界日和って何さ? はっきりしないと出るとこ出るよ?
と圧力をかけられるのも困るので、この表現は今回限りにしたい。
ありがとう冥界日和! さようなら冥界日和!

「ふぅん、メイドねぇ……幽々子も何を考えているのかしら」
「さぁ……あの方の考える事は、一生分かりそうにありません」
酒気に当てられたのか、妖夢が出したのはお茶ではなく何と熱燗。
もっとも紫は、至って自然に杯を傾けているのだが。
「……ん? って事は、貴方今、一人で暮らしてるの?」
「ええ、必然的にそうなりますね。だから暇で仕方ないんですよ」
「……」
紫は何やら考え込むような仕草を見せると、一息で杯を干す。
「んー、それなら、幽々子が居ない間ウチに来ない?」
「へ?」
「誰もいないのに、ここで過ごす事も無いでしょう。
 ウチには優秀なおさんどんがいるし、骨休めだと思っておいでなさいな」
おさんどんとは、考えるまでもなく藍の事だろう。
えらく所帯じみた九尾の狐もいたものだ。


「……」
この提案は、中々に魅力的ではあった。
白玉楼を離れることが殆ど無い妖夢にとって、またとない機会であるのは確か。
ならば気心知れた八雲一家と過ごすのも悪くないだろう。
だが、妖夢は頷かなかった。
「ええと、有難い話なのですが……お断りします」
「え、何で!?」
心底驚いた、といった様子の紫。
「やはり私は、白玉楼を離れる訳には行きません。
 幽々子様がご不在であっても……いえ、むしろいらっしゃらないからこそ、
 ここを守る存在が必要なのではないかと思います」
「むー……」

妖夢の言う、守る、とは直接的な意味合いでは無いのだろう。
だからこそ無碍に扱う気にはなれなかった。
とは言え、若い乙女が、一人寂しく庭仕事をして過ごすというのも不憫な話だ。
等と、若くない上に乙女とも言い難い紫が思考する。
「何か言った?」
ごめんなさい。

「紫様、お心遣い感謝します。でも、私なら平気です。そう長い話でも無いですし……」
「……」
「それに、幽々子様の事ですから、すぐに飽きて帰ってくるかもしれません。
 その時に私が出迎えないのは問題ですから」
「……決まり」
「え?」
「妖夢。少し待ってなさい」
「は、はぁ」
紫はすっくと立ち上がると、返事を待つことなく、幽々子の部屋へと姿を消す。
気のせいか、その背中からは、何か決意のような物が伺えた。





「お待たせー」
「……」
数分後。
戻ってきた紫を見て、妖夢は硬直した。
別に、首が3つになっていたとか、下半身が無かったなどというスプラッタな出来事は無い。
あっても不思議じゃないのが紫だが、今回は無い。
問題はその服装である。
「な、なんのつもりですか、紫様……」
「んふふ、似合う?」
フリル満載に加え、帯代わりにリボンを使用しているという、和服の概念を打ち砕くスタイル。
更に頭には、見慣れすぎるくらい見慣れた一品。紙冠も完備。
紛れも無く幽々子の普段着である。
差異と言えば、基本色が青ではなく紫である事と、
紙冠に書かれた模様が何故か@ではなくPSとなっている事くらいか。
生憎、妖夢にはPSの意味する所は理解出来なかったが。
「えー、まぁ、その、似合ってないとは言いませんが、私が聞いているのは、
 どうして紫様が幽々子様の服装を真似ているのか、という点なんですが」
「もう、察しが悪いわねぇ」
怪しい笑みを見せたかと思うと、扇で口元を隠す。
これまた幽々子の癖とも言える仕草だった。

「貴方が来ないんなら私達がこっちに来るわ。
 そういう訳で、今日から私を幽々子と思いなさい」
「せ、台詞の前半と後半が繋がって無い気がするんですが!?」
「私の中で繋がってるからノー問題! さぁ、いつものようにお姉さまとお呼びなさい!」
「呼んでませんよぉ!」




そんな救いようの無いやり取りを、眺めている式が二人。
片方は呆れたような表情で。
もう片方は楽しげな表情で。
「やれやれ、妙な展開になったものだな」
「ねぇ、藍様」
「ん、何だ、橙」
「紫様が幽々子さんなら、私たちは何になるのかな?」
「……いや、そういう問題じゃ無いだろう……」
藍は深くため息を付いた。
現状に絶望したからでは無い。
これから先、もっと妙な展開になるだろうと確信していたが故のため息であった。
「……衣装を用意しておくべきかな」
苦労人ならぬ、苦労式の小さな呟きは、誰の耳にも届くことなく消えた。

どうもYDSです。
もはやお約束とでも言うべきでしょうか、またしても多面同時展開です。
読み辛いぞコラ。と怒られても返す言葉がありません。
ですが、これが私に一番合ったスタイルだと実感したのも事実です。
今後収拾をつけられるのか、私自身非常に不安ですが……頑張ります。

……花映塚発売までに終わらせるのは無理だろうなぁ。
YDS
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コメント



0.6210簡易評価
11.50名前が無い程度の能力削除
セガからソニーに
14.70おやつ削除
前回さりげなく、美鈴×幽っ子のフラグが!?
とか勝手に期待してました……
ともあれ、これからは白玉楼でもなにかありそうで楽しみです。
16.無評価七死削除
いいから、とりあえず配置がどうの立場がどうのって所は他所にうっちゃっておいて、ぱっつんぱっつんのメイド服着たゆゆ様を見せない!! さあ!! さあ!!! さああああっ!!!!1!!!22
22.80名前が無い程度の能力削除
うはーなんておいしすぎるんだ!ゆゆさまのその後にチョー期待してます。
28.80名前が無い程度の能力削除
>クリスチーネ剛田
若草高校野球部の2Bに通じるものを感じた
32.100名前が無い程度の能力削除
「やめてよママン!!!」←コレだけで80点位は付けたい勢いです。レミリア様って弄られも似合う……
あと、垂直落下式DDTに少し涙が出ました… 最近冥界入りしたであろうあの方に教わったんかなぁ…
45.90てーる削除
緑色の物体やらレミリアの痴態やら、もはや笑うしかない・・・w

垂直落下式DDTにはさすがに紫様の長い人生(妖生?)の中でも初めての経験か・・・。
47.90無名剣削除
あらまぁ妖夢ったら随分ゴツイ業(わざ)を。
他のSSとは違ったぶっ飛び方がステキです…。
61.90no削除
垂直落下式DDTが・・・。
63.90名前が無い程度の能力削除
ノー問題って…まさか。
校庭に「ただいま」とでかでかと書いたお方ですか…?
73.80TAK削除
垂直落下式DDT…。
畳にめり込んだという事は随分と力を込めてたのですね…。
75.80名前が無い程度の能力削除
笑わせてもらいました…PSってw
119.100時空や空間を翔る程度の能力削除
紫様は好いですね~
思考がズレてて。
笑わせてもらいました。
124.100名前が無い程度の能力削除
>「メイド長殿は先程、一身上の都合により、単独での大気圏突破の旅に赴きました」

ええええええええええええええええ!?
146.100名前が無い程度の能力削除
完結してる作品一気に読めるっていいよねw