Coolier - 新生・東方創想話

旧、すべてくまなく。

2013/02/05 23:56:57
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  ■葉月■
 
 葉月一日   

   拝啓 太子様

 貴方が此の地に復活を成して幾許が経ったでしょうか。当初こそ貴方をあの珍妙下劣な人間共から守ろうと邪仙や布都の奴らと奮闘したものですが、蓋を開けてみればなんとも清々しく馬鹿らしい出来事でした。本当に、あれを幻想郷に認められるための通過儀礼だと巫女から聞かされた時は流石に馬鹿馬鹿しいと思ったものです。
 そういえば先日、その巫女に会う機会があったのですが何とも奇妙な話を聞かされました。
 どうやらここ最近外界の道具を用いてのやり取りが各地で流行の兆しを見せているらしいのです。詳しく聞くに、賢者様が戯れに始めたものを人間の魔法使いが広めたそうで、外から取り寄せた草紙がこの地に大量に流通しているとの事です。さらには巫女がその皺寄せを被っているらしく、立ち話をした際に余りに余った束を渡されてしまいま
した。そのどれもが我らの時代には無いような質の良い物でありこれを捨ててしまうのも忍びなく、飛鳥の風が舞う頃を思い出して久々に筆を取った次第です。もし御手透きでありましたらどうか屠自古めに返事を寄越しては頂けませんでしょうか。終ぞ未験の戯れにでも。

   敬具 飛鳥を懐かしむ蘇我屠自古

 



 葉月三日   

   拝啓 太子様

 御返事、先程受け取りました。確かに同じ場所で寝食を共にしているのに顔を突き合わせて文を渡すのは可笑しいですね。はしたなく笑ってしまいました。我らの時代では考えも出来ぬことでしょう。
 しかし太子様のお綺麗な字を覗っていると屠自古の綻び固まる濁字を恥ずかしく感じます。これはもう是非今度屠自古めに手解きをお願いしたいところです。して今宵は星の瞬きも隠されるほどの曇天、明日の空が心配で御座いますので今日はこれくらいで筆を置くことに致します。

   敬具 蘇我屠自古





 葉月五日   

   拝啓 太子様
 
 昨日の雨はまるで滝のような酷い勢いでした。おかげで埃で汚れた皆々の召し物を干すことが出来なかったのが残念でなりません。屠自古は洗い物が好きに御座いますのでこの雨が続くのは遠慮願いたいものです。それに、溢れる陽光の下に並べられる布都の奴の着物を見ることで何処となくあやつめを地に組み伏せたようで、気持ちが晴々とします。太子様もそうお考えでしょうか?
 今はまだ太子様と私だけの秘密のこのやり取りもいつか布都や邪仙殿に見つかる日が来るでしょうか。こんな事を心配するとは何処となく隠し事をしている幼子のようで可笑しいですね。もしそういった日が来たるのであれば私を含めご指導の方をお願いします。笑ってはいけませんよ?

   敬具 屠自古





 葉月八日   

   拝啓 豊聡耳神子様

 少し時間が開きはしましたが懲りずに文を書きつけてみました。
 下里での事で御座います。今日は末広がりの八日であるからなのかは判りませんが、人間の巫女を二人も見かけたのです。一人は太子様も御存じのあの博麗の厄介児でしたがもう片方は初めて見る巫女人間で芳香と青娥との三人で文字通り姦しく会話に花を咲かせており、大変楽しそうにありました。
 我らもあのように中睦ましく、永遠に栄えていきたい等と似合わぬ考えが止みません。そのときは渋々ですが布都の阿呆も混ぜてやることにします。悠久の中での退屈しのぎ程度にはなりましょう。
 そろそろ風呂番が廻って来ますので屠自古はこれで封を閉じようかと。

   敬具 順番に拘りある蘇我屠自古





 葉月十日   

   拝啓 太子様

 今日も今日とて改めず無作為的に書き記してしまいました。つい先日から始めたこの奇妙な文通生活、屠自古自身は三日坊主に締め括られると予想しておりましたが、いやはやどうして、中々に継続できるもので御座います。これも太子様の認められる文章の一言一句が独創的かつ娯楽性ある才気を放っているからに違いありませんね。なればこそ毎回拝読するのが楽しみですので、自然返事を出す事で続きを催促をしているのやもしれません。
 屠自古も太子様のような文を思いつけるといいのですが、残念な事にそのような境地には当分至れる予定が御座いません。精進致します。
 
   敬具 鍛錬に勤しむ屠自古





 葉月十二日   

   拝啓 太子様
 
 御返事拝見させていただきました。毎回のことですが、それでも屠自古は太子様の御手紙を心待ちにしておるのです。しかし此番の太子様の文の中に見過ごせない一文が御座いましたので、この場を借りて報告をさせて下さい。
 貴女の手紙の中程に記された「夢見る乙女」とはまさか私の事でしょうか?確かに前回の内容は私自身でも身丈に合っていないような気恥かしさはありましたが、改めて文字に書き起こされると羞恥で中々顔が休まりません。太子様は酷い御方です。
 そういえば最近布都が私に妙に擦り寄ってきて困るのですが、原因が判らず追い払うに払えません。皆目見当がつきませんので何か判明次第窓口を通して私にお伝えくださいませ。それにしても児戯にも等しい構い方をする布都は本当に困ります事を太子様にもお知らせ致したく。
 今日はこれにて。

   敬具 屠自古





 葉月十七日   

   拝啓 太子様

 ついに布都の奴めに我らのやり取りの存在を知られてしまったようです。どうやら最近になって私を執拗につけ狙っていたのは、私と太子様の密やかな関係を暴きたくて我慢できなかったからだと本人が申し上げておりました。えぇ、そも布都めが自ら吐くはずもありませんので無理矢理に喋らせたのです。残念な事に今は私があやつの下に侍っておりますが、飛鳥の頃は布都の方が我の軍門に下っていたと記憶しています。昔取った杵柄と言えば妙ですが、奴めの弱点は把握済みなのですよ。しかしああも手玉に取られる布都は、今思えば大変に御し易かった……。
 その布都ですが、昨日今日と文の記し方について執拗に聞かれ、煩くて仕方ありませんので太子様に教えを乞えと言いつけておきました。ですのでこの文が届くころにはそちらに稀代の阿呆が洋々と向かっている事に御座いましょう。
 何せ可愛げ溢れる我が親友で御座いますので心労にはどうかお気をつけ下さい。

   敬具 他意は無い屠自古





 葉月二十一日   

   取り急ぎ申し

 昨日布都から手紙を受け取りました。急いで返事を書きつけねばなりませんので残念ながら今日はこれにて失礼致します。

   右とりあえず

 



  ○ ■ ■ ■ ■ ■





 葉月二十一日   

   前略 物部布都

 どうしたのか、急に手紙の返事などを書きつけて。危うくいつぞやの果たし状の類かと勘違いしてしまった。しかし内容については極々普通であるので少々拍子抜けかもしれぬ。あ、いや、別に内容を批判している訳ではないから勘違いなどするでない。それに字も丁寧で悪くは無いだろう。私好みの角張った字であった。
 このまま内容の評点を延々と書き記すのも面白いだろうが、そうなった場合私の厳しい指摘でお前が酷く落ち込む事は必至であるからそれは遠慮しておく。まぁ精々足元をすくわれぬように日々邁進するがよい。そのためにも暇が出来たときにでも私に文を書いて寄越すことだ。努力の程をこの私が直々に見定めてやろう。

   匆々 蘇我屠自古





 葉月二十三日   

   前略 物部布都

 お前への返事としてまず初めに記しておくが、手紙を出す相手として太子様は止めた方がいいだろう。全く持って相応しくない、本当に。どうか思い留まれ。
 なにせあの御方は忙しいのだから我らの手で煩わせる事は極力控えるべきだ。であるから間違っても「屠自古では味気ないから太子様に見て貰おうと考えておる」等という虚昧妄言で、太子様だけに文を出そうとするのは控えるが宜しい。たまにならば太子様に宛てても良いのだろうが、まずは同じ太子様の下に控える私に宛てた方が効率的に違いあるまい。もし仮にそうしたいのであっても多角的な面からみれば、兎に角、私に宛てる分の文も書きつけておくが得策だろう。

   匆々 蘇我屠自古





 葉月二十四日   

   前略 布都

 返信受け取って述べられた。
 よくもまぁ私の忠告を聞き入れた。お前にしては殊勝な心掛けであると珍しく感心する。
 この気持ちは安堵か、それとは又違うのか定かではないがここは取りあえず便宜上安心したと記しておこう。別段私の事は一欠片も関係は無いが、太子様の手を直接焼かせるなどなにせ噴飯であるからな。この件に関しては布都、お前の英断は盤石に決する指し手であったと言えよう。その手で持って、しばらくは太子様では無く私に宛ててみるがよい。いや、これは勧めであって強制では無い事であるからお前が嫌ならそれで構わないのだけれどね、勿論。
 しかしではあるが返事は一応期待しておく。一応だ、一応。

   匆々 蘇我屠自古





 葉月二十五日   

   前略 阿呆

 昨晩に聞いた話によれば。
 あくまで他人から又聞きしたという程度の話なので、正しく取り留めもなにもあったものでは無い話なのだがどうやら最近狗共が妙に騒がしいという。情報源は青娥であるから何とも眉唾な感じはするのだが、お前も奇妙珍妙な行動を奴らに握られるでないぞ、と一応強弁しておこう。仕えの者が狂人だという噂でも流れようものなら太子様の威光に泥を塗りたくる訳だからな。
 つどつど書くことでも無かろうが布都、お前はどこか抜けている節があるのだから私の高説劣らぬ忠告にきちんと耳を傾けておくこと。
 そういえばこの地の狗は我らの時代の想像とは遠くかけ離れており、正に示す如く天地の差であるのは中々面白い。暇が出来た時にでも隈なくアヤカシ間違い探しにでも興じてみると良いだろう。良い暇つぶしになる。

   匆々 屠自古




 
 葉月二十九日   

   前略 阿呆の布都

 お前から手受ける文というものにもそろそろ違和感を覚えなくなった頃だ。であるからそちらも同じに違いあるまい。これからさらに熾烈になるであろう手紙でのやり取りの前に、差し当たって急ではあるがお前の嗜好を聞いておこうかと思う。
 いや何構えるな、これは無論太子様にも聞いている事であるし、さらに言えば青娥や宮古芳香にも問うておる。だからこそ、その一環として渋々ながら布都、お前にも聞いておこうという訳だ。
 だが生憎私はお前と違って時間が無いものでな、お前にまでは手が回らずこのような手紙という形で相成ったのだ。別に面を合わせて聞くのが恥ずかしかった等という俗な理由があったからではない、断じて。
 話が逸れてしまった。まぁ、その、何だ、好物や目当ての物であるとか何でもいいからとにかく記して返すがいい。やはり我らの仲を頑強なものとするにはまず個々人の嗜好を把握する事から始めるべきだ。好みという奴は案外疎かには出来ぬからな。布都よ、返事の件努々忘れる事の無いように。
 
   匆々頓首 眉目秀麗である蘇我屠自古





 葉月三十日   

   略敬 変わりなく阿呆

 受け取った手紙、熟読した。特に最後の追伸は感動のあまり目眩すらしてしまった。
 天つ狗に気をつけるべきは私だと?一体それはどういう事か詳細な説明を要求しておく。家事を一手に引き受けて、尚且つお前と共に太子様に侍り仕える私には暴かれて困るような事態には間違っても陥らんのだ!
 しかし、しかしお前の気持ちも判らんではないから一応、心に留めておくとする。感謝もしよう。
 それよりも明日は漸く月が剥がれる日である。布都、お前も私も太子様から暇をしろと申し渡された日もすぐだ。折角頂いた休みにのんべだらりと過ごすというのは非常に勿体なく、唯々諾々と時間に流されるのはもっての外。さらに言えばそろそろ備蓄品が心許ない量になってきて面倒だということもあるし、もっと書けば一人で運ぶにはまぁ、些か骨が折れる程には嵩がある。この問題を前に、私としてはなんとか一人で片を付けたいと思うがいかんせん不足である。つまり人手が圧倒的に足りていないという事に他ならない。これらの事情を鑑みるに、ありがたい事に次の里への備蓄買い足しにお前を連れて行ってやろうかと考えている所だ。
 いや、そちらも方々で用がある事は判っているつもりだが、もしも奇跡的に用向きの隙間があり、それでいて布都の気が向いたらで構わんのでその時はお前と私で里に赴き用事を済まそうという手筈にある。そちらの心が決まり次第火急的速やかに返事を寄越すように。
 重ねて記すが、私と一緒であるのが嫌であるのなら無理はしない事。

   頓首 変わらず蘇我屠自古

 
 追伸 
 この提案は私ではなく太子様が強引に押し通したものであるので決して余計な勘違い等せぬよう注意されたし。
 
 追々伸 
 前回の文がやたら説明口調になっていたのは、それは唯筆ののりが偶々悪かっただけで心掛かりがあったりとかではないし況してやお前にとても気を遣っただとかでは無いとも記しておく。





  ○ ■ ■ ■ ■ ■





 葉月二十三日   

   拝啓 太子様

 今朝はお日柄も良く、先日はなんと驚くべき事に、そして太子様にも先に申したように布都の奴から手紙を寄越されました。飛鳥の頃からの夢が叶ったようで、屠自古はどうしていいか皆目見当がつきません。取りあえずの落ち着きどころとしまして当たり障りのない文を送りつけておきましたが、あのような内容でいいのか果たして疑問でなりません。しかし同じ太子様に仕えるものとして、布都の奴も私の手紙には理解を示す事でしょう。
 前途洋々とは言い難いでしょうが、それでもこの奇妙なやり取りをしばらくは続けていこうかと熟考しているのですが太子様はどうお考えでしょうか?
 今回は手が疲れましたので続きは今度に致します。

   敬具 毅然とする屠自古





 葉月二十四日   

   拝啓 太子様

 お返事受け取りました。しかし、と記すべきかは迷いますが敢えて書き記しますと、しかし太子様はもしや私をどうにかしようとお考えなのでしょうか?布都の奴の趣味嗜好を把握しろ、とは字面だけみれば単純ですが、実際にそれを書き起こす私としては筆を紙面に落とすまでに筆舌に尽くし難い圧力が働いたことは太子様も御理解できるかと存じます。
 確かに奴めの嗜好を知ることが嬉しくないと言えば嘘になりますが、こう強引では奴に対する私の面子も吹き荒ぶというもの。太子様にはもう少し穏やかな手腕を期待するところです。本当に、平にお願いいたします。余りにも力が入りすぎて、狭くは無い私室が書き損じの紙屑で埋まりそうになってしまいました。残念ですがあと数日は端紙と墨の匂いに囲まれながらの就寝となるでしょう。

   敬具 疲労困憊の屠自古
 




 葉月二十七日   
 
   拝啓 太子様

 今日の文、受け取りました。相変わらず御綺麗な字で羨ましく思います。
 思いはしますが、それとこれとは別、内容に関しては文句が口から尽きません。布都が気になる衣服の趣味や好みを無理に聞き出させておきながら果てには、「今度は布都と二人で出かけてみては?」等仰られますか。全く、書き記してしまえば白い紙が墨で黒一色になってしまうほどには太子様に伝えたい事があるのですがまぁ今回は目を瞑ります。瞑ってあげるのですよ?
 さて、そろそろ本題に入りますが布都に宛てる便の下書きを二枚目以降に同封しましたのでこちらの方の添削、お願い出来ればと思います。自室で頭を唸らせて捻りだしている最中に嗅ぎつけに来た天津狗にも気付かれる事無く仕上げた曰く付き、どうかお目汚しの程を。

   頓首 狗狩る者





 葉月三十日   

   拝啓 太子様

 昨日今日と空は群青色で染まっております。こうも気持ちのよい快晴では日の下に過ごす側としては並々と元気が出てしまいましょう。
 こんな空模様であるから、屠自古も普段は出来ぬ大それた事を成し遂げることが可能なように錯覚してしまいました。えぇそうです、お察しの通りに布都の奴に例の逢瀬の手紙を清書に書き上げ出してしまったのです。この手紙と日を同じくして手渡しておりますので太子様が此文を読んでいるという事は、それは同時に布都も又差し宛てた手紙を読んでいるに違いありません。あぁ太子様、屠自古は愚かしく馬鹿げたことをしてしまいました!
 太子様、太子様、羞恥の心を消し去る術が御座いましたらどうか屠自古めに伝授をお願いいたします。でなければ屠自古は恥ずかしさのため憤死して明日の朝日を拝めそうに無いのです。

   頓首 蘇我屠自古





 ■長月■

 長月二日   
 
   拝啓 太子様 

 今日は。昨日でようやっと月が剥がれ落ちましたね。
 であるからかは判りませんが、明々後日にはあの神格甚だしく、もって呼気赤らむ博麗の神社で宴会があるのだと、紅白の厄介児本人が憚る事無く私に申し付けていきました。あぁも真っ直ぐふてぶてしさ一本を通されれば、逆に好感すら覚えます。彼女の周りには来るものも無く拒む者も無く、全てを博麗の価値でもって受け止めているのです。なんとなくですが、あの巫女が周囲の者から慕われる理由が判ったような気がしました。
 屠自古も彼女のように真似振る舞えば、あるいは周囲の者から好意を持たれるでしょうか?太子様はどうお考えですか?御返事待っております。

   敬具 首伸ばす屠自古





 長月三日   

   拝啓 太子様

 御返事拝読致し候。
 先日の屠自古の問いに対する太子様の御考慮、しかりと受け取りました。受け取った上で、敢えてこちらの気持ちを投げ返します。お覚悟を。
 「可愛い」とはまさかに負からぬとも私の事では無いでしょうね?その次に続く「魔性の云々」等冗談ですら性質が悪いです。して極めつけは、改めて書き記す事すら戦慄に値する「そのままの君が一番美しい」という文末で御座います。だがしかしその様な訳がないでしょう!
 失礼しました。感情が紙面を先走ってしまいました。
 真に述べたいことを書き上げますと、今度の宴会を機に布都との距離を縮める、この提案自体は私も僅かながらに考えてみたものです。
 ですが太子様、屠自古は奴を、布都を目の前にすると素直に立ち居直って言葉を交わす事が難しくなる程の意気地無しなのです。間違っても太子様が書き記したような女性らしさを持ち合わせていないのです。勿論屠自古も向上心を忘れてはおりませんが、どうにも自分らしさを布都に伝えるというのは重々難航しております。この調子では二日後が不安で仕方ありません。太子様、私にどうか今まで以上のお力添えを。

   敬具 意気地無しの配下





 長月五日   

   拝啓 豊聡耳神子様

 お早う御座います。
 今朝は叩いて延ばされたような雲が垣間見える空模様でございます。その下のさらに下でよく寝ていらっしゃる太子様の枕元にこの手紙を残しておきましたので、太子様がこれをお読みになっている頃合いでは丁度、屠自古はふてぶてしくさらに色彩にも欠ける人間共に準備を手伝わされているに違いありません。太子様も宴の時分になりましたら是非お越しになっては如何でしょうか?
 降って湧いたようなこの日の宴会、どうせ用持ちやらの全ての面倒事はあちらが受け持つと申しているのですから封印された垢を一挙に流すつもりで飲み明かす事が良いでしょう。

   敬具 食い扶持を担うべくの蘇我屠自古
 
 
 追伸 
 一も二も無く屠自古は下戸ですので、程々の容赦勘弁をお忘れなきように。

 



 長月六日   

   拝啓 神子様

 屠自古めは今現在、残念な事に体調を崩しているので文の御返事は布都に持たせました。失礼の程御容赦。

   敬具 とじこ





  ○ ■ ■ ■ ■ ■





 長月二日   

   略敬 布都

 まずは例の件、承諾を得られたようで何よりだと思う。私も、安心した。
 ついてではあるが、この用向きは芳香や、特に青娥には隠せ。我らが太子様を除いて二人出掛けるなどとは絶対に感付かれてはいかん。その他の細かい注意点や必要物資改め目録は追って伝えるので心せよ。
 それよりも近々あの目出度い色の方の神社で催し事があるという。余暇の浪費方法が決まっておらねばそちらの参加も検討してみては如何か?何せ我らは悠久にも及ぶべくの時間を持ち合わせているし、食指を方々へ伸ばしてみるのも悪くはあるまい。
 
   草々 屠自古





 長月四日   

   前略 布都

 最近、こうも蒸し暑い湿夜が続いて気が滅入るばかりである。だからなんだと言われればそれまでな話題の記し方ではあるが、なに、こんな文も偶にならば面白いもの。半ばこの世のものでは無い私でさえもこの様相、お前もさぞかし根を上げてい事るだろう。飛鳥の頃から布都は暑さに弱かったからな。
 ときに話を変えるが、いや戻す事になるが、返事に書き連ねてあった「何故二人で出かけるという事を周囲に隠さねばならぬのか」というお前の問いの答え、それはほら、決まっているだろう?
 仮に二人きりの所をあの邪仙にでも見つかったとして、だ。もしも「太子様を誘っていないとは、不敬にも程があるわね」などというあらぬ誤解を至る所で広められてしまっては太子様が困ってしまうからな。そう、そうに決まっている。
 だから布都よ、くれぐれもその様な些細な疑問は浮かばせぬがよかろう。しっかりと目を瞑っておけ。
 そんな事よりも昨日の文にも濡らしたが、明日は宴、間の抜けた呑み方をして前後不覚に陥らぬようにな。千鳥足の阿呆に肩を貸して帰るのは御免被る。

   草々 屠自古





 長月八日   

   謹啓 物部布都殿

 あの、その、なんと書き始めればいいか、真白な紙を前にしてかなり迷った。本当だ。
 あー、なんだ。昨日は私が布都殿に迷惑をかけてしまったようで心苦しく思う。勿論心底に。別段、あそこまで羽目を外そうなどとは一片たりとも思ってはいなかった。しかし物事とは予想できぬが常であり、そこが面白い所でもある。だからといって酒に乱れる事を肯定しようとも私は思わんが。
 であるが、だ。なればこそ私が貴女の隣で酩酊状態となって自我を投げ捨てていたとしても、そこまで責められる様な事ではないのではないかな、と考えたりも……。
 いかんな、自分で書いておいてこれでは気色が悪い。
 つまり結論を急とすれば。
 昨日は潰れた私に肩を貸して寝屋まで運んでくれたようで大変感謝すると共に掛けた迷惑に対して深く詫びよう。すまん。それと無責任と思われるかもしれないが、どうも酔っている間の記憶がまるでない。もしその面でも迷惑が掛かっていたならそちらもすまなかった。まぁ、犬に噛み付かれたとでも思ってここは一つ水に流そうではないか。お前と私の仲だろう、ね?
 ……では、叱責の返事待っている。必ず返りを宛てるように。

   謹具 腹を括った蘇我屠自古





 長月九日   

   謹啓 物部布都殿

 こないだの件、本当に悪かったと思う。酒に溺れるというのは心の自制が効かない馬鹿がすることであり、という事はやはり私が大馬鹿であったのだ。私自身も反省の念を深く思いながら日々を過ごそうと決意を新たにしたので、どうか返事の便りを貰えると嬉しい。

   頓首再拝 蘇我屠自古





 長月十日   

   謹啓 物部布都殿

 布都よ、すまない。私自身が犯した失敗は理解しているつもりであるし言い訳するつもりも毛頭ない。であるからいい加減罵倒蔑みの返事くらい出しても良いのではないか?是非問わず待っている。

   頓首再拝 蘇我屠自古





 長月十一日   

   謹啓 物部布都様

 どうか返事を寄越してくれ。お前の前に顔を見せないのが問題と言うならば明日からは勇気を出して布都、お前に会いに行こう。なのだからこの際そちらもそろそろ折れてはくれないか?その……したためるのも憚られるが、少なからずも懸想の相手に無関心を通されるという事は、己が心が八重の幾許にも引き裂かれる思いなのだ。私に出来る事ならなんでもするし、必要ならばこの身すら粉にして見せよう。だから、許して……御免。

   頓首再拝 蘇我屠自古





 長月十二日   

   宛 稀代の阿呆

 阿呆
 阿呆
 阿呆!
 阿呆が。この阿呆が!
 ここを離れて一人遠出していたならそう私に伝えろ馬鹿者!お前のせいで貴重な紙を幾枚も無駄にしてしまった!本当に、本当に馬鹿者が!
 この、この私がなんとお前の事で貴重な頭を痛ませていたというのに、一方の当事者とくれば出会い頭に旅烏自慢。実にいい御身分なことだ。いくら太子様の命での遠出であるといえ今回の件は一生忘れん、絶対だ!死ぬまで恨み語ってやるつもりでいるので相当の覚悟をしておくのだな。
 よいか?私が死ぬまでという事はそれはつまり永遠に忘れぬと同義である事、その矮小な頭でしっかり理解しておくように。精々床で頭を隠して震えるが良かろう。扶桑全土を見渡す入鹿の雷、お主の幼児の如き器を悉く万雷に焼き尽くすだろう。覚悟するが宜しい!
 ……まぁ、あれだ。今度会ったら私の神鳴る怒声で勘弁してあげるし、それで今までの件は手打ちという事で終いにしてはどうだろうか。いやそうするべきに違いない。
 それとこの手紙より前の物、つまりお前が数日廟を離れていたまでの物は中身を検めずに焼却処分するが望ましい。絶対に封を開けぬよう注意のこと!と太子様が仰っていた気がする。我らにとって太子様の命はつまり厳命、何が起ころうとも文の束を消し去る事を約束されたし!

   寄 末代までの阿呆





 長月十三日

   拝啓 そがのとじこ

 何故だか我がここを離れている間に色々とあったようだが、一体お主の怒りの原因は何なのか秀才である所の我の力を持ってすら見当が付かん。兎に角落ち着くのじゃ。別に酒宴の席での無礼等、元々あって無きに等しき無礼講、別段気にもしておらん。それに普段お堅お堅しておるお主の意外な一面も見れたしのぅ。まぁ何よりの役得であったと書いておこう。昔からお主の魅力には気が付いておったつもりであったが、その源泉がまさか柔肌に包まれたふとももにあったとは、意外な盲点であった。これからは傾注していく次第である故よろしく頼むぞ!
 それにしても全く、屠自古は本当にかわいこさんだのぅ。怒り方までもが可愛さに溢れているとはどういう事なのじゃ。まぁそれに関しては後ほどお主と面と向かって話そうぞ。

   敬具 物部布都


 追伸 
 お主から貰った手紙、捨てるなどとんでもない!預かった手紙全て、読みもらす事の無いよう「すべてくまなく」熟読させてもらった旨をここに追記ておく。
 




 

 大掃除。それは家内を美しく保つことで己が心をも綺麗にするという美しき文化である。だが、時にそれは悲劇や惨劇をも呼び起こす事がある。それはそれは恐ろしく、身を以て体験した者にしか理解できぬ超常の不可思議を恐れた人たちはいつしかそれを恐れ讃えたと云われている。


 
「あー、昔はこんな事もしてましたねぇ。この時もまぁ盛り上がりに盛り上がりましたからよく覚えています。ね、布都?」
「そうでしたそうでした。あの頃から屠自古の可愛さに磨きが掛かって、我としては理性のタガがいつ外れまいかと日々が苦心の毎日でした」
「またまたそんな事言っちゃって、あの後しっかり屠自古と里へ逢瀬に行ったんでしょう?」
「はい、それは勿論!もう顔をまっかっかにしながら我の首筋へ頬を寄せてくる屠自古は初心でありながら魔性の魅力がありその日の夜はもう我は狂わされてしまいそうでして……」
「あぁあぁぁぁ、やめて、本当やめて下さい太子様!それに布都も!それ以上続けられると私おこりますよっ」
「ほぅ、我に捌きを下すのか?愛しの屠自古郎女殿?」
「あ、いや……布都。これはその、別に本気じゃないって言うか、その、単なる照れ隠しであってですねっ、。ちょっと、待ってやめて下さい顔が近いですから……あっ」


  
 

 
 詳しくは語らない。詮索もしない。ただ、僕らはふとじこが至高という極致にさえ立てればいい、それだけの事なのである。周りの目など気にせず、不義を恐れもせず、唯々「屠自古が可愛い」という福音を浪々と口ずさむばかりなのだ。
 そうして訪れるのは十重二十重にも押し寄せる余韻ある暖かさと友の横顔。そう、世の理の行きつく先こそふとじこなのだと、ぼくたちは確信した冬である。勝鬨を挙げよ。声高らかに!

 あと布都さん。なんかやばい攻勢やばい。

 誤字脱字とかあるかもしれない。話に矛盾があるかも知れない。でもそれよりも大切な何かがあるかもしれない。指摘は待っております。
 
羊飼い
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コメント



0.1140簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
あれ、蘇我ちゃん可愛いなこれ
3.100名前が無い程度の能力削除
かわいい
4.90奇声を発する程度の能力削除
可愛いくて良かったです
6.100プロピオン酸削除
蘇我のとじこちゃんがこんなに可愛いはずがある
11.100パレット削除
 面白かったです!
15.100名前が無い程度の能力削除
屠自古可愛すぎるww
20.1003削除
読む前:縦書だしなんだか堅そうな文章だな
読んだ後:甘ーい!!!!

想像力が掻き立てられるこのSSは大好きです。大好物と言っても良い。
自分のことを屠自古と言っちゃう屠自古かわいい。
21.100名前が無い程度の能力削除
屠自古可愛すぎる
100点じゃ足りない位だ
22.100名前が無い程度の能力削除
これは良い……。
とじこちゃんが可愛い過ぎる!
こんな良作を見逃していたとはもったいない。
29.100百合中毒に陥る程度の能力削除
やっべぇ…とじこ可愛いw

そしてあの神子さまが以外と優しくてなんかほっこりしたwwwww



…あと作者コメントがやたら面白かったですwww
33.100名前が無い程度の能力削除
堅い文章すらかわいいのはずるい