Coolier - 新生・東方創想話

秋を彩る神様と夏に鳴く虫の話

2013/02/05 18:48:24
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 蝉が鳴いていた。
 例によって空が青く日差しがきつい夏の日だった。容赦なく降り注ぐ日光が、体から水分を奪っていく。気晴らしにと散策に出た秋静葉は五分後には暑さに辟易し、さらに五分後にはその元凶の太陽を睥睨し目を痛め、木陰で五分間目を休めた後に今度は蝉を睨んだ。
 思うにこの暑さの三割ほどは目の前の虫に責任があるのではないだろうか。静葉は夏の象徴とされるこの虫がどうしても好きになれなかった。自分は秋の神だから、夏の象徴と相容れないのは当然かもしれないが。これでもかというほどけたたましく鳴く声を聞くとそれだけで体温が上昇していく気がする。
 それにしても暑い。暦の上では夏ももうじき終わり秋になるはずだが、その気配は全く見えなかった。山の神社の巫女曰く、外の世界では異常気象とやらで暑い夏が終わったと思ったらすぐ寒い冬になり、秋という季節を感じられる期間が短くなっているらしい。幻想郷もしばらくするとそうなってしまうのだろうか。それは困る。
 静葉は紅葉を司る神である。夏が終わると木々を紅く変え、冬になればその葉を落とす。秋の消滅は紅葉の消滅、紅葉の消滅は即ち自らの消滅である。静葉は達観しているのか、生への執着はそれほど強くないが自ら進んで消滅したいとは思わない。それに、そんなことを思ったが最後、元々弱小神である自分など瞬時に消滅してしまうに違いない、と思う。できることをやる、それだけだ。
 そうは言っても静葉にできることは少なかった。妹であり、豊穣の神である秋穣子は冬に畑を耕し、春は植え付けを行い、夏は畑を荒らす虫と闘い、秋には収穫の作業が待っている。一年中忙しなく一生懸命に働く妹は、静葉の誇りであり、ちょっぴり嫉妬もする。豊穣の神は競争も激しく十分な信仰があるとは言い難いが、彼女が収穫祭に呼ばれると一年分の努力が認められたようで姉としては嬉しくなる。
 だからこそ静葉は自分が不甲斐なくもある。一年中頑張る妹に対して、自分が働いている――いや、働くことができるのは夏の終わりから冬までだ。例えば、夏真っ盛りの時期に葉を紅く塗ってしまうことも可能だが、そんなことをすれば異変と思った博麗の巫女辺りに即退治されてしまうだろう。
 そもそも夏のこのエネルギーに満ち溢れた雰囲気と紅葉は合わないのだ。静葉とて曲がりなりにも神である。自分の仕事にはプライドを持っているし、秋が漂わせる寂寥にこそ紅葉は相応しいと思う。楽しかった夏が過ぎ去り、冬が来て一年の終わりを実感するまでの僅かな期間を紅く彩るのだ。そう、秋と紅葉は一日で喩えるなら夕焼けと夕陽のようなものだろう。
 一枚一枚丁寧に紅くした葉を落とすのには躊躇もある。しかし紅葉は散らなければその役目を果たすことができない。また新たなスタートへと向かうステップが落葉であると静葉は思っている。荒々しく揺らされた木が降らす紅の雨は、次なる一歩への祝福なのだと。
 充分な休憩をとった静葉はゆっくりと重い腰を上げた。穣子は今日もせっせと働いているのだろうから、何か差し入れを持って行ってあげよう、と考えながら。
 静葉が向けたその背を押すように、蝉は鳴き続けた。
 次の日も静葉は蝉の前にいた。あの忌々しい太陽は今日もてっぺんで燦々と輝いている。少し木陰で休もう、と何気なく腰を下ろして昨日と同じ場所であることに気がついた。
 蝉は今日も小さな体で大きな声を張り上げて鳴いていた。それは静けさを好む静葉には本来好ましくないもののはずだが、今日の静葉は何故かそれを寛容に受け入れることができた。
 今日も幻想郷の暑さは和らぐ様子を見せなくて、やっぱりその三割ぐらいは蝉のせいだと静葉は思う。けれど夏の暑さが秋の侘しさを際立てるならば許容範囲かな、とも。日中、炎天下で作業する穣子にはたまったものじゃないだろうが、生憎今の静葉にできるのはこうやって木々の様子を確かめることぐらいだ。
 昨日の反省から持参した水筒に口をつけた。すっかり温くなった水が静葉の喉を潤す。少しだけクリアになった頭は、しかし静葉をそこから動かすには至らなかった。結局、静葉は木陰が木陰でなくなるまでそこを動かずに、蝉の声に耳を傾けていた。
 次の日も、その次の日も、さらにその次の日も静葉は蝉の前にいた。
 蝉と出会ってから五日目の夜のことだ。作業から戻った穣子がほとんど食事に手を付けていなかった。豊穣の神である穣子は食物の有難みを誰よりも知っている。普段は互いの仕事に干渉しない姉妹だが、この時はさすがに静葉も不審に思い、事情を尋ねた。
 穣子が心配していたのは案の定作物のことだった。今年の幻想郷には雨がほとんど降っておらず、強い日差しと相俟って作物が日に負けそうらしい。言われてみれば静葉が外に出ていた五日間はカンカン照りで、それ以前も雨が降った日となると指を折って数えても足りないほど前の話だった。静葉にとってもこれは喜ばしいことではなく、雨にさらされていない葉は上手く色をつけることができないのだ。
 妹の悩みを解消してあげたい気持ちもあったが、静葉にそんな力はない。作物の前に貴方が倒れてしまってはいけない、と穣子に食事を促すのが精一杯だった。穣子も渋々ながら頷いて、たどたどしい手つきで食事を口に運び始めた。静葉はそれを見て穏やかに笑って、神に祈った。自分も神でありながら神に祈ることしかできないとは滑稽もいいところだ。
 次の日も静葉は蝉の前に現れた。
 一般的に蝉の寿命は七日間という。そして蝉は地上に出てくるまでの七年間を地中で過ごすらしい。一年につき一日だけ、その声を轟かすことを許されるのだ。
 ここにきて静葉はようやくこの場所へ足繁く通っていた理由に思い至った。自分はこの蝉に共感を覚えてしまったのだろう、と。一年に一日、とまではいかないが静葉もその力を振るう時期は限られている。自分が山を華やかに染め上げて存在を示すように、蝉は喉を枯らして叫ぶのだろうか。ここにいたという証拠を残すように。
 段々と小さくなっていく蝉の声に耳を澄ました。その声を、音を、耳に、脳に刻み付けるように。じりじりと体温が上がっていく感覚も不快ではなくなっていた。
 次の日、太陽は雲に隠れ、暑さも和らいだ夏の終わりの日だった。静葉は片手にスコップを持ち山に出かけ、いつもの木陰に腰を下ろした。
 ――蝉の声はもう聞こえない。
 静葉は目を瞑って頭の中で蝉の歌を流し始めた。歌は静葉の脳を焦がし、耳を焦がし、体温を確実に上げていった。目を開けて空を見れば、絵の具をこぼしたような青にぽっかりと太陽が浮かんでいて、皮膚からは汗が吹き出し、水筒の水は温くなっていってしまう。そんな気がした。
 蝉との別れを惜しむように、静葉はゆっくりと目を開いた。そこには青い空も太陽もなく、皮膚に汗は浮かんでいなかった。水筒の水を口に含むとまだ冷たいままで、それが静葉を淡い夢から覚まさせた。
 立ち上がって蝉が居座っていた樹に近づく。その根元をぐるりと見渡したが、蝉の亡骸を発見することはできなかった。予想外の事態に呆然として樹を見ると、ちょうど静葉の目線ぐらいの高さに蝉の抜け殻があった。これでいいや、とそれを摘み、スコップで掘った小さな穴に埋葬する。土を山型に盛り、近くの樹から取った葉を紅く塗って即席の墓に立てた。
 明日は雨が降るらしい。あの頼りない墓は均され、せっかちな紅葉はどこかへ流されるのだろう。その寂しさは、秋のものだ。
 静葉は一度だけ合掌して歩き出した。その背を押す声はもう聞こえなかったが、静葉は一歩一歩力強く歩くことができた。
季節外れとか言ってはいけない。

ちょっとサイレントっぽいものに挑戦したくてやりました。
このサイズが僕の文章力不足を如実に表している気がしますね。まだまだ未熟です。
静葉さんと夏秋っていう季節の移ろいについてイメージを垂れ流してみました。
秋姉妹は姉さんのほうが好きです。なんとなく秋っぽいので。妹さんも好きですが。

あとレイアウトに関しては今回サイレントということもあって縦書仕様をイメージしました。
詩的なものも考えたんですが、うまく書けそうになったので……。

感想、誤字指摘、批評、助言お待ちしています。
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コメント



0.240簡易評価
7.90名前が無い程度の能力削除
ここまで時間的制約が厳しいテーマだと回想にでも走らないとサイズの上限に襲われるのはやむを得ないかと(せいぜい幼虫時代や他の昆虫に模した話を入れる位)、体裁整って完結してるので十分な気もします
あと一方向性の強いネット掲示板で詩のハードルは恐ろしく高いので止めた方が懸命です
8.90名前が無い程度の能力削除
文量的には内容と見合ってちょうどいいかなと思う。
もっと長くしたいなら余計なものを入れないといけないから別の話になるのではないかな、と。
静葉の、蝉を通じて夏への想いが変わる所は自然に入り込めて無理なく納得出来たし、心情が綺麗に表現されてると思った。
が、文章の所々に荒削りっぽさを感じたのでこの点数。
秋姉妹に幸あれ
9.無評価レモネード削除
いつもは後書きのところでコメント返ししていますが、縦書故見にくいのでこちらから失礼します。

>>7様
コメントありがとうございます。
そうですね、もうちょっと肉付けしようとはしていたのですがうまくまとまらなかったので結局この形で上げました。
肉付けの方法もピタリと当てられていて(トンボでも入れようかと思ってた)びっくりしましたw
詩に関しては本当にやめておきます。色々漁ってても難しそうでしたし。

>>8様
コメントありがとうございます。
「無理なく納得」と「綺麗に表現」はいつも苦心しているところなので純粋に嬉しいです。
あとは「丁寧に」ですかね。
秋姉妹バンザイ。特に静葉さんもっと増えろ!
10.70名前が無い程度の能力削除
全体的に簡潔に区切る表現が多く、おそらく敢えてそうしたのでしょうけど、
そこに表現の硬質さを感じる部分も何箇所かありました。
部分によってはそこまで簡素にせず、もう少し柔らかく膨らましても良いのでは? そんな感覚。
むしろ静葉様の話なのでこれが良かった気もしますし、微少のニュアンスの違いでしかありませんが、そこを冷たく感じてしまったのだと思います。

それと、自分初め横書きで読んでみまして、その後縦書きで読んだのですけど、結構に趣が変わる物なのですね。縦書き好きですね。
11.903削除
丁寧な描写で好感が持てました。
長さは丁度良いのではないでしょうか。蝉の話、妹の話、過不足無く入っていると思います。