Coolier - 新生・東方創想話

子連れ白狼

2013/02/03 17:36:42
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 時は江戸。人々が法よりも秩序と世間体、そして道徳を重んじていた時代。

 一人の白狼武士が街道を行く。
 着物はぼろぼろの素浪人風だが、容姿は精悍かつ端麗。
 少女のあどけなさが残る顔立ちに、白狼の由縁たる白髪と三角形の耳。
 さらに腰にはその背丈ほどもある大太刀。どんなに生活が困窮しても、手放さなかった一品。

 そんな彼女は、木製の乳母車を押していた。
 ガタゴトと揺れる乳母車から、幼い声が漏れる。

「……ちゃん」
「どうした、はたて」
「ちゃん……ちゃーん、ちゃん」
「ふむ、少し疲れたか。わかった、ここらで休憩するとしよう」

 ちゃんと呼ばれた武士は、辺りを見回す。すると街道の先に、茶屋が見えた。

「よし、あそこで休もう」

 武士がそう、乳母車の縁から顔を出せない程身長の小さなツインテール娘に話しかける。
 娘はこくりと頷き、これまた粗末な服の懐から取り出した携帯端末をぽちぽちといじり始めた。


               ――◇――


 『かっぱ茶屋』は川の水で良く冷やしたきゅうりの水饅頭と、気立てのよい看板娘が売りの店。

 そんな茶屋に、ガラの悪い二人組が入ってきた。
 サラシをまいた体には、派手な黄色とえんじ色の着流しをさらに崩して着ている。
 そして二人の頭にはそれぞれ、葡萄と楓を模した飾りを付けていた。

「オウオウ、儲かってっか」
「おほぉ、雛ちゃんは今日も別嬪だなオイ」
「いったい……何の用ですか」

 下種な声が響く店内。雛と呼ばれた妙齢で緑色の髪をリボンで束ねた女性が、真っ白な前掛けをはためかせて気丈に突っかかる。
 それでもニヤニヤといやらしい笑いをする二人の前に、店主らしき人物が店の奥から現れた。
 青髪に緑色の帽子を被った店主は、まず驚いた後、気が弱いのか俯き加減にこう問うた。

「も……守矢さん。今日はどういったご用向きで」
「ご用も日曜もねーんだよ。金を返してもらおうか」
「は?」
「とぼけるな。この茶屋を開店するとき、ウチからしこたま金を借りたじゃねえか。
 耳をそろえてキッチリ返してもらおうか」
「そ、そんな……私たちは元金分とっくに返し終わったじゃないですか。
 それなのに利子ばかりが膨れ上がって……こんなの詐欺じゃ」
「うるせぇ! ガタガタぬかすと尻子玉引っこ抜くぞ!」
「ひゅい!!」

 葡萄のゴロツキが発した恫喝に、びくりと肩をすくめる店主。

「借金が払えないならしょうがねぇ。カタとしてこの娘、もらっていくぞ」

 その言葉で、店主は弾かれた様に雛を見た。すると、雛は楓の方に腕を無理矢理捕まえられているではないか。

「そんな! それだけはご勘弁を!!」
「やかましい! オラ来いや」
「や、やめて! 放して! にとり、にとりぃ!」
「雛ぁ! どうか、どうかお止め下さい! 借金は一生かけて払いますから」
「女々しいんだよどらぁ!」
「げげっ!?」

 楓の方に縋りつくにとりを、葡萄が乱暴に振り払う。
 その反動でにとりは吹っ飛び、饅頭とお茶が乗った縁台に覆いかぶさる様にしてひっくり返った。
 うめくにとりを目にして、雛はキッと二人を睨みつける。

「この、人でなし!」
「うはははは。だって私たち、人じゃないもん神だも~ん。
 お前も痛い目に遭いたくないなら、一緒に来るんだよ」

 これ以上逆らったら、にとりと店がどうなるか分からない。雛は泣く泣く守矢屋の手先について行く。
 こうして、かっぱ茶屋の看板娘はさらわれた。


「これは、酷い」

 武士は茶屋に入るなりそう呟いた。
 縁台が破壊され、茶碗や団子や寿司が地面に散乱している。客は逃げ帰ったようで一人もいない。
 店内の真ん中では、帽子のずれたにとりがうずくまっていた。

「もし、そこな店主。これはいったいどうしたことだ」
「……あなた様は?」
「これは失礼。私の名は狼一刀(おおかみ いっとう)。皆は犬走椛と呼ぶ。こっちは娘のはたてと申す」
「……ちゃん」
「よかったら、訳を聞かせてはもらえぬか」
「お侍様……雛を、雛を助けてください!」

 にとりは椛にすべての事情を打ち明ける。椛は眉根に皺を寄せた。

「なんと、非道な。これは捨て置けぬ」
「噂によれば、守矢神社はさらった女を裏でつるんでいる代官に献上するそうなのです。
 お願いします。お礼は何とかご用意いたします。私や店がどうなっても構わないんです。
 ただ何卒、雛だけでも守矢屋の連中と、裏で繋がっている射命丸の悪代官から救い出してください」
「! 射命丸、だと!?」

 椛がその名を聞いた途端、顔色が一変する。手を握り締め、表情がさらに険しくなる。
 にとりは怪訝と不安が混ざった視線を送るが、椛は力強く頷く。

「店主よ、安心召されい。雛は私が連れ戻す。
 礼は美味しい茶と饅頭を食わせてくれれば、それでいい」
「あ、ありがとうございます! ありがとうございます!」

 額を床に擦り付けんばかりに平身低頭するにとり。
 だが乳母車を押しながら、にとりに教えられた代官屋敷へと向かう椛は、こう思っていた。


(やっと……やっと見つけたぞ――)


               ――◇――


 市中 代官屋敷。
 時刻は真夜中。屋敷の奥まった一室で、金糸の装飾が煌びやかな着物を纏う幻想郷の代官 射命丸文と、色は地味だが上等な服を着た守矢神社の主 八坂神奈子が、朱塗りの杯で酒を酌み交わしていた。

「お代官様。此度は格別の取り計らい、真にありがとうございます」
「いやなに、お前と私の仲ではないか。市民ホールくらい、いくらでも格安で講演会を組んでやるぞ」
「へへぇ、お陰様で信仰がたんまり集まりました。お礼と言ってはなんですが、色つきのお菓子がございます」
「ほほぅ」

 神奈子が差し出した桐箱に、文は目を輝かせて蓋を開ける。

 中には、色写真がぎっしりと入っていた。
 内容は、霊夢が涎を食って寝こける姿、魔理沙の着替えシーンの盗撮、咲夜が熊のぬいぐるみを嬉しそうに抱きしめている笑顔など様々だ。

 文はニヤリと、いやらしい笑みを浮かべる。

「……守矢よ。表向きはあこぎに信仰を集める敬虔な神社。でも裏じゃ官僚とズブズブの癒着で信仰を集める悪徳神社。
 神奈子、お主もワルよのう」
「いえいえ、お代官様ほどでは」
「ふふふふふ」「ドゥフフフフ」

「「は~ぁっはっはっは~!!」」

 一緒になっての高笑いまで、一通りのお約束を済ませる神奈子と文。
 すると、文は団扇をパタパタと不自然にあおぐ。そして、焦れた様に切り出した。

「それで……その、アレだ。例の女、連れて来ているんですよね」
「ほほぉ、お代官様も好き者ですなぁ。動揺して原作の口調が混ざっていますぞ」
「メタ発言やめい。神奈子だって、この後諏訪子とかいう女の所にシケこむんでしょう」
「ありゃ、バレてたか。いやねぇ、あいつも普段はゲロゲロと文句ばっかりだが、アレの時は子猫みたいに可愛い反応してくれるんでね」
「あー爆発すればいいのに! もう辛抱たまらん!」
「ではボチボチと……秋!」

 神奈子はパンパンと手を叩く。すると障子の向こうから、秋子分に連れられて怯えた雛がおずおずと入ってきた。

「へい。確かに届けやした」
「ご苦労。もういいから、向こうの部屋で乳繰り合ってなさい」
「へ~い。じゃ、お姉ちゃんあっち行こ!」
「あらあら、せっかちさんなんだから。本当に可愛い子」

 やたらベタベタと、姉妹を超えたスキンシップをしながら奥に消える秋コンビ。
 それを尻目に、文は団扇で雛を指して問いかける。

「さて、と。その方、名はなんと申す?」
「あ……あの。雛、と言います」
「雛ちゃんか。時に雛ちゃんは、好きな人とかはいるのかな?」
「えっ……」

 刹那、雛の頭に浮かんだのは、ニコニコと笑いながらきゅうりを丸ごと饅頭に包む青髪の立姿。
 川に流されていた所を助けてもらって以来、血は繋がっていないが本当の家族の様に接してくれた優しい河童が、ずっと心に住んでいた。
 だが雛は、かぁっと顔を赤らめ、もじもじと手を口に当てて恥じらいながらこう呟く。

「私、まだそういうの……よくわかりません……」

 その姿を見た途端、文の昂ぶりは最高潮に達した。
 端的に言えば、萌えた上に性的興奮をもよおした。

「よかろう!! 私が鴉天狗のタフネスさを教えてあげようじゃないかぁ!!」

 そう気合一閃するやいなや、雛の腰元に巻かれたリボンに手をかけ一気に引っ張る。

「あ~~~れ~~~!」

 雛はリボンが解かれる勢いでトリプルアクセルを決め、部屋の襖に激突しそうになる。
 その時、神奈子が絶妙のタイミングで襖を開け、雛は隣の部屋に倒れ込んだ。
 だがそこには布団が既に敷かれており、雛は衣服の裾や胸元をはだけてしどけなく布団に横たわる格好となった。

「お代官様、はい!」
「おう!」

 神奈子がさっと取り出したのは、夜雀特製八つ目鰻の蒲焼と、南蛮渡来の秘薬『潤蹴(ユンケル)』
 文はそれらを一気に噛み砕き、飲み干す。
 すると文の目がギラギラと輝き、体中に燃える様な熱いパトスがほとばしった。

「きた来たキター! それじゃ、いただきマンモス!」

 文は幻想郷最速のルパ○ダイブをかまし、雛を押し倒す。

「ああっ!? お止めくださいお代官様!」
「よいではないか、よいではないか。同性ならノーカンですって。てゆーか髪の毛すげーいい匂いハァハァ」
「あっ、や……そんなとこ嗅いじゃ――」

 雛も抵抗を試みるが、がっつりスイッチの入った天狗相手にはどうしようもない。
 このままなし崩しに、都条例をぶっちぎりで違反する展開になろうとしたその時!

 スパァァァン! と襖が小気味いい鋭い音と共に勢いよく開かれた。
 文と雛は仰天して戸口に目を向ける。

 そこにいたのは、片手に大振りの太刀、もう一方の手で乳母車をつかむ椛が、総毛を逆立たせて仁王立ちしていた。
 そして開口一番、ドスの効いた低い声でこう呻る。

「見ぃーつーけーたぁ!」
「なっ!? お前は何だ! 見張りや手下はどうした!?」
「安心しろ。役立たずの番犬や向こうの部屋でサカっていた雌犬姉妹は、峰打ち百叩きで済ませておいた」
「ひどくない!?」

 悲痛なツッコミが部屋に響くが、隣の部屋でのびている神奈子を含め誰も駆けつけない事実と、未だに切っ先がこちらに向いているモロずっぽ抜けの大太刀が、文に絶体絶命のピンチであることを知らしめた。
 状況はよく分からないが、きっと正義の味方が私刑をしにやって来たのだと雰囲気でビンビンに感じる。
 文は自慢の弁舌で言いくるめる算段を必死に考えていたが、ふと闖入者の頭と腰元を見て、呆けたように呟く。

「そのふさふさな尻尾と柴犬みたいな耳……まさか、椛!?」
「ようやく気付いたか、射命丸……いや、文様!」

 文が椛を認知した瞬間、椛は見た目相応の少女の様な口調になる。
 しかもその声音は、裏切り者を見つけた様な暗く鋭いものではなく、むしろ再会を喜ぶかのごとく少し震えながら弾んでいた。

 だが、当の文は冷汗タラリ。泳いでいる目でわたわたと言葉を紡ぐ。

「あ……あのですね、これには深ーい訳が……」
「……何年も、探しました。
 妖怪の山での哨戒任務を全うするため、剣の稽古漬けで男勝りだった私に、初めて女の悦びと鴉天狗のタフネスさを教えてくれましたよね。
 いい夫婦になれる。両親も親戚も仲人もそう思っていたんです。
 それなのに! 文様は突然私の里から出て行ってしまった!」

 文の言葉を遮り、怒号を発する椛。耳は怒りにいきり立ち、獲物を見据える様な目で文を睨みつける。
 これには文も気まずくなって黙り込む。

 これは文がまだ新聞記者だった頃の話。文は妖怪の山で稀有な存在である女性哨戒天狗の取材に、白狼天狗の里を訪れていた。
 そこで出会ったのが、当時新人として任務に就いたばかりの椛である。
 椛の純朴であどけない笑顔に、修練で引き締まったボディーライン。文は普通に欲情した。
 そして密着取材と称して、初心な椛を籠絡。放埓というには少々爛れた日々を送っていた。

 だが、そんな蜜の季節も長く続かなかった。
 文は都にハクいメーヒーのチャンネーがいると聞き、「買い物に行ってくる」と言い残して自慢の翼で行方をくらませてしまったのだった。

「文様がいなくなってから、こんな噂を聞きました。
 射命丸という鴉天狗はとんでもない好色家で、おまけに清純な娘が大好物。
 しかも新しくピチピチの娘がいると聞くや、フラフラそっちに鞍替えするからタチが悪い、と。
 どうやら、その噂は真実だったようですね」

 ジトっと、責める様な視線が文に刺さる。
 男なら胃がねじ切れそうな状況下であるが、文は神妙な面持ちでこう言葉を漏らす。

「す、すみません……あの時は私も若かったんです。ただ、これはその、役得とゆーか……ある種の特権的な」
「私が怒っているのはそこではありません!!」

 文はギョッとした。
 椛の目にいっぱいの涙が溢れてきたからだ。

「どうして黙って出て行ってしまったのですか! どれだけ心配したと思っているんですか!
 ……もう、私を置いて行かないで。浮気も3号までなら許しますから、私のそばに居てください」

 そう涙声で健気に訴える椛。
 その姿と感情の奔流を目の当たりにして、文は椛が愛おしいという想いが後から後から胸に溢れ、呼吸が苦しくなった。

 まぁ具体的に言えば、椛を抱きに抱きたくて仕方がなくなった。

 文はそっと椛を抱きかかえ、涙を舌で拭ってやる。

「椛……私が間違っていました。こんなにも想ってくれるパートナーがいたのに、ひどい仕打ちをしてしまいました。
 椛を傷つけたこと、椛を待たせてしまったこと、全て謝らせてください。
 そして、愛人は5号まで許してください。
 こんな私だけど、また元の鞘に納まってくれますか?」
「……はいっ!」

 椛は一層瞳を滲ませて文の言葉を噛みしめた後、満面の笑みを浮かべて文を抱擁し返した。

「椛……」
「文様……」
「……ちゃん」

「……あのー、椛」
「はい。何でしょう?」
「さっきから私を覇気のない目で見つめる、この子はいったい誰なのですか?」

 文の何気ない問いに、椛は何事もなくこう答える。


「ああ、この子は私と文様の子供です♡」


「……アヤちゃん」


 その言葉を聞いた瞬間、文の挙動は石のごとく完全に停止した。
 だが、頭の中はフル回転。
 計算が合わないとか、これからどうしようとか考えた挙句

「……ふふふ……あははははは! あーはっはっはっはぁ!! ヒーハー!」

 壊れた。

「ふっ。今までクジ運は悪い方だと思っていましたが……認めたくないものですね、若さゆえの過ちとやらは」
「あ、文様?」

 突然訳の分からない事を言い出した文に、椛は困惑する。
 だが、走り出してしまった天狗はもう止まらない。

「よーし、腹ぁ括った! こーなったら二人とも平等に愛しちゃる!!」
「えええっ!?」
「わ、私もですか!?」

 文は何故か、さっきまで空気状態だった雛にまで乱痴気の矛先を向ける。
 そして今度は椛も布団に押し倒し、本日二度目の据え膳タイムに突入しようとする。

「あああっ! 再度申しますが、ご無体ですお代官様!」
「やめて! あっ……ん……子供が、見てるからぁ……」
「そんなの関係ねぇ! 皆まとめて大人の階段を三段跳びしましょう!」

 最早性の権化と化した文が、二人のうなじや鎖骨にフンスフンスと顔を埋める。
 今度こそ自主規制で文章を墨塗りにしなければならない状況になろうとしたその時!

「秘術『ミラクルハリセンチョップ』!」
「あんルいすッッ!?」

 文の後頭部に衝撃が走り、その勢いで文は部屋の反対側まで吹っ飛んだ。
 文を攻撃した武器は、棒の先に取り付けられたハリセン。
 その得物を携えるのは、緑色の髪の毛を怒りに逆立てた巫女服の少女。

「文さん……ホントにサイテー! 信じられない! 不潔ですっ!」

 突然現れた少女は、そう責め言葉を意識が危ない文にぶつけながら地団駄を踏む。
 椛が呆気にとられていると、雛は驚きの表情を浮かべる。

「あ、あなたは、東風谷早苗様!?」
「え、お知り合い?」
「知り合いもなにも、早苗様はこの地を治める将軍様の一人娘。つまり姫君です。
 しかし、姫は青き衣をまといて金色の野で妖怪退治がご趣味のアクティブなお方。
 それでついたあだ名が、対妖怪通り魔、龍神様も跨いで通る『暴れん坊姫様』なのです!」

 雛はそう椛に説明しながら、畳に平伏する。
 だが、当の姫様は先程から文しか目に入っていないご様子だ。

「文さん、あなたは私に鴉天狗のタフネスさを誇示しながらこう言いましたよね。
 『世界中の誰よりも、東風谷早苗を愛しています』って。
 それなのに新参者と元カノにもう夢中ですか!
 草葉の陰で弟さんが泣いていますよ!」
「いや……弟いませんし……」

 どうやら美人な姫の姉ちゃんとは、早苗のことだったらしい。
 文は妖怪独自の回復能力で復活はしてきたが、いかんせん声に張りがない。
 それもそのはず。結婚サギ師も音をあげそうな多岐に渡る不埒な女性関係を曝され、文の精神は最早忘我の域にまで達していた。
 まったく無の境地である。この場から自分自身を消し去りたい。

 だが、ここでお決まりの修羅場とは違う展開を迎える。

「もう。ほら、さっさと私の屋敷に帰りますよ。
 今回も許しますけど、あまり余計な火種を作らないでくださいね。
 お父様もこの役職に文さんを推薦した手前で火消しをしてはくれますけど、すごーく大変なんですよ」
「え……あ、はい!」

 なんと、早苗は寛容な人物であった。早苗は文の腕を取り、部屋から連れ出そうとする。
 文はとにかく助かったという顔で部屋から脱出できたかに思われた。

 その時、反対側の手をはっしと握る影ひとつ。

「……どこへ行こうというのですか、旦那様」
「……なんですか、この山犬は」

 椛が笑顔で腕に組みつき文を引き寄せる。だが、早苗も負けずに腕をからませる。
 両者は文を挟んで、互いにバチバチと火花を散らしていた。

「文様、こんな地雷女臭が半端ない人は止めた方がいいです。娘と三人、私の里で幸せに暮らしましょう」
「あらあら、芋娘が子供を武器に略奪なんてなんとあさましい。文さん、あなたには都会のハイソな生活がお似合いです」
「いーえ、文様は純朴な少女がお好きなんです。尻が軽そうなおてんば姫と違ってね」
「あらぁ、文さんはプール付きマンションのベッドでドンペリニョンが似合う女性がタイプなんです。あなたはそのプチもののけ姫をつれて山に帰ったらどうです?」
「その口車で文様をたばかったのか、小狡く執念深い白蛇め」
「黙れ小僧。お前に文の何が分かる」
「ガルルル」「むむ~」

 パルパルと嫉妬の感情をむき出しにしてうなり合う椛と早苗。
 そしてその間で、両腕にパフパフ当たるチェリーぱい&メロンぱいの感触を真剣に堪能する文。
 だがこのままでは収拾がつかない。
 文はしばらく考えて、ついに代官だがお奉行様のような仲裁案を打ち出す。

「椛……早苗……私にはどちらかを選ぶなんてこと、とてもできません。
 だから、二人とも私の嫁になりなさい!!」
「「ええっ!?」」

 ついに飛び出した究極にして至高の提案に、一同は驚愕した。だが文は高らかにこう続ける。

「この場合、椛は愛妻、早苗は正妻。そして雛ちゃんは幼妻がいいでしょう。
 さぁさ、今日からみんな私のファミリーですよ。皆さん平等に愛してあげられますからねー」

 客観的に聞いて、コイツ頭がおかしいと思える発言を堂々と披露する文。
 当然3人の反応はこうだ。

「……私が、愛妻。愛してもらえる……文様が愛してくれる!」
「私が正妻ですか! 正式な妻の略ですね! 扶養家族ですね!」
「何で私が幼妻にならなくちゃいけないんですか!?」
「お店の商業税をカットして差し上げます。あと店主と雛ちゃん二人分の年金を満期完納扱いにしようじゃありませんか」
「不束者ですが、よろしくお願いいたします」
「ヒナちゃん……」
「よし! 全員異議無し。三者三様得。八方万々歳!」

 恋は盲目。これがまさに名言であることを再認識する色情狂の宴が始まってしまった。
 最後のは恋ですらないという矛盾が孕むが、まぁ当人が納得しているので問題ないだろう。
 文を中心に三人が寄り添うように集まって密着してくる。

「文様……今まで待っていた分、いっぱいいーっぱい愛してくださいね」
「あなた、ご飯にする? お風呂にする? そ・れ・と・も……ふふふ」
「お代官様~、お店を『大江戸ウォーカー』に載せてくださいな。そしたら、寝所で厄い天国をご覧に入れてさしあげますぅ」
「ちゃーん!」

「は~ぁっはっはっは~! まさにこの世の春! さぁ、最初に桃源郷へ行くのは誰かな~!」
「「「きゃー」」」

 文の呼びかけに黄色い悲鳴を上げながらすり寄ってくる妻たち。
 こうして店は助かり、文と椛は結ばれ、ついでに早苗や雛も幸せに暮らしたのでした。

 めでたし めでたし

               【幕】





               ――◇――


 カリカリと鉛筆が走る音が響いていた質素な室内。
 部屋中に散らばる原稿用紙の真ん中で、文は一心不乱に書き物をしていたが、ついに一仕事を終え鉛筆を机に転がした。

「ドゥフフフフ……完成しましたよ! 完璧ですね」

 文はそう隈を付けた目を擦りもせず、喜びに見開いて自らの労をねぎらった。

「まさか守矢神社から祭りに企画している出し物の脚本を依頼されたのには驚きましたが、これで私が合法的にイチャこらできる口実ができました。
 まさにご神託ですね!」

 寝不足でナチュラルハイなのか、一人で勝手に状況説明する文。
 事実もその通りで、神奈子が祭りに訪れた参拝客に楽しんでもらえる劇の台本を書いてくれるよう、物を書くのに慣れている文に依頼したのが始まりだった。
 始めは勧善懲悪モノにして欲しいだの、早苗をヒロインにして欲しいだの注文が多くてうんざりした文だったが、ふとある考えがよぎった。

 自分も役に入って都合のいい筋書きを書けば、自然に日頃考えていた妄想が実現できるのではないか。

 そこから文の筆は早かった。
 設定を考え、プロットを組む。出演キャラクターに合わせた人妖の選択。
 もちろん、最優先されるのは己の頭にひたすら浮かぶ妄想と情熱である。
 一気に書き上げては半分消し、妄想が尽きかけたところで適当に休んでまた書いて、ついに書き上げた。
 後は印刷所に持って行き、台本として製本するだけである。

「ふんふんふーん。封筒に入れてー、紐で縛ってー、大太刀がど真ん中に振り下ろされたああぁぁぁぁ!!?」

 バガン! と大きく鈍い音を立てて、文の文机は原稿ごと真っ二つに切断された。
 原因は、大型の妖怪でも一撃で仕留められそうな刀。そして、それを背後で振りかぶって待機していた持ち主。
 文は肩越しの刀筋を追う様に、ぎぎぎと首をきしませ振り向く。


「……誰が愛妻だっていうんですか。えぇ?」
「家に閉じこもって何かこそこそやっているから、様子を見に来て正解だったわ。
 原稿をいちいち写真に撮って、縮刷版として保存する癖が裏目に出たわね。
 私のカメラで、勝手に子供をこさえたことまで筒抜けよ」
「皆……私に少しずつ厄を分けてちょうだい。今年の厄はこの3股鴉が引き受けるから」
「勧善懲悪にしろと言ったが、悪徳神社が出るとは聞いてないなぁ」
「よくも都合のいい女に仕立ててくれましたね!」


 そこにはメインキャストと言う名の、怒れる当事者達が勢ぞろいしていた。
 物語よりも絶体絶命な状況。果たして文はどう切り抜けるのか。

 文は蒼白な顔面で、拳を額にコツンと当てて、一言。


「こ……この物語はフィクションです。決して実在の人物、団体等とは関係ありません。てへぺろ」



 結果で言えば、最後のてへぺろが致命的であった。



 その後、文はぼっこぼこに腫れあがった顔で原稿を書き直した。
 内容は単に椛と早苗が協力し文を討って一件落着といった、毒気の全くないストーリーと相成った。

 だが皮肉にもその劇は大成功。
 関係者各位は、大変複雑な顔をしておったそうな。

               【今度こそ終幕】
「お疲れ様。良かったわよ」
「……慣れない仕事でしたが、脚本家様の意向に沿えたのでしたら幸いです」
終演後。文が主役の一人である椛に話しかけるも、椛はやや警戒した敬語の答えを返す。これには文も苦笑いしかない。
「大体何で私が主人公なんですか?
 私なんて目立たないし……他にも博麗の巫女様とか、もっとイチャイチャしたい相手がいるんじゃないですか?」
椛の自虐的な発言に、文は真面目な顔でこう反論した。
「それは違います。私は椛の容姿や華、台詞をキッチリ覚える演技力と真面目な性格などを充分評価して、主演に起用したんです。自分に自信を持ってください。
 それに、本当は椛一人だけとああいうことしたかったんですけど、それはプライベートでそういう関係になるまで取って置きたいなぁ、と思いましてね」
「ちょ……ま……そ、そんな恥ずかしいことを臆面もなく! もう帰ります!」
「はい、お気をつけて」
べた褒めされた椛は、突然不愉快を装って文の前から踵を反して離れる。
しかし、その丸見えの尻尾がバタバタと大きく振れることだけは隠しきれなかった。
どうやら椛はアドリブに弱いらしい。文はそう頭にメモしたのだった。


えーっと……笑えば、いいと思うよ。がま口です。
原作は言わずもがな、名作時代劇『子連れ狼』であります。けど、原作好きな方はすいません(汗)
刀を持っているから侍、ずる賢いから悪代官といった単純思考でキャスティングしたのですが、所々はまり役があって面白かったです。

子供の頃、桜の入れ墨は紋所と同じ効力があるから皆ひれ伏すと勘違いしていたがま口でした。

2/3 タグに『コメディ』を追加しました。
   さすがにハッチャケ過ぎたと反省しきり……こんな作風ですがよろしくお願いします。
がま口
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コメント



0.470簡易評価
1.40名前が無い程度の能力削除
うーむ。これのジャンルは時代劇パロでいいのだろうか。
はたての時点でギャグなのは分かっていたけど、そこまでの描写が真面目だっただけに読む気概を切り替え損ねてしまった。なのでこんな点数です。
エロバカは嫌いじゃないんだけど、ややガッカリ。
2.90名前が無い程度の能力削除
まあ、これは、これで…文ちゃん寝不足とはいえテンション高杉やろw
でも作者さんの守備範囲は広いから途中までジャンルを誤解する人が出てもおかしくないかも
これならタグにコメディだと明記するだけで十分だと思う
3.80奇声を発する程度の能力削除
このテンションは良いですね
4.100名前が無い程度の能力削除
実に楽しかったです
5.100名前が無い程度の能力削除
はたてぇ…出番…
6.100名前が無い程度の能力削除
あやややや、椛可愛いよ椛
諏訪子様の出番が…まぁいっか
7.80名前が無い程度の能力削除
てへぺろ(・ω<)
8.100名前が無い程度の能力削除
たいへんよくできました。はなまるです。
9.80ワレモノ中尉削除
いやはや、楽しい作品でしたw
ドタバタコメディは王道ですがやっぱりいいものですね。
13.無評価がま口削除
1番様
ご指摘ありがとうございます。タグを修正いたしました。
ギャップによる笑いを狙っても、伝わらなければ意味がないことを勉強しました。

2番様
具台的なアドバイス、感謝いたします。
自分は何故か寝不足だと暗~い話を書くタイプです。性格がネガティブなのだろうか……

奇声を発する程度の能力様
ありがとうございます。読まれる方もそのテンションで一つお願いいたします。

4番様
そのお言葉が嬉しいです。

5番様
明らかにギャグ&チョイ役……何かはたてに恨みでもあるのか、文よ……

6番様
主役には風神録で一番好きな椛さんに張ってもらいました。もみもみグッジョブ。
諏訪子様は……刑事コロンボで言うところの『ウチのカミさん』ってことで。

7番様
フンべろりぃ(・∀<)

8番様
ありがとうございますせんせい!

ワレモノ中尉様
楽しいからこそベタ。王道ですが笑っていただき幸いです。

ぱきぱきぴきんこ ぱきぴんこ~、がま口でした。
14.100名前が無い程度の能力削除
この手の馬鹿騒ぎは良いものですね
文は新聞記者よりも作家をやって煩悩を全開にした方が合っているのでは…?
15.100名前が無い程度の能力削除
子連れ狼分すくねぇwww
すごく面白かったです!
16.無評価がま口削除
14番様
ご感想ありがとうございます。
文さんの場合、新聞ではセーブしている煩悩や創作意欲を解放したらこういう風になるんじゃないかなー、というイメージです。
しかし、あんまりやりすぎると規制がかかりそうですな(笑)

15番様
た、確かに途中からおかしな方向に(汗)。でも、楽しんでいただけたなら幸いです。
18.100超門番削除
しょっぱなの「どうした、はたて」でもう既にコーヒーぶちまけました。
劇中劇っていいですよね。私もやってみたいな。若さゆえの過ちで。てへぺろ!
20.無評価がま口削除
超門番様
ご感想ありがとうございます。ディスプレイは大丈夫でしたか!?
実ははたての名前、当初は『はた五郎』の予定でした。「どうした、はた五郎」の様な。
しかし口のすわりがいまいちの上、方々から怒られそうだったので却下した次第で(汗)
劇中劇は書いてて楽しいです。是非やっちゃってください。
22.903削除
あれあれ、何やら風向きが……と思った所でまさかの超展開!
これは予想していませんでした。完全にやられましたね。
>市民ホールくらい、いくらでも格安で講演会を組んでやるぞ
ここで不覚にも笑ってしまいました。
25.無評価がま口削除
3様
劇中劇は前からやってみたかったので、うまいことハマってよかったです。
市民ホールの件は、リアリティを追求したらこれぐらいかなー、と。
実際リアルにやられたら困るんですけどね(笑)
27.100名前が無い程度の能力削除
文は普通に欲情した。の部分で10分くらい爆笑して頭痛くなった
誠死ねじゃすまされないレベル
29.無評価がま口削除
27番様
なんででしょうね。私の中の文さんって、ギャグだと女にだらしないイメージなんですよね(汗)
しかし爆笑していただけたので、許してあげてください。