Coolier - 新生・東方創想話

眠れない国の東の夜空

2013/02/01 13:55:22
最終更新
サイズ
8.67KB
ページ数
1
閲覧数
1863
評価数
5/20
POINT
1130
Rate
11.00

分類タグ

寒い。ガチガチと震える歯を必死に食いしばりながら、家の裏にある、薪置き場へと向かう。この季節にそう多く薪が積まれていないあたり、自身の無精具合が見てとれる。
雪は積もっていないとはいえ、この森の中の底冷える寒さは酷だ。特に、私のようにちょっとそこまで、と出るときは羽織を着ない面倒くさがりには特に辛い。かといって、外へ出るのを面倒くさがるとついには家の中もひどい寒さになってしまう。いくらなんでもそれだけは避けなければいけない。そういうことで、寒さを堪えて薪を掴む。
行儀悪く足でドアを開け、家の中に入る。暖かい、外と違ってここは天国である。手足がかじかむことも、鼻の奥がちりちりと冷えてくしゃみをすることもない。
あぁ、なぜ冬なんて寒い季節があるんだろうか。神様は私とキリギリスに優しくない。万物への愛はどこへいったのだろうか。うだうだと独り言を漏らしながら、まだ冷たい薪を暖炉にくべる。手に伝わる暖炉と薪の温度差に、なにか現実味のない寂しさを感じていた。

「で、その意味のわからない寂しさを紛らわせるために神社に来たってわけ」季節らしくない頭も服もおめでたそうな巫女が問うた。
「そうそう」
「このくそ寒いなか飛んできたわけ」
寒いのはお前の腋じゃなかろうか、思ってもそんなことは言わない。
「そうそう」
「しかもこの真夜中に」
霊夢のからだが寒いのか細かに震えはじめる。寒いのだろうか、寒いのだろう、あんな格好をしていれば当然だ。
「ははは、よくわかってるじゃないか」
楽しげに笑う、私の満開の笑顔に対してこのあと霊夢がわずかに早い除夜の鐘張りの轟音をたてて爆発したのは言うまでもない。

「で、どうすんのよ」
怒りをおさめた巫女が今度はあきれた顔で問うた。
「へっ?」
炬燵に入って必死にミカンの白いすじと格闘していた私はいきなりの質問に間抜けな声で返してしまった。
「へ?じゃなくて、具体的にどうするのよ。このままじゃずっとここに入り浸るつもりでしょう」
さすが異変解決の巫女、よくお分かりである。
「その"あぁ、よくお分かりで。それでいいじゃないか。お前も寂しいだろ、一緒にいてやるよ"みたいな顔やめなさい」
まさか未来予知までできるとは思っていなかった、巫女恐るべし。
「うーん――まぁ春になれば帰るよ」
「冗談はいいから、本当にどうするの。このままじゃダメよ。時間は物事を解決してくれないわ。」
冗談な訳ではなかったのだが、どうやらこれを冗談で済ますのは向こうからしては冗談ではないらしい。
しかし、どうすれば良いというのだろうか。時間は解決しない・・・・・・この巫女は『答えを出すことが解決』そう思っている。その通りだ、確かに先延ばしは根本的な解決足り得ない。しかし、答えがでないものもある。―例えば、恋とか。
「どうしようかなぁ」どうしようもないくらい堕落した声で、どうしようもないことを呟いた。どうしようもないのは、自分が一番わかっているはずなのに。



答えのでないまま一晩が過ぎた。霊夢は朝になってもこたつに入って居座る私にあきれながらも、自分が食べるのと同じ朝食を用意してくれた。いや、細かく言うなら同じ朝食といっても私の鮭の方が少し小さかった、うん。
霊夢は「どうするの」とは聞かなかった。それが呆れなのか、彼女なりの優しさなのかはわからないが、どうやら「仕方がないから居てもいい」という意味だというのはそれなりに長い付き合いから感じとることができた。巫女は弱いものには優しい、いや、強いものに厳しいのだろうか、まぁどちらでもいいのだが、少なくとも巫女は巫女に厳しいことは確かだった、いろんな意味で。
その厳しい巫女は厳しさ故にこの時期忙しい。せっかく出してある炬燵に入る暇もないようだ。そのくせ師も神もそれほど忙しくないように見える、名前が悪い、師走から巫女走に変えるべきだ、いや、この場合は巫女飛か。とにかく、この寒いなかずっと仕事ばかりなのだから私が巫女なら冬なんぞすっかり嫌いになっているだろう、いや、そもそも私はもう既に冬は嫌いだし、冬を嫌いになる前に信仰がなくなって神社が廃業を迎えているかもしれないが。そんな下らないどうでもいい妄想に耽っていたところ
「・・・りさ・・・まりさ、そんなところで寝てなさんな。」
はっとして目を開いた。どうやら炬燵に足だけ突っ込んでうたたねをしていたようだ、少しばかり肩が寒い。そして、昼の光はとおに姿を消し、庭に見える雪が夕焼け色に染まっていた。 巫女も朝の忙しさはもう落ち着いたようだ。
「長いお昼寝ね」
「冬眠かもな」
面倒くさいお小言かと思えば、そこには「一冬越すにはちょっと蓄えが足りないんじゃない」と笑って揉んでくる巫女がいた。うるせいやい、お前もそんなにないくせに。
「ちょっと、冷たい…霊夢!」
反撃にこっちも袖口から揉んでやった。私も霊夢も笑い声が漏れる。
他愛もないじゃれあい。何事でもない馴れ合い。でも、そんな何でもないことが、ただの人肌の温かみが、とても心地よかった。

夕食も終わった。東の空は茜が薄れて暗闇がぽっかり浮かんでいる。また、寒い夜が来る。私を苛む冷たい闇が。
ちびりと熱燗を舐めて、そのまま手を炬燵の中に戻す。頬杖もしないまま背中と首の力を抜くと、ぺたりと頬が冷たい炬燵の天板についた。
「ほらほら、寝るなら布団に行きなさい。また昼の二の舞いになるわよ。」
台所から戻ってきた霊夢がとんとんと私の肩を軽くたたいたが、私は何の反応もなしなかった。
「もう…寝てばっかり。本当に冬眠でもするつもりなのかしら。」
「…もしかしたら次は一生目覚めないかもしれないぜ。」
寝室へと向かう霊夢は寝ていると思っていたのか、少し驚いたようにふと呼吸をおいて「あら、起きているのならそういってよ」そう返してため息をついた。そして足をくっと返して霊夢も炬燵に足を入れる。
「霊夢は…霊夢はもうこの夜で二度と目覚めなかったらどうしよう、とか思ったことないのか」
いきなりの問いかけにも霊夢は笑顔のままだった。しかし、返答はない。
「今日一日が終わる恐怖、今日という結果が残らなかった恐怖、自身への失望…」
「何に追われているのかもわからない焦燥感、ただ過ぎてゆく時間、追いつけない未来」
思い出すほど、考えるほどにその得体のしれない何かに囚われ、飲み込まれてゆく。
「その恐怖の根源が何なのか、漠然とし過ぎていて理解できない」
私は、私が何を恐れているのかすらわからない、どれだけ探しても、どれだけ悩んでもその恐怖の原因は、私の怨敵は見つからない。眠れない夜の元凶があの夏の暑苦しい夜霧ならどれだけ良かっただろうと切に思う。
くそっ、と吐き捨てて、残っていた燗を飲み干した。かっと喉が熱くなる。同時に、こんなによくわからない悩みを他人に預けようとして、一人でなんとかできない甘えた自分に恥ずかしくなって顔が熱くなった。今すぐ穴があったら入りたい、炬燵の中でもいい、この無様な顔が隠れるならば。
「魔理沙…」
名前を呼ばれても顔をあげられずにいた。恥ずかしい、恥ずかしい、本当に心の底から恥じる。こんな弱い自分に目も当てられない。
生温い粒が鼻筋をつっと流れようとしたとき、少しひんやりとした手が肩に触れた。体を胸に引き寄せられて、体を覆うようにもう一方の手が背中にまわされた。
「もう少しだけ、ここにいてもいいわ」
巫女は私を哀れんでいるのだろうか、それとも同情しているのだろうか。私にはその表情を伺うすべもなかった。
ただ、私を抱き寄せた右腕が、背中を撫でてくれる左手が、ただただ何の抗いもなく私を受け入れてくれるその胸が暖かかったことだけはきっと確かな事実なんだと思う。
優しさに、私は声を押し殺して日本酒一合分くらい泣いて、気がついたら抱きしめられたまま横になって炬燵で二人一緒になって寝ていた。
むこうが抱きしめてくれているのをいいことに、私も霊夢の腰に腕をまわしてぎゅっと体を押し付けた。頭一つ身長差ができたみたいで、ちょっと悔しかったけど、すごく安心した。

東の夜空はいつの間にか薄く朝日に代わり障子を照らす。どうやら朝がきたことを知らせている。
いつもなら朝方には火の消えた炬燵は冷えきり、入っているにも出るにも寒くて仕方がないものだが...どうやら今日は違うようだ。
火ではない、無機質ではないほのかな人の肌の温かさがふれあったところから伝わってくる。昨日まで辛かった冬の寒気が今はむしろ自分が一人でないことを教えてくれるような気がした。
あんな身近まで迫っていた恐怖が、今はもうどこにも見当たらないとさえ思えた。それをはらう安息が、指を握れば掴める、力を込めれば抱き寄せられる、手で触れられる距離に喜びがある。
初めての感覚に、笑みが漏れた。
「お早いお目覚めね」
どうやらそれに気がついたようで、霊夢が瞑っていた目を開いた。どうやらもう起きていたらしい。
「目覚めのいい朝だな」
「さっきのは嫌味なのよ」
言葉通りの意味しか考えていなかったせいできょとんとしてしまった。たしかに、巫女の朝は早い、でも今でも十分早朝じゃなかろうか。
「ほらほら、いつまで抱き枕代わりにしてんの。朝餉が用意できないじゃない。」
手放すのは惜しいが、朝餉と惰眠は天秤にかけるにはなかなかに難しい。特に、こうも満ち足りた朝を感じてしまっては次は温かい味噌汁が飲みたくなる。
仕方なく、本当に仕方なく背中に回していた腕をといた。私の気持ちを知ってか知らずか、それとも子供か何かとでも思っているのか、霊夢は笑んで褒めるように私の頭を撫でて炬燵から出て行った。
火の入ってない炬燵と、少し弱々しい朝日と、腕の中のぬくもりだけがここに残った。今は、それだけで十分だった。

三日目の朝餉をごちそうになって、私はやっと炬燵を出た。そろそろ帰り時だと思ったんだ。
「それじゃあ、帰るぜ」
「そう」
名残惜しいという言葉とはほど遠い、しかし、まだ居てもいいと言ってくれる、そんな表情だった。
きっと霊夢は春になるまでここにいても許してくれるだろう。私を受け入れてくれるだろう。
でも、それではいけないんだ。霊夢のいう通り、時間は何も解決しない。この問題は、これは私自身がつきあっていく問題だ。
きっとこれは、この病は来冬も、またその来冬も私を苦しめる。だが、それはそうあって然るべきものなのだ。
だから、
「私はいくぜ、私自身を受け入れるために」
この恐怖が、孤独が、決して死に至る病にならないように。
これからも、彼女と対等に生きていけるように。
「いってらっしゃい」
笑顔で送り出してくれる人の元へ、帰ってこれるように。
「いってきます」
声も掠れに、箒に跨がって飛び出した。東の夜空は、もう明るかった。
むつかしい
乙子
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.690簡易評価
6.80プロピオン酸削除
テーマとかオチとか雰囲気とかを越えた何かを感じる作品だた。これで明日も頑張れるってなる作品だった。
11.100名前が無い程度の能力削除
2人なら怖くないけれど、1人で居ることも大切なんですよね。
14.100名前が無い程度の能力削除
ほっこりした
久しぶりにこういうの読んだ気がする
15.100名前が無い程度の能力削除
そのひとらしさがステキでした。
ありがとうございました。

ただ、1つ気になったことが……
文中に「台詞」が入ってるのに違和感を感じました。
少し驚いたようにふと呼吸をおいて、起きているのならそういってよ と返してため息をついた。

とかではダメなのかなあと思ってみたり……
間違ったことを言っていたらすみません。(逃走)
16.無評価乙子削除
>>6 プロピオン酸 さま
ありがとうございます、その言葉で私も明日頑張れます。

>>11 名前が無い程度の能力 さま
孤独はただ独りの人生の伴侶だと思います。

>>14 名前が無い程度の能力 さま
ありがとうございます。
久しぶりの投稿で戦々恐々としておりましたが、そう言っていただけると幸いです。

>>15 名前が無い程度の能力 さま
ありがとうございます。
おっしゃる通りです、何分若輩ですのでこれからもぜひコメント頂ければと思います。
18.603削除
あまり響くものが無かったかなぁ。
三点リーダー(…)と点3つ(・・・)はしっかり使い分けたほうがいいですよ
ついでに言うなら基本は三点リーダー2つセットです