Coolier - 新生・東方創想話

亡霊の悪戯と、妖怪寺・聖人達の交流の切っ掛け

2013/01/15 01:00:43
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※以前投稿した「変装異変」のIFストーリー的な内容です。

 「妖夢ー。 ちょっと人里まで行ってくるわね。」
 幽々子が思いつきで何かを言う事は珍しくない。
 しかしこれは少し毛色の違う事であった。
大抵は暇つぶしなどで妖夢に何かを用意するようになどと指示を出す所なのだが……
「お出かけ、ですか……お一人で?」
「そうよー」
 自ら、それも妖夢を伴わずというのは珍しい事だった。
 主に対して明け透けに物を言う事の多い妖夢であったが、意図を問うべきか一瞬迷っている間に主が続けた。
「ほら、私が居るとあれしろこれしろってお願いして仕事を中断させてばかりでしょう?
 だからたまには気兼ねなくやっていられるようにと思ってねー」
「成程」
 妖夢にとっても合点の行く答えだ。 しかし……
「そうおっしゃいますが、私と一緒にお買いものに行くと口うるさいからという事の方が大きいのでは?
 お茶請けのお菓子がなくなって、この際だから好みの物をたっぷりと買って来ようという魂胆なのではありませんか?」
 人里へ出る、と言えば買い物である事が多く、菓子の類も含め食料品が主な対象となる。
そして妖夢が一人で行く事が多く、たまに幽々子と二人……幽々子一人でという事は殆どない事だった。
 妖夢の言う通り、幽々子は嗜好品を買いたがるのだ。
 亡霊たる幽々子にとっては食事は生きるために必要な事ではないため、好き勝手に食べたい物を食べていたとて問題は無いのだが
まがりなりにも亡霊の管理を行う白玉楼の主が年がら年中お菓子だけ食べてます、では示しがつかないし、噂を聞きつけた閻魔様にこってりとお説教をされる羽目になりかねない。
「大丈夫よー。 一週間お菓子だけしか食べないような量を買い込んで来たりはしないわ。」
 どっさりと買ってきて閻魔様、とまではいかないが鬼のような形相をした妖夢に怒られた前例があるだけに、指摘がそのまま図星ではなかったようだ。
「飽くまで常識的な範囲で済ませるのでしたら……」
「うんうん、そうするわ。」
 終始ニコニコとしている幽々子、その様子につられて妖夢も引き止めずに送り出したい気持ちが起こってきた。
「解りました。 それでは行ってらっしゃいませ。」
「ええ、でもね、妖夢。 気兼ねなく、というのは建前であり本音よ。 お仕事も休憩も、うるさい主の留守の間思うがままにゆっくりとして頂戴ね」

 目論み通りに一人で買い物に出る事に成功した幽々子は思いのままに、しかし妖夢には怒られない程度を狙って食品――殆どお菓子を買い漁った。
(あそこの羊羹、買いたかったのよね)
 評判がよくそれに違わず味も良いと噂を耳にしていた。 最大の目的を果たした事に思わず顔がにやけてしまう幽々子。
 しかしここではたと気づく。
穏便に妖夢の同行を避けた上に常識的な範囲で済ませるのであればお菓子を買いこんでも構わないと言われている。
これ程の機会はそうそう得られないのではないだろうか。
(どうせなら珍しいものも欲しいわね……)
 珍品と言えば場所は一つ、外の世界のものを取り扱っている香霖堂だ。 狙いが「お菓子」であるだけに何かを得られるとも思い難いが、楽しむ事は出来るだろう。
「あら?」
 てん、てん、と幽々子の足元へ手毬が跳ねてきた。 跳ねてきた方角を見やると里の子供達が男女入り混じって遊んでいたらしく、こちらに手を振っている。
「子供達は無邪気でいいわねぇ」
 妖夢が口うるさくなったのはいつからだろう、と、ふと思った。 勿論今の妖夢は良くないと思っているという事はないが。
幽々子は手毬を拾うと、子供達の方へ放り投げた。 何人かがお辞儀をして来たのに対して微笑みながら小さく手を振るう。
「戯れは終わりじゃー!」
「やってやんよー!!」
 遊びを再開した子供達の声を背に、幽々子は香霖堂へと向かった。

「お邪魔するわねー」
 店内に入ると霖之助と魔理沙がいた。
「お? 幽々子一人か? 珍しいな」
「妖夢にはお留守番で自由にお仕事してもらってるのよ」
 魔理沙に答えつつ、霖之助にお辞儀をする。
「何かお探しかい?」
「ええ、珍しいお菓子でもないかと思って」
「お菓子だぁ? 来るとこ間違ってるぜ」
「無いなら無いで珍品を眺めて楽しもうというわけよ」
 そう言うと幽々子は無造作に手近にあった変わった意匠の瓶を手に取った。
「それは癖のある髪を矯正する薬剤だ」
 すかさず霖之助から説明が入る。
「私のみたいな髪が真っ直ぐになるのね」
「へぇ、そんなものがあるのか。 真っ直ぐの髪って言ったら輝夜みたいになるのかな?」
「輝夜みたい、とは違うでしょうねぇ」
 そう言うには長さが全く足りていない。 少しだけ幽々子は輝夜の長い髪を羨ましく思った。
尤も、魔理沙の言は単にストレートヘアーの持ち主というだけで真っ先に浮かんだ人物を出したのだろうが。
「貴女みたいにはなれるかしら?」
 魔理沙の「輝夜みたいに」という言葉を受けた幽々子は別の事を思い浮かび、訊ねた。
「あ? 私みたいにだって? 私のは真っ直ぐじゃないだろ?」
「いいえ、単に私が貴女になりすます事は出来るのかなと気になったのよ」
「なりすますとは穏やかじゃないな、しかもお前が言うと何か企んでいるとしか思えん」
 普段の言動からはそのように思われても仕方がない所だ、幽々子自身も自覚があるため反発は覚えなかった。
「これは別にそういうものではなくて、ただの興味、お遊びね。 他の人を演じてみるって、なかなか刺激的だとは思わない?」
「それは否定しないぜ。 けどな、お前と私とじゃちょっと無理があるな。 やってみようと思ってるならもっと他のやりやすそうな相手に声をかけてみた方がいいんじゃないか?」
 ただ面白そうだという程度にしか思っていなかった幽々子だったが、魔理沙の言は既に実行するものと決めているような内容だ。 それを聞いて幽々子の方もやってみたいという気持ちが起こってしまった。
「そうねぇ、じゃあ貴女は誰なら出来ると思う?」
 幽々子自身特に浮かばないわけではないのだが、魔理沙はどう判断するのかに興味があった。
「そうだなぁ、命蓮寺の白蓮なんかどうだ?」
 然程考えた様子はなく魔理沙はさっと答える。
「何故彼女を?」
「体格や雰囲気が他より似てる方じゃないか?」
 背丈は中の上、見て取れる体つきの凹凸具合、それに柔和とされる雰囲気、幽々子も即座にその点が浮かび、似ているとも思えた。
「まぁ顔や声をなんとかしないと似せてみたって一発でバレると思うけどな」
 いくら頭髪や服装を似せてもその二つが当人のままでは、演じる相手を良く知る者には通用しない事は明らかだ。
「そこが問題よねぇ」
「って、お前結局なりすましをしたいのか?」
 口元に指を当てて宙を見やる幽々子へ魔理沙は呆れたような表情を向けた。
「ちょっとくらいはね。 姿を見せて少し話して、本人だって思ってる所に実は偽物でした! ってやったら面白そうじゃない?」
 なりすましという程ではなくちょっとした冗談程度には騙してみたいと幽々子は思っている。 白蓮を演じるのであれば相手は命蓮寺の面々、果たしてどんな様子を見せるのか……
「あー、成程確かにな。 香霖、何かいいもんないか?」
 置いてきけぼりで話が進みだしたと見て新聞を読んでいた霖之助だったが、魔理沙からお鉢が回って視線をあげる。
「声を変えるための道具ならあるにはあるが、特定の誰かを演じるためには使えないな」
 頼みの綱は即切れた。
「香霖でも使えるものを持ってないとなると、あとは魔法でなんとかするしかないか……」
「なんとか出来そうなの?」
 異変絡みや弾幕ごっこの中で見聞きするばかりなので魔法と言えば攻撃に用いるものくらいしか浮かばない幽々子、姿や声を変えるのは魔法より妖術の類という印象があった。
「少なくとも私は無理だなぁ。 衣装の用意もあるし、とりあえずアリスのとこにでも行ってみるか?」
「ええ、そうしようかしらね」
 大量の食料品を持ったまま、幽々子は魔理沙と共にアリス宅へと向かった。

「え? うちで宴会でもすんの?」
 ドアを開けて出迎えたアリスは幽々子の荷物に面食らったようだ。
「いや、ちょっと出来たら手助けしてほしくてな」
「ちょっとした悪戯をねー」
 幽々子はにこやかにそう言う。
「まぁとりあえず入って頂戴」

応接室に通されて椅子に座る。
「お茶を入れてくるわね」
「あ、ちょっと待って」
 幽々子は買ってきたお菓子の中から羊羹……を取り出そうとして手を止め、大福……を選ぼうとしてまた手を止め、結局羊羹をアリスに渡した。
「協力の依頼に来たのだからその前払いも兼ねて、里で評判の羊羹よ」
「迷ったのは見なかった事にしておくわ」
 まだ用件が不明かつ、依頼料を迷った挙句価値の高い方を選んだ。 アリスなら高くつく頼みと見て受け取る事に迷いを覚えるのではないだろうかと幽々子は思ったものの、意外にもアリスはあっさり受け取った。

「霊夢のとこ程美味しいもんじゃないけど」
 と、前置きしてアリスは羊羹に合わせて煎茶を用意してきた。
「香霖堂で会ってな、幽々子が妙な事を思いついたんだ」
「私は魔理沙の恰好を真似してなりすます事が出来るかしら? とね。 で、それは無理だって事になってじゃあ誰ならと考えたら命蓮寺の白蓮が挙がったの」
 そう聞いてアリスは表情を曇らせた。
「なりすますって……寺を乗っ取るなんて言い出したりしないわよね」
 アリスも幽々子の冗談好きは心得ているし、本気で疑っているわけではない。 しかしなりすますという物騒な字面に念のため問わずにはいられなかったようだ。
「もちろん、ただの冗談としてね。 ちょっと真似してみてすぐに偽物だって言えば問題ないでしょ?」
「寺の連中を驚かせてみたい、ってくらいの悪戯というわけだな」
 合点が行ったという様子を見せてアリスは少し考えた。
「それはもうあっちには言ってあるの?」
 その問いに幽々子は首を横に振る。
「まだね、やってみようにも無理があるし」
「姿形を似せても顔と声が違っちゃ見てすぐバレるだろ? 香霖もそれに向いた道具は持ってないみたいだし、魔法でなんとか出来ないかとな」
「出来るわよ?」
 あっさりとアリスは即答した。 じゃあ早速と言わんばかりに身を乗り出した魔理沙に向けて手を向けて制止する。
「でも協力すると即答は出来ないわね、白蓮が許すんだったらいいわよ」
「なんだ、まだ見られないか」
 やけに協力的なのは幽々子の演じる白蓮を見てみたいという意味が大きいらしい。
「魔理沙、貴女も……誰かやってみる?」
 アリスは途中で言い淀んで魔理沙に問いかけた。
(攻撃に用いたりきのこを使ったりの魔法だけでなく他も使えるようになった方がいいって言いかけたのかしら)
 魔理沙が他人を演じるための魔法を使えるようになれば問題を起こしかねないと判断して咄嗟に言葉の方向を変えたのだろうと幽々子は想像した。
「私か? いや、今のところは特にやろうとは思わないな」
 魔理沙は特に違和感を覚えなかったらしくごく普通に質問に答えた。
「そう、ならいいわ。 じゃあまずは白蓮に訊いてみる事ね、悪戯に乗ってくれるかどうか」
「よし、じゃあ早速行くか!」
 アリスの協力があれば実現できると判明したからか、魔理沙の決断は早かった。
「慌ただしいわねぇ。 後ろに乗せてくれる? そうした方が早く着くでしょうし。 あ、それとアリス、荷物置いていっていい?」
「別にかまわないわよ。 色好い返事がもらえるといいわね。 ああ、OKだったらつれてきてね」
 こうして幽々子と魔理沙は今度は命蓮寺へと向かった。

早る気持ちもあってか魔理沙は幽々子を乗せる事に難色を示さなかった。
「また羊羹か、何本買ったんだ?」
 手土産にとこれだけ持ってきた羊羹、アリスの所でも羊羹だったので気になったようだ。
「四竿ね。 だからまだあと二竿あるわよー」
 欲を言えば一舟丸ごとと行きたい所だけど、と、幽々子は胸中密かに付け足した。
「四本も一気に買うなんてそうそう居るもんじゃないだろ、里で変な噂でも出来てるんじゃないか?」
「あら、それは面白そうね」

 命蓮寺に着くと境内にぬえとマミゾウがいた。
「おーっす、お邪魔するぜー」
 上空から魔理沙が声をかけつつ降りて行く。
「おや、魔理沙か。 と、後ろのは……」
 それに気付いたマミゾウが反応を示すと共に、ぬえが小さい所作で巧みにマミゾウの後ろに隠れた。
「初めまして。 白玉楼の西行寺幽々子よ」
「ほう、亡霊のお姫様とやらか。 儂は二ッ岩マミゾウじゃ、この……」
 言いながらマミゾウは後ろのぬえの襟首をつかむと片手で持ち上げたまま前に突き出した。
「わああ、何すんのマミゾウ!」
「この封獣ぬえに呼ばれてやってきた妖怪とは儂の事じゃ」
 自己紹介が済んでもマミゾウはぬえを解放せずにそのままでいる。
「こんにちは、ぬえ」
「う……こんにちは」
「客人を前に隠れてはいかんぞ。 挨拶はきちんとしないとね、と、響子が言っておるじゃろ」
 そう言いながらもマミゾウはまだぬえを解放しない、にやついている辺り恐らく暴れたり大人しくなったりしているぬえの様子を楽しんでいるのだろう。
「誰かさんも耳が痛いんじゃない?」
「あーあー……聞こえないな」
 魔理沙も普段は挨拶しているが紅魔館に「本を借りに行く」時は碌に挨拶をしていない。
幽々子の指摘に耳をふさいで聞こえないふりをした。
「して、二人は白蓮へ用があって来たのか?」
「そうだぜ」
「よし、呼んで来てやろう、ぬえは二人を応接間に案内するのじゃぞ?」
「へーい」

 ぬえの案内で屋内の一室に通された。
「じゃ、ごゆっくり」
 場違いな言葉を残してぬえは早々に退散してしまった。
「あの子って悪戯好きって噂を聞くけど、人見知りするんだったの?」
「異変の直後に会った時なんかはそんなんじゃなかったんだけどなぁ、正体不明の飛行物体に怯えて死ねだのお前はここで終わりだがなだの言ってたり……それがまるで借りてきた猫のようだ」
 魔理沙も不思議だと言いたげな表情をしている。
「異変解決中の霊夢がずっと怒ってるっていうのと同じようなものかしらね」
 似たような例では他に慧音が永夜異変の際と平時とでしゃべり方が違うと考えた所で幽々子は気付いた。 自らをも含めて異変の最中は死ねだの殺すだの物騒な事を言う連中ばかりだが、なんだかんだでその後は打って変わって緩く付き合っている者が多い。
存外血の気の多いような発言をしていた者は異変中の言動がその者の性格全てを示しているわけではないのかもしれない。

「私に御用と伺いましたが……」
 部屋に入ってきて挨拶を終えた後の白蓮の発言、その声音はどこか頼りなかった。
珍しい客人の用件を予測しかねているのだろう。
「ええ、でもその前にまずはお近づきの印に」
「これはこれはご丁寧に、有難うございます」
 幽々子が手土産の羊羹を差し出すと、白蓮は深々と頭を下げて受け取った。
「里で評判の羊羹らしいのよー」
「あら、そのようなものをわざわざご用意頂いたのですか」
 飄々とした人物とされる幽々子のこの手土産を前に、白蓮は知ってか知らずか疑いを持たず素直に喜びを見せた。
「本当は自分用にって買わせてもらえるだけだった四竿目一杯買ったのだけど」
「おいおい、井戸端会議みたいなノリはそこまでにしないか? 話が進まないじゃないか」
「それもそうね」
 魔理沙からの軌道修正を求める声に、幽々子は一拍呼吸を置いてから本題に入る。
「実はね、貴女に変装したいのよ」
「変装……? 何をなさろうというのです?」
 にこやかに幽々子は依頼する。 白蓮は意味が解らないといった様子だ。
「またお前は胡散臭い入り方を……つまりだな、幽々子が白蓮の格好をして寺の連中の前に出てって、少し本人のふりをした後で実は偽物でした、と、やりたいんだと。 いわゆるドッキリだな」
「話は解りましたが、何故そんな事を?」
「面白そうだから」
 一秒程の間、白蓮は続く言葉を待っていたようだが「面白そうだから」と、その一言に尽きる理由を前にため息を……つきそうになってこらえた様子が見えた。
「許可を得てからやろうとする点はぬえに比べれば余程良心的ですが、立場がえげつないですね」
 まがりなりにも「白玉楼の主」からの依頼とあっては無碍にも出来ない。
「あら、無理にとは言わないわよ勿論。 それに断ったからって貴女を悪く思うはずもないわ」
 それに対して幽々子は深く考えずに決めるよう促した。
「……解りました、許可しましょう。 ですが、場合によっては星からお説教を受けてもらうかもしれませんよ?」
「ええ、解ったわ。 有難う」
 少し考えてから結論を出した白蓮の表情は僅かに緩くなっていた。 どうなるかと考えてみたら意外と悪くなかったのだろうか。
「OKだったらつれて来いってアリスが言ってたな」
「あ、そうね。 白蓮、貴女も来てくれるかしら? 多分そう長くかかる用件でもないわ」
「では、お供いたしましょう」

 再びアリス宅。
「ああ、OKだったのね。 こんにちは、白蓮」
 アリスと白蓮、二人はお辞儀をしつつ挨拶した。
「こんにちは、変装の準備に必要なんですか?」
「それもあるけど、やられるだけってのも面白くないでしょ?」
 白蓮の問いにアリスは白蓮へ指を突きつけながら答え、そして指先を幽々子へ向ける。
「つまり……私も幽々子さんに、ですか?」
「あら、それは面白そうね」
「そいつは是非見てみたいな」
 幽々子も魔理沙も笑みを浮かべて乗り気だ。
「そうですね、もう私の方は許可してしまっていますし、私もやってみましょうか」
 先程は幾分か渋っていた様子の白蓮も同じく気分が乗ってきたのか少し楽しそうに提案に乗る。
「それじゃ、早速準備、なんだけど……二人共同じ服を用意して着た上でやるのと、衣装から含めて顔と声と一緒に魔法で化けさせるのと、どっちがいい?」
「アリスさんはどちらの方が楽なんですか?」
 どちらも大変だろうと思ってか、白蓮は答えるのではなくアリスを気遣う質問をした。
「衣装を作る方ね。 手間はあるけどその分魔法が楽になるし」
「じゃあ衣装ありの方をお願いしたいです」
「私もそれでいいわよー」
 頼むと共にお辞儀をする白蓮に幽々子も笑みを浮かべて同意した。
「流石に衣装は今すぐぱっと作るなんて出来ないから一日もらうけど、それでも?」
「ええ、急ぐ事でもないもの」
 その後は衣装と魔法の準備だけを手早く行って解散となった。

斯くして幽々子は夕方頃に白玉楼へと戻った。
「おかえりなさいませ、幽々子様」
 恭しく出迎える妖夢。
「ただいま、妖夢。 早速だけど買ってきたものをしまっておいてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
 買ってきた主にお菓子で構成された食料品を見ても妖夢が諌める事はなかった。

夕食の後、幽々子は妖夢を自室へ招いた。
買い物の話をしつつ買ってきた羊羹を振る舞うためだ。 勿論変装の話は白蓮が幽々子を演じる事になっているため全く話すつもりはない。
「なんだかご機嫌そうですね」
「妖夢の方こそ、出迎えて来る時足取りが軽かったじゃない。 私がいなくて随分と楽だったようね」
 それとなく庭の様子を見た所きちんと働いていたと見えたが、幽々子が帰ってきた時の妖夢の歩みは疲れを感じさせないものだった。
「そ、それは……!」
「気に病む事はないわ。 そういう狙いを持って一人で出かけたんだから。 でもそうなんだったらもうちょっと一人でのお出かけも増やすべきかしら」
 妖夢にとっても幽々子にとっても得をするという形の提案となる、しかし妖夢は素直には肯定しなかった。
「増やすのでしたらお菓子を買う以外の用件も設けて下さい」
「そうね」
「……?」
 やけに物分りの良い返事を返す幽々子に妖夢は小さく首をかしげた。
勿論幽々子の脳裏にあるのは今回の変装のように、楽しむための何かを仕込む事だ。
「とりあえずお話はここまでにして、はい、これ」
「羊羹ですか……これはもしや」
 買い物は普段妖夢の役目、羊羹と見て幽々子の今回の買い出しの目的を察したらしい。
「ええ、最近評判だっていうお店の」
「成程それでお一人で買い物にと思われたのですね。 しかし二竿だけ……人気が高じて購入制限でもついていたのですか?」
「そうなのよー。 今日はこれだけだったの」
「残念でしたね」
 確かに制限はあったが二竿ではなく四竿だ。
その点を隠して幽々子は答える。
「今度妖夢が買い出しに行く時に買っておいてくれない?」
「一竿だけでしたら」
 欲を言えば一舟と思っていた幽々子にとってはあまりに少ないと言える。
「仕方ないわね、買ってもらえるだけでもよしとしないと」
 しかし妖夢の出した量を幽々子はあっさりと認めた。
「……何か出かけている時に良い事でもあったんですか?」
「あら? どうして?」
 幽々子の問いかけに妖夢は宙を見て一拍考えてから返答する。
「……今しがたの出かけるのなら別の用件をという発言への返事もそうでしたが、羊羹は一竿だけと言って、なんとか煙に巻いてもうちょっと制限を緩くしようとせずに素直に認めていらっしゃるので」
 意識が変装の方に向いていた事で拘泥を見せなかった事が妖夢には引っかかったようだ。
「私だってたまには妖夢の言う事も素直に聞くわよー?」
「そういう時って大体何か企んでたりするじゃないですか、八割くらいの確率で」
 たまには素直に聞くと得意げに言ってみせた幽々子だったが、妖夢が返す視線は冷めていた。
「あら、そんな私が普段から悪い事考えてるみたいに言っちゃって」
「いえ幽々子様、流石にこれは否定出来ないです。 だって悪いかはともかくいつも悪戯を考えてたりするじゃないですか」
 色々と思い返す事があるのか妖夢の声音はだんだんといじけたものになっていく。
「失礼しちゃうわねぇ、悪戯ばかり考えてるわけじゃないわよ? 妖夢の事だって考えてるんだから」
 幽々子は大袈裟にぷいっとそっぽを向きながらそれに返した。
「私の事、ですか。 因みにどの程度の割合で?」
「……八分くらい?」
「少なッ!?」
 幽々子は首をかしげながら答えた。 単位が「割」ですらない。 あまりの数字に妖夢も身を引いてしまった。
「今八割だなんて言ったからそう思うのよ、私の頭の中は活動している時間の一割弱妖夢の事で一杯だって言えばそう小さくもないんじゃないかしら?」
「……まぁ、なんだかんだでお仕事についてだとか余所との付き合いだとか、真面目な事も考えておいでですし、私の事がそれくらいの割合なのも道理といえば道理ですね」
 幽々子自身のフォローも妖夢には然程心に響かぬものであったらしい。
すっかりいじけてしまった妖夢を幽々子は抱きしめた。
「ちょっと意地悪が過ぎたわね。 大丈夫よ妖夢、私にとって貴女が一番大事なんだから」
「そうおっしゃるならもうちょっと大事にしてくださいよ……」
 妖夢はまだいじけている。
「……善処はするわね」
 そう答えて、幽々子は妖夢を撫でた。
「ところで妖夢」
「なんですか?」
「話はおしまいにしようと言ったのに話し込んでしまっているわ。 そろそろ羊羹とお茶で一息つきましょ」

「お待たせしました」
 妖夢が煎茶と切り分けた羊羹を携えて戻ってきた。
先に置かれた幽々子の分は一度に食べる量としてはいささか太く切られている。
「……そんなもの欲しそうな目をしたって駄目ですからね」
 妖夢は自分の分の小皿を守るように後ろにやって幽々子から届かないようにした。
「ようむのけちー」
「何仰ってるんですか、それだって多い方ですよ? 私の分を見たでしょう? これくらいが普通なんですから」
 どちらからともなく羊羹に手をつけ、お茶をすすり、沈黙が訪れる。
二人共表情はすっかり緩んでいた。
「妖夢と一緒に甘いものを食べてお茶をすする……至福の一時ねぇ」
「霊夢も似たような事を言っているそうですね」
 霊夢の場合縁側で日向ぼっこをしながらお茶をすする事を好んでいて形は違えどある意味似ている。
「あの子は別に甘いものでなくていいみたいだけどね」
「そういえばただ里で買い物しただけにしては長かったですが、誰かに会ったんですか?」
 霊夢の話をして思い出したのか妖夢がそんな事を言った。
「香霖堂で魔理沙に会ってちょっと話をしてたのよ」
「香霖堂? 何故あそこへ?」
「せっかくの機会だから香霖堂なら人里でも見かけないような珍しいお菓子でもあるんじゃないかしら、って」
「確かに珍しさなら香霖堂に勝る場所はありませんね。 ですが……」
 妖夢が言葉を続けるより先に、幽々子が大げさに肩を落とし落胆のポーズをとった。
「あそこ道具屋だものね……」
 実際の所は魔理沙と会ったおかげで面白い企みをするに至ったので収穫は十分なのだが。

翌日。
朝から幽々子は幽霊管理の事務・業務処理にあたっていた。
昨日の午後出かけた分、そして今日出かけるつもりでいる分の埋め合わせをするかのような働き具合の半分は妖夢に「幽々子様は今は忙しいらしい」と思わせるためでもあった。
そして昼食の時間に……
「今日は随分と精が出ますね」
「ええ、それでちょっと確認しなきゃいけない事があるのよ。 だから今日もちょっと一人で出かけてくるわね」
 実際仕事をしていて忙しかったのだが、それを過剰に印象付けようとしていたのはこのため、つまり不自然でなく外へ出る理由を作ろうとしたのだ。
「何か面倒な事情がある幽霊でもいたのですか?」
「面倒かもしれないの。 思い過ごしだったらいいんだけど……」
 妖夢の管轄外の事であるため、幽々子の「仕事」については少し訊ねるような事はあっても深入りはしてこない。 誤魔化すには丁度いい理由だった。

アリス宅に到着すると既に魔理沙が来ていたが白蓮はまだ来ていないようだった。
 衣装も魔法も準備はもうできているとアリスは話したものの、お披露目は二人そろってからという事で白蓮の到着を待った。

「皆さんお揃いでしたか、遅れてすみません」
 幽々子の到着から半刻程で白蓮が現れた。
「幽々子はサボる時は思い切ってサボるみたいだし、貴女の方が時間を作りにくいでしょ、気にする事はないわ」
「あら? 私は今日は午前中目一杯働いてたわよー?」
 アリスの白蓮へのフォローに幽々子はさも心外だと言いたげな身振りをつけて言う。
「働いてるとこを知らない私からすると、白玉楼にいても縁側で庭でも眺めながらお菓子食べてお茶すすって、って過ごしてるイメージだな」
 魔理沙の横槍は幽々子の言葉を想像出来ないらしい。 イメージがどことなく霊夢に似ているのはいつも見ているからだろうか。
「幽々子さんのような方はきっと、誰にも知られない所で努力をされておられるのですよ。 幽々子さんは幽霊の管理をされていると聞きますが、管理が行き届かぬ幽霊が問題を起こしたという話は耳にしませんし」
 魔理沙を諭すように笑みをたたえて白蓮は言った。 少しフォローがぎこちないのは幽々子との交流の薄さ故か。
「ほらね、私は裏でこっそりと頑張ってるの」
「お前が裏で頑張ってるのは自分が楽しむためばっかりじゃないか」
「はいはい魔理沙、そこまでにしなさい。 この悪巧みに真っ先にノリノリで便乗したのは他ならぬ貴女なんだから」
 そしてアリスは協力をして変装の準備と欠かせぬ役割をはたしている。 既に一蓮托生だ。
「じゃ、役者がそろった事だし試着と行きましょうか」

 まず白蓮が先に別室へと案内されてアリスと共に準備をし、次いで幽々子が白蓮と別の部屋で同じくアリスと準備を整え、作業部屋に一同が揃った。
「……えーっと、幽々子が白蓮で白蓮が幽々子なんだよな?」
「ええ、そうよー」
 にこやかに軽い声音で答える「白蓮」
「な、なんだか自分の顔と声で話されるというのは落ち着かないような新鮮なような、複雑な気分ですね」
 恥ずかしそうにもじもじとしている「幽々子」
「うわー……なんだこれとんでもなく面白いな!」
 自分が変装の当事者でないからか魔理沙は面白くて仕方ないらしい。 満面の笑みを湛え、目を輝かせて二人を眺め回している。
「とりあえずはお試しって事で十分程で効果が切れるから実際に相手が自分を演じている様を見て何か思う所があったら指摘でもしたらどう? 特に幽々子は命蓮寺でとなると見られる相手が多いからきちんと板についた振る舞いをしないといけないしね」
「で、でしたらとりあえずその、えっと、自分の顔に言うのも恥ずかしいのですが、凄くいい笑顔はあまり……」
 楽しそうに笑顔を浮かべる「白蓮」に「幽々子」が上目遣いに指摘した。
「それもそうね、白蓮なんだからもっと落ち着いてないと」
 そう言いつつも物静かな表情ではなく何故か扇子を構えてニヤリと笑ってみせる「白蓮」
「わざとらしくかっこつけてみせるのも駄目ですよ……それに私は扇子は使いませんし……」
「表情がコロコロ変わる白蓮ってのも乙なものだが、もじもじしてる幽々子ってのもいいもんだな。 妖夢がここにいないのが可哀想になるくらいだぜ」
 何やら誤解を招きかねない表現をする魔理沙だが、普段当人達を前にはまず見られないという意味だろう。
「減るものじゃないしもっと見てもいいわよ?」
「私じゃなくて見た目が幽々子さんなのだという事が重要だとはわかっていてもなんだか凄く恥ずかしいです……」
「大丈夫、戸惑ってる中身が白蓮だって思うとそれだってとてもいいものよ」
 アリスがフォローにならないフォローを言って、「幽々子」はますます恥じ入って縮こまってしまう。
「ナイスだぜアリス」
「貴女もなかなかやり手ねぇ」
 魔理沙も「白蓮」もアリスのフォロー……というよりむしろ追撃に賞賛を贈った。
「どうして幽々子さんは平気なんですか……」
「私の姿をしているけど私じゃないと割り切ってるから、かしらねぇ」
「成程、そう思ってみれば……」

 幽々子の考え方が多少白蓮にも効果があったのか、幾分か落ち着きを取り戻し、歩き方などの基本的な動作について確認をした。

 お試し期間の十分が過ぎて二人共元の顔と声に戻った。
「二人共、戻った所で確認だけど……片方ずつやる? それともタイミングを合わせて二人共入れ替わる?」
 アリスの問いかけに幽々子と白蓮が顔を見合わせる。
「白蓮は勿論の事、私の方も一人では出て来にくいから今日早速実行と行きたいけど……」
「でしたらこちらは皆が集まる場といえば夕餉の席ですから夜がいいでしょうね」
 寺の諸々がある事から白蓮も出かけられない程ではないもののあまり頻繁に寺を空けるのも好ましくは無い、また幽々子も今日で二日連続妖夢を置いて一人で出ている。 それらしい理由を作って出かけるのも難しくなってくるだろう。
「じゃあお互い入れ替わっておいて出かけてないように見せる方が自然かしら」
「夕方頃に戻って自室にこもって夕食の時に出て行くのがいいでしょうね、あまり見られるとバレるでしょうし。 で、夕食を終えたらネタばらし、と」
 あまり顔を見せない方がいいとのアリスの言に幽々子は頷いた。
「私達はどうするんだ?」
「何か起こったら幽々子と白蓮以外の第三者から説明が要るでしょうし、それぞれどちらかについてどこかに隠れてましょ。 魔理沙、貴女はどっちにする?」
「白蓮についてって白玉楼……だな、妖夢の反応を見てみたい」
 何がしか面白い展開を予想してか、魔理沙はにやりとしながら答える。
「私は幽々子と命蓮寺ね。 見てみたい、は結構だけど見つからないようにしなさいね。 夜にこそこそしながら様子を窺ってるだなんて何かしてると疑われるわ」

 命蓮寺に到着した幽々子は白蓮に聞かされた自室までのルートを真っ直ぐに辿った。
その途中……
「ただいま、星」
 星を見つけた。 まだこちらには気付いていない様子だったもののやり過ごそうとしては不審さが出てしまうかもしれない。 幽々子は自ら声をかける。
「お帰りなさい、研究は順調そうですか?」
 星の言わんとする所は幽々子も心得ている。
それらしい理由を作るに難儀していた白蓮にアリスが入れ知恵した事だ。 昨日と今日の訪問は同じ魔法使いのよしみで魔法研究に力を貸してほしいと依頼されたという事になっている。
「ええ、それでこんなものを預かって来たの」
 そう言って人形を取り出した。
「人形……彼女は人形を操ると聞きますが、これに魔法を?」
「そう、私の身体能力をあげる魔法を人形に込めたらどうなるか……と」
「成程、白蓮の助力が必要になるわけですね」
 実際は人形を通してアリスにも声が聞こえるようになっている。 いつぞや魔理沙に持たせたものと同様だ。
「じゃあ私は部屋に戻るわね」
「お疲れ様です」
 星は幽々子と別の方向へと向かう。
その後姿をそれとなく見やると僅かに首をかしげていた。

一方白玉楼に向かった白蓮は……
「ただいま、妖夢」
「お帰りなさいませ、幽々子様」
 幽霊管理の仕事で面倒な事情がありそうと予想されて確認に向かった……白蓮が聞かされた幽々子の外出の理由だ。
何か問われても思い違いだったと言って誤魔化せばいい、妖夢は幽霊管理に関わっていないので深入りはしない、そうとも聞かされている。
「面倒そうだとおっしゃっていましたが、どうでしたか?」
「その件は思い違いだったの。 問題ないわ」
「そうでしたか、それはよかった」
 幽霊云々の事情について問う様子はない、幽々子の言った通りだ。
「でも帰りが夕方だなんて随分手間取ったみたいですね、どちらまで行かれたので?」
「あ……それは、魔法の森のアリスの所へ、ね」
 思わぬ問いかけについ正直に答えてしまう白蓮。
「アリス……? 幽霊についての確認で、ですか?」
「ええ、ちょっと彼女の魔法の知識が必要だったの」
「幽々子様は魔法は使えないですし、そういう理由で頼るなら確かにアリスかパチュリー辺りですね」
 咄嗟に浮かんだ理由に妖夢も納得したようだ。
「では早速その件の処理をなさるのでしょう? 後でお茶をお持ちしますよ」
 妖夢の方から部屋にこもりやすくなる流れを持ちかけてくれた。 なんとかなりそうだと白蓮は安心したが、部屋に来られて何もしていない様を見られるのはまずい。
「うーん……お茶はいいわ、夕食も近いしね」
「? はい、解りました」
 一瞬妖夢が怪訝そうにした事を白蓮は見逃さなかった。

命蓮寺の夕食の場に同席した幽々子、白蓮が冷や汗混じりといっていいような展開を見せているのに対して……
(命蓮寺の精進料理を頂けるなんて思わぬ役得ね)
 と、至って気楽に状況を楽しんでいた。
 一輪・村紗・星・マミゾウ……四名の視線が幽々子に集中する――ぬえの視線だけは眼前の膳に注がれていた。
「では、みんな、頂きましょうか」
 幽々子の一声が合図となり、いただきますと声が響いた。
 食事の最中に話す事は行儀が悪いからか私語はなく時折食器の音だけが鳴る。
 変装を明かす前に踏み込んだ質問が挟まる事もないという事だ。 幽々子は楽である反面物足りなくも思ってしまった。
 幽々子は皆が気付いているかどうかとそれとなく見渡していると一つ違和感を覚えた。
 こちらを見ていた四名は食事をしながらも時折誰かに視線を送るが、ぬえはそれがない。
(妖夢の場合なら、怒ってたりするけど……)
 しかしぬえの表情や所作は苛立ちを交えたものではない。 が、どことなく面白くないというような、黙々と、淡々と食べているように見えた。
その意味について考えていると不意にマミゾウに見られている事に気付いた。 あまりぬえばかり見ていても不審であろうと幽々子は食事に専念する。

食事・膳の片づけを終えてから。
幽々子は先程のぬえの様子が気になり、話してみる事にした。
白蓮のふりをしている方が訊ねる上では便利であろうとまだ正体は明かしていない。
「ぬえ、何かあったの?」
「ん? どうして?」
 問い返された。 幽々子にはその声音に動揺などは感じられなかった。
「食事の間ずっと自分の膳を見て黙々と食べてたようだから気になったの」
「……別に何もないよ」
 今度は不貞腐れたように見えた。
「……そう。 言いたくないのなら構わないけれど、困った事があったらちゃんと言わないと駄目よ? 私やマミゾウさんはいつも貴女を心配しているのだから」
(「いつも心配している」のは白蓮であって私は「今心配している」だけなんだけどね)
 心の中でそう付け足す。
「そうじゃぞぬえ、儂も白蓮もいつもお主を心配しておる」
 マミゾウが乗ってきた。 うんうんと頷く幽々子。
「で、お主誰じゃ?」
 真っ直ぐに幽々子を見据えてマミゾウは問いかけた。
「私? 私は白蓮よ?」
 咄嗟に白蓮のふりを続ける幽々子。
「ふぅむ……おーい、皆、ちょっとこっちへ」
 マミゾウは一輪・村紗・星へと声をかけた。
その方向を見やると三人が歩み寄って来る……と、思いきやマミゾウが何か合図したのか素早く散会して幽々子を取り囲む。
 一瞬にして四方を封じられた。
「あらまぁ、みんな気付いていたというわけ?」
「ほぅ、もう尻尾を見せるか」
 この騒ぎでぬえはどうしただろうと幽々子は視線をぬえの居た方へ送る。
……いつの間にやら遠すぎず近すぎずの位置に立っていた。
「随分とぬえを気にかけておるようじゃが……」
「ふふ……バレては仕方ないわね」
 こっそり隠し持っていた扇子を素早く開いて口元を覆う。 にやりと笑うと幽々子は続けた。
「貴女達の白蓮は冥界に居る頃よ」
「……お、おのれ魔の手先め!」
 マミゾウはかすかに眉を動かし、そして言葉が一拍遅れていた。 が、それについて幽々子が意識をめぐらす間もなく四方からじわりと包囲が狭まる。
「お主ら、うかつに仕掛けるでないぞ。 言葉の通りであればこやつはどういう形にせよ白蓮を破った事になる」
マミゾウに制止された事で一同それ以上は近寄らず、幽々子の一挙手一投足に睨みを利かせる。
その次の瞬間……
「何か近づいてくる……!?」
 一輪が声をあげるとほぼ同時に何か小さい物が凄まじいスピードで包囲を駆け抜け……
スパァン!!
小気味良い音を響かせた。
「……人形?」
 星には見覚えのあるその人形、幽々子がアリスから預かり持ち込んでいたあの人形がハリセンで幽々子の頭をひっぱたいていた。
「はいはいお邪魔するわよー」
 人形が入ってきた方の廊下からアリスが入ってくると、そのまま呆気に取られる命蓮寺の面々を追い越して幽々子の前に立つ。
「これからいい所なのにぃー」
 音こそ派手ではあったが人形の、それもハリセンによる一撃。 対して痛みはないはずだが幽々子は大げさにひっぱたかれた側頭部をおさえている。
「残念だったわね、こんな一触即発の空気を見過ごせる程私は図太くないわ」
 こほん、と、咳払いを一つしてからアリスはさっと右腕を動かしつつ、命蓮寺の面々を見渡しながら左手で自分の入ってきた廊下の方を指差した。
 それに促された皆が視線を廊下側に送ると、よちよちと歩いてくる人形……その手には「ドッキリ大成功」と看板が掲げられている。
 更に一体後ろからついてきて、ペンで看板に「(?)」と書き足した。

「驚かせてごめんなさいね。 姿も声も白蓮だけど、私は白玉楼の西行寺幽々子なの」
 正体を明かすと、幽々子はぬえの方に向き直った。
「何……?」
「特に貴女の驚きは一入だった事でしょう?」
 ぬえはそれに答えずぷいっとそっぽを向いてしまった。 幽々子は深々と頭を下げる。
「それで白蓮はどうしているのです?」
 星が問いかけた。 冗談という事で先程の言葉のように物騒な事態ではないとは言えども現れない事が心配のようだ。
「あれはさっきの言葉の通りで……冥界にいるわ、逆に白玉楼で私を演じてるの。 入れ替わってるわけね」
「え? 姐さんが?」
 一輪が表情に驚きを浮かべる。
「私が面白そうだからやってみたい、って持ちかけてね……迷ってはいたようだけど結構すんなり受け入れてくれたわよ?」
「普段真面目が服着て歩いてるみたいなのに随分と思い切った悪戯を……」
 村紗も信じ難いといった様子だ。
「ところでみんな気付いてたみたいだけど、どこで怪しいと思ったの?」
 幽々子はにこやかに問いかける。 名乗る前から正体が露見するならその決め手は何であったか、そこを知るのも醍醐味だと思っていた。
「食事を前にして凄く嬉しそうだったから」
「動きがなんだかいつもと違いましたね」
「魔法を人形に込めると言っていた際に、貴女から魔法の力を全く感じないと気付きました」
 一輪・村紗・星はそれぞれ目をつけた点を語る。
「儂は皆と違い白蓮とは付き合いも短い、言動を決め手としてはおらんかったのう」
 真っ先に見破ったというのにマミゾウは意外な事を言った。
「あら? 貴女の言葉をきっかけに露見したのに?」
「だが儂は化け狸……変装に関してはえきすぱーとというもの。 理屈ではないが確信しておったのじゃよ、こやつは白蓮ではないとな」
(じゃあさっきのは……)
 幽々子の言った「白蓮は冥界にいる」という言葉。 マミゾウの一瞬送れた次の句。
元々「白蓮ではない」と断定していた……幽々子を「亡霊のお姫様」と呼んでいた……そして「冥界」というキーワード。
(正体まで察して危険な相手ではないと気付いた上で何かに利用しようとした……?)
 あの流れは「白蓮の偽物」を皆で倒そうというもの、その必要があるのなら……?
「マミゾウさん、ちょっといいかしら?」

 すぐに戻ると伝えた上で、幽々子はマミゾウと廊下に出た。
「単刀直入に訊くけど、誰か仲が悪いの?」
「ほう、何故そう思う?」
 即用件に入った幽々子に、マミゾウは眉をあげて興味深いといった様子を示す。
「貴女達の白蓮は冥界に居る頃よ……って言った時に昨日訪ねてきた「亡霊のお姫様」だって気付いたんでしょ? にも関わらず茶番を続けて退治しようとしたのは、一丸となって挑む事でみんなの結束を強めようとしたんじゃない?」
 そして恐らく、質の悪い冗談を持ちかけてきたのだからこらしめてやろうという意味も幾分かはあったのだろう。 主題から逸れるのでそこは口にしない幽々子。
「……成程噂通りじゃな。 であれば、誰のためかは解るのではないか?」
「……ぬえ、ね」
 一人だけ他の面々とは浮いた挙動だった。 今にして思えば訪ねて来た時にマミゾウと二人だけで外に居たのもそういう事なのかもしれないと幽々子は思う。
「正解じゃ、70点やろう」
 そう言ってマミゾウは答案に丸をつけるような仕草をした。
「あら、まだ足りなかったのね」
「うむ、仲が悪い、という程ではないのじゃよ。 皆はぬえを悪く思っておらんがぬえから見て受け入れられてないように感じておる、と。 寺に修行に来る人妖となじめておらんという問題の方が大きいのじゃが、それのためにまずぬえの意識を変えんといかん」
「それで食事の時に誰も見てなかったのね」
「まぁ、儂らはお主を怪しいと見ていたからというのもあるが」
 食事の前に皆が幽々子を見ていた。 目の前にした料理に釣られてつい、単純に声がかかるのを待っているのかと思った幽々子だったが、あの時点で既に疑いの目を向けられていたようだ。
「みんなはぬえに否定的ではないのね?」
「そうじゃな、要するに僧として属さぬ悪戯娘に構ってやれず、叱らざるを得ないせいでといった所かの」
 叱る事だって相手を思えばこそ、と、幽々子は妖夢の厳しい表情を思い出しながら考えた。 それは恐らくぬえには伝えられないだろう。 そう受け止める事が出来るのなら受け入れられていないとは感じないはずだ。
「そうなると私は多分役目はないわよね」
「何故じゃ?」
「話しかけてもぶっきらぼうに答えてたのに、アリスが入ってくるのがもうちょっと遅れたら飛び掛らんばかりだったもの」
(もしかしてそれが狙い?)
 ぬえが先陣を切って脅威に挑んだとあれば皆もそれを褒める事が出来る。 それはぬえからすれば受け入れられていると感じるに繋がるだろう。
「質の悪い冗談をやらかして嫌われた、と」
「ええ、そう思ってるわ」
「盛んに気にかけ、心配する言葉も投げておった、儂から何か言っておけばそうでもないと思うが」
 いつも心配しているのは白蓮だ、と思っていたあのくだりは幽々子が気にかけた故でもあった。 それをマミゾウが伝えてくれれば水泡に帰すこともないようだ。
「じゃあ話が出来る程度に私が気にした事を伝えておいてくれるかしら? とは言っても何を言うかはまだ考えてないけど」
「時にお主、何故ぬえをそうも気にするのじゃ?」
「ごはんは仏頂面で食べるものじゃないわ」
 さも当然といった顔で幽々子は答えた。

時間は少し遡り、白玉楼・幽々子の自室……
白蓮は身の振り方について考えていた。
いつも通りに振る舞っていては想定外の質問などが出た際に先程のように危うい事になりかねない。
いっそ誤魔化したり煙に巻いたり、進んでやった方がいいのではないか……それなりに年輪を刻んでいるのだから本気でやろうと思えば多少なら出来る……ましてや今は幽々子になっているのだから。
しかし仏門に身を置き戒律を守り誠実に生きる事に背く形となるのではないか。
そのせいで結論づける事が出来ずにいた。

堂々巡りを繰り返して、白蓮は星ならどうするだろうと考えた。
こういう形で誰かを演じるではないにせよ、今自分が白蓮ではなく幽々子であり命蓮寺から外へ出たように、毘沙門天の代理という肩書の外で星が何かをするならば……
 真面目な彼女の事だ、何であろうと自分の前にやる事として存在していたならそれに対して全力を尽くすのではないだろうか。
そう思うと結論を出す事が出来た。

夕食の時間となり、妖夢に呼ばれた白蓮。
「仰っていた通りに今日の夕飯は肉や魚を使わずに野菜や山菜等で作ってもらってあります」
「ええ、ありがとう」
 変装をする事に意識が行っていて食事の内容を気に留めていなかった白蓮だったが、幽々子があらかじめ気にかけておいてくれたようだ。
「並んでいるのを見るとまるでお寺の料理ですね、出かけた時に命蓮寺の話でも聞いたんですか?」
「里でちょっと小耳に挟んだの。 たまにはこういうのもいいでしょう?」
 幽々子らしくと心がけてこう言ってみた白蓮だが、妖夢には魅力のないメニューではないかと気にかかった。
「そうですね、たまになら。 続けたら幽々子様の方が先に音をあげそうですね」
 しかし今回だけであれば妖夢にとっても悪くは無いようだ。
「あら? それならそうしてみる?」
「やめておきましょう。 食事が意地の張り合いになるだなんて幽々子様には本末転倒じゃないですか」
「そうね、食事は楽しまないと」
 白蓮にとっては食事は感謝を以って口にするもの、楽しむ、と言うと違う表現ではある。
しかし楽しく食べようという姿勢はある種感謝なのではないだろうかと思った。
「楽しむといえば……今日はアリスの所へ行ったそうですけど仕事の確認以外で何か楽しい事はありましたか?」
「楽しい事、ねぇ……魔法の事を少し聞いたわ。 姿や声を別の誰かに変えてしまう事も出来るそうなの」
 何もなかった、と言う事も出来た。
しかし白蓮は会話の流れを途切れさせないようにと例の魔法について話す。
「悪用も出来てしまいそうですね、アリスならそういった使い方はしないでしょうけれども」
「ねぇ、妖夢」
 そして一つの誘惑に駆られた。
胸の内に潜んでいた罪悪感故か、僅かにだけ持っていた悪戯心故か……
「?」
「もし、私が別人だったらどうする?」
 白蓮自身、自然とそう口にしていたと思ってしまうような言葉だった。
「斬って正体を見極めます」
 妖夢は澄ました顔で物騒な事を言う。
「それは恐ろしいわね」
「いつぞやは文字通りに捉えていましたが、言い換えれば武術家が拳を合わせる事で相手を理解するようなものですね。 亡き者にしようというわけではありません」
 白蓮は知らないが、以前妖夢は師にして祖父の「真実は斬って知るもの」という教えの捉え方を誤り刀を手に戦いを挑みに飛び回った事がある。
「達人の世界になるとそういう理解の仕方もあるそうね、貴女はその境地に達しているかしら?」
「勿論私は未熟者ですよ。 しかしこう問答するよりも解る事はあります」
 白蓮の問いを妖夢は否定する。 しかしその言葉はまるで……
「……まるで私と立ち合いたいように聞こえるのだけど」
「幽々子様と私の間柄であっても口にはし難い事もありますので」
「そうねぇ、ちょっと考えさせてくれる?」
 白蓮は思う、恐らく自分が……今ここに居る者が幽々子ではないとかなり強い疑心を抱いているのではないだろうか。
しかしそれでも幽々子の姿をし、声を持ち、言動もあからさまな偽物という程遠いものではない……故に疑心はあれども本人を前にしているようとも言える言い回しをしているのでは、と。
 妖夢が戦う中で何を見出すのかは興味がある。 興味はあるのだが……問題は白蓮の技は幽々子のそれと違う。
 そこまでは打ち合わせて練習などしていないのだから当然だ。 つまり立ち会えば即座に偽物だとはバレてしまう。
そうなった際に妖夢はどう出るのか。 程度はどうあれ疑心があるのは確実だろう。 それが疑いでなくなったら……偽物として全力で排除しにかかってくるかもしれない。
選択肢は二つ、今この時点で偽物であるとバラしてどこかに隠れている魔理沙に説明してもらうか、立ち合いに応じるか。
前者は……この変装に全力を尽くしたと言える終わりだろうか……?
「……解ったわ、お手合わせ願いましょう」
 妖夢はそれに何も返さず、庭へと出て行った。

 妖夢の後に続いて庭に出る白蓮。
魔理沙はどこに居るのだろうと不自然でない程度に辺りを見渡すものの、当然ながら見つけられはしなかった。
「どちらかが参ったと言うまでで、開始は……」
 と、妖夢は手近な石を拾う。
「これを投げ、落ちたらとしましょう。 準備はよろしいですか?」
「ええ、構わないわ」
 妖夢がどういう方針なのかまだわからない以上、いきなり本気を見せて偽物である事を明かすのはまずいだろうと白蓮は考えていた。
さしあたっては出てくるまでの間にこっそりと唱えておいた呪文による軽度の身体強化で乗り切る必要がある。 それ以上となると、始まってしまえば唱えている余裕はないだろう、魔人経巻を使用しなければならない。
 かつて妖怪を守ろうとする中で荒事もあった、自ら未熟であると認める妖夢相手ならそうそう引けは取らないという自負も多少ある。
 石が放り投げられ、地面に落ちる。
「!?」
 常人の感覚で無造作に駆けたなら四度の踏み込みを要するであろう間合いがあった。
それを妖夢は二歩相当の早さで一気に詰めて来ていた。
大振りで袈裟斬りに刀を振るわれたのを、斜めにくぐるように潜りつつかわしざまに肘で腹部を狙う。
後ろに軽く跳躍してかわされ、すぐさま足元をすくうような斬撃を見舞われたが避けながらの攻撃故に浅い、前に出ていた右足をあげるだけで回避する。
そのまま勢いで右足を踏み込みつつ右肩から体当たり、下段に大きく刀を振るった妖夢の肩に当たる形となり、よろめく。
好機を逃さず左フック、右ストレートと連撃を放つ。 妖夢が回避を試みたため入りは浅かったが、届いた。
間合いを離そうとする妖夢に詰め寄り左のローキック、妖夢は更に後ろに下がりつつ中段の突きを放ってきた。 身を捻ってかわしながら裏拳を放つも空振り、逆に突きの直後にしゃがんでいた妖夢の低い姿勢からの裏拳が左足を打った。
右足で後方に跳躍、それを追うように妖夢がやや高い跳躍で頭上に追いかけて来てそのまま刀と共に降りてくる。
 半身を引いて刀を正面に見ながらかわすと、振り下ろした刀に向けて大振りの蹴りを放つ。
握ったままでは刀身が無事ではすまないだろうという判断か、蹴られる間際に妖夢の手を離れた楼観剣は甲高い音を立てて離れていった。
「続けますか?」
 妖夢は参ったとは言っていない、まだ戦う意思はあるようだったが……
「そこまでにしてもらおうか、いいもの見させてもらったぜ」
 そう遠くない場所から魔理沙の声、白蓮がその方角を見やると縁側の下から魔理沙が這い出てきた。

「幽々子様が白蓮さんで白蓮さんが幽々子様?」
 魔理沙から蹴飛ばされた楼観剣を受け取りつつ説明を受けた妖夢は少し不明瞭な説明にやや混乱を見せた。
「変装して入れ替わってるんですよ」
 そう言って白蓮は今しがたの手合わせの際に見せる事のなかった魔人経巻を構えて見せた。
「さっきおっしゃってた魔法というのは御自分が使用されているという事だったんですね」
「あんな事言い出すなんて、ひやひやしたぜ」
「つい口にしてしまいました」
 魔理沙の声音は責めるようでもあった。 今にして思えば迂闊だったと白蓮は反省する。
「成程、あの白蓮さんであれば納得が行きます。幽々子様のようだけど幽々子様じゃなくて、別の誰かだというのに敵意は無いどころかむしろ優しい雰囲気すらあって……なんというか、幽々子様と違った意味でつかみ所がありませんでしたよ」
 抽象的な言葉ではあるが妖夢はやはり疑いを持っていたらしい。
「やっぱりバレてました?」
「ええ……と言っても確信したのは手合わせをしてみて、なのですが、違うと思い始めたのは夕食前に部屋に行かれる時の会話からですね」
「あの時点で、ですか」
「はい、言い淀んだ場面があったのと、あとはお茶は要らないという発言ですね、幽々子様なら夕食が近かろうがお茶とお菓子は喜んで召し上がりますから」
 変装の発覚を避けるためにとお茶を遠慮したが、遠慮せずにいる方が正解だったようだ。
「まぁあの戦いを見れば幽々子を知ってりゃ違うって誰でもわかったけどな」
 魔理沙が横から補足する。
「え? そうなんですか?」
「ああ、あいつはなんというかふわふわ動くからな、お前みたいに文字通り地に足のついたキレの良い動きじゃあない」
 流石に荒事になった際の立ち回りについては打ち合わせていなかったため全く違っていた、こればかりは仕方がない。
「ところで……これってやっぱり幽々子様が言い出した事、ですよね?」
 妖夢はいかにも申し訳なさそうに萎縮してしまった。 主の悪戯に苦労しているのかと思うとぬえの悪戯が外へ向いた際に謝りに行く自分と少し重なる気がする白蓮だった。
「ああ、変装して本人のふりをして、程よい所で偽物でしたとバラしたら面白いんじゃないか、とな」
「白蓮さんがここでやるのはともかく、幽々子様が命蓮寺で白蓮さんのふりって、大丈夫なんですか?」
「少しくらいなら大丈夫ですよ、お寺の事を代わりにして頂くのではないですしね」
 妖夢が安心できるようにと白蓮は笑顔を心がけてそう言うと、妖夢が何故か少し照れくさそうにしてしまった。
「どうかなさいました?」
「あ、いえ、地の白蓮さんの振る舞いを幽々子様の姿と声でされるとなんだか……」
「本人より優しいな、どう見ても。 癖になりそうか?」
 にやにやと突っ込みを入れた魔理沙を睨みつける妖夢。 これならいっそ付け焼刃で幽々子らしさを心がけるよりも普段通りに接してみた方がよかったのではないだろうかと思ってしまう白蓮、それと共に一つ浮かんだ。
「では妖夢さん、何か私にして欲しい事って何かありますか? お詫びも兼ねての事ではありますが、ございましたら何でもどうぞ」
「へ?」
 予想外だったらしく妖夢は素っ頓狂な声を上げた。
「今なら甘え放題じゃないか、やったな妖夢」
 またもにやにやしながら妖夢を肘で小突く魔理沙、楼観剣を大きく振るう妖夢だったが魔理沙は難なく後ろにかわした。
「確かに魅力的ではありますが、魔理沙が居る前でとは行きません。 諦めますよ」
 そう答える妖夢は少し残念そうだった。

こうして幽々子と白蓮の変装による入れ替わりは終了した。
魔理沙とアリスが人形を使って終わった事を連絡し合い、幽々子・アリスが白玉楼へと向かう。
予定ではこの時点で白蓮が命蓮寺に戻る事になっていたが、魔理沙とアリスの人形通信について話した幽々子からその旨を聞いた星が、皆集まるのなら寺の事は自分に任せて話しでもしてから帰ってきてはどうかと勧めたため、白蓮も少し白玉楼に留まる事になった。

「皆さんお疲れ様です」
 幽々子・アリスが到着したのを出迎えた妖夢は白蓮・魔理沙の居る部屋へと行くよう促した後に台所へと向かい、あらかじめ準備し始めていたお茶を出した。
「こっちは大変だったわよ、寺のみんなに囲まれて一触即発って空気になってね」
 口火を切ったのはアリスだ。 命蓮寺での場面を思い出して疲れたように肩を落とす。
「え? な、何をしたんですか?」
「ちょっとばかり悪ふざけをね、「貴女達の白蓮は冥界に居る頃よ」って」
 幽々子は扇子で口元を隠しつつ笑みを浮かべ、寺で見せたのと同じ素振りで台詞を再現した。
「幽々子様、それはやりすぎです。 正体が解っているならまだしも、知らなければ白蓮さんが死んだとすら思いかねないではないですか」
「私が止めなかったらどう収めるつもりだったのかしら」
 アリスが人形を用いて止めていなければ……もしフォローのためにとアリスがついてきておらずあのまま続いていたら?
(多分あの後私を適度に懲らしめた所で止めてたって所ね)
 マミゾウは皆を制止していた。 それにより少しの間考えるの余裕が出来ていたはずだ。
恐らくはそれでマミゾウに何か狙いがあったのだと気付けたはず、内容にどの程度至るかはなんとも言えないが、気付けばそれに乗った。 となると、寺の面々に袋叩きに遭いつつ、折を見てマミゾウが止めていた事だろう。 アリスが止めに入らなかった場合の流れを幽々子はそんな展開と予想した。
「全くだな、質が悪い。 こっちなんか至って平穏だったぜ。 ちょっと殴ったり斬りかかったりしてたけどな」
「それで平穏ってどういう事よ……」
 平穏と言う割に殴ったり斬りかかったりなどと物騒な言葉が飛び出た事にアリスは驚いたというより呆れたという様子で誰にともなく呟く。
「言葉を交わすよりも手合せする方が解る事もあると、それで少し」
 そう説明する白蓮は申し訳なさそうな様子があった。 妖夢に頼まれた形で手合せではあったものの「妖夢を殴った」故か。
「あらあら、妖夢ったら一端の剣士みたいな事を。 それで何か解った? 勝敗は?」
 嬉しそうな様子を隠さず幽々子は妖夢に訊ねる。
「幽々子様ではないけど幽々子様のようであると迷っていたんです。 手合せして頂いて幽々子様ではないと確信しました。 ……負けましたけどね」
「因みにあの、なんつったっけ、魔人なんとかってエア巻物、アレ出させる前にだぜ」
 魔理沙の説明に誰からともなく白蓮に視線が集中した。 ……今度は少し恥ずかしそうだ。
「まだ本気出してないのに負けちゃったのね、妖夢もまだまだ修行が必要ねぇ」
 幽々子はにこやかな表情を浮かべたまま隣に座っている妖夢の頭を撫でる。 一端の剣士云々と言われた後にこの扱いだからか複雑な気分といった様子だ。
「いいえ、妖夢さんも本気ではなかったのでしょう、私を見極めるため、試すためでしたし」
「そういや半霊を絡めてなかったな、そういう事なのか?」
 魔理沙が妖夢を見ると、小さく頷いた。
「まぁ多少は。 熱くなりすぎては解るものも解らなくなりそうでしたから」
「力を出しつつも冷静でいる事が課題、といった所かしらね」
 アリスの提案に妖夢も思う所があるのか照れたように頭を掻いた。

その後もしばらく話は続き、白蓮の帰り際に翌日幽々子・妖夢が命蓮寺を訪れる事が決まった。

そして翌日の昼を過ぎてしばらく経った頃に幽々子と妖夢は命蓮寺を訪れた。
変装のお詫びをきちんとするという事で訪れているため命蓮寺の面々が勢ぞろいしている。
「昨日はお騒がせしました」
 幽々子が深々と頭を下げる。 妖夢は加担していないどころか同じく変装騒ぎの被害に遭った方なのだが、主が頭を下げる様に自分はどうすればとやや戸惑った後に同じく頭を下げた。
「頭をあげて下さい。 こちらも白蓮が同じことをしたのですしね」
 命蓮寺代表は今日は星の役らしい。 白蓮も幽々子と同じく行った側、この発言を出せる立場ではない。
「こちらは問題無いのですが……いいんですか? 幽々子様が質の悪い冗談まで言ってたようですけど」
「驚きはしましたがすぐに説明がありましたし、こうして白蓮も無事……そればかりか良い気分転換をさせて頂いたようですから」
 一時は不穏な空気もあったものだが結果としてお互いに良い形だった……と、言い切っていいのだろうか、幽々子はそれとなくぬえを見やる。
不満というより退屈といった様子に見えた。
「寺に居るとあまり体を動かす機会がないのかしら?」
「? そうですね、修行は体を酷使するようなものではないです」
 幽々子の問いかけに星は一瞬意味が解らなそうな反応を見せた。
「うちの妖夢と戦ったのは良い運動になったわけね」
 星は聞いていなかったようだ、目を白黒させて白蓮の方を見る。 一輪・村紗も同じく白蓮へ驚いた表情を向けていた。
「あ、それは私が頼んだんです。 幽々子様本人なのか違うのか確信を持てなかったので、手合せすれば解るだろうという事でして」
「そ、そうでしたか。 いや、楽しんだようだし水を差すまいと、してきた事について訊ねずにいたもので……驚きました」
 そんな星の様子を見て、幽々子は何か思いついたような仕草をする。
「どうせお互い悪く思ってないんだし、この際だから堅苦しいのはなしにして、もっと気楽に話しましょ」
「そうですね、そうしましょうか」
 星はそれで構わないかと問うように命蓮寺の面々を見渡した。 異論は上がらない。
「戦ったって言うけど、姐さんの強さはどうだった?」
 真っ先に訊ねたのは一輪だ、こういった話題に興味があるのか目を輝かせている。
「本気になっていただく事なく負けてしまいました」
「おお……」
 感嘆の声をあげる一輪、どことなく誇らしげに白蓮の方を見た。
「妖夢も正体を見極めるという目的のために熱くならないようにと本気ではなかったというけど、それでも一応うちの剣術指南役、徒手空拳で下すなんて流石ね」
「これは白蓮を怒らせてはいかんという事じゃな」
「ただでさえ怒ると怖いのに……」
「お、怒ったって殴りかかったりしないわ……そんな怯えなくたって……」
 ニヤニヤしつつ言うマミゾウと、肩を落としてしまう村紗。 白蓮は弱気に反論する。

それから少し、白玉楼での白蓮の変装はどうだったかという話が続いた。
妖夢から説明がされ、星・一輪・村紗は命蓮寺にいる時とは少し違う白蓮の姿に聞き入った。
(でもぬえはあまり興味がなさそう、と)
 幽々子もぬえが悪戯好きという噂は聞いている、この話であれば食いつきそうなものだが聞いてはいるものの話に参加していない。
むしろ当初は面倒くさそうだったのがだんだん機嫌が悪くなっているように見える。
マミゾウから話を聞いた際にぬえが皆から距離を感じている理由に悪戯を叱られているといった部分があった。
(自分でやったら怒られて謝りに行かされるのに、白蓮のはむしろみんな喜んでるみたい……そう見えるのかしら)
 だとするとぬえにとって面白くないはずだ、それどころか溝を深める形になりかねない。
話の軌道をこちら側に変えるのも……難しいだろう、こちらの件は説明があったから問題ないと片づけられている、蒸し返すのも妙な話だ。
 マミゾウはどう見ているのだろうと幽々子は様子を窺った。 程無くして視線が合った所でちらちらとぬえの方へ目を動かす。
「……話の途中で済まぬが、少し幽々子を借りていくぞい」
 少し考えてからマミゾウはそう言った。
「どうされました?」
「こやつが白蓮ではないと確信した理由をはっきりさせてみたくなったのじゃよ……ここで別の話をするわけにもいかんしのう、お主らは白蓮の事を聞きたいじゃろ? ほれ、ぬえも後学のためについてくるのじゃ」
 有無を言わさずマミゾウはぬえを引っ張る。
「引っ張らなくたって行くってば!」
「じゃ、ちょっと失礼するわね」
 幽々子も立ち上がってお辞儀をするとマミゾウについていった。

「して、儂らに用でもあるのかの?」
 外へ出るなりマミゾウは幽々子に訊ねる。
「どういう事?」
「儂らの方を盛んに見ておったのでな」
「それが実は考えてなかったのよ」
「何それ、変なの」
 聞いていれば不満が募るような話から逃れられたからか、ぬえは少し笑った。
 この様子だと幽々子へは特に良くない感情は持っていないと見える。
「マミゾウさんからぬえに話しておいてくれたの?」
「うむ、たった一度夕食に同席しただけで心配してくれて気遣ってくれたのだ、と」
「そう、有難う」
 幽々子はぬえに近寄ると、手を握った。
「何?」
「あの話は貴女には面白くないんじゃないかと思ったのよ。 貴女の悪戯は怒られるのに白蓮の悪戯は喜ばれてるっていうんじゃ、聞いてて嫌でしょ?」
「……そうね」
 図星だったらしくぬえは口を尖らせる。
 ……注意されると思っているのだろうか。
「マミゾウさんが外へ連れ出してくれてよかったわ、私の方からはそんな理由もなかった事だし」
「なんじゃ、てっきり話す事が浮かんだのかと思ったのじゃが」
「そうねぇ、この際だし何か考えようかしら」
 片方の空いた手で口元に指を置いて宙を見やり、うーんと考える幽々子。
「……貴女は今回の白蓮みたいに、悪戯したけどなんだかみんな興味津々って感じになってたらどう思う?」
 そう聞いて今度はぬえが考え始め、すぐに結論を出した。
「多分、そうなったら……なんか違うって思う」
「それはきっと、貴女も悪い事だって思ってるからね」
 ぬえは反論できずにうつむいてしまった。 幽々子は頭を撫でて続ける。
「どうせやるなら、人を喜ばせる悪戯なんてどう?」
「……たとえばどんな?」
 ぬえは顔をあげた、そして再び幽々子が考える。
「そうねぇ……料理に使う山菜を採ってきたって袋を見せて中身は土くれ、怒られる前にちゃんと採ってきたのを見せてみる……といった所かしら」
「……それなら、出来るかもしれない」
「出来るかも、どころかうってつけなのではないか?」
 何か思いついたような笑みを浮かべるマミゾウ、その表情を見て意図を察したのか、ぬえは空いた方の手でポケットを漁った。
「あら? それは……」
 つまむようにして取り出したのは幽々子の扇子だ。
「ぬえは正体を解らなくする能力を持っているのじゃよ」
 マミゾウの説明と共にぬえの持つ扇子がきれいな小石に姿を変える。
「これが「石」だって事を解らなくした事で、「ポケットに入れて持っているもの」って思い込んで見えるようになったの。 だから、これを使って今の話みたいに山菜を採ってきたって言って「山で採ってきたもの」と見えるようにすれば……」
「別に土くれ入りの袋なんか用意しなくても出来ちゃうって事ね、確かにうってつけだわ」
 たまたま真っ先に思いついた食べ物、それも命蓮寺の精進料理絡みの事が丁度良い例だったようだ。
「そんな風に、誰かを怒らせたりするだけじゃなくて、怒らせてもその後で喜んでくれるような事をすればみんな褒めてくれるんじゃない?」
「……うん、やってみる」

 あまり長居をして修行の邪魔をするわけにもいかない、と、一刻に満たない間に幽々子は妖夢と共に命蓮寺を後にした。
ついでにと里に寄った二人だが……
「? どうされました? 幽々子様……」
「変わった人が居るわねぇ」
 いかにも買い物中といった風情で手提げ袋を手に歩いている烏帽子姿の人物。 しかも何やら落ち込んでいる様子で肩を落としてとぼとぼ歩いていてとても目立っている。
「ああ、あの方は……」
「妖夢の知り合い?」
「神霊の異変の時に豊聡耳神子さん達と一緒に復活された物部布都さんですね、神子さんに仕えておられるそうですがこんな一面もあったとは……」
 服装こそ浮いているが何故か買い物をしている姿が似合うような気がした幽々子、どことなく苦労していそうな雰囲気があるように見えるからだろうかなどと考える。
知らぬ仲ではないからか妖夢が近づいて行く、幽々子も後に続いた。
「こんにちは、布都さん」
「おお、お主は……尸解仙でもなく仙人でもなく……」
 中途半端にしか覚えていないらしい、懸命に思い出そうとする布都。
「半分人間で半分幽霊の妖夢ですよ」
「そ、そうであったな……すまぬ、仙界に居てばかりでどうにも……と、こちらは?」
「白玉楼で妖夢の半分を管理してる幽々子よ、よろしくね」
「すると妖夢の主か、妖夢と会った事があるというのに思い出せず申し訳ない」
 布都が疑問符を浮かべそうな言葉を選んだ幽々子だったが、そこを気にするよりも妖夢の名が浮かばなかった事を詫びられた。
「なんだか落ち込んでるように見えたけど、何かあったの?」
「太子様が時折里に出ては人々に助言を与えるなどしているのだが、身分を明かさずにいるせいか覚えられ方に問題があってな……」
 里に現れて助言をする……幽々子も聞いた事のある比較的新しい噂の人物と一致した。
「十の話を同時に聞き、しかも的確な指示を出すという謎の賢人っていうのが貴女の主?」
「いかにも」
 布都は誇らしげに答えたがすぐに落ち込んだ様子に戻る。
「……にも関わらず、「戯れは終わりじゃ」の人などと呼ばれているようで……」
 そういえば一人で買い物に出て香霖堂を目指そうとしていた際に子供達が「戯れは終わりじゃ」「やってやんよ」と叫んでいたと幽々子は思い出す。 よく解らない凄い人の、それも特徴的かつ遊びの場で使いやすい言葉とあれば子供が真似たがるのも道理と納得した。
「貴女の主はどう思っているの?」
「特に気にされてはいないようだが……かつて国の中枢を担ったお方が斯様な扱いを受けるのが我慢ならず……」
「貴女がそう思っている事は知ってる?」
「我が主は人の欲を聞く事が出来る、「まともに覚えられてきちんとした扱いをされるようになってほしい」と思っている事は確実に筒抜けだ」
 里の人々の手助けをしつつもその正体を明かさず、いまいち名前や詳しい人物像が定着しておらずに布都からは不名誉だとするあだ名で呼ばれているが本人は気にしていない……あまり目立ちたくないのであれば布都を宥めているのだろうがこの不満な様子を見るに布都へもフォローはしていないようだ。
一体何をしようとしているのだろうと幽々子は興味を持った。
「それでも本人が知名度を上げようとしないのなら、何か思う所があるんじゃないかしら?
 貴女は主の事を知られるようにって何かしてるの?」
「太子様が何もなさらぬ以上我もそれに従う他ない、故に太子様が里へ出た後少し間を置いてこのように買い物をしながら評判を聞いている程度だな……」
 本心を言えば自分の主は凄い人物だと喧伝して回りたいくらいなのだろう、ただ評判を確認する程度で表だって動けない悔しさを布都はにじませている。
「もしよければ貴女の主に合わせてくれない? 話を聞いて興味を持ったの、是非お話しさせてもらいたいわ」
 幽々子の申し出に布都は少し考えてから答えた。
「……では、仙界へ案内しよう」

 神子達は仙術を用いて作った空間・仙界に道場を構えて住んでいるという話だった。
その道場の奥、応接室といった風情の部屋に通されて布都は神子を呼びに行った。
「この部屋……使ってるのかしら?」
 道場はとても大きくきらびやかなつくりをしている。 しかし幽々子の疑問は広大すぎて使われていない部屋があるのでは、という事ではなく、仙界へ通じる扉を開かねばならない以上はその術を持たない者は訪れる事が出来ないという点によるものだ。
「用意してあるからには誰か招いてここで話したりしてるのではないですか? 今回の私達みたいに」
「里の人達だけ、なのかしらねぇ」
「どういう事ですか?」
 幽々子は目の前の机に頬杖をついた。 人の家――と言うにはいささか変わった場所だが――に招かれたというのに、見つかっては失礼だと妖夢は止めようとしたものの、幽々子が何か考えている様子なのを見て踏みとどまった。 布都はまだ呼びに行ったばかり、戻ってくるまでしばらくかかるはずだ、少ししたら止めれば良い。
「ここの人達がうちや紅魔館みたいに、以前異変を起こした面々と付き合ってるって聞かないのよね」
「道教を学んでいる方だそうですし、修行に一生懸命なのでは? 普通には入れないこの空間じゃ尚更外と接点がないでしょうし」
「その合間には里で助言で他と付き合ってる暇がないといった所かしら」
 そう言うと幽々子は机に預けた身を起こし、居住まいを正した。
「いずれにせよ、話してみれば解る事ね」

 少しして部屋に二名の人物が現れたが布都は一緒ではなかった。
「初めまして、私が豊聡耳神子、こちらは蘇我屠自古です。 布都はお茶の用意をしております」
 風変わりな耳当てと髪型、しかし奇人の類と思わせるような雰囲気はなく、それどころか自信・実力・気品……そういったものを幽々子は感じた。
「白玉楼の西行寺幽々子よ、急にお邪魔してごめんなさいね」
「いえ、ここは場所柄訪れる人も居ないようなものですからね、有り難い事ですよ。 布都の不満について相談に乗って下さったそうですね」
 布都から声をかけられた際に訪問の理由も聞かされているようだ。 丁度その点に興味を持って訪れている、すぐに話に入れるのは幽々子には有り難い所だった。
「相談、という程でもないんだけど……不満があるのだと知ってて何もせず、貴女の事を里のみんなにきちんと知ってもらいたがってるのを止めてもいないのはどうしてかと興味を持ったの」
 欲の声を聞く能力の持ち主だと布都は言っていた。 「興味を持った」のだからこれは声として聞こえていただろうと思い幽々子は正直に言葉にする。
「過去の功績を誇ってもここでは役に立たないと思っているのでかつての身分を明かしていません。 そして布都の事なのですが……」
「何か難しい事情でも?」
「ええ、過去の功績をというくだりは、私達が生きていた時代・場所とこの幻想郷では、世の在り方が違うからと私は思っています。 ここでは人と妖怪が単に敵味方ではなく共存している上に、更には神までもが身近に、目に見えて存在している……その妖怪との共存という部分が難しくてですね、布都は妖怪を嫌っているんですよ」
 妖怪撲滅を掲げている聖人という噂もあったが、言葉の通りであれば今は共存路線に賛同しているようだ。
 実際妖怪撲滅と動こうものなら、まず紫が霊夢を動かすなどしてもう一度異変として解決されるか、事が重ければそれどころで済まなくなる。
 ある程度幻想郷で過ごしているのだからそれは把握しているだろうと幽々子は判断した。
「幻想郷はこういう場所だから、って貴女から思ってる事を説明しても駄目なのね」
「恐らくは私の扱いについてと同じ様な事になるでしょうね、私が言うからには従わざるを得ないけれど納得は出来ない、と」
 どちらにせよ納得出来ないのなら火種にならないこちらの方がまだ良いという事かと幽々子は納得した。 一方、神子は屠自古の方へ向き直る。
「布都の所へ行って適当に引き延ばしておいて下さい、今の話で同席させられませんので」
「解りました。 少し長くなりそうですし一緒に里で何か買ってくるように致しましょう」
「お茶菓子買うなら羊羹お願い!」
「羊羹ね、解ったわ」
 ちゃっかりと要求する幽々子、屠自古は立ち上がって一礼して部屋を出て行った。
例の評判店のものをというつもりだったが果たして通じたのか、気にはなるもののそれを考えている場合ではない。
「……やるべき事は単純よね」
「と言うと?」
「妖怪の友達を作ればいいのよ」
 事も無げにそう答えると、神子は興味深いといった顔をした。
「随分と簡単に言いますが、どういった案をお考えで?」
「その前に一つ確認させて。 貴女達は私の所の白玉楼だけでなく、紅魔館や永遠亭といった各地と付き合いがあるという話は全く聞かないけど、それは今話した事情があって交流を持ちたいと思っているのに踏み切れないでいると受け取っていいのよね?」
 幽々子は浮かんでいる案を述べる前に確認した。
 大抵どこも構成に妖怪が含まれていたり、或いはすぐそばに妖怪が居る……布都が関係者といざこざを起こす可能性があって控えていただけかもしれない。
「そうですね、特に命蓮寺の白蓮さんとは一度じっくりお話したい所です」
「あら? どうして彼女と?」
 命蓮寺といえば妖怪のために開かれた寺、布都からは相当危険に見えそうなものだが神子は敢えて名指しした。 その表情は明るい。
「私が行った戦勝祈願を始まりとする宗派の総本山……その中興の祖と呼ばれた高名な僧侶が彼女の弟、という繋がりがあるんです」
「もしかしたら崇められたりするかもしれないわねぇ」
「そんな間柄でもここでは友になれるかもしれない、凄い事とは思いませんか?」
 言葉も熱を帯びている。 布都の手前、思ってはいたが動く事も出来ず口にもしていなかったといった所か……
「素敵な事ね……そういう事なら尚更、貴女達と命蓮寺は交流を持って友達になるのが一番だと思うわ」
 その様を見ると幽々子の方も上手く仲を取り持ってやりたいという意識が芽生えた。
「私としては第三者の仲介など、協力を得なければ難しいと思いますが」
「ええ、そこは丁度やったばかりの悪戯をね。 命蓮寺の方は、ぬえが貴女達を危険視してマミゾウさんを呼んだのよね?」
「そうですね、実際に争うような事は起こっていませんが」
「マミゾウさんは貴女達が危険かどうかを見極めようととりあえず会って話をしてみたいと思っているでしょうけど、ぬえは敵視している、貴女の所の布都と似た状況ね、だから……」
 幽々子は一拍置いて、閉じたままの扇子で妖夢を指示す。
「布都とぬえ、二人を妖夢に化けさせて私についてくるようにして「敵情視察」と互いに実情を見てもらえば、少しはいい風向きになるんじゃないかしら?」
「命蓮寺で人間と妖怪が共に過ごしている様を見れば布都も態度を軟化させるかもしれませんね、それから話せば納得してもらえそうです」
 里でも日頃から妖怪が訪れていたり、妖怪専相手門店の店すらあるため共存している様を布都も知らないという事はないが、神子が命蓮寺の内情を見せる事に賛意を示している辺り、妖怪への敵愾心のあまり敢えて見る事を避けて、知りたがっていない可能性もあると幽々子は想像する。 いずれにせよ一種荒療治じみた手だ。
「じゃあこの方針で行くとして、布都と屠自古が戻ってきたら世間話でもしましょうか」
「命蓮寺のぬえさんを連れてきた際に布都に同席してもらって、命蓮寺と交流を持ちたいと思ってる旨を貴女に、ひいてはぬえさんへと話しつつ、里に現れて助言をする人物は白蓮さんと付き合いのある豊聡耳神子であると伝われば「戯れは終わりじゃ」の人ではなくなると布都に話す事が出来る、といった寸法ですね」
 世間話でも、とだけ言った幽々子に対して神子はまるであらかじめ考えていたかのように淀みなくその意図をくみ取って返す。
或いは外部の者の協力を得られた際の手段として考えていた事の一つなのかもしれない。

 しばらくして戻ってきた布都・屠自古からお茶が振る舞われ、幽々子と神子は他愛のない話に終始し、帰り際に幽々子は布都から仙界にいる神子と空間を超えて会話を行える術を施した道具を受け取った。
話が進展していなかった事に不満げな布都にはいきなり訪ねて核心を突く話もしにくいので今回は親睦を深めるため世間話をしただけで、後日すぐまた来て改めて本題を出す、と話しておいた。

「幽々子様は神子さんの話した事が全て事実と思われますか?」
 仙界を出て元いた場所に戻ると妖夢がそう訊ねた。 何かを疑っているというよりは興味本位らしく表情や声音は暗くない。
「何か打算はあるんでしょうけど、陰謀を持ってる事はなさそうだと思うわねぇ」
「何故です?」
「もし仮に命蓮寺と仲良くしたいというのが建前で裏に別の狙いがあるとしたら……彼女は聖人であり元政治家、やるとすれば以前の噂の通りの妖怪撲滅、そして人々が安全に暮らせる世の中にって所だろうけどそれが出来るわけがない事はとうに知っているはずよ」
 妖夢の質問は幽々子にとっても状況を再確認する良い機会だ。 続けて考え、整理する。
「出来るわけがないと共にするべきでないとも考えたでしょうね、里では人間と妖怪が仲良くしてる部分だってある事だし。 昔自分が生きてた頃とここは違うとも言っていたわ、それは多分妖怪との共存、妖怪をも含めてその上に立つ為政者になろうとしてるのか、なってもいいと思ってるか、過去の功績を利用していないのだから後者かしら。 命蓮寺はその上でどう動くにせよ足がかりになるし、仲良くなって損はない。 ……でも、「和を以て貴しと為す」を第一条に掲げた人物があの熱の篭った言葉を今後を見据えた打算のためだけの演技でやったとは思いたくはないわね、話していた事は全て事実だと思いたいわ」
「幽々子様に正直に話しているとしか思えない言い方をしていたのは何故なんでしょう」
「布都に何もしないのはなぜか知りたいとか、布都の不満を解消させたいとか、命蓮寺と仲良くなれるようにしたいとか、そういう欲が聞こえたんでしょうね」
 あとお菓子食べたいとか、と、胸の内で付け加える幽々子。
「ぬえの事も心配されていましたよね、今回の幽々子様はやけに人のために動きますね」
「これが上手く行ったら命蓮寺も神子達もみんな仲良く出来て楽しい事になるじゃない。 そのためならひと肌脱ぐのもやぶさかではないわよー」

 二人は再び命蓮寺を訪ねた。
ぬえは先程提案した喜ばせる悪戯のために出かけたかとも思えたが、折よくマミゾウと共に境内に居た。
「二人に朗報よー、帰りに里に寄ったらね、ここの地下から甦ったっていう人と会ったの」
「豊聡耳神子らと、か?」
「ええ、あそこの布都が里で買い物してて、里での主の評判について悩んでるって話で、ちょっと話を聞かせてもらおうと彼女達の住んでる仙界に連れて行ってもらったの。 今回は世間話だけで終えたけどまた行く事になってるから、そこで私が白蓮を演じたみたいに妖夢になってもらえば敵情視察が出来るというわけ」
 幽々子の説明を受けてマミゾウはニヤリとしてぬえを見た。
「妖夢に、か……それならぬえが行くしかあるまい」
「え? 私?」
 マミゾウの方が行きたがると思っていたのかぬえは意外そうな顔をする。
「儂自身の変身では見破られる恐れがあろう? アリスの魔法ならば彼奴らも馴染みのないものじゃ、きっと大人しくしておれば無事に済むが、白蓮と幽々子は同じ服を用意して顔と声だけ変えておった。 その手段で儂が妖夢になるのは無理じゃな」
「じゃあ決まりって事でいい?」
 ぬえを連れて行く事が目的の半分、マミゾウが後押ししてくれているのを見て幽々子は流れを決めようとした。
「己を知り敵を知れば百戦危うからず、対抗しようと思うのであればこの機を逃す手はないのう」
「うー……じゃあ、行くよ」
 更にもうひと押しで、ぬえも少し渋々といった様子だが同意した。
「決まりね……妖夢、ぬえと一緒にアリスの所へ行って準備をお願いしてくれる?」
「幽々子様はどうされるので?」
「白蓮にも話しておかないといけないし、先に行っててほしいのよ」
「解りました」
 妖夢とぬえがアリスの家を目指して飛び立つのを幽々子はにこやかに見送る。
「彼奴らは命蓮寺を含め妖怪を敵視しているのではないと?」
 二人が離れて行ってからマミゾウはそう問いかけてきたのを受け、幽々子は神子から聞いた話と布都の事を説明した。
「ぬえが彼奴らを危険視しておる事と布都が妖怪を嫌っておる事を解消しようというわけか」
「それにぬえが志願して私についてきた事にして、ぬえから寺のみんなに聞いた事を伝えてもらえば手柄にならない? 私は布都の、神子が里で「戯れは終わりじゃ」の人呼ばわりされてる不満をなんとかしようとしてただけって事にしておいて、布都が妖夢の姿をしたぬえにだけ命蓮寺と仲良くしようとしてる意思があると話したって事にしてもらえば、ぬえが持ち帰った情報がきっかけで交流が出来た、となるわね」
 幽々子の表情は明るいものではない、上手く行けば一石二鳥ではあるが神子達の協力が不可欠だ。
「口裏を合わせてもらう必要があるのう、そう上手く行くか?」
「まず布都をこっちに連れてきた後にどうなるか次第ね、命蓮寺の実情を見てもらうという事を神子は反対してなかったから多分大丈夫でしょうけど」
「村紗が三途の川で舟を沈めようとちょっかいを出す事もあるのは隠しておいた方がよさそうじゃな」
 マミゾウの言葉に幽々子は目を瞬かせる。
「それってぬえよりよっぽど重大な悪戯じゃないの?」
 ぬえの場合は聞く限りでは子供の悪戯といった程度の次元だった、それとは迷惑さが明らかに上だ。
「白蓮は知らんしのう」
「……まぁ、それよりも今は目の前の問題ね、白蓮にもぬえと布都の事を話さないと、ところで……」
「まだ何かあるのか?」
「いいえ、何かある、という程の事ではないのだけど」
 真面目な話は終わりとばかりに幽々子は明るい表情をマミゾウへ向けた。
「妖夢とぬえは打ち解けられると思う?」
「……お主欲張りじゃな」

「何度か顔を合わせてはいますが落ち着いて話すのは初めてですね」
 空を飛び、アリスの家を目指しながらなので「落ち着いて話す」という状況には少し無理があるとも言えるが、二人でじっくり話せる状況には違いない。
「そうね、貴女は白玉楼で幽々子と暮らしてるんだよね?」
「ええ、そうです。 あと幽霊もたくさんいますけど大体私にあれこれと思いつきで指示をしてきますね」
「ふーん、白玉楼での幽々子ってどんな感じなの?」
 何故か世話を焼いてくれてるようなので気になっているのだろう、ぬえは早速幽々子について訊ねてきた。
「何か食べてたり、退屈しのぎを思いついて私に何か言いに来たり、何か食べてたり、縁側でお茶を飲みながら私の庭師の仕事を眺めていたり、何か食べてたり、仕事してたり、何か食べてたりしてます」
 甘いものを頻繁につまんでいる様は妖夢としてはうらやましくもあった。 半分人間である妖夢と亡霊の幽々子との間には決定的な違いがある。
「食べてばかりじゃない。 亡霊なのに?」
「楽しく過ごす事とおいしいものを食べる事を大事にされてますから」
 時として生きている人間よりも生き生きとしていると思う事すら妖夢にはあった。
「悪戯もするんだって?」
「私を驚かせるような事が多いでしょうかね、悪戯といってもよそに手を出して尾を引くような事は基本的に無いです」
 きちんと後からお詫びをしたり、或いは悪戯の内容が落として持ち上げるタイプだからか、幽々子がよそへ向けて何かしても疎ましがられているのを妖夢は見聞きした事がなかった。 今回も命蓮寺の面々からは好意的に受け取られている。
「悪戯されたら幽々子を怒るの?」
「場合によっては怒る事もありますが、大事にされてるとよく解ってますからその場限りですね」
「大事にされてる……」
 思う所があるようでぬえは俯き気味になった、落ち込んでいるようにも見える。
「何か気になる事でも?」
「私は命蓮寺ではそうは思えないんだよね……」
「白蓮さんやマミゾウさんは外部の私から見ても貴女を大事にしてると思いますけど」
 妖夢から見れば二人共保護者然としていて、特にマミゾウの方は顕著にそう思えた。
「他のみんながね、相手してくれないし何か悪戯すると叱ってばかりだし」
「その、他の皆さんとは命蓮寺で知り合った方なんですか?」
 その言葉にぬえは首を横に振る。
「違うよ、村紗と一輪は地底に封印されてた頃からの知り合いだもん」
「つまり古くからの友達という事ですよね」
「友達……そうかもね」
 いまいち曖昧な返事に妖夢は内心首をかしげたが、以前は相手をしてくれないという事も無かったようなのでそのまま続けた。
「でしたら、大事にされてないなんて事はないのでは? 地底にいた頃とは違ってお寺での生活、修行していれば忙しくて相手出来ない事もあるでしょうし、白蓮さんのためにも悪戯したのを放ってはおけないのでしょう」
「白蓮のため? なんで?」
「貴女の悪戯を止めなかったら、命蓮寺は……言い換えれば白蓮は悪戯っ子の管理もちゃんとしないのか、と思われて悪評が広まり信者や訪れる人も減るかもしれません」
 幽々子が白玉楼の主らしからぬ行動をする事が少なくないためこういう観点は妖夢も多少心得ている、ぬえは納得したように見えた。
「白蓮のため、かぁ……」
「なんだかすっきりしたって顔ですね」
 差し出がましい事ではないかという意識があった妖夢だが、ぬえの表情からすると役に立ったらしい。
「んー、ちょっとは私もって思ってね、丁度幽々子から提案もある事だしまずはそれを試そうとしてた所だけど」
「幽々子様が?」
 昨日皆が帰った後に話した限りではぬえの様子が気になってマミゾウと少し話をしたという程度にしか聞いていない妖夢、聞かされていない事があるのだろうかと思ったが……
「うん、どうせ悪戯するんなら喜ばせる悪戯をしてみたらどうかって、さっき言ってたの」
 その提案があったのは今日の命蓮寺訪問一度目での事、寺の面々を前に白蓮の変装の事を話していた妖夢が知らないのも当然の事だった。
「何か案も挙げられてたんでしょうけど、どんな内容でした?」
「山菜採ってきて、成果を見せる前に土の入った袋を出してみろってさ」
「食べ物絡みとは幽々子様らしい……」
 一旦落としてから持ち上げる形である所もいかにもだ。
「悪戯して悔しがる相手を見て楽しむだけだったから、そういうやり方もあるのかーって思ったねー」
 そういう事ばかりしていたのなら、迷惑をかけてただそれだけではなくなれば皆からの扱いもぬえから見て冷たいとは感じないものになるのではないだろうかと妖夢は思った。
「まぁ、家族みたいな人達相手に悔しがらせるのも難ですし、喜ばせる悪戯というのは私も勧めたいですね。 私は悪戯はしないので特に案はないですけど」
「家族?」
 妖夢の言葉にぬえは首を傾げた。
「? 私と幽々子様のように主従関係でなく、同じ場所に住んでいて付き合いも長い方もいるのでしたら、家族のようなものでは?」
「そう考えた事はなかったなぁ……家族、かぁ……」
 先程の「友達」のくだりといい他者と距離の近い言葉にぬえは実感が湧かないらしい、妖夢は気になったが、軽々しく訊ねてはいけないように思えて自ら触れはしなかった。

 アリスの家に着くと魔理沙と二人で出迎えられた。
「お? 幽々子は来てないのか?」
「命蓮寺で白蓮さんとお話しされてますね」
「幽々子も白蓮も変装が気に入ってたようだし、もう一回くらい誰か連れてくるんじゃないかと思ってたんだけど、今度は貴女達がやるって事でいいの?」
 二人そろっていたのはアリスのその予想があっての事のようだ、またやる機会があるのなら見逃したくないと魔理沙が押しかけてきていたのだろう。
「ええ、ただちょっと事情が違ってまして」
「ふーん、まぁ、とりあえずあがって頂戴」

 妖夢はぬえを自分に化けさせて幽々子に同行させて神子達の実情を見せる事が目的と、「敵情視察」と物騒な表現を避けて語った。
「なんだ、じゃあ入れ替わるのを見て楽しめないって事だな」
 目的を聞いて魔理沙はあからさまにつまらなさそうな様子を見せる。
「頼めばついていく事は出来るかもしれませんが、先程私がついていった際も幽々子様が話しているのを聞いているばかりでしたから……多分退屈すると思いますよ?」
「聞いてるだけじゃなぁ……ぬえ、お前が行くんならなんかこう、でっかい悪戯して面白くは出来ないか?」
 魔理沙の問いかけに妖夢は大いに焦った。
ぬえが神子達を敵視している言が出れば、怪しまれて引き受けないと言われかねない。
 本当の目的を説明出来ればアリスも引き受けてくれるのだろうが、一度目的の不穏さを理由に否定する流れに至ってしまえばアリスが判断を翻す様はぬえから見て不自然に映る可能性がある、そしてぬえと魔理沙が居る場でその目的を伝える術を妖夢は持っていない。
「幾ら私でもあいつら相手にそんな事しないよ。 それに今回は大人しくしてて情報を得るのが目的なんだし」
「情報ねぇ……」
 敵意をむき出しにしているという程ではなかったが、アリスは不審に思ったのか意味ありげに呟いた。
「妖夢、幽々子は後で来るんでしょ?」
「あ、はい。 先に行っててほしいとおっしゃってましたし」
「どうせ貴女達は教えてもらってない事があるんでしょうから、協力するかどうかは幽々子に話を聞いてから決めるわ。 とりあえずは協力する前提で準備を始めましょう」
 アリスが結論を先延ばしにした事に妖夢は胸を撫で下ろした。

ぬえの体のサイズを測り、妖夢の服のデザインを調べると、アリスは早速作業に入りたいと妖夢・ぬえに申し出た。
「慌しくて悪いんだけど、貴女達だけよこしたからには早めにしておきたいんでしょうからね」
 そう言うアリスだったが、作業を眺める分には問題無いらしく、幽々子・白蓮両名の変装用の服を一日で仕上げたというその手腕に興味のあった妖夢は二つ返事で了承、また、この事を聞いたぬえも同じく見てみたいと賛成した。

作業部屋の隅っこにテーブルと椅子を置いて魔理沙と三名で縮こまって座る、隅に寄せているため少し狭いが邪魔にならないようにしなくてはならないのだから文句は言えない。 ましてや狭いといえど紅茶とクッキーがついているのだから尚更だ。 しかしカップは四つ……この後アリスもここに座るらしい。
 アリスは十を超える数の人形を大きなテーブルの上に置いて、魔導書を手に呪文を唱えている。
 然程長くはかからずに魔導書をパタンと閉じると壁際の机に置き、そこから椅子を取って妖夢達のいるテーブルの方へとやってきた。
魔理沙の隣に座って部屋の隅に四人、ますます狭い。
アリスは手つかずのカップを取って一口紅茶を飲むと、空いた手で人形の方を指さした。
まるで命を吹き込まれたように人形が動き出し、作業を始める。
「これは……」
 作業が早いわけだと妖夢は納得した。
人形それぞれがすさまじい勢いで作業を行っていく。
全てを流れ作業で出来るものではなく単純に人形の数で作業工程を割り算した所要時間ともならないが、アリス自身が行うよりも早いのは確実だろう。
「凄いけど、人形にやらせて大丈夫なの?」
「私が自分でやるのと遜色なく出来るわ、心配はいらないわよ」

 アリスは少しの間同席していたが、話をしつつも紅茶を飲み干した頃に、四人も居ては狭いし後から来る幽々子と話があるからと言って席を離れた。
 ぬえは目まぐるしく動く人形の様子を見て楽しんでいるらしい。 この分なら幽々子とアリスの会話よりもこっちに居る方を望むだろうとそこについては安心する妖夢。
「ぬえはあの寺の地下にいた奴らを敵だと思ってるんだろう?」
 だが先程からもう一つ別の問題が生じているとも言える、不穏な話題・訊ねにくい話題という地雷を平気で踏み抜く魔理沙だ。
ぬえが神子達へ敵意を持ったままで訪問し、彼女らは危険な存在ではないのだと思ってもらう事が目的の一つ、神子達も命蓮寺も、そして幽々子も知る魔理沙がぬえの敵意を氷解させ得る・或いは幽々子についていく気がなくなる言葉を出さないとも限らない。
「うん、妖怪を撲滅するって言ってる聖人だなんて貴女達はともかく私ら妖怪には敵でしょ?」
「その通りなんだったらなんで幽々子はお前を連れていこうとなんてしてるんだ? あいつらの住んでる場所は術で作った空間だろ? なんかあったら逃げようもないじゃないか」
 このように言われては自分がぬえの立場であれば確実に尻込みしてしまうと思った妖夢は横槍を入れる。
「幽々子様の事ですから何らかの理由で危険が及ばないと確信しておられるのでしょう、ぬえの心配をしていた程ですからそこは特に気にかけているはずです」
「そこは大丈夫なんだな? じゃあ次だ、あいつらを敵視するぬえの手伝いをする理由が解らない。 冗談ならともかくこれについてはぬえはこの通り、本気だ。 よその喧嘩を煽るような真似をあいつがするか? って、私すら疑問に思うのにお前はなんとも思わないのか?」
 普段物事の裏側など考えないような直球さで生きている魔理沙がなんとも間の悪い時に妙な鋭さを発揮している。 妖夢は内心慌てつつ嘆きの声をあげた。
しかも自分の主従関係について疑問を呈する形であるためいっそ正直に口答えしたいという誘惑すら鎌首をもたげるがぐっとこらえる。
「いつもの通り詳しくは教えて下さらないんですよ。 ですが、私も魔理沙の思うように対立を煽る目的ではないと思います」
「まぁ、そりゃそうだよな。 アリスは詳しく聞かせてもらえるにしても、お前だって聞かされてない事ならあいつも私には教えてくれないだろうし、用が済んでからだな」
 意外にあっさりと諦めた。
「あいつあれで義理堅いとこがあるしなぁ」
「ふーん、アリスの事よく解ってるって事?」
 そして意外な助け舟、ぬえがからかうようにそう横槍を入れる。
「なんだかんだで結構つるんでるしな、よく、かどうかは解らんがそれなりに解ってはいるんじゃないか? お前で言やマミゾウとか、後は一輪や村紗みたいな奴らかな?」
 矛先が変わったが妖夢は素直に喜んでも居られない、先程気になったものの軽々しく訊ねられないと避けた地雷原の方角へ全力疾走し出す魔理沙。
「多分そうなんじゃない?」
 しかしぬえは軽い調子で答えた。
「多分、って、はっきりしないな」
「私はあんまり解らないけど妖夢が友達とか家族みたいとか言ってたから、多分そうなんじゃないかなって」
 先程のやり取りが功を奏したか、冷たくされてるように思っていた事も緩和されているらしい。
「って、思い出した。 そういやお前私が幽々子と命蓮寺に行った時やけに大人しかったじゃないか、あれなんだったんだ?」
「う、それは……」
 あまり触れられたくないようでぬえは明らかに困った様子を見せた。
「……誰にも言わない?」
 上目遣い気味に魔理沙を見て、消え入るような声で訊ねるぬえ。
「ああ、言わないぜ」
「もし魔理沙がバラしたら速やかに斬ります」
 今しがた困らされた腹いせの意味も込めてそう言う妖夢。
「……だ、そうだ」
「……なんだか、ああいう雰囲気の奴を見ると白蓮の事がちらついてどう話せばいいのか解らなくなるの」
 魔理沙は妖夢の方を見た。 釣られるようにして妖夢も魔理沙を見て顔が向き合う。
「幽々子みたいな奴を見ると白蓮を思い出す……?」
 魔理沙はどういう事か解らないらしい、共通点が見つからないのだろう。
「多分、私達よりも年長者であるという風体と、優しそうな立ち居振る舞いが重なるといった所でしょうか」
「あー、成程な、あいつ黙ってりゃほわほわした優しいお姉さんしてるもんな」
 随分な言い草だが妖夢は返す言葉が咄嗟に出なかった。
「うー……じゃあ、あんたはどうなのよ」
 恥ずかしさに苛まれてかぬえの言葉遣いがやや荒くなる。
「あん? 私?」
「そういう、えーっと、お姉さんみたいなのが苦手とかなんか、ないの?」
 反撃というにはあまりに苦し紛れだが、魔理沙はそんなぬえをからかう事なくうーむと声をあげながら考え出した。
「強いて言うなら真面目な奴かな、ああ、妖夢や白蓮の事じゃないぜ? 真面目で、しかもそれを押し付けてくるタイプの奴だな、それもしつこく何度もなら、だが」
 やけに予防線を張りつつ具体的になっていく。 誰かをはっきり思い浮かべているかのようですらあった。
「真面目かぁ、そういうのは私もあまり……」
「じゃあ妖夢はどうだ?」
「妖夢のはいいの」
 至極あっさりと許された。
「まだ実害がないからそう思うだけかも知れませんよ? 例えば白玉楼に悪戯しに来て私が怒ったらどうです?」
「とりあえずさっきの話があるから帳消し」
 取った行動がぬえにとって良し悪しどちらかで加算減算されていく仕組みなのだろうか、先程の話から、単に嫌がらせとなる悪戯はこれまでより減る……だろうと思いたい妖夢だった。

しばらくして作業部屋にアリスが幽々子を伴って現れ、話を聞いた結果協力する事にしたと告げられた。
 幽々子は布都から受け取った道具で神子に連絡し、翌日白玉楼に仙界への扉を開いてもらう事になり、それに合わせてぬえとアリス――ついでに魔理沙も白玉楼で待機しておく手筈となった。

翌日、朝の早いうちからぬえとマミゾウが白玉楼に現れ、少し遅れてアリスと魔理沙が到着した。
「ついていけぬとはいえども寺で送り出して待っているだけというのも忍びないのでな」
 というマミゾウの言に
「ああ、全くだな、どうなるか気になるってのに家で待ってるだけは耐えられないぜ」
 と魔理沙が違う理由で同意していた一幕もあったがそれはさておき、面子が揃うとアリス・ぬえは素早く準備を整え、幽々子と変装した「妖夢」ことぬえが庭に仙界への扉を開いて現れる布都に備えて縁側で待機を完了。
 残る面々は白玉楼の一室で結果待ちだ。

 しばらくして現れた布都に招かれて幽々子と「妖夢」は仙界へと入った。
幽々子からぬえへ、堂々としてそれでいて大人しくしていれば大丈夫だと言ってある、その甲斐あってぬえにとって敵地ではあるが力んでいる様子もなく、むしろ道場の見慣れない物品への興味を抑えるのに苦心しているようだ。
 昨日神子達と話した部屋へと通され、そこには既に神子・屠自古がいた。
「昨日も来たばかりだというのに悪いわね」
「いいえ、構いませんよ。 今日は違う話をしに来たようですね」
「ええ、元々は布都の悩みについて訊ねたくて来たの。 何故里の人達にちゃんと覚えていられないままでいて、そういう扱いを受ける事に不満を持った布都を放っておいているのかとね」
 幽々子の言葉を受けて神子は布都の方を向く。
「布都、彼らに私が認知されるという事は即ち妖怪との関わりを避けられないという事になります。 そうなれば貴女も妖怪を毛嫌いしてばかりではいられない。 それを自ら認めて考えを改めて欲しかったのですが」
「で、では謎めいた人物として振る舞っておられたのは我を気にかけて下さっていたと?」
 布都は驚きの表情を浮かべて愕然としている。
昨日の話では神子から布都へ直接この話をするのは命蓮寺へ潜入させてからという事になっていたが、打ち合わせを反故にする形だ。
しかし妖怪嫌いを改めろという言は即ち妖怪と付き合いを持つ事になる点に否定的ではない、幽々子は成り行きを見守る事にした。
「いずれは妖怪も含めてきちんと交流を持ちたいと思っていたので全て貴女のためではありませんが……最初から方針を伝えていても貴女は納得できなかったでしょう?」
「なんということだ、太子様に遠慮を強いていたとは……」
頭を抱えてしまった。 布都の考えの整理を待つためか、神子は数秒程黙る。
「さて、それではもう一つの本題です。 私は復活した当初は、生きていた頃の世に倣い妖怪を殲滅すべきとも思っていましたが、少しこの幻想郷で過ごして考えを改めました。 ここでは「妖怪は人間を襲い、人間は妖怪に怯える」というかつての世に近い仕組みがあるそうですが里の様子を見るにそれは形骸化しているとしか思えません。 かつて掲げた「和を以て貴しと為す」の言葉通り、妖怪とも交流を持つべきと今は思っています。 但し友好的であればですが」
 神子は幽々子よりも「妖夢」に視線を向けている。 それに気付いて幽々子も「妖夢」を見た。
ぬえにとっては衝撃的な内容だった事だろうが「妖夢」の表情に変化はない。
「そこで私が一番興味を持っているのが……私が行った戦勝祈願を始まりとする宗派の、総本山の中興の祖と呼ばれた高名な僧侶の姉……そう、白蓮さんです。 そういうわけですので帰ったらお宅の下にいた寝坊助が仲良くしたがってたとお伝え下さい、ぬえさん」
 幽々子ではなく、更に「妖夢」でもなく、ぬえに名指しでそう言う神子。
「妖夢」はびくっと体を震わせたが、ここにいるのはぬえではなく妖夢だと思わせたいのか懸命に真面目な顔を維持して声一つあげていない。
「……もしかして昨日の私と妖夢の話聞いてたの?」
「はい、盗み聞きするつもりはなかったのですが、うっかり例の道具が常に作動している状態になってしまっていて全部漏れてました」
 悪びれる様子もなく神子はいけしゃあしゃあと言い放つ。
「信じたいとは仰っていましたけれど信じるとまでは行かなかったので少し意地悪を、というわけです」
 確かにマミゾウや白蓮への根回しが無駄になって面子を潰されたとも言えるが……
「気を悪くしたかしら、ごめんなさいね」
「いえ、こちらこそ」
「私は構わないわよ、上手く行くのなら手っ取り早い方がいいわ」
 言葉の通り、気にしていない幽々子だった。
「でしたら、お互い水に流すと致しましょうか」
「ええ、腹を探るだの相手の出方を見るだのは無しで行きましょ。 とりあえず、ぬえ、もう我慢しなくていいわよ」
 真面目な顔で固まったままの「妖夢」を撫でる幽々子。 それを受けて我に返ったような顔をした。
「ちょっと思ってたのと違い過ぎて混乱してたわ。 貴女達は妖怪の敵じゃないんだね?」
「はい、平和的な関係を築けるのであればそれに越したことはありません」
 それを聞いて「妖夢」は安心したように大きく息をつく。
「話に割って入って訊ねるわけにもいかずに見ていたが、お主は妖夢ではなく誰ぞ妖怪が化けておるのだな?」
 布都が訊ね、「妖夢」が頷いた。
「私は命蓮寺の封獣ぬえ、正体不明が売りの妖怪よ。 今回は妖怪の術で姿を変えるんじゃ貴女達にすぐ見破られそうだからって別の方法でやってるけどね」
「布都、いい機会ですし少し話をさせてもらっては? 見た目が妖夢さんで多少は話しやすいでしょうし、見方を変える第一歩には丁度いいかと」

 ……こうして妖怪寺とも呼ばれる命蓮寺と、その地下から甦った聖人達は衝突する事なく互いに交流を持った。
白玉楼を会場に宴会が行われ、各々親睦を深めて一件落着となった。
 時折白玉楼にぬえや布都・屠自古も現れるようになり、妖夢にも新しい友人が出来た、幽々子にとっても嬉しい結果だったと言えよう。

後に命蓮寺に冥界の亡霊姫がそこそこの頻度で訪れていると文々。新聞が報じたが、「確かに遊びに行く事もあるけど、そんなに何度も行っていない」と幽々子は否定している。
振り出しに戻って白玉楼のターン。
どこに違いがあって、「変装異変」の展開とは別の流れになったのか……は、一目瞭然である事でしょう。

余談ですが、戦う場面における妖夢の攻撃は、「不良天人の汚名返上(?)」の際の対椛もそうですが、非想天則での通常技や必殺技モーションを意識してます。
HYN
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コメント



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前半のコミカルな展開を、命蓮寺と仙界道場の和平へ流れを作り、綺麗に終わっていてよかったです。
ほんわかとして、しかし飽きない展開でしたが、少し文章が詰まり気味に感じました。
言うべきところがあるとすればその一点だけです。良い作品をありがとうございました。
最後に誤字報告させて頂きます。『妖怪専相手門店』→『妖怪相手専門店』でしょうか。
6.100名前が無い程度の能力削除
求聞口授より後って設定ですか・・・ちょっと首をかしげるところもあったけれど
全体的にまとまっていたし、神霊廟と命蓮寺が友好関係を築く結末で終わった
点も無理な表現がないため受け入れやすいです。ただ、落ちが少し弱いかなぁと。
前後編に分けてもう少しに詰めてもいいのではないでしょうか。