Coolier - 新生・東方創想話

歩け! イヌバシリさん vol.8(終)

2013/01/12 16:47:09
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ついに投票日を迎えた。

「いよいよ今日だね」
「待ちくたびれたよ」

守矢神社。
鳥居の下に神奈子と諏訪子は居た。
午前中から重鎮たちが投票のために会合所へ集まるため。天魔と大天狗が不在になるこの時間に地鎮を行おうと決めていた。

「お待たせしましたー」

仕度を終えた早苗が玄関から出てきて二柱に手を振る。

「おい、どういうことだ?」

早苗の登場に驚いた諏訪子は神奈子を睨みつける。
近づいて来る早苗に聞こえないよう、声の大きさに気を付けながら神奈子を問いただす。

「私等だけでやるんじゃなかったのか?」
「巫女の力があった方が、確実だからよ」
「どうして私に相談しなかった?」
「したら反対したでしょう? 諏訪子は過保護だから」
「それだけ危険な相手なんだよ」

この状況まで持ってきてしまえば、いくら諏訪子が反対しようと早苗を連れて行くことが出来る。神奈子のその策は見事に成功した。
早苗がもう近くまで来たため、会話はそこで終わる。

「では参りましょうか」
「ああ、期待しているよ早苗」
「お任せください! お清めなんて昔から嫌ってほどやってますから!」

単純に土地の御祓いに行くとだけ言われた早苗は、ピクニックにでも行くかのような軽い足取りだった。

「妖怪の山の皆さんの平和のため、はりきって参りましょう!」

早苗を先頭に、守矢一家は樹海へと歩き出す。

「早苗になんかあったら承知しないぞ」
「そんなに早苗が大事なら、しっかりと番をすることだね。邪魔者が入らなきゃ、無事に成功する」
「で、あの鴉は?」
「文にも、樹海に誰も近づけないよう見張れと命じてある。先に向かわせたわ」











大天狗の屋敷。

「あー気が重い」

おぼつかない手付きで身支度を始める大天狗。
今日の結果が最悪なものになる未来を想像すると、憂鬱にならざるを得ない。
おかげでいつもよりずっと早く目が覚めてしまった。

(時間まだあるし、モミちゃんとこ寄ってから行くか)

食欲が無いことを従者に伝え、朝食を辞退してから玄関に向かう。

「おはようございます大天狗様」
「あら文ちゃん。おはよう」

玄関の戸を開けると、顔に営業用のスマイルを貼り付けた文が立っていた。

「これからお出かけですか?」
「うん。ちょっと野暮用で」
「投票、勝てるといいですね?」
「…何の話?」

動揺を顔を出さないことに自信がある大天狗だが、今の文にそれは通らない。

「惚けなくても良いんですよ? 全部知ってますから。守矢が放火したせいで樹海がダムに沈みそうなんでしょう?」
「なんで知ってんの?」
「取引しましょうか大天狗様」

怪訝な表情の大天狗を無視して、文は鞄を前に出した。

「もしもこの中に、守矢が放火犯の証拠となる写真や音声を録音したテープが入っていたらどうしますか?」
「それはすごいわね。守矢を堂々としょっぴけて、守矢が提案するダム計画は頓挫、守矢には賠償としてこれから作る新しい水路の費用を全額負担させられる」

樹海が守れて、守矢も排除できる。最高の展開である。

「そんな夢のような道具がこの鞄の中に!」
「でもお高いんでしょう?」
「そんなことはございません。大天狗様が今持っているモノと交換してくださるだけで結構です」
「交換?」
「大天狗様、貴女様の地位を私に譲ってくれませんか? 私、偉くなりたいんですよ」
「マジ?」
「ええ、マジです」
「それはちょっと出来ないなー」
「では今まで貴女がやった悪行を全部公表してください。そんで失脚してください。その後釜に納まるんで」
「それも無理」
「じゃあ大天狗様の首で我慢します」

笑顔のままそう告げた。

「えーと、聞き間違いかな? 私の首寄越せって言った?」
「ごちゃごちゃ言ってないで、さっさと切腹してくださいよ大女。介錯してあげますから」

表情を崩すことなく言い放つ。
直後、大天狗を中心として、周囲の温度が急激に下がった。

「取り消してくんないかな?」
「それは切腹に対してですか? それとも大女と呼んだことをですか?」
「両方だ!!」

大天狗は玄関の柱を掴み、まるで割り箸のように軽くへし折って軽々とぶん回した。
文は後方に跳んでそれを間一髪でかわす。

「ダムの投票が終わったら、もう一度返事を聞かせてください。貴女は怖いので椛さんを使いに出してください。椛さんには『あの場所にいる』と伝えれば、それでわかると思いますから」
「今死ね!!」

激昂し、槍投げのように柱を投擲する。
それも寸での所で文はかわした。

「逃がすか!」

新たな凶器として玄関の戸板を掴んだ頃には、文は塀の向こうへ消えていた。













椛の家。
大天狗の屋敷から逃げてきた文は、椛の家の戸を叩いていた。

「誰ですかこんな朝っぱらから…」
「どーも、ご無沙汰してます」
「文さん?」

たった今起きて、寝ぼけ眼のまま玄関を開けた椛だが、文を見た瞬間に眠気が吹き飛んだ。

「今までずっとどちらに行かれたんですか? 心配しましたよ?」
「取材で幻想郷のアッチコッチを。たった今、帰ってきたところです」
「あまり放浪が過ぎると、上層部に目をつけられますよ?」
「そうですね。気をつけます」
「折角ですがこれで」

ようやく会えて名残惜しい気も微かにしたが、今日が投票日ということもあり、誰かとおしゃべりするという気には到底なれなかった。

「まぁまぁ、そう言わず。朝食は食べましたか?」
「いえ、まだです」
「じゃあ行きましょうか。おごりますよ」
「…まあそれなら」

顔を洗い着替えて外に出た。





「ずいぶんと移動しますね」
「良いお店を見つけたんです」
「別に近場で良かったのに」

文に案内されたのは、鴉天狗が大勢暮らす集落である。
周囲の景観から明らかに浮いているハイカラな外装の食堂の扉を文は開けた。
店内には聞き慣れない音楽が流れていた。

「良い雰囲気でしょう? ここの店主がレコードの収集家でしてね。その日の天気や時間帯に合ったBGMを流してくれるんです」
「安くてたくさん食べられれば、あとはどうだって良いです」
「相変わらず現金な方ですね。まあそこが椛さんらしくて素敵ですけど」

テーブルに座ると、文が二人分の軽食を注文した。

「そういえば今日はなんだか、落ち着きがありませんね?」
「いえ、そんなこと」
「そんなにダムの投票結果が気になりますか?」
「ッ!?」

椛は大きく目を見開く。大天狗とは真逆の反応だった。

「なぜそれを? 極秘情報のはずです」
「情報通の私を見くびって貰っては困ります。楽しみですねダム建設」

その発言に、椛は眉根を寄せる。

「気は確かですか? 山の一部が人工物に加工されるんですよ?」
「だって記事の良いネタになりそうですし。いいじゃないですかあの程度の規模。安いものです」
「あの場所が何かご存知ですか?」
「ええ知ってますよ。タン壷にも劣る穢れた場所。この山の恥部です。いっそ無い方が山のためです」
「撤回してください」

聞き捨てならないと文を睨む。

「いくら貴女でもその言葉は…」
「きゃあああぁぁぁぁ誰かああぁぁぁぁ!!」

文が絶叫して店の外へ飛び出す。通行人の腕を掴んだ。

「あの白狼天狗が私に暴力を! 助けてください!」
「はぁ!?」

鴉天狗の集落だけあってか周囲には鴉天狗しかいない。
椛はそんな彼らに一瞬で取り押さえられた。
頭を強く床に押さえつけられる。

「良い眺めですね椛さん」
「どういうつもりです?」

口元を扇で隠して笑う文。
屈んで、椛にしか聞こえない小声で話し出した。

「実を言うと、あそこをダムに沈めるために守矢に色々と情報を渡したのですよ」
「なぜ?」
「これからの時代は守矢神社ですよ? 今の内に守矢に媚を売っておけば、出世しやすいので」
「この裏切者。今まで姿を見せなかったのはそういうことか」

故郷を侮辱され、卑劣な方法で取り押さえられた椛は頭に血が昇り、怒りの感情をただただ前面に押し出す。
その様子を見て、計画通りにコトが進みそうだと文は安堵した。

「これから重鎮達の目を盗んで、守矢と私であの地を浄化します。ちょっと強引な方法でね。邪魔されては困りますので、ちょっと牢屋に入ってて貰えます?」
「ふざけるな!!」
「おお怖い怖いっと」

鴉天狗を振り払おうとする椛だが多勢に無勢、無理矢理立たされ連れていかれた。

「皆さん、危ない所を助けていただきありがとうござました」

椛を取り押さえた鴉天狗にお辞儀をして、店主に多めの食事代を支払い店を出る。

「さて、これで心置きなく…」
「文!!」

はたてが息を荒げながら走ってきた。
ここでの彼女の登場は、まったくの想定外だった。
はたてがこの時間にこの場所を通ったのは全くの偶然である。

「さっきそこで連れてかれる椛を見た! どういうこと!?」
「あーもう、タイミングが悪いですねはたて。なんで今日に限って早起きなんですか?」
「答えて!!」
「わかりました。ここでは人目につきます。ちょっとこっちに来なさい」

はたての腕を掴んで移動する。
集落を出て、林道からも外れた場所までやってくる。

「さっきの件、あれには深い事情があります。大事な話なので良く聞いてください」
「う、うん」
「ではまず。あそこにあるものが見えますか?」

文は山頂を指差した。

「えっと。どれの事を…ぐっ」

余所見をしていたはたての鳩尾に、文は拳をめり込ませていた。

「ど、ぅし、て?」
「ごめんなさいはたて。椛さんのこと、よろしくお願いしますね」

膝から崩れ落ちるはたてを、文は優しく受け止めた。














天魔の屋敷。

「天魔様! 天魔様はまだいらっしゃいますか!!」
「どうされました射命丸さん? そんな大声で」

文が玄関で叫ぶと女中が応対した。

「天魔様は!?」
「天魔様なら今湯浴みをしておりますが?」

会合所が近いという理由で、天魔はまだ屋敷にいた。

「良かった。まだ出かけていないのですね」
「どうした? 朝っぱらから騒々しいぞ」

たった今湯浴みを終え、子供の用の浴衣を羽織り、首に手拭をかけた天魔がやってきた。
普段ならその姿を愛らしいと感じるのだが、今の文にその余裕は無い。

「どういう状況じゃ?」
「さぁ? 私も今来たばかりですので」
「事情は聞かないでください」

文は玄関の外側の壁に立て掛けるように寝かせていたはたてを担ぎ戻ってきた。

「はたてに何があった!?」
「気を失っているだけです。すぐに目を覚まします」

文は女中にはたてを預けると、その場で土下座した。

「はたての事を思うなら、今日一日、何がなんでも彼女を外に出さないでください!」
「何をしようと考えておる?」
「言えません」
「言えぬのに、こちらが従うと思うか?」
「お願いします。はたての為なんです」
「…」

文との親交が長い天魔だが、彼女がここまで必死な姿を見るのはこれが始めだった。

「それがはたての為になるんじゃな?」
「必ず」
「わかった」

その言葉を聞き、ようやく文は顔を上げた。

「はたてを土蔵に繋いでおけ」
「よろしいのですか?」

命じられた女中は困惑する。

「構わん、少しキツめの捕縛具を使って良い」
「かしこまりました」
「ありがとうございます。では私はこれで」
「待て文」

出て行こうとする文を呼び止める。

「はたてにとってお前の代わりはおらん。これからもはたてを支えてやってくれぬか?」

それは文の帰還を願う言葉だった。

「…」
「それも答えられぬか?」
「すみません」
「まあ良い。お前の進む道じゃ。儂から口出し出来ることは何もない」
「恩に着ます」

振り返ることなく、文は駆け出した。
彼女の後ろ姿を見送ってから、天魔は出立の準備を始めた。

いよいよ、投票の時がやってくる。














拘留所。

「よし、外れた」

牢の中に入れられた椛だが、かつてここの番をしていた経験から、脱獄の方法を知っていた。
一見堅牢に見える鉄格子だが、実は四隅の棒は脆くて外れやすい。その外れた格子の隙間なら、肩関節を外して出ることが可能だった。

見張りが交代を呼びに行く数十秒の間に、鉄格子を外し、あとは肩を外すだけとなった時。

「何やってるの?」
「見て判りませんか? 脱獄の準備です」

たった今拘留所に入ってきた大天狗に説明した。

「今、何時ですか?」
「ランチタイムよ」

見張りの様子に集中して気づかなかったが、入ってすでに数時間が経過していた。

「過半数がダムに『賛成』。負けちゃったわ。ごめんね」
「そう…ですか」

椛の体から力が抜け、壁に背中を預けた。
手からこぼれた鉄棒がカランと虚しく転がった。

「でもね。一発逆転の方法があるわ」
「あるんですか?」
「射命丸文。あれがね、守矢が放火犯である証拠を持ってるみたいなの」
「あいつが?」
「それで今朝。それを持って私に交渉を持ちかけてきたのよ。あんまりにも無茶な要求だったから、つっぱねたけど」

言葉では冷静にモノを言っているが、長い時間を共に過ごしてきた椛には、彼女が尋常ではない怒りを腹に据えているのだとわかる。

「そもそも私、大女と違うし。モデル体型なだけだし」

よほど不遜な事を文が口走ったのだとわかった。

「それでモミちゃんにお願いなんだけど。射命丸文、サクっと始末してきてくれない? そんで証拠の品奪ってきて。本当は自分が行きたいけど、私が動くと色々と問題だから」

自分たち以外の気配が周囲から消えている事に椛は気づく。
このような話が出来るよう、大天狗は自らの権限を使い、全員引上げさせていた。

「私は一介の哨戒天狗です。普通に命令されるだけじゃやりませんよ」
「ココから出たい?」
「一秒でも早く」
「じゃあ出したげるから行ってきて」
「ずいぶんと安い報酬ですね。やりますけど」

鍵が開き、扉が開け放たれる。

「哨戒で使う剣と盾は、アッチの机の上にあるから持ってって良いよ」
「助かります」

指差す先にあった剣を担ぎ、盾を持った。

「おや?」

盾の裏側に何かが張り付いていた。
それは丁寧に折りたたまれた紙だった。

「これってまさか」

権利書と印字された包みを空けると、樹海の所有権が記載された本紙が入っていた。

「一体どういうこと…」
「あっれー土地の権利書失くしちゃったー? おっかしぃなー? これじゃあ拾った人があの土地の所有者だわー」

椛の視線を受け、白々しくそう言った。

「モミちゃんにあげる。昔に欲しいって言ってたでしょ?」
「これを紙きれに変えるか、権利書のままにするのかは私次第だと?」
「うーん。ちょっと違うかな」
「違う?」
「ダム建設の話を神奈子ちゃんが最初に持ってきた時にさ、『ダム建設が決まったら、権利書を売ってくれ』て言って来たのよ」

値切られることも考えて結構な額を提示したが、それでもメリットが大きいと神奈子は判断したのか、その金額で承諾した。

「射命丸文を取り逃がして、あの土地が守れなくても、十分過ぎるお金が手に入る。だからどっちに転んでも損はないわ」
「良いんですか? 本当に貰ってしまっても?」
「私ってほら、あんまり良い上司じゃないでしょ? だからこういう時くらい大盤振る舞いしないと」
「自覚あったんですね?」
「そりゃまぁ」

大天狗とて、立場上やむを得ないとはいえ、白狼天狗を消耗品のように利用していた事に思う所はある。

「そもそも。なんでそんなに弱いの白狼天狗って? そんなに弱いから、鉄砲玉にされるんじゃん?」
「そうですね。弱肉強食の掟に従うなら、悪いのは我々かもしれません」
「いや、まぁ。流石にそこまでは。弱者を利用したこっちの方が悪かったって言うか…」
「時に大天狗様」
「うん?」
「大昔、私に刀を突きつけて『仲間の命か、自分の命取るか選べ』って言ったの覚えてます?」
「ごめん。あったと思うけど、はっきり覚えてない」

あの時、椛が担いでいた白狼天狗が、椛にとってどんな存在だったかを大天狗は知らない。

「やっぱり。私は貴女様を許せない」
「そうだよね。不平不満や恨み事があって当然だよね」
「…」

権利書を懐に仕舞い、戸を開ける。

「不平不満や恨み言があって当然でしょう。部下にとって上司というのは、本来そういうものなのですから」

そう言ってから戸を閉めた。

(許せないけど、上司としては認めてるってことなのかな?)

大天狗が外に出ると、既に椛の姿は無かった。











投票を終え、天魔は自らの屋敷に戻ってきた。

「戻ったぞ」

普段なら必ず女中が出迎えるのだが今は来ない。彼女には別の役割を与えていた。
天魔は自室に荷物を置くと、土蔵へと向かった。

「戻ったぞ」
「お帰りなさいませ。天魔様」

いつもと変らぬ声で女中が言う。
土蔵には女中ともう一人、はたての姿があった。
今、はたては札と勾玉が等間隔で巻きついている鎖に拘束されていた。鎖には拘束した者を弱らせる効果があった。

「嫌な事を頼んですまない、下がって良い」

恭しく頭を垂れてから、女中は土蔵から出て行った。

「はたてよ、苦しくはないか?」
「これ、外してください」
「それは出来ん」

はたての意識はずっと前に戻っていた。
天魔が来るまで女中と『外して』『駄目です』の押し問答を繰り返してた。

「椛と文の様子がおかしかったんです。会って確かめないと」
「ならん。今、あやつらに関わることは許さん」
「どうしてですか!」
(大天狗殿は、投票が終わった後『これから賭けに出る』と仰った。必ず一波乱ある)

投票後、今後について話し合うはずだったが、大天狗にそう耳打ちされて、予定していたそれを後日に回し、午前中で解散した。

その賭けとやらに文と犬走椛が関わっている公算が高い。
はたては自由になれば二人を探し、巻き込まれるかもしれない。
そんな彼女の身を案じての拘束だった。

「どうしてもですか?」
「どうしても、じゃ。お主が考えを変えぬ以上、あと数刻このままでいてもらう」
「……わかりました」
「そうか」

聞き分けが良い子だ、と胸を撫で下ろした。しかしはたてはそう言う意味で言ったわけではなかった。

「自力でなんとかします」
「なに?」

はたては大きく息を吸ってから、目を大きく見開いた。

「くぅぅ!!」

次の瞬間、ギリギリと鎖が揺れ始めた。

(はやり才能がある)

この鎖は本来、凶暴な妖獣を捕らえるための道具である。
筋力を大幅に封じるもので、妖力に対しての耐性は低い。
それを知ってか知らずか、はたては妖力による破壊を試みだした。

(しかし今のコヤツでも、この鎖は解けん)

それだけこの捕縛具には信頼と実績があった。
最強の天狗の下で数ヶ月間鍛えられ、飛躍的な成長を遂げたはたてでも、無理だと確信があった。
天魔のその見立ては間違いない、ただ一つ間違いがあるとしたら、彼女は友の身を案じている時が最も実力を発揮するという特性を持っていたことだった。

「何じゃ?」

見守る天魔の目の前で、鎖に施された勾玉が一つ、二つと砕け始めた。

「こんなの!!」

はたてを中心に火花と紫電が発生する。
鎖の揺れがより激しさを増す。

「よせ…止めろ」

破壊しようとする反動なのか、はたての体に切り傷と火傷が刻まれていく。
その数は見る見る増えていった。

「体が千切れるぞ!! 止めろ!!」
「嫌です!!」

次の瞬間、札が全て焼ききれて鎖が緩んだ。

「行ってきます」

額から流れる血を手首で拭い、足にできた火傷も気にすることなく外へ出ようとする。
そんな彼女の前に天魔は立ちはだかる。

「待て」
「聞けません」

天魔の横を通り過ぎる。

「頼む」

天魔は俯き、はたてのスカートの端を摘んで弱々しくそう呟いた。

「後生だ。行かないでくれ」

まるで子供がまだ帰りたくないと母親にせがんでいるようだった。

「お前を失いたくない」
「…」

振り払おうと思えば簡単に振り払える手、しかしそれがはたてには出来なかった。

「ようやく見つけたのに、儂はまた、一人になってしまう」

その言葉の意味をはたては知らない。しかし震えるその手から、彼女が自身のことを心から案じてくれているとわかる。

「ごめんなさい。私はどうしても行かないといけません」
「そいつらは命を賭けるに値するのか?」
「あります」
「何故じゃ?」
「私ってこんな性格だから、友達も出来なくて、両親も早くに死んじゃったから、人と喋るのが苦手で、それで良く誤解されて、あんまり肯定っていうのをされた事が無かったんです」

それが引篭もりに陥った大きな要因だった。

「天魔様も知ってるでしょ? 文が椛を連れて引篭もりをやめるよう説得に来てくれた事。あの時、椛は私の新聞に対して辛辣なことも言ったけど最後に『面白い』って言ってくれたの。お世辞とかじゃなくて心の底から」
「…」
「椛は、文もだけど。無気力で死んだも同然だった私に、もう一度起き上がる力をくれた。だから、その二人に何かあったのなら、全力で力を貸したい」
「そうか」

天魔の手が離れる。

「すまんな。儂がお主らの仲をどうこう言うのは、筋違いじゃった。行くと良い」
「ありがとうございます」
「おい、携帯を忘れとるぞ?」

部屋に隅に置かれた私物を取らないで出て行ったため、天魔に呼び止められた。

「あ。そっか」
「ほれ」
「ありがとうございま……ん?」

自身の携帯型カメラを渡された時、手の平にいつもと違う感覚を得た。

「私のカメラに何かしました?」
「余計なことかと思ったが、儂の念を少しだけこめておいた。あとこれも余計かと思うが刀じゃ。軽くて扱い易いぞ」

土蔵の壁に掛かっていた刀を渡される。はたては知らないが、かなり値打ちのある刀であった。

「行く前にこれを傷口に塗っておけ、河童の秘薬には劣るが、この程度の傷なら短時間で治る」
「助かります」

貝殻が容器の軟膏を天魔は掬い、はたての傷に塗った。

「あとこれも余計かもしれんが、鋼の兜と河童印の防刃ベスト、南蛮小手、竹の脛当てと河童工場で採用されとる安全靴も一緒に…」
「フルアーマー!? どこの戦!? そこまではいいです!」

刀だけ受け取って、はたては屋敷を飛び出した。

















走る椛の視線の先、樹海の立入りを禁じる札が見えてきた。
自慢の目をさらに奥へと凝らすと、木々の隙間から文、もっと遠くに神奈子と早苗の姿が見えた。

(やっとだ)

今まで待つことしか出来なかった状況がようやく変った。
これまでは上の決定事項をただ粛々と受け入れ続けたが今回は違う。
ようやく自分の手で、自らの運命を決定するチャンスを与えられた。
何百年とこの山に仕えていて初めて起きた奇跡だった。

(絶対に止めてやる)

そう誓い、札を飛び越えて着地する。

「いらっしゃい。よくきたね」
「っ!!」

数メートル先。木の陰からひょっこりと諏訪子が顔を出す。

「そしてお別れだ」

小声で『だいだらぼっちの参拝』と呟き腕を振う諏訪子。
それに連動するかのように地面が盛り上がり、人の腕を形作って椛を横殴りにした。

「ぐぅ!」

盾で咄嗟に防いだがその衝撃はすさまじく、そのまま跳ね飛ばされて急斜面がある方へと転がり、滑落した。

「ふん、犬っころが。どうやって嗅ぎつけたか知らないが、早苗の邪魔するっていうんなら容赦はしな…」

諏訪子の台詞が途切れた。
猛スピードで突っ込んできたはたての蹴りが、その横腹に突き刺さっていた。
枕のように軽々と樹海の中を転がった体は、倒木にぶつかってやっと止まった。

「いててて。おや、誰かと思えばお姫ちゃんじゃないか。ちょっと見ない内に良い面構えになったね。将来が楽しみだ」

服についた砂を払い何事も無く立ち上がった。

「どうして貴女達はいつも椛に酷いことするの?」

天魔の屋敷を出てすぐ、椛がいると思われる拘留所へ向かった。
拘留所へ向かう途中、椛の姿を遠くに見つけ、その後を追った。よっぽど焦ったいたのか、椛は追いかけている事に気づいてくれなかった。
樹海に着く頃には追いつけるだろうと思った矢先、諏訪子が登場。
気付いたら怒りに任せて諏訪子を蹴飛ばしていた。

「それは誤解だよ。別に私達はアレが憎いから苛めてるわけじゃない。お姫ちゃんだって、食べるためには何かを殺すだろう? 歩くたび、そこにいる何かを踏み潰すだろう? それと同じさ。私達が生き残るためには仕方ないのさ」
「そっちの正当性なんてどうだって良い。貴女は椛を傷つけた」
「いいね。ゴチャゴチャと理由を並べて喧嘩するより、そっちの方がシンプルだ。おいで」

手招きして挑発する。
はたては弾幕を展開し、それを目眩ましに急接近、その顔面に蹴りを放つ。

「全然なっちゃない。弾幕は薄いし、動きは速くても単調。ド素人だ。お姫ちゃん、喧嘩したことないだろう?」

足は諏訪子に容易く掴まれていた。

「よいしょっ」
「ぐっ!」

そのまま地面に投げ落とされる。

「神様に喧嘩売っちゃったんだ。いくらお姫ちゃんでも無傷じゃ帰せないね」

諏訪子が地面に手をつくと、地面が膨れ上がり、はたての腹を強打した。

「がぁ!」
「もう一発」

殴られて跳ね上がった体を、新たに出現したもう一本の腕がはたてを襲う。
はたての体はすぐ横にあった木に叩きつけられ、そのままゆっくり体を木に預けながら倒れこむ。

「ヤベッ、やり過ぎちゃったかな?」

内臓を破裂させたかもしれないと不安になり近づこうかと思った時。
はたてはよろよろと立ち上がった。

「ああ良かった。大丈夫そうならもう帰りな。そしたら特別に見逃して……おい聞いてる?」

諏訪子の声など意に返さず、はたてはその場で首の骨をコキコキと鳴らした。
関節の小気味の良い音を聞きながら、はたては思う。

(なんだっけこの感じ。前にもあった気がする)

かつて、椛が守矢神社に拉致された時、神奈子との対峙でこれに近い感覚に陥ったのを思い出す。
突如焦りは消え、落ち着いて諏訪子を見ることが出来た。
まるでピントが完璧に合ったかのように、先ほどよりも視界がずっとクリアになっていた。

(不当な攻撃には、正当な報復…か)

ここでふと、秋静葉の言葉が脳裏を過ぎった。

「貴女は夜道を怖いと思ったことはある?」
「なんだいイキナリ? 頭ぶつけておかしくなった?」
「良いから答えて」
「いいや、無いね。夜道は私の散歩道だから」
「やっぱり貴女は椛の敵だ」

背中に担いでいた刀の紐を解き、柄を逆手で掴んで抜刀。
抜刀と同時に使わなくなった鞘を目の前に放ってサッカーボールのように蹴飛ばした。
鞘は矢のように一直線に諏訪子に迫る。

「危なっ!」

突然の反撃に驚きつつも、仰け反ってすれすれの所で鞘をかわす。
鞘に気を取られていた諏訪子との距離を鴉天狗の脚力で一瞬で詰め、逆手に握った刀を真横から振りぬく。
諏訪子はそれを顕現させた鉄の輪で受け止めた。

「なんだい。やれば出来るじゃん」
「…」
「お前、本当にお姫ちゃんか?」

氷のように冷たい瞳が、諏訪子を捉えていた。

(完全にスイッチ入ってるな、ん?)

刀を持っていない方の手が、何かを摘んでいることに気づく。
目を凝らせばそれは小さな石だった。諏訪子が気づいたその時、はたては指を弾き、小石を飛ばした。石は回転しなら顔に急接近する。

「ちっ!」

下を向き、帽子のつばで石を弾く。
その隙を見逃さず、はたては手首を大きく捻り、刀を二本の鉄の輪の内側に通した。
そのまま切先を地面に突き刺し、輪が動かせる範囲を制限させた。
そして寸分の躊躇もなく刀の柄から手を離し、握った拳で諏訪子の顔面を狙う。

「うおっ」

諏訪子は鉄の輪を放棄して、はたてから遠ざかる。
拳は帽子を払い落とすに留まった。

「お礼にこれやるよ」

手の平から現れた水で出来たカエル。それをはたてに向け放った。
彼女の足元に着地したカエルは、その見た目以上の水を高圧力で周知に撒き散らし消えた。
予期せぬ攻撃ではあったが、はたては咄嗟に木々を三角に跳び、カエルから遠ざかることでその衝撃を回避していた。
着地と同時に諏訪子を探す。

「誰を探してるんだい?」

真上から声がする。

「そらもう一丁」

はたての真上を陣取っていた諏訪子は、水で出来たカエルを今度は三匹同時に放った。
三匹はそれぞれはたての頭、右肩、左腕に張り付く。

「まともに食らっても、死にゃぁしないから安心しな。血はいっぱい出るだろうけど」

木から飛び降りて身を潜める。隠れるのは、はたての返り血を浴びないようにするためである。

(あれ?)

しかし、予定の秒数が過ぎてもカエルが爆ぜる音が聞こえなかった。
顔を覗かせると、無事なはたてがそこにいた。カエルの姿はどこにも無い。

「おい、私のカエルはどうした?」

はたては茂みから姿を現した諏訪子に、手にしていた携帯型カメラを向けた。

「そりゃ一体なんの真似…ッ!!」

悪寒を感じ、その場から飛び去る。シャッター音の後、諏訪子がたった今いた地面が真四角に抉られた。
水のカエルが不発に終わった理由を理解した。

「おいおい。一介の妖怪が使っても良い能力じゃないだろ」

かつて、文と弾幕こっこに興じたことがあり、その際にフレームに納めた風景の中にある弾幕を消したのを見たことがあった。
しかし、今はたてがやった技はそんな生易しいものではない。
写ったものをその強度に関係なく抉り取る恐ろしい技だった。

「あんのロリババア、携帯に何か細工したな」

はたての携帯から感じる妖気に、天魔の気配を感じていた。
天魔がはたての能力を底上げして、この神業を使用可能にしているのだと看破する。

「二対一じゃん実質」

再び、レンズが諏訪子に向けられる。

「くそっ」

シャッターボタンを押す瞬間、真横にあった木の裏に身を隠す。
その木を中心とした1立方メートルの空間が抉り取られ、地面から草が消えて土が剥き出しになり、根元を失った木が倒れた。

(あんなのに真正面から挑めるか)

たった今倒れた木をスクリーンにして、はたてに気づかれぬよう身を潜める。
気配を殺して機会を窺う。




何も起こらないまま一分が経過する。

「…」

埒が明かないと判断したはたては、カメラの設定画面を表示させる。数回のボタン操作の後、決定ボタンを押した。
操作が終わっても携帯型カメラを閉じず、開いたままの状態でストラップを咥え、口だけでカメラを持った。
口から吊るされたカメラは、ゆらゆらと蓑虫のように左右に揺れる。

(何する気だ?)

木の上に隠れ、はたての奇妙な行動を訝しんでいると、彼女と目が合った。

「あっ、しまった」

はたては地面に刺さっていた刀を抜き、逆手に持ち変えて地を蹴った。
逆手のお陰で、木々が隣接する樹海の中でも、十分に刀を振うことのできた。

振うたび、諏訪子の鉄の輪とぶつかり火花が散る。

「はん! その程度かい!?」

しかし鍛錬の期間が不十分である逆手は所詮付け焼刃。実力は諏訪子の方が圧倒的に上だった。
刀を振り抜いて、無防備になったその隙を見逃さず、右手の鉄の輪で殴りつける。
はたての頭から鈍い音がした。

「…」
(おい嘘だろ?)

脳震盪を狙っての重い一撃。しかしはたてはすぐに顔を上げ、殺意に満ちた目で諏訪子を睨みつけた。
刀を持っていない方の手で、呆気に取られている諏訪子の腕を掴む。

(なんだこいつは)

頭を強打し、血を流してもまったく痛がる素振りを見せないはたてに、薄気味悪いものを感じる。

(手加減して殴るんじゃなかった)
『残り5秒デス』
「 ? 」

なんの前触れもなく聞こえた電子音声に諏訪子の集中が途切れる。

「ぎっ!」

その瞬間、諏訪子の足の甲に激痛が走った。
はたては右足で、諏訪子の左足を踏み。なんの躊躇いもなく自分と諏訪子の足を刀で串刺しにした。

『残り3秒デス』

この時、諏訪子はようやくこの音声が、はたてが咥えている携帯型カメラから出ていることに気付いた。
咥えられたストラップの先で揺れるカメラはカウントを続ける。

『2、1…撮ります』

シャッター音がして、二人のすぐ横にあった岩が消し飛んだ。

「頭おかしいんじゃないかお前!!」

早苗が外の世界にいた頃、このカメラのモチーフとなった携帯電話を持っていたから知っている。
今のはセフルタイマーと呼ばれる機能で、設定した秒数が経過すると自動でシャッターが切られるというものだ。
はたては両手を駆使して諏訪子を押さえつけて、口に咥えたカメラで消すという戦法に出た。
しかし、これにはリスクがある。

「そんなロシアン・ルーレットみたいな戦い方する奴があるか!!」

ストラップを咥える形になるため、レンズを向ける方向を任意で決め辛い。
自分自身が写りこんでしまう可能性だって十二分にあった。運が悪ければ、今の瞬間にはたての胸に真四角の風穴が開いていたかもしれない。
それを承知ではたては実行していた。

「こんなことで命を賭けるな!」

諏訪子はこれを弾幕ごっこの延長程度に捉えていたが、はたては違った。
椛を守るため、これをれっきとした殺し合いだと認識して、諏訪子に挑んでいた。
その覚悟の差が神と天狗の絶望的な差を埋めていた。

「さよなら」

はたては刀から手をゆっくりと離し、その手で咥えていたカメラを持って諏訪子に向ける。
掴まれている右手と左足に刺さった刀のせいで、諏訪子は逃げることが出来ない。
カメラの画面には諏訪子の引き攣った表情が、高画質で映し出されていた。
はたてはシャッターボタンに指を当てる。

「お前みたいなのがポンポン生まれるから、白狼天狗がいつまで経っても下っ端なんだよ」

諏訪子は目を背けることなく、レンズを睨みつける。最後の意地だった。
ついにシャッターボタンが押された。

「なっ!?」

血を流したのははたての方だった。
過剰な妖力の負荷に耐え切れなかったのか、カメラが爆ぜた。カメラに密着していた親指、人差し指、中指がその衝撃で根元から千切れ飛んだ。
霧状になった血が二人の間を舞う。

「だ、大丈夫?」
「…まだ」

細いコード一本で画面とキーが繋がっているカメラを拾おうと、小指と薬指しか残っていない手で何度もカメラを掴もうとする。
少し持ち上がっては落とす、を何度も繰り返す。

「まだ一回くらい使える」

はたての目に諦めの色は無い。血の流れ続ける右手で、携帯を拾うことを止めようとはしない。
左手はまだ諏訪子の腕を強く掴んでいた。

「もう降参しな?」
「嫌」
「引き分けってことにしてあげるから」
「嫌」
「早く治療しないと取り返しがつかなくなるよ?」

土の上には、すっかり血溜りが出来ていた。

「貴女を逃がせば椛が…」
「わかった! もう良い! わかったから! お前の勝ちだ! 椛にはもう手を出さない!」
「本当に?」
「ああ、私が悪かった。だからもう休め」
「うん。そうする」

その言葉の後、はたては蹲り気を失った。
電池が切れたロボットのようにピクリとも動かない。






「痛たたたた。はぁーまったく。天魔様も良い後継者を見つけたもんだね」

自分と彼女の足に刺さったままの刀を抜いてから、ポケットに手を入れて銀色の筒を取り出す。

「天魔様に返す機会が出来て良かったよ」

筒の中身は、早苗が山火事で火傷を負った時に贈って貰った河童の秘薬だった。
貰ってから今日まで、ずっと返す機会を窺っていたが、こんな形で使うとは思ってもみなかった。

「斬られた腕がくっつくんだ。指くらいワケないだろ」

自分の足に塗る分が残っているかを心配しつつ、はたての指を拾い始めた。



はたてと諏訪子の決着が着いたその頃。

「う…」

斜面を転がり、混濁する意識から覚醒した椛は身を起した。

「剣と盾…剣と盾はどこだ?」

揺れる頭を振ってあたりを見渡す、盾は見つからなかったが、鞘に納まった剣はすぐ近くで見つかった。
盾のことは諦めて、懐の権利書の無事を確認する。
しかしあると思っていた紙の感触がそこには無かった。

「そんな…」

冷たい汗が椛の背中を伝う。

「お探しの物はこれかしら?」

振り向いた先、権利書を摘んでこちらに微笑む雛がいた。

「落ちてたわよ。大切な物ならもっと大事にしなさい」
「なぜここに?」
「ここから未だかつて無い量の厄が出ているからよ。何をやってるのかしら?」
「もとはと言えば、貴女が守矢に余計なことを言ったからですよ」

かつて厄カエルが発生した折、その解決のために雛が守矢神社の二柱に椛の過去を話しており、
それで樹海のことを知った二柱は今回の計画を打ち立てたことを教える。

「それは申し訳ないことをしたわね。謝るわ、ごめんなさい」
「まぁ、発端は洩矢諏訪子が部下の祟り神の統治を怠っていたのが悪いんですけどね」
「でも私も軽率だったわ。だから手伝わせてもらえない?」
「手伝うって何をです?」
「全部駄目だった時に、最後の悪あがきをさせてあげる」
「はい?」

雛は権利書を一度自分の胸に押し当ててから椛に渡す。

「良い、この紙切れを…」

そして耳打ちした。

「そうすると、何が起きるんです?」
「さぁ? 何も起きないかもしれないし、起きるかもしれない」
「仮に起きるとして、ちゃんと収拾がつくのですか?」
「大丈夫よ。貴女がいれば止まるわ。多分」
「多分?」

不安を抱きつつ、権利書を懐の奥に仕舞う。

「無事に帰って来なさいね」
「約束できません」

斜面を見上げ飛翔する。

(そういえば『帰って来い』なんて言われたの、今のが初めてだ)

どんな生涯だ、と自嘲しつつ樹海の中、文の姿を探した。





樹海でも見晴らしが良い開けた場所で、文は椛を待っていた。

「遅いですね、どこで油を……ん?」

自分の正面の茂みがガサガサと揺れた。

「何かがいるのでしょ…」

直感だけを信じて咄嗟にその場を転がった。
顔を上げると、自分が座っていた切り株にめりこんだ剣とそれを握る椛の姿があった。

「なんで避けちゃうんですかねぇ? 一瞬で楽にして差し上げられたのに」

文が正面に気を取られている隙に、背後から斬りかかるという奇襲だったのだが、失敗に終わった。

「すぐに終わっちゃつまらないでしょう? もう少し一緒にいましょうよ」
「貴女のことをようやく判りかけてきたのに。また判らなくなってしまいまいた」

突き刺さっていた剣を引き抜き、その切先を文に向ける。
証拠の写真と音声が入っている鞄の紐が今の一閃で斬られたため、鞄は椛のすぐ足元に落ちている。

「本当に、出世のために天狗社会を裏切ったのですか?」
「勝ち馬に乗るのは当然でしょう? 守矢を利用すれば出世するのも楽だと思いまして」
「貴女は他の鴉天狗とは違うと思っていたのに」
「…」

その声に確かな悲痛さを感じ、文は喉を詰まらせる。
一度、唾を飲み込んで、声が震えないよう、いつもと同じ調子で言える事を信じて、言葉を押しだした。

「犬っころが、ちょっと頭を撫でてやっただけで、友達気取りですか?」
「もう良いです。大天狗様の命により、貴女を殺します」

両者は同時に前に出る。
椛は剣を、文は扇を横一線に薙いだ。
剣が文のネクタイリボンを、扇から発生した風が椛の袖をそれぞれ斬り飛ばす。
袖が飛んだ後、椛の腕からは鮮血が噴き出した。

「どうやら接近戦も私の方が強いみた…」

余裕の表情の文、しかしその表情はすぐに崩れた。

振りぬいた剣を椛は手放していた。
軽くなった手で文の喉輪を掴み持ち上げ。その背中を近くの木に勢い良くぶつけた。

「ごっぁ!!」

全身の骨が軋む衝撃に目を白黒させる。
そんなことはお構いなしに、文の体を一旦木から離して、もう一度叩き付けた。

「ガッ!」

太い幹にも関わらず、木はたわみ、ベキベキと音を立てた。
それでも椛の手は止まらない。

「らぁ!!」
「い゛っ!」

三度目の衝突で、文の全身から力が抜けた。

「いやぁ流石は椛さん。やはりお強い」

木に背中を預けて肩で息をする文。

「なぜ接近戦を? もっと有利に戦えたでしょうに?」
「近距離で打ち合っても勝てると思ったんですよ。少々慢心が過ぎたようです」
「最後に何か言い残すことは?」
「はたてには、見聞を広めるために外の世界に行ったと伝えてください」
「わかりました」

投げ捨てた剣を拾い、心臓の手前で剣先を静止させる。

「しかし、ここがダムに沈むのを見届けられないのが残念です」
「記事のためにそこまでやりますか?」
「それだけじゃありません。この場所は、私にとって人生の汚点だからです」
「汚点?」
「なんでも無いです」
「話してください」
「早くやっちゃってください。発つ鳥、跡を濁さずというやつです」
「話せ。綺麗な顔で死にたいだろ?」

屈み、爪を頬の肉に食い込ませて迫った。

「わかりました。まったく、これは墓場まで持って行きたかったのですがね」
「早く」
「はいはい。話しますよ」

口の端に滴る血を拭ってから、文は語りだす。

「私がまだペーペーだった頃、新聞記者をしつつ諜報部隊に所属しておりました」
「諜報部隊?」
「組織内で謀反を企てている者を見つける部隊です。調査して見つけた怪しい連中を治安維持隊に報告するのが主な仕事です」
「知りませんねそんな部隊」

山の裏側を知り尽くしている気でいたが、そんな組織は記憶に無かった。

「当然です。ある事件を境に解体されたのですから」
「ある事件?」
「この仕事にはノルマがあったんですよ。検挙率とでも言いましょうか。変な話でしょう? 悪人なんていないかもしれないのに『悪人を必ず見つけて来い』って命令されてるんですよ?」

馬鹿馬鹿しいでしょ、と文は同意を求めた。

「私達の部隊は他の部隊に比べてその検挙率が悪くてですね、だから苦肉の策として適当にデッチ上げることにしたんです」
「デッチ上げる?」
「なんの根拠もない場所を『ここが怪しいかも?』って上に報告するんです。間違っててもお咎めはなし。本当に裏切り者がいたら儲けものです」

文の話が、自身の過去に徐々に近づいてきているのを、ひしひしと感じていた。
そしてその時はやってくる。

「軽い気持ちで、ここの集落が怪しいと報告を上げたのです。まさか住民と治安維持隊の行き違いから、皆殺しになるなんて思いもしませんでした。
 まあ、そのお陰で、我々はノルマを達成できたので、ここの連中にはちょっとだけ感謝ですが、良心の呵責というやつでしょうか。ここを見ると気分が悪くなる」
「そうですか。なるほど、全部合点がいきました」
「ねぇ椛さん。証拠の入った鞄も差し上げますし、守矢のことも全部証言します。だから命だけは勘弁してもらえませんか?」
「大天狗様からは、貴女を始末するよう仰せ付かってます。鞄があれば貴女の証言など不要です」
「貴女は知り合いでも斬れるんですか?」
「生憎と、大天狗様の指令は今まで一度も背いたことが無いんですよ」

剣を振り上げる。

(こいつが私の仇の一人か)

こんな近くにいるとは、なんとも皮肉な話だと思った。

(こいつを殺せば、ここが守れる。守矢も山から追い出せる。犬走***の無念を晴らせる)

文は観念して目を閉じていた。

(馬鹿な人だ、よりにもよって大天狗様の機嫌を損ねるなんて……ん?)

何かが引っ掛かった。

(なんだこの違和感?)

文の行動を振り返る。
出世したいがために守矢側についた。
この土地に嫌な思い出があるからダム計画に乗った。
守矢をいつでも裏切れるように証拠写真を用意した。
その写真を手に大天狗の地位を得ようとした。
邪魔されては困るため、自分を牢屋に入れた。

(ここを沈めたいのに、どうして大天狗様に証拠写真の話をする? 守矢に付くいておきながらどうして守矢を裏切る? 他の行動もだ。一過性がまるで無い)

よくよく考えれば、文の行動は、椛の視点から見て支離滅裂である。

「なんですか? 焦らしプレイってやつですか? それとも助けてくれるとか?」
「一つ質問します。正直に答えてください」
「ひょっとして、当時の私の同僚ですか? やはり同胞を殺した連中は許せませんよねぇ。いいですよ、教えてあげ…」
「出世したいと仰ってましたが、本当にあれで大天狗様の地位が手に入ると思ってたんですか?」
「思うわけないじゃいですか。最初に大きく吹っかけて、徐々にランクを下げてお互いの妥協点を見つける、交渉の基本ですよ。幹部候補くらいが手に入れば良いなと」
「流石は文さんです。交渉がお上手だ」
「それほどでも」
「そんな貴女がなぜ大天狗様を怒らせたのですか? 目上の交渉相手を怒らせることが有効な手段ではないことくらい素人の私でもわかります。解せません」

椛は剣を鞘に納めた。

「貴女はまだ何かを隠している。生け捕りにした方が良さそうだ」
「それは困ります!」

余裕だった文が急に取り乱しはじめた。
椛は彼女の挙動を注意深く観察する。

「なぜ困るのです?」
「生き恥を晒したくないからです」
「文さん、貴女の一連の行動を振り返ると、まるで私に殺されたがっているように見えるのは気のせいですか?」

この時、椛の中にある仮説が出来ていた。

「思い上がりも甚だしいですね。なんで私が下賎な白狼天狗に討たれなきゃいけないのですか?」
「例えば八坂神奈子から、私の過去を聞いたとか?」
「ッ!」

椛は大きく溜息を吐いた。
この時、彼女が何をしようとしていたのか気付いた。

「ほら、帰りますよ」
「は?」
「戻ったら大天狗様に謝りましょう。私も一緒に土下座してあげますから。その後、面の良い男を揃えた飲み会を用意すると言えば、きっと許してくれますよ。あの人結構チョロいですから」

つい先ほどまで文に対して抱いていた強烈な殺意が、胸中からすっかり消えていた。
何故かはわからない。文が仇であることに変わりは無い。
だが急に、文を死なせたくないと思うようになった。

「そんなの駄目です! 私は犬走***から全てを奪った者の一人なんですよ!? ここで貴女に討たれる義務がある!」
(やっぱりそうか)

自分の為に彼女はこんな大立ち回りをしたのだと確信を持つ。
だからこう答えることにした。

「誰ですかそれは?」

愁眉を歪め、問い返す。

「惚けないでください。知っているんですよ貴女の出自を、この集落の唯一の生き残り」
「知りません」
「犬走椛は偽名で」
「知りません」
「本当の名前は…」
「知りません」

椛は文の両肩を持った。

「良いですか文さん。あなたは騙されたんです。八坂神奈子に。卑劣にも、奴は貴女の優しい心を利用して、仲間に引き入れたのです」
「お願いです、そんなこと言わないで」
「犬走***なんて者が存在したなんていう証拠はあるんですか? ないでしょう? あの頃は白狼天狗に戸籍なんてありませんから、奴が適当にデッチ上げた名前です」
「違う。止めて、聞きたくない」
「犬走***なんてのは架空の天狗です。この世に存在しません」
「じゃあ貴女は一体誰なんですか!」
「犬走椛です」
「その犬走椛の親は!? 出身は!? 歳は!?」
「犬走椛は、どっかのだらしのない女が勝手に身篭った餓鬼で、生まれた瞬間にゴミ溜めに捨てられて、そこの生ゴミを食べて育った浮浪児です。拾ってくださった大天狗様には本当に感謝です」
「違う! 貴女は犬走***です!!」




神奈子から椛の正体を知らされた時、文は自分を呪った。なんとしても償わなければならないと誓った。
守矢に寝返ったばかりの頃は、守矢の力を借りて出世して権力を手に入れ、椛を不幸にした連中と心中してやろうと考えていた。
しかし、ダム建設の計画を聞いた時、これを利用できないかと思案した。

そして思いついたのだ。椛の敵討ちを終わらせてやる方法を。
思いつき、即座に実行に移した。

まず、樹海をダムに沈める気など毛頭無い文は、守矢が放火犯である証拠を手に入れることを第一優先に動いた。
放火する現場を教えてくれたお陰で、にとりから借りた暗視レンズ付きのカメラを事前に仕込むことが出来た。
そしてテープレコーダーで二柱との会話も全て録音し、十分な証拠を揃えた。

証拠が揃えば、あとは裏切り者として自分が椛に殺されれば良い。
大天狗を利用して、椛がここに来るように仕向けた。
椛を牢に入れたのは、椛自身の判断ではなく、大天狗からの命令でここへ向かわせるためである。

御膳立ては完璧だった。

あとは椛と対峙して負け、死ぬ間際に自身が椛の仇の一人であることを明かして計画は終わるはずだった。
守矢を排除し、樹海が守られ、椛はもう過去に囚われずに済むという最高の結末を迎えるはずだった。





しかしそれが成就する直前、椛が予想外の行動に出た。

「犬走***など存在しません」
「もういいです!! 貴女が私を討たないのなら、自ら命を絶つまでです」

文はスカートのポケットからメモ帳を取り出し、そこに挟んであった小型のペンを握ると、自身のこめかみに突きつけた。

「私が死ねば、大天狗様の命令に従わざるを得なくなる」

どの道、ここで文が死ねば椛はダム計画を阻止すべく、文の思惑通りに動くしかない。
まだ修正可能な範囲だった。

「私が死んだら、その鞄を持ち帰って守矢を山から追い出しなさい。良いですね?」
「貴女の指図は受けません」

椛は素早く抜刀すると足元に落ちていた鞄を両断した。カメラだったものが辺りに散乱する。

「な、なにやってるんですか!」
「何って、証拠を隠滅してるんですよ」

ケースからフイルムを取り出して、次々に広げていき、テープを割り始めた。

「で、でもはたての能力なら時間と場所さえ覚えていれば念写で」
「止めましょうよ。私達古い世代の禍根にはたてさんを巻き込むのは。それをしたくないから、こんな回りくどい方法を取ったんでしょう?」
「椛さんはそれで良いんですか!! じゃあ仮に貴女が犬走***じゃないとしても、貴女の仲間を大勢死なせた重罪人には変わりありません! 貴女の手で罰せられるべきです!!」
「文さんはその頃ペーペーだったのでしょう? 上司や先輩にくっついて行動していた貴女が独断でここを選べるとは思いません」
「どんな地位でもここの集落の全滅を手伝ったのは事実です」
「そんなの可愛いものです。私なんて大天狗様に言われるままに殺し回ったんですから。無実の奴だって絶対に斬ってますよ。悪党の私には、小悪党の貴女を罰する資格はありません」
「違うでしょう!! 貴女は犬走***!!」
「だから知らないって言ってるでしょうそんな餓鬼!!」

叫んでから、椛は俯いた。
手から剣が零れ落ちた。

「これ以上その名を口にしないでください。私は、貴女を斬りたくない。お願いです」

肩を震わせながら、声を絞り出す。
自分が犬走***でなければ文を斬らないで済む。
だから椛は嘘を吐く。

「騙すなら、演技するならもっと上手くやってくださいよ。騙されたままでいられたら。貴女を家畜のように殺せたのに」

顔を見せぬよう立ち上がり、刀を拾うこともなく歩き出す。

「しばらくここで待っててください。八坂神奈子と話をつけてきます」
「待ってください! 違う! 戻って!」
「それだけ叫べれば、一人で帰れますね。先に戻っててください。くれぐれも大天狗様に見つかったら駄目ですよ」
「私は、貴女にあんな自殺まがいの言葉を吐かせるために、こんな事をしたんじゃありません!!」

(自殺か、なるほど言い得て妙だ)

かつて鍵山雛に本名で呼ばれた時、違うと惚けた。
しかし今の否定はそんな軽い誤魔化しのものではなかった。

(今死んだんだ。私の中の犬走***が)

心の底から唱えた言葉には言霊が宿る。
椛は自分の中で、犬走***が消えていくのを確かに感じていた。



この山で一番の大嘘つきは、神奈子がいる楓の木を目指した。







「上出来よ早苗」

祈祷を終えて、気を失った早苗を横たえる。

「やはり連れてきて正解だったわ」

怨念を抱えた大量の霊を浄化させるのは、想像以上に骨が折れた。
早苗の力がなければ相当手こずっていた。

「おや。どうしてお前さんがここにいるのかしら?」
「貴女方の悪事を見物に」
「一足遅かったわね。お前さんのお仲間は、全員消えたよ」
「ここに眠るのは、全てを奪われて死んでいった浮かばれぬ者達です。そんな彼らからこれ以上何を奪うというのですか?」
「奪う? 思い上がりも甚だしいわね。邪魔だからどかしただけよ」
「ああそうですか」

椛は神奈子の前に立つと、両手を肩の高さまで挙げた。

「降参、我々の負けです。ここまで引っ掻き回せばもう十分でしょう? 大天狗様が言っていましたよ。ダムを巡って重鎮共の結束はガタガタ。保身に走った連中が秘密裏にそちらと手を結びたいと申し出るのも、時間の問題だと」

天狗社会は守矢神社の計略にはまり、大敗北を喫した。
それが揺ぎ無い事実だった。

「天狗もよくやった方よ、これからはお互いの発展のために仲良くしようじゃない」
「それで一つ相談がありましてね」

椛は懐から、大天狗より譲り受けたこの土地の権利書を出した。

「ダム建設が決まったら、これを大天狗様から高額で買い取る約束になっているのでしょう?」
「なぜお前さんが持ってるの? いや、大体読めた、大天狗も粋な計らいをするわね。慰謝料ってやつかしら?」
「私の頼みを一つ叶えてくれるなら、これを差し上げます」
「面白い。言ってみなさい」
「裏切り行為を働いた射命丸文にお咎めが行かないよう取り計らってください」
「なに?」
「聞こえなかったですか? 『幻覚で操っていた』とか『あれは偽者で、本物はずっと神社に閉じ込められていた』でも何でもいいです。彼女を無実にしてください」
「そういう意味で聞き返したんじゃないわ。莫大な金を捨てて、仲間一人を救うというの?」
「何か問題でも?」
「くくっ」

神奈子は思わず口元を歪める。

「いやはや全く。お前さんとはもっと違う形で会いたかったとつくづく思うわ」
「どんな形でも、貴女には会いたくありませんね」
「わかった。射命丸の件はこちらで引き受ける」
「ありがとうございます」
「なに、権利書に支払う金額に比べれば安いものよ」

権利書を受け取るべく神奈子は手を差し出す。
しかし椛はその手から遠ざかり、近くに立っていた一本の楓の木に近づき、背伸びをして枝の付け根に権利書を置いた。

「なんの真似?」
「ささやかな抵抗です」
「何か仕込んだ?」
「私にもわかりません。何か起こるのかもしれないし、何も起こらないかもしれない」

諏訪子に崖に落とされた後、出会った厄神。
その時に雛から言われた事を実行した。

「拾ってください。そうすれば権利書は晴れて神奈子様のものです」
「良いわ。何か知らないけど受けて立とうじゃない」

一歩、また一歩と楓の木に近づく。

「神奈子様はこの土地を潰すのに、罪悪感はありますか?」
「無いわね、申し訳ないけど。この場所はすごく気に入らないから」
「気に入らない?」
「ここの穢れは尋常ではないわ。私のような神聖な存在にとって、すぐ身近にこんな場所があることが我慢ならないのよ」
「潔癖症なんですね」

そうこう話している内に、神奈子は楓の木までやってくる。
手を伸ばし権利書を手にした。

「なんだ、何も起きないじゃない」

拍子抜けしつつ、本書を確認すべく包みを開けた。
その瞬間、神奈子の見ていた景色が一変した。

「なに?」

まるで突然夜にでもなったかのように、神奈子の見ているものがすべて黒に塗りつぶされた。

「よぉ神様。こんにちは」

背後にいる何者かが、神奈子の首に腕を回して抱きついてきた。
振り向くと、整った顔立ちの白狼天狗の少女が神奈子に微笑みかけていた。

「誰だ?」
「無念を背負ったまま死んだ、しがない白狼天狗の一匹だよ」
「全員祓ったはずだけど?」
「そうだね。消える直前だった私たちだったけど、あんたがその権利書に篭められた厄を開放してくれたお陰で、最後の悪あがきが出来る分の体力が戻ったんだよ。嬉しいねぇ」
「……そんなに私が憎い?」
「ちっとも。私達が恨んでいるのは自分達を勝手な都合で死なせた天狗社会と鬼連中さ、アンタじゃない。だだね…」

そこで一度言葉を切る。肩に掛かる重みが少し軽くなった気がした。

「ここに埋まっているのは長い間ずーと、恨んで恨んで恨んで恨んで恨んで恨んで恨んで恨んで恨み続けても、それをどこにも発散させられずに燻り続けた恨みの業火だ。
 アンタ個人に恨みは無いよ。しかしこの土地を潰そうとしてる。八つ当たりする理由としては、十分だと思わないかい?」

可憐だ少女だったものは、その瞬間に白骨化して、闇の中に溶けていった。
そしてすぐ、神奈子の意識は元の世界に戻された。

「これは!?」

神奈子の足元には直径1メートルほどの泥が広がっており、泥の中から生えた複数の黒い腕が神奈子を掴んで泥の底へと引きずり込もうとしていた。
どれだけ力を込めようと、どれだけ手足を動かそうと、神奈子の体は徐々に沈んでいく。

「どうなってる? なぜ私の力が効かない!」

泥の中でもがく神奈子を、椛は冷めた目で見ていた。

「何をした!!」
「わかりません。厄神に言われたことを実行しただけですので」

「私が教えてあげるよ」

神奈子の椛の間に諏訪子が片足を庇いながら着地した。
腰まで浸かっている神奈子を見下ろす。

「こいつは恨みが具現化したものさ、厄の原液・祟り神の原初の姿と言っても良い」
「私の力が発揮できないのもそのせいか?」
「お前は常に勝ち続けた。負けることがあっても結果的に自分の思惑通りに事が運ぶのが常だ。常に敗者であるこいつらは自分達と対極の位置にいるお前が妬ましいのさ」

だから取り込もうと躍起になる。

「私はもう終わりか?」
「言っただろう、祟り神の原初の姿だって? 私ならこれに干渉して、お前を引張り出すくらいの事なら出来る」
「そうか、じゃあ頼む」
「やだね」
「何?」

諏訪子は一歩引いて、目の下を人差し指で引っ張っり、べぇと舌を出した。

「早苗がお前と一緒に居るのは危険だ。警告したのに、お前はここの怨霊を甘く見ていた。勝てる相手を侮って不覚を取ってこの様だ。それはいつか早苗を巻き込む」
「これを機にそれを改めるわ」
「信じられるか。これまで何回裏切った?」
「早苗は私を敬愛してる。私が居なくなればどうなる? 私に仕えることが早苗の至福だと…」
「このっ!!」

神奈子の頭を掴み、泥の中に押し込んだ。
泥からかろうじて出ている神奈子の手が、諏訪子の手を懸命に掴む。

「早苗を大切にすると誓え! 誓えるなら手を離せ! 誓えないならそのまま掴んでろ!! このまま沈めてやるから!!」

言ってすぐに、神奈子の両手が諏訪子から離れた。

「そういうわけだ。悪いね、こいつを引張り上げさせてもらう」
「ご自由にどうぞ」

引上げられた神奈子は、地面に雑に放り投げられた。

「さて、こいつをこのままにしておくのもマズイね」

祟り神の統括者ですら、この泥はどうしたものかと考え込む。

「私に任せて貰えますか? もともとは私のせいで出てきたモノですし」
「できるの?」
「雛さんは、私が行けば被害は拡大しないと言ってました。それにあの中に知り合いがたくさんいますから」
「そうかい。じゃあ私達は引上げさせてもらうよ。ほら行くよ神奈子」
「あ、ああ…」

神奈子は自身を抱きしめて震えていた。

「ほらシャンとしな。結果として全部お前の思惑通りだったんだ。勝者なんだろ? 私は早苗を担ぎたいから自分で立て」
「わ、わかってる」

早苗を担ぐ諏訪子と泥を被った神奈子。両者ともたどたどしい足どりで鬱蒼とした木々の中に消えていった。

「さてと」

足元に広がる泥を見る。
一度深呼吸してから、椛は足を踏み入れた。





「…知っている、景色だ」

泥の向こう側にあったのは、まだこの土地が集落として存在していた頃の風景だった。
楓の木があった場所を見ると家族で過ごした我が家が建っていた。

そこから一人の女性が現れ、話しかけてきた。

「おかえりなさい***。お腹空いたでしょう?」
「か、かか様?」

母親との突然の再開だった。

「おお、***。帰ってきたか」
「とと様まで」

母に続き、今度は父親が玄関から顔を覗かせる。

「さあ早く上がりなさい、風邪引くわよ」

手を引かれ家に招き入れられる。
中は自分の覚えているそのままの内装だった。
ちゃぶ台の上には夕飯がすでに用意されており、父が既に座っていた。
無骨だが頼りになる父と、いつも笑顔で迎えてくれた優しい母の間に座る。


「ついに***も俺と同じ哨戒の任に就いたか」
「あまり前に出ては駄目よ。危なくなったら男の後ろに隠れていなさい」
「心配ないさ、俺の剣の才をしっかりと受け継いでる。きっと出世するぞ」

(そうかここは)

今居る場所が『もしも』の世界だと知る。

「なんたって***は、この村の小さな英雄だからな。偉くなれないわけが無い」
「そういえば昔、この子がそう呼ばれていた時がありましたね」
「この村が無事なのも、***のお陰かもしれないからな」
「えっと、それは一体?」

身に覚えの無い話をされて戸惑う。

「お前がまだ幼い頃、ここに上層部直属の治安維持隊が来たんだ。俺たちが謀反を企てていると聞いてな」
「あの時は寿命が縮みましたよ」
「外で俺達と治安維持隊が言い合っている時に***が飛び込んで来て怒鳴ったんだ『ここにいる白狼天狗は誇り高き山の守護者ですっ!』と」
「それを見た治安維持隊の皆さん、毒気を抜かれてすごすごと帰っていったのよ」
「お前が来なければ、激しい口論になって暴言を吐いていたかもな。そしたらこの村は全滅だった」

あの晩、上層部との誤解が解けて、無事に翌朝を迎えられた場合の世界。
自分がひょっとしたら、逃げるのではなく向かっていったら、存在していたかもしれない世界。

(私がそう行動していたら、この世界と同様、犬走椛は犬走***のまま、両親の庇護下で、真っ当な哨戒天狗としての人生を歩んでいたのだろうか)

それはもう誰にもわからない。

「さぁ。いただきましょうか」

母が茶碗によそったのは真っ黒な泥だった。神奈子を飲み込もうとしていた物と同じ。

「どうしたの***? 食べないの?」
「食べればお前も、ここに住人になれるんだぞ?」
「また三人で暮らしましょう?」
「早く孫の顔が見てみたいものだ」

「すみません」

箸を置いて、二人に向かい頭を下げる。

「この世界はとても優しい世界です。来てまだ数分ですが、ずっと居たいという気持ちになります」

自分の知っている世界は、自分に対してどこまでも不条理で理不尽で、悪意に満ちている。
この世界は何もかもが優しく、温かかった。

「罪人の私には、余りにも過ぎた世界です」

だから突っぱねる。

「それに、あなた方の子供である***は、もう何処にもいないんです。私がさっき死なせてしまいました。私はこの家に上がる資格すらないのです」

俯く椛を、両親は優しく見守っている。

「あなた、名前は?」
「犬走椛です」
「良い名だ。***と負けず劣らずの綺麗な響きだ」
「幸せになりなさい」
「体に気をつけるんだぞ」

その言葉の後、両親の体は腐り始め、やがて骨となり、粉になって散っていった。

そしてすぐに色彩の豊かだった景色が暗転した。






「どうして?」
「ッ!?」

声がした方を振り返る。
鞠を手にした幼い女の子が暗闇の中にぽつりと浮かんでいた。
つい先ほど何者かに叩かれたのか、頬には青アザがある。椛をただじっと見つめていた。
彼女が誰かを知っている椛は恐れることなく向き合った。

「ごめんな。私はお前が望む犬走椛になれなかった」

幼い自分に謝罪する。

「その命と引き換えに私を産み落としてくれたのに、頼まれていた復讐を、私は果たせなかった」

尋ねれば文の口から、事件に関わった全員の名前を知ることが出来るだろう。殺す事には慣れている。しかも殆どが老人であるため、成功できる確信があった。
しかし、それをしなかった。
これ以上にない最高の復讐のチャンスを椛は見送った。

過去の自分は不思議そうに小首を傾げた。

「どうして、仕返ししなかったの?」

それはまるで、空がどうして青いのかを両親に質問するかのような口調だった。
その声に糾弾の意志は微塵も感じない。

「わからない。色々な事を考えたら、体がああいう行動を取っていた」
「後悔してる?」
「不思議とそんな感じはしない」
「そっか。なら仕方ないね」

過去の自分は一度だけ微笑むと、消えてしまった。
今この時、犬走***が完全な死を迎えたことを、椛は悟った。
もう彼女はこの世のどこにも存在しない。精神的にも肉体的にも社会的にも、椛が殺し尽くしてしまった。


「それでここから、どうしたら良いんだ?」

右も左もわからない暗闇の中でどう行動すべきか椛は途方にくれる。

「帰ればいいんじゃないかな?」

突然何者かに手を取られて引かれた。闇がさっきよりも濃くなっているせいで、相手の顔はわからない。
進まされる方向には、出口を思わせる強い光源があった。

「止めてください。ここを放って出ていくわけにはいけません」

この泥をなんとかするために、この中に飛び込んだのだ、解決できないまま帰るわけにはいかない。

「心配無いよ」
「その声…」
「お前の行動、見させてもらったよ。とても高潔だと思う」

その声を知っていた。

「私達は白狼天狗だ。ここの皆は今はこんな姿になっちまったけど、元々はこの山が大好きなんだ。だから大丈夫、白狼天狗は山の守護者、決して自らの手で山を穢しはしない」

まだ駆け出しの頃、自分を支え、勇気付けてくれた人物の声だった。

「お前が来てくれた事で、ここにいる全員がそれを思い出したんだ」
「貴女は…」

まだ遠くにあると思っていた光源はいつのまにか目の前まで来ていた。

「私は怨霊だから、お前の未来に祈ることは出来ない。だから呪いをかけさせてもらう」
「呪い?」
「『次にお前が誰かに手を引かれた時、必ず後ろを振り向く』という呪いをかけた。この呪いの後、お前はもう前を向いてしか歩けなくなる」

そして光の中に放り込まれた。

「元気そうでなりよりだ。達者でな椛」
「先輩!」

振り返るも強い光のせいで、その顔は見えなかったが、彼女はきっと笑っている気がした。
椛が良く知っている笑顔で。



























ダム開発が始まった。
投票で決定するまでダムのことを一切知らせず、重鎮達で勝手に決めたことで多方面からの批判を上層部は受けたが、洪水の危険性を説くことで渋々周囲を納得させた。
工事は八坂神奈子の監督のもと行われたが、工事が始まった当初は諏訪子が陣頭指揮を執っており、そのことに多くの関係者が首を傾げていた。
一月足らずでダムの外観を出来上がり、後は厳重な強度試験を残すだけとなった。





日夜を問わず行われる工事によって完成間近のダム。
人と人が余裕ですれ違える幅を持つコンクリートの壁に座り、自身が守ることの出来なかった樹海を眺める。

「ほんと白狼天狗ほど意味がわかんない生き物はいないわ」

椛の背後に立つ者が居た。

「今までウンザリするほど白狼天狗が死ぬのを見てきたけど、アイツらってこの山の為っていう大義名分を与えると、喜んで自分を犠牲にするのよ。だから長生きしてる奴が少ない。モミちゃんはそういう奴らとは違うって思ったんだけどね」

声の主は大天狗だった。

「なんであんな事したの?」

哀愁の漂う椛の背中に問いかける。

「わかりません」
「『わかんない』っか。きっとそうなんでしょうね。もう遺伝子レベルでそう動くように設計されてるのかしら?」

大天狗は椛の正面に立つと、屈み彼女の両頬を摘んだ。

「泣いときなさい。心が持たないわよ?」
「遠慮します」
「強がっちゃって」
「強がってないです」
「辛いことがあったら泣いてスッキリするのが、長生きの秘訣よ」
「知ってます」
「なら泣きなさいよ」

長い歴史の中、ただ一度も勝てず敗北だけを重ねてきた種族にそう命令する。

「大天狗様は知らないでしょうけど、私って結構泣き虫なんですよ? 辛いことがあるたび、隠れていつも一人で泣いていたんです」
「じゃあ泣けばいいじゃない」
「昔から、理不尽な二者択一ばかりを迫られてきました。どっちを選んでも、最悪の結果しか残ってない余り物の選択肢ばかりです」

今までずっと消去法でその選択肢を選んでいた。

「でも今回は違います。これは、今までの私の生涯の中で、初めて自分の確固たる意志の元に下した決断です………だから……」

じんわりと椛の眼球が充血を始めた。

「絶対に、泣い、て……たまる、もん、ですか…」

椛の声が上擦り始めたとき、大天狗は椛の頭を抱きしめていた。

「ごめんね。何もできなくてごめんね」

胸に感じる湿った感触は、きっと気のせいなのだと大天狗は思った。





一日、二日、三日と時が流れる。




椛はこの日も、壁の上から樹海を眺めていた。
すでに強度検査は終わり、少しずつダムの底に水が溜まっていく。

「新聞、新号を出したから良かったら読んで」
「ありがとうございます」

はたてが椛の隣に座る。
諏訪子との戦いで負傷した手は、今は元通りになっていた。後遺症は無く、指の長さも変らない。
はたては諏訪子と戦った事に関して殆ど覚えておらず『無我夢中で暴れていて、気が付いたら手に包帯が巻かれて診療所のベッドで寝ていた』というのが本人の感覚だった。

「一ヶ月を過ぎちゃったけど、相手してくれる?」

天魔と賭けをした期日はとっくに過ぎていたが、指を負傷した期間はカウントしないで欲しいと頼み込んだところ特例として認めてもらえた。
そして医者から診療所に通う必要が無いと言われた今日、椛に試合を申し込みに来た。

「構いませんよ」

はたてが持参した木刀を受け取り構える。

「行くよ」
「いつでも」
「でりゃあ!」

次の瞬間、はたての木刀が宙を舞っていた。

「今の、相打ち覚悟だったでしょ?」
「それでも駄目だったから、やっぱり強いね椛は」

大の字になって倒れながら、はたては言った。

「逆手は使わなかったんですね。あれだと見込みがありそうだったのに」
「なんか違うと思って」
「違う?」
「最近気づいたの。私は椛みたいな強い剣士になる事が目的じゃなくて、椛みたいになりたいんだって」
「私のようにですか?」

上半身だけ起き上がる。賭けに負けてもその表情は清々しかった。

「これからは椛の真似をするんじゃなくて、私は私なりのやり方で、椛のような強くて格好良い天狗を目指す。だから剣の稽古は今日でおしまい」
「それは無理ですね」
「え゛っ!」

まさかの否定にされるとは思っていなかったため、裏返った声が漏れた。

「だって貴女はどう頑張っても、強くて“可愛い”天狗にしかなれませんから」

優しく笑う。その表情に、はたての胸がドクンと跳ね上がる。

(ああ、確かに。文が惚れたのが、なんとなくわかる気がする)
「大丈夫ですか? 顔、赤いですよ?」
「な、なんでもない! まだ新聞配るのが残ってるからそれじゃあ!!」

逃げ出すようにその場を後にした。













次の日も、その翌日も、椛はその場所でダムを眺める。
少しずつ少しずつ、樹海の木が沈んでいった。

何もしないでそこにいる椛にはたては気を利かせて、自分の新聞の他に別の鴉天狗が発行した新聞も毎日届けに来てくれた。
日に日に新聞が溜まって行く。


『○月×日 河童の河城にとり。家庭で紙が印刷できるコピー機を発明! 印刷所に行かずとも新聞の発行が可能に! 山伏天狗からは批判の声!』

『○月△日 河童の河城にとり。製本機能を持った印刷機を発明! 富裕層しか所持できなかった希少なハードカバー本が大量生産可能に! 山伏天狗からは感激の声!』

『○月▲日 なだれ注意の呼びかけ』

『○月◎日 地底から謎の煙! 地上侵略の前触れか!?』

『○月☆日 ヒグマの被害拡大。冬眠中の穴には近づかぬこと』

『○月▼日 人間の里の寺子屋の前に大量の学習教材が届く。差出人は“タイガーマウス”。元寺子屋の生徒か?』

『●月□日 ダムが本格稼動。盛大な竣工式』

『●月◇日 山伏天狗男性と白狼天狗女性が結婚。今年に入って三組目の異種婚。天魔様が祝福の声を、大天狗様は嫉妬の声を送る』

『●月■日 守矢神社と天狗上層部。ダムの共同管理に合意。和やかな調印式』

「…」

二柱と笑顔で握手を交わす天魔と大天狗の写真が大きく写っている。

「みんな、変っていくんですね」

はたては大きく成長し、にとりも有名発明家の仲間入り。
守矢神社と天狗上層部は、お互いの妥協点を模索しながらこれから上手く付き合っていくのだろう。

(私は、失くしてばかりだ)

ダム騒動であれだけ振り回されたあげく、一切合財失った。

「故郷も守れず、使命であった復讐も果たせず、過去である犬走***を否定した」

自らの手をジッと見る。

「それじゃあ私は一体、何者なんだ?」

あの楓の木は、ダムの底に沈み。もう見えない。

この日、犬走椛は妖怪の山から姿を消した。





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