Coolier - 新生・東方創想話

死ぬ夢。

2012/12/20 23:31:54
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 目を覚ましたとき、彼女は珍しく涙を流した。
 泣く、と言うには相応しくない。ただ、彼女は目を開いて起き上がるなり、両の目から一筋ずつ涙を零した。
「どうしたんだい」
 黙ってもおられずそのように訊ねると、彼女は両手を胸の前で固く握り、声を伝うように僕を見た。
「……りんのすけさん?」
 朧な声だった。払えば消えてしまいそうな。
「そうだよ、霊夢。僕は森近霖之助だ」
 断言を以て肯定してやると、彼女はアア、と声を漏らした。やるせないような、安堵したような声だった。
「夢だったのね」
「夢を見たのかね」
「ええ、うんとこわい夢を見たわ」
 目許を拭うこともしないままに、平常の声が言う。
「死ぬ夢を見たの」
「死ぬ夢かね」
「死ぬ夢よ」
 問答を終えると、彼女は布団から出ないままに語り始めた。
 それは、以下のようなものであった。

「私はどこか広い広い場所にいたの。殺風景な場所よ、花も木もない。ただ、変に湿度ばっかり高くて、今にも雨が降りだしそうで、それがすごく嫌だった。
 嫌だな嫌だなと思いながらしばらく空を見ていると、やっぱり真っ黒な雲がもこもこと出てきたの。
 だけど、結局雨は降らなかったわ。代わりに何か、黒い綿みたいなものが降ってきたの。まるで雲が千切れて落ちてくるみたいに。
 私は動くこともできなくて、それに打たれたわ。雨じゃないから濡れはしなかったけれど、綿が触れた私の体は、触れた端から黒く染まって、ネバネバと溶けていったの。
 ああ嫌だ嫌だと思いながら、それでも私は動けない。体は黒く染まっては溶け落ちて、足下で冷えて塊を作っていく。そうしてすっかり溶け落ちてしまった頃、私が立っていた場所には真っ黒い、ぶよぶよネバネバした丸っこいモノ……ほら、こないだ霖之助さんがパンを作ってくれたときにタネを見せてくれたでしょう。あれの真っ黒いやつみたいなのが残った。

 それが風化してすっかり固くなってしまったとき、私は死んでしまったの」

 語り終えると、霊夢は目を閉じて再び布団に倒れた。よもや本当に死んだのではあるまいなと慌てて彼女の名を呼んだ。

 安らかな寝息が返事をした。








 
 目覚めるなり彼女は涙を零した。泣くと言うには声もない、酷く静かだったから、やはり涙を零しただけだ。
「どうした、橙。何か怖い夢でも見たのか?」
 訊ねると、彼女はゆっくりと身を起こして私を見た。鳶色の瞳から明るさが抜け落ちていた。涙に濡れた双眸はしばらく私を見つめたあと、音も無しに正面に顔を向け、視線で天井を射ぬいた。
「――夢だったのですね」
 アア、と声を漏らした。右手で顔を覆い握りつぶすようにして、その下から言葉を続けた。
「藍様……私は死ぬ夢を見たのです」
「死ぬ夢」
「死ぬ夢です」
 橙はそっと正面に顔を戻すと、次のようなことを話し始めた。

「私は最初、何か黒い塊でした。丸くてそれなりに大きくて、とても固いものでした。言葉も発せず呼吸もできず、私はそこにいました。
 あるとき、私の前に一人の男が現れました。男は大きな鞄を肩に掛けていて、徐にそれから鑿と槌を取り出すと、私を素材に彫刻を始めたのです。
 不思議と、痛みや不快感はありません。ただ、自分だったものがパラパラコツコツと地に落ちていくのが、変だなぁと思うばかりでした。
 どのくらい作業が進んだことでしょうか。いつの間にやら私はすっかり猫の形に掘り出されていて、黒い塊だった私は黒猫になっていました。
 この姿に私は満足しましたが、男の方は満足しなかったようで、今度は鞄から絵の具を取り出して、それでべちゃべちゃと私に色を塗り始めました。色を変え筆を変え、私はどんどん色彩豊かになっていき、終いには鮮やかな虹色の猫になってしまったのです。

 私が死んだのは、七色の猫が初めてニャアと鳴いたときでした」



 語り終えると、橙は目を閉じて再び布団に倒れた。よもや本当に死んだのではあるまいなと慌てて彼女の名を呼んだ。

 安らかな寝息が返事をした。









 目を覚ますや否や、彼女は涙を流して私の大腿を少し濡らした。
 泣くと言うには声もなく、静かにすぎるものだった。悲しいも嬉しいもわからない、透明な涙だ。けれど、涙を流しているのに黙ってもおられず、私は彼女の顔を覗きこんで声をかけた。
「どうかしましたか、妹様?」
「……めーりん?」
「はい、紅美鈴ですよ」
 私の肯定を辿るように、大腿の上の頭がもぞりと動き、二つの目がこちらを向いた。輝きが眠気に塗りつぶされていて、やはり気が読めない。
 妹様は少しの間私をじっと見ていたが、やがてアア、と活気のない息を漏らした。
「夢だったのね」
「夢を見ていたんですか?」
「ええ、それはもう、怖い夢よ」
 怖かったというような顔はしていないが、彼女がそう言うのなら怖かったのだろう。
「どんな夢を?」
「死ぬ夢」
「死ぬ夢、ですか」
「そう、死ぬ夢を見たの」
 彼女はそう言ってまたもぞりと動き、顔を横に向けた。そうして、こんな話を始めた。


「虹色の猫だったの。私が、ね。
 それで、私はニャアニャア鳴いて過ごしていたのだけれど、あるとき私の体がぶすぶすと腐り始めたの。
 突然よ、突然。
 最初はしっぽから腐って、腐ったところは真っ黒になって、ボロボロと崩れ落ちていったわ。地面にはその残骸が、小さな砂山みたいに積もっていた。
 腐るのはちっとも止まらなかったわ。しっぽの次は右後脚、左後脚。その次は右前脚、左前脚。おしり、おなか、首――そして頭。
 そうやってすっかり腐りきって猫の形はこれっぽっちも無くなって、ちょっと立派な黒い砂山が出来上がった。
 その砂山も時が立つうち雨に降られて固まって、風に吹かれて削れて、終いに丸い、ちょうど卵みたいな形になった。鶏卵をちょっと大きくしたくらいのやつ。
 それがあるとき突然割れてしまって、私は死んでしまったの」



 語り終えると、妹様は目を閉じた。話が話なだけに私は少々混乱し、よもや本当に死んだのではあるまいなと、何故か慌てて彼女の名を呼んだ。

 安らかな寝息が返事をした。








 目を覚ました彼女の目には、既に涙が浮かんでいた。それが頬を伝うのに、数えるほどの間はなかった。涙は、美しい静寂を軌跡に残しながら垂れ、泣くと言う表現を私から遠ざけた。
「……さとりさま」
「どうしたの、お空?」
 出来うる限りの優しい声音で応答してやると、彼女は同じくらい優しい挙動でそっとこちらを向いた。ただ、その心には優しさなどは微塵も感じられない。ただ、《話すことがある》というのと、《怖い夢を見た》というのとが半々で、それ以外には何にもない。もともと多くを考えない子ではあるけれど、それにしても極端かつ空虚な心像である。
「……怖い夢を見たのね。どんな夢だったのか、教えてくれるのかしら」
「アア……――」
 お空はそんな息を漏らして、ゆっくり起き上がった。それから、のろりと半身をこちらに傾けて、また話始めた。
「死ぬ夢を、見たんです」
「死ぬ夢……?」
「死ぬ夢です――」
 確認するように頷いて、彼女は滔々と自らの幻燈を語り始めた。それは、次のような内容だった。


「私は、卵から生まれました。鶏のそれくらいの、黒い卵から生まれたんです。生まれたときは、雛でした。目も開ききらない、だけどやっぱり真っ黒い雛でした。
 時間の流れにそって、雛はすくすくと大きくなっていきました。立派な鉤爪だってあるし、嘴だって大きくて、見た目には一人前の鳥になりました。
 だけど、困ったことに羽だけがダメでした。羽毛は生え揃っているのに、それには骨がなくって、すっからかんのブヨンブヨン。羽ばたくことなんてもちろんできません。
 私は何をするでもなくソラを眺めて暮らしていました。飛べない鳥なんて、そうするくらいしかやることがありませんから。
 そんなある日のことでした。その日もぼやっとソラを眺めていると、突然灰色のソラが一面パッと輝きわたり、次の瞬間には雪のように炎が降ってきたのです。
 私はこれ幸いと立ち上がり、ぶよぶよの羽を引きずり引きずり地面を駆け回って炎を集めようとしました。
 すると、炎の方から私のもとへ集まってくるではありませんか。私は立ち止まってやってくる炎を全部受け止めました。一つもあまさず全部です、一つ残らず全部――。
 炎が止んだ頃、私はたくさんのそれらを自分の背中にたくわえていました。炎が勝手にそっちに積もったと言う方が正しいです。積もった炎はユラユラメラメラと形を変え、ついにはなんと一組の翼になって私の体を浮かせたのです。
 翼は私の意のままに動きました。嬉しくて嬉しくて、私はそこいら中を飛び回りました。今まで見られなかったソラからの景色。そのキレイなこと……。
 私はより高く、もっと高く飛ぶことにしました。どんどん高く、さらに高く――。地上がどんどん小さくなっていくのが、タマラナくキレイでした。本当に絶景で……。
 けど、そのうちにとても困ったことが起きました。炎の翼が私の体を燃やし始めたんです。
 熱い熱いと思いながら、私は飛び続けました。まだ高く、まだまだ、マダマダ……。
 気合いを入れて翼を一層力強く羽ばたかせた瞬間でした。ボロッという虚しい音が聞こえて、私の体は崩れました。
 いつのまにか、もうとっくに、全身消し炭になっていたんです。
 ボロボロと崩れて空を降っていく私をヨソに、炎の翼はどんどん上へと舞い上がっていきました。翼は、私がいなくても飛べるのでした。

 こうして、ひときわ大きい炭の塊が地面に強く叩きつけられ粉々に砕け、私は死んでしまいました」


 語り終えると、お空は目を閉じて再び布団に倒れた。よもや本当に死んだのではあるまいなと慌てて彼女の名を呼んだ。

 安らかな寝息が返事をした。
 
 

О
目を覚ましたとき、彼女は涙を流した。
俺式
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コメント



0.190簡易評価
2.100名前が無い程度の能力削除
何となく夢野久作を彷彿とさせるお話で面白かったです。
最初と最後が〇ではなくОになっているのは、何か深い意味があったりするのだろうか…
3.80プロピオン酸削除
次目覚める時は幸せな目覚めでありますように
4.80奇声を発する程度の能力削除
うーむ…
でもこの感じは嫌いじゃないです
8.90名前が無い程度の能力削除
眠る前に読むと少し心が震える、そんな作品でした
9.80名前が無い程度の能力削除
同じような文章が何回も続くと、ちょっと飽きてしまうかも。
でも、こういう不思議な感じを出せるのってすごいなぁ。
11.100dufake削除
おはよ、こいし。
12.80絶望を司る程度の能力削除
Good morningであることを祈る。