Coolier - 新生・東方創想話

幻想郷はログアウトしました 序・1

2012/12/09 02:18:39
最終更新
サイズ
5.78KB
ページ数
1
閲覧数
1658
評価数
0/6
POINT
100
Rate
3.57

分類タグ

◆序. 異変

 その日は珍しく、博麗霊夢は朝寝坊をした。
香霖堂で買ってきた古時計の文字盤は、夜七時を指している。
部屋の中はすっかり暗い。

(ずいぶん寝てたみたいね……)

体を起こし、伸びをする。
この時点で、彼女は微かに違和感を感じていた。
普通、彼女が呑気に寝ていようものなら、騒がしい魔法使いの友人や子鬼がなにかちょっかいを出してくる。
それすら気づかなかったのだろうかと、彼女は疑問に思ったのだ。
 それから耳を澄ます。
部屋の外からは聞きなれない音が聞こえてくる。
いつもであったら、夜に部屋の外から音が聞こえてくることなどない。
里から離れた博麗神社は、宴会でも開かれていない限り、夜は基本的に静かなのだ。
それなのに、今日に限って音が聞こえる。

(また馬鹿な妖精が暴れてるのかしら)

いざとなれば力づくで黙らせてしまおうと、彼女は軽い気持ちで襖を開け廊下に出る。
廊下は外に面していて、そこからすぐに境内へ行けるようになっているはずだった。

「……ない」

外履きの下駄がない。
これも妖精の仕業なのだろうか、と彼女は眉間にしわを寄せる。

「仕方ないわね」

彼女はタンと廊下を蹴って、宙に浮かんだ。
するすると上へ上へと上がっていく。
そこで彼女は、予想外の光景を目撃することになった。

「……!?」

空に妖精はいなかった。
音の原因となるようなものは無かった。
しかし、そこから見える光景はいつもと違っていた。

「これは……どういうことなの」

そこに夜の暗闇はなかった。
ただ、煌々と輝く光があった。
そこに優しい月明かりはなかった。
ただ、冷たくきらめくネオンがあった。
そこにいつも見ていた幻想郷の姿はなかった。
ただ、冷たいネオンを放つ現代の世界が広がっていた。


◆1. 外で人食い妖怪拾ったんだけど何か質問ある?

 無性に肉まんが食べたくなり、なけなしのお金を使ってそれを手に入れた帰り道。
倉敷 夢華(くらしき ゆめか)はマフラーから顔を出し、白い吐息を夜空に浮かべた。
黒のコートと黒くて長い髪の毛は夜に溶けて、彼女の白い肌を薄ぼんやりと夜の暗闇に浮かび上がらせている。

(さむ……)

彼女は頭の中で、こんなに寒いなら部屋で黙ってニュー速でも見てたほうがよかった、とホンの少しだけ後悔した。
今日の戦果が入った小さなコンビニ袋を片手に持ち、じっと信号を待っている。

(それにしても……今日も賑やかだなー)

倉敷は街を見渡す。
 半透明のサラリーマン。
正体不明の白くての丸い球体。
ずっと俯いて人の後ろを浮遊し続ける女の人。
明らかに時代錯誤な格好をした片足のない武士。
倉敷の目に映る街は、いつもそんな”よく分からないもの”で混雑している。

(……早く帰って肉まん食べよ)

 いつものように、それらのことは一切気にせず黙々と歩く。
こちらが気づいているような素振りを見せれば、何が起こるかわからないからだ。
 そしてスクランブル交差点のど真ん中。
様々な人が通り過ぎていくそこで、少女を見つけた。

(迷子?)

目の覚めるような金髪。
頭につけた赤のリボンには白い一本線。
子供っぽい黒服。
少女は空を見上げて佇んでいた。

(誰も気にしていないってことは……多分”あっち系”なんだろうけど)

すると突然、少女が振り向いた。
バチリと視線が合う。

(あ……)

赤い瞳。

まるで獣が獲物を見つけたときのように、少女は笑った。
(あれ……この顔どこかで。いや、それよりも……!)

/

「待ってよー」

 繁華街から少し離れた住宅街。
光はチカチカ瞬く電灯のみ。
 金髪の少女は倉敷を追いかける。
それもただ走るのではなく、宙にふわふわと浮きながら。
その様子には余裕すら見られ、その気になればいつでも追いつけるようである。
 一方、倉敷には余裕はない。
声を無視して歩く。ひたすら歩く。
必死に、今にも走り出しそうな勢いで、歩く。
「待ってってばー」
(無視無視)

「ねぇってば!」

その声と共に、突然体の真横に現れる金髪の少女。
傍から見ると瞬間移動のようである。
「ひっ」
思わず声をあげる倉敷。
体を仰け反らせ、尻餅をつく。
「やっと、はんのうしてくれたー」
少女は嬉しそうにほわりと体を揺らす。
「ちょっといきなり何するの」
「ごめんごめん。初めてまともに、はんのうしてくれたから……」
少女は申し訳なさそうに頭をかく。
「でも人間。私が見えるんだよね?」
「……そうだけど。それがどうかしたの?」
「よかったー!」
少女は倉敷に飛びく。
しかし少女の体は倉敷をすり抜け、触れることができなかった。
しかし。
「ひっ」
何やら胴体に冷たい感覚。
冷えた手で直に触れられているような、そんな感覚。
(これって、幽霊に触られてる?)
倉敷は後ずさりすると、引きつった笑顔を浮かべた。
「そ、それじゃあ。私行くね」
「待ってよー」
「……っ!」
今度は両肩にさっきと同じ感覚。
振り向くと、不安げな表情を浮かべた少女が肩に手をおいていた。
「さっきから何で、そう帰ろうとするのさ」
「だ、だって肉まん冷めるし……」
「私へのきょうみは、にくまん以下なのか! ひどい! いくらなんでもそれはひどい!」
地団駄を踏む少女。
憤慨している彼女の姿は、倉敷が話に聞いていた幽霊のそれと違う、無邪気で微笑ましいものだった。
(というか、こうして喋ってみるとただの子供ね)
彼女の中にあった恐怖心や警戒心がだんだんと溶けていく。
「きいてるのか人間!」
「もう。よくしゃべる幽霊ね」
「ゆうれい? 私はゆうれいじゃない」
ほとんどない胸を精一杯張る少女。

「私は人食い妖怪だ!」

//

 少女は結局、倉敷のアパートまで着いてきた。
「おおーここがお前のすみかなのかー」
(害はなさそうだし、これなら放っておいても良さそうね)
アパートに着いてから、少女は物珍しそうに部屋をきょろきょろ見回している。
倉敷は机の上のノートパソコンを起動した。
ほどなく画面に明かりが灯る。
それを確認して、すっかり冷えてしまった肉まんを口に運ぶ。
(まず……さっさと帰ってくれば良かった)
手慣れた手つきで2chのまとめサイトを開き、読み始める倉敷。
部屋の中はすっかり冷え切っている。
倉敷は体温の残ったコートを着たまま椅子に座る。
「なあ」
「ん?」
倉敷は上の空で返事を返す。
「これ、なんだ?」
「何って、パソコンよ。見たことないの?」
「うん」
「遠く離れた場所の情報を手に入れたり、人とコミュニケーションをとれる機械よ」
「へー。そーなのかー」
(そーなのかーって、パソコンすら知らないのこの子……あ)
そして倉敷は、この少女のことを思い出した。
1週間ほど前に友人から借りたゲーム。
そのゲームの一面ボスに、少女の面影が似ていたのである。
黒服に金髪。赤いリボン。

「確か。ルーミア、だっけ」

倉敷は思い出した彼女の名前を、そっと呟いた。

「ん。お前、私のこと、しってるのか?」

少女、ルーミアはきょとんと倉敷の顔を見つめた。

<2へつづく>
簡易評価

点数のボタンをクリックしコメントなしで評価します。

コメント



0.100簡易評価
0. コメントなし