命蓮寺はどんな妖怪でもウェルカム。そんなふうに考えていた時期が聖白蓮にもありました。
だが、その認識は大きく改められる事になる。原因はもちろん、地底からノコノコとやってきたこの連中。
「お寺に来る人間って美味しそうだよね。スパイスが効いてるっていうか……」
「残念ですが、そういった目的の方はちょっと……」
暗い洞窟の明るい網、黒谷ヤマメ。入門拒否。
「死体! あるんだろう!? 死体! 全部ちょうだい!」
「お引取りください……いやいや、死体を引き取れって意味じゃなくて!」
地獄の輪禍、火焔猫燐。門前払い。
「オマエも白骨死体にしてやろうかああああああああああああああああぁ!」
「わーッ! 誰かこの桶なんとかしてくださいっ!」
恐るべき井戸の怪、キスメ。広域指名手配。
荒くれ者の一団をどうにかやり過ごし、ホッと一息つく白蓮。
しかし、まだ全てが終わったわけではない。命蓮寺の門前に、最後の一人が不敵な笑みを浮かべて佇んでいる。
「まァ見てなさい。私にかかればこんなお寺の一つや二つ、赤子の手を妬むようなものよ」
地殻の下の嫉妬心、水橋パルスィ。
例えの意味は不明だが、すごい自信だと言っておこうか。
命蓮寺の一室にて、二人の少女が対峙する。
住職、聖白蓮。
橋姫、水橋パルスィ。
前者はやや強張った笑みを浮かべ、後者はお得意のジェラシック・スマイル。
親指の爪を噛むのがチャームポイントだ。
「水橋パルスィさん、ですね」
「ええ」
「失礼ですが、入門の目的などをお聞かせ願えないでしょうか」
「あら、仏の教えを乞うのに理由が必要なのかしら?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
白蓮のコメカミを、一筋の汗が伝う。
コイツは今までの妖怪たちとは違う。何ていうか、こう、スピリチュアル的なアレを感じる。
見極めなくてはなるまい。彼女が共に歩むべき同志と成り得るか、それとも災いの種となるのかを。
「なにぶん地底の方ですので……念のためお聞きする事にしているのですよ」
「そう。ならお聞かせしましょう。私が此処に来た理由、それは……」
「それは……?」
無駄に溜めをつくって、白蓮の焦りを誘うパルスィ。
彼女は持参したズタ袋から藁人形、五寸釘、金槌、そして蝋燭を取り出して、畳の上に並べてみせた。
「じゃじゃーん! 水橋印の特製丑の刻参りセットどぅえーす! これに基本作法を記したマニュアルと私のプロマイド写真をお付けして、お値段たったの……」
「要りません。帰ってください」
「……憎いアンチクショウに呪詛の言葉を叩き付けながら、ガンガンガンガンいい気持ち! まさにご家庭でプロの味!」
「聞いてません。帰ってください」
「ご家庭でプロの味!」
「そのフレーズ気に入ったんですか!? とにかく帰ってください!」
けんもほろろとはまさにこのこと。すっかり打ちのめされた様子のパルスィは、畳に突っ伏して嗚咽し始める。
当然、これは演技に過ぎない。その証拠に彼女は時折上目遣いで、白蓮の表情をチラチラと窺っているのだから。
「ううっ、ひどいわ~。今なら会員割引やファミリー割引で、さらにお安くご奉仕させていただけるのに~」
「押し売りの類はお断りです。さあ、もう気が済んだでしょう。その不吉極まりないアイテムたちを持ってお帰りください」
「魅力的な商品や、お得な割引にも動じないその精神力……噂以上のツワモノとみたわ」
「えっ? いやあ、まあその。褒めても何も出ませんよ?」
「そんなお前に……ジェラシック」
「立ち直り早っ!」
嘘泣き終了。水橋スマイル。聖白蓮呆れ顔。
売り損ねた道具を仕舞い終え、第二ラウンドの鐘が鳴る。
「実を言うと、私はアナタに興味があって此処へ赴いたのよ」
「わ、私にですか? 申し訳ありませんが、その……私にソッチの趣味はありませんので……」
「私にはある!」
「いや、そんな堂々と宣言されても」
「ついでに言わせてもらうけど、興味と言ってもアナタが想像しているのとは違う意味のものよ」
「えっ……」
さすがの白蓮もこれには赤面。やっちまったな聖尼公!
顔を覆って畳の上をゴロゴロしたい衝動に、住職の矜持で必死に耐える彼女であった。
「まあ、アナタがどうしてもって言うのなら、私としても決して吝かでは無いのだけど?」
「い、いえ。結構です」
「無いのだけど?」
「繰り返さなくていいです! 早く本題に入ってください!」
パルスィの媚びるような視線を受け、慌てて目を逸らす白蓮。
敬虔な仏教徒である彼女にしてみれば、例え同性が相手であろうとセクシャルなアレは御法度である。
「ビャッキーは数多くの人妖に慕われているみたいだけど、それってとっても妬ま」
「ちょっと待って下さい! そのビャッキーって何ですか!?」
「アナタの渾名よ。これからガンガン流行らせていきましょうね」
「困ります!」
「ビャックィーンの方が良かった?」
「そうじゃなくて!」
聖ビャッキー、若しくは聖ビャックィーン。
水橋パルスィに勝るとも劣らぬインパクティーン。
「大丈夫よ、すぐに慣れるから。私も昔は『パルスィとかありえないんだぜ!』なんて思ったものよ」
「あなたのソレ、本名じゃなかったんですか?」
「ソレ呼ばわりとは心外ね。そうよ、私の本名は水橋パルスエレクトロメータ。長過ぎるって理由でパルスィにされてしまったの」
「そ、そうだったんですか。変わった名前だとは思いましたが、まさかそのような事情があったとは……」
「まあ、嘘なんだけどね。人を疑うことを知らないその純真さ……まったくもって妬ま」
「ええ分かってましたよ! 絶対嘘だって思ってましたよ!」
「最後まで言わせなさいよッ!」
「何その逆ギレ!?」
言いたかっただけ。妬ましいって言いたかっただけ。
特に大事なことでも無いけれど、言いたかったので二度言いました。
「あー妬ましい妬ましい。妬ましいたらありゃしない」
「な、何がですか?」
「アナタよ! ルックス良くて性格良くて、その上ケンカも強くて人望もあるなんて、完璧超人以外の何者でもないじゃない」
「それは褒めすぎですよ。私なんてまだまだ至らぬところばかりで……」
「あああああナニその謙虚ッぷりマヂたまんないンですけどやめてやめて妬ましい妬ましい……」
「ちょっ、大丈夫ですか?」
「駄目。もうダメ。妬ましすぎて生きるのがつらい。ねえ死んでいい? 今すぐ此処で死んでいい?」
「安易に死を選んではいけませんよ。私でよければ幾らでも話を聞きますから、ねっ?」
「ああッ! 駄目ッ! そんなに優しくされたらパルスィ、溢れちゃうッ!」
意味ナシ処置ナシ打つ手ナシ。こんなパルスィに誰がした。
手刀という名の鎮静剤を用いるべきか否か、真剣に検討を始める白蓮であった。
「ふう……私だけ妬むのも申し訳ないわ。この際だからYouも盛大に妬んじゃいなよ。相手は誰でもいいからさあ」
「えっ、でも私には妬むべき相手なんて居ませんけど」
「なにサラッと妬ましいセリフ吐いてくれちゃってるワケ? アナタ世界の頂点なの? トップ・オブ・ザ・ワールドbyカーペンターズなの?」
「そ、そんなことはありませんよ。私にだって羨ましく思う相手の一人や二人くらい……」
居るかどうかは兎も角として、今の白蓮にはパッと思い浮かばない事だけは確かだ。
これまで出逢った人物の中から、妬むべき相手を探し出す。
これほど不毛な行いがあるだろうか? いや、ない。
(とりあえず……私が信仰する毘沙門天あたりでどうかしら?)
“やっほー白蓮ちゃん! 私は今ベガスで休暇を満喫中だよ! ここのセレブ感、パネェんですけど!”
(ああ、これはなかなかに妬ましいかも……)
“ところで白蓮ちゃん。いくら想像の中とはいえ、信仰の対象を妬むのはどうかと思うんだよねぇ私は”
(ひぎゃあバレてるぅ!?)
深淵を覗き込む者もまた深淵にうんたらかんたら。
これは妄想なのか、信仰が呼び起こした奇跡なのか……今の白蓮には判断がつかない。
(ああダメ、これ以上誰も浮かばないわ。こんなとき命蓮が居てくれたら……)
“ああッ! もう我慢できない! 今すぐ姉さんのエア百合棒を、僕のマンダラにブチ込んでくれッ!”
(何よこのシチュエーション!? いけない、きっと頭がこんがらがっているんだわ。平常心、平常心……)
聖の弟がこんなに性的に倒錯しているわけがない。
今のはあくまで想像、イメージです。イマジナリーコンパニオン? この時点ではこいしはまだ命蓮寺に入門していません。念のため。
「ねーどうしたの? 妬ましい相手マダー?」
「急かさないでください。いま集中してるんですから……!」
「はっやっく♪ はっやっく♪」
「ああもう! 他人事だと思ってアナタはホントに……ん?」
頭を抱えて唸っていた白蓮であったが、ふと何かを思いついた様子でパルスィの顔をまじまじと見つめた。
余裕ブッこいてたパルスィさんも、いきなり見つめられたとあっては少々気まずくなる。
「な、なによ。とうとうソッチの気に目覚めちゃったとか?」
「居ましたよ。メチャクチャ妬ましいヒトが約一名」
「それはいいのだけど……なにゆえ私をガン見しながら言うの?」
「私が妬ましく思う存在……それは」
「ちょっと待って! 聞くのが怖くなってきたわ!」
「じゃあ耳塞いで……水橋プウゥルルアアアアアアアアァルスイイイイイイイイイイイイィッ!」
「いやああああああぁ巻き舌いやあああああああぁッ!」
ひじりん咆哮。パルスィ動揺。
特に意味も無く韻を踏む。
「なっ、なんで!? なんで私なんか妬むのよっ!?」
「私をいぢめるアナタの表情……とてもイキイキとしておられました。そんなアナタが……」
「だっ、だっだっ駄目よそれ以上言っちゃあ。これ以上変なコト言われたら、私は、私はッ……!」
「ね た ま し い」
「いやアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!?」
水橋パルスィ、オーバーフロー。
妬みこそ彼女の力の源。誰かを妬む事によって、彼女は無尽蔵に力を得ることができる。
ならば、誰かに妬まれた場合はどうか? 結果はご覧の有様であった。
「へけっ、へけっへけっへけけけけけけっけけけけけけ……」
「パッ、パルスィさん? 大丈夫ですか……?」
“橋姫に勝ったよ! やったね白蓮ちゃん!”
「毘沙門天は黙っててください!」
“らめええええええぇみょうれんおかひくなっちゃいまひゅうううううううううぅッ!”
「さっきから何なのよアナタは!? ええい煩悩退散煩悩退散ッ、オンベイシラマンダヤソワカ、オンベイシラマンダヤソワカ……」
一方の白蓮もまた、平常とは言い難い有様に成り果てていた。
2ボスとはいえ相手は大物。勝利の為に支払った代償は、決して小さなものではない。
通りかかった寺の者に発見されるまでの間、二人は醜態を晒し続けたのであった。
「行ってしまわれるのですか? パルスィさん……」
正気に戻り、帰り支度を始めたパルスィの背中に向かって、白蓮が寂しげな声を掛ける。
邪ではあるが、決して相容れない存在ではない。同志として迎え入れる余地は十分にある。
「ええ。これ以上ここに留まったら、本格的にアナタの事を好きになっちゃいそうだからね」
「う~ん……その『好き』というのは、どのように解釈すればよろしいのでしょうか?」
正直な話、このまま命蓮寺に残ってみたいという気持ちも、少なからずパルスィは持ち合わせている。
だが、相手に対する理解が深まるほど、嫉妬心が薄れていく事をパルスィはよく知っている。
彼女は力の源である嫉妬心を燃え立たせるために、白蓮の許を訪れたのだから。生活を共にする事によって、白蓮を妬ましく思う気持ちが弱まったのでは台無しだ。
それならばいっそのこと、己が内に築き上げた理想の白蓮像を地底に持ち帰って、人知れず静かに嫉妬し続けるほうがよい。彼女はそう判断したのだ。
「……無論、性的な意味でよ」
「ああ、絶対そう仰ると思ってました」
パルスィは半分だけ嘘をついた。あくまで半分。もう半分は本気だったかもしれない。
いずれにせよ、好意を抱いている事だけは確かだ。嫉妬するために相手の幸せを願うなどという、少々歪んだ形ではあったのだが。
「今日の事はナイショにしておいてね。色々と恥ずかしいところも見られちゃったから」
「ナイショも何も、既に見られてしまっているのですが……」
「あまり他人に話さないで、って事よ」
「まあ、そういう事でしたら構いませんけど」
後の会談において、白蓮が挙げた入門希望者の中にパルスィとキスメの名前は無い。
お互いに知られたくない事が多すぎる。今日の事は可能な限り二人だけの秘密にしておこう。可能な限り。
「またいつでも遊びに来てくださいね。命蓮寺はアナタを歓迎します……余程の事が無い限り」
「フフッ、期待しないで待ってて頂戴」
パルスィは持参したズタ袋を担ぎ上げ、不吉な笑みを残して立ち去った。
命蓮寺の門を出た際に、彼女は一度だけ空を見上げて、胸いっぱいに息を吸い込む。
彼女の視界の隅で、見覚えのある桶がひとつ、雲入道に追われるようにして紺碧の空を滑り落ちていった。
だが、その認識は大きく改められる事になる。原因はもちろん、地底からノコノコとやってきたこの連中。
「お寺に来る人間って美味しそうだよね。スパイスが効いてるっていうか……」
「残念ですが、そういった目的の方はちょっと……」
暗い洞窟の明るい網、黒谷ヤマメ。入門拒否。
「死体! あるんだろう!? 死体! 全部ちょうだい!」
「お引取りください……いやいや、死体を引き取れって意味じゃなくて!」
地獄の輪禍、火焔猫燐。門前払い。
「オマエも白骨死体にしてやろうかああああああああああああああああぁ!」
「わーッ! 誰かこの桶なんとかしてくださいっ!」
恐るべき井戸の怪、キスメ。広域指名手配。
荒くれ者の一団をどうにかやり過ごし、ホッと一息つく白蓮。
しかし、まだ全てが終わったわけではない。命蓮寺の門前に、最後の一人が不敵な笑みを浮かべて佇んでいる。
「まァ見てなさい。私にかかればこんなお寺の一つや二つ、赤子の手を妬むようなものよ」
地殻の下の嫉妬心、水橋パルスィ。
例えの意味は不明だが、すごい自信だと言っておこうか。
命蓮寺の一室にて、二人の少女が対峙する。
住職、聖白蓮。
橋姫、水橋パルスィ。
前者はやや強張った笑みを浮かべ、後者はお得意のジェラシック・スマイル。
親指の爪を噛むのがチャームポイントだ。
「水橋パルスィさん、ですね」
「ええ」
「失礼ですが、入門の目的などをお聞かせ願えないでしょうか」
「あら、仏の教えを乞うのに理由が必要なのかしら?」
「いえ、そういう訳ではないのですが……」
白蓮のコメカミを、一筋の汗が伝う。
コイツは今までの妖怪たちとは違う。何ていうか、こう、スピリチュアル的なアレを感じる。
見極めなくてはなるまい。彼女が共に歩むべき同志と成り得るか、それとも災いの種となるのかを。
「なにぶん地底の方ですので……念のためお聞きする事にしているのですよ」
「そう。ならお聞かせしましょう。私が此処に来た理由、それは……」
「それは……?」
無駄に溜めをつくって、白蓮の焦りを誘うパルスィ。
彼女は持参したズタ袋から藁人形、五寸釘、金槌、そして蝋燭を取り出して、畳の上に並べてみせた。
「じゃじゃーん! 水橋印の特製丑の刻参りセットどぅえーす! これに基本作法を記したマニュアルと私のプロマイド写真をお付けして、お値段たったの……」
「要りません。帰ってください」
「……憎いアンチクショウに呪詛の言葉を叩き付けながら、ガンガンガンガンいい気持ち! まさにご家庭でプロの味!」
「聞いてません。帰ってください」
「ご家庭でプロの味!」
「そのフレーズ気に入ったんですか!? とにかく帰ってください!」
けんもほろろとはまさにこのこと。すっかり打ちのめされた様子のパルスィは、畳に突っ伏して嗚咽し始める。
当然、これは演技に過ぎない。その証拠に彼女は時折上目遣いで、白蓮の表情をチラチラと窺っているのだから。
「ううっ、ひどいわ~。今なら会員割引やファミリー割引で、さらにお安くご奉仕させていただけるのに~」
「押し売りの類はお断りです。さあ、もう気が済んだでしょう。その不吉極まりないアイテムたちを持ってお帰りください」
「魅力的な商品や、お得な割引にも動じないその精神力……噂以上のツワモノとみたわ」
「えっ? いやあ、まあその。褒めても何も出ませんよ?」
「そんなお前に……ジェラシック」
「立ち直り早っ!」
嘘泣き終了。水橋スマイル。聖白蓮呆れ顔。
売り損ねた道具を仕舞い終え、第二ラウンドの鐘が鳴る。
「実を言うと、私はアナタに興味があって此処へ赴いたのよ」
「わ、私にですか? 申し訳ありませんが、その……私にソッチの趣味はありませんので……」
「私にはある!」
「いや、そんな堂々と宣言されても」
「ついでに言わせてもらうけど、興味と言ってもアナタが想像しているのとは違う意味のものよ」
「えっ……」
さすがの白蓮もこれには赤面。やっちまったな聖尼公!
顔を覆って畳の上をゴロゴロしたい衝動に、住職の矜持で必死に耐える彼女であった。
「まあ、アナタがどうしてもって言うのなら、私としても決して吝かでは無いのだけど?」
「い、いえ。結構です」
「無いのだけど?」
「繰り返さなくていいです! 早く本題に入ってください!」
パルスィの媚びるような視線を受け、慌てて目を逸らす白蓮。
敬虔な仏教徒である彼女にしてみれば、例え同性が相手であろうとセクシャルなアレは御法度である。
「ビャッキーは数多くの人妖に慕われているみたいだけど、それってとっても妬ま」
「ちょっと待って下さい! そのビャッキーって何ですか!?」
「アナタの渾名よ。これからガンガン流行らせていきましょうね」
「困ります!」
「ビャックィーンの方が良かった?」
「そうじゃなくて!」
聖ビャッキー、若しくは聖ビャックィーン。
水橋パルスィに勝るとも劣らぬインパクティーン。
「大丈夫よ、すぐに慣れるから。私も昔は『パルスィとかありえないんだぜ!』なんて思ったものよ」
「あなたのソレ、本名じゃなかったんですか?」
「ソレ呼ばわりとは心外ね。そうよ、私の本名は水橋パルスエレクトロメータ。長過ぎるって理由でパルスィにされてしまったの」
「そ、そうだったんですか。変わった名前だとは思いましたが、まさかそのような事情があったとは……」
「まあ、嘘なんだけどね。人を疑うことを知らないその純真さ……まったくもって妬ま」
「ええ分かってましたよ! 絶対嘘だって思ってましたよ!」
「最後まで言わせなさいよッ!」
「何その逆ギレ!?」
言いたかっただけ。妬ましいって言いたかっただけ。
特に大事なことでも無いけれど、言いたかったので二度言いました。
「あー妬ましい妬ましい。妬ましいたらありゃしない」
「な、何がですか?」
「アナタよ! ルックス良くて性格良くて、その上ケンカも強くて人望もあるなんて、完璧超人以外の何者でもないじゃない」
「それは褒めすぎですよ。私なんてまだまだ至らぬところばかりで……」
「あああああナニその謙虚ッぷりマヂたまんないンですけどやめてやめて妬ましい妬ましい……」
「ちょっ、大丈夫ですか?」
「駄目。もうダメ。妬ましすぎて生きるのがつらい。ねえ死んでいい? 今すぐ此処で死んでいい?」
「安易に死を選んではいけませんよ。私でよければ幾らでも話を聞きますから、ねっ?」
「ああッ! 駄目ッ! そんなに優しくされたらパルスィ、溢れちゃうッ!」
意味ナシ処置ナシ打つ手ナシ。こんなパルスィに誰がした。
手刀という名の鎮静剤を用いるべきか否か、真剣に検討を始める白蓮であった。
「ふう……私だけ妬むのも申し訳ないわ。この際だからYouも盛大に妬んじゃいなよ。相手は誰でもいいからさあ」
「えっ、でも私には妬むべき相手なんて居ませんけど」
「なにサラッと妬ましいセリフ吐いてくれちゃってるワケ? アナタ世界の頂点なの? トップ・オブ・ザ・ワールドbyカーペンターズなの?」
「そ、そんなことはありませんよ。私にだって羨ましく思う相手の一人や二人くらい……」
居るかどうかは兎も角として、今の白蓮にはパッと思い浮かばない事だけは確かだ。
これまで出逢った人物の中から、妬むべき相手を探し出す。
これほど不毛な行いがあるだろうか? いや、ない。
(とりあえず……私が信仰する毘沙門天あたりでどうかしら?)
“やっほー白蓮ちゃん! 私は今ベガスで休暇を満喫中だよ! ここのセレブ感、パネェんですけど!”
(ああ、これはなかなかに妬ましいかも……)
“ところで白蓮ちゃん。いくら想像の中とはいえ、信仰の対象を妬むのはどうかと思うんだよねぇ私は”
(ひぎゃあバレてるぅ!?)
深淵を覗き込む者もまた深淵にうんたらかんたら。
これは妄想なのか、信仰が呼び起こした奇跡なのか……今の白蓮には判断がつかない。
(ああダメ、これ以上誰も浮かばないわ。こんなとき命蓮が居てくれたら……)
“ああッ! もう我慢できない! 今すぐ姉さんのエア百合棒を、僕のマンダラにブチ込んでくれッ!”
(何よこのシチュエーション!? いけない、きっと頭がこんがらがっているんだわ。平常心、平常心……)
聖の弟がこんなに性的に倒錯しているわけがない。
今のはあくまで想像、イメージです。イマジナリーコンパニオン? この時点ではこいしはまだ命蓮寺に入門していません。念のため。
「ねーどうしたの? 妬ましい相手マダー?」
「急かさないでください。いま集中してるんですから……!」
「はっやっく♪ はっやっく♪」
「ああもう! 他人事だと思ってアナタはホントに……ん?」
頭を抱えて唸っていた白蓮であったが、ふと何かを思いついた様子でパルスィの顔をまじまじと見つめた。
余裕ブッこいてたパルスィさんも、いきなり見つめられたとあっては少々気まずくなる。
「な、なによ。とうとうソッチの気に目覚めちゃったとか?」
「居ましたよ。メチャクチャ妬ましいヒトが約一名」
「それはいいのだけど……なにゆえ私をガン見しながら言うの?」
「私が妬ましく思う存在……それは」
「ちょっと待って! 聞くのが怖くなってきたわ!」
「じゃあ耳塞いで……水橋プウゥルルアアアアアアアアァルスイイイイイイイイイイイイィッ!」
「いやああああああぁ巻き舌いやあああああああぁッ!」
ひじりん咆哮。パルスィ動揺。
特に意味も無く韻を踏む。
「なっ、なんで!? なんで私なんか妬むのよっ!?」
「私をいぢめるアナタの表情……とてもイキイキとしておられました。そんなアナタが……」
「だっ、だっだっ駄目よそれ以上言っちゃあ。これ以上変なコト言われたら、私は、私はッ……!」
「ね た ま し い」
「いやアアアアアアオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッ!?」
水橋パルスィ、オーバーフロー。
妬みこそ彼女の力の源。誰かを妬む事によって、彼女は無尽蔵に力を得ることができる。
ならば、誰かに妬まれた場合はどうか? 結果はご覧の有様であった。
「へけっ、へけっへけっへけけけけけけっけけけけけけ……」
「パッ、パルスィさん? 大丈夫ですか……?」
“橋姫に勝ったよ! やったね白蓮ちゃん!”
「毘沙門天は黙っててください!」
“らめええええええぇみょうれんおかひくなっちゃいまひゅうううううううううぅッ!”
「さっきから何なのよアナタは!? ええい煩悩退散煩悩退散ッ、オンベイシラマンダヤソワカ、オンベイシラマンダヤソワカ……」
一方の白蓮もまた、平常とは言い難い有様に成り果てていた。
2ボスとはいえ相手は大物。勝利の為に支払った代償は、決して小さなものではない。
通りかかった寺の者に発見されるまでの間、二人は醜態を晒し続けたのであった。
「行ってしまわれるのですか? パルスィさん……」
正気に戻り、帰り支度を始めたパルスィの背中に向かって、白蓮が寂しげな声を掛ける。
邪ではあるが、決して相容れない存在ではない。同志として迎え入れる余地は十分にある。
「ええ。これ以上ここに留まったら、本格的にアナタの事を好きになっちゃいそうだからね」
「う~ん……その『好き』というのは、どのように解釈すればよろしいのでしょうか?」
正直な話、このまま命蓮寺に残ってみたいという気持ちも、少なからずパルスィは持ち合わせている。
だが、相手に対する理解が深まるほど、嫉妬心が薄れていく事をパルスィはよく知っている。
彼女は力の源である嫉妬心を燃え立たせるために、白蓮の許を訪れたのだから。生活を共にする事によって、白蓮を妬ましく思う気持ちが弱まったのでは台無しだ。
それならばいっそのこと、己が内に築き上げた理想の白蓮像を地底に持ち帰って、人知れず静かに嫉妬し続けるほうがよい。彼女はそう判断したのだ。
「……無論、性的な意味でよ」
「ああ、絶対そう仰ると思ってました」
パルスィは半分だけ嘘をついた。あくまで半分。もう半分は本気だったかもしれない。
いずれにせよ、好意を抱いている事だけは確かだ。嫉妬するために相手の幸せを願うなどという、少々歪んだ形ではあったのだが。
「今日の事はナイショにしておいてね。色々と恥ずかしいところも見られちゃったから」
「ナイショも何も、既に見られてしまっているのですが……」
「あまり他人に話さないで、って事よ」
「まあ、そういう事でしたら構いませんけど」
後の会談において、白蓮が挙げた入門希望者の中にパルスィとキスメの名前は無い。
お互いに知られたくない事が多すぎる。今日の事は可能な限り二人だけの秘密にしておこう。可能な限り。
「またいつでも遊びに来てくださいね。命蓮寺はアナタを歓迎します……余程の事が無い限り」
「フフッ、期待しないで待ってて頂戴」
パルスィは持参したズタ袋を担ぎ上げ、不吉な笑みを残して立ち去った。
命蓮寺の門を出た際に、彼女は一度だけ空を見上げて、胸いっぱいに息を吸い込む。
彼女の視界の隅で、見覚えのある桶がひとつ、雲入道に追われるようにして紺碧の空を滑り落ちていった。
手刀鎮静剤で限界だった
しかしパルスィの本名がそんなシャレオツなものだったなんて…
あと水橋さんのテンションすげぇ…天然ボケにされがちな聖はんがツッコミに回ってはる…
あと聖ビャックイーンってビックリマンに出てきそうな名前ですね(天使かヘッドのキラキラシール)
パルスィの本名なんぞ
しかし弟でそんな想像をするなんて、もしやそっちの素質が……
パルスィww
ある意味とってもボンバイエw
嫌なこと吹き飛びました
にしても、誰のSSに登場しても毘沙門天様は常にはっちゃけておられるなあ。
ビャッキーとパルスエレクトロメータが生き生きしてて良かったです←
ハム○郎的な「へけっ」のくだりに腹筋持って逝かれた
明るく生き生きとしているパルスィ、アリです
笑いすぎてへけけなので自分に手刀鎮静剤してきます
…いや、待てよ? 突っ込む!?突っ込むなら、前でも後ろでも好きな方を…!!ペグゥ
しかしこの聖尼公は何かと隙の多い方だなーそりゃいじりたくなるわなー。
後パルスィの本命がwww