Coolier - 新生・東方創想話

風祭 上

2012/12/02 00:03:55
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注意!

この作品は、以前に投稿し手違いで削除してしまった風祭上の内容を修正、追加したものです。





この作品にはオリキャラ要素やオリ設定が多数含まれます。

オリキャラ要素やオリ設定が苦手な方はバックお願いします。

チラ裏?見てやるよ!な人は↓へどうぞ!



「ねえ、あの席の奴、夏休み明けからずっと欠席だよね。暗い性格の。名前なんだっけ―――」

「東風谷のこと?家がなんとか神社の」

 東風谷早苗は立ち止まらない

 決して歩みを止めない

 代々守矢神社の風祝を務める東風谷家の次女として×××は世に生を受けた。守矢神社に祭られる八坂の天啓を受けるべく、幼いころから風祝として育てられた早苗とは対照的に、実家が神社であることを除けば、×××は極々普通の女の子として育てられた。

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 紅蓮に染まる幻想郷の空。
 土が、森が、空が、生物が、焔に包まれ舞い上がる火の粉が神の頬を撫でる。古来から、神々が宿ると代々言い伝えられてきた妖怪の山。その最深部である山頂は、今では文字道理煉獄と成り果てていた。

 神々は闘争を求め、この瞬間も命を散らす。

『メインシステム、戦闘モード起動します』

 友人の声に、守矢の第七十八代目風祝であり現人神であり軍神八坂神奈子の巫女であり風祝であり女子高生である東風谷早苗は、その意識を覚醒させた。



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1.



「あ。早苗だ」
 今夜の夕食となる人間を探して人里を徘徊していた多々良小傘は、夕食の食材を買い求める主婦で賑わう市の中、片手に買い物袋を持ち八百屋の前でウンウン悩んでいる東風谷早苗を発見した。
「お~い、早苗~」
(うわ、ヤバ)
 飼い主を待ちわびた飼い犬の尻尾の様に、ブンブン手を振りながら満面の笑みで近づいてくる小傘に早苗は一瞥すると、何事もなかったかのよう野菜に視線を戻した。
「って、ねえってばぁ!無視しないでよぉ!」
「こ、こんにちは、多々良さん。いいお天気ですね。あと、人里ではあまり私に声をかけないで下さい」
 会って早々あまりの言葉に、小傘は目を見開き口をぱくぱくさせる。
「ひ、ひどくない?しかも名字……」

 地面にしゃがみ番傘をクルクル回し、俯きながら何やら呪詛のような言葉をぶつぶつ呟く唐傘お化けの姿に、早苗はちょっとだけ申し訳無くなった。事の始まりは、魔理沙が小傘に「しらないのか?外の世界では、傘で空を飛ぶのはベビーシッターか空挺師団の仕事なんだぜ。驚かせるぞ~」と吹き込んだことであった。
 空挺師団にはドン引きだった小傘も「ベビーシッターなら楽勝だね!子供相手だし!」と意気込み、二週間程前から、人里の赤ちゃん達にゲリラベビーシッターを仕掛けるという、確実にベビーシッターの意味をはき違えた行動に出たのである。その姿は完全に不審者だった。
しまいに、子供をかかえる親達の間で手配書まで出回り始め、遂に、頻繁な実害がある分ルーミアらより危険(ウザい)な妖怪として人里で確固たる地位を手に入れたのである。実に妖怪冥利に尽きる。

 そんな経緯からなるべくなら人里ではかかわり会いたくないなぁ、と思う早苗であったが、落ち込んでいる小傘の鬱陶しさと、何より周囲の目が辛かったので状況の打開に出た。
「小傘さんは何してるんですか?」
 早苗の声に俯いた顔をあげ「名前で呼んだー!」と笑顔になる小傘であったが、早苗の後を通った通行人から発せられた盛大な舌打ちにまた凹む。
「いやね、お腹すいたから人間驚かせようかなーって」
「うわぁ」
 そしてこの様である。

 呆れる早苗の頭上を妖怪の山から飛び立った、二機のF‐86Fがフライパスして行く。太陽光をその銀色のボディに、キラキラと反射させながら遠ざかって行く二機ををボーっと眺める早苗と小傘。あれに乗れば守屋神社までどの位で帰れるんですかねー、きっとパパラッチよりは遅いねーとぼんやり呟いていた二人であったが、そういえば、と小傘が話題を戻した。
「早苗こそ何してるの?」
 水色の髪を揺らしながら興味心身の顔でのぞきこんでくる小傘。早苗は早く帰りたいなぁと思ったが、小傘の襲来でまだ買い物が済んでいないことに気付く。
「いえね、今日の晩御飯肉じゃがにしようと思ったんですけど、じゃがいもが売り切れてたので……」
「えぇ、どうするのさ。晩御飯作れなかったら、おっきい方の神様に早苗ぶっ殺されるよ」

 わぁお、雑多な妖怪、神々には滅茶苦茶恐れられてますよ、神奈子様。

 どうにか印象を改善できないものかと考えながら、邪嫌に扱われても、うんうんと一緒になって悩んでいる小傘の姿に、なにこの生き物かわいい抱っこしたいなぁと思う早苗。思い切って腕と自らのふくよかな胸をフルに使い、抱きしめて小傘の抱きごごちを堪能するが、本気で怯えた顔をされたので離してやる。
 はぁはぁと息を荒くしたのが駄目だったのかもしれない。今ならレズレズの霊夢さんと魔理沙さんの性癖も少しは理解できそうだなと考えたが、やっぱり出来なかった。
「あ、小傘さんジャガイモ沢山持ってましたよね?」
「えっ」
「えっ」
「いや、弾幕でジャガイモぶつけて来ましたよね「あ、あれは番傘だよぉ!」

 だんだん涙目になってきた小傘を見て、やっぱりかわいいな、連れて帰ってうちで飼えないかなと思考を巡らす早苗の目線に、先ほどの行為と今の早苗の表情に本能で何かヤバい物を感じとった小傘は思わず後ずさる。
 そんな事などいざ知らず、ノホホンとした表情で早苗は、どうやってジャガイモを手に入れるか考えていた。
「霊夢さんの所ならあるかなぁ。あ、小傘さんもうちで食べてきます?」
「え、いいの?」

 小傘の少々硬い表情に、はてどうしたのかなと早苗は首を傾げるが、そんなことより早苗の頭の中は、酒好きであるうちの二柱の今晩のお酌相手(生贄)を見つけたことでいっぱいであった















 夢を見た

「―――早苗、×××、母さん。早苗の七五三のお祝いに八坂さまの前で記念写真を撮ろうか」

 幻想入りする前

「ねえ、あなた。境内なんだから静かにしなさいよ。それに、ウフフ、貴方が一番はしゃいでるじゃない」

「あたり前じゃないか。久しぶりに家族が揃ったんだからな」

 外の世界

「お姉ちゃん凄いなぁ。大人になったら八坂さまの風祝いになるんでしょ?凄いなぁ」

「そうよ、×××。八坂さまの風祝に成る為に、今早苗はいっぱい修行してるんだから」

 遠い過去の





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2.



「あん?神降ろしがしたい?」
 外の世界でいう五月の下旬。ポカポカとした陽気の中、早苗と霊夢は博麗神社の縁側で、お茶と早苗がお土産で買ってきた人里の有名処の和菓子屋の芋羊羹に舌づつみを打っていた。
「随分と唐突ね」
「はい、少々事情がありまして」
 霊夢は、探る様に早苗の表情をマジマジと見た後、美味しいわねこの芋羊羹。早苗の一切れ食べて良い?、と早苗の皿に手を伸ばす。良いですよと早苗は言葉を返した。芋羊羹を頬張りながら続きをどうぞと霊夢は早苗に促す。
「実は……」


 早苗の話を聞き終えた霊夢は、しばらく頬っぺたをポリポリと掻き、面倒事に巻き込まれたなぁと思いながら口を開いた。
「あー。要は、今まであんたのところの二柱が外の世界でやってきた、その何とか祭りを幻想郷でもやりたいと?」
「何とか祭りって……。風祭ですよ、風祭。霊夢さんちゃんと聞いてくれてました?」
「それそれ、風祭ね。風祭。んで、豊穣の神の降ろし方をこの霊夢さんに聞きに来たと。こんな感じでおーけー?」
「そうですね、そもそも風祭自体、私は初めて経験しますし。神様なんて降ろしたことありませんし」
「だが、断る!」
「なっ、なんでですか!?」

 いいじゃないですかー減るものじゃないしー、と不満を漏らす早苗をよそに、本当に美味しいわねこの芋羊羹。ねえ、もう一個だけ頂戴、と霊夢は再び手を伸ばすが、早苗にピシリッと手を叩かれた。叩かれた手を擦りながら頬を膨らませた霊夢は「だって、ぶっちゃけ商売敵だし~、そっちの神社ばっかり賑わうのは嫌よ~」とむくれる。
「だいたい、あんただって神様じゃん。それに、私に教わるよりそっちの二柱に教わった方が話早いんじゃない?」
「まあ、そうなのですけど。実は、いろいろありまして」




 「汝に教えを授けようぞ」そんな尊大な言葉から、早苗と神奈子の修行改め『ドキドキ☆神奈子の神降ろしレッスン』が始まったのは一月程前の事であった。

 神奈子の期待に答えるべく早苗は修行に励むこととなる。常人なら、物にするまで四、五十年を要するその課程を早苗は、持ち前の勤勉な性分と現人神である身、何より、計り知れない莫大な潜在的な素質をよういて僅か二週間で会得した。
 二柱の見守る中、いよいよ実際に神降ろしを行おうと意気込む早苗を待っていたのは、自身の身体に神が入り込んでくる感覚では無く、キョトンとした表情で目の前に突っ立ている野良神姉妹の妹。早苗達の良く知る秋穣子であった。
その後、何度も繰り返し試してみたが、その度に穣子が現れるのであった。

 なんだろうねぇ、現人神だから人間のやり方じゃあ駄目なのかねぇ、と頭を抱える神奈子
 地の影響?幻想郷の豊穣の神だと秋の神格が強すぎる性だと私は思うな、と考察する諏訪子
 度重なる神降ろしで、体力、精神共に疲弊しながらも、え、なんで?どうして?とブツブツ呟きながら、再び神降ろしを続行する早苗
 そんな三柱を現実に引き戻したのは、度重なる神降ろしでいい加減ぶちぎれた穣子から発せられた、いい加減にしてよ!半端者のお遊びに付き合ってられないわよ!との啖呵であった。
 そう言うと憤慨し、プンプン怒りながら帰って行く穣子。
 それを愕然としながら見送る早苗に追い打ちをかけたのは、神奈子からボソリと小さく呟かれた、やっぱり自覚が足りないのかねぇとの言葉であった。

 普段なら何気ない小言であるが、此方の都合に付き合わせたとはいえ、自身より遥かに神格が下である穣子に身内に啖呵を切られたらとなればいつもなら激昂しているはずが、なにも言わずに穣子を見送った神奈子から発せられた言葉だけに、早苗にとっては決して聞き捨て成らない一言であった。
「早苗」
「か、神奈子様っ!」
 慌てて向き直った早苗は、間を置かずにひざまずき手を揃えて頭を垂れた。境内に敷き詰められた玉砂利が両手とスカートからはみ出た脛に食い込む。痛みに構わず頭を地面に擦りつけた。
「お許し下さいませ、神奈子様、諏訪子様。未熟な自身の性で、あなた様方の御顔に泥を塗ってしまうことと成ってしまいました。どうか、どうか御怒りを御静め下さいませ」

 無様な格好で許しを請う早苗に神奈子は目を細める。これではまるで人と神ではないか、古から続く人と神の関係そのものではないか、と。

 この幻想の地に至っても未だ神に成り切れず、人間を捨て切れず、現人神に甘んじる半端者。我が愛おしい巫女は、神奈子の目にそう映った。それと同時に、人に畏怖され崇拝され喜びを感じている自身の中にある神の性分に嫌気がさす。
神奈子は、その早苗の並はずれた素質に、現人神という、言うなれば人の身で神であるどっち付かずな立場ではなく、幻想の地にて人の性を捨て去り神として目覚めることを望んだのである。

 そんな神奈子の内に秘めた思いを普段から早苗は敏感に感じ取っていた。ただそれは、具体的に神奈子が自分に何を求めているかまでは分からず、現在のままの早苗に神奈子が満足していないとの、漠然とした思いとしてしか早苗には理解できていなかった。
「それは良い。早苗は良くやってくれていると思う。私や諏訪子によく気を利かせてくれるし、山の妖怪や人里の信仰集めにも文句の一つも言わずに励んでくれる」
「いえ、この身に余る御言葉です」
「早苗よ。私と諏訪子は、お前が私たちに付いてきてくれて感謝している。科学が進歩し幻想が駆逐された外の世界で生まれ育ったお前が、この幻想の地で暮らすのは大変だろう。今でこそ馴染んでいるが、慣れるまで苦労したであろう」
「だが、慣れようとするあまり。周囲と同調しすぎようとするが故に、私には、今のお前は向上心を少々欠いている様に見える」
「そ、それは」
「お前が慢心しているとまでは言わないが、人の身から神になる事は並大抵の事ではない。過去の先人達がそれを証明している。多くの者が機会と才、生まれも持った自身の素質に恵まれずに神に成り切れず、その生涯を人の身のまま終えていった」

 そこまで話すと神奈子は、神奈子と早苗から一歩離れ、灯篭に腰掛けて何も言わずに話を聞いていた諏訪子の方に顔を向けた。神奈子の意図を察した諏訪子はげんなりとした表情で顔の前で手を振った。
 あからさまな私に話を振らないでよと言わんばかりの態度に、神奈子は内心毒づきながらも、まあいいと視線を今だ境内の玉砂利に頭を付け僅かに震えている我が最愛の巫女に戻した。
「精進しなさい、早苗。お前は自分と同じ異能を使える友を作りに幻想郷に来たのではないだろう。現人神のまま、この地で生涯を終えるつもりなら、外の世界に戻りなさい。その方がお前にとって幸せなはずだ」
「神奈子」
「……神降ろしの修練は今日のところはここまでだ。問題については、今後三人で考えていこう。ひとまずご飯にしよか」
 神奈子は、そう言うときびを返し、神社の本殿へと戻って行った。
 後には震えながら頭を垂れている早苗と、灯篭の上で気まずそうに頬っぺたを掻いている諏訪子が残された。
「ありゃ~、あれは完全に教育ママだね」
 神奈子の姿が見えなくなると、諏訪子は灯篭からピョンとジャンプし早苗の前に降り立つ。そうして、早苗の顔の周りの玉砂利が若干湿っている事に気付いた。
「ちょ、ちょっと早苗、顔あげなよ。神奈子は面子守るためにちょっとカッコ付けたかっただけだって。私は全然気にしてないよ?ここは、幻想郷。科学に追いやられた幻想達に最後に残された楽園さ。そんな場所で威張っても滑稽なだけなのに。ああ、もう泣かないでよ早苗、どうすりゃいいのさぁ」





「うおぅ!?」
 そんなやり取りを思い返し、こんなの話せるわけないよなーと考えこんでいた早苗を現実に引きもどしたのは、物珍しそうに早苗の顔を覗き込む霊夢の顔であった。
「ち、ちょっと!人の顔見て驚かないでよぉ!こっちまでびっくりしたじゃない」
「近い!近いですよ霊夢さん!」
「なによう、芋羊羹頂戴って言っても無反応だから心配したのに」
 先ほどの無防備な霊夢の顔に思わずドキリとした自分が恥ずかしかった早苗は、驚いた拍子に零したお茶を雑巾で拭きながら話をそらすため、文句を言いいながらお茶を啜る霊夢に前から思っていた疑問を口にした。
「霊夢さんってレズなんですよね?」
「ぶううううううう」

 早苗の方を向いていた霊夢がお茶を盛大に噴出し、それを顔面で受け止めた早苗はあちいあちいと悶絶すしながら転げ回った。乙女にはあるまじき挙動で転げまわる緑の巫女の隣では、赤い巫女が巫女服だけではなく遂に顔まで真っ赤に染め上げていた。
「な、なに言ってんの!?バカじゃないの?」
「良かったぁ、霊夢さんとはこのまま友達の関係でいたかったもので」
「あれか、喧嘩売ってんのか?弾幕ごっこか?」
「だって、霊夢さん。魔理沙さんと一緒にお風呂入ったり、何時もイチャイチャしてるじゃないですか」
「違うし、ノーマルだし。好きに成った人がたまたま魔理沙だっただけだし」

 幻想郷進んでんなと思いつつ、なにやら恥ずかしそうにモジモジしている霊夢に、あーうざいなーリア充爆発しろよと独り身の早苗は心の中で悪態を付く。口に出さなかったのは、持ち前の苦労人体質で鍛えられた精神力の賜物だろう。
「おっほん。とにかく、神降ろしを教えるのは無理よ。それに私、人への教え方なんて分かんないし」
「はは、才能ですか……」

 敵わないなぁ。

 幻想郷に来るまで早苗は、それなりに自分の力に自信があった。当然である。霊が見える、見えないの次元ではなく、霊を払い、神と会話し、風を操る事が早苗には出来た。
 その上で決して慢心せず、努力を怠らず、その過程を経て手に入れたのが努力に裏打ちされた今の実力である。それは、周囲を見ても特出する実力であった。そう、外の世界では。


 二柱に幻想郷の話を初めてされた時の事は今でもよく覚えている。

 忘れられたモノが最後に行きつく場所という事。妖怪や神々の楽園であるという事。このまま此方にいては神奈子と諏訪子は科学と文明に駆逐されてしまう事。幻想郷の生活水準は外の世界と隔絶的な差があり、此方で生まれ育った早苗は苦労するであろう事。幻想入りすると外の世界から忘れられ、人の記憶、紙媒体から電子媒体にいたるまで、存在した痕跡が綺麗さっぱり消えて無くなる事。それは知り合いはおろか、親しい友、肉親との訣別を意味した。それでも私たちはお前に付いてきて欲しい事。
 そんな事を守屋神社の本殿で正座で佇まいを正した早苗を前に、神奈子は淡々と話した。諏訪子は何も言わず縁側で足をブラブラさせながら、上空で線を引く飛行機雲をただボーッと眺め、静かに神奈子の話に聴き耳を立てていた。
正面で話している筈の神奈子の目はどこか虚ろで、どこを見て話しているのか早苗には分からなかったが、その目に自分が映っていない事だけは理解できた。

 その日の夜。早苗はドキドキして眠れなかった。周りと自分が少し違っている事は自覚していたし、せっかく苦労して身につけた力なのだから思う存分力を発揮してみたかった。それは、こっちに居ては絶対に叶わない願望であるし、恐らくこの機会を逃せば永劫に叶わぬ望みだろう。そしてこの機に乗じたが最後、私は二度と私を知っている、私の知っている人達に会えなくなる。

 別に友達とかいねーしなー

 彼氏?何それ受けるwww

 ひとしきり布団の中で笑い声をあげた早苗は急に怖くなった。いつもお参りに来てくれるおばあちゃんに忘れられる。小さい頃からお菓子をくれて良くしてもらったおばあちゃんだ。良く行くコンビニで仲良くなった店員のお姉さんにも、他愛もない無駄話をする商店街のおばちゃん達にも、毎日あいさつを交わす早朝にランニングで境内を通るお兄さんにも、よく面倒を見てあげた今年小学生になる近所の女の子にも―――
「うぁ、っ、ううあぁ」
 わんわん早苗は泣いた。まるで親からはぐれた小さい子供のように泣きじゃくった。
 早苗は気付いたのだ。他の人間からしたらなんて事の無い出来事。下手をすれば希薄だと馬鹿にされかねない人間関係。それでもそれは早苗にとって掛け替えの無いものだった。それは既に東風谷早苗を構成する上で、無くては成らない一要素に成っていた。堪らなく怖く堪らなく寂しく、そして同時に堪らなく嬉しかった。

 その異質さ故、常に周囲から浮いていた自分。傷つき、悩み、打ちのめされ、現実逃避し、人間不信に陥りながらも何かにすがりつくように修行に明け暮れた自分。そんな自分にも他人を思うことがまだできたのだと嬉しかった。
 自分が思っているより自分がずっと人間らしかったことが嬉しくて堪らなかった。

 そして、早苗は開き直ったのだ。
 そして、最後に自分がぶち壊してしまった家族の事を考えながら眠りに付いた。実は、神奈子から話しを聞いた時点で既に早苗の心は決まっていたのだ。

 次の日、起床するや否や早苗は行動を開始した。大量のノートを買い込むと図書館へ走った。目的は一つ、幻想郷で野たれ死にしない事だ。早苗は一カ月で館内の平安時代から現代に至るまで続く日本古来の食文化、生活形態、様式、家庭医学。果ては、戦国時代や異世界に飛ばされる軍隊のファンタジー小説や現代のサバイバル術まで述べ八十八冊の中身を全て頭の中に叩き込んだ。それが終わると、早苗は自慢であった黒髪を風祝パワーで緑に染め上げた。無論、幻想郷で舐められない為である。それを見た二柱は、鼻から御柱を噴き出す、帽子が喋り出すの形で動揺を見せる事となる。

 初めて踏みしめた幻想の地。いいとこだねー、空気が美味しいねーと第一印象を漏らす二柱をしり目に早苗は駆け出し地を蹴った。
「ヒャッハー!幻想郷だぁ!」

 抑圧されてきた自己を糧に、歓声を上げ空を舞う。それは早苗の初めて経験する解放感だった。

 今ならなんだって出来る、もう何も怖くない。さあ、来い、博麗の巫女とやら!

 しかし、のちに彼女は思い知る事となる。

 死亡フラグの存在と、この地に生きる化け物たちの実力を




「まあ、いいですよ」
 早苗は縁側から立ち上がると両手を伸ばしてううんと背伸びをした。
「え、帰るの?」
 隙在り!と、早苗の芋羊羹を口に運ぼうとした霊夢は、右手に芋羊羹持ったまま急に立ちあがった早苗に唖然とした。周囲は日が傾き橙色に地面が染まり、物干し竿には取り入れ時を逃した紅白の巫女衣装が風でたなびいていた。それを見て早苗が笑う。
「話してたら遅くなっちゃいましたしね。洗濯物も取り込んでないですし」

 その笑顔に霊夢は僅かな影を見た。なぜだか無償に早苗を引きとめなければならない気がした。霊夢の感がそう告げる。
「もう少し、ゆっくりしていけば?洗濯物は得意の神通力パワーで二柱に頼めば良いじゃない」
「駄目ですよ。晩御飯の準備もしないといけないですし。あれ、もしかして霊夢さん寂しがってるんですか?」
「馬鹿」
「はいはい。じゃあ帰りますね」
「あ、今度うちで宴会やるから手伝いにきなさいよね?」
 早苗は霊夢に背を向けながら左手をヒラヒラ振って返事をすると、浮かびあがってゆっくりと夕焼けに染まる妖怪の山へと飛んで行く。
 どんどん小さくなる背中を霊夢はしばらく眺めていたが、おもむろに声を張り上げもう一度言葉を投げかけた。
「悩みごとあるならまた聞いてあげるからねー!友達なんだから遠慮せずに話しなさいよー!」
 全部言い終える前に、早苗の背中は見えなくなった。最後まで言葉が届いたか霊夢には分からなかった。






3.

 幻想郷には大きく分けて、四つの勢力が存在する。

 博麗の巫女と八雲紫からなる博麗大結界維持機構。

 妖怪に比べ非力である普通の人間が自らの身の安全や、尊厳を守る為に独立した経済圏、安全圏の形成を目的として、商店組合を母体とした経済連盟に管理されている人里。

 複合共同体、技術集団、守屋神社らの三勢力からなる妖怪の山。

 それらのいずれにも属さない、紅魔館、永遠亭、命蓮寺の地上に存在する自治権を主張する主だった三勢力が形成する経済共同体。

 他にも、それらにすら属さない個人や、地底、冥界、彼岸、天界が存在するが、通常、幻想郷の勢力として指されるのは、地上に存在するその四つであった。
 四勢力の中でも、妖怪の山はとりわけ異質だった。厳密にいえば、妖怪の山という組織は幻想郷に存在しない。妖怪の山とは、天狗を筆頭とした妖怪群の形成する、高度な組織力、経済力、軍事力を有する複合共同体。高度な技術力を持つ少数の河童らの技術集団。神奈子と諏訪子が率いる守屋神社。
 その三つの勢力が形成する経済圏、及び周辺の総称が妖怪の山である。

 元々は妖怪の山に存在するのは複合連邦体のみであったが、後に他の二つの勢力が出現する事となる。強烈な排他的思想を持つ事で知られる複合共同体が、自身以外の二勢力の出現を許したのは意外と思われるかもしれないが、そこには様々な背景がある。
 八雲紫や多くの妖怪は危惧していた。複合共同体の高度な組織力や巨大な軍事力はその他の勢力には脅威でしかなかった。幻想郷のパワーバランスを崩さない為に取るべき手段。自衛の為の武力の増強。それは、軍拡競争が始まる事を意味する。
 ああ、なんて悲しいのだろうか。
 ここは、楽園の筈なのに。もう我々には、幻想郷しかないのに。これでは、外の人間と同じではないか。自ら滅びへと向かい、我々を忘却の彼方に追いやった張本人と全く同じではないか!

 だが、それすらも受け入れるのが幻想郷なのだ。全てを受け入れるという事は、とてもとても残酷なのだ。
 天狗達は武装解除など出来ないであろう。それは正に天狗の性と言っていいほどまでに、生まれたての赤子が本能に従って産声を上げるのと同等に、高度に組織化し脅威から身を守る行為は、天狗のDNAに刻み込まれた抗えない宿命であろう。
 さらに、河童達の外の技術のサルベージ能力の向上によるここ三~四十年の驚異的な技術進歩が、他勢力との技術格差に追い打ちをかけた。天狗が組織無しでは生きれぬ様、河童もまた技術を求めずには生きられなかったのだ。
 ついに、複合共同体は自分の首を絞めてしまう。寄生生物が成長しすぎて宿主を殺した果てに、宿主無しでは生きれない自身も殺してしまうかのように。

 複合共同体は必死に考える。どうすればこの狭い狭い箱庭で、他人を食いつぶさずに共に生きる事が出来るのか。
 そうして苦肉の策として二つの方法が考えだされた。定期的な技術公開と、軍事力の矛先を外の世界へシフトさせる事である。
 定期的な技術公開とは、河童の有する高度な技術力の一部を幻想郷全体で共有資産化する事であった。そうして、生まれたのが技術集団と呼ばれる組織であった。公開される技術は八雲紫の検閲を経て徐々に幻想郷へと浸透していく事となる。

 一番の問題である、軍事力の矛先の外の世界へのシフトとは、何も外とドンパッチする為では無い。八雲紫と複合共同体の上層部は理解している。外の世界とは資源、経済力がどれ程までに隔絶的であるか、それは好戦的な天狗ですらも戦う気すら起きない程に。
 複合共同体は打倒すべき敵としては無く、行き場を失った軍事力のはけ口として外の世界を求めたのだ。根本的な解決には成っていないが、これが幻想郷の妥協点であったのだ。
 幻想郷の住民が日常生活の中、心の片隅でふと考える。博麗大結界が維持出来無くなってしまったら、我々はどうなってしまうのだろうか、と。川では生きていくことが出来ず保護され水槽の中で長い間過ごした魚たちが、ある日突然、再び川に放り込まれたらどうなるだろう?
 そんな不安を濁す方法として、複合共同体の戦力保有は幻想郷に認められた。
 万が一、博麗大結界が消失し幻想郷というシステムが崩壊した場合、幻想郷を再建するまでの直接的な自衛手段。それが、複合共同体の軍事部に求められた在り方だったのだ。

 住民の誰もが、妥協し、多少の事には目をつむり、見て見ぬふりをして、自身をごまかしながら駆逐された幻想としての余生を最大現に楽しむことが出来る地。幻想郷は確かに楽園であった。

 八雲紫は嬉しかった。天狗達が歩み寄ってくれたのだ。

 どうだ、外の人間よ!私たちは互いに歩み寄る事が出来たぞ!妥協に屁理屈を重ね上辺だけの付き合いかもしれない。しかし、表面上だけでも一つと成った!違う種族どうしでも手を取り合うことが出来たのだ!
 どうだ、外の人間よ!お前たちは武力を交えるだけでなく、我々のように手を取り合う事が出来るか?否、出来ないであろう!
ああ、なんと美しいのだろう、幻想郷は全てを受け入れたのだ。

 奇しくも技術集団が独立した年は、あの博麗霊夢が生まれた年でもあった。

 こういう背景があった故に、後に博麗霊夢がスペルカードルールを掲げた際にも、複合共同体はそれを受け入れることが出来た。
だが、武力を向け合っていた者たちが、いきなりお互い笑顔で握手出来るわけでもない。

 プライドや面子と言えばしょうもなく聞こえるが、体面を立てるということは、外交や組織の維持に必要不可欠なものである。事実、スペルカードルールを受け入れても、期待していた程他勢力との交流改善の効果は現れず、どう好意的にみてもギコチないとしか言えなかった。
 その打開策として複合共同体の上層部は秘密裏に、丁度、幻想郷に来たがっていた二柱を山頂を譲るという高待遇で受け入れた。自らと他勢力の間に守屋神社を置くことで、守屋神社に隠れ体面を保ちながら、他勢力と守屋神社の交流に自らもあやかろうとの算段である。この悪知恵を当然黙って受け入れる筈の無い身内に対して彼らは

 やべ、山頂に二人の知らない神様居座っちゃった
 なんか凄い神様らしいから無理に追い出すわけにもいかないなー
 でも凄い偉いらしいよー?
 試しにお参りいってみればー?

 と、実に白々しい態度で強引に押し切った。当然、ふざけるな!と抗議する声もあったが、大多数が、まあしかたないかと、だんだん慣れつつあった例の見て見ぬふりをする事で、どうにか組織の空中分解を避けることに成功したのだ。
 だが後に、自重を知らない守屋神社が好き勝手に動きまわったお陰で、命蓮寺が出現し経済共同体が勢力を伸ばしたり、地底世界が表舞台に立つようになったり、知らない間に自らの懐で核融合施設が稼働し始めるなどして、頭を抱えることになるとは、この時、上層部は知るよしもなかった。

『タワー ホワイトファング ファイブマイルズ ディーエムイー』
『ホワイトファング タワー チェックギアダウン クリアード トゥ ランウェイ ワンナイナー ライトウィンド ワンファイブゼロ アット トゥー』
『ラジャー クリアード トゥ ランド ホワイトファング』
「あ、帰ってきた」

 ハンガー内に駐機されているF‐86Fの水平尾翼の上に登り、垂直尾翼にノーズアートを描いていた河城にとりは、ジェット機のエンジン音が近づいていることに気が付くと、滲んだ額の汗を繋ぎの袖で拭いながら、外へ出た。
 見ると、試験飛行で出てい技術集団所属のF‐86Fスーパー改が着陸態勢に入っていた。二番滑走路に舞い降りたスーパー改は、牽引車に引っ張られながらハンガーの前へ戻ってくるや否や、キャノピーを解放し中の操縦士がガッツポーズを上げた。途端に上がる歓声。周りを見ると、いつの間にか作業を放り出した技術者達がハンガーの前に集結していた。にとりはほっと胸を撫で下ろした。
「どうやら成功のようだねぇ」
 十数年ほど前から、複合共同体は外の世界に対抗する為の戦略を模索し始めた。もちろん本気で事を構えるのではなく建前ではあるが、軍事力のシフトに伴い戦略から部隊配置に至るまでの見直しが求められたのも事実だ。課題が多すぎ、どこから手を付けていいのか分からなかった複合共同体はまず、外の軍事組織の戦略の分析、模倣を始めた。

 とりあえず俺らも外の兵器使ってみようぜ!との発想で、外から流れ付いた銃器などの兵器を実際に使用したり研究することになるのだが、二十年程前から河童達が密かに回収し、玩具にして遊んでいた、空飛ぶ剣(銀色で剣が空を飛んでいる様に見えることから)と呼ばれる飛行物体に目を付けた。
 独自のルート(機密扱いで経費が下りない為、広報部所属の天狗Aが香霖堂で自腹を切り購入)を通して入手した資料から、この空飛ぶ剣が外の世界で運用されているジェット戦闘機と呼ばれる兵器の最初期のF-86Fというモデルである事が判明。複合共同体はこの飛行物体に飛剣という名称を与え、試験配備を目指す事を決定した。
 だが、空を飛ぶ事が得意な天狗の多い複合共同体は、自らがわざわざ乗り物に乗って空を飛ぶ必要性が、いまいち分からず、飛行が不得意な河童が多い技術集団に開発を一任した。

 莫大な予算を与えられた技術集団の河童達は狂喜する事となる。
 まず、今まで土がむき出しでただの更地であった滑走路を僅か一週間で、コンクリート製の2000メートル滑走路に作り替えた。次に、様子を見ていた天狗達が口をあんぐり開け固まっている中、河童達はF-86Fの改良に着手した。
 資料からF-86Fが外の世界で言う所の第一世代戦闘機で、骨董品である事を知った河童達は、現在外の世界で主流である第四世代戦闘機に対抗すべく魔改造に魔改造を重ねていく。
 エンジン、火器管制システムの改良。レーダー、地形追従モード、ヘッドアップディスプレイ、ハードポイントの増設。主翼や尾翼の延長及び素材の改善etc……
 早い話が、ぼくのかんがえたさいきょうのえふはちろくえふである。
 複合共同体と八雲紫が恐怖を覚える程のスピードで、技術ハードルを次々越えていった河童達の技術を存分に注ぎ込まれ、アビオニクス面では初期の第四世代、格闘戦性能は第三世代に匹敵する性能を誇るF-86系列の皮を被った化け物がめでたく誕生した。
 文字道理生まれ変わったF-86Fは、スーパー改の名を与えられ、日本の防空任務から解かれ実に二十数年ぶりに、その巨大な銀色の翼で幻想の空を舞った。
 十年以上の歳月を投じて仕上げた我ら河童の愛しき空飛ぶカラクリを眺め、天狗共の親は我が子が初めて空を舞う瞬間こんな想いに駆られるのかもな、と感傷にふけていたにとりを「うるせえ音だなぁ」との無粋な声が現実へと引き戻した。

 無粋な声に、にとりは顔をしかめ振り返る。見ると、国境警備隊の衣装に身を包んだ若い女の白狼天狗が、飛剣のエンジンが奏でる轟音が余程うるさいのか、特徴的なその犬耳を両手で押さえ表情を歪めながら此方に向かって歩いてきた。
 自分に用が有るのだなと直感したにとりは、白狼天狗に気付かれないように舌打ちしながらヘッドセットを外し、背筋を伸ばし姿勢を正した。
 にとりの前まで来ると、白狼天狗はにとりの敬礼を暫く待っていたが、にとりが、内心で敬礼なんてするかバーカ私は技術集団の技術者だよ、と考えながら直立不動の姿勢を取っていたため、隠さず盛大に舌打ちするそぶりを見せると(エンジン音でにとりの耳には届かなかった)あからさまな忌々しげな表情で、エンジン音に声をかき消されないよう、怒鳴りつけるようににとりに声をかけた。
「おい、貴様がここの責任者か!?」
「へえ、私が技術集団飛剣開発主任河城にとりでございます」
「貴様か、ところでこのやかましい騒音はどうにかできんのか!」
「へえ、残念ながらエンジンの熱が抜けきるまでは無理でございます」

 にとりはへりくだった態度を取りながら、アポ無しで来た馬鹿はどこのどいつだと、自分より若いであろう眼前の白狼天狗に向け、内心で毒を吐いた。
 にとりは烏天狗も嫌いだが白狼天狗はもっと嫌いだった。基本的に天狗至上主義で、他の妖怪を見下し高圧的な態度を取るのが天狗であったが、その天狗の中でも下っ端に位置する白狼天狗は、さらに酷い態度であった。まるで、他の天狗に抑圧された鬱憤を他の妖怪で晴らすかの様な態度を取る事が多い分、一人の友人を除き、烏天狗の方がマシだとにとりは考えている。
「守矢神社の巫女様が貴様に会いに来ている」
「え?」
 ぽかんと口を開けていたにとりは、今日早苗と会う約束をしていたのを思い出した。
「私はその巫女様の道中の護衛を仰せつかったのだ。ほら、巫女様をお待たせするんじゃない」
「え、ええ」
 そういうも、にとりの前から引かない白狼天狗。はて、まだ言いたい事が有るのかなと、にとりは思考を巡らせるがすぐにピンと来た。にとりは自分の巾着から布切れを三枚程とり出すと、さりげなく白狼天狗に握らせた。
 上物の酒の引き換え券である。
「巫女様の護衛お疲れ様でございます。つまらない物でありんすが、どうかお納めください」
「おお?悪いな。そんなつもりでお供した訳では無いのだが。いやいや、感謝される事も当然。あい、わかった。上にはお前の事を良く伝えておこう」
 そう言いい上機嫌で去っていく白狼天狗。
 そこでにとりは、ある事に気付く。天狗達に邪嫌では無いにしろ、決して敬われてはいない早苗。本人に言えば怒られるが、言うなれば、神奈子と諏訪子の使いっ走りの早苗というのが天狗達の共通認識である。
 そんな早苗に対する白狼天狗の態度に違和感を感じていたにとりだったが、この瞬間、白狼天狗の目当てが初めから自分だったのだと理解し、遠ざかっていく白狼天狗に向かって中指を伸ばした右手を思いっきり天に突き立てた。

「早苗のせいで今晩の晩酌は無しだよ~」
 にとりはアクセルを踏みながら、隣に座っている数少ない人間の友人である早苗にぼやいた。
「あら、私は何もしてませんよ?」
 早苗はしれっとした顔で返す。
 だいたい、勝手に付いてこられただけですし。それに、約束忘れていたにとりさんが悪いんじゃないんですか、と隣で続ける早苗ににとりは、うう、と声を漏らしたのを最後に何も言わなくなった。

 現在、早苗とにとりの二人は、飛剣が駐機されているハンガーを後にして、目的地である技術集団の所有するもう一つのハンガーに向かい、にとりが運転する技術集団所有のジープで滑走路の端を走行していた。
 クルマなんて久しぶりだなーと風に髪をなびかせて遊んでいる早苗の横で、にとりは危ないからあんまり顔出さないでねと注意する。
 目的地であるハンガーにジープごと乗り込んだ二人を待っていたのは、グレーの布が被せられ直立する巨大な物体であった。天井高が16メートルあるハンガーの天井に届く程巨大な物体を前に、早苗が抱いた感想は落胆だった。
「なんか随分小さく成ってないですか?」
「まあまあ、落胆するのはまだ早いよ」
 そう言うと、にとりは壁際に設置されているコントロールパネルで、にとりがいつも使用しているロボットアームと比べて二回り以上大きいハンガーに設けられている作業用のロボットアームを操り、グレーの布を剥いだ。
 露わと成った巨大な物体を目の当たりにして、早苗は途端に目を輝かせる。
「すげえ!装甲騎兵みたい!」
「へへーん、頑張ったんだからね」
 それは、洩矢諏訪子の指示で河童が作成した、巨大妖怪型自動操作人形。そう、あの時の騒動の発端である非想天則であった。もともと中が空洞で張りぼてのアドバルーンであった非想天則であったが、今は打って変わってその全身は複合素材の特殊合金で構築されており、表面は、極めて複雑な三次曲面な装甲で構成されていた。
「凄いですよ、にとりさん!どこから荷電粒子砲出るんですか!?」
「荷電粒子砲?甘い甘い!」
 誇らしげに胸を張りにとりは言った。
「まず第一に、こいつはまともに動けないよ」
「ですよねー」

 ジープのボンネットに腰掛けているにとりから差し出された、青々とした胡瓜を早苗はやんわり断ると、自らも非想天則のつま先に腰掛け、話しを続けてとにとりに促した。
 美味しいのにと、にとりは早苗に差し出した胡瓜を自らの口に運ぶ。
「そもそも、兵器に人型兵器なんて非効率だよ」
「成るほど」
「例えば、仮想敵に外の兵器を置いてみようか」
「分かりました」

「では、外の世界との有事になった場合、真っ先に脅威となる日本の装備している兵器を仮想敵としようか。初めに、現在配備が進められている最新鋭の10式戦車」
「戦車は大抵、上面装甲が比較的薄いです。非想天則の高い全長を生かし、腕部に保持されている火器からの10メートル弱の高さからのトップアタック」
「無理だね。被弾面積が大きすぎる。それに10式はドリフトしながら戦車砲を百発百中でポンポン撃ってくる化け物だよ?JSDF曰く、世界最強の戦車らしいけどあながち間違いじゃない。非想天則なんて、複数で来られたら、まともな回避行動も行えずに120mm戦車砲の雨でスクラップになっちまう。次、戦闘ヘリ及び戦闘機の航空兵器」
「世界最強と名高い戦闘ヘリのアパッチ・ロングボウと対地艦に特化したF-2が脅威ですね。地対空ミサイルを装備して待ち伏せ迎撃しましょう」
「厳しいだろうね。アパッチ・ロングボウは此方に捕捉されないように山影等、地形を利用して接近してくるだろう。空対地ミサイルの射程に接近されたら終わりだ。此方が捕捉する頃には、数キロ先の山影から対戦車ミサイルが何発も飛んでくる。F-2なんて捕捉すら出来ないだろうね、山影どころか、地平線の向こうからGPS誘導の高性能空対地ミサイルによる精密爆撃で、周囲100メートルの地形ごと吹き飛ばされて終わりだ。此方は何が起こったかも分からず殺られるだろう」
「むぅ。では、艦船はどうです?」
「相手にすら成らないだろうね。こんごう型のイージス艦の場合、非想天則に戦車の前面装甲を全身に施し、戦闘機並みの飛行性能と速度を与えたとしても、イージスシステムの迎撃により半径30キロにも近づけない」
「じゃあ、どうすればいいんですか!?」
「だから、どうしようもないんだって。イージス艦と戦闘機はどうしようも無いけど、戦車と戦闘ヘリなら飛剣に空対空ミサイルと爆装施した方がよっぽどましだよ」
「やっぱり、巨大人型兵器はロマンだけなんですかね~」
 早苗はわざとらしく両手を挙げ、こうさんポーズをする。その態度と裏腹に、表情はあまり落胆の色を見せていなかった。

 早苗は、巨大人型兵器を見たいと思う反面、元はお遊びで出来上がった非想天則が、本当に兵器にされたら溜らないと考えていた。
表情から、そんな早苗の態度に気付いたにとりは、にんまりと笑う。なぜだか、その笑顔が早苗にはとても不吉に見えた。
「そういう問題を考慮して、私達技術集団は、兵器としての非想天則の運用方法を考えだしたんだよ」
「へえ、戦車相手も駄目。航空兵器、艦船は相手にすら成らない。そもそもバザーの出し物で作られた非想天則をどうするんですか?」
「名付けて、二足歩行型強襲揚陸車両だよ」
ドヤ顔のニトリに早苗は頭に?マークを浮かべる。
「名前から察するに、二足歩行の歩兵戦車か機動歩兵ですか?成るほど。確かにそれなら、真正面から戦車と戦う必要もないから、過剰な装甲を施さずに済み、機動性を上げて歩兵戦車のような運用の仕方が出来る訳か」
「ちょっと、違うね。単独で敵陣に強襲する為の、高い火力とそこそこの装甲と二足歩行による地形を選ばない走破性。機体内に完全装備の天狗を十名まで収容できるスペースを併せ持ち、敵陣内部まで浸透して歩兵を展開出来る兵器。現存する兵器のジャンルには当て嵌めれないけど、歩兵戦車の強化版みたいな物と考えてくれれば構わないよ」
「確かに凄そうですけど。それにしたって、履帯や車輪の方が対比コストパフォーマンスや信頼性が高くないですか?二足歩行であるメリットが良く分からないんですが」
「だって、そっちの方がカッコいいじゃん」
「それだ!」

 にとりの一言で全てが通じ合った早苗とにとりは、万歳しながら互いに抱き合った。
 喜びのあまり、幻想郷の住民からは禁意とされているにとりの帽子外しを敢行した早苗は、そのままにとりの青い髪をわしゃわしゃと撫でる。にとりも始めこそ嫌がって、やめろよ~と抵抗したが、最後の方は満更でも無い表情をしていた。
「ふう。でも、二足歩行で走ったりジャンプしたりして、車輪以上の速度出せるんですかね?」
「そう、問題はそこだ。確かに高速で移動するには人型は不向きだ。だが、私は革命的なシステムを考えたのだ!えっへん!」
「すご~い」
 パチパチ拍手する早苗。それを見て満足したにとりは、早苗から帽子をとり返し被り直した。
「計算上は車輪に及ばないまでも、近い速度は出せる筈だよ」

 そこまで話して、非想天則談議に満足した二人の会話は、とりとめのない雑談へと移って行った。やれ、私に車を運転させてくれだの、そんなことより守屋神社の宝物庫に収められている外の道具を一般開放してくれだの、   そうしている内に、正午を告げるサイレンが滑走路の全施設に鳴り響いた。
 にとりは午後から仕事がある事を告げ、午後に買い物で人里に降りようと考えていた早苗もそれに応じる。早苗を滑走路の出口まで送って行く為に二人はジープに乗り込み車を出した。

 再び、頭を出し髪を風になびかせて遊ぶ早苗。しばらく車内では会話が無く、にとりはポケットに入れていた煙草を一本取り出すと一服する事にした。
 二本目に火を付けた頃、遊びに飽きた早苗が思い出したかの様に、しかしハッキリとした口調で口を開いた。
「時に、にとりさん。飛剣は一日に何回飛んでいますか?」
(ヤベ、そっちが本命だったか)

 内心で焦りながらも、にとりは極めて冷静を装いながらそれに答える。
「最近はスーパー改の評価飛行で二回、定時の哨戒飛行の一回の計三回かな」
「またまた~、嘘はいけませんよ。嘘は」
 おどけた調子で早苗はにとりを小突いた。早苗のいたずらな表情と対照的にとりは無表情をつらぬく。
「評価飛行?違いますね、あれはあからさまな人里への威力偵察ですよ」
「い、いやだなーそんな事する訳ないじゃないかー(棒)」
 じっと見つめる早苗の視線を右頬に感じながらも、にとりは苦笑いでヒューヒュー口笛を吹きながら、しかし、決して早苗と視線を合わせない。にとりは正面のフロントガラスからは目線を離さなかった。
「最近、人里の経済連盟から抗議の声が増えています。今の所、経済共同体は何も言っていませんが、近頃、紅魔館が門番隊所属の妖精をインターセプターに上げている割合が激増しています。まあ、形だけですがね」
「技術集団飛剣開発主任の河城にとりさん。複共の意向を無視できないのは分かります。ですが、もう少し事を穏便に済ませてくれませんか?」
「……それは、守矢の巫女様の言葉かい?」
「ええ。それと同時に守矢神社が軍神神奈子様の御言葉でもあります」

 守屋神社の名前を出されたにとりは、参ったー、と、声を上げてこうさんした。そんな様子を見て、えっへんと胸を張る早苗。
「いやはや、勘弁しておくれよ。早苗には損な役回りを押し付けて悪いね」
「まったく、他勢力との調整役なんて好き好んでやりませんよ」
「よ!流石神様!」
 やれやれと手を上げる早苗に、にとりは運転席に取り付けられた灰皿に煙草を擦りつけながら囃したてた。早苗は、にとりのわざとらしい言い方に少し機嫌を悪くした。
「大体、飛剣なんていかにも効率を追求した物を運用している割には、良く、非想天則なんて使う気に成りましたね」
「あちゃ、痛い事所付くね~。でもね、早苗。私は、本気で外の世界に負けない為には、外と同じ事ばっかりしていちゃ駄目だと思うんだ。小さい物が巨大な物に飲み込まれずに対抗する方法。私達幻想郷には、強烈な独自のアイディンティーが必要なのさ」

 アイディンティー

 フロントガラスから目を離さなかったにとりが、不機嫌そうに話を聞いていた早苗の表情がほんの一瞬だけ、無表情に成ったことに気づくことはなかった。




4.



 にとりと別れ、技術集団の所有する滑走路を後にした早苗は、このまま人里に降りようかと考えたが、買い物袋の風呂敷を持ってきていない事に気付いて、いったん守矢神社に戻ることにした。

 弾幕勝負をする訳でもないので、あまり高度を取らず、丁度木々の背丈から顔を出せる程の位置に浮遊すると、ふよふよと守矢神社のある山頂を目指す。午前中は山頂からの吹き下ろしの風が強かったが、現在は緩やかな南風が時折吹くのみであり、山頂を目指すのには飛びやすかった。
 サンサンと照りつける太陽。南風で、斜面に生い茂っている木々で形成される緑の絨毯が波打ち、葉が舞い上がる。その度に初夏を告げる青い若葉の匂いを早苗は堪能する事が出来た。だが、その中に僅かに土の匂いが混じっているのに気付く。

 土の匂いから、早苗はアホなどこぞの侵入者と国境警備隊と揉め事を起こしているのだと当たりを付けた。
 自分と関係ない揉め事に首を突っ込む気はサラサラ無ない早苗であったが、か細く小傘の声が耳に入った。
 早苗は内心毒づきながら、一気に加速し南斜面へと向かった。南風が吹いていなければおそらく聞き逃していた。大方、守矢神社に遊びに行こうとしてふらふら迷い込んだのだろう。あそこは妖怪の山の南斜面。天狗たちの居住区の目と鼻の先だ、そんな場所でよそ者がうろうろしていたら、即座に捕縛されるだろう。下手をすれば、悪名高い複合連邦体の監獄に投獄されかねない。

 飛行しながら早苗は風を操り会話を拾った。南へ進む度に声が鮮明に成る。遠くの木々の下から見覚えのある光弾が飛び出すのが見えた。小傘の通常弾だ。初めは断片的な単語でしか会話を拾えなかったが、今では会話の内容を窺える。早苗の名前を出せばいい物を小傘は、守矢神社に関する事を一言も喋っていない様子であった。
 ほんとに要領悪いんだからと、早苗は頭を掻き毟る。国境警備隊の怒鳴る声がハッキリと聞こえる。近い――――
 早苗は、速度を殺さずに身体を捻ると、先ほど光弾が飛び出て来た木々の枝に空いたスキマ目がけて飛び込んだ。
 ダンッ!
 小気味の良い音を立てながら、早苗は小傘と今まさに小傘に掴み掛ろうとしている白狼天狗の丁度間に着地する事に成功した。いささか、強引であるが妖怪の山で数年暮らした早苗は妖怪流の交渉術(ビビった方が死ぬ)を行使した。

(間に合った)

 見ると小傘は五体満足で、しかも幸運なことに拘束もされていなかった。どうにか、最悪の事態は避ける事が出来たようだ。この状況をどう収め小傘を連れ帰ろうかと、早苗は営業スマイルを作りながら内心で考える。
 早苗の派手な登場に、小傘は腰を抜かして後ろにすっ転んでいたが、白狼天狗の方は早苗が近づいてくることに気づいていたのか、眉一つ動かさず空から振ってきた早苗を冷たい目でじっと見つめていた。

 良く見ると、早苗と小傘が対峙している白狼天狗は、彼女がイヌ科である事を示す、特徴的な犬耳の右耳が欠け、正に歴戦の戦士といった凄身を利かせていた。早苗はその迫力に、ビビりまくって思わず表情を崩しかけてしまうが、オッホンと咳払いをした後、再び得意の営業スマイルを顔に張り付けた。
「あー。もしかして、もう弾幕ごっこしちゃいました?」
「いいや、まだしてない。そこの化け傘が頑なに拒んでな」
 片耳の白狼天狗は顎で小傘の方をクイと示し、さあ、と続けた。
「さあ、退け。これは、そこの化け傘と我々国境警備隊、当事者同士の問題だ。守矢は関係ないだろう」
 今にも背中の長刀を抜きそうな白狼天狗に、どうにかこの場を打開すべく周りの様子を窺う早苗。三人を囲むように、七人の白狼天狗が数歩離れた位置で円を作っていた。八人相手に弾幕ごっこを挑むには、手持ちのスペルカードでは少々足りない。早苗は額に冷や汗をかいた。

 ふと、見知った顔が目に入る。彼女は片耳の丁度真後ろ、我らが犬走椛はそこに居た。
「もみもみ!見逃してください」
「無理です」
 即答である。追い打ちで椛は、気安く変なあだ名で呼ばないでくださいよとも付け足す。幻想郷で最初に出来た友達の心外な言葉に、早苗は思わず苦笑い。
 今日の彼女は仕事モード、泣く子も黙る国境警備隊もみもみ隊長なのだ。休日に早苗と一緒に犬夜叉を読む、オフのもみもみでは無かった。そんな、早苗と同僚のやり取りを見て、片耳が早苗を手で制し、おいおい私を除けものにするなと割って入る。
「なんだァ?もしや、その化け傘は巫女様のお友達だったか?」
「そうですよ、マブなダチですよ。今日は守矢神社に招いたんです」
「今日は早苗と遊びに来たわけじゃないよぉ」
 未だに尻もちを付いたままの小傘が弱弱しく言う。早苗のオペレーショントモダチはこうして失敗した。片耳白狼天狗は腹を抱えて大笑いする。早苗は少し赤くなった。存分に笑った後、話を戻そうと片耳が口を開く。

「まあ、そういう訳だ。私らが、用があるのはそこの化け傘だ。関係の無い巫女様は、すっ込んでもらおうか」
「……分かりました。ならば、私はあなたに対してスペルカード戦を申し込みます」
「残念ながらそいつも無理だなぁ」
 そう言うと、片耳は左腕の衣装の袖をヒラヒラさせた。国境警備隊の象徴である白い衣装の袖が、僅かに焦げ目が付いて破れていた。
「我々は哨戒任務中に、侵入者を捕捉。規定に乗っ取り警告。対して侵入者は警告にもスペルカード戦にも応じず前進。そして再三の警告に応じず、あろうことか攻撃を仕掛けてきた。脅威に晒された我々は、脅威の排除にかかったところに、あんたが降ってきたんだ」
「……」
「妖怪の山のど真ん中で、しかも人外同士がスペルカード戦に乗っ取らずに武力を交えたんだ。いまさら、あんたとお遊びのスペルカードに応じる訳には行かない。我々は任務を果たす」
「成程、任務ですか。職務に誠実なことは結構な事ですが、その割には、山の中腹まで部外者の侵入を許すんですね。任務を果たすなんて笑わせますね」
「あー、それはだなぁー」
 片耳はバツの悪そうに頭を掻くと、白狼天狗の一人を睨みつけた。椛の隣に居た白狼天狗が椛の後ろに隠れる。
「……どっかの馬鹿が、酒の為に持ち場を離れやがった」
「たしかに、見たことのある顔ですね」
「だが、この化け傘の件に関しては、あんたに関係ない。人間はすっ込んでろ」
「成るほど、あくまでもスペルカード戦には応じないと」
「そうだ。どうしてもこの化け傘を返してほしかったら、私らをのして連れていくことだな」
「分かりました」
 早苗は椛に視線を送る。椛は早苗の意図に気付き顔を青くした。厄介事はこれ以上御免だと、必死に早苗に退けと目配せするが、それに早苗は不敵な笑みで答えた。ツンデレもみもみの事だ、いざと成ったら動いてくれるだろう。多分。

 早苗は右手に握られた御幣を片耳に向かってビシッと突きたて高らかに宣言した。
「守矢が現人神、東風谷早苗は貴女に勝負を申し込みます!」
「な、なにィ?」
「貴女とサシの勝負をしようと言っているんですよ、このアンポンタン!」
「言うじゃねえか。言っとくが、あんた等のスペルカードなんてお遊びじゃないぜ?」
「神に帰属しない妖怪は修正するまでです」
「嬉しいねぇ、神奈子さまと諏訪子さまは好きだが、私は前からあんたが嫌いだったんだ。そうだろ?皆!半端物の神様もどきの人間の癖に、人の寝床の上で胡坐かきやがって。叩き斬ってやる」
 片耳の言葉に、椛以外の白狼狗達が剣を抜く。そうだ、我々に正義はある!山から人間を追い出せ!裸にひん剥いて麓の妖怪の餌にしてやれ!
 今にも早苗に斬りかかりそうな部下達を椛は慌てて制した。
「ま、まて!これは奴と守矢の巫女の勝負。天狗と人間の一対一の果たし合いだ!他の者は手を出すな!」
「そうだぁ!隊長!他の奴には手を出させるなァ!」
 二人の言葉に白狼天狗達は静かに成る。剣を収め観戦に徹するようだ。代わりに片耳が剣を抜いた。両手で剣を握ると、御幣を構える早苗に対して身構えた。

「そんな、棒切れが得物で良いのかい?」
「ご心配には及びませんよ。貴女こそ、そんな数打ちで大丈夫ですか?」
 片耳はハンッと鼻を鳴らす。片耳が粗暴な態度とは裏腹に全く隙が無いことに、早苗は気づいていた。片耳は、天狗社会のヒエラルキーの最下層に位置する白狼天狗の中でも、最も下の一族出身の出世頭であった。彼女達は、最後に幻想郷に流れ着いた天狗である。

 日本に文明開化が訪れるより以前、大和の天狗を支配していた天魔とアイヌモシリの彼女達は、対立関係にあった。
 長きに渡る争いは、双方に多くの犠牲をだしながら泥沼化していったが、最終的に天魔とアイヌモシリの長との一騎打ちとなる。そこに横やりを入れたのが、黒船来航であった。文明開化によりどんどん広がっていく人間の領域。森は切り開かれ、山は禿山にされていった。もはや、天狗同士で争っている場合では無いと悟った天魔率いる大和の天狗達は、幻想郷へと身を寄せることとなる。

 アイヌモリシの天狗達は、眼下に建造されゆく五稜郭を目の前にし、現実を思い知る事となった。最早、ここは天狗や自然と共に生きるアイヌのアイヌモリシではない。自然と幻想を捨て、科学を手に入れた日本人達の北海道なのだ。
 せまる滅亡を前に、彼女達は成すすべが無かった。ある一族は人間達に最後の戦いを挑み駆逐され、ある一族は大陸へ渡り、現地の異形の者達との生存圏をめぐる果てない生存競争に、身を投じて行った。そんな中、長年の戦いで戦士の大半を失い、老人と子供ばかりになっていた彼女達の一族は、仇敵である天魔達のいる幻想郷へ、なくなく身を寄せるしかなかった。
 天魔達は、仇敵であったアイヌモリシの天狗達を意外にもあっさりと受け入れた。それは彼女達が拍子ぬけするほどにあっさりと。その背景に、幻想郷内での天狗の勢力を拡大しようとの天魔の思惑があったことを、彼女が知るのは巣立ちの儀を迎えた後である。
 アイヌモリシの天狗達は、迫害こそされなかったが、妖怪の山の中で一番麓に近い居住区に押し込められた。それは露骨な隔離政策であったが、長を失い、他に天狗の一派が幻想郷に存在しない為、組織の中でしか生きることが出来ない彼女達は、仇敵の温情にすがりそこに身を寄せるしか無かった。

 そんな一族のなかで、巣立ちの儀を迎え成人の天狗となった彼女は、軍の訓練校の門を叩いた。軍の中で成り上がり発言力を高めることで、一族の地位向上を狙った彼女は、死に物狂いで鍛錬に励む事となる。最初のうちは周囲から露骨な冷遇を受けたが、彼女はそのひたむきな努力で結果を出し続け、教官や同期の訓練生達から次第に認められていった。そして、訓練校を首席で卒業し、椛の目へと留り引き抜かれ、軍の中でも一番苛酷な国境警備隊に配属される。彼女は間違いなく実力者であった。

 そんな片耳の過去など知らない早苗であったが、現在、自身が対峙している白狼天狗は、周りの白狼天狗達とはどこか違う事を敏感に感じ取っていた。
「えいっ!」
 だから、早苗は吹っ飛ばした。
 まったく隙を作らなかった片耳であったが、剣の様に御幣を構えていた早苗からノーモーションで突然発せられた、早苗の背丈程の星型弾幕をくらって盛大に吹き飛ばされた。後ろに居た白狼天狗を巻き込みながら木に叩きつけられた片耳は、尻もちをつきながら目をぱちくりさせる。どうやら、面を食らったようだ。早苗は誇らしげに胸を張る。
「どうです。まいりましたか?」
「なんだい、人間の癖にやるじゃないか」
 早苗が眼で片耳を追えたのは、そこまでであった。のびている巻き込まれた白狼天狗を尻に敷きながら片耳が不敵な笑みを浮かべたかと思うと、左腕に激痛が走り早苗は後ろにすっ転んでいた。とっさに、巫女衣装を土で汚しながら側転の要領で距離を取ると、少々驚いた顔をしながらつっ立ている片耳が眼に入った。
「よく、避けたな。完全に腕を落とすつもりだったのに」
 早苗はそこで初めて、自身の左腕から血が出ている事に気づいた。傷は浅い。どうやら無意識に回避行動をとっていたらしい。冷汗をかきながら、奇麗に裂かれた袖を破き、包帯の要領で左腕を縛る。
「どうやら、接近戦は不利な様ですね」
「馬鹿言え人間。接近戦「も」だ。さっきは、ちょっと油断しただけだ」

 そう言うや否や、片耳は周囲に楔型の光弾を無数に展開する。早苗が急いで右の袖の中から札を取り出す頃には、光弾の数は百を超えていた。片耳の光弾が発射されるのと早苗がスペルカードを宣言したのは、ほぼ同時であった。光弾の波は奇麗に早苗を避けてゆく。それはまるで海が割れる様な光景であった。
 そのまま、早苗は飛翔すると、間をおかず星型弾幕を多数展開。御幣をびしりと目下の片耳に向け、星型弾幕による絨毯爆撃を開始した。哀れ、観戦していた白狼天狗達は、急いで逃げようとするが、降り注ぐ星と舞い上がる土煙りに巻き込まれる。
片耳は降り注ぐ星を器用に避けながら土煙りから飛び出し剣を構え、浮遊している早苗に迫った。十八番の弾幕が当たらず早苗は焦る。
「マジですか?貴女、弾幕ごっこの才能ありますよ」
 片耳は弾幕を避けきると、上半身を捻りながら剣を上段に構え、袈裟掛けで早苗に斬りかかった。早苗はギリギリで上空に回避する。弾幕を縫ってきたため、先の様な神速の瞬発力はなかった。攻撃を避けられた片耳は加速を開始。再び、早苗の視界から消えた。

「逃がしませんよ!神の風!!」
 早苗を中心に、球体状に弾幕が展開され、全方位制圧が開始される。死角である早苗の頭上から急降下していた片耳は、先ほどの絨毯爆撃とは比べ物にならない密度の弾幕に、回避を余儀なくされた。避けきれない光弾を剣で払い、負けじと自身も光弾を撃つが、全て、早苗の弾幕に撃ち落とされ、目標に届くことはなかった。そうこうしている間に、次第に密度を増していく弾幕に、片耳の身体は完全に飲みこまれる。

 遂に剣が光弾に叩き折られ、防ぐことも逃げることも叶わなくなった片耳は、被弾しながら空中で弾幕に揉まれていた。早苗は勝利を確信する。発射、直撃。発射、直撃。発射、直撃。発射、直撃。発射、直撃。発射、直撃。発射、直撃。発射、直撃――――しかし、いくら被弾しても片耳がその場から引くことはなかった。早苗の中で、勝利への確信は不安へと変わっていく。その不安は、片耳の腕を曲がってはいけない方向に折れても、いくら頭部に直撃弾を放っても消えず、むしろ増していった。
 手ごたえがあるのに、こちらが優勢の筈なのに。頭の中で警鐘がけたたましく鳴り、極度の緊張が早苗の体感時間をぐんぐん引き延ばしていく。

 つまるところ早苗はパニック一歩手前であった。

 早苗が放った光弾の数が五千を超える頃、遂に片耳の位置が動き始める。後ろではなく前へ。
 徐々にではあるが、確実に早苗へと近づく。早苗と片耳の距離が最初の半分を切った頃、遂に、神の風はスペルブレイクを迎える。
 弾幕が消えると同時に、片耳は早苗に跳びかかった。早苗の腰を両足で挟んで固定すると、鞘を抜き組手甲冑術を仕掛けた。だが、どちらも鎧の類の防具を着込んでいなかったため、早苗の両腕は比較的自由が利き、振り下ろされる鞘を早苗は必至に両手で持った御幣で防いだ。

 強引に弾幕を突破したことで傷を負った片耳が攻めあぐね、空中でくんずほぐれずしている内に、二人は次第に地面へと落ち始める。両者共に、どうにか相手を地面に叩き付けようと攻防した結果、二人は、見っともないダンスのような回転をしながら落ちていく。最終的に上を取ったのは片耳だった。

 早苗は地面に叩きつけられた衝撃で、肺の中の空気を全て吐き出す。途中まで二人とも浮力を働かせていたため、大事には至らなかったが、早苗は軽い脳震盪に陥り失神した。片耳も無事では無いらしく、しばらく両者とものびていたが、片耳はふらふらと立ち上がると、投げ出されていた鞘を拾い、未だ、立ち上がれずにいる早苗の上に馬乗りとなった。
「観念しな、神様もどき」
 片耳は、未だに失神している早苗の頭部目がけ、一気に鞘を振り下ろした。振り下ろす最中、早苗の目がパッチリと開き片耳と目が合った。
「えいっ!」
 だから、早苗は吹っ飛ばした。

 片耳は放物線を描きながら後方に吹き飛び、そのまま、地面に後頭部からドシャリと落ちると動かなくなった。
 今度は、早苗がふらふらと立ち上がり、折れてひん曲っている御幣を拾うと片耳に馬乗りとなる。
「現人神無礼んな」
 そこまで言うと、再び気を失い、早苗は片耳の上へと崩れ落ちた。





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「お姉ちゃん!」
 ×××は、境内を箒で掃いている早苗に勢いよく飛びついた。早苗は×××が守矢神社にいることに驚いたが、飛びついてきた×××を優しく抱きとめた。今年で小学三年生になるのに、未だ姉にべったりの妹に苦笑しながら、早苗は辺りをキョロキョロと見回す。
「どうしたの×××?お父さんとお母さんは……。まさか、一人で来たの?」
「うん!学校が水曜日で早く終わったから、一人で来たの!」
 なにも悪びれず、嬉しそうに言う妹に早苗は頭を抱えた。確かにここ最近、実家に顔を出す機会が無かったとはいえ、まさか実家から電車とバスを乗り継いでも一時間以上かかる守矢神社まで、×××が一人で来るとは思わなかった。
ここは姉として叱っておこうと思ったが、早苗の胴に回されている×××の手が少し震えていることに気づいた。もう少しで春になる二月の下旬とはいえ、長野県はまだまだ寒かった。

「寒かったでしょ。×××の好きな温かいココア飲む?」
 大好きな姉の言葉に、×××は大きく頷いた。



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『早苗、先に行ってよ』
 対峙するアリスをメインモニター越しに見据える早苗に、小傘は言った。
「何言ってるの?相手はアリスさんよ?」
『でも、あっちはやる気だよ。それに、魔理沙も助けないと』

 地面にぐったりと横たわる魔理沙がメインモニターに拡大表示される。すぐそばには、手長足長が迫っていた。
 非想天則の背面後部が斜め上にスライドし、コックピットハッチが解放される。外界に晒された早苗の頬を熱風が撫でた。早苗は、この時すでに理解していた。小傘は意思を曲げないだろう。アリスは決して引かないであろう。幻想郷の住人達は総じて自分勝手なのだ。そして、ここから先は、だれにも頼らず自分自身でケリを付けなければならないことも。


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 ×××と早苗は守矢神社の縁側で飲み物をすすっていた。×××は早苗がつくってくれたホットココアに満足であったが、早苗は緑茶を飲んでいたため、自分が酷く子供っぽく感じられた。そんな妹の内心に気付いたのか、早苗はあやす様に声をかけた。
「×××は、学校どう?ちゃんと勉強してる?」
 そんな早苗の言葉に、×××は機嫌を良くし、嬉しそうに学校での最近の出来事について報告し始める。自身の話をうんうんと相槌を打ちながら聞いてくれる姉に、×××が以前から疑問に思っていた事を尋ねることにした。
「お姉ちゃんの学校はどうなの?」
 早苗は、少し困った様に笑った。姉がなぜそんな表情をしたのか、その時はまだ、×××は解からなかった。
 早苗は風祝になるために実家から離れ守矢神社で暮らしているため、×××とは違う小学校に通っていた。
「お姉ちゃんは、ばばさまと風祝になるための修行をしなきゃならないから、あんまり学校に行けないんだ」
「そうなの?」
「そうなの。だからお姉ちゃんは、×××みたいに普通の生活は出来ないんだぁ」
 早苗は、くしゃくしゃと×××の頭を撫でる。×××は、なぜ姉が風祝になるのか、なぜ姉が学校に行けないのかは解らなかったが、自分の発言で姉に嫌な思いをさせた事だけは理解できた。×××は、なんと言って良いのか分からず、頭を撫でられたまま俯いた。二人の間に沈黙が流れる。しばらくして、×××はお姉ちゃんが喜ぶであろう話題を思いついた。

「ねえ、お姉ちゃん。今、八坂様いる?」
「うん、あちらから私達を見ておられるよ」
 早苗は嬉しそうにし、鳥居の上へと眼差しを向けた。×××も同じように鳥居の上を見るが、燃えるような朱色の鳥居と、同じくらい鮮やかな夕焼けが見えるだけであった。

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 早苗が目を覚ましたのは、夜のことであった。むくりと起きると、良く知る守矢神社の客間の中央に敷かれた布団の上であった。左腕には包帯が巻かれていたので、どうやら治療を受けたらしい。
 早苗が居間に顔を出すと、二柱が晩御飯を食べていた。今晩は、早苗に代わって神奈子が作ったらしい。二柱が早苗に気づく。早苗は土下座していた。神奈子は、オッホンと軽く咳ばらいをする。
「早苗、何か言うことは」
「ごめんなさい」
「よろしい」
 諏訪子の、頭を上げいとの言葉で、早苗は恐る恐る頭をあげた。しこたま怒られると、覚悟していた早苗は拍子抜けする。その間抜けな表情に、諏訪子がニヤニヤしながら口を開いた。
「時に、早苗よ。派手にやり合ったらしいね」
「すいません諏訪子様。買い物を忘れてわんこと遊んでしまいました」
「存じておる。で、私達の晩飯をほっぽり出してまでやった喧嘩は楽しかったかい?まさか負けたんじゃないだろうね」
「……判定勝ちです」
「でかした!」

 神奈子と諏訪子は大いに喜び、二人で早苗の両腕を掴み勝鬨を上げた。どうだい諏訪子、私の巫女は白狼天狗とタイマンして両手両足一本も失わずに勝ったぞ!あんただけの巫女じゃないよ、私達の巫女だろ。いやー、流石、私の子孫だけあるわー。酒だ、酒と赤飯持ってこい!神奈子さま、赤飯は違いますよ!今日は、朝まで寝かせないよ!
「あ、そうだ。明日の朝、射命丸が事情聴取の迎えに来るってよ」
「えっ」
「えっ、じゃないよ。天狗達の居住区の近くを禿山にしたんじゃ、そりゃ呼び出されるよ」
「……なんだか、頭痛が痛いので今日は寝ますね」
「馬鹿野郎!今から、朝まで飲むんだよ!」

 二柱によって酒に沈められた早苗が起きたのは、射命丸が迎えに来てからだった。焼酎瓶を抱いて転がってる二柱を二日酔いの頭で避けながら、射命丸に手伝ってもらい身支度を済ませた早苗は、色んな意味で顔を青くしながら国境警備隊の詰め所へと向かう事となる。
 早苗と射命丸が国境警備隊の詰め所に到着すると、既に、椛と片耳がたっぷりと絞られていた。耳をしゅんと垂らし、同じ様に俯きながら並んで座っている二人を見て、早苗はなんだか可笑しくなったが、一時間後には同じ顔をする事となった。
 
 結局、三人が解放されたのは夕方であった。げっそりとしながら帰ろうとする早苗に、同じくげっそりとしているが三人の中では比較的元気であった片耳が、おい守矢の巫女と声をかけた。
 昨日あれだけやり合ったのに、まだ足りないのかと思いながら早苗が向き直ると、痣だらけの腕と顔が目に入る。真正面から片耳を見るのが今日はじめてだった早苗は、いくらお互いさまとはいえ、女性の身体をここまで痛めつけてしまった事に、なんだか申し訳なくなった。
「あんた、人間の癖になかなかやるじゃないか」
俯いていた早苗は予想しない言葉に思わず顔を上げた。ポカンとする早苗の顔を見て、片耳は、はて何かおかしな事を言ったかとしばらく考えたが、まあいいと、左の口元吊を上げ不敵な笑みを浮かべた。
「流石は神様もどきだな。あんたのこと認めてやるよ」
 そう言うと、早苗と椛に背を向け、居住区の方へ飛んで行ってしまった。
 椛は、私に言うことは無いのかよと悪態を付く。ふと、先ほどから微動だにせず片耳が飛び去った方角を眺め続けている酒臭い巫女に目をやった。
「なんで、嬉しそうにしてんの?」
「嬉しそうになんてしてません」
「嘘つけ」

 早苗は咳払いをすると、そういえば小傘はどうなったのかと椛へ尋ねた。椛曰く、昨日、早苗と片耳がやり合ってる最中のドサクサに紛れて逃げたらしい。
 どうやら、国境警備隊にも侵入を許した過失があるため、国境警備隊的には、この件についてはこれで終わらせたいようだ。今後、小傘を追っかけまわす気もないらしい。
 それを聞いて安心した早苗は、椛の家で宅飲みすることにした。神社に帰っても、どうせあの調子だと、二柱が飲みなおして再び潰れている頃だろう。たまには羽を伸ばしてもいいかと思った早苗は、椛と共にもみもみハウスへ向かった。

 この時、早苗は守矢神社へ戻るべきであった。昨日のうちに、二柱に、事の顛末と小傘の所在を聞いておくべきであった。この後、早苗は幾度となく後悔することとなる。




5.



「ねえ、蓮子。今日までにおける科学の成長において、私達は、一体何を犠牲にしてきたのかしら?」
「突然なによ、メリー」
 宇佐美蓮子は、星空をバッグにコーヒーを啜っている我が愛しき相棒から発せられた、藪から棒な哲学的問題に眉を顰めた。そもそも、大学の近くに出来たイタリアンレストランの話しだったのではないか。メリーとの会話におけるヴァーティカル・ターンは珍しい事ではないが、今回はいささか唐突過ぎた。宇宙に来て、太陽系外から発信された毒電波でも受信したのかも知れない。

 現在、秘封倶楽部の宇佐美蓮子とマエリベリー・ハーンは、軌道エレベーター内に設けられたカフェテラスに居た。透明な複合素材で球体に設計されているカフェ内を見渡し、蓮子は、まるで夜空を飛んでいるような錯覚に捉われた。眼下には、広大な地球の丸い大地が広がっている。
「ここは、宇宙と地球のどっちだと思う?」
「さあね、地球が見えるんだから宇宙なんじゃないの?」
 蓮子の答えに、メリーはクスクスと笑う。
「と言うことは、遂に人類の技術は、地球と宇宙を陸続きにするに至ったということよ」
 成程、と蓮子は、先ほどからの脈略を得ないメリーの発言について納得した。確かに、人類の技術の粋を集めて建造された、この軌道エレベーターに来れば哲学に耽りたくなるのも分かる。ここまで来て、イタリアンで頭がいっぱいになるよりは正常であろう。

 蓮子はメリーの質問について考えることにした。自分達の様な一般人までもが、気軽に宇宙に来れるようになる程の技術進歩の対価。
 大量生産と大量消費による資源の枯渇。丁度、日本国の年号が平成から弘化に変わった三十年前に勃発した、第三次世界大戦において、初めて人類が使用した次元兵器による重大な環境汚染。蓮子は目下の大地に張り付いている、三十年前と比べ、随分形が変わってしまった日本を眺めた。面積の半分を失い焼け野原となっていた四国は、今では、自然が再生され青々と雄大な森が広がっている。高知と愛媛を消失し二県となってしまった四国だが、今だ日本列島の中で、その大きな存在感を放ち戦後の環境回復の象徴とされていた。
 蓮子の好きなイタリアンの発祥の地であるイタリアも、四国消失の一年後に文字道理地図上から消失している。

 そして、幻想。

「人間は太古から、自分達の範疇にはかりしえないものを定義するため、幻想を生み出し、科学が発展する度に捨ててきたわ」 
 嬉しそうに話すメリーの視線は、微妙に蓮子からずれていた。いつもの癖だ。きっと、境界が見えているのだろうと蓮子は思った。蓮子はこのメリーの癖が嫌いだった。
「幻想は寂しいんだと思う。だって、そんなのあんまりじゃない。勝手に生みだされて勝手に忘れるなんて。幻想達は人間にもう一度振り向いて欲しいのよ」
「たとえ、忘れられる運命だとしても――ね」
 蓮子は、東京を発端に、近年世界各地で多発している原因不明の超常現象を思い出した。それは霊的汚染と呼ばれていた。もしかしたら、それは、幻想達の自己主張ではないだろうか。
 蓮子は、自分を見ているが見ていないメリーを見つめる。メリーと自分の見ている世界が違う。夢を見る度に境界を越えるメリーの言っていることは、あながち的を得ているのかも知れない。

「私はね、蓮子。いつの日か、幻想達が安心して暮らせる楽園を創りたいの」

 メリーは寂しそうに笑った。







「何だ、ドリームか」
 博麗神社の境内の一画で、霧雨魔理沙は飛び起きた。なんだか、変な夢を見たが内容は思い出せなかった。
 大きく欠伸をしながらポキポキと首を鳴らす。どうやら少々、寝違えたらしい。頬を擦ると、敷いていた御座の跡がくっきりついているようだった。
「おはよう魔理沙。良いアホヅラだったわよ」
 よく知る声に振り返ると、アリスがパチュリーと静かに日本酒を飲んでいた。そこで、魔理沙はようやく、昼から続く博麗神社の宴会に来ていたことを思い出した。
 太陽が傾き始めた頃、宴会の中心でのばか騒ぎから抜け、魔女談義に加わった所まで思い出したが、そこから記憶が無い。どうやら、香霖堂で仕入れた外の日本酒が、あまりに美味しくてつぶれてしまったらしい。飲みなおそうと例の酒を探すが、空瓶という哀れな姿となってアリスの横に転がっていることから、魔女達の餌食に成った様だ。洋風な彼女達にも、幻想郷産と比べて澄んだ味の外の日本酒は、お気に召したらしい。彼女達の周りにワインで形成された城壁が完成していることからまだまだ飲む気のようだ。
 此処に居ても好物の日本酒にありつけないと悟った魔理沙は、よっこらせと立ち上がると、マイ御猪口を握り魑魅魍魎の渦巻く宴会の中心へのレーザーヤークトを敢行した。

「うげぇ、気持ち悪い」
 早苗は、鬼と天狗と博麗の巫女の、幻想郷最凶の宴会三人衆による包囲陣にまんまと捕まっていた。頼みの綱である神奈子と諏訪子は、現在、宴会の中心から少し離れた場所で、永遠亭の蓬莱の姫達と楽しく飲んでいる。救援を望めず、自力での戦術的撤退を何度も試みたが、全て、萃香に阻止されていた。
「早苗、こんくらいで、へばってんじゃないわよ」
「うぅ、鬼と天狗と対等に飲める、霊夢さんが異常なんですよぉ」
「あら、早苗さんだって天狗と対等に戦えるじゃないですか」
 文がニヤニヤと笑いながら、右手で新聞をヒラヒラ揺らす。目にするのが何度目になるか分からない新聞に、早苗は眩暈がした。新聞の見出しには大きく『守矢の巫女!天狗の居住区を襲撃!!』と掲載されている。早苗からすれば見事な偏見報道がされていた。もちろん、文々。新聞である。
「文さん、絶対良い死に方しませんよ」
「黙れ、ルイージ」
「おい、今なんっつった」
「うるせえ!飲め!!」
 萃香から強引に差し出されたアルコール臭満々の液体に、早苗は今度こそリバースカードオープン!滅びのバーストストリーム!を覚悟する。そこへ、両脇に日本酒を三本ずつ搭載した魔理沙が到着した。

「またせたな!」
「誰かと思えば、ゲロゲロの魔理沙じゃない」
 霊夢が鼻で笑いほくそえむ。新たな獲物に文と萃香もニタニタと笑みを浮かべている。今日は、お前がゲロの海に沈む番だと、魔理沙は不敵な笑みで、霊夢からの売り言葉に買い言葉を返し、赤を通りこし顔を青くしている早苗にコップに入った水を差しだした。
 早苗は、思わず涙を浮かべながら魔理沙を見上げる。魔理沙は早苗の肩にポンと手を置くと、何も言わなくて良いと不敵な笑みのまま首を横に振る。早苗には魔理沙が天使に見えた。ひと思いに差し出された水を飲み干す。日本酒だった。早苗には魔理沙が悪魔に見えた。早苗はその場に崩れ落ちた。
「これで邪魔者は居なく成ったァ!いざ、尋常に勝負しろ霊夢!!」

 早苗が目を覚ました頃には、既に太陽が高く昇っていた。周りの連中ものそのそと起きだし、片付けを始めている。早苗が起きたのに気付き、神奈子と諏訪子が湯呑を三つ持って神社の中から出てきた。どうやら、博麗神社の台所を勝手にあさって緑茶を淹れたようだ。家主である霊夢は魔理沙と二人で仲良く、少し離れた場所でゲロの海に沈んでいる。
 神奈子から差し出された湯呑を飲みながら、早苗は、先に二柱を守矢神社に帰し、自分は片付けに参加することにした。
「そういえば、小傘さん来て無かったなぁ」
 咲夜と妖夢率いる、皿洗い五面ボスチームに加わった早苗は、ふと、小傘が顔を出さなかった事が気になったが、積み上げられた皿と格闘しているうちにどうでも良くなった。



6.


 霧雨魔理沙は生命の危機に瀕していた。彼女の華奢な身体は、窓の外から伸びている巨大な右手に鷲攫みにされ、両手で外に出されまいと窓枠を掴み必死の抵抗をしている最中であった。
「誤解だぜ、アリス」
「黙れ、コソ泥」
 アリスが食べて良いわよと言うと、巨大な右手の持ち主は簡単に魔理沙を窓枠から引き離し、その巨大な口を開けた。
「まてまて、こいつ、ものを食べれるのか?」
「食べれるようにも出来るわよ」
 アリスのもう良いわよーの声で、魔理沙の頭を丸かじりにしようとしているゴリアテ人形は魔理沙を解放し、ズシンズシンと重い足音を立てながらマーガトロイド家の裏にある小屋へと戻っていく。
 アリスは、庭でへたり込むこそ泥からグリモワールをふんだくると、剣呑な眼差しで見下ろす。隙もなにもありゃしないと、溜息を吐くアリスを魔理沙は少しも悪びれないいつもの表情で見上げた。魔理沙は、べ、別に盗もうとした訳じゃないんだからね!死ぬまで(以下略)弁解する。アリスは、それにゴリアテを呼ぶことで答えた。



「今時、新幹線なんて不便ね」
 蓮子は、楽しそうに窓の外を流れる東海道の景色を眺めているメリーに愚痴をこぼす。現在、秘封倶楽部はフィールドワークの一環で卯酉新幹線に乗り、霊的汚染で放棄され旧首都となった東京を目指していた。リニアモーター乗りたかった蓮子であったが、先月に軌道エレベーターに行った出費が秘封倶楽部の財政を圧迫していたため、リニアモーターに比べ値段の安い新幹線で行くこととなった。
「そうだ、それよりこれを見てよ蓮子」
 メリーは、思い出した様にポケットから東亜重工製の携帯端末を取り出した。ホログラムでWikipediaが表示される。メリーは記事をスクロールさせ、ここの記事を見てと小さく短い文章を拡大させた。
「守矢信仰?」
 聞いたことないわねと蓮子は首をかしげる。
「守矢信仰は今では小さな信仰よ。日本全国を調べても守矢信仰の現存するのは、山形県酒田市の川越神社と青森県八戸市の多賀神社と二つしかない。旧高知県にも一か所あったけど、今は海の底よ」
「典型的な、廃れゆく信仰ね。その信仰がどうしたの?」
「不思議な事に、この信仰は本元が存在しないの。現存しているどの神社も神霊が移された分社よ。そして、守矢信仰の神社が無い筈の長野県の一部に、少数だけど今でも守矢信仰の地域がある」

 そこまで聞く頃には、蓮子は食い入る様にホログラムを見つめていた。そんな相棒の様子にメリーは満足しながら、他のウインドウを数個立ち上げた。写真を撮るのド下手なメリーが撮ったと思われるピントの合ってない写真や、メモが表示される。どうやら、メリーの自作のレポートらしい。蓮子に一つの疑問が浮かぶ。
「メリー。これは、いつどうやって調べたの?」
「……二ヶ月前のフィールドワーク」
「えっ?二ヶ月前に私達、長野県なんて行ったっけ?……ああっ!!あんた、さては仮病使って一人で行ったな!?」

 二ヶ月前、メリーに風邪で寝込んだと言われ、代わりに蓮子が二日間メリーの出席を取らされたのを思い出した。
「なんで、一人でいったのよ!?」
「……だって、蓮子は学科研修あったじゃん。それに急にアポが取れ「メリー?」ごめんなさい」
 憤慨する蓮子にメリーは頭を下げた。蓮子はしばらくムスッとしていたが、メリーのナポリタンを奢るとの言葉に、幾分は機嫌を直す。
「で、相棒を騙してまで行ったからには、成果はあったんでしょうねぇ?」
「うん。この地域から少し離れた町に住んでいて、自宅に小さな守矢信仰の祠を持っている、東風谷さんという老人の方から話を聞くことが出来たわ」





 コソ泥を懲らしめたアリスは紅茶を淹れることにした。正午過ぎの穏やかな日差しが室内を照らす中、人形達が紅茶を淹れるためにせっせと動き回る。
 可愛い。アリスは思わずニッコリ。魔理沙は見てはいけないモノを見た気がした。
「どうしたの魔理沙?瀕死のハゼみたいな顔して」
 ハゼなんて知らないぜと言いながら、魔理沙は帽子の中からゴソゴソと小包を取り出しテーブルに置いた。アリスはそれを手に取り中身を確認すると、蓬莱人形が淹れた紅茶を満足そうに飲んだ。魔理沙もそれに倣い紅茶を口に運ぶ。そのまま、二人の魔女はいつも通り魔術談義をはじめた。魔理沙がアリスの家にコソ泥に入り、お茶会に移行するのは予定調和であった。

 西日がサンサンと差し込む洋室の中で、紅茶を飲みながら話題に花を咲かせる二人の金髪の少女は、実に絵になっていた。が、その内容が、ホムンクルスだの黒魔術だの、その光景とかけ離れた、実にオドロオドロしたものであるのもいつも通りであった。話題の内容は魔女談義、地底世界の鉱物資源、河童の帽子の中身の紆余曲折を経て、最終的に妖怪の山になった。
「この前の宴会で耳にしたけど、最近、妖怪の山の連中がずいぶんと面白いことやってるらしいわね」
「引き篭りのアリスは知らないだろうが、河童共が空飛ぶカラクリを頻繁に飛ばすようになったぜ」
「やれやれ、以前から、外の技術に興味を持っていたようだけど、まさか、そこまでとわね」
「ああ、あんなデカイ金属をあの速度で飛ばすなんてな。空飛ぶ宝船を見たことある私も、最初に見た時は流石に驚いたよ」
 興奮気味に身ぶり手ぶりを交え、河童達の発明について語る魔理沙。アリスは露骨な溜息を吐いて呆れた。それは、突拍子の無い友の発想に呆れる友人のそれではなく、まるで弟子の稚拙な発想に呆れる師のそれであった。
 そんな友人のそぶりに魔理沙は、最初は戸惑ったが頭の隅で昔の自分と師の関係を思い出し、徐々に不機嫌になっていった。

 不貞腐れる魔理沙に、アリスは内心で、またやってしまったと反省した。魔理沙は自分やパチェリーと討論する時、圧倒的な知識量と経験の違いから時々委縮する事があった。その反応は、不機嫌になったりぎこちない笑みを浮かべたりと、その時々であるが、今回は前者であったようだ。目の前のハナタレの、ばあちゃんのばあちゃんが腹の中に居るよりもっともっともーっと前から魔女やってるアリスとしては、調子に乗るな若造くらい言ってやりたいが、それはロリス時代に通った過程であるので、気持ちは分らなくもない。まあ、見た目だけなら同じ年代くらいではあるのだ。上から目線されるのは面白くもないだろう。
 これが、自分が老婆のような風貌なら素直になってくれるかも知れないと、考えたところでアリスは馬鹿らしくなってやめた。結局は、魔理沙が自分で線引きしていくしかないのだ。こっちが悩んでやる義理もない。あの、カビ臭い図書館に引きこもっている魔女もこんなことを考えているのだろうか。
「なんだ。魔女なんて皆ひきこもりじゃない」
「はぁ?」
 魔理沙の腑抜けた声など気にせずにアリスは続けた。
「まさか、そこまで河童達が愚ろかだとは思わなかったって言ってるのよ」
 魔理沙は頭に?マークを浮べて首を傾げた。アリスは、やっぱりわかってないなこいつと思った。どうやら先ほどのやり取りから思考停止しているらしい。
「人外が人と同じ事やっても上手くいかないってことよ」
「なんでだ?悔しいが、人外のお前らの方が身体能力も頭脳も上じゃないか。同じ分野でも人間より高みを目指せるんじゃないか?」
「逆よ、魔理沙。数字だけ見れば人間より優れているってだけ。でも、蓋を開けてみれば人外なんて、強烈な個性の塊よ。例外なく、身勝手だわ。あんた達の言う、河童は高い技術力を持っているだの、魔女は魔術や錬金術に精通しているだなんて決まり文句は、それぞれが好きなことを好きなだけやってるだけだもの。人間の言うところの向上心なんてこれっぽっちも持ってないわ。そもそも、勝手にポンっと生まれるから、生殖なんて必要ない。それは、自己で完結してもかまわないってことよ。この意味が解るかしらアンポンタン」
「……ああ、好き勝手やり放題だな。随分と気楽な人生だ」
「だから、あんたもいつまでも博麗の巫女と遊んでないで、いい加減覚悟決めてさっさとこっちへ来なさい」

 わざわざ霊夢を博麗の巫女と言ったアリスの意図を魔理沙は察する。ははっ、と乾いた笑い声を上げながら帽子のフリルを右手で弄るが、右手は僅かに震えていた。どうやら、心中をアリスに見抜かれているらしい。今だ、人間を捨てるふん切りがつかず、ズルズルと先延ばしにしていることなどアリスにはお見通しのようだ。霊夢もそう思っているのだろうか。
 魔理沙はそこまで考えて止めた。そもそも、こんな話しをするために来たのではない。残りの紅茶を一口で飲み干すと、本題を果たす為、腰かけていた椅子から立ち上がり、壁に立て掛けていた箒を持ってマーガトロイド家を出た。
 魔理沙が箒に跨ると、同じ様に出てきたアリスが当然のように箒に跨り魔理沙の腰に手を回す。魔理沙は眉を顰めたが、何も言わずに地面を蹴って空へと舞い上がった。
「いやー、いい天気だな。あれだ、絶好のあれ日和だ」
「ええ、こんなに晴れた日は絶好のゾンビ狩り日和だわ」


「よーしーかーちゃーんーいーまーすーかー!」
 魔理沙の間の抜けた声が墓地に響きわたる。魔理沙とアリスは命蓮寺の墓地に来ていた。盆を過ぎたせいか、人間の姿は無かった。魔理沙とアリスは暫く反応を待ったが、時折、カラスの羽音が響く他は、至って静かであった。魔理沙が三度目の間抜け声を出そうとした頃、墓地の外れにあった墓石の一つがグラグラと動くと、宮古芳香が地面から這い出てきた。
「わーれーのー、なーをーよーぶーもーのーはー、だーれーだー」
「出たな、ザ・ゾンビ」
 前に突き出した腕をユラユラ振りながら近づいてくる芳香を見た魔理沙は、どうやら私のゾンビ語が通じたらしいぞと、アリスに右手でサムズアップした。
 アリスは魔理沙の前に出ると、魔理沙に噛み付こうとする芳香の頭を押さえた。
「はじめまして、リビングデットさん。私の名前はアリスよ」
「あーりーすー?しーらーなーいー」
「実は、今日はお願いがあって来たの。貴女、うちの子にならない?」
「おい、ちょっと待て」
 三人が振り向くと、霍青娥が腕を組んで立っていた。魔理沙は、はて、夢殿大祀廟の入り口の穴は霊夢と二人でコンクリ封鎖した筈だがと、考えたが青娥の能力を思い出して納得した。そんな魔理沙の内心などお構いなしに、アリスは両腕で芳香をホールドすると、腕の中で「わー、なーにーをーすーるー」ともがく芳香を抱えたまま青娥に近づいた。
「少しの間、おたくのゾンビを貸してもらいたいんだけどいいかしら?」
「状況がよく分らないんだけど……」

 うろたえる青娥は、横目で魔理沙に状況の説明を求める。どうやら初対面である、トンデモ人形使いの態度に、相当面をくらっているらしい。下僕の安全より、自らの置かれた状況の整理を優先したようだ。冷静な判断だが、ここは幻想郷。大概の人外同士のイザコザは、弾幕ごっこで片付けられる無法地帯である。案の定、アリスは十分な説明をしないまま、不敵な笑みを浮かべながらスペルカードを出した。それを見た青娥は、いつぞやの緑の巫女が行使してきた妖怪流の交渉術(力こそが全てッ!)を思い出してアリスの意図に気づくと、渋々自らもスペルカードを出した。
 結局、それから二人は弾幕ごっこをする事になるのだが、丁度、青娥が三回目のスペルカード宣言時に、青娥のタオが墓地と隣接している命蓮寺の屋根の一部を吹き飛ばし、バハムートが降臨した。アリスと青娥の弾幕ごっこは、聖の鉄拳制裁スターライトブレーカー(物理)を受け、両者共に撃沈してうやむやとなった。後日、ゴリアテ人形が命蓮寺の屋根の修理に駆り出されるのは、また別の話である。聖が去ってしばらくしてから、ようやく青娥にアリスからの説明が行われた。
「自律人形研究の糧にしたいから、芳香ちゃん貸して」
「いいわよー」
 あまりにあっさりした返事に、魔理沙とアリスは拍子抜けした。ずっこける魔女二名を前に、それ位なら全然オーケーよーと、間の抜けた笑みを浮かべながら青娥は言った。不審に思ったアリスが話しを聞くと、どうやら、死体を狙っている化け猫の一味と思われていたらしい。術者と主人と言った間柄では無いようだ。アリスは、自分と人形のかしら、なかなかストイックな関係だわ、と半ば強引に納得する事にした。どうやら、最初からキチンと訳を話していれば、バハムートを召喚せずにすんだようだ。

 ゾンビの捕獲に成功した二人は、青娥が手を振って見送る墓地を後にした。魔女と人形使いとキョンシーが跨りいささか重量過多な箒は、横風が吹く度に悲鳴を上げた。魔理沙は気にせず高度を上げる。日が傾いているとはいえ、夏真っ盛りの幻想郷の空は、まだまだ暑かった。鼻歌交じりに箒を操る魔理沙の後ろでは、後ろから魔理沙の首元に噛みつこうとする芳香と、それを必死に抑えるアリスの熾烈な攻防が続いていた。そんなことなど知らない魔理沙は、現在進行形で命の恩人であるアリスに話かける。
「取り合えず、これで第一段階完了だな」
「ええ、そうね。また一歩、私の偉大で粋高な野望『アリスインワンダーランド』の実現へと近づいたわ。感謝するわ」
「感謝なんて必要ないぜ。それより今回の成果をだなぁ」
「わかってるわよ。今回の研究結果については全て貴女に報告するわ。ただし、私の腕が限界を迎えずに貴女が人間のままでいれたらだけど」
「どうゆうことだぜ……」





「諏訪子。私はどうしたら良いのか分らんよ」
 諏訪子は自分の胸にうずくまる神奈子の頭を優しく撫でた。神奈子は昔から、時々、こうして諏訪子に求めに来る。早苗が風祝になってからは、早苗が居ない時を見計らってくるようになっていた。どうやら、今では気の知れた身内とは言え、早苗には弱い姿を見せたくはないらしい。まったくもって軍神とは呼べない姿の相方に、諏訪子はちょっとした征服感を覚えていたが、それ以上に、自分に縋ってくる神奈子がひどく愛おしかった。
「諏訪子。私は、自信がないんだ。今でもたまに、早苗を連れてきてしまったことを酷く後悔するんだ。もちろん、こう思う事は、早苗の決意と信頼を酷く踏みにじっていることは分かってる。それでも、思わずにはいられないんだ」
「神奈子。それは私の責任でもあるよ。三人で決めた事だ。それに、早苗と早苗の家族を救う。選択でもあったんだ。そんなに自分を責めるものじゃない」
「分かっている。分かっているよ。だけどそれは、結局のところ私たちに都合の良い詭弁の様な気がするんだ。もしも、早苗が風祝に目覚めなければ。もしも、私達が運命を受け入れてれば。言えば、早苗はついて来ると分かっていたんだ。それなのに、それなのに」
「神は神。人は人だよ。そしてあの子はこっち側の存在だ。私はあの子を導いたことを後悔していない。あの子の家族をぶち壊してしまったのを後悔していない。私は神だからね」





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 夢を見た

「なんであの子が……。なんであの子なのよ……」

 幻想郷に来る前の

「やめろ、自分達の子供だぞ」

 外の世界にいた頃の夢を

「×××、大丈夫だよ。お母さんが言うことは気にしなくていいからね。私は全然気にしてないからね」


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7.


「うあああ!」
 早苗は自身の絶叫で飛び起きた。何か、とてつもなく恐ろしい悪夢を見た気がするが、目を覚ました今では夢の内容は霧散してしまい、ただただ、恐怖の余韻だけが頭にこびり付いていた。早苗はそれからしばらく、蒲団の中から慣れ親しんだ自室を眺めていたが、ふと窓を見た。
 カーテンの隙間から、外が見えるが空には未だ星空が広がっていて、夜明けはまだまだ先のようだ。星空を見ていると、吸い込まれるような錯覚にとらわれる。早苗は何だか心細くなり、頭から布団を被りうずくまった。蒲団の隙間から冷気が入り込んできて、身体が震える。夏とはいえ、守矢神社は妖怪の山頂付近にあるため夜は冷えこむのだ。だが、震える原因はそれだけでは無かった。
 早苗は幻想郷に来てから、たびたび見る悪夢に悩まされていた。いつも、自身の絶叫で目を覚ますが、決まって夢の内容は覚えておらず、朝まで悪夢の余韻に身体を震わせながら朝を迎えるのだ。今回もそれに習うことにしたが、なんだか今日はとても嫌な予感がした。
 以前に霊夢が言っていた、巫女は感で行動するとの言葉を思い出す。確かに幻想郷に来てからは感と言うか、直感が利くように成った気がする。それは、元々自分が持っていた素質なのか、幻想郷の気質にあてられて身に付いたものなのかは分らなかったが、今回だけは、その感が外れてくれる事をただただ願った。

 結局、今回も明け方まで震えていた早苗は、外が明るくなると重い瞼を擦りながら朝食の準備に取り掛かった。朝日が顔を出す頃には、二柱が起床しいつも通り居間で天狗が投げ込んできた新聞を読んでいた。台所に入ってきた神奈子に早苗はペコリと頭を下げた。
「おはようございます、神奈子様」
「うむ」
 神奈子は軽く挨拶を返すと、食器棚から急須を取り出し茶葉と早苗が沸かしておいたヤカンからお湯を入れると居間に戻って行った。そんな神奈子の様子に、『ドキドキ☆神奈子の神降ろしレッスン』から何となくギクシャクしていた神奈子との関係が、少しずつ元通りになって来ているなと早苗はちょっぴり嬉しくなった。

 早苗はあれからも修行を続けているが、一度も成功出来なかった。このままでは、記念すべき幻想郷で初めての風祭に間に合わなくなってしまう。早苗は焦っていた。早苗はなんとか二柱の期待に答えたかった。早苗はなんとか自分を認めて貰いたかった。


「やあやあ、よく来た早苗!こいつを見てくれ、どう思う?」
「すごく……大きいです!」
 にとりと早苗は、駐機されている非想天則にニヤついていた。非想天則は、そのミリタリーグレーの角ばった装甲を纏った巨体に太陽光を浴び、直立不動で立っていた。その姿に、早苗は、スーパー系も良いがリアル系も中々かっこ良いなと内心ウキウキである。非想天則を目の当たりにした早苗のテンションは有頂天であった。それこそ、今朝に見た悪夢のことなんて忘れてしまう程に。

 妖怪の山の西斜面に設けられた技術集団の試験場で非想天則の稼働試験は行われていた。専用の自走整備担架からデッキアップされた非想天則の主脚の周りでは、ロボットアームで観測機材を抱えた河童達が走りまわっている。そんな様子をにとりと早苗は、試験本部が置かれた仮設テントの中から眺めていた。はたてから充電してもらった携帯電話をにとりに手渡し、非想天則をバックに記念写真撮ってもらえませんかと大はしゃぎする早苗。一応機密だからとにとりはやんわり断った。早苗の後で、機付きの自動小銃を持った完全武装の警備が疑惑の目を向けていた事に早苗は気付いてない。にとりが警備に問題ないと目くばせしていると、腕に報道記者の腕章を付けた射命丸がニヤニヤしながらやってきた。
「早苗さん。私がお撮りして差し上げましょうか?記念写真」
「マジですか!?」
「ちょっと、文、勝手なことしないでもらえないかな」
 にとりの言葉に射命丸は、非想天則と守矢の現人神を同じ写真に収めることで、守矢と技術集団の関係の強化、ひいては幻想郷全体に、妖怪の山の強い連携を見せつけれるとの言い分で対抗した。
「というかまだ、撮影許可が降りた時間じゃないよね。複共の記者団の受け入れは正午からの筈だよ?」
「まあまあ。いいじゃ無いですかにとりさん。今は、複共の報道員じゃなく文々。新聞の記者として来たんですよ」
 射命丸はそう言うと、早苗の手を握りにとりの静止を振りきって仮設テントから出て行った。慌てたのは警備達である。ヒラ河童の彼らからすれば、複合共同体の報道部の記者の射命丸は、文字道理雲の上の存在であった。立場上、実力行使する訳にも行かず(そもそも出来ない)与えられた任務と組織での立場の狭間に揺れながら涙目で対応するが、結局、射命丸に丸め込まれて道を開けた。

 涙目の警備の横で撮影会を始める二人の姿に、にとりは深いため息を吐いた。様子を窺っていた部下に、報道部に抗議してみてはいかがかとの助言を受けるが、にとりは無駄だと首を横に振った。どうにも複合共同体は射命丸を優遇している節がある。
 写命丸の立場を超えた行動の数々にお咎めが無いのは、射命丸から得られる情報が有益であるからであろう。しかも、本人が複合共同体から他勢力のパイプ役や体の良い情報源として利用されているのを知った上で、逆に趣味の新聞作りに立場を利用しているのだから尚更たちが悪い。にとりは頭を掻きながら、ヘッドセットのインカムで部下達に指示を送った。
「あー、こちら現場主任の河城。図々しい鴉天狗と人間が紛れ込んでいるが、気にする必要は無い。各員、引き続き作業を続行せよ。えっ?操縦席を見せろと要求している?馬鹿、流石に見せられる訳ないだろ!搭乗員にコックピット内側からハッチをロックさせろ。今から私もそっちに行く、いいか、絶対に開けるなよ?」

「こんにちは河童さん」
 仮設テントから出ようとしたにとりは、突然真後ろからかけられた声に、足を止めて振り返った。幻想郷の賢者、八雲紫である。紫は、丁度、先ほどにとりに忠告した部下の腹の位置でスキマに頬杖しながら、胡散臭い笑みを浮かべにとりを見つめていた。にとりの部下は驚きのあまり気絶して後ろに倒れた。突然自分の腹から金髪のねーちゃんが生えてきたのだから当然である。
「……どいつもこいつも、ちゃんとアポ取ってから来てよ」
「あら、ちゃんと許可を取ってるわよ」
 紫はそう言うと、スキマの中から一枚の書類を取り出す。どうやら、試験場の入り口の受付に置かれている入場者の名簿の様だ。そのまま紫は、にとりの目の前で名簿に自分の名前をサラサラっと記入した。にとりは心底ウンザリした。
「それよりガンダムが完成したようね。おめでとう」
「がんだむ?何だいそりゃ」
「外の世界では、巨大な機械のカラクリの事をガンダムって呼ぶのよ」
「何だって!?外の世界ではそっちの分野も発達してるのかい?あちゃー、先越されちゃったか」
「あと、約束はちゃんと守ってくれたかしら?」
 紫の言葉ににとりは表情を曇らせる。辺りをキョロキョロと見渡し、付いて来てと、紫と共に仮設テントを出た。二人は他の作業員に聞き耳を立てられないために歩きながら話す。
「……紫の要求道理、冗長性は極限まで削ったよ。基本設計も全て私一人でこなした。技集の機械工学的な目線で見るなら非想天則は技術の粋を集めた結晶だけど、一兵器として見るなら全くの駄作だよ。二足歩行型強襲揚陸車両なんて最もらしい名前を付けたが、天界で適当な幼龍を捕まえて、そいつから兵隊をドラボーンさせた方が数段ましさ」
「どうやら、約束を忠実に守ってくれたようね」
「忠実も何も、元々これは私のオナニーだからね。技集の連中も面白そうだから私の自己満足に乗っただけだよ。まあ、面白い研究テーマだったよ。ロマンからのアプローチで実用性に対抗しようとするのわ。ああ、もう少しすれば、歩行試験を始めるけど見ていくかい?」
「あら、誘ってくれるの?てっきり私、貴女には嫌われていると思ってましたわ」
 立ち止まった紫につられて、にとりも足を留めた。紫は口元を扇子で隠しているため、にとりには紫がどんな表情をしているかは分らなかったが、からかう口調の割に紫の目は笑ってなかった。にとりはおどけながら肩を竦める。
「何言ってんだい。紫は出資者の一人だからね。スポンサーには最大限の便宜を図るよ。私はプロだからね」
 そんな、にとりの顔を紫はしばらく眺めていた。後ろから甲高い駆動音が聞こえてくる。何を動力に動いているかは分らないがどうやら非想天則の内蔵機構に火が入ったらしい。演習場の周りの森から驚いた鳥達がギャアギャアと鳴きながら一斉に飛び立った。
「せっかくの申し出ですけど、今日は遠慮させていただきますわ。なにぶん、多忙ですので」
「そうかい、それは残念だ」
 笑うにとりに扇子を畳んだ紫は小さく頬笑むと、では、ごきげんようと返し、背中に出現させたスキマに倒れこむ様に消えていった。先ほどまで紫が存在した空間には何もなく、ただ、遠くに機動した非想天則が見えた。

「そうさ、嘘は言ってない。私はスポンサーに最大限の便宜を図るよ」

 にとりは、胸ポケットから煙草を取り出すと口に咥えて火を付けた。まだ日が昇り切らない空へ、吐き出された煙が昇っていく。
 まだ、昼前であるのに素晴らしい夏空であった。今日は一段と熱くなるなと思ったにとりは、額に浮かんだ汗を拭うと帽子を被り直し、試験項目を消化するために仮設テントへと戻って行った。

「それで、ですね~ロボットにドリルは必須でして~」
「なにやってんだい」
 早苗と射命丸と再び合流したにとりが見たものは、げっそりして目のハイライトが消えている鴉天狗と、それに意気揚揚とウンチクを語る巫女の姿であった。どうやら、以前からちょくちょく非想天則の見学に来ていた早苗から、射命丸は情報を聞き出そうとしたらしい。その結果、 早苗の知識の披露会になった様だ。にとり的には、その手の話題は外の概念や思想を知る良い機会であり、全くもって大歓迎なのだが、何も耐性が無く、下心丸出しで話を振った射命丸は、哀れ、返り討ちにあった様だ。周りの河童達も巻き込まれたくないのか、二人の周囲には奇麗に空間が出来ていた。
 にとりの接近に気が付いた射命丸は、ウガンダジャン・グ・ワイデ飛行場右翼陣地での防衛戦を思い出した。あの時は救援が間に合ったが、今回も、ぎりぎり渡河仕様重装機械化歩兵の救援が間に合ったようだ。早苗はと言うと、非想天則が間接の稼働チェックの為、電磁伸縮炭素帯を伸縮させ腕を上下左右に動かす度に歓声を上げる。非想天則が必要以上に稼働チェックを行っていることから、操縦者も早苗の反応に満更ではないらしい。
「お二人さん。そろそろ歩行試験始めるから観覧席に行ってくれないかい?」
「ぜひとも行きます!」
「……私は複共の記者団に合流しなくては成らないので、そろそろ失礼します」
 はしゃぐ早苗とは対照的に、射命丸はよろよろとその場を離れて行った。早苗のロボット講座がよっぽど堪えたらしい。そんな射命丸を早苗はキョトンとした顔で見送る。自分がしでかした事に気づいていないようだ。こういう輩が、一番達が悪い。にとりは自分も気をつけようと固く心に誓った。

 正午になると、複共の記者団が受け入れられ、本日の目玉である非想天則と完全武装の河童達で構成された分隊の模擬戦が行われた。非想天則が歩いただけでテンションが上がりっぱなしの早苗は、模擬弾とは言え、銃器を構えたロボットが戦闘軌道を行うとなると大興奮であった。その肝心の試験内容が、光学迷彩で姿を消した河童達が強化外骨格で文字道理人外の身体裁きの三次元軌道で、自動小銃と空中魚雷によるHit and away改めDive and Zoomをしたため、傍目からみれば、一体、何がどうなっているんだッ!状態の内容であっても、早苗は満足であった。早苗は、非想天則が、何もない空間から現れた火線や空中魚雷を避け、回避起動を行いながら銃撃を返す度に歓声を上げた。
 高かった日が傾きかけた頃、全試験日程を消化し取材を終えた記者団が帰って行く中(射命丸は最後まで早苗に近づかなかった)そろそろ自分も帰ろうと支度している早苗に、にとりは声をかけた。
「早苗、この後時間あるかい?」
「時間ですか?晩御飯の準備がありますので、遅くまでは無理ですが夕方までなら開いてますけど」
「乗ってみたくはないかい?非想天則」
「えっ!良いんですか!」
 目をキラキラさせる早苗に、にとりは当然だよと胸を叩いた。
 そもそも、非想天則の素体の提供者が諏訪子であるため、その身内にサービスしなければと言う気持ちもあったが、なによりにとりは早苗に喜んで欲しかった。
「なんなら、動かしてもいいよ?流石に鉄砲でバンバンは危ないから駄目だけど」
「いえいえ、乗せてもらうだけで結構ですよ!動かし方分らないですし」
「大丈夫大丈夫、OSが優秀だからね。誰が乗っても動くよ」

 にとりは、インカムで非想天則の搭乗員に自走整備担架格の納中作業中断を伝え、コックピットハッチを解放するよう命じた。右膝で各座させ非想天則の姿勢が安定されるのを確認すると、二人は浮遊し、非想天則の背中からスライドオープンし姿を現したコックピットへと続くキャットウォークに降り立った。キャットウォークから見えるコックピット内部は、レイアウトされている無数の計器類から発せられる淡い緑色の光で照らされていた。
「す、凄いです!」
「乗ってごらん」
 現場主任のGOサインに、早苗はドキドキしながら非想天則に乗り込んだ。遂に、巨大人型ロボットに乗る夢が叶うのだ。
 コックピットの大部分を占めるシートへ、意気揚揚に座る早苗。目の前のHAD越しのメインモニタに映し出されている外部映像を見て、うひょーと歓声を上げる。その後も早苗は、にとりに説明を受けながら操縦桿やフットペダルをガシガシ動かす度に歓声を上げた。
「にとりさん、貴女は天才です」
「よしてくれよ、照れるじゃないか。そうだ、システムを立ち上げてごらん?私の最高傑作さ」
 早苗はにとりからイグニッションキーを渡されると、にとりの指示に従いながら非想天則のOSを立ち上げた。
 途端に、駆動系の駆動音が増大し、メインモニタには待機モードから通常モードへ移行したことが表示され機内には、抑揚の無いAIのアナウンスが流れる。
『メインシステム、待機モードより通常モードへ移行しました。パイロットデータ認証中――』
「え?」
 酷く無機質な口調であったが、早苗はこの声に確かに聴き覚えがあった。早苗の顔は見る見る蒼白に成っていく。そう、それは忘れもしない―――
『パイロットデータ認証確認。おはよう、久しぶりだね、早苗』
 行方不明になっていた多々良小傘のそれであった。
銭湯要請つの助と申します。

つの助から名前変えました。ややこしいですね

この作品は、以前に投稿し手違いで削除してしまった風祭上の内容を修正、追加したものです。何度も上げる形となって申し訳ありません。
上下の予定です。いたらない部分ばかりでありますが、よろしくお願いします。精進します。
銭湯要請つの助
[email protected]
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コメント



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2.無評価名前が無い程度の能力削除
これ、前にも投稿したでしょ?
3.無評価名前が無い程度の能力削除
これ文章や展開に見覚えがあるんだけど「はじめまして」ってどういうことなの? 嘘? それとも盗作?
4.無評価銭湯要請つの助削除
申し訳ございません。
ご指摘があった通り、この作品は以前に投稿した風祭上の内容を修正、追加したものです。
この作品は以前に投稿した風祭上の内容を修正、追加したものです。との記述を概要のみの記載で、本編と後書でしていませんでした。また、後書を以前のまま乗せてしまい、あやまった表現になってしまってことを御詫びします。直ぐに修正します。
名前もつの助から銭湯要請つの助に変わったことも、ややこしかったと思います。この点については気付いた人がいるかどうかは怪しいですが(なにぶん、内容が無い作品なので……)

作品を読んで頂きありがとうございます。今回、ご指摘頂いた問題について再発防止に努めますので、いたらない点も多々あると思いますが、よろしくお願いします。精進します。