Coolier - 新生・東方創想話

Welcome To The Black World

2012/11/23 19:31:14
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 闇であった。忽然と降りた闇であった。まだ年若い少女たちは何の意思も準備も持たぬまま、不条理な暗黒の裡に放られるようにして遺棄されていた。辺りを包む暗黒で己が位置すらも判然としない。
 敷き詰められた黒が眼球を蹂躙する。表層に見ゆる総てが色を失う。形体に持つ距離が、闇の飽和に呑み込まれていく。呼吸をすることさえ憚られた。吸えば吸うほど、肺の内側から黒に侵食されていく様だった。
 闇の中を少女たちの声だけが木霊する。
 
「ねえねえ、誰かいるー?」
「お、その声は霊夢だな。魔理沙先生ならここにいるぜ」
「なんだ、魔理沙か。他にはいないの?」
「失礼な奴だな。ここは知己との再会に歓喜するところだ」
「うっさい。さっきからずっと一緒にいたクセに」
 
 その者、魔に染まりし乙女・魔理沙と、神に奉げられし哀れな巫女・霊夢であった。その時、彼女たちは荘厳なる神の社で悠然と空虚にお茶飲みの儀を執っていた筈だった。問題となり得し脅威は無い、長閑で退廃的な日常がある。そう思っていた、――思い込んでいた。
 だが闇は、彼女たちのほんの僅かな心の隙に付け入り、するすると日常の宇宙に侵食してきた。
 闇の口腔が世界を喰らう。彼女たちの日常は見る間に瓦解し埋め尽くされていく。目を開けても黒、目を閉じても黒。闇の黒は一切を遮光し、暗黒に内包された彼女たちは、全なる闇と同化を始めていた。
 
「どうして急に真っ暗になったんだろ。さっきまで普通だったのに」
「ホントに何も見えないな。どうなってんだ、これ」
「魔理沙の魔法じゃないの? 私を驚かせようとして」
「私が犯人かよ。そんなわけねーだろ」
 
 魔理沙は余りの馬鹿馬鹿しさに思わず頭頂を掻く。霊夢から懸けられたその浅ましく愚劣な疑惑を、断絶するように否定した。
 
「私にそんな魔法があるわけねーだろ。巨大化の魔法なら最近覚えたけどな」
「いや、訊いてないし。でも魔理沙じゃないなら誰なのさ。こんな悪戯するの」
 
 霊夢に問われて魔理沙は思考する。この絶界の暗黒を作りし《黒幕=ブラック・カーテン》は何者なのか、と。もちろん自分ではないが、然りとて霊夢でも無いだろう。魔理沙は相応な年月の付き合いを持つ友の積極性に欠ける――ともすれば面倒臭がりな宇宙を心得ている。我が友が斯様に馬鹿げた革命を起こすとは思えない。
 では、一体何者が……?
 
「なんか強い風が吹いてその後だったよね。真っ暗になったの」
「そうだったな。帽子が飛んでいくかと思ったぜ。――危険そうに見えるか?」
「ううん。今のところ邪悪な感じは無いよ。ヘンな異変」
「じゃあ、放っとけばそのうち元に戻るか。喋くる以外にすることが無いってのもアレだけどな」
 
 彼女たちは、暗黒的異変の静なる状態から、陰惨たる殺意の気配は無かろうと判断し、今暫くは宇宙の様子を見守るに留めた。何の条件も知らぬうちに沙汰を急いでは却って事態を悪質にする。まだ若年ながらも幾度かの銀河危機を解決してきた彼女たちにとって、その判断は左程悪くないものに思えた。
 そして時間だけが経過していく。刻々と現在が後退し新しい現在に挿げ変わる。彼女たちは微分された現在の一瞬を意識出来るほど敏感ではないが、闇と混沌が濃度を増して押し迫るのを感じないほど鈍感でも無かった。
 魔理沙の金髪、頭頂の一糸がぴんと立つ。そして彼女たちは知覚した。禍々しい黒がその醜悪で強欲な触手を伸ばし始めていることに。
 ――そう。本当の闇はまだ始まってすらいなかったのだ。
 闇が轟く。
 闇の主の登場に歓喜したのだ。真の闇は“彼女”の登場によって始まる。暗黒の王者、骸の君、地獄の沸血より這い出でし紅き犀利な牙が、茫然と恐怖しているだろう彼女たちの前に現れた。
 
「くくく……。こんなに月が紅――、暗い夜だから。本気で殺すわよ」
 
 少女たちは、見えぬ天より注がれるその厳かな声の持ち主が何者なのか、まだ把握出来ずにいた。闇が、苛烈に征服する闇が、視覚による識別を阻害するのだ。悪魔に魅入られし少女たちは、何者か知れぬ宇宙の発した不穏当な言葉に、全シナプスの活動を超活性せねばならない。
 
「さあ、時は来たり。明暗転じて禍を祝す。光に栄えし者共の終わりがはじまる……」
「……なんか痛い奴が出てきたな。ていうか、レミリアだろ、お前」
「“レミリア”。お前は何を言っているのだ。ここは何も見えぬ闇の中だ。名前などに何の意味がある?」
「いやいや、名前無いと呼べないだろ……」
  
 這い寄る混沌の影は《レミリア=未だ名前の無い恐怖》であった。強靭な精神力と無尽蔵の死を持つ宇宙的な彼女に、未成熟な処女たちは一縷の希望さえ見出すことが出来なかった。名前を拒絶した魔王を何と呼べばいいのか、千年を超える不死の怪異ですら解け得ぬだろう難題に、少女たちは圧倒する死の行進を感じていた。
 闇が加速する――。
 体温が奪われる。闇の温度と同化する――……。
 
「『お嬢様』とお呼びすれば良いのです、魔理沙」
「って咲夜も居たのかよっ! 急に喋んなよ、びっくりすんだろ!」
 
 その人間、以て魔性の如し。声の主は《圧倒する恐怖=吸血鬼レミリア・レッド(お嬢様)》の忠実な僕、瀟洒且つ堕悪な従者、咲夜・十六夜であった。
 
「咲夜たちも居たんだな。もしかしてお前たちが暗闇の原因か?」
「いえ、私たちは天気も良かったので神社へ行楽に出かけた所、この異変に巻き込まれたのです。ですが、日傘を忘れて慌てん坊の咲夜さん。日影が出来たのでちょっとラッキー」
「いや、それは訊いてねーし。つーか、じゃあ誰がやったんだよ」
 
 魔王の忠実なる狂犬、咲夜・十六夜もまた、不誠実なる闇の悪意に翻弄されし矮小な小市民でしかなかった。闇の中に現れた一滴の希望にも似た殺意に導かれ、魔王の牛車として馳せ参じた戦場に彼女たちの出遭いはあった。
 ならば運命か? 彼女たちは闇の運命に操られ、ロシアンルーレットの舞台に載せられた《マトリョーシカ=繰り返し現れる同じ顔の煩悩》でしかないのか?
 
「くくく。闇を畏れるのか、人間。闇こそが原始の光景ぞ? 誰しも闇の中に生まれ、闇の中に死ぬのだ。闇こそが世界の正しい姿だと思わないか?」
「……日光が全く無いからかな。レミリアがヘンだ」
「何言ってんの魔理沙。レミリアはいつもヘンだったよ」
「お嬢様は少しだけヘンタイ。でも私はそんなお嬢様をお慕いしております」
 
 闇の更新は続く。頭上を制圧していた日輪は捕殺され、暗澹たる冷度の狂気が脱出速度限界を超えて縛りつける。
 闇、闇、闇、見渡す限り、有らん限りの闇の蔓延。
 闇+闇=迸る黄色の情熱。
 闇の次数が極大に達する。少女たちの絶望の嗚咽らしき嬌声が漏れた。 
 
「いい加減ちょっとは考えようぜ? 真っ暗も飽きてきたし。埓があかねーよ」
「くくく。まだ判らないのか? お前たちは私の内的宇宙にいるという事に……」
「はいはい。そういうのはいいから。――咲夜は何かないか?」
「……なら、先程から気になっていたことが一つ」
 
 魔染めの少女は諦めかけた希望の残滓を、或る一匹の愚昧な狂犬に託した。狂犬は嗤う。
 
「何だ何だ? 言ってみ?」
「では、『人ひとりすっぽり入るくらい大きな帽子があったとして、それは帽子なのでしょうか、それとも日傘なのでしょうか』」
 
  ・
  ・
  ・
 ――それは……、
 ――たぶん、帽子であった。
 
「だから、そうじゃないって言ってんだろッ! お前らもっと危機感持てよ!」
「魔理沙ー。私、何かお腹空いちゃった」
「うるせーッ! チョコレートやるから静かにしなさい!!」
 
 混沌の実効支配が彼女たちから冷静と情熱とアンモニアガスを奪っていく。
 純然たる狂気が彼女たちの三分の一の純情な怠惰も排斥していく。
 妙なる闇の愛撫が愛しさと切なさと心強さと不良債権を悉く消し去っていく。
 
「あ、そういえば話に聞いたことがあるのですが」
「頼むぜ咲夜。もうネタはいいからな」
「以前、暗闇を操る妖怪の話を聞いたことがあります。その妖怪は一切の光を遮って暗闇の空間を作り出す事が出来るそうです」
「……ルーミアか。なるほど、確かにあり得るかもな」
「フッ。運命は初めから答えを出していた。全ては私の計算通り……」
「お前は黙ってろ、レミリア。――よし。その辺にいるかも知れないな。手分けして捜してみよーぜ」
「……もぐもぐ」
 
 そうして四人は無明の暗黒の中を手探りで歩き、甘い殺意の意味を探して彷徨した。暗闇の中での勤労ゆえに、相対する他の宇宙と接触することが多々にあった。誰が誰とも分からない闇の監獄を歩くのは、単純にそれだけで狂気であった。
 今度は魔理沙が這い寄る魔の触手に足を奪われた。暗闇の中での転倒は受け身が上手く取れずに激痛する。こんなところで腐蝕死体となっているのは誰だと皆に訊くが、誰も違うと言う。
 魔理沙は悟る。これが暗黒騎士ルーミア・ド・バルザックだと。
 
「おい、ルーミア。これはお前がやったんだろ。もとに戻せ」
 
 魔理沙は難攻不落の闇の王城に上陸した。闇の王の襟首を掴んで強制する。暗闇の中なので本当に襟首だったかは疑わしいが、気にしないことにする。
 がくんがくんと肩を揺らすが、しかし、《沈殿せし闇の楔=SOUNANOKA》からの反応は無かった。
 
「あれ? おかしいな。おい聞こえてんだろ! 返事をしろ!」
 
 魔理沙はさらに闇の貴公子に詰め寄る。自我を忘蝕せんが如き烈なる尋問に、ついに闇の貴公子からか細い呻き声が漏れた。《暗闇を照らす俺たちの明日=SOUNANOKA》から滔々と言葉が紡がれる……、
 
『アタイったらサイキョーね』
 
 ――違った。
 それは暗黒騎士ルーミア・ド・バルザックではなかった。冷徹なる氷の女王チルノ・マ・ルキューであった。
 見せつけられた多角的視野の絶望に、四人の戦士たちは力なく項垂れる。残酷なる死神の遣い・チルノを、未来と過去が去来する永遠の闇に葬り去った後も、彼女たちの宇宙に光源が戻ることはなかった。
 犯人探しもお手上げ状態になった彼女たちは、明らかに言葉数が少なくなっていった。最早、一電子ボルトの活力も無い。彼女たちは全く好転しない闇の現状に辟易していた。もしかしたら出られないかも知れないという恐怖が現実味を帯びて広がっていく。
 魔理沙は頭頂を突く者があるのを感じた。
 
「ねぇ、魔理沙」
「なんだ霊夢か。どした?」
「チョコレートちょうだい」
 
 絶望する友は糖分を求めていた。それは最後の晩餐への招待に似ていた……。
 
「……もうねーよ」
「嘘。一人で食べる気なんでしょ。ズルい、私にもちょうだい」
「ったく、さっき食べたじゃないか……」
 
 魔理沙は止む無く《内なる意識=ポケット》を探る。チョコレートらしきものは見つけられない。仕方がないので、今度は自分の帽子に触れようとした。魔理沙はこの帽子のことを《魔女の三角帽=覆い被さる闇の帳》と呼んでおり、圧倒的な信頼を寄せていた。
 だが……、
 
「……嘘だろ? 帽子が、ない……?」
 
 魔理沙は驚愕の余り卒倒しそうになるのを辛うじて持ち堪える。アポトーシスする神経細胞の群衆に働きかけ、帽子の所在について考察を巡らせる必要があった。
 
(……霊夢とお茶をしていた時には確かにあった。無くしたのは暗闇に包まれてからだろう。だが、なぜ大事な帽子を無くしたことに今まで気づかなかったのだろうか……?)
 
 魔理沙にとってそれが一番の不思議だった。
 魔理沙がそう思うのも無理はない。何故なら彼女は、今までずっと帽子の傍にいるような安心感に包まれていたのだ。頭部だけではない。全身が帽子とあるようで。だから帽子が無くなっていることなど、全く気付かなかったのだ。それはまるで、大きな帽子に体ごとすっぽり包まれているような……、
 
(まさか――? そんな馬鹿な……!!)
 
 至って魔理沙は、暗闇の原因について心当たった。
 魔理沙は真っ直ぐ歩いていく。迷いも戸惑いもなく淡々と。誰ともぶつからずに歩くと、闇の中で壁に衝突した。魔理沙は壁の下部に手を探り入れる。すると、それは簡単に持ち上がった。
 暗黒はただの闇では無かった。何か大きなものに覆われる様な闇であった。そして魔理沙は、最近、巨大化の魔法を習得していた。
 魔理沙は勢いをつけてそれを放り投げる。
 暗闇の中に一筋の光明が見えた……!
  ・
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「……あ、晴れた」
 
 そうして魔理沙は、巨大化した帽子の失態を取り繕う為に、弁解の言葉を模索し始めた。
読了、有難うございます。
みすゞ
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コメント



0.330簡易評価
8.70名前が無い程度の能力削除
個人的には好きな構成。ニヤニヤしました。
前半の緩急にあったストイックさを、最後まで維持してほしかった気も?
9.70名前が無い程度の能力削除
ちょくちょくある《》の中二的説明に笑ってしまったw
ただ、オチが途中で分かってしまうのが残念
10.無評価みすゞ削除
作者です。
コメントありがとうございます。
さじ加減、難しいです……。
11.70名前が無い程度の能力削除
割と好きかもしれない
14.100名前が無い程度の能力削除
チョコレートやるから静かにしなさいってのがちょっと吹いた