Coolier - 新生・東方創想話

風神太平記 第三話

2012/11/16 23:34:05
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 だん、と、右足を踏みこんで、力強く闇を突く。
 間髪を入れずに右薙ぎに腕を動かし、同時に左足を軸にして身をひねる。
 踵だけでわが身を支え、刃を踊らせる。手をくるりと動かして剣を片手に持ち替え、跳び上がっては、床すれすれに切っ先を這わせていく。……。

 着物の白い袖がひるがえる。
 残った空白を埋めるごとく、飾り紐が暗みに舞う。
 篝火の光を受けた翡翠の飾りが、翠色(みどりいろ)をした光跡の残照となって波打つ。
 黄金の髪、紅を差した赤い唇、真白なうなじ。そして、その細腕には似合わぬはずの無骨なつるぎ。

 いま諏訪子をかたちづくるもののすべてが、夜のなかの彼女を言祝いで(ことほいで)
いた。彼女の見るもののすべてが、やがて終わる享楽の夜をかろうじて繋ぎ止めていた。舞い踊るその軌跡が、自らの肉体に傷をつけると望むかのように肌に迫る刃が、諏訪子という少女のすべてだった。

 太古の時代、歌や舞といった芸能は娯楽という以前に、まず神に捧げられるべき宗教的な存在であったという。であるならば、神自身がこうして舞い踊る光景は、この場の出雲人と諏訪人に、いかばかりか鮮烈な記憶となって駆け抜けていったことだろうか。

 剣舞を見守る観衆の、静かな熱が高まってくる。
 それを見透かしたようにして、諏訪子は祭壇より飛び降りた。
 なおも舞うまま、足取りには忘我の心地よさを宿したまま、人々が集まる宴席へと舞は入り込んでいく。刃の切っ先と装束の袖先が皆の鼻先をかすめ、緊張と同時にかけらばかりのうつくしさを振りまいていく。それをもっとたくさん得ようと、皆、諏訪子の行く末に眼を向けていた。モレヤも、神奈子も、そうだった。最初は夫を見ていた彼女の視線がやがて離れ、舞うことだけに集中していく。この夜は、今だけ諏訪子のものとなっていた。

 参列者のひとりひとりを確かめるように、剣尖はくり返し踊り続ける。
 ここに至って、ようやく諏訪子の足取りにも疲れが見え始める。
 だが、彼女は止めない。神奈子から授けられた、当夜における最後の『策』を実行に移すためにだ。

 剣舞は、やがて諏訪の領主たちが固まって配置された列に近づき始めた。
 つるぎが自分をかすめるたび、喜びと驚きに満ちた歓声が上がる。
 だが、そのようななかに。ひとりだけこの余興を喜ばぬ男がいた。無言に、無表情に、かつての王をじろりと睨む諏訪の豪族。

――――トムァク。

 心中、諏訪子はその名を呼んだ。
 わが政を壟断せる男。
 諏訪の柵にモレヤの身を送り込んできた男。
 油断のならぬ者。だが。

 ――――おまえが居らねば、諏訪子はモレヤとは出会えなかった。
 ――――それだけは、礼を述べるに値する。

 足の運びはいっそう鋭くなっていく。
 ひるがえる袖は腕に絡みつき、しかし、構わず諏訪子は舞い続けた。
 トムァクに近づくために。ただ彼の眼前で、つるぎを閃かすために。

「トムァク!」

 呼び声が、相手に届いたかどうか。
 しかし、いつか疲労して息の上がっていた諏訪子が眼の前に現れて、驚かぬトムァクではなかった。未だ酒の残った杯を取り落とし、驚愕の態(てい)で相手を見上げるその先には。

「トムァク。諏訪と出雲が和合を決めたという記念すべき宴の日ではないか。儂の剣舞にさえ斯様に興を抱けぬとあらば、わが諏訪の新政にただならぬ不満ありと見られても……致し方あるまい」

 トムァクの鼻先には、つるぎの切っ先がぴたりと突きつけられていた。
 諏訪子の剣舞は、ようやく終わりを告げる。観衆の静かな興奮は明瞭な称賛へと変わり、宴席は万雷の拍手に包まれていく。ために諏訪子の言葉は、トムァクの他には誰にも聞こえなかったに違いない。そのトムァクだけが、にやりと卑屈な笑みを浮かべて答えることをする。

「“諏訪さま”は、お人が悪いお方にございます。いかな良案というものがあろうとも、それが失敗せぬとは限らない。先々を憂える者は、いつの場合も必要なものにて」

 つるぎを再び鞘に戻し、返事もせぬまま諏訪子はトムァクの元から離れていった。
 背筋に、薄ら寒いものが走ったような気がするのである。
 神奈子からの入れ知恵は、『舞の最後にトムァクに剣を突きつけて見せよ』というものであった。それが、宴の場にもっともふさわしく映える示威の手段であるからと。

 だが、その策は本当に成ったのであろうか。
 敵は、平然と笑んで見せたではないか。
“あれ”を討つには、未だ長い時がかかるのかも知れないのだと。

「神奈子、モレヤ。わたしはやるぞ。おまえたちと共にな」

 そう独語する諏訪子の向こうには、盟友と夫が今や遅しと、彼女を待ちかねているのが見えた。(続く)
作者の気力が続けば、第四話が出ると思います。
全体の構成としては、次回から第二部といった感じです。
こうず
http://twitter.com/kouzu
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コメント



0.500簡易評価
3.100名前が無い程度の能力削除
かなすわでNTRとか新しい。諏訪子を譲ったところからはじまり、これがのちまで延々続く神奈子様独身路線の先駆けか。
過去二話を経て安心して読める第三話といった具合でしょうか。北米仕込みのヘラジカとガチる神奈子様はどう見ても男でした。
舎人衆のキャラが徐々に立ってきてこれは本が薄くなりそうですね。王道はヒダ×ナビかしら、やはり。
続きも楽しみにしています。.
>「モレヤの騎乗を助けてくれたこと、例を言います!」
誤字ひとつです。
8.100名前が無い程度の能力削除
相も変わらずお見事な出来栄え、興奮しました。作者様の気力がどうか続くよう、遠方から念波をとばして応援しています。
10.100愚迂多良童子削除
そうか、なんか結構話が進んだなとか思っていたけど、新政権が出来て正念場はここからか。トムァクがなにやら暗躍しそうですな。神奈子があえてモレヤを生かしたことで、やはり神奈子も親心を憶えたんだなあ。モレヤも段々と男らしくなっているようで、先が楽しみです。

>>自分の仕事を終えたモレヤは彼は舎人たちに伴われて
『彼は』が余計?
11.100名前が無い程度の能力削除
続きキター 楽しませて貰いました
12.100名前が無い程度の能力削除
筆の贅沢というか、さまざまな箇所での賢察や、描写の細かさに(粥の味に至るまで!)に感嘆するばかり。
同じ血肉を食らったものだから我らは同盟なのだ、という理屈は感覚的にすごく納得できました。
残酷な儀式は、怖ろしい体験の共有、吊り橋効果的なあれそれで人の中を結びつけるのですね。
モレヤ君、これが十歳に満たない少年の体験なのだと思うと凄まじすぎて憐れみを覚える。
長編SSも三話とくれば、もはや一つの世界が垣間見えてしまう気さえします。オリキャラで二次創作が出来そうなレヴェル。
しかし、モレヤ君が殺されそうになっていたことに肝を冷やしたのなんの。前回の話は未来への希望に溢れていたから、今回は失う物語にするのかと思った。
結局、三人とも無事で、よく考えればモレヤ君と諏訪子が夫婦になるのは歴然たる事実なのだから気づくべきだった。
さて、三人の絆が揺るぎないものとなり、敵役が明確になり、かわいいマスコットキャラ白蛇くんも気になる第四話。
膝を揃えてお待ちしております。
13.100名前が無い程度の能力削除
さて、ここから正念場。
乗り切って欲しいものです・・・。変なケチがつきませぬように!
15.100名前が無い程度の能力削除
「 長 過 ぎ る !!」
話を追うごとに尺は長くなり、逆に閲覧数は下降の一途。
正直、何故あなたがここまでするのか理解できません。
ああ!、100点以外付けれないじゃないですか!!
16.無評価15番の中の人削除
ご所望なら名乗っても構いませんけど……どうしましょう
17.100非現実世界に棲む者削除
やはり今作も面白かった。
諏訪子、神奈子、そしてモレヤ。
政を執り行う役者が揃った。
果たして今後の展開はいかに。

脱字 1項目の神奈子の台詞で」が抜けています。