Coolier - 新生・東方創想話

【集え】妻に「愛してる」と言ってみるスレ【瀟洒】

2012/11/16 09:29:27
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 咲夜が文と「文々。新聞」の定期購読契約を結んだのは、30代半ばをすぎたころ。
 
『こんな新聞、門番用のトイレ紙にする程度の価値しかない』

 若い頃は本気でそんな風に考えていた。
 無理やりおしつけられた新聞は一部残らず揉んでほぐして正門裏の仮設トイレにまわしていた。
 今はそれを本当に申し訳なく思う。
 契約の機会にそれらの事はちゃんと謝罪し、以降は文と良い世間話仲間になれた。
 仮設トイレからもちゃんと撤去した。仮設トイレからは紙が無くなった。
 それからもう5年近くが経っている。紙は、まだ無い。
 もっとも美鈴はお腹の燃費が良くて60年に一度しかトイレしないと本人が言っていた。あと数十年は問題無い。
 つまりは新聞をトイレ紙の価値さえないと侮辱していたわけで、そんなかつての自分がやっぱり恥ずかしい。
 
 こんな素晴らしい新聞を自分はどうしてそんな風に扱えたのだろうか。

<博麗神社の中年巫女、ギックリ腰ふたたび>
<氷精チルノ、1+1解読。慧音氏号泣>
<霧雨魔法店、20年前に廃業済。誰も気づかず> 
 ...etc

 歳をとると、日々のそんなちょっとしたニュースが不思議と恋しい。
 腰が重くなって自分から積極的に出歩く気力が衰えたからだろうか。
 新聞のおかげで霊夢がぎっくり腰になったと知れば、ひさびさに博麗神社へ散歩しようという気にもなる。見舞いがてら、湿布を土産に用意して。
 紅魔館の外の日常を一つ一つ細かに知らせてくれる『文々。新聞』。
 咲夜にとってはとてもありがたい存在なのだった。
 また、近頃とても楽しみにしている連載企画がある。
 読者投稿型のその企画は、先月の頭に第一回が掲載されて以来、非購読者の間でも大反響。

「あら、今回は4人も投稿者がいるのね」

 お目当て記事を見つけ、ほくそ笑む。
 年甲斐もなく胸がドキドキする。
 一日の終わりのプライベートタイム。
 咲夜は寝室のベッドに新聞を広げ、至福のひと時に鼻息を粗くした。









~ペンネーム「寺住まいのT」さんからの投稿~

『乱文失礼いたします。
 結婚二年目、子無。
 妻はもともと私の監査役のような立場の人でした。
 けれど二人で色々と大変な時期を助け合って乗り越えたりすることもあって、それをきっかけにお付き合い。
 そのまま長い期間をへて、結婚。喧嘩はしたけど大きな喧嘩はなく、順調にここまできました。
 「好き」と言ったことはあるけど、「愛してる」は言ったことないなあと思って決意しました。
 ですがなかなかタイミングつかめず、だらだらと何日もたってしまいました。
 夕食を終えて、居間でお茶のみながら二人でのほほんとしてる時に勇気を出して伝えました。

私「あー、あの、ちょっといいですか」
妻「んー?(本を読みながら)」
私「もう結婚して二年も経ちますね」
妻「どうしたんだい急に(まだ本を読んでる)」
私「私のお嫁さんになってくれてありがとうございます。いつまでも妻が一番です。
  あ、あ、あ、・・・あいしてます!!!」

 言いきった!って思ったら妻の顔が ( ゚Д゚) ってなって、
 そのあとボロボロ泣きだしました。
 照れて「もー!」みたいな反応だと思っていましたから大慌て。
 妻は泣きながら「私なんかをお嫁さんにしてくれてありがとう」って。
 普段とてもさばさばしている妻なのだけど、本当はいろんなコンプレックスがあるみたいで 、
 自分なんかじゃないほうが私(T)は幸せになれるんじゃないかって一人で悩んでいたそうです。
 付き合ってる頃にたまにぼそりとそんな風に言っていたけど、今でもそうやって悩んでいたのかと驚いてしまいました。

私「私は妻のことを全部ひっくるめて愛してます。
  なくしものばかりして不甲斐ない私ですが、これからもずっと私のお嫁さんでいて下さい」
妻「わたしこそ、あ、あ、あいしてる!!! ごしゅじんがしたなくし物はぜんぶわたしがみつけるから!!!!」

 そのあとは子供みたいにうわーん!って一通り泣き叫んで、泣きはらした顔で幸せそうに笑ってました。
 こんど妻の大好きなチーズを買ってこようと思います。』





~ペンネーム「奇跡も魔法もパワーだぜ」さんからの投稿~

『言ってみた。

私「なぁ・・・。」

 嫁さんは人形達を上手いこと操って手早く飯を作ってくれてて、それを手伝いながら(皿出しぐらいだけど)声をかけた。

私「その、嫁に伝えたい事があるんだけどさ・・・。」
嫁「・・・!?え、なに、どうしたの・・・?」

 不安そうな顔になる嫁。
 嫁の昔からの癖と言うか、嫁は「別れる時は自分からは絶対にない。あるとしたら私が捨てられる方」
 という強迫観念みたいなものを持っていて、恋人の時からこんな感じで話を振るとその不安が頭を過るとかなんとか。
 惚れた方の弱み、みたいなものらしい。こっちはそんな気を起こした事は一度もないんだが。

嫁「・・・なに?なに?」

 私が言いだせなくて黙るものだから、どんどん泣きそうになる嫁。
 ええいままよと、恥ずかしさを押し殺してなんとか言った。

私「いつもありがとうな。その・・・愛してる・・・ぜ。」

 ・・・嫁、相当驚いていた。固まっていた。
 そりゃ何年も愛してるどころか、好きと言ってやる事もなくなってたからな。

 そしたら、嫁が一気に今まで見た事ないぐらいの超笑顔になる。
 ニコー!っと擬音が聞こえてきそうなぐらい。

嫁「わ、私も○○○の事すごい愛してる~!」

 タックルからしめつけるような抱擁のコンボを喰らった。
 顔も胸にぐりぐりしてきて、言ったこっちまで幸せな気分になって、
 ぎゅっとしばらく抱きしめてあげた!

 嫁とは私が魔女になる前からの付き合い。
 もともと家がおんなじ森の中にあるし、ずいぶん長く一緒にいたもんだから、恋人時代のうちから家族のような関係になり、
 結婚もその延長のような感覚で、「夫婦」というのにもあまり実感がなかった。
 早い時期から一緒にて、感謝はしているんだけど、当たり前になりすぎていたみたいだ。
 でも、ちゃんと言葉にしてやらなきゃダメだな。

 人形達に報告している嫁が超可愛い。』





~ペンネーム「輝夜死ね」さんからの投稿~

『風呂場へ向かうために嫁さんの後ろを通り過ぎる時に
 座っている嫁を後から抱きしめて暫くギュッとしてから一言。
「愛してる」

 言葉にならない声と共に嫁の後頭部による頭突きが私に炸裂。
 頬骨砕けるかと思ったじゃないか……。
 照れるのはいいけど、頭突きはやめてくれ嫁。
 かなり痛かったのでちょい涙目になりながら嫁から離れると
 目の前の嫁の耳(後からだからちょうど目の前に来る)が真っ赤。
 んで「えへえへ」って感じで小さく笑っていた。
 うちの気まじめな嫁さんは普段そんな笑い方しないから、新鮮で可愛かった。
 まぁ、風呂はいらないと湯が冷める(薪がもったいないので沸いたらすぐ火を消す)ので
「風呂入ってくる」
 と言ったら嫁はパッと顔上げて
 これが満面の笑みだ、という感じの笑顔で
「行ってらっしゃい」
 と手を振ってくれた。
 風呂向かうのに手をふられたのは初めてだ。
 たぶん嫁はもうその気になってたんだろうな。
 風呂からあがるとキラキラした目で
「おかえり!」
 と迎えてくれたよ。
 そのあとやたら上機嫌になり角生えて襲われた。
 いつもは、まぁその、大人しく1回なのに、その夜は3回。すごかった。
 今朝も昼前に起きてまた3回。
 マジで聞くなこの言葉。
 堅物な嫁がエロくなったのはうれしいが、これでは身体が持たん。
 
 あとこの投書はくれぐれも嫁さんには秘密にしてくれ。
 尻の穴がまた増える』

[*発行者注釈] 
 媒体の性質上、嫁氏に絶対に見つからないように、というのはまず不可能です。
 というわけで、思い切って「輝夜氏ね」さんの嫁氏に直接許可を求めることにしました。
(勝手に掲載すると、最悪私の命まで危ぶまれますし、かと言って没にするのはもったいくらいのラブラブレターなので)
 結果、無事に許可をいただけました。なんだかんだで嫁氏も熱愛ぶりを自慢したいようです。
 ただ、「輝夜死ね」さんが嫁氏に何の相談もなく投書された点については憤慨してらしたので「輝夜死ね」さんが無事かどうかはわかりません 。
 まぁたぶん大丈夫でしょう。不死身ですし。
 もげろ。





~ペンネーム「匿名希望(17)」さんからの投稿~

『朝起こされたときに言ってみたわ(・∀・)
 なぜか正座させられて「また浮気したんですか?」って問い詰められた orz
 もう浮気しないって誓ったでしょう……('A`)
 むしゃくしゃしたので家の油揚げを全部スキマ送りにしちゃった v』





 読み終えて、何度も何度も暖かいため息がもれた。
 
「はあー、みんな素敵。匿名希望(17)さんは、ちょっと笑っちゃうけど……けどやっぱり、こうして記事を読んでいると、私も言ってみたくなるわねぇ……」
 
 幼い紅魔館主のニヒルな笑みが、新聞紙に透けた。
 それだけで、胸の奥がほのかに熱くなる。
 もちろん、今更口にせずども互いの気持ちはよく解っている。
『おしどり』――知人達のそんな揶揄に相応しい夫婦仲であると、自身を持って断言できる。
 ただそのおかげで、伝えてたところであまり面白みは無いような気もした。反応はだいだい予想がつく。
『ありがとう。私もよ』と微笑んでくれて、多分それでおしまい。そういう人だ。みだりに心の内をさらけだそうとはしない。それがカリスマ。
 だからこそ、時折自分にい打ち明けてくれる本音がうれしい。
 
「喜んでもらえるのなら、それで十分ではないの?」

 だけどどうしても、自分の年齢が気になる。

「40過ぎのオバサンだものねぇ」

 投書の4人みたいにいつまでも若い人外連中とは違う。
 読んでときめくのはまぁ良しとして、そこに加わろうとするのは、ちょっとはしゃぎすぎかもしれない……。
 咲夜の貞淑な価値観がチクチクと異議を唱える。

「うーん……」

 どっちつかずのアンニュイな気持ちになって、胸の不快感に悶える。
 ごろりと寝返りをうって、ため息をもらしながら天井に左手をかざしてみる。

「小じわが増えたわねぇ……」

 その手はかつてのツヤとハリを失って、観察するたびに憂鬱な気分にさせられる。
 水仕事では手袋が必須。うっかりすると皮膚がバリバリになって辛い思いをする。
 けれど、その薬指にはめられた銀の指輪は、20年近くがたった今でも、まったくその輝きは失われていない。
 結婚したその時にプレゼントしてもらった指輪。
 なんの装飾もないシンプルな銀の指輪。
 だけど、咲夜にとってはどんな宝石よりも大切な誓いの指輪。
 咲夜はこの20年間、一度たりとも指輪をはずしたことはなかった。
 つけごこちはまったく無く、どんなに扱っても汚れることも傷つくこともない。
 不世出の居候、大パチュリー・ノーレッジによって錬成された特殊な魔道流体金属。
 リングの表面に目をこらすと、細長く湾曲した世界が鏡のようになって細部まで見えた。

「お嬢様……」

 見つめていると、二人ですごした素晴らしい20年間がありありと胸に蘇る。
 どんな時でも勇気がわくし、迷いも消える。

「――言おう。私もちゃんと、お嬢様に伝えよう」

 幸せな生涯を与えてくれたあの人へ。
 何年ぶりだろうか。胸の奥に二十代の自分が蘇って、体中がカァっと熱くなっていく。
 いったいどんな顔をしてくれるだろう。さすがに、泣いたりはしないか。でも、抱きしめるくらいはしてもらえると、嬉しいのだけれど……。
 不安と、期待と、胸の躍るような空想が、しなびた乙女心を潤してくれた。





 翌日。
 紅魔館の上空を通った文をつかまえ、投書させてほしい旨を伝えた。
 めちゃくちゃに喜ばれた。

「紅魔館がらみのネタにはね、皆さんとっても興味があるのですよ。ひゃー、投書を楽しみにしています!」
「あまり期待しないでね。きっと、たいした内容ではないから」
「いやいや! どんな普通の投書だってかまわないんです。投書はすべからく特別なのですよ。どれもこれも現実に起こった物語なのですから」

 ――さて、もう後戻りはできない。
 わざわざ文に伝えたのは、万一怖気づたときの予防策。瀟洒なメイド長は言うと決めたら、必ず言うのだ。

「いつ伝えようかしら?」

 もちろん二人きりの時がよい。機会はたくさんあるはずだ。
 お茶の時間でもよいし、夜の夫婦の時間にでもよい 。
 あとは、自分がちゃんと言えるかどうか。

「てれることはないのよね。素直に気持ちを伝えればいいのだから」

 簡単簡単――甘く見ていた。

(言え! 言うのよ咲夜……!)

 紅魔館の青空テラスで二人、白いウッドチェアに座るレミリアの背後に控えながら。
 咲夜は瀟洒なメイド長には許されざるほどに顔を強ばらせていた。
 季節は秋、二階のテラスからは、館の前庭を飾る花や草木が日ごとに葉を散らす物悲しい様が見える。
 午後の日差しはすっかり大人しくなって、お茶の時間にパラソルを準備する必要もなくなった。
 そろそろお嬢様の冬服のしたくもしておかないとね――咲夜は着実に近づく冬に思いをはせ――ってそーじゃない。
 咲夜はスカートの裾をにぎりつつ、ぐぬぬとほぞを噛んだ。

(なかなか言えないものね……)
 
 以前は言えたはずの言葉が、なかなか口から出ていかない。
 あ、い、し、て、る、
 それだけの発声が、できない。言おうとすると、とたんに肺と喉ががちがちになる。
 とっくに卒業したはずの若い羞恥心が、今、二十数年ぶりに蘇って咲夜をがんじがらめにしていた。
 
「咲夜、おかわり」

 レミリアが涼やかな声で申し付けた。
 咲夜の葛藤には少しも気づた様子は無い。
 けれどそれはレミリアが鈍感なのではなく、咲夜が長年磨き上げた瀟洒な仮面のおかげ。

「かしこまりました。お嬢様」

 少しの足音も立てず、すっと主の隣に足を踏み出す。滑らかな所作でティーポットを傾ける。
 少しばかり心が乱れてもその手つきは決してみださない。
 白いカップに紅が満ちた。
 湯気がたちのぼり、カップのふちで待ち構えていたレミリアの鼻穴に吸い込まれていく。
 咲夜はティーポットを片手に、さりげなくその横顔を伺う。
 
 ――うん、香りよい。

 レミリアが無言のうちに口の端でかすかに微笑み、頷く。
 咲夜はそれを見届け、一歩、また音もなく後ろに下がるのだった。
 弱い風がサァとふいて、紅茶の煙が静かにくねる。
 主と穏やかな二人だけの時間。こうしているだけで心が満たされてしまう。

「咲夜」

 主が、ふと呟くように、けれど燐とした透き通った声で、名前を呼んだ。
 メイドとして、過不足のない返事を心がける。

「はい」

 レミリアはきっと他の誰にも聞かせたことのない、優しい声で、

「二人の時は、名前で、ね」
「あっ……」

 瞬間、咲夜は空よりもはるかに果てしのない幸福に覆われ、メイド長にあるまじき、過分な微笑みを浮かべてしまっていた。

「はい……レミリア様」

 ふと気がつくと、遠くの空で、乳白色の月が青に透けている。
 このまま時間を止めてしまいたくて、つい、ポケットのクロックに手を伸ばしてしまいそうになる。
 お茶の時間が終わってレミリアが去ると、咲夜は片付けをしながら一人ため息をついた。

「言えなかったわねぇ」
 
 後悔しているはずなのに、だけど咲夜の心は幸せで一杯だった。

「やっぱり、あらためて伝える必要はないのかしら……」

 言葉にしなくたって、主と自分は深くつながっている……そう思える。 
 しばしのあと、ゆっくりと自分に言い聞かせるように首を横にふった。

「ううん……お嬢様が私を大切にしてくださるのだからこそ、私もちゃんと気持ちを口にすべきなのね」

 顔をあげて、視線を強くする。
 紅魔館の外壁を越えた先。
 湖面が、陽の光を反射してたくさんの細かな光を瞬かせている。
 咲夜は誰もいないテラスでこっそりと拳をかかげ、ひよろうとする己を鼓舞した。
 



 けれど初回の失敗が癖になったのか、伝えられないまま、ずるずると一週間が過ぎてしまった。
 その日は雲の少ない、満月の綺麗な夜だった。

「咲夜、ごめんね、今夜はたかぶってしまって……大丈夫?」 

 満月の夜にはレミリアが燃える。
 主の苛烈な攻めによってもたらされた灼熱のひと時。
 まだ肉体の痙攣が治まらなかった。
 くやしいが昔と比べればやっぱり体の耐久力は落ちている。
 不断の努力によってなんとかプロポーションは保っているけれど。
 
 夫婦用の寝室は、二人の私室とはまた別に用意されている。
 紅魔館地下の、図書館奥の秘密の小部屋。吸血鬼ごのみの狭い部屋。防音魔法をほどこされ、どれだけ声をあげても壁ドンされない。
 太い蝋燭が部屋の中央に一本。灯りはそれのみ。
 頼りなく揺れる小さな灯火は、不安定な明暗の世界を闇の中にぼんやりと浮かび上がらせる。
 抱き合った二つの体は、壁に巨大な影を投影した。
 室内は互いの体液で蒸したように熱く、吐息はすべて湿気ている。
 ほの暗い黄土色の光の中、咲夜はようやく体が落ち着いてくる。
 衰えたはずの自身を信じられないくらいに乱れさせてくれる主に、うっとりと頬を寄せる。
 
「とんでもありませんレミリア様……とても……素晴らしかったです……」

 レミリアの幼いく白い肢体がオレンジに照らされる。
 その小さな胸はいまだ隆起しきらないくせに、頂きのジャンダルムをほんのりと充血させて蠱惑的。
 咲夜は枝垂れかかるようにその永遠に紅き幼い峰にキスをした。
 唇を、流れ出した溶岩のようにどろりと全体を覆わせ、どちらのものとも解らない汗を口に含む。少し、しょっぱい。
 なだらかな麓を口の周りでクックッと押すと、ささやかな弾力を感じ、大地がかすかに震えた。
 咲夜は主の反応に喜び、ンフ、と下品に微笑む。 
 そんな咲夜のうなじを撫でながら、レミリアが思い出したように言った。

「ところで咲夜……最近、私に何か隠しごとをしていない?」
「んふぇ?」

 何のことか一瞬ほんとうに解らなかった。
 くわえたまま上目づかいで瞳をきょとんとさせる。

「このところ何度も、私に何か言おうとして、言わないことがあるでしょう」
「あ……」
 
 思わず口にしてしまい、しまった、と思う。
 レミリアの目が鋭くなり、咲夜の顎をつかんで上を向かせる。
 ちゅぴ、と咲夜の唇が往生際の悪い音をたてた。

「何を隠してるの? ちゃんといいなさい?」

 母親が娘を叱るみたいな口調で、おでこをコツンとつきあわせる。 
 レミリアの大きな紅の目が、咲夜の視界一杯に広がる。
 なぜこうも大人びた目をできるのだろう。
 胸が高鳴った。
 まるで自分のすべてを覗くような、深い瞳。
 それはさておき、

「私は――何も隠してなんかいませんよ」

 咲夜はできるうる限り平静に答えた。
 今伝えても、呆れられるに決まってる。
 
『何を隠してるの? さぁ言ってごらんなさい』
『えっと、愛してます』
『はあ?』

 だめだ。絶対だめ。
 いくらなんでもそんな結末は嫌だ。

「本当かしら」
「本当ですよ」

 メイドに嘘なんて許されない。
 だけど、今は夫婦の時間。
 そして大切な夫婦の時間だからこそ、今はただ求め合っていたい。

「そんなことより、私、今晩はまだ頑張れますわ、ですから――」

 主の小さな唇にすがる。
 レミリアは、まだ納得していなさそうではあったが、ちゃんとキスをしてくれた。
 
「隠し事をしていたら――おしおきよ」

 合間に囁かれたその言葉にゾクリと鳥肌が立つ。
 そして、濡れる。
 レミリアの犬歯が焔の色に照らされ、象牙色は炎に染まる。
 鋭い牙は咲夜の唇を何度も削るように刺激し、それはだんだんと顎に移動して、甘噛を繰り返しながら最期にはうなじにたどり着く。
 敏感になっていた性感帯を強くかじられ、背筋に激しい電撃が流れる。
 これから我が身を席捲するであろう人外の快楽を予感さら、咲夜の子宮は、火にあぶられるかのごとく熱い血潮を滴らせた。




 それから何日も、咲夜は動かなかった。
 レミリアはうすうす感づいている。
 今伝えてしまうと、始めに考えていた以上につまらない結果になってしまいそうだ。
 館の屋上で洗濯物を干していると、文が様子を伺いにきた。
 状況を打ち明けて、二人で笑った。

「そうですかぁ。ちょっと以外ですね。咲夜さんなら、『愛してる』と簡単に言ってしまうのかと思っていました」
「昔は簡単に言えたように思うのだけれどね、何年も言いなれてないせいか、それとも歳のせいか……」
「いやいや、まだ40でしょう。これからですよぉ。それに咲夜さんならまだまだ見た目30代で通用しますって」
「ありがとう。でもねぇ、きっと、50歳になったら今度は40代だといわれて喜ぶのだわ。60歳になったら50代……なんだか不毛ねぇ。見た目がどうかより、ちゃんと気持ちを伝えられる人間でありたいわね……」
「ならばぜひ、頑張ってくださいね。本当に、楽しみ待っていますから」
「ええ。投書するといきまいておきながら、待たせてしまってごめんなさいね」 
「いえいえ、咲夜さんの言うとおり、こういうことは急ぐべきものじゃありませんよ。タイミングが大事です。ま、催促しにきといてなんですがね、あはは」

 そして何事もなく日々は過ぎていく。
 ――と思っていたのだけれど。
 
 図書館のお菓子を運んだおり、パチュリーに呼び止められた。
 二十年前と一切変わらない眠たげな顔で、視線は本に向けたまま、口調はそっけなく、

「咲夜、近頃調子はどう? 元気?」
「体調ですか。特に問題はありませんよ」
「そう。ならいいのだけれど。体を大事にね」

 はて顔色でも悪いのだろうか。化粧の塗りにでも失敗した?。
 心の中で首をかしげ、顔に笑顔のまま、

「そうですね。ありがとうございます、パチュリー様」
 
 瀟洒にお辞儀をして図書館をあとにした。
 咲夜はこそこそっとお手洗いに駆け込んで、手鏡で顔を確認した。
 また少し増えた小皺と、ナチュラルメイクとはいかなくなった少々色づけの濃ゆい顔。
 ちょっぴりため息を吐きつつ、あちこちズームをしてみる。けれど、普段とかわったところは見あたらなかった。

「なんだったのかしら?」

 そこで話が終わっていれば、深くは気にしなかったのだが。

「咲夜さん、風邪ひいたりしてません?」
「……。美鈴までなんなの? パチュリー様にも同じことを聞かれたけど、そんなに私、調子悪そう?」

 地べたにゴザを敷きながら、渋い顔をして聞き返す。
 30代にさしかかったころから、昼寝は咲夜の日課の一つになった。
 10代の頃の自分が知ったら、それでもメイド長かと烈火のごとく怒るだろう。
 誰かさんのせいで当時は昼寝を目のかたきにしていた。
 けれど、若い頃と違って、今は美容を保つため適度な昼寝も必要なのだ。
 いつも美鈴と一緒に外で寝ている。
 青空の下で昼寝するのは確かにすこぶる気持ちが良かった。
 もちろん、肌を守るためのパラソルは忘れない。

「い、いやぁ、咲夜さんもそろそろ歳じゃあないですか。そういうことも気にしなきゃいけないかなと」

 隣で同じくゴザを引きながら、美鈴が誤魔化すように笑う。
 
「余計なお世話よ」

 ほっぺたを強めにつまんで、ぐいっと引っ張ってやる。
 指先に感じる美鈴の肌は相変わらずつやつやのプルプルで、余計に力がこもった。

「い、痛いですよぉ」
「学びなさい。人間の女は私くらいになると歳の話で凶暴になるのよ」
「はひいぃ~」 
「だけど、本当になんなの? 何か気になることがあるのなら、ちゃんと言ってよね」
「んー……」

 美鈴はちょっと迷っているけれど、じき話してくれそうな雰囲気だった。
 咲夜はひとまず指をはなして、ごろりとゴザに寝ころぶ。
 背中に感じる土の固さが心地よい。  
 仰向けになって腕枕をすると、風に揺れるパラソルのふちから、晴れた秋の空が見え、澄んだ青色で目が癒される。
 美鈴は、わりにあっさりと白状した。ゴザに胡坐をかいて、言う。

「実はお嬢様がですねー……」
「え?」
「咲夜さん、どこか調子悪いんじゃないかって心配してるんですよ。思いすごしかもしれないからあまり気にしすぎるな、とも言われましたけど」
「……」

 咲夜はギクリとする。何か、誤解を与えてしまったのか。

「咲夜さんて、しんどい時でも平気なフリして仕事しちゃうじゃないですか。前にそれで一度倒れたでしょう」

 去年の冬、風邪を悪化さて肺炎になり、永遠亭に担ぎ込まれたことがある。
 メイド長になって以来そんな失態は初めてだった。これくらいの無理ならまだ大丈夫だろうと、体を過信した結果だった。
 周りに心配をかけてしまい、また体の衰えを目の当たりにした事もあって、随分と落ちこんだものだ。
 
「永琳さんがいなければ、かなり危なかったみたいですからね。……だから心配なんですよ。咲夜さんがまた無理してないかってね。お嬢様だけじゃなくて、私達もね」

 ちょっと照れた風に、けれど瞳は真剣に、美鈴は言った。
 
「だからパチュリー様も、さりげなく咲夜さんの調子を聞いたのでしょうね」
「……」
 
 その時の気持ちをなんと表現しよう。
 べに色の澄んだ紅茶にミルクを溶かすように、心配をかけてしまって申し訳ない気持ちと、心配をしてくれて嬉しい気持ちとが、驚くほどすんなりと交じり合って、心と体がまろやかに暖められる。
 真相を打ち明けずにはいられなかった。

「ごめんなさい、本当に体はなんともないのよ。だけど、えっと、実はね――」

 今日までの話をすべて説明する。
 事情を理解し、美鈴は、くっくっくと笑った。
 気恥ずかしくて美鈴を睨んでやろうとする。
 けれど、心配してくれた事への感謝と申し訳なさから、睨みきれなかった。
 ぶっきらぼうにそっぽを向く。

「笑わないでちょうだい。一応……恥じているのだから」
「でもレミリアお嬢様が羨ましいなぁ。私も咲夜さんに『愛してる』って言ってほしいなぁ」

 美鈴は口では軽く笑いとばしながらも、その目は、妙に熱い。

「どうです、私にも言ってくれませんか?」

 主君の大切な物を、己の力で奪ってやろうか――。
 ゴザに頬杖をつきながら、少しも視線をそらさずに、そんな瞳でじっと見つめてくる。
 咲夜がもう少し若ければ、ついドキリとしてしまっていたかもしれない。
 美鈴が昔から時折チラとうかがわせる、のんきな笑顔の下に潜ませた、暴力的で歪んだ笑み。
 紅魔館に勤め始めてすぐのころは、秘められたその危険な笑みを垣間見るたび、ちょっぴり胸をときめかせたこともあるけれど。
 まぁ、何もかも昔のことだ。

「一度でもお嬢様に勝てたら、考えてあげる」
「うーん、あと少し、百年だけ待ってくれませんかぁ? それくらい修行をつめば、あるいは」

 冗談とも本気ともつかない美鈴の言葉を、再び一蹴。

「馬鹿ねぇ。あと50年だって待てるかどうか」

 すると美鈴は、そうでしたねぇ、と諦めたように笑い、またいつものノンキな顔つきにもどった。
 ゴザにゴロンと仰向けになって、咲夜と同じく腕枕。
 大きなあくびをするその顔を横目でうかがいながら、咲夜は昔と変わらない美鈴が可笑しかった。
 咲夜が隣で無防備に眠れる相手は、レミリアと、そして美鈴ぐらい のものだった。
 空を見上げて、肺の空気を全部はきだして、体の力を抜いていく。
 青空にすけた儚げな巻雲の群れが、生まれては消えてゆ く。
 そんな空に吸い込まれながら、咲夜は呟いた。
 
「また、皆に心配をかけてしまったのね……これ以上はもう、先のばしにできないわね……」

 すぅ、と鼻から息をつき、瞳を閉じる。
 罪悪感がチクチクと胸骨のあたりを刺す。
 それと同時に、嬉しくてお尻のあたりがなんだかむずむずする。
 今晩こそ、必ず伝えよう。
 寝入った美鈴のガロガロとしたイビキを隣に聞きつつ、咲夜は心に決めた。


 


 その夜は急に雲がでて、月が隠れた。
 月の無い日には夫婦の営みは行われない。
 レミリアの私室の天井に浮かぶ弱い魔力光は、蝋燭一本しかない夫婦の寝室よりはまし、と言う程度の灯り。
 主の着替えをしずしずと手伝う咲夜を、ぼんやりと照らしている。
 レミリアがベッドにはいる。
 お休みのキスをしたいのをぐっとこらえ、咲夜は静かに頭を下げる。
 その後で、少しだけ瀟洒なメイド長の仮面をはずして、告げた。

「お嬢様、あの……」
「ん?」

 ふかふかの枕に頭を埋めたレミリアのくりくりとした目を見つめて、咲夜は数度の深呼吸ししてから、伝えた。

「おやすいなさい……愛してます」

 言えた。
 あっさり言えた。
 今日までの葛藤は本当になんだったのかというくらいにするりと言葉がでた。
 これ以上は迷惑をかけるまえに終わらせなければ……という義務感が言わせてくれたのだ。
 だから残念ながら、達成感はあんまりなかった。

「へ……?」

 レミリアは、しばしきょとんとした。
 普段見れないような顔だったから、ちょっぴり嬉しい。
 それから主は枕に片肘の頬杖をついて顔をあげ、ものめずらしそうに、おかしそうに、笑った。

「どうしたの? 急に」
「その……」

 申し訳なさと気恥ずかしさで、咲夜の顔に力のない笑みが浮かんだ。

「このところ、ずっとお嬢様にそう伝えようと思っていたのです。でも、中々言い出せなくて、何度もためらってしまって……その、申し訳ありません」

 レミリアは、「ふうん?」と眉をあげて、

「ああ……そっか、なるほどね、そーいうことか……」

 ふむふむとうなずく主の頭の中で、ここしばらくのメイドの挙動不審が解決されていったようだった。

「ありがとう、私もよ。咲夜」

 主のニコリとした顔に、つい咲夜も笑顔がはじけてしまう。

「嬉しいです。お嬢様」

 主の朗らかな言葉に、何日も胸の中で漂っていたもやもやが晴れていく。
 ただ……やっぱり、少しばかりの物足りなさもあった。

(ごめんね、文。やはり、ごくごく普通の……ありふれた内容になっちゃうわね)

 直後、咲夜は恥じた。

(馬鹿、今更、何をくだらないことを……)

 自分こそ、物語のような激しい結末を期待して、そのくせ意気地の無さから何度も告白を先延ばしにして、その結果、周りにいらぬ心配をかけてしまったのだ。

(もうこの事は忘れましょう。言うには言ったのだし、ちゃんとお嬢様に返事もいただいた。それで、十分なのだから……)

 自分への失望を瀟洒な微笑みで覆い隠し、咲夜はきびすを返そうとした――その時だった、

「どこへ行くの、咲夜」
「え」
 
 手首をつかまれた。
 次の瞬間、ものすごい力で引っ張られた。脱臼しそうな衝撃が肩に走る。
 とっさに足を踏み出すが、手にかかる力は到底踏みとどまれないほど強く、咲夜の体はうつ伏せにベッドに叩きつけられた。
 あまりに勢いがあったために、ベッドのスプリングが衝撃を吸収しきれず一瞬息が詰まった。

「う……っ!?」
 
 頭を押さえつけられて、顔面がベッドに埋まる。喘ぐと、レミリアの体臭がした。その背中にレミリアの馬乗ってくる。毛布はいつのまにか跳ね飛ばされていて、視界の隅で床に落ちた。

「レミリア様……!?」

 シーツにおしつけられフガフガと悶える。
   
「隠し事をしていたら、おしおき――そう言ったはずよ」
「ひ……!?」

 おどろおどろしい声に背筋が凍りつく。

「も、申し訳――あっ!?」

 弁解をのべようとしたが、それは適わなかった。
 突然肩に熱い痛みがはしった。
 レミリアが喰らいついたのだ。
 甘噛み、などではない。

 ――ブツッ

 ぷりぷりに湯がいたソーセージにフォークを突き立てたのと同じ音が、皮膚の裂ける痛みを伴って、咲夜の首もとに起こった。
 と同時に、レミリアの手が体とベッドの間にねじ込まれてきて、乳房を乱暴な手つきでもみしだかれる。
 快感はなく、ただ痛かった。 

「お嬢、様、何、を……」

 ぶるぶると震える舌でなんとか問いかけるが、それ封殺するかのごとくレミリアはいっそう強く顎に力を込めた。
 犬歯はさらに深く突き刺さり、咲夜の肩の筋肉の一部が裂けた。
 今度こそ純粋な激痛が走り、咲夜は背中をのけぞらせながら悲鳴を上げた。

「ああーーーっ!!」

 太い針が脳天に突き刺さり、内臓を傷つけながら体を貫いてに踵から飛び出していく。
 痛みを感じる意外の思考活動は一切許されなかった。
 ようやくそれか ら解放されると咲夜は激しく達したあとのようにぐったりとベッドに身を沈めた。
 苦痛の余波はまだ体中をジィンジィンと駆け巡り、体のそこかしこが痙攣し、心臓の鼓動が爆発的に早まっている。
 今にも破裂しそうなその音が、ドクドクと耳もとで煩い。
 鼻と口以外を水に沈められたを拷問衆のように口をぱくつかせて喘ぐ。
 ベッドシーツは涙と唾液と鼻水で濡れ、さらに視界のそこかしこで青黒い小点が明滅した 。
 背中で、またレミリアの声がした。
 まるで彼女の妹のフランドールのような笑い声だった。

「ごめん、咲夜。やりすぎた。……でも、本当に心配したんだからね」
「が……ひぃ……?」

 まだ口の震えが止まらず、ようやく漏れた声は豚のようだった。
 
「だけど、それ以上に嬉しかったよ。言ってくれてありがとう」
「は……い……」

 こんなに恐ろしいのに、主の微笑んだ声をきけば、それだけでホッとしてしまう。
 だが次の瞬間にはまた首を噛まれていた。

「だから、ごめん、嬉しすぎて、今夜はとても我慢できそうにないの。できるだけ……気持ちよくもしてあげるから、我慢して。足……広げて?」
 
 レミリアがしゃべるたびに咲夜の肉にもぐりこんだ犬歯がぐりぐりと動く。
 咲夜は再び悲鳴を上げた――ような気がする。このあたりから失神するまでの間は、もはや記憶がおぼろげだった。
 視界が白くなるほどの激痛と、それと同等の、頭が火花を散らすような快感を、主の何がしかの所作によって与えられ、まったく神経が持たなかった。
 最終的に失神するまでの間にどれくらい時間がかかったのかはわからないけれど、咲夜は意識を失う直前に、

 愛してる、愛してる、愛してる、

 と、呪詛のように繰り返すレミリアの声を、たしかに聞いた。
 あるいはそれがあまりに嬉しくて、自分は気を失ったのかもしれなかった――。









 ――――――――――。










「うん、こんな感じで良いでしょう」

 ベッドに寝そべりながらト書きをチェックしていたレミリアが、ようやくゴーサインを出してくれた。
 隣で寄り添っている咲夜はほっと胸をなでおろした。
 美鈴やパチュリーと共同で練った投書用のストーリーは、かれこれ5回も練り直しを命じられている。
 
 主曰く、

『もっとカリスマを』
『まだまだ館の主として威厳がたりない』
『もっともっと恐ろしい感じに』
『咲夜はこんな変態じゃない』
『二人の性生活はもうちょっとぼかしたほうが良くない?』

 etc.....。
 文を随分待たせてしまっている。

「だけど、咲夜」

 まだ何かあるのか、とげんなりが顔に出そうになる。

「この美鈴は、なんで中途半端に変なキャラクターになってるの? あいつこんなんじゃないでしょ」
「ああ、それは美鈴の希望でして……ただの門番じゃないぞーっていう雰囲気にしたかったそうで」

 この主にして、この門番あり。

「ふーん……咲夜が倒れた話は、出してしまっていいの?」
「はい。自分への戒めのつもりです」

 去年永遠亭にかつぎこまれていらい、皆がこっそり心配をしてくれていたのだと、美鈴に聞かされて初めて知らされた。
 投書に書いたとおり、嬉しくもあり情けなくもある。
 その気持ちをずっと忘れないようにあえて書き加えた。
 
「いいわ。じゃあ、これをもとにして投書を作成しなさい」
「わかりました。……でも、レミリア様」

 レミリアのうつぶせになった背中に、咲夜は上半身を重ねて頬ずりをする。
 何の穢れも知らないようなすべすべとした肌と、乳白色 の甘い香りが、咲夜をとろんとさせる。
 
「私は、何もかも本当のことを書いてしまいたいですわ」

 猫のように甘えて言ったのに、やっぱり主は、うなずいてはくれなかった。
 首を横にふって、ちょっと照れたように、いじけたような声で。

「駄目にきまってるでしょ。……紅魔館の主が、あんな……」
「……ふふ」

 柔く暖かな背中に顔をあずけながら、背中にはえた一対の羽の向こうで、小さな頭がふるふると恥ずかしそうにふるえるのを、咲夜は微笑んで 見つめた。

『愛してる』

 咲夜は、文に投書の意思をつげたあと、早速お茶の席で早速そう告げた。
 するとレミリアは、しばし呆けた顔をした後、顔を真っ赤にして、ぽろぽろと涙をこぼし始めたのだ。
 咲夜はまさか泣かれるとは思っていなかったので、仰天した。
 レミリアはその後丸一日中泣き続けて、咲夜にすがって懇願した。

『咲夜、お願いだからあんたの血を吸わせて! 吸血鬼になってずっと私と一緒にいて! これまでは我慢していたけれど、咲夜が私よりもずっと早くいつか死んでしまうだなんて、もう私には耐えられないの……』

 咲夜も堪えきれずに号泣してしまった。
 咲夜は妻になったあとも、レミリアに遠慮をしていた。
 長生きする吸血鬼と違い、自分はあと数十年で死ぬ。
 だから自分が死んだあとは、いつまでも自分に縛られずまた次の幸せを見つけて欲しい。
 そう思って、子供も作らなかった。
 けれどもレミリアは、人間の生涯なんかと比べ物にならないくらいに長い時間を、ずっと一緒に歩んで欲しいと告げてくれたのだ。
 咲夜は体の震えがとまらなくなり、頭は灼熱し、爆発的に涙があふれた。
 今思い出しても、少し目が潤む。
 レミリアの背中に、咲夜は目をこすりつけた。

「照れさんですねぇ」
「お黙り。私にも立場がある」
「残念ですわ」

 己の首筋を、愛しいものに触れる手つきで撫でる。
 投書の行為を裏付けるような傷跡が、そこにくっきりと穿たれている。
 その小指の先ほどの赤黒い歪な丸い痕が、二人の命が結ばれた証。

(きっかけをあたえてくれて、ありがとう、文。いつか、貴方が私の変化に気づいたときにでも、こっそりと本当のことを教えてあげる)

 だけど、どうせならもっと早くに、魔理沙のように若いみぎりに、自分から吸血鬼化を求めていればよかった。
 女としては、やはり悔やんでしまう。
 遅すぎる後悔と、霊夢へ少しばかりの申し訳なさを感じながら、咲夜は主の背中を頬ずりしながらよじ登る。
 しばしうなじの柔い産毛をついばんだ後、赤く染まった主の耳たぶにそっと口づけをして囁いた。

「レミリア様、随分遅くなってしまいましたが――これからは時間はたっぷりとあるのです。どうか、私にあなたの子供をさずけてくださいませんか――」



~おしまい~
KASA「ねぇ、ちょっといい?」
KASA「なんだよ? 今テレビ見てるんだけど」
KASA「あのね……えっと……」
KASA「ああ? んだよー、用があるなら早く言えよ」
KASA「あ、ごめん……いや、そーじゃなくて……あ、愛してる!」
KASA「……へ、えええええ!?」
KASA「け、結婚してくれてありがとう!」
KASA「……ばっ、馬鹿、いきなり変なこと言うなよ……ぐ、……ぐう……み、みんな! あっち行けよっ;;」
KASA「えへへ……愛してるよ~……」
父「……お前……」

――死のう。


お目汚し。
*11/16 誤字修正。ご指摘ありがとうございます。
*なお、冒頭の4人の投書内容は改変元があります。決してオリジナルではありません。
気が向きましたら、タイトルのスレッドを検索してみてください。心がほんわかできます。
KASA
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コメント



0.2200簡易評価
1.90名前が無い程度の能力削除
どこから突っ込めばいいのやらw
5.100名前が無い程度の能力削除
ブレないなw
6.100名前が無い程度の能力削除
ブらヴぉー! オォブらヴおぉー!
先の四人の投書だけでも満足だったけどレミ咲で120%越えましたわー
よかったねえお嬢様
よかったねえ咲夜さん
7.90名前が無い程度の能力削除
慌てちゃうお嬢様可愛いw
しかし、最初のトイレの紙の下りがww

誤字報告をば
>先月の頭に第一回が掲載されて依頼、
依頼ではなく以来でしょうか
>「やっぱり、あらためて伝える必要はないのかもしら……」
“も”が余計かな?
>ごろりとゴザに寝ころる。
寝転がる?寝転ぶ?
8.80名前が無い程度の能力削除
やっぱり余裕でNIN-SHINするのか
どこで妊娠ネタ入ってくるのかなと思ったけど
安心のねじ込み具合で安心した
14.100名前が無い程度の能力削除
レミ咲バンザイ!バンザイ!バンザイ!
15.100名前が無い程度の能力削除
最高
17.100名前が無い程度の能力削除
いいですね
18.100名前が無い程度の能力削除
貴方で安心した
19.60名前が無い程度の能力削除
個人的に吸血鬼化するのはないわーって感じだけど、ほかのところは面白かった。特に冒頭の体験談。
20.80奇声を発する程度の能力削除
相変わらずのブレなさでした
23.100名前が無い程度の能力削除
誤字脱字が目立つので、減点して100点で。
26.100名前が無い程度の能力削除
最高でした。
つーか、ゆかりんどんだけ信用ねーのさw
31.100名前が無い程度の能力削除
面白かったです
32.100名前が無い程度の能力削除
吸血鬼化してずっと一緒に、ってあまあまなエンディングはなかなか見ないからとても嬉しかった!
33.100名前が無い程度の能力削除
本文はすっごいよかったけど、後書きが胸くそ悪いので900点引いて100点で


もげてしまえ
34.90竹輪を喰う程度の能力削除
和みました
咲夜さんが吸血鬼になるのは珍しいですね
あと魔理沙も

もげろって何すかww
36.100名前が無い程度の能力削除
冒頭の投書も最高でしたがレミ咲の可愛さよ…!!結果最高でした!
38.100名前が無い程度の能力削除
おー、これは面白かった。冒頭のところとかすごく好き。
だから、生きろ。
39.80名前が無い程度の能力削除
門番はへにょってしてるのがいいんじゃないか
43.100名前が無い程度の能力削除
ラブラブであることが前提条件で、
当たり前のように夫婦とか子供とか子作りが出てくる・・・ブレないなぁホントw

めでたしめでたしが好きな身としては吸血鬼化もモーマンタイ。
女として~とありましたが、「吸血鬼化したら全盛期まで若返る」とかでもいいのよ?
44.80名前が無い程度の能力削除
色々と弾けるギャグセンスの合間にすごい感動出来るお話でしたwwww
45.90名前が無い程度の能力削除
こころがほっこりするようなお話でした。面白かったです。
51.100名前が無い程度の能力削除
つっこみたいことは色々ある。
色々あるけど、あえて何も言わず100点で。
52.90図書屋he-suke削除
チクショウ、なんかわからんけどにやけてしまったから負け
53.100名前が無い程度の能力削除
随分と懐かしいタイトルですね
単なる改変でなく、作りこまれてて面白かったです
投書用の話、作りすぎじゃないですかw
号泣したのか。愛ですなー
58.100名前が無い程度の能力削除
いいはなし・・・・カナー?
64.100名前が無い程度の能力削除
久々に良い百合を見ましたにまにまが止まりません
71.100名前が無い程度の能力削除
霊夢は独り身なんですね、泣けてきます
72.100名前が無い程度の能力削除
KASA氏があれで本当によかったと思った