Coolier - 新生・東方創想話

狐独のグルメ Season 2 「天界の桃のタルトと天ぷら定食」

2012/11/15 08:07:41
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<Season 2 各話リンク><Season 1 各話リンク>
 「河童の里の冷やし中華と串きゅうり」(作品集174)
 「迷いの竹林の焼き鳥と目玉親子丼」(作品集174)
 「太陽の畑の五目あんかけ焼きそば」(作品集174)
 「紅魔館のカレーライスとバーベキュー」(作品集174)
 「天狗の里の醤油ラーメンとライス」(作品集175)
 「天界の桃のタルトと天ぷら定食」(ここ)
 「守矢神社のソースカツ丼」(作品集175)
 「白玉楼のすき焼きと卵かけご飯」(作品集176)
 「外の世界のけつねうどんとおにぎり」(作品集176)
 「橙のねこまんまとイワナの塩焼き」(作品集176)
 「人間の里の豚カルビ丼と豚汁」(作品集162)
 「命蓮寺のスープカレー」(作品集162)
 「妖怪の山ふもとの焼き芋とスイートポテト」(作品集163)
 「中有の道出店のモダン焼き」(作品集164)
 「博麗神社の温泉卵かけご飯」(作品集164)
 「魔法の森のキノコスパゲッティ弁当」(作品集164)
 「旧地獄街道の一人焼肉」(作品集165)
 「夜雀の屋台の串焼きとおでん」(作品集165)
 「人間の里のきつねうどんといなり寿司」(作品集166)
 「八雲紫の牛丼と焼き餃子」(作品集166)










「ら~ん~」
「わひゃあ!?」

 夕刻。居間で本を読んでいた私――八雲藍は、突然何者かが尻尾に潜り込んできた感触に、思わず悲鳴を上げた。何者かと言っても、この八雲邸で私の背後に突然現れる者など、ただひとりしか存在しえないわけだが。

「紫様、お目覚めでしたか。というか突然モフるのは止めていただけませんか」
「あら、いいじゃない。私がモフらなかったらその尻尾は何のためにあるのかしら?」
「何のためと言われましても……」

 いやまあ、紫様に尻尾を愛でていただくのもまた、私の幸福ではあるのだけれども。そもそも私の尻尾は妖狐としての力の証であって、うんぬん。
 私が唸っていると、スキマの縁に頬杖をついた紫様は、不意にスキマから袋を取り出した。

「はい、お土産」
「お土産、ですか? これは……」
「桃のタルトだそうよ。霊夢のところからお裾分けしてもらってきたわ」
「霊夢の?」

 袋の中を見ると、確かにケーキらしき箱が入っている。しかし、霊夢のところからお裾分けというのはどういうことだろう。霊夢にはこっちがお裾分けする立場だと思うが……。

「いつぞやの天人が持ってきた桃で、居候が人形遣いに習ってお菓子を作ってみたんですって。というわけで、コーヒーを淹れて頂戴な」
「かしこまりました」
「橙は?」
「マヨヒガの方にいるかと思いますが。呼んで参りましょうか?」
「残念ながら二切れしかないの。ふたりで食べちゃいましょう」
「はあ」

 まあ、素人の作ったものなら私が毒味してからの方がいいかもしれない。霊夢がわざわざお裾分けしてきたということは――いや、紫様が勝手に取ってきた可能性も高いが――味はあまり保証されていなさそうだし。
 ゴリゴリと音を立てるミルで豆を挽きながら、私はその香りに鼻をひくつかせた。












時間や社会に囚われず、幸福に空腹を満たすとき、つかの間、彼女は自分勝手になり、自由になる。
誰にも邪魔されず、気を遣わずにものを食べるという、孤高の行為。
この行為こそが、人と妖に平等に与えられた、最高の“癒し”と言えるのである。





狐独のグルメ Season 2

「天界の桃のタルトと天ぷら定食」












 翌日。私は結界の見回りの途中、博麗神社に立ち寄った。
 夏の熱気もようやく過ぎ去ろうとしているが、遮るもののない日射しの下はまだまだ暑い。日陰に入って人心地ついたところで、私は賽銭箱に小銭を放った。昨日のタルト代である。
 それから裏手に回る。――と、何やら嬌声めいた霊夢の声が聞こえてきた。「ひぁっ、ふぅん……はふ」いや、外に響く声で何をしているんだ。まさかとは思うが。
 建物の影からこっそり神社の縁側を覗く。そこには――冬妖怪に膝枕されて、耳かきをしてもらっている霊夢の姿があった。まあ、そんなオチだと思ったよ、うん。私はひとつ咳払いをして、霊夢たちの前に歩み寄る。冬妖怪――レティ・ホワイトロックが手を止め、霊夢も「おん?」と視線を上げた。

「なんだ、藍じゃない。あによ?」
「こんにちは~」

 首を振って起き上がる霊夢。レティはほわほわとした笑みを浮かべてぺこりと会釈した。私は手にしていた袋を差し出す。例によって野菜の詰め合わせである。

「昨日いただいたタルトの礼だよ」
「昨日? あ、やっぱり紫の仕業だったのね」
「……黙ってくすねてきてたのか。それはすまなかった」
「ま、いいけど。野菜はありがたく受け取っておくわ」

 袋を受け取る霊夢。と、レティが少し思案げにこちらを見つめていた。

「あ、タルト、どうだったかしら~?」
「ああ、美味かったよ」
「それは良かったわ~」

 ほっとしたようにレティは笑う。夏の終わりに神社でタルトを作る冬妖怪。材料が天界の桃なところも含めて、そういうよくわからないごた混ぜ感が博麗神社らしいと言うべきだろうか。
 実際、桃のタルトは美味かった。サクサクしたタルト台に敷き詰められた甘く柔らかいクリーム、その上に載せられたとりわけ瑞々しい桃の三重奏は、他のフルーツタルトとはまた異なるハーモニーであった。橙の分が無かったのが悔やまれるぐらいである。
 むしろ、あの桃があれば自分でも橙のために作りたいぐらいだ。とろけるように甘く、しかし爽やかな水気を孕んだあの桃。そのまま食べてもきっと美味しいに違いない。

「また作ったら、今度はちゃんと食べに来てね~」
「紫様にそう伝えておくから、そのときは是非呼んでくれ。橙も連れてきていいか?」
「どうぞどうぞ~」
「こら、家主を置いて勝手に話をつけるな」
「い、いひゃいいひゃい~」

 むにー、と霊夢はレティの頬を引っ張る。全く、仲の良いことである。
 と、そういえばもうひとりの居候の姿が見当たらない。飲んだくれて寝ているのだろうか。

「萃香はどうした?」
「ああ、桃の礼とか口実にして飲みに行ってるわよ」
「天界にか?」
「前から結構入り浸ってるみたいよ」
「ふうん――」

 ちらりと霊夢とレティの方を見やって、私は小さく首を傾げた。あの鬼も案外、気を遣ったりしているのかもしれない。ま、それはこの当人たちの問題にしても。
 どうせなら、私も天界に行ってみるか。桃が手に入れられるかもしれないし。妖怪の山の頂の方を見上げて、私はこっそりと決意した。



 そんなわけで、山登りの果てにやって来たるは天界である。
 途中で射命丸文にちょっかいを出されたりはしたが、山さえ登り切ってしまえば天界はすぐそこだ。雲を突き抜けた天上の土地に、私はふわりと降り立った。
 数年前の地震騒ぎを例に挙げるまでもなく、紫様は天界に関してはあまり良く思っておられないようなので、私も天界にちゃんと足を踏み入れたことはほとんどない。そんな紫様が天界の桃のタルトを美味しそうに召し上がっていたのは矛盾と思われるかもしれないが、食べ物に罪はないとは紫様の弁であり、私も同感である。
 広々とした原っぱに、のんびり茣蓙を敷いて酒を飲む天人たちの姿がある。あちこちに生えているのは桃の木だろうか。――天界は飽和状態というのは大嘘、という紫様のお言葉は正しかったのだなあ、と勝手に実感する。
 さてしかし、どうやったら桃を手に入れられるだろうか。そのへんの樹から勝手にもぎ取ってもいいものだろうか。いや、天人ならともかく私は地上の民であるし泥棒呼ばわりはされたくない。かといって観光客向けの店があるとも思えないし、ちょっと早まったか。
 腕を組みながら歩いていると、宴会をしていた天人たちが何やら好奇心を露わにしてこちらを見つめてくるのが見えた。いかん、目立っている。ううむ、どうしよう。
 ――ああ、おまけに腹まで減ってきたぞ。
 まずいな。天界に食べ物は確か桃と丹ぐらいしかないと聞いたことがある。となるとこれは本格的に桃を手に入れる算段をつけなければ。しかし誰に話を通せばいいのか。
 そうだ、伊吹萃香を探そう。天界に入り浸っているという彼女に聞けばいいのだ。
 これは名案、と私はひとり頷いて歩き出す。萃香のことだ、どうせそのあたりで飲んだくれているに違い無い。きょろきょろと辺りを見回しながら、私は桃の木の間を抜けて、
 目の前に現れた建物に、私は眉を寄せ、次の瞬間目を見開いた。
 《天ぷら》の文字が記された暖簾が、その入り口に揺れていたのだ。
 天ぷら屋? 天界に? これはいったいどういうことだ。目を擦って見たが、目の前にあるものは変わらない。確かに天ぷら屋のようである。
 腹が情けなく空腹を訴えかけてくる。ええい、もうここで飯にしてしまおう。出てくるのが桃の天ぷらだったりしたらお慰みだ。

「いらっしゃいませー」

 店の扉を開ける。途端、油のたてる音と匂いが食欲に強烈に訴えかけてきた。私は白木のカウンターに腰を下ろし、さて何があるのか、と顔を上げる。

「あら、貴女は――」
「え? ――って、なんで貴女がここに」
「それはどちらかというとこちらの台詞ですが。お茶どうぞ」

 そう言って、カウンターの向こうに立った永江衣玖は私に湯飲みを差し出してきた。湯気を立てる湯飲みを受け取って、私はテーブルに置かれていたメニューを見やる。
 天ぷら定食(イワナ、鶏、紫蘇、芋、野菜三品、ごはん、味噌汁)。おお、いいじゃないか。イワナの天ぷらとはいいセレクトだ。紫蘇があるのも心憎い。

「天ぷら定食で」
「かしこまりました」

 衣玖は頷くと、こちらに背を向けて音を立てる油の方に向き直る。私はそれをぼんやり見つめながら、それにしても何故天界に天ぷら屋があるのだろう、と再び考えた。駄洒落か何かか。いやさすがにそんなことはあるまいが――。

「萃香さんが、地上の食べ物をこちらに持ち込んで宴会をするもので」

 と、振り向きもせずに衣玖がそう口を開いた。私はそれが一瞬自分へ向けられた言葉だとは気付かず、「え?」と間抜けな声を上げる。

「みんな桃と丹だけでは食べ飽きてしまったのか、それが受けてしまいまして。特に揚げ物が人気で、それなら揚げ物を出す場所を作ろうと名居様が仰いまして。私はそのお手伝いです」
「はあ」
「天人は欲を捨てたと言っても、やはり地上に名残があるのかもしれません」

 衣玖はそう言って苦笑した。成る程、と私は頷く。あの桃は確かに美味かったが、毎日毎食あれでは飽きもするだろう。欲を捨てるということに食欲も含まれるなら、少なくとも私はどう足掻いても天人にはなれそうもないが、案外そのへんはルーズなのかもしれない。
 ああ、それにしてもこの、天ぷらの揚がる音! 耳から胃へのダイレクトアタックを食らっているかのようだ。これはなかなか、耐えがたいものがあるな。私は空腹を紛らわすようにお茶を啜った。

「はい、お先にご飯とお味噌汁。それから、イワナと、鶏と、芋と、茄子です。残りの三品はこれからお出ししますね。つゆと塩はそこにあるのをご自由にどうぞ」

 おっと、待ってましたよ。ああ、いかん、尻尾が揺れてしまう。犬ではないのだから、嬉しいからといって尻尾を振るなんてはしたないぞ、落ち着け私。
 ほかほかのご飯と、麩の味噌汁。そして皿に盛られた四品の天ぷら。いい面構えだ。

「いただきます」

 手を合わせ、さて、天つゆと塩のどちらでいただこうか、と考える。とりあえず、イワナは塩だな。カウンターに置かれた小瓶から、塩をぱらりとイワナに振りかける。ついでに深みのある器に天つゆもそそいだ。お、大根おろしもあるじゃないか。気が利いている。
 さて、さっそくイワナからいこう。頭から尻尾まで、一匹丸ごと形を残しての天ぷらっていうのが嬉しいじゃないか。躊躇なく頭からかぶりつく。
 ううん、皮はぱりぱり、衣はさくさく、そして身はふんわり柔らかい。王道の揚げたて、定番のさくふわだ。いいぞいいぞ、これだけでもう、私の中で名店確定だ。イワナの上品な味わいが、衣に振りかけた塩で引き立つというものだ。脂っこすぎない、さらりとした後味がまた快い。

「んむ、美味い」

 一気に尻尾まで食べてしまった。いかんいかん、焦るな。今後は芋にしよう。こっちは天つゆに、ひたりすぎない程度にさっとつけて。――おお、甘い。さくっと外側から、中はみっちり素朴な甘みが口の中に広がる。
 茄子もまた、衣の外と内とで異なる食感が楽しい。天つゆに落とした大根おろしが、また一服の清涼剤になる。おっと、ご飯を忘れていたよ、悪い悪い。天つゆの柔らかな甘みが、また不思議とご飯に合うんだよな。味噌汁も、うん、上出来上出来。

「お待たせしました、紫蘇、ししとう、レンコンです」

 お、第二陣の到着か。おお、紫蘇だ紫蘇だ。イワナや鶏が主役でも、名脇役として紫蘇の存在は外せない。さっそくさっと天つゆにくぐらせて口に運ぶ。うん、このさくっと衣そのままの食感! そしてその後に来る紫蘇独特の風味の二段攻撃! これがいいんだよ、これが。
 おっと、第二の主役の鶏がまだだったな。あっさりした鶏ささみの天ぷらは、またこれで味わい深い。歯ごたえがありつつも、はらりと崩れるこの食感。結構、結構。
 レンコンがまた、いいんだよな。この食べ応え、ふんわりした天ぷらの中ではっきりとした存在感を放っている。けれどくどすぎず固すぎず、あくまで添え物に徹しているのが、また慎ましくてよろしい。
 そしてししとうだ。このししとうというセレクトがわかってるじゃないか。からっとさくっと火が通ったししとうの食感。他の野菜のどれとも違う味。しっかり七品の中でバランスが考えられている。ぬかりのない仕事ぶりだ。大根おろしが実に合うな。

「あむ、むぐ、うん、うんうん。むぐ、ずずっ」

 気付けばご飯と味噌汁も、綺麗さっぱり無くなっていた。ほふ、とひとつ息をついて、残っていたお茶を飲み干す。はあ、ちょっと食い足りない気もするが、いい天ぷらだった。素直に満足と言えるうちに切り上げよう。揚げ物の食べ過ぎはあまり褒められたものでもないし。

「ごちそうさまでした」
「お粗末様でした。お茶のおかわりは?」
「ああ、いただきます」

 湯飲みを衣玖に渡す。と、奧の席で「ごちそーさん」と聞き覚えのある声がして、それから見覚えのある影がこちらに歩いてくるのが見えた。――伊吹萃香だ。

「あれ? なんで藍がここにいるのさ」

 萃香は私の姿を認めて、怪訝そうに目を細めた。私は肩を竦める。

「いや、桃が美味かったものでな」
「あー、昨日のタルト、やっぱり紫がくすねていったんだ。二切れ足りないって霊夢が言ってたもんね。で、桃を仕入れに来たわけ?」

 愉快げに萃香は笑い、私は苦笑を返した。

「ここの桃は、どこかで売ったりはしていないのかな」
「天界では誰も商売なんかしてないよ。そのへんから適当にもいで帰ればいいさ」
「それでいいのか?」
「天界中の桃を採り尽くしでもしなけりゃ、誰も怒らんて」

 しかし、それもなんだか桃泥棒のようで気が引ける、と考えてしまう私は、やはり根っからの地上の民なのかもしれない。

「ん? 商売はしないってことは、ここも?」
「ええ、お代は結構ですよ。天界というのはそういうところですから」

 妙なところだな、と改めて思う。しかし、では衣玖が天ぷらを揚げているのも仕事ではないのだろうか。さっきの話からすると上司に言われて働いているようにも聞こえたが――。まあ、私が突っ込んで考えることでもないか。ごちそうさま、と私は会釈をする。

「藍さん。貴女が主に命じられてすることに、報酬を求めますか?」
「え?」

 ふと、衣玖がそんなことを言った。私が振り返ると、彼女はにこにこと笑ったまま、
「つまり、それもまた私の生活の一部なんです」
 そんな、解ったような解らないようなことを言った。



 店を出て、そのままなんとなく萃香とともに、天界の原っぱの中を歩く。
 この鬼は紫様の旧知であるし、博麗神社の居候でもあるから、私にとっても比較的馴染みのある相手ではある。しかし、実際のところそこまで深く知っているわけでもない。

「神社はいいのか?」
「ん? ああ、そろそろ戻ろうかね」

 んーっ、とひとつ伸びをする萃香。私はその小柄な姿に目を細める。
 ――神社の縁側で、仲睦まじく耳掃除をしていた霊夢とレティ。神社を空けて、天界に酒を飲みに来ていた萃香。そんな構図からは、ふといらぬ邪推をしてしまう。
 そんな私の疑念を察したか、不意に萃香が噴き出すように笑った。

「なに? 私が霊夢とレティに気を遣って神社空けてるとでも思った? あるいは修羅場にでもなったとか期待した?」
「いや――」
「単にここで酒飲みたくなっただけだよ。帰ったら霊夢に甘えよっかな~」

 にやけた顔で萃香はそう言った。その顔が存外幸せそうで、私は拍子抜けする。なんだ、今まで通り三人で仲良くやっているのか。それならそれに越したことはないのだが。

「……不思議な関係だな」
「そう? ま、確かに霊夢は変かもね」

 頭の後ろで腕を組んで、萃香はそう答えた。あの冬妖怪もこの鬼も、博麗霊夢という少女に惚れ込んで神社に居候しているのは同じのはずだ。普通なら取り合うなり譲り合うなり、同じ相手を好いた者同士の軋轢がありそうなものだが、不思議とこの三人にはそういう気配がない。

「あのさ、藍」
「ん?」
「あんた、紫と橙とどっちか選べって言われたら、どうする?」
「――――」

 咄嗟に、私は答えられなかった。主である紫様。式である橙。どちらも私にとっては、代えがたい大切なものだ。どちらか一方を選ばねばならない状況など、想像もつかない。

「そこで、何も疑問に思わずに真っ正直に『両方』って答えるのが、私の好きな霊夢なのさ」

 萃香はそんなことを言って、伊吹瓢を傾けると、ぷはぁ、と酒臭い息を吐く。
 ――ふたりのどちらかを選べと問われ、両方と答えるのは正しくないかもしれない。ましてそれを実践してしまうというのは、なんともおかしな話に思える。しかしそれは単に、どちらかを選べという前提に対して疑問を呈しているのかもしれない。
 私は振り返る。欲を無くしたはずの天人が天ぷらを欲するなら、それを欲した者もまた、天人とは欲を無くしたものという前提に疑問を呈しているのか。結局、衣をまとったところで中身は変わらないということなのかもしれない。
 やっぱりなんだか解ったような解らないような話だ。私が首を傾げていると、不意に萃香が近くの桃の木を揺らして、落ちてきた桃をいくつか抱えて私に差し出した。

「桃泥棒が気になるなら、私があげたってことで持って行きなよ」
「――ああ、ありがとう」

 不思議と萃香から手渡されると、抵抗なく受け取れてしまった。ああ、これも衣か。
 しゃく、と私は桃をひとつ囓る。こんな益体もないことを延々考えているうちは、きっと私は天界で暮らす身にはなれないのだろうな、と思った。
 それならそれでいい。紫様のお世話をし、橙の面倒を見るのが、私の幸福だからだ。
 紫様と橙と、どちらを選ぶかと問われたら。どんな衣も纏わずとも、素直に両方と即答できる自分であればいい。桃の甘みを口に感じながら、そう思った。
次回、狐独のグルメ Season 2 「守矢神社のソースカツ丼」


天ぷらの主役は海老という風潮、一理ない。
万能アベレージヒッター3番紫蘇こそポイントゲッターであり海老は4番の置物。
浅木原忍
[email protected]
http://r-f21.jugem.jp/
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コメント



0.1900簡易評価
3.100蟷螂削除
『海老天が主役の座を降ろされるのはなぜか身を切られる思いね』と悪霊が言ってた。
 紫蘇の天ぷらは簡単そうに見えて自分でやってみるとすぐヨレヨレのコゲコゲになってしまい、あれでなかなか作り手の力量が計られるもんであります。
 我が国で天ぷらと言えば大ごちそうの代名詞ですが、本作の一番のごちそうが久方ぶりのくろまくみこであることは語るまでもありますまい。 ごちそうさまでした。
4.100名前が無い程度の能力削除
決めた、お昼は天ぷら食べに出かけよう
6.100名前が無い程度の能力削除
揚げ物の食欲を掻き立てる力は半端ないですよね。
今作も美味しそうな作品でした。
7.100名前が無い程度の能力削除
(イカ天好きでは)イカんのか?
8.100名前が無い程度の能力削除
お昼ご飯が決まりました
10.100名前が無い程度の能力削除
衣玖さんがおかみの天ぷら屋なんて毎日通いたいです。
すごい癒されそうw
11.100名前を忘れた程度の能力削除
だがあえて言おう。かきあげという繋ぎの2番の重要性を。
14.80奇声を発する程度の能力削除
相変わらずお腹減る…
15.100名前が無い程度の能力削除
魚介には塩という、山菜には天つゆという心強い補佐が居る。これは譲れない。今回は元ネタ要素いっぱい、お腹もいっぱい、2828もいっぱい(
16.90名前が無い程度の能力削除
ああ…良いな…サクサク

霊夢の自由さについてのくだりが好みでした
18.100名前が無い程度の能力削除
紅生姜のてんぷらがすきだなぁ
21.100名前が無い程度の能力削除
辛いです・・・筍の天麩羅が好きだから・・・

天麩羅食べたいなぁ
22.100名前が無い程度の能力削除
やっぱかき揚げってレジェンドだわ
そんな思いですが紫蘇は美味しい。
今夜は天ぷら系の何かを食べよう
23.100名前が無い程度の能力削除
自分の家では、ニンジンの天ぷらが一番のメジャーだったりします。

でも玉ねぎも良いですし、豚肉も天ぷらにすると美味しいですよ!
24.100名前が無い程度の能力削除
(ごぼ天好きで)すまんな
25.100名前が無い程度の能力削除
GJ!!
33.100匿名希望削除
欲を捨て、しかし食を欲する。
非想でありながらなお無想ではない天人らしいということなのでしょうか。
何にせよお腹のすくお話でした。
34.100名前が無い程度の能力削除
甲殻類頭足類が苦手な自分は天麩羅定食をおいそれとは頼めません……(アレルギーと言うわけではないが)
天麩羅に限ったことではないがこの過剰なまでの海老(それから蟹)=ちょいと高級という観念は何なのかと。それは甘えと違うかと。
36.無評価名前が無い程度の能力削除
やばい…昼飯は天ぷらに変更だ!
個人的にはしょうが・ささみ・青のりを混ぜ込んだかき揚げを推したい。
このシリーズ読んでると毎回献立変更されてしまう
37.100名前が無い程度の能力削除
よし、今度の休みのお昼ご飯は天丼にけってい!!
39.100名前が無い程度の能力削除
6番茄子天が好きです

天ぷらかぁ。一度はちゃんとした専門店で食べてみたいなぁ・・・
41.100名前が無い程度の能力削除
パリパリサクサク、確かに紫蘇の旨さは以上
だが鱚と舞茸は譲れない!蕗の薹も捨て難い!腹が減ったぞ飯だ飯!
42.100名前が無い程度の能力削除
紫蘇、食感がいいですよね。他には海苔とかアスパラとかも美味しいですよね


43.90名前が無い程度の能力削除
ふおおおお天ぷら…くそっ今日のお昼はどっかで天ぷら食べるぞ…!
くろまくみこににやにやさしていただきました
44.100名前が無い程度の能力削除
紫蘇が三番海老四番なら、一、二番はさつまいもとかぼちゃだな!
45.100名前が無い程度の能力削除
朝起きて、真っ先にグルメ見つけて、迷った挙げ句突貫して安定の飯テロで撃沈である
最近天ぷら食ってねぇな・・
家に偶然ししとうとさつまいもと鳥ささみがあるのは必然だな
46.100名前が無い程度の能力削除
海老天等といった主役級を持ってこないあたり、さすがは狐独のグルメ 。
47.100シズ削除
晩ご飯がおかげで決まりました
48.100名前が無い程度の能力削除
季節限定のタラの芽・ウド・フキノトウも忘れてはいけない!
熱々のかけそばにサクサクの天ぷらを浸して食す悦び、嗚呼!

桃のタルトも美味しそう。あのクッキーみたいな歯応えの良い生地が要なんだよ
52.100名前が無い程度の能力削除
ブロッコリーの天ぷら!
我が家の最近のブームです。
60.100名前が無い程度の能力削除
そ……ソバの葉(小声)
69.100名前が無い程度の能力削除
今回はいつにも増して色々と考えてしまう話でした
あと藍様にかき揚げをお勧めしたくなりました(笑)