Coolier - 新生・東方創想話

幻想少女夕闇突撃隊

2012/11/14 00:43:51
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11/22 ちょっと修正

オリキャラものですよ。女の子二人。弾幕撃ったりはしません。オリキャラとかそういうの嫌いな人は注意です。
あと、微妙に
作品集65_彼女達の山鼠
とつながりがあります。

よろしければ、そちらもどうぞ。


*************

 草木も眠る丑三つ時。





 妖怪は騒ぎ、人は隠れ、月はあやかしどもを明るく照らす。

 そう、そこは妖怪の天下。何人たりとも手出しのできない、人ならざる者たちの浮かれた世界。
 そこへ迷い込むこと、これすなわち身の破滅。暢気な丘は処刑場と化し、静かな森は間抜けな人間の墓場となる。

 命が惜しくば、夜の下へ出てゆくべからず。暖かく明るい木の家にて、じっと朝を待つが良い。

 それは忘れ去られた約束事。エレキの明かりが月明かりを駆逐する以前の、大事な大事な決まりなり。約束事なり。忘れ去られたこの世界での常識なり。


 だがしかし、いつの時代にも常識知らずはいるものだ。
 山の上の巫女は、その出自は科学の世界なりて、常識なぞ事象の地平の彼方であるのも至極当然。
 しかも、彼女は現人神。その奇跡の力もて、災いを振り払う者。怒り狂った常識どもが、因果の報いを与えようとも平気の平左、屁の河童。

 しかしそれはほんの一部の例外に過ぎず。
 常識知らず。それすなわち幼子の事。
 両親の庇護のもと、まだまだ世界の常識を学ぶ途中の存在は、それ自体が常識知らず。
 時に彼らは約束を破り、その命を危険にさらす。
 常識は彼らを容赦なく襲い、その命を刈り取り、淘汰する。
 最後には、常識のふるいに掛けられた、立派な大人が出来上がるのだ。

 さあ、今宵もまた、常識に立ち向かう、無謀なドンキホーテ共が夜を目指す。
 果たして、彼らは生き残れるのか。常識に許されることができるのか。

 さあさ、おたちあい。無謀な子供たちの世にも恐ろしい夜の冒険、はじまりはじまりい‥‥






*****************









「きもだめしぃ?」
「うん」

 放課後の寺子屋。畳の上で、少女は季節外れの単語にしかめ面をした。
 目の前では親友が、ニコニコ笑顔でこちらを覗き込んでいる。
 外はもうすっかり秋。窓の外に見える柿の木は、実の半分ほどが橙色に染まっており、遠くからは稲刈りした田んぼの、イナゴのような香ばしい匂いが漂ってきている。

「里はずれのさ、団子屋さんのおじさんが言ってたんだけどね、ほら、このあいだ出来たお寺。出るんだって。お化けが」
「お化けが出るからってそれで肝試しやる理由になんないじゃん。こないだ新聞に載ってた謎のベビーシッターさんじゃないの?前はお墓に居たってお母さん言ってたよ」
「お化けの正体が妖怪じゃつまんないじゃん」

 謎のベビーシッター本人が聞いたら泣き出しそうなセリフである。妖怪が当たり前のように跋扈する幻想郷。当たり前すぎて、どこぞの正体不明の鵺のように、たとえその正体が妖怪であろうとも、“お化け”は正体がばれたら恐怖も激減なのだ。
 シビアな世界である。

「だいたい、なんで夏の間にそれ言わないの?もう秋だよ」
「秋だからって肝試しをやらない理由にはなんないよ。守矢神社の巫女さんだって、『常識に囚われてはいけません』って言ってたじゃない、このあいだ」
「‥‥」

 彼女はこないだ、寺子屋に来た青緑の巫女のお姉さんの姿を頭に浮かべる。課外授業ということで来た、美人さん。どことなく蛇のような、捕食者のような、妖怪でも神様でもないような雰囲気を漂わせ、寺子屋のみんなに慧音先生の意図する「外の世界の話」ではなく「反常識指南」をしていった彼女。
 その内容は「努力は積み重ねるから崩れる。積み重ねなければ決して崩れない」「人間は立って歩くから転ぶ。最初から寝てりゃ決して転ばない」「なんでも大人を信じちゃいけません。たとえ先生と言えど授業中は話は常に疑い、揚げ足の一つもとりなさい」「無駄な汗はやっぱり無駄で、努力は報われるとは限らない。だから、明日できることは今日しないのです」「慧音先生は女らしいですか?――――はい、みなさん女らしいと思っているようですね。~らしい、とは~ではないということです。だから、女らしいとは女ではないということです。慧音先生は女らしいですよね?」「信じる者は救われる、前にだまされる」等々、純粋な子供たちには目からうろこの話ばかりだった(「先人の引用」と彼女は言っていたが)。‥‥しかし最後のは彼女の布教的にはどうなのだろうか。
 先生にしてみれば彼女の講義は到底想定外の内容であり、終わった後、「非常に興味深かったが妙なことを子供たちに吹き揉まないで。まだ早い。もう10年待ってくれ!分別付くまで!」という悲鳴と、慧音先生の頭突きの音が廊下の向こうから聞こえてきた。彼女が帰ってからその内容を彼女の両親に話してみたところ、非常に複雑な表情をされたのが気になった。「大人になったら分かる」と彼女の両親は言っていたが。
 閑話休題。その影響もあってか生徒たちは最近『常識に囚われてはいけない』という言葉を多用する。寺子屋の中ではちょっとしたブームになっており、暴走する子供たちへの慧音の頭突きの回数も増えた。このごろ疲れ切った苦笑いをする先生の表情が増えたなあ、と彼女は感じている。
 さて、彼女。ごく普通の村娘であり、名前をハルと言う。歳はことしで十二。背は同年代の少女たちとそうそう変わらず、小豆色の着物に短く切った髪が元気の良さをアッピルしている。彼女の父ちゃんは里の農家であるが、気性が激しいことで有名であり、それは娘にも伝染している様子。時に男勝りの言動が目立つ。それに加えて彼女は思春期に差し掛かったばかり。いろいろ抱合せて少々気難しいお年頃である。
 翻って、目の前の友人。同年代の子達より、頭一つ抜き出たすらりと伸びた背丈に、男物の山袴。まっすぐな黒く長い髪を後ろで一回結んで長い尻尾をこしらえ、見た目おしとやかな風貌なのだが、性格は非常に活発でまた反面暢気なところがある。いつもノリで行動するともいう。名はみよ。歳はハルと同じく十二。ハルとは寺子屋に入って以来の友人で、二人そろっている時は大体みよがボケ、ハルが突っ込みを受け持つ。彼女も見た目は普通の女の子だが、少々違う点が一つ。
 
「ね!肝試し、やらない?」

 みよはそう言うと、背中の翼をパタパタさせる。黒い羽毛がはらりと落ちて、ハルの鼻をくすぐった。

「みよちゃん興奮しすぎ。あんまりやると翼はげるよ?」

 そう、翼。彼女の友人の背中には黒い羽がある。みよは人間と妖怪の間に生まれた半妖の子だ。別にこの寺子屋、というかこの里では珍しい存在ではない。彼女の場合は母親がカラスの妖怪であり、そのため彼女も黒い髪と羽を受け継いだ。カラスと言っても天狗ではない。彼女の母親は妖獣である。そんな母親譲りの濡れ羽色の翼は、みよの宝物。誇らしげに翼を広げる様は、小さいながらも妖怪の貫録が感じられて微笑ましい。昨年、ついに滑空に成功したのだが、まだ長い間飛ぶことはできない。そのため普段から飛行訓練と称してあちこちから飛び降りるので周りの大人たちは気が気ではない。ちなみに、ハルはそんな彼女を止めない。みよが飛ぶ姿が見ていてカッコいいからである。
 そんな、自慢の羽をの抜け毛を指摘されたみよは、大丈夫大丈夫、と笑う。

「今ちょうど生え変わりなんだ。ほらほら。抜ける抜ける」
「こら、やーめーろ!先生に怒られるよ!みよちゃん!」
「かー!」

 笑顔で一声鳴き、ばっさばっさと羽ばたきをはじめ、ハルの頭の上から黒い羽を降らせるみよ。カラスというと賢いイメージをハルはぼんやり持っていたのだが、友人の無邪気な動物的行動を見せられるとそのイメージも崩れてゆく気がしてしまう。

「こらぁ、まだだれか残ってるのか!?オマエ達、授業終わったんだからさっさと帰りなさい!あまり遅くなると危ないぞ!」
「うわ、先生来た先生来た!こら、みよ!」
「へ?」
「うわっ!みよーっ!なんだこれは!羽づくろいなら外でやれといつも言ってるだろうが!」

 思いのほか夏羽が抜ける感触が気持ちよく、調子に乗ってばさばさやっていたみよだったが、先生の声にふと我に返り、あたりを見渡す。気が付けば机の周りは黒い羽だらけ。いや、机の周りどころか、羽ばたきの気流に乗って、寺子屋の教室中に黒い羽が飛び散っている。目の前の親友も羽だらけで眉間を抑えていた。

「あ、あの、えーと、その」
「部屋の中でやるなと言ったよな?」
「えーっと‥‥これは、あの」
「何か言い訳があるのなら聞くが?」

 腕組みをし、こちらを睨み付ける慧音先生。あはは、と頬を掻きながらみよは友人の顔をみる。羽まみれの友人も、なんだか同じような雰囲気でこっちを見ていた。孤立無援である。

「‥‥えーと」
「‥‥」
「‥‥」
「どうした。何か言わないの」
「‥‥ふぅ」
「ん?」

 一言つぶやくと、みよはすっ、と体の向きを変え、慧音先生の方を振り返る。目を閉じ、なめらかに流れるように腕を広げ、黒くて長いポニーテールをなびかせて‥‥
 ばふん、とポニーテールがハルの顔面をひっぱたいたが、とりあえずみよは無視をする。
 ぴたりと先生に正対すると、すう、と両腕を真横に伸ばし、翼を精一杯広げる。‥‥羽を飛ばしまくって所々ばふばふ毛羽立っている翼を。正直あんまり綺麗じゃない。
 色々と穴のある演出をしながら、みよはゆっくりと目を開け、口を開く。
 
「‥‥堕天使、降臨」
「阿呆!」

 ごいんっ!

「ぎゃあ!」

 半妖少女の渾身のギャグのようなものは先生の心を打つことはできなかったようである。額を抑え、畳の上を転がって悶絶するみよと、呆気にとられるハルを見下ろし、先生は二人に罰を言い渡した。

「うおおお、おおおおお」
「みよ。教室の掃除をしてから帰ること。あと、ハル、監督不行き届きにつき同罪。二人で掃除」
「えー!」
「‥‥二人でやった方が早いでしょ。さっさと終わらせて、一緒に帰んなさい」
「‥‥」
「ほら、さっさとやる!」
「みよちゃん、恨むよ」
「うう、ううう」

 いまだに額を抑え、尻をあげて畳にうずくまるみよに一言抗議すると、ハルは掃除用具を取りに、廊下へと出て行った。





************



「さっきのあれ、なに?」
「こないだ買った小説のまねだったんだけどさぁ、知らない?『探偵事務所・地獄堂』シリーズ。胡地賢悟センセの。カッコいいカラスのおねーさんが出てくるんだよ」
「知らない。今度見せて」
「お!ついに読者仲間が!」
「今日のあれはないから、原作読んでしっかりあたしが演出監督してあげる。稽古は厳しいよ。頑張ろうね」
「うげ、貸すのやめようかなぁ」
「‥‥冗談だよ。今度貸してね」
「いいよ!‥‥うへへ。ついに仲間ができたなぁー。‥‥でね、ハルちゃん」
「なにさ」
「肝試しなんだけどさ」
「あ、覚えてたんだ?」
「わ、私そんなに馬鹿じゃないよ!鳥頭じゃないよ!」
「え、今日は結構鳥側だったよ。馬鹿だったもん」
「今日は!?日によって変わるの?私の馬鹿さ加減!可変式馬鹿なの!?」
「可変じゃない。不可逆‥‥侵食されてる‥‥きっと‥‥」
「うああ!私の中の鴉の血が私を馬鹿にしてゆく!」
「というか元から?」
「容赦ないね!?」

 結局掃除が終わったのは、太陽がこれから山の向こうに沈もうかとその身を赤く染め始めた頃だった。
 里の通りを、買い食いしたまんじゅうを齧りながら、二人の少女は家路へ向かっていた。通りはすでに買い物客の混雑はすぎていたが、二人と同じように家路を急ぐ人々がそぞろ歩き、夕方のにぎわいを見せている。
 その雑踏の中を、二人の少女はおしゃべりをしながら歩いて行く。

「とにかくさ、なんでそんなに肝試ししたい訳?しかも今頃になってさ」
「お団子屋のおじさんから聞いたから。命蓮寺のお墓にお化け出るって」
「だから、なんで」
「聞いたの昨日だもん。こないだお墓に行ったとき見たんだって。先週だったかな」
「‥‥あ、‥‥ああ、そうだったんだ」
「ふーん、今頃今頃って何回も言ってたけど、ハルちゃん、私が今日になってこの話を思い出していきなり騒ぎ出したって思ってたんでしょ」
「‥‥」
「夏の前に聞いた話を今まで忘れてたって」
「‥‥」
「図星だな?私はそこまでアホじゃないよ?まだ」
「まだ、って自覚あるんだーって痛い痛い翼でぐりぐりしないでごめんなさい痛い」
「ひどいなーもう。ほーれほれ」
「へぶしっ!」

 抗議の意を込めてぐりぐりと顔に押し付けられるみよの羽。それが鼻の穴に入って、ハルは盛大にくしゃみをした。

「ごめんってば!それにしたって、危ないよ!ホントの肝試しならともかく、お化けの正体がわからないんだよ!」
「じゃあさ、一回偵察に行こうよ」
「それは肝試しとどう違うの?」
「危なくなったら逃げる」
「ごめんほんきでみよちゃんのいうことがわからない」
「肝試しは目標がある!課題をこなさなければならない!そしてゴールがある!偵察は様子が分かったらすぐに帰れる!」
「変わんないじゃん!様子が分かんなきゃ帰れないじゃん!」
「違うよ!」

 かー!と黒い翼を広げて反論するみよ。ハルはどうしたら友人の無謀な行動を止められるだろうかと眉間にしわを寄せ、腕を組んで考え込んでいた。
 歩きながら。前も見ずに。

「あ」
「きゃあ!」
「わっ!」

 突然顔面に感じた柔らかい感覚、続いた衝撃、そして悲鳴が聞こえ、ハルは後ろにひっくり返ってしりもちをついた。
 
「だいじょうーぶ?おねーさん!」

 みよが誰かの心配をしている。ハルはしまったと思いながら頭を振り振り目を開けた。
 目の前に居たのは、地味な着物を着た青髪の女性。さらりと流れた髪が地面に広がり、土埃にまみれてしまっている。傍らには、買い物帰りだったのだろうか、紙包みが同じように地面に転がり、土まみれになっていた。ハルはどうやらこの女性とぶつかったらしい。自分が齧っていた饅頭も、すぐ隣に転がっていた。が、今は饅頭よりも女性の怪我である。

「わあ、ご、ごめんなさい!」
「いたた、いえ、お嬢ちゃんこそ大丈夫かしら?怪我はない?」
「だ、だいじょうぶ‥‥っ!?」

 体を起こそうと手をついた瞬間、手のひらに激痛が走った。あわててみれば、右手の手のひらの皮がすりむけて、赤い血がにじんでいる。転んだ拍子に尖った小石の上に手をついてしまったらしい。皮膚の奥に、黒い石の影が見えた。肉に深く食い込んだ黒い石。どうしていいか分からず、じわ、と涙が目を覆う。

「あら!大変!すぐに手当てしないと!」
「あ‥‥」
「ねえ、この近くに井戸か水場はないかしら?傷口を洗わなきゃ」
「あるよ!そこの花屋さん!ハルちゃん立って!井戸借りよう!ほら!」
「う、うん‥‥」

 みよと二人で騒いでいた時と比べ、動揺したのか、動きが鈍いハルをみよが叱咤して立たせる。目の前の青髪のお姉さんはみよの手を取って、パタパタと傷口のまわりの土を落としていた。




***********




「これで、よし、と」
「あ、ありがとうございます‥‥」

 包帯を巻かれた手を見て、まだ呆然とした様子でハルは女性に礼を言った。青髪の女性は、「痛くない?」と笑って手首を優しくさすってくれた。
 花屋の裏にある井戸。3人は花屋の主人に理由を伝え、ハルの手当てのために水場を借りることができた。
 女性の手当ては恐ろしく手慣れていた。みよが主人に事情を伝えている間に、返事を待たず女性はハルを井戸に連れて行く。たどり着くや否や、くみ上げた冷たい水をハルの傷口に少し勢いをつけて掛けた。一瞬激しく傷口に沁み、ハルの体が震えたが、冷たい水が彼女の痛覚を奪ってゆく。ハルの表情が緩んだのを見ると、女性は予告なしに、ハルの手に食い込んだ石を爪の先で穿り出した。一瞬だった。

「んんん!」
「大丈夫。痛くないでしょ」

 反射的に手を引っ込めようとしたハルだったが、女性の手は万力のようにハルの腕を抑えて動かない。そのまま、彼女は丁寧に傷口の泥や砂を洗い流し、持っていた紙袋を開けるようみよに頼む。紙袋の中に入っていたのは包帯とサラシだった。みよにも手を洗うように言うと、女性は懐から出した鋏を手渡し、適当な長さにサラシを切るように指示する。みよが布を切っている間、こんどは鋏と一緒に出した小さな薄い缶を開く。中には不思議な匂いのする紫色の軟膏が入っていた。
 「ちょっとしみるわよ」と言うが早いが、女性は缶の中身を少し薬指の先ですくうと、ハルの傷口に薄く塗りつけた。冷水で感覚のなくなっていた傷口に再び痛みが走り、されるがままのハルは小さな悲鳴を上げる。そこへ有無を言わせず女性はみよの切ったサラシをクルリと巻き付けると、さらに包帯で留め、手首で軽く縛る。あっという間に手当ては終わっていた。

「これでもう大丈夫。ごめんね、びっくりしたよね」
「あ、ほ、ほんとうにあり、がとうございます。ごめんなさい、わたしのほうが‥‥」
「いいのよ。何事もなくて何より」

 ハルの頭をふわりと撫でると、女性はにっこりとほほ笑んだ。
 女性の付けている不思議な香の匂いが、ハルの鼻をくすぐる。

「お姉さん、上手ですね!どこかで習ったんですか?」
「いえ、ウチにあなた達くらいの子がいるんだけどね、よく怪我するから」
「へえ‥‥」

 みよがキラキラとした目で女性に話しかけているのを、ハルはぼんやりと手の包帯を見つめながら聞いていた。

「じゃあ、あの包帯も?」
「え、そうよ。また怪我しちゃってね、あのこ。ほんとにダメな子なんだから」

 女性はそういうとふう、ため息をついた。ハルは女性が喋った内容に気が付き、はっと顔をあげる。夕焼け空を見上げている彼女の横顔が目に入る。どことなく物憂げな、優しい顔だった。

「じゃあ、わたし、その子の、包帯と薬を‥‥」
「え!?いいのいいの!気にしないで!補充するつもりだったのよ。もうあの子の怪我、治ってるんだけどね、ウチの手持ち分が少なくなってたの。すぐには使わないつもりだったから。大丈夫。‥‥ね」
「でも‥‥」
「私も不注意だったんだし、それにこのくらいすぐにまた買えるから。気にしない」
「すいません‥‥」

 またうつむくハルの頭を彼女の手がクシャリと撫でる。

「楽しい話してるときはつい夢中になっちゃうかもしれないけど、ね」

 気を付けて歩かなきゃね、と女性は優しくハルの頭を撫でる。ハルは「はい‥‥」と消え入りそうな声で返事をした。

「ところで、どんなお話をしてたのかしら?」
「!?」
「あ!そうそう。肝試し!季節外れの肝試しをしようって、ね!」
「まあ!」
 
 みよは「あー!」と嬉しそうに、手を叩いて話を始めてしまう。せっかく、今の今まで忘れていたというのに。なんと女性が、件の話を蒸し返した。
 ここまで散々ぶーすか言っていた様子からわかるように、そもそもハルはこの話、乗り気ではない。季節外れというのもあるし、単純になんだか怖いのだ。彼女の父ちゃんもわけの分からない物には気を付けろ、といつも言っている。‥‥みよと一緒なら、どうにかなりそうな気もしないではないのだが。だって彼女は自分より背が大きいし、なにより妖怪の血を引いている。時々みせる突拍子もない(アホな)言動に不安はあるけれど、そこは自分が付いていれば逆にみよを助けられると思うし、今までだってそうだった。アクシデントや、いじめっ子とか、嫌な男子とか。襲い掛かるそれらに、二人はいつも一緒に立ち向かってきた。林間学校で道に迷ったときだって、みよの勇気と自分の知恵で、なんとか森を抜けることができた。(みんなに滅茶苦茶怒られたが)
 でも今回は状況が違う。これまでは火の粉は降りかかる方だったが、今回は自分から火の粉をかぶりに行こうと言っているのだ。これはよろしくない。そう思う。
 それに、やっぱりみよちゃんはアホだ、とハルは思う。大体、子供だけで肝試しをしに行こうと言っているのだ。大人から見ればそれは止めてしかるべき。やめなさいとたしなめられるのが筋だ。それなのに、べらべらとこの女の人に喋ってしまって。
 ハルは女の人がみよをたしなめてくれるものと期待を持って、みよの話を聞く彼女の顔を見上げてみる。

「まあ!素敵な冒険ね!いつやるの?」
「へ!?」

 たしなめるどころか煽っていた。
 おもわずハルは声をあげていた。

「ちょ、ちょっと待って!危ないよ!お姉さんもみよちゃんをあおらないでよ!その気になっちゃうんだから!」
「あら、お嬢ちゃんは怖いの?」
「な!?」

 想定外の言葉に、ハルは目を白黒させる。ねっとりとハルを覗き込む女の人の顔は、今まで見たこともないような綺麗な笑顔だった。まったく屈託もなく「素敵ね」と笑う女の人の表情に、ハルの心は少しずつ掴まれてゆく。子供たちだけの秘密の冒険を、素敵と言って煽り立てる、魔性の笑み。

「こ、こわくない、怖くないですよ!でも!」
「でも?」
「ほ、ほんとにお化けが居たら、危ないじゃないですか!博麗神社の巫女さんみたいに、妖怪退治なんて私たち出来ないし!」
「でも、ホントにいるかどうかも分からないんでしょ?」
「そうですけど!」
「なら、確かめればいいのよ。ホントにお化けが居るかどうか」
「ええ!?」
「そうだよ!確かめに行こう!お化け、居るかどうか!」
「ちょっと!?」

 二人掛りでキラキラした笑みを向けられ、ハルは大混乱していた。特に目の前の女のひと。テキパキとけがの手当てをしてくれた、頼れる大人の人と思っていたが、まさかこんなとんでもない人だったとは。どうしよう。ここは適当に返事をしておいて、あとでみよを説得するか。いや、だめだ。ここで「うん」と言ってしまったら、みよはこのまま肝試しに直行しそうな気がする。へたすりゃ、この女の人まで!

「どうしたの?」
「!?」

 気が付けば、見上げる女性の笑みは威圧さえ感じられるようなものになってきていた。細い笑みの形に曲がったまぶたの間から、とてつもなく冷たい青い瞳がこちらを覗いている気がする。冷たい汗が背中を流れる。怖い。怖い!

「・・‥どうしたの。行かないの」 
「‥‥!」

 恐ろしく冷たい声。友人の声が聞こえない。みよが何か喋っているような気がするが、ハルの耳には女性の声しか聞こえない。女性の目しか見えない。ギラギラと、蒼い瞳がハルの心をゆっくりと苛む。ぎゅっと、自分の手がけがをした腕をつかむ。瞬間、走った傷の痛みに、圧迫され混乱していたハルの心が目を覚ます。 
 ――――負けてたまるか!

「いっ‥‥」
「?」
「いきませんっ!みよちゃんも!ダメ!」

 絶叫。ハルはギュッと目を閉じ、下を向いて、地面に言葉をぶつけた。
 女性はどんな顔をしているだろう。もっと恐ろしい瞳が、待ち構えているだろう。だめだ、だめだ、あの目を見ちゃだめだ。きっと!

「――――すばらしい」
「!」

 永遠とも思われる沈黙の後、聞こえてきたのは、感嘆を含んだ安堵の声だった。
 急に周りの音が戻ってくる。ざわついた夕暮れの街の喧騒が。
 恐る恐る、ハルは女性の顔を見上げる。そこにあったのは、さっきけがの手当てをしてくれた時のような、やさしいやさしい女の人の顔だった。

「そう。子供たちだけでそういうことをするのは危ないわ。やめた方が良い。貴女は賢くて、強い子だわ」
「は、はあ‥‥」
「ちょっと試させてもらっちゃった。ごめんね」
「ため‥‥」
「みよちゃん、って言ったわね。気持ちは分かるけどね、そういう冒険は私達、親からすれば、とっても心配なの。そりゃあ、全くそんなことをしない子供ってのも腑抜けてるようで逆にちょっと心配になるけど。積極的に危ない目に突っ込むべきではないとおもうの」
「う‥‥」
「それに、ほっといたら貴方達、今晩あたり、そのまんま行きそうな感じだったし。そうでしょ?みよちゃん」
「!」
「図星ね。ダメよ?夜は妖怪の天下なんだから。お寺と言っても、油断しちゃダメ。墓場は死者の領域よ。気を抜いたら、危ない目に会うんだから」
「‥‥」
「お返事してくれると、私も安心して家に帰れるなぁ」
「はい‥‥」
「良い子ね」

 女性はそういうと、不満げなみよの頭をくりくりと撫でた。みよの長いポニーテールが女の人の手の動きに合わせて揺れる。

「じゃあ、私はこれで」
「あ」

 すっ、と立ち上がり、紙袋を持つ女性。じゃあね、と言ってあっという間に立ち去ろうとする後ろ姿に、あわててハルは声を掛けた。

「き、今日は、ごめんなさい!!手当、ありがとうございました!」
「いえ、こちらこそ。久しぶりに良い子達に会えてうれしかったわ。‥‥わたし、強い子は好きよ」
「あ‥‥」
「そうだ、これ、あげる」

 褒められ、ドギマギして思うように声が出せないハルとみよを前に、女性は思い出したように朗らかに声を出すと、胸元から何かを取り出して二人の元に戻ってきた。ハルの目の前に、すう、と手が伸ばされる。差し出されたのは、あの軟膏の入った缶だった。

「使いかけだけど、あげる。よく効くわよ。‥‥その傷には、もう塗らなくても大丈夫だと思うけど」
「あ、ありがとうございます」
「じゃあね!」

 そういうと、女性は再び背を向け、通りへと歩いて行った。軒先で水を撒いていた花屋の主人に丁寧にお辞儀をして礼をし、一回だけ手を振ると、あっという間に人通りの中に消えてしまった。
 花屋の井戸には、消えた後姿をいつまでもぼうっと見つめる二人の少女だけが残される。

「‥‥名前、聞きそびれちゃったね」
「うん」

 みよの言葉に、ハルはぽつりとつぶやいて答えた。
 井戸の周りには、まだあの女性が付けていたお香の匂いが残っていた。
―――― 貴女は強い子ね。
 女の人の言葉が、なんだか、たまらなく心地よかった。






*************

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