Coolier - 新生・東方創想話

『二色蓮花蝶 ~Red and White』の習作

2012/11/10 00:14:18
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 その神社の裏には確かに湖があったはずだった。池、と呼ぶには少し大きすぎるが、そこにはとても巨大な蓮の花が沢山咲いていて、その面積はとても小さいように見えた。緑色の草原がとても強く印象に残った。強い風が吹き、一葉一葉が踊るように揺れていた。
 とても大きな桃色の花が咲いていた。ひょっとすると僕は、この花が周囲に放つ気のようなものにつられて歩いてきたのかもしれなかった。早朝だというのに、危険を侵してそこまでみんなから遠くに行った意味が、あのときの僕には分からなかった。僕はこの季節特有で、しかも早朝にしか見ることができないこのめずらしく大きな花に魅了されていた。僕はしばらくその朝露に、僕自身にないものを体全身で感じ取っていた。
 僕たちがこちらに来て一日と半分が経過した。ここは楽園なのだ、と僕たちは気がついていた。気候がすばらしく穏やかで野花が美しいことや、野宿しても全く飢えに襲われないこともそれを確信させる後押しとなったのだろうが、それ以上のものがこの楽園を楽園たらしめているように感じた。僕にはそれが何なのか分からなかった。今の僕には何も分からなかった。
 ここに来てから僕の仲間が一人死んだ。彼は誰よりも足が速かった。僕たちが追いついた時、既に彼の息はなかった。深い切り傷が彼の腹部を残酷に切り裂いていた。それは刃のようにも見えたが、獣が切り裂いたようにも見えた。いずれにせよ、ここを楽園だと信じぬか喜びしていた僕たちを恐怖に陥れるには十分だった。
 だからこそ、僕はここに来るべきではなかったのだ。僕は誰よりも早く目が覚めた。ただ、顔を洗うところを探しにきただけだった。また彼のように襲われてしまうかもしれないのに、僕はどうしてここまで歩いてきたのだろうと、大きな蓮の花びらの数を数えているときに考えていた。
 僕はやっとその蓮から目を離し、湖の周囲を歩いた。湖は想像以上に広かった。《そこには確かに湖があった》。もしかしたらもう一度ここを訪れるとき、霧がかったこの湖は、どこか僕の知らないもう一つ別の世界に繋がっているのだと思った。

 僕の鼻腔を嗅いだことのある匂いが突いた。僕はすぐに自分の煙管を想像した。誰か人がいるのか、と周りを見回すと、すぐそこに一件の建物が見えた。見たことのある一筋の紫色の煙が漂っていることに気がついた。
その神社はみすぼらしかったが、境内は落ち葉ひとつなく掃除されていた。人が住んでいる証拠だった。
 彼女は鳥居の近くに腰を下ろし、判別のつかない表情で煙管をふかしていた。巫女の服を着ていたが、帽子だけは別の文化を連想させた。しかし、それが不釣り合いに見えることはなく、むしろこの帽子こそが彼女の美しさを引き出している、と僕は一目見て確信した。彼女の冴えるような黒髪が朝の日差しを反射していた。僕はまだ、さきほどの蓮を見ているように感じた。
 彼女は僕の姿を見ると、より一層憂鬱な顔をして深く煙を吐いた。煙は長い長い筋をかたどり宙に浮いていた。僕が口を開かずにいると、彼女は見かねたように僕に煙管を差し出してきた。僕はそれを受け取り、一口いただくことにした。それは今まで僕が吸ってきたような質の悪いものとはわけがちがった。体の中を風が通り抜けるような感覚を受けた。そんな僕の顔を見た彼女は微笑むような表情を見せた。僕にはそう見えたが、彼女はあまりにも人間らしい表情を作っていたので、その顔が示す本当の意味が分からなかった。多分表情を作った彼女にも分かっていなかっただろう。人間とは本来そういうものなのだ。
 僕と彼女はしばらくの間、他愛のない世間話をした。どうしてここへ来たか、どこからここへ来たのか、自分は今まで何をしてきたか。彼女は僕を質問攻めにしたが、僕は案の定それにほとんど答えることができなかった。しかし彼女は不満がることもせず、とても人間らしい微笑みで僕のことをじっと見据えていた。彼女は間違いなく人間だった。いつか永遠の巫女は寿命を迎え、年老いて死んでしまうことは誰の目にも明らかだった。そのことが彼女の永遠を永遠たらしめている最も大きな要因だった。
 「私はね、貴方が思ってるよりずっと西の方にいるのかもしれないの」彼女は答えた。「時間だってそう。ここには時計がないから、私は時を刻むことができない。その必要がないから全然淋しくはないけど」
 「ここより東に行くと、一体どこへ行くの?」ふと気がついて僕は尋ねてみた。そのとき、彼女は今までで一番掴みづらい表情を僕に見せた。まるで彼女から顔が消失したような印象を受けた。
 「貴方はこれから……どうするのかしら」彼女は質問に答える代わりに、僕にもう一度質問してきた。表情は相変わらずよく分からなかったが、顔を失ったような感覚は既に消えていた。
 彼女のその質問は、実に僕を悩ませた。彼女の巫女服は朱と白で彩られていた。それは満開の小さな罌粟畑を連想させた。僕が返答に迷っていると彼女は煙管を置き、僕の前に立ち上がった。彼女は左手を差し伸べてきた。その瞬間、僕は周囲が真っ白に染まったように思えた。全てが輝いて見えた。ここはどこでもない、ただの楽園だった。彼女はそこでたった一人作り出された寿命を持つ人間なのだと悟った。同時に僕は、彼女をこの牢獄から解き放ってやりたいと強く感じた。愚かだと気づいていたが、僕にはそれができるという確信もあった。
 「僕は君のことを解き放つためにここに来たんだ」僕はそう答えた。「僕は君が本当に喜ぶ顔が見てみたい。君の顔は、あまりにも人間らしすぎる」
 それを口にしたことで、全てが変わってしまったのだ。僕はあのとき大きな間違いをしたことに、やっと気がついたんだ。あの瞬間の彼女の顔が一番人間らしくなかった。彼女は驚愕し、その恐怖に怯えうずくまり大粒の涙を流した。どうして、と彼女は叫んだ。
 「どうして私にそんなことするの、私は人間なのよ。人形の真似事なんて絶対にしたくない」彼女は苦しんでいた。
 「ごめん。でも僕がここから離れてもとの場所へ帰るには、これしか方法がないんだ。分かって欲しい」僕も本当はこんなことしたくないんだ、と心の底から思った。
 「いいの、私はそのために生まれ変わるのかもしれないの。ただ、私が死ねばいいだけ……貴方は何も悪くないわ」彼女は全てを最初から悟っていたような口ぶりだった。
 そして、僕は僕の愛人のことを想った。麟は、全てにおいて完璧な少女だった。僕が食べ物を持って行くと、彼女はとても嬉しそうにしてくれた。代わりに僕に彼女自慢の七色の音色を聴かせてくれた。彼女はまだ眠っているのだろうか。恐ろしく時間が過ぎるのが遅く感じた。
 死ぬ永遠の巫女と話を続けている途中で、細い雨が降り出していた。相変わらずこの楽園の季節感は僕には慣れなかった。雨はまるで高熱で今にも溶けそうな地面を冷やしているようだった。地面の熱気に触れた雨が霧を作り出していた。煙管の中の阿片は、さぞつまらなそうにその煙を途絶えさせた。
 彼女はいつまでも泣いていた。僕が彼女を慰めることはできなかった。ただそこに座って、ひたすらに僕の愛人のことを想った。彼女は恐怖に怯えていた。死ぬのが怖いのだ。僕は最も臆病だったので、その気持ちが痛いほどに伝わってきた。実際、ここに来てから今もずっとここから逃げ出したい感情に縛られていたのだ。
 彼女はもう一度立ち上がったが、その漆黒の髪はしっとりと彼女の全身を覆っていた。彼女は帽子を取り、それを僕の頭に被せたのだ。
 「この帽子……絶対になくさないで。私の最後の宝物なの。これだけが、貴方と私を繋ぐ鍵になっていることを。私は確かに生きていたことを、この帽子を見るたびに思い出して。それだけで私は死ぬことはなくなる。永遠に生きることができる」
 僕は決してその約束を破ることはなかった。僕の身が朽ち果て、その肉体が人形として永遠の命を与えられた今になっても、この帽子だけは被っていた。

 霧と雨はいつの間にか豪雨となり、強く地面を叩きつけた。桃色の大きな花はいつの間にかその花弁を閉ざしていた。湖の向こう側に、金髪の少女が見えた。雨はいつまでも止むことがなかった。自分の中に生きている強烈なエゴに耐えることはできなかった。
 閉じた蕾と煙を失った煙管が、這うように僕の表情を見つめていた。吹き抜けるように一筋の風が走り、緑の草原を僕に思い出させた。
こんなつまらなくて汚い文章を読んでいただき、ありがとうございました。投稿テストを兼ねて、初めて投稿してみました。
本当はこの前風呂場で妄想した「アガルタの風」のPVらしきものを文字にあらためようと筆をとったのですが、何故かこんなものが出来上がってしまいました。どっちかというとこれ、二色蓮花蝶ですよね。
大体Twitterで喋ってしまったことなので、僕の知り合いがこれを読んでも何の感動にならないと思います。蓬莱人形の物語を知らない人は、これが東方に関係あることすら分からないかと思います。本当に誰が得したんでしょうね。
少し改訂しました。実は二人のうちのどちらかは本当は毒殺されてしまうんですが、そこは二次創作見た目重視補正が良いんだろうなと思ってこのままにしました
あづれ
http://twitter.com/adure_
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コメント



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6.60名前が無い程度の能力削除
確かにこれはアガルタというより二色蓮花蝶よりですね。
ただ、内容が少し分かりにくいかと。

風景や煙の表現が印象的で良かったですよ。
8.無評価あづれ削除
わぁいありがとうございます!作ってるうちに楽しくなってきたので、気合入れて精進していきたいと思います!