Coolier - 新生・東方創想話

「聖」人の目に映るもの

2012/10/31 18:30:24
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※前作の「聖」人の身体は、なにからできてる?から流れを汲んでいますが、新聞騒動やらなんやかんやあって、
 命蓮寺組と仙界道場の豪族三人が和解したと、それだけ頭に入れて頂ければ、本作はお読みいただけるかと思います。



「欲というのは聞こえが悪いだけよ。無くして良い物ばかりではないの。
 他者を助けたい。立派になりたい。誰かを救う手段として何かしら欲する。
 これらだって立派な欲だし、沢山あるのです」

「えぇ、神子さん。大乗仏教の中には、善欲で精進し、成仏するという考えもありますね。
 そういえば早苗さんの宗派では…」

 宴会というのは、いつでも多くの者を引き寄せるものね。ここ、博麗神社の宴会場もすっかり人妖で埋まってしまった。
 秋の夜空。ほんの少し肌寒くなってきた今夜も、お酒と宴会の喧騒であまり寒く感じないわね。
 いつもの思いつきで開かれた宴会。来客数が多いので、いくつかのグループに分かれて飲み食いしている。
 そのグループもいつもの勢力内メンバーで、という訳ではない。
 他の場所の人妖と酒を交えて話す良い機会なのだから、普段見掛けないような組み合わせで飲んでる事が多い。

「あ、や、私は神奈子様や諏訪子様以外の神様や宗教には、あんまり詳しくなくて…」

 私、豊聡耳神子のいる茣蓙(ござ)には、妖怪寺の僧侶、聖白蓮。山の神社に住んでいる現人神、東風谷早苗。
 そして…

「宗教なんて十字架を掲げて神が云々ってイメージしかないな。
 …まあ私には十字架なんてもの効かないけどね。不死者なんだもの」

 紅魔館の主、レミリア・スカーレットに、

「でも日光に雨や炒った豆と、苦手なものも多いじゃないか。私は健康的に不老不死になりたいな」

 普通の白黒魔法使い、霧雨魔理沙。
 この五人で飲んでいる。(厳密には、私と早苗は神なので二柱だけどね)
 十六夜咲夜というメイドは他所の手伝いらしい。
 
 私の門徒である物部布都と蘇我屠自古は別の茣蓙で飲んでいる。
 以前の騒動のおかげか、布都関連のトラブルも最近はほとんど聞かなくなってきたわ。
 それに仏像恐怖症も、命蓮寺の御本尊である寅丸星がいつか解消してくれるでしょう。
 布都曰く、「こんな綺麗な仏像なら怖くない!」って言ってたし、その時の星も顔を赤らめて満更ではなかったわね。
 近くにいた彼女の部下、ナズーリンから割と強い敵意を感じたけど。

「強力な悪魔ほど代償となるものが多いのよ。…まあ確かに、不便な事も多いけどね。
 だったら先ずは、そこの聖人でも取って喰って悪魔としての格を上げようかしら?弱点が少しは無くなるかもね」

「あらレミリア。君は私の命を狙う死神よりも強いのかしら?」

 ありきたりな挑発合戦。彼女とはこれぐらい軽口叩ける程度には仲良くなれたのね。
 うん、お酒も程良く抜けてきたし、少し弾幕ごっこで体を動かそうかしら?
 魔理沙や早苗からも弾幕を見たいという欲が聞こえるしね。

「い、いけません!ほら、周りの方にも迷惑になりますし、ここは穏便に、ね?」

 …白蓮。貴女は少し真面目に考えすぎです。ほら、雰囲気がもうすっかり、

「お嬢様」

 わっ!吃驚した、さっきのメイドね。急に現れて、私も白蓮も驚いたけど、魔理沙と早苗は大した反応はなし。
 慣れてるのかしら。

「…ふぅ。なにかしら?咲夜」

「あちらで萃香さんが弾幕ごっこの相手を探していましたわ。何やらご機嫌斜めな様でもありましたが…いかがです?」

「ふむ…。神子、また次の機会に手合わせしましょう。私は少し運動してくるわ」

 そのままレミリアは咲夜と行ってしまった。う~ん、この幻想郷での自分の力量を見る機会だったのに。

「白蓮さん、神子さんとレミリアさんは本気で戦い合う訳では無かったのですよ。
 幻想郷では出会い頭に弾幕ごっこも挨拶みたいなものです」

「早苗の言うとおりだぜ。ま、命蓮寺じゃあ喧嘩なんて起こりそうにも無いし、
 雰囲気というか空気というか。本気かどうかの判断に慣れてないってのもあると思うがな」

「あ、うぅ…、すいません神子さん。魔理沙さんの仰る通り、こういう掛け合いは慣れていなくて…」

「ん、気にしないで白蓮。機会なんてこれから幾らでもあるわけだしね」

 争いや諍いを嫌う貴女だもの、仕方ないことだわ。
 
「…にしても意外ですね。神奈子様から聞く限りでは、
 白蓮さんと神子さんの仲は余りよろしくはないと聞いていたのですが、今はこうして仲良く宴会に参加ですもんね」

 もはや、あの三者会談も懐かしいわね。

「そう、それだ。白蓮、神子」

 魔理沙が思い出したように言う。何かしら?っとその前に少しお酒を…。

「二人はどこまで進んでるんだ?」

「ぶはっ!」

 き、気道にお酒が…!

「え、なんですかなんですか?もしかしてこの間の新聞って本当のことだったのですか!?」

 一体何を言い出すの!この白黒魔法使いは!早苗もはしゃがない!
 白蓮は…見事にフリーズしてるわね。

「…?みんなどうしたんだ?白蓮と神子が協力して魔法や術の研究してるんだろう?
 最近、よく二人一緒に見かけるって聞くからそう思ったんだが…違ったのか?」

「…はぁ。魔理沙さん、新聞は読まないのですか?ほら、この間に新聞回収の騒ぎがあったの覚えていませんか?」

「新聞?早苗、天狗の新聞を読んでいるのか?あいつらの新聞なんて面白おかしく書き換えられた物が多いじゃないか。
 実際、内容に間違いがあったから回収されたんだろう?」

「それは、そうですけど…。でもでも実際のところはどうだったのですか?神子さん!白蓮さん!」

 あ~、早苗。君からすごく強い探究欲…もとい、野次馬欲が聞こえるわ。
 …野次馬欲とは何か?欲とは色々存在するのです。

「えっと、早苗。落ち着いて下さいね?私と白蓮は別にそんな、濃い関係ではなくて、
 氷菓子を切っ掛けに、宗教家としてではなくて、個人的にお互い仲良くなっただけなの」

「個人的に…仲良くなった…!?もう少し詳しく」

 身を乗り出した早苗を魔理沙が抑えてくれた。

「…あ~早苗、向こう行こう。じゃあな神子!そのフリーズした白蓮よろしくな!」

「え、ちょっと待って下さい。ちょこっと!ちょこっとだけでいいのでお話を~…!」 

 自分の発言が原因で責任を感じたのでしょう。魔理沙が早苗を山の神様グループの茣蓙に引っ張っていく。
 まあ、出るとは思った話題だったしね。逆に助かったわ、魔理沙。
 さて…先ずは白蓮をどうにかしないと。先ずは肩を揺すって見ましょう。



 * * *



 ハッ。あれ?私は一体…。

「白蓮、大丈夫?」

「あ、えぇ神子さん、えっと何のお話でしたっけ」

 なにか衝撃的な話だった気がするのですが。

「なんでもないわ。それより場所を移さない?お酒を飲まない貴女にとっては、この秋の夜。お茶だけじゃあ厳しいでしょう?」

 確かに、少し冷えてきましたね。では母屋の中、霊夢さんがいらっしゃる場所まで行きましょう。

 

 
 境内を振り返れば人妖…まあ妖怪の比率が遥かに大きいですけど、平和で長閑で、
 それでもどこかで誰かと誰かの弾幕ごっこの音が聞こえます。
 …時々不安になるのです。平和であればある程、今が大切であればある程、無くなった時にどれだけ絶望するのか。
 かつて味わったあの時間、記憶に残すにはあまりにも長過ぎた時間。もう、私は手放したくありません。
 例えこれから何があろうとも…。
 神子さんが「くすっ」と笑いました。

「…?どうかしましたか?神子さん」

「いえ、白蓮。聞こえちゃったの、貴女の欲。
 やっぱり貴女は欲を捨てきれませんよ。そんなに周りが大切なのでしょう?
 その純粋な欲はきっと、これからもずっと無くならないわ」

「…尼僧の一人として、そのお言葉はあまり喜べませんね」

 苦笑いが浮かびます、自分に。
 やはり、まだまだ私は未熟です。でも、誰かの為とは突き詰めれば「欲」なのかもしれません。
 大切な人たちの為に活動する私は、無欲の修行と逆の行動をしているのかも。
 …いいえ。それでもやはり私は人妖を護りたい。もう悲劇が起こらぬように。
 勿論、その人妖達の中に、貴女も…。

「さぁ、白蓮。中に入って新しいお茶をいただきましょう。あ、私はお酒貰っちゃいますよ?」

 そうやって悪戯っぽく笑う貴女もその中に…。



「あら、豊聡耳様。こちらへいらしたのですね。
 …あぁ、誰かと思えば『悪の大王』様じゃありませんか」

 …母屋へ入り、居間の扉を開いたそこに、邪仙の霍青娥…さんがいらっしゃいました。
 妖艶に微笑む彼女は幻想郷の巫女、博麗霊夢さんにぴったりと寄り添って共に座っています。
 霊夢さんはと言えば、これ以上ないぐらい鬱陶しそうな顔をしてらっしゃいますね。
 周りにいらっしゃる妖怪の方も若干引いてます。

「あ、神子!ちょっとこの邪仙を引き剥がしてくれない!?さっきからずっとぴったりくっついてくるのよ!
 萃香はなんか機嫌悪くして外に出ちゃったし…なんとかしてよ!」

「あらひどいわ霊夢様。私はただ貴女様の力に興味があるだけですわよ?」

「いやストレートすぎるわよ、それ!あぁ、もう鬱陶しい!」

 彼女は神子さんの道(タオ)のお師匠様。しかし、その非常に強い邪気とあちこち迷惑をかけるような方は…、
 正直いって苦手と言うしかありません。

「青娥、霊夢が困っているから止めなさい。それと白蓮に『悪の大王』呼ばわりはどういう事です?」

「嫌ですわ、豊聡耳様。貴女はそこの尼僧様に封印為されたではありませんか。妖怪を護るそこの方に。
 …まぁ、その未熟な尼僧様の封印を悉く打ち破り、更に里の神霊をお取り込みになられた貴女からすれば、
 もはや相手にするような方ではありませんね、ふふっ。今ならそのお力で、あの寺を征伐することも出来ますよ?きっと」

 …す~っと部屋の温度が下がっていきます。宴会の一席の空気ではありません。
 私はといえば、何も言い返せません。きっと彼女の言う通りなのかもしれないのですから。
 それに、そんな『目』でこちらを睨まれては私には何も…。

「青娥、私は封印された事についてもはや何も気にしてはいません。その件については決着がついたと、
 この前言ったでしょう?」

「あら、それはまだ、わかりませんわ。今この瞬間もそこの方は貴女様を封印しようと…」

「もう仙界へ戻って、青娥。きっと留守番してる貴女の可愛いキョンシーが待ちくたびれていますよ」

 …あら、それはいけませんね。それでは皆さん、また会いましょう。
 早口でさっと行ってしまった青娥さん。神子さんがほんの少し怒気を露わにしたからでしょう。
 
「…もう皆楽しんだし、宴会はそろそろお開きかしら」

 霊夢さんが溜息をつきながら、そう言って立ち上がるとそのまま外へと出ました。きっとお開きの合図をする為でしょう。

「…神子さん」

「すいません白蓮。彼女は少し捻くれた性格をしているのです。…きっと本気で言ったわけではありません。
 だから気にしないでください」

 気にしていませんよ、神子さん。
 呟くこの声はきっと耳の良い彼女には届いたでしょう。…いえ届いてしまいました。
 あまりに力なく、自信ない声が届いてしまいました。

 その後、私と神子さんはそのまま別れることとなりました。



 * * *



「青娥!話があります!出てきてください!」

 あの後、白蓮とは余り良いとはいえない雰囲気で別れることになっちゃった。
 屠自古は宴会の片づけを手伝う為にと神社に残っている。布都と二人で仙界の道場で、あの師匠を探しているのだけれど、
 …普段からフラフラと他所へ出かけることの多い彼女。おそらく既にもう他の場所へと出掛けたのでしょうね。

「そういえば太子様。青娥殿をこんなにお探しになるのは久しぶりですね。いかがなされた?」

「いえ…、彼女に一言いっておこうとしただけです」

 少なくとも、白蓮と一緒にジェラートを食べる前の私だったら、きっと今日の事に何一つ感じることも無く生活してたわね。
 でも、もう既に彼女は私の大切な…「友人」。友人を悪く言われたら誰だって怒るでしょう?
 いいえ、少し違うわね。青娥は、ただ悪く言ったつもりはない。彼女は冗談の中に一摘みの真実を込める人。
 言われた人はただの冗談として流せなく聞いてしまう。そう、ただ空気が読めないだけ。性格が悪いだけ。

「…少し疲れましたね、布都。私はお風呂をいただいた後、部屋に戻って休む事にします」

「?。わかりました。屠自古の事は我に任せて、ごゆるりとお休みください」



 脱衣所に入り耳あてを外す。あぁ、そういえばこの耳あては青娥と一緒に作ったものだったわね。
 私は耳が良い。それこそ、聞きたくない言葉、辛辣な言葉を一字一句逃さず聞いてしまうぐらいに。
 青娥はそんな私の為にと、この耳あてを提案してくれた。私は仙術の実践も兼ねて、この耳あてを作った。
 これはちょっとしたマジックアイテムで、聞こえてくる情報の量、大きさを制限したり、逆に指向性をつけて、
 どんなに小さな音も逃さず聞く事が出来る。
 この耳あてのおかげで里の様な人が多い場所でも、私は健康な精神を保つ事が出来る。
 
 …いい加減でフラフラしている彼女。それでも、私は彼女に助けられた事は少なくない。
 私が復活した際はそこにいるかどうかも分からなかったが、たとえ居なかったとしても私は彼女を怨むはずがなかった。
 そういう約束をしたんだもの。

「青娥と白蓮…一体どうすればいいのかしら」

 (仙術でいつでも沸かせる)湯船に入りつつ思案する。
 白蓮と仲良くなった事に些かの後悔も無い。
 いい加減であちこち迷惑をかける青娥も、良くも悪くも思慮深く、決して心底邪悪な人物では無いと私は知っている。
 それでも彼女たち二人は、ずっと分かりあう事は無いかも知れません。二人の十欲を聞く限りではそんな未来が見えない。
 
 …まぁ、こればっかりは時間が解決してくれる事に期待するしかありませんか。
 別に私が何か悪い事をしているわけでもないですし、青娥からは単純に私に対する「独占欲」と…「庇護欲」でしょうね。
 まあ、そんなものが聞こえてきた訳ですし。
 明日、白蓮や霊夢に一言謝っておきましょう。青娥も見つけて一言でも言っておきましょう。
 きっと明日は良い一日になるはずです…。



 * * *



「きっと明日は良い一日になりますよ、聖。だから元気を出してください」

「…えぇ、ありがとう、星。もう大丈夫よ。さ、貴女も休んで。」

 おやすみなさい、聖。そういって星は私の自室から出ていきました。

 そもそも、私が神子さんとすぐ仲良くなろうとした事は自分勝手な事だったのかしら。
 私が彼女を封印しようとしたのは、今のこの幻想郷にいる妖怪達には余りにも強大な力を感じたから。
 寺の仲間の一人、封獣ぬえ も彼女という聖人の出現に驚いて外の世界から助っ人を呼んだぐらいです。
 でも彼女は妖怪を滅ぼすつもりはなかった。(三者対談では『有効利用』とおっしゃってましたが…)
 だからといって、そうですか、では仲良くしましょう。とは…神子さんから見たら随分と身勝手に見えたでしょう。
 青娥さんが私を非難するのもわかります。
 
 布団に入ると、どうしても考え事をしてしまいますね。
 そういえば。今日の青娥さんですが、なんといいますか。
 私と神子さんを引き離そうとするような感じでしたし、それに…『あの目』をしていました。





「…じり!聖!」

 私の仲間の一人、舟幽霊の村紗水蜜が私の自室に飛び込んできました。彼女が私の部屋に来たという事は、
 もう一人一緒にいた入道使い、雲居一輪も既に逃げてきたのでしょう。

「聖、駄目です!もうすぐそこまで人間どもが来ています!早く逃げて!」

 駄目ですよ、水蜜。そうしたら貴女達の犠牲が増えるだけではありませんか。

「…聖?」

 大丈夫です。私にすべて任せて下さい。

 その晩、私の周りに法力の強い僧達が取り囲み、封印を施そうと術を唱えています。
 少し離れた場所に、交渉の末、滅するのではなく地底に封印されることとなった私の寺の仲間達、
 そして遠巻きに、妖怪を人知れず救い、匿ってきたこの私を、「人食い僧侶」と…「地獄の使い」と叫ぶ人間達。
 そしてその人間達の先頭に、毘沙門天代理の星が居ました。彼女は神の使い、きっと人間達も彼女の言う事は信じるでしょう。
 あぁ、そんな顔をしないでください、星。誰もあなたを怨んでなどいません。水蜜も、一輪も他の妖怪も。
 ナズーリンと二人で寺を護ってください。きっと…いつかきっと再会出来ますから。
 
 星の私を見る『目』。妖怪の仲間達の私を見る『目』。
 まさに封印されようとする私をなんとかして『救い、護ろうとする目』。
 私は、そんな彼女達の『目』をきっとこれから、ずっと忘れることは無いでしょう。
 大丈夫です…次、皆と再会できた時はきっと、平和で長閑な世界で生きていく事が出来ます…きっと…。

「できませんよ」

 …え。

「そんな思いをしておきながら、貴女は豊聡耳様を封印しようとしたではありませんか」

 私を取り囲む僧の一人が…青娥さん?

「害が無いと知れば仲良し?大切な人?自分と同じ目に合わせようとしたくせに?」

 違います!そんなつもりで彼女と話したわけでは…!
 それに私は、私はただ、皆を護ろうと。

「豊聡耳様は私が護ります、貴女から。封印しようとした『悪の大王』から」

 青娥さんも同じ目を…。
 でも、私は…神子さんと…。





「…じり!聖!」

 !!

「聖、大丈夫ですか?随分とうなされていましたよ?」

「…星?私は…一体」

「ふふっ。寝ぼけてるんですか?きっと怖いお化けでも出る夢を見たのでしょう。
 さ、聖。もう起きないと朝餉に間に合わなくなりますよ?」

 私の布団。部屋。隣には起こしに来てくれた星。…夢でしたか。懐かしいあの時の夢。

「えぇ、ありがとう星。顔を洗いに行きますね」

 先に行ってますよ~。星が洗面所へと向かっていきます。
 寝巻から着替えながら、さっきの夢の意味を考えていました。そして決めました。青娥さんを訪ねましょう。
 あの目をしていた彼女はきっと神子さんを護ろうとしていただけ。きっと心からお話すれば分かってくれるはずです。
 でも…この気持ちをどうやって伝えればよいのでしょう。どうしたら伝わるのでしょうか。そもそも…
  
 神子さんは?神子さんは実際のところ私の事をどう思っているのでしょうか。



 * * *



「実際のところ白蓮さんの事どう思っているのですか!?教えて下さいよ~、神子さん」

 あ~、失敗したわ。
 霊夢に会いに博麗神社に来たら早苗とばったり会ってしまいました。
 っていうか、特に今朝から肌寒くなってきたのにその脇だし巫女服って…。
 私だってノースリーブじゃあもう寒いから軽い上着を羽織っているのに。

「だからね?早苗。貴女が霊夢や魔理沙と仲良くするように、私もそうなっただけであって…」

「でもでも、商売敵ですよね?(宗教的な意味で)。それも不仲なところからのスタート…
 なんだかロマンチックな気配がぷんぷんしますよ!」

 霊夢に助けは求められない。昨晩、青娥に霊夢を取られてしまった鬼の伊吹萃香が、彼女を手放そうとしないからだ。
 やれ一緒に酒を飲もう。やれ一緒に弾幕ごっこをしよう。と言って霊夢を向こうへ連れて行ってしまった。
 早苗は博麗神社にある分社を掃除しに来たらしい。終わって手持無沙汰にしていた所に、私が石畳から登場。
 昨晩、聞けなかったことがあった私がです。
 えぇ、がっちり捕まっちゃいました。がっちり。神社の縁側で勝手にお茶飲みながらがっちり。

「ねぇ早苗。私と白蓮が仲良くなった事がそんなに変?」

「あ、いえ。そんな変だとかは…」

「でしょ?別にお互いの宗教思想が合致して仲良くなったとかではなく、彼女の人柄が…ほっとけないタイプだったの。
 見守っておかないと、何をしでかすかわからないでしょ?」

「…確かに何をしでかすかわからないですね」

 私への封印もそうだけど、早とちりというか良く考えないというか…。彼女が情を使った詐欺に騙されそうになった時もあったし、
 痴話げんかのカップルに対してとてつもなく真剣に仲裁に入ったりと…(一緒にいた私はすごく恥ずかしかった)。
 優しさとか善意とか以前に、少し未熟なのよね白蓮。私に相談してくれればいいのに。

「まあ、そんな感じ。天狗なんかの新聞に振り回される貴女も貴女よ?ちゃんと自分で考えないと」

「うっ、すいませんでした…。あ、天狗の新聞といえばですよ。今日の新聞なんですけど、
 三日後、命蓮寺に子供を集めてお泊まり会をする、なんて書かれてました。ほら、一輪さんとか小傘さんとかって子供に人気でしょ?
 白蓮さんがお寺のイメージ宣伝の為に開くそうです」

 え~!…妖怪寺に子供を泊めるって、本気で言ってるのかしら。

「っていうかそれ、親たちは!?例え白蓮や星が護ると言っても、妖怪寺に子供送るなんて許さないよね!?」

「大丈夫だそうです。育児疲れが溜まってて、親グループで温泉へ行ける良い機会だって…。正直私も、どうかしてると思います」

 何たること…。千四百年前だったら考えられないわ。餌やりよ、餌やり。

「神子さん。幻想郷の外でもこういう馬鹿親が多い訳ですよ。まさか妖怪跋扈する幻想郷でもこんな親がいるとは、私も流石に…」

「…ねえ、馬鹿親っていうのは?」

 早苗曰く、外の世界では周りに迷惑をかける親が急増しているのだとか。
 良く考えないで発言したり、自分本位に行動する。周りに迷惑をかけるのは当たり前。
 何より、過剰に子供を保護したり、突き放したりする。つまり馬鹿な親なのだと。………馬鹿親、ねぇ。

「それは酷いね、早苗」

「まあ、霊夢さんや子供を受け持つ寺子屋の上白沢慧音さんが放っておきませんよ」

「…それにしても。あの鬼、萃香さんだったよね?霊夢に言いたい事あったのにまだ離さないつもりかしら」

「あ、伝言でよければ伝えておきますよ?その、しつこく質問したお詫びって事で」

 う~ん、直接言いたかったのだけれど、仕方ないわね。それにここで頼ってあげないと早苗も立つ瀬ないし。
 昨晩の出来ごとについて霊夢への謝罪の言葉を、早苗に託しましょう。

「昨晩って、あの宴会ですか?えっと…え?いたんですか?は、はあ。わかりました、伝えておきますね」

「ありがとう。お願いね、早苗」

 さてと…じゃあ次は、彼女に会いに行きましょう。まだ昼頃ですし、きっと寺にいるわよね。



 
 基本的に私は歩くようにしている。
 飛んで移動も良いし、仙界経由で各地に行くのも楽だけど、やはり少しは歩いたほうが外の世界も良く分かるというもの。
 トラブルに巻き込まれるのも御愛嬌。耳の良い私は、よく助けを求める声を聞くのだ。
 俗世を捨てた仙人ではあるけれど、やはり妖怪から人間を護るスタンスは崩さない。
 まあ幻想郷に来てからは血生臭い事件はまだ出会ってない。せいぜい事故にあった人妖の手助けか、
 知恵の無い獣妖怪とトラブルにあった里人を助けるぐらいだ。…これは一歩遅かったら危ないけどね。
 …何が言いたいかって?つまり、人里へ続く神社の裏道(博麗神社は結界へ向いて建っているのでこっちが常用されてる)を歩いていると、
 助けを呼ぶ声が聞こえたわけです。

「~!!~べられるぅ!助けてぇ!」

 近い。「食べられる」かしら、急いだ方がいいわね。
 ってあれ?この声…え、まさか。
 聞こえる方角は人里への道から少し逸れた街道の方。整備はされてるけど人間が良く使うような道じゃない。
 故に、特殊な力を持たない人間が居るとは思えないし、そもそもこの声は…
 駆けつけると案の定だったわ。
 
「あ!!た、太子様!お助け下さい!」

「…神子。こんにちは、一晩ぶりね」

「え、えぇ、こんにちは。レミリア」
 
 尻もちついて半べその布都(何故か泣き顔が似合う)に、昨晩一緒にお酒を飲んでいたレミリア。それに従者の咲夜。
 えっと、先ずは話を聞きましょう。

「簡単に説明しますとですね…」

 まだ聞いてもいないのに咲夜が簡単に説明してくれた。彼女、うちの道場に誘ってみようかしら。
 咲夜が言うには、もはや日常となっている博麗神社へのお出掛をしていると、いつもの道に見慣れぬ者が立っていたと。
 言わずもがなそれは布都であり、力試しをする妖怪を探していたとか。
 私は最近布都がやっと妖怪に対して落ち着いて対応できる事は知っていたけど、そんな武者修行みたいな事をしているのは初耳だった。
 で、何があったかと言うと…


「えっ。レミリアって、あの吸血鬼の!?」

 勇んで弾幕ごっこ…の亜種、弾幕アクションを布都は申し入れたらしい。
 近接格闘も取り入れた決闘方法で弾幕ごっこよりも随分と実戦的だ。(私も昨晩、こっちがしたかった)
 布都も好戦的な方ではあるけど、礼儀を知らぬほど野蛮ではない。
 きちんと自己紹介をして、時間の都合を聞いてから戦っているのだとか。
 問題は自己紹介をした時。布都は相手がレミリアで吸血鬼だという事を、その場で初めて知ったそうだ。

「し、知っておるぞ。魔理沙から教えてもらったからな。
 なんでも吸血鬼は人を攫い閉じ込め、苦しめながら生き血を啜り、その肉をも残さず食す妖怪。
 中でもレミリアという者は見た目は幼い少女でありながら、
 いざ戦うと時間を止め、身体を巨大化させ、この幻想郷で最速の動きで、ありとあらゆるものをたった三歩で破壊するのだと…」

「大体あってるわ」

「嘘はいけません、お嬢様」

 腰を抜かした布都。記憶力は良いのだけれど彼女は時々いろんな情報を勘違いして組み合わせるの。
 それもパニックの時や寝ぼけてる時は顕著。頭の中で作った「レミリア」に腰を抜かし勝手に恐れ慄いたとか。

「う~ん、完全に委縮しちゃってるわね。どうしよっか、咲夜」

「ここはあのセリフを言うべきでしょう。お約束です」

「うんうん、私も今そう思った」

 狼狽する布都へ一歩近づき、大きな声で…





「ぎゃおー!たーべちゃうぞー!」

「…!!!!」





「で、助けを呼んだ布都の声を私が聞いたと…」

「いや~、リラックスさせるつもりで言ったんだけどね~。まさかここまで恐れられるとは。
 まあ、私から溢れ出る威圧感のなせる技?」

「その通りですわ、お嬢様」

 はい、問題解決。布都は涙ぐみながらも頭で整理がついたようだ。ただの勘違いだと。
 確かに吸血鬼には恐るべき力と瞬発力、それに多彩な特殊能力があるらしい。とはいえ、彼女も彼女で力はセーブしている。
 それに弾幕アクション等でつかう力は、どんな相手でも平等に戦う為、そういった種族の力(特徴的な力は使っても良いのだとか)はほとんど使わず、
 弾幕勝負に使う力で戦うの。

「…やっと落ち着いたみたいだな、その泣き虫仙人」

「う、うぅ~…!」

 人前で泣き顔をさらし、恥をかいてしまった布都。
 顔を真っ赤にして唸っちゃってるわね。可愛い。

「ふぅ。では私の可愛い泣き虫仙人の、涙の敵討でもしようかしら?」

 宴会でできなかった力試し。良い機会を得ることが出来たわ。

「お、昨晩出来なかった勝負ね、聖人。お前がこの幻想郷にどれだけ通じるのか見てあげるよ」

 日傘を咲夜から受け取るレミリア。勝負の邪魔にならず、それどころかちょっとした能力もついた日傘らしい。
 白蓮に会うのは少し後にしよう。

「ぐす…太子様!ガツンとやっちゃってください!」

「お嬢様。相手は初心者とはいえ神霊で聖人。くれぐれも油断なさらぬよう」 

 …咲夜と布都が離れる。レミリアと少し離れ、お互いの間合いを見極める。
 張り詰める空気。千四百年前の戦場を思い出すわ。これは遊びといえど、真剣に、誇りを賭けて、全力を!
 
 さぁ!私はこの幻想郷でどこまで戦えるのかしら!!



 * * *



「いえいえ、戦うつもりで探しているのではありません。
 確かに、以前の三者対談で青娥さんに対してそのように受け取れる発言をしてしまいましたが…。
 今日は本当にお話をしたいだけなのです」

 人里にも仙界への扉はあります。
 神子さんは最近、里のはずれにある我が命蓮寺と里を繋ぐ辻に扉を開けますが、あくまで散歩用との事。
 
 里人が仙界の道場の方達に用がある場合などは、人里の中心広場にある仙界の入り口、
 その傍に作られた…郵便箱?の様なものに用件を書いた封筒を入れ、
 しばらくすると返事が書かれた封筒や、必要ならば出会って話すための日時と場所指定の紙が帰ってきます。
 因みに、里の子供が悪戯した時は、文字通り雷が落ちました。屠自古さんの。(あ、もちろん驚かすだけですよ?)

「ふむ…しかし、聖殿。申し訳ないが青娥殿はいつもどこかフラフラと出掛ける御方。
 今どこに、何の目的で居るのかも、我々では把握できないのだ」

 今日は都合良く、留守番をしていらした屠自古さんが直接出てきてくださいました。
 広場でそのまま話すのもあれなので、近くの茶屋で話す事になったのです。

「青娥殿は太子様の道の師匠のようなお方。そして、道術とは自然の力であって善い物でも悪いものでもない。
 彼女はそれを太子様に身を持って教えられた。聖人であられる太子様に反面教師のように、な」

「以前の対談で神子さんも仰っていましたね、良くも悪くもそれは自然の力なのだと」
 
「うむ。だが彼女は言うほど邪悪でもないと私は思う。悪戯好きで性格は悪いだけだ。
 だから、聖殿。彼女を許してやってはもらえないか?」

「えっと?許すというのは?」

 団子に手を伸ばそうとした屠自古さんが、あれ?と首をかしげます。

「何か悪戯をそちらの寺にしたと思っていたのだが…違ったか。
 いやな?仙界への手紙箱に青娥殿に関する苦情が少なくなくてな」

 冬のある時期は、それこそ溢れんばかりに投函されたそうです。

「全く。物欲が無いと思いきや偶に人の大切なものを持って行っては消えるし、
 問い詰める頃には返すものは既に返して、言葉で責めても飄々と受け流す…。
 力あるものに取り入ろうとするわ、猫のように興味が無くなれば姿を消すわ…」

 苦労していらっしゃるのでしょう。まだまだ話は終わらなさそうです。えっと屠自古さん?

「あぁ、済まない。つい愚痴を長々と話してしまった。繰り返しになるが青娥殿の所在はこちらは掴めない。
 力になれなくて申し訳ない、聖殿」

「いえ、とんでもないわ。…ありがとうございます、屠自古さん」

「…大きなお世話かもしれないが聖殿。そなたは何か悩み事があるのだろう。
 よければ相談に乗るぞ?私だって伊達に神子様に仕えてはいない」

 優しく微笑んでくれる屠自古さん。あぁ。顔に出さないようにしていたのに…。
 でも、神子さんに直接話せないし、寺の仲間に相談するのも少し違うかもしれない。
 彼女に甘えてみようかしら。

「えっと、実はですね…」

 人に相談するという事は、その顛末を整理して、自分の口で説明する事でもある。
 それはぐちゃぐちゃだった頭の中を綺麗に出来るうえ、更に自分に対して第三者の立場にもなることもできる。
 相談はもちろん助言を頂く事が大事だけれど、実際は自分で答えを考えるいい機会なのだ…と、このとき私は知りました。

 青娥さんはきっと、私が虎視眈々と神子さんを封印するのだと考えていらっしゃるはずです。
 あの目は誰かを護る時にする目なのですから。
 先ずは、彼女の誤解をときましょう。でもそれは一体どうすればいいのか…彼女、口先の言葉では信じてもらえない気がします。
 それに、神子さん。今でこそ私に対して良くして頂いている彼女はその実、一体私の事をどう思っていらっしゃるのでしょうか。

「…なるほどな。事情はわかったし、それに安心した。私も少しではあるが、太子様…神子様とそなたの関係は不安であった。
 例え、そなたが水蜜達から信頼を置かれる人物であり、神子様も認めた者であろうとも、封印しようとした事は事実。
 全幅の信頼があった訳では無かったのだ。
 しかし、今、目を見てわかった」

「…目、ですか?」

「あぁ。嘘をついていれば目が泳ぐとか、合わせないとかとは違う。
 もっと深い部分。淀みや輝き、澄んでいるかどうか…そこに自信や確信があるか…といったところか。
 そなたは神子様の事を話す時、神子様に対する気持ちを話す時、とても真摯な目をしてると私は感じた。
 …なるほど、神子様がそなたを心配するのも頷ける」

 ん、どういうことでしょう?

「あぁ、神子様はそなたを心配していたぞ?
 決して優しさだけでは、慈悲の心だけでは人を救えなどしない。私や神子様はそんな人たちを…時代を見てきた。
 いや、お主も苦労しなかった訳では無いだろう。しかし、神子様はそなたをほっとけないと仰っていた。とても澄んでいて危なっかしい目をしていると。
 …案じていたのだ、そなたの事を…。安心するといい。
 神子様はそなたを微塵も悪く思ってなどいない。さしずめ、心配事が絶えない姉妹だと思ってらっしゃるだろう」

 …良かった。勿論、本人の口からも改めて聞きたいですけど、屠自古さんが仰るのです。
 彼女が言うなら、私は安心できます。

「あら…私はお姉さんかしら、妹さんかしら?」

「ふむ。見た感じそなたがお姉さんになるだろうが…なるほど、ほっとけないお姉さんになりそうだ」

 ははは、と屠自古さんが納得するように笑います。む~。

「どうせ私は、ぼんやりお姉さんです。寺の仲間にも似たような事を最近言われましたもん」

 ぬえが外の世界から連れてきた妖怪狸の二ッ岩マミゾウさん。
 第一印象がまさにそうと言い、周りの星達にも納得されて笑われちゃいました。

「っふふ、悪かったよ。その辺は改めて神子様に直接聞くといい。…問題は青娥殿、か。
 うむ、そなたの言うように口先の言葉で納得する相手ではないだろう。だが、実際に何かをすれば良いという訳ではあるまいしな」

 私は…ただ誤解を解きたいだけなのです。

「…うん。そなたの言いたい事はわかる。だが、ここで何か故意に行動を起こすのは逆に変だ。」

「変というのは?」

「いや、必要無いと言った方がいいか。青娥殿も考えない御方では無いし、物分かりが悪い御方でも無い。
 彼女も彼女で、神子様を大切にする一人だ。私や布都にはわかる。
 そなたがこれからも神子様と、その気持ちで付き合い続けるのであらば、彼女もわかってくれるだろう、きっと」

「…自信はあります」

「うん?」

「神子さんとこれからもお付き合いし続ければ、きっと喧嘩もするでしょう。すれ違いも起こります。御互いの嫌な部分も見つけるかもしれません。
 それでも…私は彼女とずっと一緒にいる自信と想いがあります。それを青娥さんに見てもらい続け、いつか誤解が解けると…」
 
 そう、大事な事に気付きました。私の想いです。あの人と一緒に過ごしたい。いろんな事を話したい。
 これは誰の為では無く自分の為の気持ち。神子さんの言う所の「欲」なのです。
 こればっかりは…尼僧の一人ではなく、聖白蓮という私の大切な物なのです。
 この想いを青娥さんに見せれば良い。きっと伝わるはずです。神子さんを大切に思う彼女に。

「…うん。きっとそうだろう」

 何かを悟ったように微笑む屠自古さん。貴女と話せて本当に良かった。

「聖殿、長くなってしまったな。最近は夜が早いのか、もう夕日が見えるぞ?」

「あら、いけません。御昼過ぎに出たと思ったのに、もうこんな時間ですか。
 屠自古さん、長い時間お話を聞いて頂いた上、助言もなさってくださって…本当にありがとうございます」

 茶屋を出て、先程の人里の中心広場。仙界への入り口へと戻ってきました。
 夕餉時なのか、買い物帰りのお母様方が忙しく行きかっています。

「私も今日は聖殿と話せて良かった。
 それに、我々は幻想郷に来てまだ日が浅い。次はこちらが迷惑をかけるかもしれん。その時は世話になるぞ」

「えぇ、私なんかで良ければ…」

 おや、広場の向こうから「お~い!」と、布都さんがこちらへ駆けてきました。

「屠自古!探したぞ!一体どこへ行っていた!?む、聖殿も一緒か!」

「なんだ、騒々しいな布都、一体…」

「えっと。と、とにかく急いで付いてきてくれ!太子様が!」

 !!
 神子さんの身になにかが!?



 * * *



 よっ、ほっ、っと。聞こえるわよ?レミリア。君がどんな狙いをつけ、行動し、有利に立とうとする欲が。
 私はその欲を見極め、対処する。しかし、油断出来ない。一つ一つでは無く、彼女は同時に様々な考えを凝らし、私に向かってくるのだ。
 確かに、スピードは大したものだわ。攻撃も対処しないで受けてしまえば、忽ち攻撃を連続で受けることになる。
 でも、ここは落ち着いて。相手が速いのなら先ずはそれに慣れないと。必ず隙ができるはずだから。
 っち。と舌打ちをして、近接攻撃を繰り返していたレミリアが弾幕で威嚇射撃しながら遠ざかる。

「戦いづらいな。神子、お前の能力は聞いてはいたけど、なかなか厄介だね」

「これでも復活前はそれなりに命かけて生きてきたのよ?君の様な人外じみたスピードと力を持つ者はいなかったけどね」

 宝剣の鞘、気をつけないと割れちゃうわね。最小限の力で受け流しているつもりだけど、そろそろ耐えれないかも。
 彼女は…遠くから弾幕を放ち、強引な近接に持ってくるつもり…か。
 なるほど。策が割れるならば、承知の上でこちらが耐えきれないような攻撃を繰り出すのね。

「神子様!機会を逃さぬようお気をつけて!」

 えぇ、わかってるわ布都。

「お嬢様!最後まで気を緩めないでください!」

 そうね、彼女は下手な油断はしない。私も気をつけないと。
 
 ね、ミスティア!あっちで決闘してるよ?チルノちゃん待って!余り前に出ない方が良いよ。
 あら、楽しそうな事してるじゃない。妖夢、見ていきましょうよ。えぇ、あの聖人が戦ってる所は見ものですね幽々子様。
 お、やってるな神子の奴。キノコ狩りも落ち着いたし、ここは敵情視察するべきだ、アリス。魔理沙、この前みたいに乱入とかはやめてよ?
 
 他にも騒ぎを聞きつけ妖怪や、近くを通りかかった里の人間も集まってきた。
 随分と観客の多いデビュー戦になっちゃったわね。
 …レミリアも人の目が多くなるにつれて力の入れ具合が強くなってる。
 プライドの強い彼女達吸血鬼は、公衆の面前で簡単には負けられないものね。

 …次、一呼吸入れて本気で来る。
 レミリアから深呼吸、速くなる鼓動、ざわめく妖力が聞こえてくる。
 周りもそんな気配を感じたのか、しんっと静まり返った。 

 来る!
 こちらへ蝙蝠の形をした弾幕を張り、私の足元へ鎖がついた楔を打ち付けた。
 次の瞬間、その鎖を伝って高速でレミリアが向かってきた。
 無視できぬ弾幕を一瞬の囮に、更に早く潜り込んで、私に本気の近接攻撃を入れてくるつもりね。

 …でも、ここだ!レミリアを全力で迎え撃つ。
 向かってくる弾幕はレミリアが自分自身に誤爆してもいけないのだから、あくまで私の逃げ道をふさぐのが目的。
 ならばここ、彼女は防御を考えずにくるはず。悪いけど、こっちは絡め手で行くわよ!
 私が杓を掲げると同時にスペルカードを宣言した。

「なっ…!」

 光符「グセフラッシュ」
 その光にレミリアは一瞬の隙を作った。今だ!

「っは!」

 抜刀と同時にレミリアに斬りかかる。これで…!?
 嘘。目を閉じながら剣を受け止めた。

「悪いけど、決闘の場数が違うのよっ!」

 悪魔の直感と経験則で受け止めた剣を払い、こちらへ振り上げる拳。
 避ける事は敵わない。…でも、

「タダでは…喰らわないわ!」

 逆手で宝剣の鞘を抜き、レミリアの身体に打ち付ける。
 全力でぶつけたそれは彼女の勢いを多くは殺したものの、戦いで酷使した鞘は砕け散ってしまった。
 それでもなお勢いをつけて振り下ろされる拳。衝撃が身体の中心を突き抜けていった。
 地面を転がる私。
 
「…!!」

 大丈夫、気は失ってない。なんとか体制を整えてレミリアを見据える。
 彼女も先程の鞘が効いたのか足元がふらついている。
 今は一呼吸休憩しよう。耳あてがずれちゃったでしょうし…って!あれ!?ない!耳あてが!
 あ…ちょうどレミリアとの間にあった!でも先程の衝撃で耳あてが…壊れてる…。
 
 
 …駄目…聞こえる。聞こえすぎる。
 周りの多くの人妖の鼓動、幾重にも重なる囁き声。衣擦れの音さえも逃さず。
 何より、とても多すぎる欲の声が!
 耳あてに今まで頼ってきた結果ね。急に解放された聴力に耐えられ…無い…。
 頭が割れそう…。
 

「…?どうした、神子!」

 レミリアの声も、

「太子様!み、耳あてが!」

 布都の声も、聞こえすぎる。…意識が……。





「豊聡耳様…!」


 …青娥?





 * * *






「それならば、仙術で特殊な耳あてを作りましょう。大丈夫です。きっと貴女様の望む平穏な時間を手に入れられるはずです」

 この国に来て正解だわ。こんな徳の高い方に会う事が出来たのだから。ふふっ。
 それにしてもこっちは文明がまだまだ未熟ね。きっとこれから発展していくでしょうけども。

「青娥。私は実際に仙術を使うのはこれが初めてです。上手くいくかどうか不安で…よければ一緒に作ってはくれませんか?」

「えぇ、勿論です。豊聡耳様。大丈夫です。貴女様の栄華を妬む声も、呪詛も、鬱陶しい羨望の囁きも、
 これからはずっと聞かなくて済むようになりますわ」

 豊聡耳神子…彼女はきっと、はるか未来まで語り継がれる大物になる。
 でも、まだ足りない。私が大陸で学んだ知識、哲学、そして道教と仙術。あらゆる教養をこの方に捧げましょう。
 この二度とないだろう宝玉の原石を、私の手で磨きあげよう。育てあげてみせよう。
 きっとこの先、数十年。いいえ、彼女は仙人となり生きるのだから千年以上。
 退屈しなくて済みそうだわ。
 
 ……そう、最初は退屈しのぎだったね。

 豊聡耳様は私がお教えになった事を瞬く間に習得していった。
 大陸の軍法や技術を始め、道教の研究の成果である仙術で様々な伝説を残していった。
 「聖徳王」いつしか彼女は神聖視されていく事になる。
 本当に素晴らしい。予想以上よ。きっと彼女は私にすらできなかった事も出来るかもしれない。
 私は、仙術を見せびらかし、自己満足する大陸の頃と考え方が変わった。
 きっとこのお方は未来を背負う賢者となる。その未来を私は見たい。この方に私は自身を賭けよう。
 
 …私は焦ってしまったのだ。



「何故、人間は死を受け入れなければならないのでしょうか、青娥」

 かぼそい声。細くなった腕。歩く事は出来ても、もう走る事は出来ない。ここしばらく、彼女が布団から出た姿を見てはいない。
 あの黒く艶やかだった髪の毛は、今や海のはるか向こうの人間のよう。脱色した髪は、見方によっては皮肉にも綺麗に見えるでしょう。
 …焦った私の指導、まだ完全では無かった豊聡耳様の技術。水銀、丹砂、他のあらゆる希少な鉱石。これらが彼女の体を蝕んだ。

「…お加減が優れないゆえ、お心が弱くなっただけでございます。大丈夫です。
 貴女様は仙人となり、最終目標であられる不老不死を成し遂げるお方。…さぁ、お薬が出来ましたわ」

 …私の所為だ。

「ありがとう。でも今日はこんなに長く、ここに居ても良いのかしら?」

「…豊聡耳様はここしばらく、物部布都様や蘇我屠自古様とお会いになって居なかったでしょう。
 偶には私だって、貴女様の退屈しのぎにつきあいますわよ?」

「くすっ」と笑う貴女様。その後いつも通り「そんなの、やっぱり貴女には似合いませんよ」と弱々しく微笑む。

「…ねえ青娥。いつもみたいに、私の耳をその手で包んでくれないかしら?」

 仙術の身体強化で、先ず彼女の元々際立ってた聴力と理解力が助長された。これにより、更に彼女の徳は上がったが、
 同時に、彼女の神経を擦り減らした。聞きたくない言葉、辛辣な言葉、真っ赤な嘘、下手なおべっか。
 耳に入れたくなくとも、その耳はあらゆる音を拾い、そしてその脳は理解する。
 そんな彼女の為にも、仙術を施した耳あてを提案した。
 でも、作成の主役は初心者の豊聡耳様。そもそも、すぐ出来る代物でもなかったし、それまではある応急処置をとっていた。

「甘えん坊さんですね、豊聡耳様は。耳あてが完成してからもお願いするだなんて」

 仰向けに、彼女の頭が丁度逆さに見えるよう縦に膝枕する。そして彼女の両耳を私の両手で優しく包むのです。
 手の血流の音、その先にある鼓動の音。雑音が聞こえなくなり、落ち着けるのだと仰った。
 自分の手でしても落ち着けない。重要なのは誰かに身を委ねている事らしい。
 耳あてが完成しても、彼女はこうして時々私にしてほしいと願う。夜眠れない時、大勢の相談を終えた時、彼女が心身つかれた時…。

「だって、布都や屠自古にこんなお願いは出来ないもの。貴女にしか頼めない事よ、青娥」

 上から覗く彼女の顔。…また少し痩せたかしら。良く見れば口の端に乾いた血痕も見える。綺麗に見えるこの布団も新しく変えたばっかりなのだろう。
 大きな瞳を閉じ、ゆっくり深呼吸する豊聡耳様。
 この気持ちは何?大陸では一度も浮かばなかった気持ち。
 この人を手放してはいけない、見捨てることなど出来ない。
 罪悪感?同情?責務?それとも…
 
「…まるで、子供が出来てしまったみたいですわ。甘えん坊の愛おしい子供が」

「………私はね?青娥。……時々、本当に時々、貴女が母親の様だと感じる時があるの」

 !!

「すいません。変ですよね、例え貴女が年上でも、私とほとんど変わらない年代に見えるし、こんな事。
 あ、でも、もう少し聞いてください。」

 血色の悪くなった顔の頬に、うっすらと紅が差す。…母親?私が?貴女様をそんな身体にした私が?

「私は…肉親の温かみを知らず育ちました。御存じの通り、幼い頃から才覚を発揮してからは仕事、相談、少しの休憩…。
 心許せる存在は、共に道教を研究する布都、屠自古に…そう、貴女だけよ」

 …どうして?…駄目。我慢しないと。

「その中でも貴女は、私にとって安心して身体を委ねられるただ一人の人なの。本当よ?
 布都や屠自古と違って、母親の様に分からない事を聞けて、頼ることが出来て、そして甘えられる人。
 …もう、止めますね、師匠の貴女に…ん、青娥?」

「雨です。豊聡耳様」

 彼女の額に落ちた一粒の水滴。修行不足ね、これぐらいの我慢も出来ない。
 素早くそっと、彼女の頭を布団に戻す。そのまま顔を背けて開かれた襖を見る。
 大きく開かれた襖からは、紅葉がひらひらと舞い落ちる庭園が見えた。空は曇っていたが、雨粒など見えない。聞こえない。

「…そうですわ。物部布都様が、後は指示を頂ければいつでもと。お返事がありました」

「いよいよですね。布都には感謝しかありません。こんな私の臆病なお願いを聞いてくれるだなんて」

「彼女も、貴女様の願いとあらば、如何なる事も致すでしょう。それにご安心ください。
 転生した未来。必ず、お二方はいらっしゃいますよ」

「…布都の順調な経過を見届けた後、私もすぐに尸解仙の術へと入ります」

「後の事はお任せを」

「…ひとつ約束しましょう」

 ?

「私が術に入った後、もし仏教の僧侶たちに計画が漏れていた場合、もしくは何かしら妨害工作が入った場合、
 そもそも、私を必要とする時代が何百年経とうとも来なかった場合…青娥。貴女は貴女の為に生きて」
 
 ………

「えぇ、約束いたしましょう。豊聡耳様」

 
 約束の日から十日後、術に入った神子様が仏教の僧侶達に封印されてしまった。
 油断した。きっと私の気が緩んだからだ。
 …いいえ、この封印も永遠ではない。望むところだわ。
 幾らでも待ちましょう、貴女様が復活するその日まで。何百年でも、千年を超えようとも。
 これが、少しでも貴女への贖罪になるのなら。いくらでも。

 

 豊聡耳様。私に可愛い部下が出来ました。屈強な身体で貴女様を御守しますわ。

 豊聡耳様。貴女様が眠りにつかれてから千年ほど経ちました。今は江戸幕府と呼ばれる組織が、この国の中心となっています。

 豊聡耳様。凄いです。人間は車と呼ばれるもので高速で移動し、遠くの景色も映し出す事が出来るようになったのです。

 豊聡耳様。最近、貴女の存在を否定する風説が出回ってきました。貴女様が復活なさった際は、彼ら一様に驚くでしょう。

 豊聡耳様。私は大丈夫です。幾らでも待ちましょう。何故なら貴女は、私の愛おしい…


 …神子。

 

 * * *



 とても懐かしい。ごぅっと音が聞こえる。でも懐かしいのは、その音の奥の方。
 心の臓の鼓動が心地よく聞こえる。いつからだったかしら、この音を聞かなくなったのは。
 まだ少しぼうっとする。何故だろうか、とても安心する事が出来る。
 頭が覚醒し始める。布団に入っているのか、身体は暖かい。
 
 そっと目を開ける。誰かに膝枕されているらしい。その人の両手で耳を優しく塞いでもらっているのも感覚でわかる。
 蝋燭の明かりで薄暗い。顔が良く見えないけど、輪郭が少しずつはっきりしてくる…。
 その時、額に一粒の水滴が落ちてきた。

「目が覚めましたか?神子さん」

「…白蓮?」

 彼女の目は潤んでおり、そこに映った私の顔が歪んでいた。



 * * *



「…ここは、博麗神社?」

「えぇ、神子さん。倒れた貴女を霊夢さんが快く受け入れてくれました」 

 あぁ、良かった。やっと神子さんが目を覚まして下さいました。
 
 神子さんが急に倒れたと聞いて、布都さんに案内された先に、心配そうにされているレミリアさんに咲夜さんがいらっしゃいました。
 レミリアさんの指示のもと、咲夜さんが瞬く間に救急用の道具を集められたのだと、後から聞きました。
 
 そして…青娥さん。
 彼女は、部下であるキョンシーの宮古芳香さんに、急いで神子さんを静かな所へ運ぶように指示なさったところでした。
 なんでも、気を失っているとはいえ、周りの音は彼女のストレスにしかならないとか。
 博麗神社へ急行し、事情を聴いて下さった霊夢さんが快諾してくださいました。
 出来るだけ人手は少ない方が良いという事ですので、家主の霊夢さんに、耳あてを修復なさっている青娥さん。
 そして修復までに神子さんの看護をするよう…直接、青娥さんが私へ指示なさいました。
 
 その看護の方法とは、神子さんの身体を仰向けに寝かせ、そしてちょうど頭が逆さに見えるように膝枕し、
 両手で彼女の耳を優しく塞ぐといった物でした。
 真剣な眼差しでしたので、疑うことなく彼女の指示に従いました。良かった…目が覚めて。

「ああ、起きないでください神子さん。青娥さんが耳あての無い状態に慣れるまでは寝ておくようにと仰っていました。
 もうしばらく、このままでいてください」

「そう、青娥が…ありがとう白蓮。少し、このままでいさせて貰うわ」

 そう言って、彼女と目が合います。
 …?何故だか一瞬、瞳に青娥さんの顔が浮かんだ気がします。いつもの胡散臭い微笑ではなく、とても温かな笑みをした…。

「…神子さん。私は青娥さんにいつか、認めてもらうように頑張ります」

「白蓮?」

「貴女を封印しようとしたように、よく考えもせずに行動したり、周りに助けられてばっかりですし、貴女にもご迷惑をおかけすることも多い。
 それでも、修行して、人としてもっと成長して、大切な人達と…神子さん達と過ごしていきたい。
 そしていつか、青娥さんにも認めてもらいます。不器用ながらですけどね。
 …でも、時々不安なんですよ。本当に私は正しいのか、ちゃんと周りを助けられるのか、こうして平和な生活を続けられるのか。…!」

 神子さんが仰向けに寝たまま、私の両耳をその両手で優しく塞ぎます。

「白蓮、目を瞑ってみて」

 彼女の血流の音が聞こえます。そして…なんだか安心できますね。

「私ね、昔は聴力に振り回されてたの。聞こえすぎてね。
 でも、我慢できなくなった時に、こうして私の耳を包んでくれた人がいたの。夜眠れない時、大勢の相談を終えた時、私が心身つかれた時。
 不安や疲れが全部無くなったの」

 …先程、彼女の目に映ったものが理解できました。

「白蓮、助け合う事が大切だって貴女が言ってたじゃない。一人で抱え込まないで、貴女の寺の仲間、私の道場の者、霊夢や他の人。
 …それに私を頼ってください。不安なときは、またこうして私が貴女の不安を消しましょう。
 青娥もきっといつか、貴女の事をわかってくれる。大丈夫です」

「神子さん…」



 * * *
  


「ちょっと、なんであんた耳あてを持って帰ってきてんのよ」

 霊夢様が居間に戻ってきた私を見て不思議がる。

「もう少しだけ、こちらに居させてもよろしいですか?」

「はぁ。邪仙に出すのはお茶のおかわりぐらいしかないわよ」
 
 そういって台所へと立つ霊夢様。秋の肌寒い夜中に、お茶はありがたいです。

 そろそろ、私も子離れの時期かしら。
 千四百年待ってやっと再会出来た。今度は我慢できたわよ?
 あたしの予想以上…いえ、予想以上を予想していたのかしら、まあいいわ。
 ずっと「あの子」は大人になっていた。私が心底許せなかった「悪の大王」さえも、さっき部屋の前で聞いたようにできる程。
 …もう、誰かに頼るような弱い子では無くなった。誰かを許せて、抱擁出来る様になれた。
 ずるいわ、きっと眠ってる間に聖徳王として神徳が上がっていく中、そんな強い精神を鍛えていたのね。
 私は…芳香に甘えていただけね。

 もう、他の勢力に潜り込む必要も無い。いつかあの子の敵勢力となると思って調べてたけど、
 どこにいっても今の平和な世を享受する場所ばっかり。きっと、この世界で平和で長閑に生きていけるはず。
 未来を背負う賢者…ね。そんなものよりも、今を自由に生きるあの子の笑顔を見ていたい。
 …もう私は必要ないのかもしれないわ。今のあの子に必要なのはきっと、あの聖白蓮のような者。
 誰かの為に頑張って、ほのぼのと、ちょっとドジして偶には喧嘩して。最後に仲良くお出かけできる者がね。
 
 あの時、聖白蓮を看護役に指名したのは、敗北宣言みたいなものかしら。
 布都様や屠自古様。あんな慌てて取り乱していたら、あの子に平穏な鼓動は与えられない。
 私はと言えば、仙術で耳あてを修復することで手がいっぱいだった。
 …結局、目に留まったのは彼女だった。彼女ならあの子を任せても良いと思った。
 だから、もう私は…。

「神子にはあんたが必要よ」

 え!

「な、何を仰るのやら霊夢様。何の事だか私には…」

「巫女の勘ってやつよ。あ、『みこ』ってあたしの『巫女』ね。
 割と当たるんだから、信用しても良いわよ」

 私の前にトンッとお茶を置いてくれた霊夢様。いや、問題は必要、不必要の単語を出した事なんだけど。

「あんたね、今捨てられた子犬の様な目をしてたわよ?
 それに、あの部屋に入らず戻ってきたってことは、盗み聞きでもして、自分の必要価値を考えたとか、
 もう彼女には私が居なくても大丈夫とか。そんなのでしょう」

 …このお方はやはり油断ならないわ。

「…なんてね。実はもっと大きなヒントを早苗から聞いてたの。
 昨晩の宴会、あんた空気悪くしちゃったでしょ?白蓮に対して敵対心満々に」

 …はいはい、大人げなかったですよ~。

「神子がさ、一言謝りに来たんだけど、あたし萃香にがっちり捕まっちゃってたの。
 だからその場にいた早苗がね、神子の伝言役をしてあげたんだけど、なんて言ったと思う?」

 …?




「『昨晩、私の馬鹿親が失礼しました。ああ見えて彼女は私の一生の恩人なのです。どうか許してやってください』ですって。
 驚いて聞き返しちゃったわ」

 …親だと…恩人だと言ってくれるの?

「幻想郷に親がいる奴なんて珍しいわ。これからもちゃんと大事にして、大事にされなさい」

「…少し、少しだけ外に出ますね」

「うつさないで欲しいから、風邪引かないうちに戻りなさい」

 

 …本当に私は修行不足。今度は一粒どころじゃすまなかった。





 * * *



「こ、これ!やめぃ、髪の毛を引っ張るではない!屠自古!我を助けよ!」

 布都、案外人気あるのね。いや、背丈が小さいから舐められてるのかしら。
 屠自古は…悪い子に雷を落としてきたから、子供達が近寄らずにポツンとしてるわね…地味に傷ついてるし。

 命蓮寺、子供のお泊まり会決行。条件は慧音の同伴、霊夢も夕方まで見ること。
 それに私、豊聡耳神子も参加すること。なんで?

「やっぱり、里の信頼が厚い方が揃った方が慧音さんも安心するらしいのですよ、神子さん。
 あ、お茶のお代わり持ってきましょうか?」

「いいえ、ありがとう白蓮。それより夜は大丈夫なの?」

 命蓮寺の広い庭を縁側に座りながら観察する。一輪や小傘、布都に子供が多く集まっており、星や水蜜が協力して危ない場所へ行かないよう護ってる。
 芳香、噛みつかないか不安だったけど、案外子供の相手できるのね。
 今彼女は鬼ごっこしてるんだけど、いつまでたっても鬼だ。遅いもの。…涙目になってる。

「大丈夫です。今夜は満月なので、慧音さんが一晩中ハッスルしてくれるそうです。勿論妖怪連中は一晩起き続けて護りますよ。
 最近は知能の少ない獣妖怪も油断できませんからね」

 彼女、角が生えるらしいけど、どんな形なのかしら。ちょっと楽しみ。
 …そうそう、芳香が居るってことは勿論。

「あら、獣妖怪どころか、寺の妖怪は大丈夫なのかしら?聖様。
 貴女様は流石に子供は食べないだろうから大丈夫でしょうけど、他の方が不安ですわ」

「…青娥さん。私は芳香さんが不安ですわ。彼女に噛みつかれたらキョンシーになるのでしょう?
 早苗さんがこの前見せてくれた『ぞんび』映画みたいに、命蓮寺でキョンシー騒動だなんて嫌ですよ?もし起きたら舞台はそのまま人里へ、かしら」

 …私の後ろからバチバチと嫌なオーラが漂ってきます。今日私は眠れそうにないわね。とてもじゃないけど安眠出来る筈がない。

「あ、神子。あたしそろそろ神社に戻るからね。後はよろしく~」
 
「あぁ。霊夢、お疲れ様。…そうそう、さっきから天狗が写真撮って回ってるけど、やっぱり新聞に載せるのかしら」

「ああ、文。あんたの新聞書いた射命丸文ね。珍しい事には大抵あいつが飛んでくるからいつもの事よ。
 それよりも…あんたの後ろの二人どうしたの?」

「いえ、三日前に私が倒れてから、青娥がよく白蓮に絡むのよ。小さいことから変なことまで色々ね」

 ぼそっ。と霊夢が「…めと、しゅうと…の喧嘩ね」って聞こえた、耳あてがまだ馴染んでないのか聞き取れなかったわ。
 …はぁ~。こんな調子で私、本当に不老不死へとなれるのかしら…。

 あっ、屠自古がまた子供泣かした。



 * * *



 青娥がいつも通りの、底の読めない胡散臭そうな目をして言う。

「未熟な貴女に豊聡耳様は、まだまだ任せられませんわ」

 白蓮はもう覚悟を決めたのだろう。真っ直ぐな目をして青娥に言う。

「いいえ、いつかきっと認めてもらいますわ。青娥さん」
布都「おい、元ネタ的には我と屠自古が嫁と姑ではないのか?」
「ええじゃないか!そんな話があっても、ええじゃないか!」
屠自古「なんで青娥が親みたいになってんの?」
「ええじゃないか!青娥×神子を書こうとしたらこうなったけど、ええじゃないか!」
神子「なんでハロウィンにこれ投稿したの?」
「まじごめん」
 − − − − − − − − − − − − − − − − − − − −
お久しぶりです、フデローです。
実はこの作品以外にも二つ三つ書こうとしたネタがあったのですが、風呂敷が畳めず、お蔵入りとなっています。いつか改めて書きたいですね。
東方心綺楼で彼女たち、寺組、仙界道場組がどうかかわるのか楽しみでしょうがありません。不仲であっても仲良くあっても創作意欲がわくものです。
今回は随分と長くなってしまいましたね。次はサクッと読める甘甘物でも書きたいです。
それでは、稚拙な部分も多かったでしょうが、最後まで読んでいただき、ありがとうございました。
フデロー
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コメント



0.730簡易評価
9.100名前が無い程度の能力削除
ええじゃないか、お母さん青娥、ええじゃないか!
ってか、普通に大好物すぎました。

この神子様とひじりんはあったかくて、落ち着くなぁ。
10.100名前が無い程度の能力削除
 前回よりも更に面白く、かつ安定してきましたね。
 思いやりに溢れていて良い感じです。視点変更が巧く働いて心地良い。
 また読ませて下さい。
11.90奇声を発する程度の能力削除
温かく面白かったです
13.100名前が無い程度の能力削除
不和の解消っていうめんどくさい題材を説得力を持って消化していて良かった
14.100名前が無い程度の能力削除
もやもやがすっきりするいいお話でした!
17.100名前が無い程度の能力削除
成る程、こういう聖と青娥の関係の収め方があるのか、と敬服しました。
神子と青娥の関係も温かくて良かったです。今回も読んで良かった!
毎回素敵なSSをありがとうございます。
18.100名前が無い程度の能力削除
文才が溢れてます。
せいがにゃんは悪役イメージがありましたが、こういう展開の仕方も学びました。
19.90名前が無い程度の能力削除
青娥が白蓮を看護役に指名するところは白蓮視点で見てみたかったような気がします。
二人が打ち解けることを決定付ける場面だと思うので。

豊聡耳様は青娥にとっての御子みたいなもんという解釈、ええじゃないか!
21.100非現実世界に棲む者削除
いやー良い雰囲気ですね。
青娥も案外過保護な性格してるね。
良いひじみこでした。
22.100名前が無い程度の能力削除
神子様に対して母親のような感情を持つ青娥、とてもアリだと思いました。

千四百年たっても忘れずに傍にいるのだから特別な感情があってもおかしくないですよね!
ほんわかあったかくなるせいみこでした!